ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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歪な夜明け

 歪な夜が明ける。

 音忍たちに導かれ、サスケは一歩一歩、生まれ育った故郷を離れていく。

 何もかもを捨てて……。

 ずっと望んでいたことだった。

 

 『強くなる』

 

 そのための道を。

 後悔などあるはずもない。

 足を進めるにつれ、決意の色は濃くなるばかり。

 

 ……それでも、この心に残るものがあった。

 

(アイツのあんな顔……初めて見たな……)

 

 サスケは“それ”に意識を向けて、そう自嘲するように呟いた。

 

 

 サクラの悲鳴のような声は、簡単に切り捨てられるほど軽くなどなかった。

 彼女の言葉は、真向かいから吹き付ける風のようで、確かにココロ動かされた。

 それでも決意が揺らがなかったのは、ただ単に、抱えた闇があまりにも暗かったから。

 もう変えられないほど、照らせないほど、暗い闇だった。

 だがサクラは、『想い』をちゃんと伝えることの大切さを、身をもって教えてくれた。

 サクラの言葉で、サスケの中の何かが変わったのは事実だった。

 だから最後に、今までずっと傍にいてくれたサクラという存在に、心から『ありがとうと』精一杯の穢れない想いで伝えた。

 

 そして、あの場にあったほんのわずかな“気配”を追って、向かいかけた里の城壁に背を向けた。

 あれほど自然に消された気配は、きっと自分にしか感じ取ることができないだろうと確信している。

 うぬぼれでなく、その存在はどこにいたって感じられる。

 そして、向かう先すらも。

 サスケは迷わず、里の中心部へ取って返し、火影岩の頂上へとたどり着いた。

 そこにたたずむ、ナナという少女に『想い』を伝えるために。

 

『ナナ……』

 

 何度となく呼んだその名。

 声にしただけで苦しかった。

 しかし、振り返った彼女の顔を見たら、もっと苦しくなった。

 ぶら下がる重たい何かを振り切るように、きっぱりと告げた。

 

『オレは里を抜ける』

 

 サクラとのやりとりを聞いていたのだから、ナナはとうにわかっているはずなのに、どうしても、わざわざ口に出して伝えなければならない気がしていた。

 

『オレは力を手に入れる。他には何もいらない……』

 

 自分の中にあるモノを、隠さずに。

 そして、言葉の凶器で、真っ青な顔で突っ立っているナナに切りつけた。

 

『オレはイタチを殺す』

 

 イタチという名……。

 もう、それをナナが知っていたのだとしても、どうだってよかった。

 そんなことは関係なしに、この決意は固まっていた。

 そして、ナナもそれをわかっているのだと思った。

 だが、ナナの綺麗な瞳からは、初めて見る美しい光の雫が落ちた。

 

 その瞬間……。

 

 それを目にした瞬間に、たった今まで二度と揺るがないと確信していた“決意”も、心に巣食う“憎しみ”も、何もかも……感情というものが全て剥れ落ちていくような気がした。

 ただ、ひとつの想いだけを残して……。

 

『ナナ……』

 

 その想いのままに、サスケはナナを抱きしめていた。

 細い体を、強く。

 そしてそれを、口にした。

 

『オレは……ずっとお前が好きだった』

 

 決意より、揺らぐことのないこの想いを。

 決意より、穢れなきこの想いを。

 少しも曲げることなく伝えた。

 言葉にして告げてみて、こんなにもナナを想っていたことを実感した。

 もう、ずっとずっと前から。

 いつが始まりだったかも思い出せない……。

 

 ナナの体は、儚げに震えた。

 それが、痛かった。

 ナナの零す涙の香りに、思わず

 

(コノママ連レ去レタラ……)

 

 と、卑怯にもそう思ったとき、ナナは振り絞るように言った。

 

『……ズルイよ……サスケ……』

 

(……そうだな……オレはズルイ……)

 

 改めての自覚。

 思い知った、自分の歪み。

 そうだった。いつだって、ナナの言葉はこの捻くれた胸に響いていた。

 

『……ナナ……すまない……』

 

 謝るズルイ自分にナナは言った。

 

『私はサスケがキライだよっ……!!』

 

 ナナの手は、ついに自分の体に触れることなく、ただ耐えるように拳を握っていた。

 そんなナナが、好きだったのだと改めて実感した。

 今ここで、こんな自分を『キライ』と言うナナが……。

 

 暖かい春風のようなナナの空気に、知らず、いつも癒されていた。

 柔らかなナナの笑みに、いく度も力をもらった。

 自然と自分をわかってくれていたナナに、実は甘えていた。

 どこか儚げなナナが、ひどく心配だった。

 それでも、常に強くあるナナが……いとおしかった。

 それら全部をかみ締めて、サスケはナナの涙をひと粒すくった。

 そして今度こそ、漂う穏やかな日々に背を向けた。

 もう二度と、触れることのない存在に、別れを……。

 

 

 ピリリ……と、胸が痺れるように痛んだ。

 あれから数時間は経ったはずなのに……と自嘲する。

 サスケは足を止めた。

 音忍たちが怪訝な顔で振り返る。

 

「サスケ様……?」

 

 が、彼の耳には、彼らの声など入らない。

 まだ、耳にはナナの声が、腕にはナナの温もりが、鼻先にはナナの香りが残っていた。

 そして、ナナが零した光は、まだ指先を濡らしている。

 これも全て、向かう先には持って行くことはない。

 この道には必要のないモノだった。

 

 きっと捨てられる。

 

 サスケは再び歩みを進めた。

 音忍たちも、顔を見合わせてから再び先導し始めた。

 決意を纏うサスケには自信があった。

 この足が一歩一歩進むにつれて、遠ざかるにつれて、うっすらと消えていくのだと。

 たとえ、心に深く根付いた『想い』だったとしても。

 たったひとつ、自分をこの世界に繋ぎ止めるモノのような『想い』だったとしても。

 

 いつかはきっと消え去るだろう。

 

 

 

 

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