どこからサスケが好きだったのか……。
何がこの想いを生んだのか……。
仲間とともに、木ノ葉を去り行くサスケの影を追いながら、ナナはその思いにとらわれ続けていた。
一度突き放したサスケを、今度こそ命をかけるつもりで追いながら……。
行き交う人々の交わす声、日を受けて照り返す町並み、そしてそこを吹き抜ける風……。
全てが、故郷の里とは異なる色をしていた。
異なる速さで時間が流れ、空気が異なる音量を持つ。
「う……わぁ……」
ナナは里の城壁をくぐったところで、思わずそう声を漏らした。
「ナナ様、さぁ、神社へはこの道を行きますよ」
少しの間も惜しむようにそうせかすのは、たった今、付き添いの下男からナナを引き継いだ老女だった。
「……そっち……?」
ナナは、眺める息吹からそれた静けさばかり漂う小道に促され、残念さを全身で表した。
老女は、ため息をついて答える。
「今日は色々とお話もございます。まずは我が和泉神社へ来ていただかなければなりません」
敬ってはいるものの、有無を言わさぬ響きがあった。
「はい、
ナナは大人しく、静葉という名の老女に続く。
こういう『人種』には、慣れっこだった。
静葉の自分を見る冷たい目も、刺のある口調も、すでに物心ついたときから経験している。
そんな大人たちに囲まれて育ってきた。
今さら抵抗する気もなければ、不快に思うような労力も使わぬ
それに……。
それに、とうとう
もう、こんな“目”や“声”から、解き放たれる……。
そう思うと、まるで故郷に引き戻されたかのような薄暗い小道も、ナナは軽い足取りで進める気がした。
連れられて来た『和泉神社』は、ずいぶんと里の外れにあった。
木ノ葉の里で最も由緒正しきこの神社、名前のとおり和泉一族由来の“陰陽神社”である。
静葉はここの三代目の主であった。
「菜々葉様、お疲れになったでしょうが、さっそくこれからのお話をさせていただきます」
さっき感じた『音』など、まったく持って聞こえぬ静かな山の神社で、ナナは静葉と向き合った。
が、言われることなどわかっている。
「菜々葉様、当主様からもお言いつけがあったと存じておりますが、あなた様にはお命にかけて守っていただかねばならぬことがあります」
『命にかけて』という大げさなセリフに苦笑する気はなかったが、こんな所にまで『和泉一族当主』の権威が香っていることに、内心呆れる気分ではあった。
「まずは、あなた様の『ご使命』を、木ノ葉で口にしてはならぬということです」
ナナはコクンとうなずいた。
『九尾が暴走した時に、和泉流の技をもって封印する』
それは、木ノ葉の『火影』とかいう長と、限られた忍しか知らないらしい。
このことは木ノ葉では“里レベル”の機密であって、和泉にとっても同じことだった。
「もし外部に漏れれば、『和泉』と『木ノ葉』が深い仲にあることが明らかとなり、火の国の大名や他国からの干渉が入るのですよ」
つまりは、
ナナは一瞬だけ、ピクリと眉根を動かした。
彼女にとって、この機密を守る義務の理由とは、『九尾を保持する者の心を乱すから』である……。
そのあたりの食い違いが、一族とナナの隔たりを大きくしているということに、誰も気づいてはいなかったが。
「それから……」
黙って畳に正座し、当主の娘らしく聞き入るナナに少し安心したかのように、静葉はわずかに尖った顎アゴを上げて続けた。
「もちろん、あなた様が『和泉一族』であることも明かしてはなりません」
それは前述の理由を考えると、当然のことだった。
“伝説”にして“神聖”な和泉の者が、忍の里にやってきた理由など、存在が明かされれば四方から追求がくるはずである。
「これは、あなた様が、木ノ葉と和泉へ連帯して負う責任です」
言葉にして背負わされても、何も感じるはずがない。
ナナは顔色変えずにうなずいた。
「最後に……」
静葉はそう言って、もっとも険しい顔をつくった。
「うちはイタチとのことは、決して口になさらぬよう……」
ナナはひざの上に置いた両手を緩く握り、声に出してうなずいた。
「わかってる……」
静葉は幼い子供に向けるにしては冷たすぎる視線で念を押す。
「木ノ葉の里には、あの婚姻話は決して知られてはなりません」
今はもう、彼は里にとって犯罪者。
それも、一族殺しという凶悪な罪を犯した……。
そんなモノと、和泉が関わっていたことを知られれば、今度は木ノ葉から和泉へ追求の矢が向けられる。
いや、もともと木ノ葉に知られぬように結ばれた婚姻など、疑心・疑惑の対象以外の何物でもなかった。
「……生き残った弟とやらが、あなた様の通われる
静葉の細い目に見透かされぬよう、ナナは彼の想像を頭の隅へと追いやった。
「決して気取られてはなりませんよ」
あたりまえだ……。
今、禁を破って彼とイタチの話をして、なんになるというのだろう……。
ナナはきっぱりと宣言する。
「わかってる。イタチの存在を知ってたなんて、誰にも知られないようにします」
そでの下にはしっかりと、朱いサラシを巻いてあるのだが、ナナは彼の存在を否定した。
「この三つ、必ずお守りいただきますよう……」
和泉一族のために……。
そんな声は、言われなくとも聞こえていた。
すべて、一族のため。一族の名誉、権威、神聖さ、そのために。
「大丈夫。うまくやるから」
ニコリと笑うまではいかないが、いい加減うんざりするこの一族の体質に、ナナはきっぱり別れを告げるつもりで言い切った。
明日からは、一族のワクを抜け出して、「忍」になるのだから……。
「う……わぁ……」
朝日は、昨日よりも輝く町並みを演出していた。
死んだような空間だと感じていた和泉の里から来たナナには、目に映る全てがいきいきとして見えていた。
「菜々葉様、お早く」
静葉がたまりかねて手を引いた。
でき得る限り早く用事を済ませてしまいたい……そんな雰囲気を隠しもせずに。
(ここに……キュウビの子がいるんだ……)
しかしナナは、そんな気持ちで一杯だった。
自分の運命を決める人物が、この里に居る。
ようやく逢える。
それに……。
(ここが……イタチの生まれた里……)
かつて、彼の口から聞かされた場所を、いま自分の足で歩いている。
何度も頭に描いた世界が、ここなのだ。
そして……。
(イタチの……“弟”も……)
イタチに去られた後、当主から聞かされた『うちは一族滅亡』そして、唯一の『生存者』の存在……。
思いを馳せぬはずはなかった。
いつも、その存在のことを考えずにはいられなかった。
必然の出逢いがふたつ、ナナを待っているはずだった。
やがて。
「ここが忍者学校ですよ」
キョロキョロと周りを見回していたナナの前に、とうとうそれが現れた。
ひときわ大きな建物、そしてその向こうにそびえる顔岩……。
しかし、ナナにそれらをゆっくりと眺める時間は与えられなかった。
グイとひっぱられ、あっけなく門をくぐる。
(ここで、イタチは忍者になったんだ……)
それでも、ナナは大きく息をすいこんだ。
その時、
「こらこら、演習場に向かう時も授業中だって言っただろ!」
複数人の話し声と、続いて若い男の声が前方から聞こえてきた。
(ヒトだ……)
ナナは漠然と思った。
来るまでに通りでみかけた人々とは、違う意味をこめて。
「だれだ……?」
自分らの姿を見つけて、一瞬にして静まり返った廊下に、ひとりの少年のつぶやく声が聞こえた。
ナナは手を引かれたまま、その方向を見る。
自分たち二人を凝視する少年・少女の中でも、ひときわ目立つ彼だった。
(……キンイロ……)
金の髪は、薄暗い廊下でも、春の日のように輝いていた。
そして、まっすぐに向けられた大きな目は、蒼々と揺れている。
無意識に、立ち止まりかけたナナの手は、しかし再び強く握りなおされた。
「火影様はこの先におられるか」
静けさを壊す、老女の冷たい声。
若い男が、かすかに萎縮して返答する。
「そうか、失礼……」
再びの冷たい声とともに、ナナはまた引っ張られる。
仕方なく、金髪の少年の余韻を持って従った。
だが、ナナは見つけてしまった。
集団の一番後ろ、興味がなさそうな視線の持ち主。
(……イタチ……)
同じ色の瞳が、こちらに向けられていた。
一瞬、流れかける感情……。
しかし、ナナはそれを押しとどめた。
手を強く引かれるからではなく、その術をナナはすでに持っていた。
皮肉なことに、イタチに去られてから手にした、ココロの波を静める術。
(『サスケくん』……だ……)
ほんの刹那の出逢い。
それが、ずっと、ずっと、思い描いてきた瞬間でもあった。