「じゃぁゲンマさん、また明日もナナの『手裏剣教育係』、お願いしますね……ゴホッ」
「お願いしますね、ゲンマさん」
「おう、たっぷり寝ろよ、チビ」
この里の忍……といっても、まだハヤテやゲンマら数人の特別上忍と、そして火影にしか会っていない。
が、ナナはそれでも思っていた。
この里の忍は、ずいぶんと『心配性』なのだと。
わざわざ迎えに来て、手を引くハヤテ。
まだ手を振っているゲンマ。
それに、他人である自分を案ずるような、火影の目……。
それが自分に向けられる、相応の優しさなのだということを、ナナは知らずにいた。
与えられるべき穏やかな視線など、初めてだったから。
イタチ以外は……。
心地よい疲れ、それは初めてだった。
木ノ葉に来て3日目。
同時にそれは、今あるナナの力を見極めるための期間でもあったが、ナナは純粋に楽しんでいた。
こんなにも、『ヒト』が暖かいものとは知らなかった。
火影も、ハヤテも、ゲンマも……。
みな、自分が“何者”であるかを知っていて、あんな風に接してくれるのが嬉しくもあり、信じられなくもあった。
だから疲れていても興奮は収まらないもので、ナナもここへきてそんな子供らしさを得ていた。
「目……覚めちゃったな……」
与えられたアパートの自室。
ナナはまだ暗いうちに目を覚ます。
今日も朝からハヤテが迎えに来る。それが楽しみだった。
ナナはベッドから降り、ベランダのカーテンを開ける。
まだ多くの者が眠っていても、故郷より生気のある町並みがあった。
当然、ナナは外吹く風に誘われる。
「今なら……いいよね……」
本当は、忍者学校に入って正式に木ノ葉の一員となるまでは、あまり里の中をうろうろしてはいけない身だった。
が、こんな気分には逆らえない。
ナナは真新しい忍の服に着替えて、朝の風の中へと飛び出した。
ところどころの煙突から、細い筋が上っている。
ナナはいちいちそれらを眺めて歩いた。
空気は故郷の里より淀んでいた。
それがまた生を感じさせ、心地よかった。
(……あれ……?)
そんな中、ナナは彼女のような人間にしか感じ得ないモノを察知する。
首筋がつつーっと冷えた。
(……霊気……)
陰陽の術に長けた感覚は、それが流れる方位をいとも簡単に見出す。
忍の里という性質上、そういうものは他の地域よりか多いはずだった。
ナナは長い髪を靡かせ、そちらへ吸い寄せられるように向かう。
ただ、興味があった。
木ノ葉へ来て、あの一族の老女に念をおされたことを思い出す。
『ナナ様は、この神社で木ノ葉の“鎮めの巫女”を務めてくださるはずでしたのに……』
老女……静葉は、ナナがわざわざ忍になることを快く思ってはいなかった。
後継ぎのない彼女にとって、本家から
『私も老いました。当初のお約束どおり、里の
和泉の人間として、やるべきことはやれと言う。
他にできる者がいないのだから仕方がないと思ったが、今ナナが進むのは、そんな静葉の言葉があったからではなかった。
(この里には、どんな霊がいるんだろ……)
『憧れていた』……そう言って過言ではない木ノ葉の里。
ここに浮かぶ忍の霊に、『触れたい』と思うのは当然のことだった。
彼女のチカラをもってすれば、危険なことなどなかった。
まるで霊気というモノが、目に見える存在であるかのように、ナナの足は迷いなく里の道をゆく。
やがて、ナナは森に入っていた。
小川の流れる、そう深くもない森だった。
「あれ、何だろう……」
ナナよりもずっと背の高い丸太が三本、不自然に土に突き刺さっていた。
気になる霊気はそこからでなく、もっと奥の小さな茂みから感じられる。
目印のように立っているのは、木ノ葉のマークを印す旗だった。
脇の流れを聞きながら、ナナは身構えもせずに駆け寄った。
「……石……?」
現れたのは、朝露に濡れる石だった。
それも、たくさんの名が刻まれた。
「慰霊碑だ……」
その正体は、ナナにとっては聞かずともわかるもの。
どおりで強い力が発せられていると、ナナは納得する。
その霊気、不快ではなかった。
それがナナを安心させた。
ここに眠る名前の主たちに、力をつかって鎮めなければならぬほどの怨嗟などない。
やはり、憧れを抱いていたこの地の忍は死すらも立派なのだ……と。
「私を……受け入れてくれますか……?」
彼らに最大の敬意を抱き、ナナは語りかけた。
この時ばかりは、和泉の力を持つ者としての義務を遂行する。
跪き、指先でそっと刻まれた名たちに触れる。
すーっと、洗われるような気分になった。
能力の高いナナには、それぞれの顔さえも浮かんでくる。
が、ナナはそれを見ようとはしなかった。
死者の顔を、わざわざ拝むような無作法はしない主義だった。
代わりにナナは、石を見つめたまま、ポケットに手をやった。
取り出したのは、古びた短刀だった。
持ち主にしか抜けない
と、刃に星の形……が光った。
これこそが、和泉の家紋であり、陰陽系の印である『
「これも……、もう、いらないな」
ナナは当主から賜ったそれにひとりごとを吐いて、頭の後ろに刃をかざす。
そして反対の手で長く垂れる黒髪を持ち、バッサリとそれを断ち切った。
小さな手に収まらなかった幾数本の髪の毛が、風に散る。
しかしナナは、スッキリとした様子で、残った黒い束を慰霊碑の前に供えた。
そして短刀を脇へやり、両手で和泉流の印を結ぶ。
長い印のあと、呪文を唱えた。
いや、願いをこめた。
すると、切られて添えられた長い髪は艶を増し、上りかけた日に溶かされるようにして消え去った。
「この里を、いつまでもお守りください。私がアナタたちを守ります」
ナナは願いをもう一度口にして、ニコリと微笑んだ。
その時……。
「…………?!」
すっかり軽くなった頭を背後へ向ける。
(……誰か、いた……?!)
一瞬、鍛えられた感知センサーに、人の気配がひっかかった気がした。
が、振り返ると同時に、あっさりと名残もなく消えている。
殺気ではないので、確かめるようなことではなかった。
が、今の『式』を見られていたのかと少しだけ不安になる。
ナナは急いで、この場に捨てようと思った短刀を再びしまいこみ、明るくなりかけた道を取って返した。
慰霊碑に立ち寄りがちな人とは……。