ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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憧れ

「みんな、今日からこの忍者学校(アカデミー)に通うことになった、『いずみナナ』だ」

 

 イルカにそう紹介される前から、教室中はナナを見てあーだこーだと大騒ぎだった。

 

「ナナは里の外から来たので、学校以外のこともよくわからないから、助けてあげるようにな」

 

 騒がしさに顔をしかめながら言い、イルカはナナの肩に手をおいた。

 

「ちなみに、年はお前たちのひとつ下だ。面倒みてやれよ」

 

 彼自身、火影から任されたこの“編入生”には戸惑っていただろう。

 が、ナナはそれを気づかう余裕もなく、クラスメイトたちを見回していた。

 

 

 

 このクラスに編入したのは、当然、火影の配慮だった。

 早く、早く……、『出逢いたい』。

 ナナのココロは限界まで波打っていた。

 いよいよ、『キュウビのコ』に出会えるのだ。

 この事実を知らされない中忍のイルカに、この興奮を気取られぬよう気を使う必要はなかった。

 なぜなら、ちょっと好奇心旺盛な転校生とは、こんな風に浮き足立ってもおかしくはないだろう。

 しかし、イルカのあとに続いて騒がしい教室に足を踏み入れた瞬間は、感情と表情のコントロールにてこずった。

 自分に向けられる熱い好奇の視線の中に、見知った顔があった。

 それも、そこだけとびきり冷めた()()()

 ナナは目を見開いてしまうのを、必死でこらえた。

 『彼』を知っているなどと、本人にさえ気取られてはならなかった。

 『彼』への感情を凍結させておいて、ナナはひそかに『キュウビのコ』を探す。

 あの眠たそうな少年か、それとも、子犬を抱えた少年か、それとも……。

 

「ナナっていうのか?! オレの隣が空いてるってばよ!!」

 

 あの、金髪の輝く少年だろうか……。

 イルカはその少年の大きすぎる声にため息をつき、ナナの背を押した。

 

「ナナ、ちょっとウルサイかもしれないが、とりあえず『ナルト』の隣に座ってくれ」

 

 イルカの言葉で、ナナは再び表情のコントロールを強いられる。

 

(『ナルト』……?!)

 

 彼がそう呼んだ金髪の少年。

 

(キュウビのコの名前だ……)

 

 懸命に押しとどめ、ナナは密かに深呼吸してナルトの隣に座った。

 

「オレさ、オレさ、うずまきナルトだってばよ!!!」

 

 眩しくて、目を細めずにはいられなかった。

 

「よろしくね、ナルトくん」

 

 その腹に、里を壊滅状態へ追い込んだ妖魔『九尾』を宿すようにはとても見えないほどのヒカリ……。

 ナルトにはそれがあった。

 

「ナナ、ナルトでいいってばよ!!!」

 

 碧い目は、まるで空……。

 

 もの心ついた頃から聞かされ続け、知っていた存在は、こんなにも日の光に似ていた。

 言い知れぬ強い風が吹いた気がした。

 この感情を何と呼んで良いのかもわからぬまま、ナナは彼の隣で微笑んだ。

 

 

 

「ナナ、今日は雨降るわよ、傘持ってきたの?」

「ナナ、ここすりむいてる。ほら、ばんそうこう貼っときなさい」

「ナナー、お前ってば一人暮らしなんだろ? 今日イルカ先生とラーメン食いに行こうってばよ!」

「ナナ、お前また教科書忘れたのかよ……。ったく、めんどくせーけど見せてやるよ……」

「ナナ、この新発売のお菓子、味見させてあげるよ。いっこだけ」

 

 ……毎日が楽しかった。

 こんな日々が来るなんて、想像もできなかった。

 友と呼べる存在など、()()()()()()作らせてはもらえなかったあの時が、遠い昔にすら感じられるほど。

 なにより、ナルトという人に出会ってから、全てが明るく見えている自分に気づいていた。

 これまで、一人で背負っていた使命……それが、彼の明るさ、そして強さで、ずいぶんと軽いものになった気がする。

 ナルトは強い心の持ち主だった。

 気づかれないように、四六時中、彼を観察していたから、すぐにそれを知り得た。

 言葉にならない抑圧に、彼もまた抑え込まれている。

 にも関わらず、見つめる先はまっすぐ“前”だった。

 

 ……救われた……。

 

 そう、思った。

 聞かされ続けてきた『キュウビのコ』が、こんな存在だったなら、これまでの日々も報われた。

 そんな気がしている。

 まるで、自分も『まっすぐ先』へと導かれているように……。

 

 

 

「ナナ、一楽に寄って帰るってばよ!!」

「うん、行く」

 

 誰もいない忍者学校に、居残り組の足音が響く。

 

『ナルト! ナナはまだ忍者の勉強を始めて間もないからあたりまえだが、お前もナナと同じことを習っててどうする!!!』

 

 ついさっきのイルカの魚雷も、ナルトには効いていない。

 鼻歌まじりに、一楽で注文するものを考えている。

 

「昨日はミソだったからな、今日はとんこつかな……ナナは昨日とんこつだったよな?」

 

 居残りの帰りは、毎回一楽で夕飯を世話になっている。

 ナナはクスリと笑ってうなずいた。

 

「じゃあ私、今日は塩にする」

「塩っ?!」

 

 ナルトはまるで計画をかく乱されたかのように、腕組みをしてうなった。

 ナナはその背を眺めてまた笑った。

 いくら怒られても、クラスメイトから訳のわからぬ冷たさを受けても、自分の気力が空回りしても……。

 それでも明日にはまた、まっすぐ前を目指している。

 その背中を、ずっと追いかけたいと思った。

 

「なぁ……ナナ」

 

 そんな満足げなナナに、ナルトは突然振り返って立ち止まった。

 そして何気なく、尋ねる。

 

「なんで、忍者になろうと思ったんだってばよ?」

 

 当然の疑問だろう。

 わざわざ里の外から忍者志望で入って来ておいて、実力は毎日のように居残りする程度である。

 周囲も最近気にし始めていた。

 

 忍になりたい……。

 

 和泉の当主でさえも、その願いには驚いていた。

 始め、木ノ葉へ出向くといっても、先の老女の仕切る和泉神社で巫女をする予定が組まれていた。

 参拝客すらめったに現われぬ山奥の廃れた神社で、和泉の血を持つ老女と向き合い、ひたすらに木ノ葉の霊を鎮め、いつ来るともわからぬ『凶事』に備える……。

 これが、ナナに課されていたことだった。

 が、ナナは木ノ葉では忍として生きることを決めた。

 理由……。

 それは色々ある。

 退屈な日々はうんざりだから。

 木ノ葉では和泉の人間と関わりたくないから。

 全くの『言いなり』はゴメンだから……。

 ナルトにストレートに聞かれて、とても一言ではいえないほど。

 しかし、ナナはナルトに向かってこう答える。

 

「忍は私の憧れなの」

 

 わかりやすくて曖昧な答えに、ナルトは彼らしい反応で返す。

 ナナはそれに苦笑しつつ、彼に負けないようにまっすぐな瞳で答えた。

 

「憧れのヒトが、木ノ葉の忍だったから……」

 

 瞼に浮かぶ、黒い影を伴って、言った。

 

「そのヒトと同じ木ノ葉の忍になりたかった」

 

 ナルトは「ふーん」とうなずいて、少し低いナナの瞳を眺めた。

 

(それにね……今はアナタに言えないけど……)

 

 ここで『英雄』と呼ばれる忍。

 己の命と引き換えに、『和泉の秘術』をもって九尾を封印した忍。

 彼はナナの運命を決めた人間だった。

 それでも、ナナの心の中ではずっと前から英雄で、彼のように強くありたいと……、彼のように『和泉の術』を使えればと……そんな気持ちが体中に染み込んでいた。

 

「ナルトは、火影を越すんでしょ?」

 

 その英雄をも“越す”のだと、始めて逢ったその日のうちに聞かされた夢……。

 蒼い瞳の彼に、そう聞き返す。

 その夢が叶うことを、疑う気持ちはすでにカケラも無かった。

 まっすぐに、そこへ突き進むナルトの背が見えるから。

 

「そーだってばよ!!」

 

 ナルトは一気に目を輝かせ、そしてナナの袖を引っ張った。

 

「まずは腹ごしらえだってばよ!!」

 

 そして、夕暮れの校舎をダッシュで後にした。

 引っ張られながら振り返り、ナナは遠くの顔岩を見上げた。

 そしてこっそり微笑む。

 

 一番右の、顔を見て。

 

 

 

 

 

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