「みんな、今日からこの
イルカにそう紹介される前から、教室中はナナを見てあーだこーだと大騒ぎだった。
「ナナは里の外から来たので、学校以外のこともよくわからないから、助けてあげるようにな」
騒がしさに顔をしかめながら言い、イルカはナナの肩に手をおいた。
「ちなみに、年はお前たちのひとつ下だ。面倒みてやれよ」
彼自身、火影から任されたこの“編入生”には戸惑っていただろう。
が、ナナはそれを気づかう余裕もなく、クラスメイトたちを見回していた。
このクラスに編入したのは、当然、火影の配慮だった。
早く、早く……、『出逢いたい』。
ナナのココロは限界まで波打っていた。
いよいよ、『キュウビのコ』に出会えるのだ。
この事実を知らされない中忍のイルカに、この興奮を気取られぬよう気を使う必要はなかった。
なぜなら、ちょっと好奇心旺盛な転校生とは、こんな風に浮き足立ってもおかしくはないだろう。
しかし、イルカのあとに続いて騒がしい教室に足を踏み入れた瞬間は、感情と表情のコントロールにてこずった。
自分に向けられる熱い好奇の視線の中に、見知った顔があった。
それも、そこだけとびきり冷めた
ナナは目を見開いてしまうのを、必死でこらえた。
『彼』を知っているなどと、本人にさえ気取られてはならなかった。
『彼』への感情を凍結させておいて、ナナはひそかに『キュウビのコ』を探す。
あの眠たそうな少年か、それとも、子犬を抱えた少年か、それとも……。
「ナナっていうのか?! オレの隣が空いてるってばよ!!」
あの、金髪の輝く少年だろうか……。
イルカはその少年の大きすぎる声にため息をつき、ナナの背を押した。
「ナナ、ちょっとウルサイかもしれないが、とりあえず『ナルト』の隣に座ってくれ」
イルカの言葉で、ナナは再び表情のコントロールを強いられる。
(『ナルト』……?!)
彼がそう呼んだ金髪の少年。
(キュウビのコの名前だ……)
懸命に押しとどめ、ナナは密かに深呼吸してナルトの隣に座った。
「オレさ、オレさ、うずまきナルトだってばよ!!!」
眩しくて、目を細めずにはいられなかった。
「よろしくね、ナルトくん」
その腹に、里を壊滅状態へ追い込んだ妖魔『九尾』を宿すようにはとても見えないほどのヒカリ……。
ナルトにはそれがあった。
「ナナ、ナルトでいいってばよ!!!」
碧い目は、まるで空……。
もの心ついた頃から聞かされ続け、知っていた存在は、こんなにも日の光に似ていた。
言い知れぬ強い風が吹いた気がした。
この感情を何と呼んで良いのかもわからぬまま、ナナは彼の隣で微笑んだ。
「ナナ、今日は雨降るわよ、傘持ってきたの?」
「ナナ、ここすりむいてる。ほら、ばんそうこう貼っときなさい」
「ナナー、お前ってば一人暮らしなんだろ? 今日イルカ先生とラーメン食いに行こうってばよ!」
「ナナ、お前また教科書忘れたのかよ……。ったく、めんどくせーけど見せてやるよ……」
「ナナ、この新発売のお菓子、味見させてあげるよ。いっこだけ」
……毎日が楽しかった。
こんな日々が来るなんて、想像もできなかった。
友と呼べる存在など、
なにより、ナルトという人に出会ってから、全てが明るく見えている自分に気づいていた。
これまで、一人で背負っていた使命……それが、彼の明るさ、そして強さで、ずいぶんと軽いものになった気がする。
ナルトは強い心の持ち主だった。
気づかれないように、四六時中、彼を観察していたから、すぐにそれを知り得た。
言葉にならない抑圧に、彼もまた抑え込まれている。
にも関わらず、見つめる先はまっすぐ“前”だった。
……救われた……。
そう、思った。
聞かされ続けてきた『キュウビのコ』が、こんな存在だったなら、これまでの日々も報われた。
そんな気がしている。
まるで、自分も『まっすぐ先』へと導かれているように……。
「ナナ、一楽に寄って帰るってばよ!!」
「うん、行く」
誰もいない忍者学校に、居残り組の足音が響く。
『ナルト! ナナはまだ忍者の勉強を始めて間もないからあたりまえだが、お前もナナと同じことを習っててどうする!!!』
ついさっきのイルカの魚雷も、ナルトには効いていない。
鼻歌まじりに、一楽で注文するものを考えている。
「昨日はミソだったからな、今日はとんこつかな……ナナは昨日とんこつだったよな?」
居残りの帰りは、毎回一楽で夕飯を世話になっている。
ナナはクスリと笑ってうなずいた。
「じゃあ私、今日は塩にする」
「塩っ?!」
ナルトはまるで計画をかく乱されたかのように、腕組みをしてうなった。
ナナはその背を眺めてまた笑った。
いくら怒られても、クラスメイトから訳のわからぬ冷たさを受けても、自分の気力が空回りしても……。
それでも明日にはまた、まっすぐ前を目指している。
その背中を、ずっと追いかけたいと思った。
「なぁ……ナナ」
そんな満足げなナナに、ナルトは突然振り返って立ち止まった。
そして何気なく、尋ねる。
「なんで、忍者になろうと思ったんだってばよ?」
当然の疑問だろう。
わざわざ里の外から忍者志望で入って来ておいて、実力は毎日のように居残りする程度である。
周囲も最近気にし始めていた。
忍になりたい……。
和泉の当主でさえも、その願いには驚いていた。
始め、木ノ葉へ出向くといっても、先の老女の仕切る和泉神社で巫女をする予定が組まれていた。
参拝客すらめったに現われぬ山奥の廃れた神社で、和泉の血を持つ老女と向き合い、ひたすらに木ノ葉の霊を鎮め、いつ来るともわからぬ『凶事』に備える……。
これが、ナナに課されていたことだった。
が、ナナは木ノ葉では忍として生きることを決めた。
理由……。
それは色々ある。
退屈な日々はうんざりだから。
木ノ葉では和泉の人間と関わりたくないから。
全くの『言いなり』はゴメンだから……。
ナルトにストレートに聞かれて、とても一言ではいえないほど。
しかし、ナナはナルトに向かってこう答える。
「忍は私の憧れなの」
わかりやすくて曖昧な答えに、ナルトは彼らしい反応で返す。
ナナはそれに苦笑しつつ、彼に負けないようにまっすぐな瞳で答えた。
「憧れのヒトが、木ノ葉の忍だったから……」
瞼に浮かぶ、黒い影を伴って、言った。
「そのヒトと同じ木ノ葉の忍になりたかった」
ナルトは「ふーん」とうなずいて、少し低いナナの瞳を眺めた。
(それにね……今はアナタに言えないけど……)
ここで『英雄』と呼ばれる忍。
己の命と引き換えに、『和泉の秘術』をもって九尾を封印した忍。
彼はナナの運命を決めた人間だった。
それでも、ナナの心の中ではずっと前から英雄で、彼のように強くありたいと……、彼のように『和泉の術』を使えればと……そんな気持ちが体中に染み込んでいた。
「ナルトは、火影を越すんでしょ?」
その英雄をも“越す”のだと、始めて逢ったその日のうちに聞かされた夢……。
蒼い瞳の彼に、そう聞き返す。
その夢が叶うことを、疑う気持ちはすでにカケラも無かった。
まっすぐに、そこへ突き進むナルトの背が見えるから。
「そーだってばよ!!」
ナルトは一気に目を輝かせ、そしてナナの袖を引っ張った。
「まずは腹ごしらえだってばよ!!」
そして、夕暮れの校舎をダッシュで後にした。
引っ張られながら振り返り、ナナは遠くの顔岩を見上げた。
そしてこっそり微笑む。
一番右の、顔を見て。