サスケは舌打ちして、“彼ら”を睨んだ。
演習にはありえないはずの本物の殺気が、“彼ら”から向けられている。
「誰だ、お前ら」
身構えながら低く言い、心もちナナの少し前に立つ。
「ガキが二人……ラッキーだぜ」
「どうやら、生きて木ノ葉を出られそうだな……」
“彼ら”はサスケの問いを無視し、互いに顔を見合わせた。
今日の演習は、サバイバル的な要素を兼ねていた。
もちろん、トラップもあれば野生の猛獣もいる山だった。
『危険度の高いオリエンテーリング』、そう言ったのはシカマルだった気がする。
が、『危険』といっても、あくまで
少なくとも二人の目の前に現われた“妖しげな忍”とは、無縁のはずであった。
「何だ、お前らは……!!」
サスケはもう一度言った。
「オレらか?」
ニヤリと笑いながら、忍はようやく答える。
「たった今、木ノ葉の牢を脱獄して来た草の忍だ」
「運良く牢を破って山に隠れられたと思ったら、さらにこんな幸運が待っていやがった」
『幸運』……サスケとナナに出くわしたのを、彼らはそう言った。
理由はナナにもわかっていた。
まだ忍でない二人を人質にとって、そのまま里を脱する。
もちろん、彼らを威嚇するサスケにも、わかっていると確信していた。
「ナナ……」
相手を睨み据えたまま、すぐ隣のナナにだけ聞こえる声で、サスケは言った。
「一瞬、あいつらの注意をひきつけろ」
ナナは何も言わずに、彼の横顔を見る。
「オレが術を発動させたら、麓に向かって走れ」
ナナは小さくうなずいた。
もともと、『怖い』などという感情は持ち合わせていない。
その上、隣にいるのはサスケだった。
サスケは強い……。
そんなこと、
ナナは合図もせず、相手に向かって走り出した。
「へっ、ガキが、ヤケおこしたのかよっ!!」
「それともナメてんのか?!」
ナナは一人の顔面に蹴りを入れる。
その跳躍は申し分なかったが、完全に見切られていた。
「ほらよっ!!」
片腕で軽々とガードされ、さらにナナの体が捕らわれそうになる。
しかしナナは空中で体を半回転させ、勢いでもう一人の男に手裏剣を投げつけた。
「おっと」
が、それも避けられる。
ナナは二人の目の前に着地した。
二人が手を伸ばせば、捕えられる距離である。
その時、
「火遁豪火球の術っ!!!」
ナナの背後から声がしたと同時に、ナナは勢いよく斜め後ろに飛びすさった。
そして、変わりに幾多の火の塊が二人を襲う。
「な、なにっ!!?」
「か、火遁だと?!」
まさか『忍の卵』にそんな代物を扱えると思っていなかったはずの彼らは、慌ててガードするのが精一杯だった。
そして、炎が煙になった時、すでに獲物の姿は消えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちっ……」
サスケは舌打ちした。
「サスケ、どうする?」
後ろから迫る“殺気”に、二人は気づいていた。
顔を覗き込むナナを横目で見て彼は言った。
「二手に別れて降りた方が敵を巻きやすい……」
相手も二人だった。
二手に別れれ、敵もそれぞれに追うかもしれないし、どちらか一方に狙いを定めたとしても、その方向を一瞬だけでも考える間ができる。
麓の集合地点まで行けば、イルカやミズキら教師がいるはずだった。
「わかった」
ナナはそんなサスケの考えを皆まで聞かずに了解した。
「お前はこのまま行け」
「サスケは?」
「向こうの沢を下って行く」
サスケの言葉に、ナナは初めて一瞬戸惑った。
が、再び場違いに笑みを浮かべてうなずいた。
「気をつけてね」
「それはオレのセリフだ」
サスケが低く言うと同時に、二人は同じタイミングで相手に背を向けた。
案の定、サスケと別れてすぐ、追っ手の気配も二方向に分断されたのを感じた。
自分に向かって、ひとつの殺気が確かに向かって来るのを確認し、ナナは立ち止まる。
ナナはサスケがわざわざ迂回路をとり、自分に麓まで一直線のルートを行かせたことを知っていた。
その上で、ナナはいきなりルートを変える。
向かう先を、麓の集合所から、『サスケの追手』へと変更して……。
全力で走った。
ナナにしてみれば、山はむしろ平地より動きやすい。
麓まで数キロの地点で、ナナはサスケを追っていた敵の目の前に姿を現した。
驚いたのは、サスケに意識を集中していた男と、そしてナナを追っていた男。
「なるほどな……」
「オレを引き連れたままコイツのとこへおびき寄せ、あっちのガキを逃がそうってワケだったか」
感服したように言う。
「まぁいい、人質は一人いればじゅうぶんだ」
「せいぜいオレらの盾になってもらうぜ」
ニタリと笑った二人に、ナナは抵抗すべく身構えた。
二人を相手に、
が、ナナはおもむろに右手の手袋をとった。
「おいおい、一応は抵抗する気か?」
「何する気か知らんが、かまってやれねーぞ。オレたちにゃ時間がないんでな」
時間が無い……彼らにも十分にわかっていた。
脱獄を知った木ノ葉の忍が、そうそう里を逃げる時間を与えるはずが無いことくらい、一度捕まった体で知っていた。
ナナもまた、そう考える一人であった。
木ノ葉の忍が来るまでに、時間さえかせげれば……。
そう思い、両手で印を結んだ。
「なんの印だ……?」
知らぬ印式に首をかしげる二人に向かい、ナナは呪文を唱える。
(右手の『封印』だけでも外れれば……)
そう願った。
両手には、当主の命で『封印』が掛けられている。
『九尾』の封印術を学ぶには、体で会得しなければならないことが多すぎた。
両手の力の封印も、そのひとつである。
(解印……!)
スーっと背骨に力が伝った感覚があった。
続けて別の印を結ぶ。
(陰陽忍術……)
あからさまに油断する二人に向け、ナナはこの里で初めてその術を繰り出す。
「星縛り……!!」
体の霊気は、やはり故郷にいた頃より抑圧されていた。
が、地面に両手をついた瞬間、その術はあっさりと発動される。
「な、なんだ?!」
二人が驚いた時にはすでに、周りの空間はナナの結界に囲われていた。
星がふたつ、それぞれの足元でうっすらと光っている。
「くそっ、結界術が使えただとっ!!?」
「こんなガキがいたとは……!!」
全身を見えぬ縄で縛られたかのように体の動きを奪われた二人は、ナナを睨んだ。
「木ノ葉の忍が来るまで、ココにいて」
サスケがふもとに辿り着き、イルカたちに連絡している頃だ。
イルカたちか、彼らが手配した忍がここへ来るのにそう時間はかからないだろう。
それまで二人の動きを封じるつもりだった。
だが……。
「へっ……」
「へへっ……」
捕らわれたはずの二人は同時に笑った。
「オレたちは木ノ葉の牢獄を破って来たんだぜ?」
「こんな結界くらい、破るのは簡単なんだよっ!!」
そして、一気にチャクラを膨らませる。
「う……わ……っ……」
ナナは地面についた両手に痺れを感じた。
やはり、術は半分も効力を出せていない。
もどかしい気分のまま、それでも今出せる力を目いっぱい搾り出した。
が、牢獄を破って来たという二人の実力はホンモノだった。
「なんだか知らんが……こんなモンに……」
「てこずって……たまるかぁ……!!!」
チャクラが爆発したように、辺りが光る。
そして、ナナの体は弾き飛ばされた。
その体は抵抗力を失い、藪へと突っ込む。
その時……。
「……えっ……」
ナナのその体は、地に叩きつけられるどころか、暖かいモノに受け止められた。
「…………?!」
驚いて振り返る。
と、ナナの代わりに藪に体を打ちつけたのは、ここにいるはずのないサスケだった。
「サスケ?!」
思わずナナは叫んだ。
「っ…………」
目の前に、頬に赤い筋をつけたサスケの顔があった。
「な、なんで……」
全てを言わせず、サスケはナナを引っ張り起こすように立ち上がる。
視線は再び迫り来る二人組を向いていた。
「せっかくカノジョが逃がしてくれたのによ」
「戻って来ちゃ、ハナシになんねーだろーが」
突然現れたサスケに、二人は馬鹿にしたように笑う。
「お前らには関係ない」
サスケは不機嫌そうに言った。
「サ、サスケ……」
言いかけたナナの言葉も、サスケはさらに機嫌の悪い声で遮った。
「お前は黙ってろ」
「で、でも」
「黙ってそこにいろ」
(うぁ……めちゃくちゃ怒ってる……)
有無を言わさぬサスケは、明らかに敵よりもナナに対して怒っていた。
「木ノ葉の忍が来る前に、“火遁のガキ”は殺すぞ」
「ああ、“結界のガキ”は人質だな。見たところ、今の術で力を使い切ったようだしな……」
だから、そう言った二人に対して思い切り啖呵をきる。
「里の忍が来る前に、まとめてのしてやる」
そしてクナイを一本、右手に構えた。
「最初からそうしとくんだったぜ」
つぶやくサスケに、ナナは内心つっこんだ。
(最初に敵う相手じゃないと思ったから、ああいう作戦だったのに……)
しかし、見透かされたようにサスケの言葉が釘をさす。
「ナナ、動くなよ」
「……ハイ……」
気おされてナナが答えたと同時に、サスケは二人に向かってクナイを投げつけた。
(サスケ……)
サスケがあっさりやられる想像はつかなかった。
が、隙を見つけて何か策を練らねば……。
ナナは落ち着かせるように息を吐いた。
とりあえず、右手に手袋をはめなおした。
無理に封印を解いたせいか、右手には吐き気のするような気味の悪い痣ができていた。
(コレは……サスケに見せられないな……)
激痛と脱力感とその痣を隠し、ナナはサスケを見やる。
脱獄囚相手に、彼は対等に戦っていた。
(さすが……サスケ……)
しかし、サスケの蹴りをまともに食らった一人が、バキバキと指の関節をならし、笑った。
「ナマイキなガキめ……だが、この術で終わりだな」
そして、印を結ぶ。
「こいつの術で、牢の看守は全滅だったぜ?」
もう一人が言うと、印を結んだ男は思い切り息を吸い込み、サスケに向かって全てを吐きつけた。
「忍法毒霧……!!」
水分を含んだ煙が、サスケに降りかかる。
(あれは……)
毒の霧……。
避けきれない勢いに、サスケがそれでも飛び退りながらガードしようとした時、ナナは足を踏み出していた。
「ケホッケホッ……」
激しく咳き込んだのは、ナナだった。
「ナナ?!」
ナナに突き飛ばされたサスケが駆け寄る。
「ナナ?!」
カクンと音を立て、ナナの膝から力が抜けた。
サスケが支えなければ、草むらに沈んでいただろう。
(ち……力が……)
毒の回りは恐ろしいほどに早かった。
あっという間に、目を開いている力、そして呼吸する動きすら奪われるようだった。
「筋肉弛緩剤……ってとこだ」
「死にはしねーが、一時的に全筋肉をマヒさせる……」
二人の声を聞きながら、ナナはサスケの腕の感触だけを感じる。
(うわぁ……。また……怒ってる……)
自分を覗き込むサスケの目に、そう思って少し笑った。
「そいつをかばったままで、俺らとやり合えんのか?!」
敵は容赦なく攻撃を続行する。
サスケの腕に、力がこもった。
(サスケ……逃げてはくれないよね……)
ナナが動かぬ体の中でそう思った時……。
「こんな所にいやがった」
遥か木の上でどこかのんびりした声がした。
「…………?!!」
その存在に気づかなかった二人組は、悪寒とともに声の方を向く。
しかし主の姿はそこになく、変わりに二人の脱獄犯の背後に現れた。
「悪い、遅れたな」
言葉と同時に、二人は一瞬にして地に倒れ付した。
サスケでさえも、その力に目を奪われていた。
ナナはそのサスケの視線の先に、無理やり首を動かす。
(あの人は……)
すでに二人をロープで縛っている忍……それはナナのよく知る人物だった。
(ゲンマさんだ……)
「ナナ、大丈夫か?」
彼はサスケに抱きかかえられるナナを見下ろす。
相変わらずの長楊枝に、ナナは笑おうとした。
「死には至らないが、数時間は体の筋肉が弛緩する毒だとよ」
牢で倒れている看守を診た医療班が、そう言ったらしい。
「麻酔みたいなモンだそうだ」
ゲンマはナナ本人よりも、サスケを安心させるように告げた。
そして、ポーチから丸い小さな玉を取り出して、サスケに突きつける。
「ほらよ」
「な、なんだこれは……?」
見るからに怪しげな色のそれを受け取って、サスケは疑い深く睨んだ。
「解毒薬だ。そいつに飲ませてやれ」
「解毒薬……?」
「薬が早く抜けるはずだ」
サスケが、クタリとしたナナと、手にした薬を見比べた。
「オレはこいつらを移送する。お前はナナを連れて山を降りろ。教師にも連絡いってる頃だ」
そう言って、ゲンマは二人の脱獄囚を軽々と抱え上げた。
……かと思えば、すでに煙となって消えていた。
「…………」
サスケは無言で、再びナナに視線を移す。
目にはまた、かすかな怒りがあった。
(ゴメン……サスケ……)
そう言いたかったが、もう声は出なかった。
「お前……」
代わりに、苛立ちを伴う声が降りかかる。
「勝手にヒトリで抱え込んでんじゃねーよ」
言い様のない感情が溢れたかのよう……。
それは、ぶつけられたナナにもわかり得なくて……。
サスケの瞳に答えを見出そうとしたその時に、ナナの唇はサスケのそれによって塞がれ、苦いものをぎこちなく渡されていた。
(……っ……サ……スケ……?)
麻痺した体が、自然と熱を持ったようだ。
同時にゴクリと鳴った喉を確認し、サスケはゆっくりと体を起こした。
向けられたサスケの瞳は、くすぶるモノを隠しもしない。
それを再び探りたいと思った時、彼はぶっきらぼうに、指先でナナの唇を拭った。
その暖かさに、何故だか泣きたくなったのに、ナナは瞬きもしないでサスケを見つめていた。
怒ったような、照れたような顔は、もうナナを直視しようとしなかったが、腕にはずっと力がこもっていた。