ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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怒り

 サスケは舌打ちして、“彼ら”を睨んだ。

 演習にはありえないはずの本物の殺気が、“彼ら”から向けられている。

 

「誰だ、お前ら」

 

 身構えながら低く言い、心もちナナの少し前に立つ。

 

「ガキが二人……ラッキーだぜ」

「どうやら、生きて木ノ葉を出られそうだな……」

 

 “彼ら”はサスケの問いを無視し、互いに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 今日の演習は、サバイバル的な要素を兼ねていた。

 二人組(ツーマンセル)で山に入り、いくつかあるチェックポイントを通過して、制限時間内に教師の待つ麓まで戻って来る。

 もちろん、トラップもあれば野生の猛獣もいる山だった。

 『危険度の高いオリエンテーリング』、そう言ったのはシカマルだった気がする。

 が、『危険』といっても、あくまで忍者学校(アカデミー)の演習場である。

 少なくとも二人の目の前に現われた“妖しげな忍”とは、無縁のはずであった。

 

「何だ、お前らは……!!」

 

 サスケはもう一度言った。

 

「オレらか?」

 

 ニヤリと笑いながら、忍はようやく答える。

 

「たった今、木ノ葉の牢を脱獄して来た草の忍だ」

「運良く牢を破って山に隠れられたと思ったら、さらにこんな幸運が待っていやがった」

 

 『幸運』……サスケとナナに出くわしたのを、彼らはそう言った。

 理由はナナにもわかっていた。

 まだ忍でない二人を人質にとって、そのまま里を脱する。

 もちろん、彼らを威嚇するサスケにも、わかっていると確信していた。

 

「ナナ……」

 

 相手を睨み据えたまま、すぐ隣のナナにだけ聞こえる声で、サスケは言った。

 

「一瞬、あいつらの注意をひきつけろ」

 

 ナナは何も言わずに、彼の横顔を見る。

 

「オレが術を発動させたら、麓に向かって走れ」

 

 ナナは小さくうなずいた。

 もともと、『怖い』などという感情は持ち合わせていない。

 その上、隣にいるのはサスケだった。

 サスケは強い……。

 そんなこと、()()()()()()知っている。

 ナナは合図もせず、相手に向かって走り出した。

 

「へっ、ガキが、ヤケおこしたのかよっ!!」

「それともナメてんのか?!」

 

 ナナは一人の顔面に蹴りを入れる。

 その跳躍は申し分なかったが、完全に見切られていた。

 

「ほらよっ!!」

 

 片腕で軽々とガードされ、さらにナナの体が捕らわれそうになる。

 しかしナナは空中で体を半回転させ、勢いでもう一人の男に手裏剣を投げつけた。

 

「おっと」

 

 が、それも避けられる。

 ナナは二人の目の前に着地した。

 二人が手を伸ばせば、捕えられる距離である。

 その時、

 

「火遁豪火球の術っ!!!」

 

 ナナの背後から声がしたと同時に、ナナは勢いよく斜め後ろに飛びすさった。

 そして、変わりに幾多の火の塊が二人を襲う。

 

「な、なにっ!!?」

「か、火遁だと?!」

 

 まさか『忍の卵』にそんな代物を扱えると思っていなかったはずの彼らは、慌ててガードするのが精一杯だった。

 そして、炎が煙になった時、すでに獲物の姿は消えていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ちっ……」

 

 サスケは舌打ちした。

 

「サスケ、どうする?」

 

 後ろから迫る“殺気”に、二人は気づいていた。

 顔を覗き込むナナを横目で見て彼は言った。

 

「二手に別れて降りた方が敵を巻きやすい……」

 

 相手も二人だった。

 二手に別れれ、敵もそれぞれに追うかもしれないし、どちらか一方に狙いを定めたとしても、その方向を一瞬だけでも考える間ができる。

 麓の集合地点まで行けば、イルカやミズキら教師がいるはずだった。

 

「わかった」

 

 ナナはそんなサスケの考えを皆まで聞かずに了解した。

 

「お前はこのまま行け」

「サスケは?」

「向こうの沢を下って行く」

 

 サスケの言葉に、ナナは初めて一瞬戸惑った。

 が、再び場違いに笑みを浮かべてうなずいた。

 

「気をつけてね」

「それはオレのセリフだ」

 

 サスケが低く言うと同時に、二人は同じタイミングで相手に背を向けた。

 

 

 

 案の定、サスケと別れてすぐ、追っ手の気配も二方向に分断されたのを感じた。

 自分に向かって、ひとつの殺気が確かに向かって来るのを確認し、ナナは立ち止まる。

 ナナはサスケがわざわざ迂回路をとり、自分に麓まで一直線のルートを行かせたことを知っていた。

 その上で、ナナはいきなりルートを変える。

 向かう先を、麓の集合所から、『サスケの追手』へと変更して……。

 全力で走った。

 ナナにしてみれば、山はむしろ平地より動きやすい。

 麓まで数キロの地点で、ナナはサスケを追っていた敵の目の前に姿を現した。

 驚いたのは、サスケに意識を集中していた男と、そしてナナを追っていた男。

 

「なるほどな……」

「オレを引き連れたままコイツのとこへおびき寄せ、あっちのガキを逃がそうってワケだったか」

 

 感服したように言う。

 

「まぁいい、人質は一人いればじゅうぶんだ」

「せいぜいオレらの盾になってもらうぜ」

 

 ニタリと笑った二人に、ナナは抵抗すべく身構えた。

 二人を相手に、()()()()で勝てる気などさらさら無い。

 が、ナナはおもむろに右手の手袋をとった。

 

「おいおい、一応は抵抗する気か?」

「何する気か知らんが、かまってやれねーぞ。オレたちにゃ時間がないんでな」

 

 時間が無い……彼らにも十分にわかっていた。

 脱獄を知った木ノ葉の忍が、そうそう里を逃げる時間を与えるはずが無いことくらい、一度捕まった体で知っていた。

 ナナもまた、そう考える一人であった。

 木ノ葉の忍が来るまでに、時間さえかせげれば……。

 そう思い、両手で印を結んだ。

 

「なんの印だ……?」

 

 知らぬ印式に首をかしげる二人に向かい、ナナは呪文を唱える。

 

(右手の『封印』だけでも外れれば……)

 

 そう願った。

 両手には、当主の命で『封印』が掛けられている。

 『九尾』の封印術を学ぶには、体で会得しなければならないことが多すぎた。

 両手の力の封印も、そのひとつである。

 

(解印……!)

 

 スーっと背骨に力が伝った感覚があった。

 続けて別の印を結ぶ。

 

(陰陽忍術……)

 

 あからさまに油断する二人に向け、ナナはこの里で初めてその術を繰り出す。

 

「星縛り……!!」

 

 体の霊気は、やはり故郷にいた頃より抑圧されていた。

 が、地面に両手をついた瞬間、その術はあっさりと発動される。

 

「な、なんだ?!」

 

 二人が驚いた時にはすでに、周りの空間はナナの結界に囲われていた。

 星がふたつ、それぞれの足元でうっすらと光っている。

 

「くそっ、結界術が使えただとっ!!?」

「こんなガキがいたとは……!!」

 

 全身を見えぬ縄で縛られたかのように体の動きを奪われた二人は、ナナを睨んだ。

 

「木ノ葉の忍が来るまで、ココにいて」

 

 サスケがふもとに辿り着き、イルカたちに連絡している頃だ。

 イルカたちか、彼らが手配した忍がここへ来るのにそう時間はかからないだろう。

 それまで二人の動きを封じるつもりだった。

 だが……。

 

「へっ……」

「へへっ……」

 

 捕らわれたはずの二人は同時に笑った。

 

「オレたちは木ノ葉の牢獄を破って来たんだぜ?」

「こんな結界くらい、破るのは簡単なんだよっ!!」

 

 そして、一気にチャクラを膨らませる。

 

「う……わ……っ……」

 

 ナナは地面についた両手に痺れを感じた。

 やはり、術は半分も効力を出せていない。

 もどかしい気分のまま、それでも今出せる力を目いっぱい搾り出した。

 が、牢獄を破って来たという二人の実力はホンモノだった。

 

「なんだか知らんが……こんなモンに……」

「てこずって……たまるかぁ……!!!」

 

 チャクラが爆発したように、辺りが光る。

 そして、ナナの体は弾き飛ばされた。

 その体は抵抗力を失い、藪へと突っ込む。

 その時……。

 

「……えっ……」

 

 ナナのその体は、地に叩きつけられるどころか、暖かいモノに受け止められた。

 

「…………?!」

 

 驚いて振り返る。

 と、ナナの代わりに藪に体を打ちつけたのは、ここにいるはずのないサスケだった。

 

「サスケ?!」

 

 思わずナナは叫んだ。

 

「っ…………」

 

 目の前に、頬に赤い筋をつけたサスケの顔があった。

 

「な、なんで……」

 

 全てを言わせず、サスケはナナを引っ張り起こすように立ち上がる。

 視線は再び迫り来る二人組を向いていた。

 

「せっかくカノジョが逃がしてくれたのによ」

「戻って来ちゃ、ハナシになんねーだろーが」

 

 突然現れたサスケに、二人は馬鹿にしたように笑う。

 

「お前らには関係ない」

 

 サスケは不機嫌そうに言った。

 

「サ、サスケ……」

 

 言いかけたナナの言葉も、サスケはさらに機嫌の悪い声で遮った。

 

「お前は黙ってろ」

「で、でも」

「黙ってそこにいろ」

 

(うぁ……めちゃくちゃ怒ってる……)

 

 有無を言わさぬサスケは、明らかに敵よりもナナに対して怒っていた。

 

「木ノ葉の忍が来る前に、“火遁のガキ”は殺すぞ」

「ああ、“結界のガキ”は人質だな。見たところ、今の術で力を使い切ったようだしな……」

 

 だから、そう言った二人に対して思い切り啖呵をきる。

 

「里の忍が来る前に、まとめてのしてやる」

 

 そしてクナイを一本、右手に構えた。

 

「最初からそうしとくんだったぜ」

 

 つぶやくサスケに、ナナは内心つっこんだ。

 

(最初に敵う相手じゃないと思ったから、ああいう作戦だったのに……)

 

 しかし、見透かされたようにサスケの言葉が釘をさす。

 

「ナナ、動くなよ」

「……ハイ……」

 

 気おされてナナが答えたと同時に、サスケは二人に向かってクナイを投げつけた。

 

(サスケ……)

 

 サスケがあっさりやられる想像はつかなかった。

 が、隙を見つけて何か策を練らねば……。

 ナナは落ち着かせるように息を吐いた。

 とりあえず、右手に手袋をはめなおした。

 無理に封印を解いたせいか、右手には吐き気のするような気味の悪い痣ができていた。

 

(コレは……サスケに見せられないな……)

 

 激痛と脱力感とその痣を隠し、ナナはサスケを見やる。

 脱獄囚相手に、彼は対等に戦っていた。

 

(さすが……サスケ……)

 

 しかし、サスケの蹴りをまともに食らった一人が、バキバキと指の関節をならし、笑った。

 

「ナマイキなガキめ……だが、この術で終わりだな」

 

 そして、印を結ぶ。

 

「こいつの術で、牢の看守は全滅だったぜ?」

 

 もう一人が言うと、印を結んだ男は思い切り息を吸い込み、サスケに向かって全てを吐きつけた。

 

「忍法毒霧……!!」

 

 水分を含んだ煙が、サスケに降りかかる。

 

(あれは……)

 

 毒の霧……。

 避けきれない勢いに、サスケがそれでも飛び退りながらガードしようとした時、ナナは足を踏み出していた。

 

 

 

「ケホッケホッ……」

 

 激しく咳き込んだのは、ナナだった。

 

「ナナ?!」

 

 ナナに突き飛ばされたサスケが駆け寄る。

 

「ナナ?!」

 

 カクンと音を立て、ナナの膝から力が抜けた。

 サスケが支えなければ、草むらに沈んでいただろう。

 

(ち……力が……)

 

 毒の回りは恐ろしいほどに早かった。

 あっという間に、目を開いている力、そして呼吸する動きすら奪われるようだった。

 

「筋肉弛緩剤……ってとこだ」

「死にはしねーが、一時的に全筋肉をマヒさせる……」

 

 二人の声を聞きながら、ナナはサスケの腕の感触だけを感じる。

 

(うわぁ……。また……怒ってる……)

 

 自分を覗き込むサスケの目に、そう思って少し笑った。

 

「そいつをかばったままで、俺らとやり合えんのか?!」

 

 敵は容赦なく攻撃を続行する。

 サスケの腕に、力がこもった。

 

(サスケ……逃げてはくれないよね……)

 

 ナナが動かぬ体の中でそう思った時……。

 

「こんな所にいやがった」

 

 遥か木の上でどこかのんびりした声がした。

 

「…………?!!」

 

 その存在に気づかなかった二人組は、悪寒とともに声の方を向く。

 しかし主の姿はそこになく、変わりに二人の脱獄犯の背後に現れた。

 

「悪い、遅れたな」

 

 言葉と同時に、二人は一瞬にして地に倒れ付した。

 サスケでさえも、その力に目を奪われていた。

 ナナはそのサスケの視線の先に、無理やり首を動かす。

 

(あの人は……)

 

 すでに二人をロープで縛っている忍……それはナナのよく知る人物だった。

 

(ゲンマさんだ……)

 

「ナナ、大丈夫か?」

 

 彼はサスケに抱きかかえられるナナを見下ろす。

 相変わらずの長楊枝に、ナナは笑おうとした。

 

「死には至らないが、数時間は体の筋肉が弛緩する毒だとよ」

 

 牢で倒れている看守を診た医療班が、そう言ったらしい。

 

「麻酔みたいなモンだそうだ」

 

 ゲンマはナナ本人よりも、サスケを安心させるように告げた。

 そして、ポーチから丸い小さな玉を取り出して、サスケに突きつける。

 

「ほらよ」

「な、なんだこれは……?」

 

 見るからに怪しげな色のそれを受け取って、サスケは疑い深く睨んだ。

 

「解毒薬だ。そいつに飲ませてやれ」

「解毒薬……?」

「薬が早く抜けるはずだ」

 

 サスケが、クタリとしたナナと、手にした薬を見比べた。

 

「オレはこいつらを移送する。お前はナナを連れて山を降りろ。教師にも連絡いってる頃だ」

 

 そう言って、ゲンマは二人の脱獄囚を軽々と抱え上げた。

 ……かと思えば、すでに煙となって消えていた。

 

「…………」

 

 サスケは無言で、再びナナに視線を移す。

 目にはまた、かすかな怒りがあった。

 

(ゴメン……サスケ……)

 

 そう言いたかったが、もう声は出なかった。

 

「お前……」

 

 代わりに、苛立ちを伴う声が降りかかる。

 

「勝手にヒトリで抱え込んでんじゃねーよ」

 

 言い様のない感情が溢れたかのよう……。

 それは、ぶつけられたナナにもわかり得なくて……。

 サスケの瞳に答えを見出そうとしたその時に、ナナの唇はサスケのそれによって塞がれ、苦いものをぎこちなく渡されていた。

 

(……っ……サ……スケ……?)

 

 麻痺した体が、自然と熱を持ったようだ。

 同時にゴクリと鳴った喉を確認し、サスケはゆっくりと体を起こした。

 向けられたサスケの瞳は、くすぶるモノを隠しもしない。

 それを再び探りたいと思った時、彼はぶっきらぼうに、指先でナナの唇を拭った。

 その暖かさに、何故だか泣きたくなったのに、ナナは瞬きもしないでサスケを見つめていた。

 怒ったような、照れたような顔は、もうナナを直視しようとしなかったが、腕にはずっと力がこもっていた。

 

 

 

 

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