ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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怨睨 ―オニー(1)

 ナナは走った。

 先ほど目にした、変わり果てたサスケの姿を追って。

 心に、鋭い痛みを抱えたまま。

 ナルトの背を見つめることで、それを振り払いながら。

 

 近い……。

 

 そう感じた。

 気配を殺していても、その存在がわかったくらいだから。

 今も、すぐ近くにいるのがわかった。

 追いついたら、何と言えばいいのだろう……。

 『キライ』と言って突き放しておいて、こうして追って来た自分に、サスケは何と言うだろう……。

 どんな顔を、するのだろう……。

 全てがやはり、怖かった。

 

 だが、何も恐れず突き進む背を信じて、それと共に走った。

 しかし……。

 再び、二人の行く手を阻むモノが現れた。

 

「な、なんだってばよ……!!?」

 

 それは、目に見えて現れた『敵』でなく、体に感じた『異変』……。

 

「足が……動かな……」

 

 ナルトの足が突然、木の枝に吸い付いた。

 そして、同時にナナの足も。

 

「……ナナ……!!」

 

 首だけまわして、状況の分析を求めたナルトに、ナナは余裕なく、低い声で呟いた。

 

「結界っ……!!?」

 

 そして、ナルトがその単語を理解する間もなく、近くの枝に笑いが起きる。

 若い、女の笑い声……。

 

「だ、誰だってばよ!!!」

 

 睨み付けた先に居たのは、金髪(ブロンド)を靡かせた女だった。

 

「フフ……捕まえちゃった……」

 

 肩をすくめて笑う女は、面白そうに髪をかきあげた。

 

「オレたちをここから出せってばよ!!!」

 

 ナルトが怒鳴る。

 その時。

 

「ナルト、先に行って」

「……え……」

 

 ナナは低い声でそう言った。

 

「この人は、私が相手をするから」

「で、でも……ナナ……」

 

 ナルトが戸惑うのも無理はなかった。

 言いながらナナが結ぶ印は、忍のそれではなかったから。

 

「解……!!!」

 

 しかし彼の脳みそが整理される間もなく、見知らぬ女の結界はナナの声とともに破られる。

 

「ナナ……どうやって……」

 

 戸惑うナルトに、ナナは女を見据えたまま言った。

 

「行って、ナルト」

 

 ナルトはその横顔をしばし見つめ、そしてただならぬ意思を認めた。

 

「わかったってばよ!!」

 

 ナルトはナナに向かって力強く言う。

 

「そいつ倒して、ナナも後から来いよ!!!」

 

 去り際に、もうひとつの言葉を残して。

 

「それまでに、サスケは絶対オレがなんとかしとくってばよ!!!」

 

 

 

 

「アナタは……誰……?」

 

 ナルトの姿が消えてから、ナナはまるでナルトを追おうとしない女に、低い声で言った。

 

()()()()()を張るなんて、あなたは忍じゃないでしょう?」

 

 忍術のカケラも含まぬ、純粋な『陰陽術』による結界……。

 ナルトとナナが捕らわれたのはそれだった。

 だから……。

 

「『和泉』と関わりがあるの……?」

 

 それは確信していた。

 ただ、和泉一族の証である『黒髪・黒い瞳』を持ち合わせていなかったことが、今のナナにとってはせめてもの救いだった。

 

「……で、私に用があるんでしょう?」

 

 陰陽術を使うとなれば、『ナナのことを知らない』という確率は低かった。

 黙ってナルトを行かせたことを、考慮するまでもない。

 

「そうね、私はナナと話がしたくて」

 

 薄い笑いを含みながら、女は口を開いた。

 

「私の名前……、知ってるってわけね」

 

 ナナの眉が険しくひそむ。

 

「大蛇丸たちに陰陽術を教えたのは……、あなた……?」

 

 女は肯定も否定もせず、ただ不気味に笑んだ。

 ナナは身構えた。

 殺気が放たれないのが、余計に気味が悪い。

 

「大蛇丸……? ええ、教えたわ」

 

 ふざけた調子で、女は語る。

 

「たかが“忍”のアイツが『転生術』を完成させたのも、四人衆ごときが特殊な術を扱えるようになったのも……ぜーんぶ私のオカゲ」

「…………」

 

 血が……これほどに呪わしいと思ったのは久しぶりだった。

 

「……サスケの呪印を……大蛇丸に教えたのも……」

「私よ」

 

 やはり……。

 予測を立てていただけに、驚きはなかった。

 が、それ以上に激しい怒りが声を振るわせた。

 

「何が目的なの……?!」

 

 全ての元凶……。

 大蛇丸などより、もっと根深いところにいる者……。

 それを前に、どうして冷静でいられようか。

 そしてそれは、自分の一族にしか持ち得ぬ技を得ている。

 

「目的……?」

 

 が、女はれをせせら笑う。

 

「そんなに焦らないで、ゆっくり話しをしましょう……?」

 

 そして突然、印を結んだ。

 当然、陰陽術の。

 しかし、ナナの知らない『式』の……。

 

「…………?!!」

 

 背中から、強い力で押されたような衝撃だった。

 グラリと揺れた身体をかろうじて立て直した時、ナナと女の居る空間は、奇妙に歪んでいた。

 

「け、結界が……」

 

 見回して唇を震わすナナに、女は金色の髪をかき上げながら言った。

 

「さっきのより、ずっと強力でしょう?」

「…………」

「見たこともないでしょう?」

「…………」

()()()()()決して破れないわよ、ナナ」

 

 空気の歪みは、視界をも揺るがした。

 それを無理やり正常に戻そうと、あるいは動揺した心を落ち着けようと、ナナは強く瞬きをする。

だが。

 

「ねぇナナ、いくら最も和泉の術に長けるあなたでも、『破れない術』だってあるのよ……?」

 

 鼻で笑う女の声に、さらに心は揺れた。

 

「あなたは……誰っ……?!」

 

 自分の声で、己を保とうとする。

 

「和泉の誰に、()()()()を習ったの……?!」

 

 各国に散る分家の術者が、掟を破って独自の道を行き始めたか……。

 あるいは、当主も把握せぬ下級の術師が、危険な野心を持ったか……。

 いや、そんなことよりも、こんな異常な力を持てる『式』は……。

 

「この術は……『鬼の式』っ……!!」

 

 思いながら、吐き捨てるように言ったナナは、すでに絶望の闇を抱えさせられていた。

 

「そうね、これは『鬼の式』だわ」

 

 対照的に、女は悦に入って言う。

 

「あなたの扱う……、いえ、和泉の者たちが通常扱っていい『人の式』じゃあないわね」

「……っ……!!」

 

 ナナはゴクリと唾を飲み込んだ。

 やけに痛くて、逆に言葉を吐き出せた。

 

「たとえどんなに力を持った陰陽師でも、『鬼の式』は()()()()()()使()()()()()()()()技のはず……」

 

 (まじな)いに『良いもの』と『悪いもの』が存在するように、陰陽の術にもその両方が存在した。

 が『鬼の式』は、世の全ての理に反するものとして、扱うことを禁じられていた。

 

 死んだ者を生き返す……。

 魂をそのままに、転生する……。

 死神を呼ぶ……。

 

 これらは、生の道理を乱す術。

 人の理に反れた禁術。

 術者にも、それなりの『心』がなければ扱うことはできなかった。

 

「あら、私は得意よ、『鬼の式』……」

 

 だが、女はそんな重大なことも、軽くいなすように言った。

 そして、

 

「『人の式』のほうは、まったくの“できそこない”だったけどね……」

「…………!!?」

 

 ナナの背に、悪寒が走った。

 『できそこない』……過去、何度も耳にしたことのある、その言葉。

 『冷たい』などという表現すら物足りない、そんな気が体中にまとわりつく。

 

「……あなたは……誰……?」

 

 ナナの声が、聞こえたか聞こえなかったか……定かではなかったが、女は片手で印を結び、そしてそれを己の顔に近づけた。

 

「こうなっちゃえば、カタチなんてどうでもいいんだけど……」

 

 そう楽しげに言いながら……。

 

「でも、あなたにはこのカタチで会うのが一番よね」

 

 言い終わると同時に、女の指先が紫色に光る。

 

「…………!?」

 

 かつてナナが、これほど恐怖を感じたことがあっただろうか。

 死が迫っても、孤独に陥っても……。

 恐怖に震えることのなかったナナが、今、目の前の女の姿を見て、呼吸すら忘れて震えていた。

 

 

「……姉……上……?!!」

 

 

 見たことがあるのか、そうでないのか……、わからないくらいにおぼつかない記憶。

 が、確かに、女の顔はかつて見た姉のもの……。

 

「久しぶりね、菜々葉」

 

 変わり果てた、姉の顔……。

 

 

 

 

 

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