ナナは走った。
先ほど目にした、変わり果てたサスケの姿を追って。
心に、鋭い痛みを抱えたまま。
ナルトの背を見つめることで、それを振り払いながら。
近い……。
そう感じた。
気配を殺していても、その存在がわかったくらいだから。
今も、すぐ近くにいるのがわかった。
追いついたら、何と言えばいいのだろう……。
『キライ』と言って突き放しておいて、こうして追って来た自分に、サスケは何と言うだろう……。
どんな顔を、するのだろう……。
全てがやはり、怖かった。
だが、何も恐れず突き進む背を信じて、それと共に走った。
しかし……。
再び、二人の行く手を阻むモノが現れた。
「な、なんだってばよ……!!?」
それは、目に見えて現れた『敵』でなく、体に感じた『異変』……。
「足が……動かな……」
ナルトの足が突然、木の枝に吸い付いた。
そして、同時にナナの足も。
「……ナナ……!!」
首だけまわして、状況の分析を求めたナルトに、ナナは余裕なく、低い声で呟いた。
「結界っ……!!?」
そして、ナルトがその単語を理解する間もなく、近くの枝に笑いが起きる。
若い、女の笑い声……。
「だ、誰だってばよ!!!」
睨み付けた先に居たのは、
「フフ……捕まえちゃった……」
肩をすくめて笑う女は、面白そうに髪をかきあげた。
「オレたちをここから出せってばよ!!!」
ナルトが怒鳴る。
その時。
「ナルト、先に行って」
「……え……」
ナナは低い声でそう言った。
「この人は、私が相手をするから」
「で、でも……ナナ……」
ナルトが戸惑うのも無理はなかった。
言いながらナナが結ぶ印は、忍のそれではなかったから。
「解……!!!」
しかし彼の脳みそが整理される間もなく、見知らぬ女の結界はナナの声とともに破られる。
「ナナ……どうやって……」
戸惑うナルトに、ナナは女を見据えたまま言った。
「行って、ナルト」
ナルトはその横顔をしばし見つめ、そしてただならぬ意思を認めた。
「わかったってばよ!!」
ナルトはナナに向かって力強く言う。
「そいつ倒して、ナナも後から来いよ!!!」
去り際に、もうひとつの言葉を残して。
「それまでに、サスケは絶対オレがなんとかしとくってばよ!!!」
「アナタは……誰……?」
ナルトの姿が消えてから、ナナはまるでナルトを追おうとしない女に、低い声で言った。
「
忍術のカケラも含まぬ、純粋な『陰陽術』による結界……。
ナルトとナナが捕らわれたのはそれだった。
だから……。
「『和泉』と関わりがあるの……?」
それは確信していた。
ただ、和泉一族の証である『黒髪・黒い瞳』を持ち合わせていなかったことが、今のナナにとってはせめてもの救いだった。
「……で、私に用があるんでしょう?」
陰陽術を使うとなれば、『ナナのことを知らない』という確率は低かった。
黙ってナルトを行かせたことを、考慮するまでもない。
「そうね、私はナナと話がしたくて」
薄い笑いを含みながら、女は口を開いた。
「私の名前……、知ってるってわけね」
ナナの眉が険しくひそむ。
「大蛇丸たちに陰陽術を教えたのは……、あなた……?」
女は肯定も否定もせず、ただ不気味に笑んだ。
ナナは身構えた。
殺気が放たれないのが、余計に気味が悪い。
「大蛇丸……? ええ、教えたわ」
ふざけた調子で、女は語る。
「たかが“忍”のアイツが『転生術』を完成させたのも、四人衆ごときが特殊な術を扱えるようになったのも……ぜーんぶ私のオカゲ」
「…………」
血が……これほどに呪わしいと思ったのは久しぶりだった。
「……サスケの呪印を……大蛇丸に教えたのも……」
「私よ」
やはり……。
予測を立てていただけに、驚きはなかった。
が、それ以上に激しい怒りが声を振るわせた。
「何が目的なの……?!」
全ての元凶……。
大蛇丸などより、もっと根深いところにいる者……。
それを前に、どうして冷静でいられようか。
そしてそれは、自分の一族にしか持ち得ぬ技を得ている。
「目的……?」
が、女はれをせせら笑う。
「そんなに焦らないで、ゆっくり話しをしましょう……?」
そして突然、印を結んだ。
当然、陰陽術の。
しかし、ナナの知らない『式』の……。
「…………?!!」
背中から、強い力で押されたような衝撃だった。
グラリと揺れた身体をかろうじて立て直した時、ナナと女の居る空間は、奇妙に歪んでいた。
「け、結界が……」
見回して唇を震わすナナに、女は金色の髪をかき上げながら言った。
「さっきのより、ずっと強力でしょう?」
「…………」
「見たこともないでしょう?」
「…………」
「
空気の歪みは、視界をも揺るがした。
それを無理やり正常に戻そうと、あるいは動揺した心を落ち着けようと、ナナは強く瞬きをする。
だが。
「ねぇナナ、いくら最も和泉の術に長けるあなたでも、『破れない術』だってあるのよ……?」
鼻で笑う女の声に、さらに心は揺れた。
「あなたは……誰っ……?!」
自分の声で、己を保とうとする。
「和泉の誰に、
各国に散る分家の術者が、掟を破って独自の道を行き始めたか……。
あるいは、当主も把握せぬ下級の術師が、危険な野心を持ったか……。
いや、そんなことよりも、こんな異常な力を持てる『式』は……。
「この術は……『鬼の式』っ……!!」
思いながら、吐き捨てるように言ったナナは、すでに絶望の闇を抱えさせられていた。
「そうね、これは『鬼の式』だわ」
対照的に、女は悦に入って言う。
「あなたの扱う……、いえ、和泉の者たちが通常扱っていい『人の式』じゃあないわね」
「……っ……!!」
ナナはゴクリと唾を飲み込んだ。
やけに痛くて、逆に言葉を吐き出せた。
「たとえどんなに力を持った陰陽師でも、『鬼の式』は
が『鬼の式』は、世の全ての理に反するものとして、扱うことを禁じられていた。
死んだ者を生き返す……。
魂をそのままに、転生する……。
死神を呼ぶ……。
これらは、生の道理を乱す術。
人の理に反れた禁術。
術者にも、それなりの『心』がなければ扱うことはできなかった。
「あら、私は得意よ、『鬼の式』……」
だが、女はそんな重大なことも、軽くいなすように言った。
そして、
「『人の式』のほうは、まったくの“できそこない”だったけどね……」
「…………!!?」
ナナの背に、悪寒が走った。
『できそこない』……過去、何度も耳にしたことのある、その言葉。
『冷たい』などという表現すら物足りない、そんな気が体中にまとわりつく。
「……あなたは……誰……?」
ナナの声が、聞こえたか聞こえなかったか……定かではなかったが、女は片手で印を結び、そしてそれを己の顔に近づけた。
「こうなっちゃえば、カタチなんてどうでもいいんだけど……」
そう楽しげに言いながら……。
「でも、あなたにはこのカタチで会うのが一番よね」
言い終わると同時に、女の指先が紫色に光る。
「…………!?」
かつてナナが、これほど恐怖を感じたことがあっただろうか。
死が迫っても、孤独に陥っても……。
恐怖に震えることのなかったナナが、今、目の前の女の姿を見て、呼吸すら忘れて震えていた。
「……姉……上……?!!」
見たことがあるのか、そうでないのか……、わからないくらいにおぼつかない記憶。
が、確かに、女の顔はかつて見た姉のもの……。
「久しぶりね、菜々葉」
変わり果てた、姉の顔……。