ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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怨睨 ―オニー(2)

 どうして笑っているのか、わからなかった。

 そんな顔、見たこともなかったから。

 楽しげに、笑っている表情などただの一度も……。

 だから、本当に姉の顔なのかどうか、己の記憶に聞くのは間違いだった。

 

 でも、

 

「菜々葉……、元気そうじゃない?」

 

 口調も全く違うのに

 

「すっかり『ナナ』になっちゃって……。木ノ葉の里は楽しい?」

 

 確かに姉の顔……が、自分を見下ろしていた。

 

「どう……し……て……?」

 

 『琴葉』という名を持っていたその女は、ナナの呟きに口の端をあげた。

 

「私が死んだ……って、聞かされたんでしょう?」

 

 うなずく動作もできないまま、ナナの耳には信じられない単語が連なり入る。

 

「生き返ったのよ。『泰山府君(たいざんふくん)の術』でね」

 

 『泰山府君の術』。

 その危うい最後の単語に、被せるように琴葉は言う。

 

「おかげで『鬼の式』を扱える力を得たわ」

 

 ここで動揺していては、“この敵”の思うつぼ……。

 そう……わかっていても、乱される。

 死者を蘇らせる『泰山府君の術』は、禁術中の禁術。

 『鬼の式』どころか、全ての陰陽術の中の最高等術。

 ……いや、この世に存在すあらゆる術の類を合わせてみても、これに適う禍々しさは持ち得ないだろう。

 本家の人間として知っておかねばならぬ知識だと、この術の関連書を読まされた時、さすがに気味が悪くて眠れなかった。

 そんな術を、“誰か”が使って姉を蘇らせたのか……。

 

「蘇ったモノには、『鬼の式』の“禁”なんて、関係ないもんね」

 

 頭の中に薄気味悪い風を渦巻く。

 が、琴葉はクスクスと笑いながら、ナナに一瞬で近づいてささやいた。

 

「ねぇ、菜々葉。ずいぶんと楽しい展開になってるじゃない?」

 

 嫌でも震えてしまうその顎を、死者のごとく冷たい指先が撫ぜる。

 いや、姉はまさしく死者の体温を持っていた。

 

「苦しい?」

 

 応えが返せるわけもない。

 

「そう……苦しいのね、菜々葉……」

 

 琴葉も知ってか、クスリと笑った。

 そして、瞳に冷たい光を宿して言った。

 

「ああ……楽しい……」

 

 その瞳にゾクリとした背筋の感覚は、間違いなく過去に知っている。

 これほど強くなくとも、それは間違いなく同じ性質のもの。

 

「姉上……」

 

 それが『下された判決』だったかのように、ナナは無意識にそう呟いた。

 

「そう、私はあなたの姉よ。()()()今も、それを否定するような冷たい女じゃないわ」

 

 軽く腕を組み、琴葉は言った。

 

「そしてあなたは、私の妹よ、和泉菜々葉」

 

 足元が揺れる感覚。

 前が向けなくなるような感情。

 そんな時に、必ずあった癖を、ナナは今ここで意識的にした。

 

(イタチ……)

 

 その名を呟き、あのサラシに手を添える。

 それがもたらす、少しの強さにすがる為に。

 

「何が……目的なの……!?」

 

 少しずつ、動揺を鎮める。

 

「実際、目的は色々あるのよね……でも……」

 

 残忍な、それでいて美しい笑みに負けぬよう。

 

「でも今現在の目的は……」

 

 自分と似ていることを、決して否定できぬ顔を見上げて。

 

 

「あなたの『傷』よ、菜々葉」

 

 

 透き通るような、姉の言葉に負けぬよう。

 

「よっぽど私が嫌いだったのね、姉上」

 

 言葉を返すのが必死でも、それを成す。

 だが、琴葉は首をすくめてナナの攻撃をかわした。

 

「私は別に、あなたを恨んだりはしていなかったわ……父のように」

「…………!」

 

 嫌でも浮かんでしまう、父親の暗い瞳。

 

「あなたを恐れてもいなかったわ……母や、他の馬鹿どものように」

 

 そして、母親の怯えた瞳。

 

「でも、私は確かに“あなたのせい”で心に闇を抱えていたわね……」

 

 他人事のような最後の呟きとともに、結界の中だというのに薄ら寒い風が吹いた。

 それを振り切って、問いを投げつける。

 

「じゃあ、何が……私の何が姉上を苦しめたの……?」

 

 ずっと、ずっと知りえなかった疑問を、ナナは口にしていた。

 姉が死んだことを聞かされてから、身にまとわり付いた影。

 “あの時”、サスケに吐き出さねば立ち上がれなかったほどの、重い影。

 琴葉はそれを、今、語る。

 

「父は、私を認めなかったわ……」

 

 でも、それは……知っている。

 『できそこない』と、ナナの前ですら平気でののしった父親の冷たい声は、よく知っている。

 それに対して、姉が思っていたことも。

 が、その続きはナナが初めて聞くハナシ……。

 

「私が、自分のような『できそこない』だったからね」

 

 ジブンノヨウナ……。

 その表現は、悪寒を呼んだ。

 

「あのヒトもまた、自分の父親……つまり私たちのおじい様に『できそこない』と言われて育ったから、かしらね……」

「……え……?」

 

 初めて聞くのも無理はない。

 限りなく他人に近かった父親の話など、聞いた事はないのだから。

 が、それでも押し寄せる“予感”を伴う“悪寒”に、ナナは膝の震えを感じた。

 

「父上に力があれば、父上が木ノ葉を救えたでしょうね」

 

 何かの根が、ぼんやりと姿を現す。

 

「そうしたら、和泉が木ノ葉に“負い目”を感じるハメにはならなかったでしょうね……」

 

名が地に落ちることも……?

 今の和泉が振り切れない暗い闇が、まさにそこにあった。

 そんな“負い目”を、父もまた、その父親に背負わされていたのだとしたら……。

 闇の根底を、押し付けられていたのだとしたら……。

 

「……そんな……」

 

 悲しさ……。

 そんな感情が、心でキュルキュルと音を立てていた。

 そんな連鎖が、姉の身をも絡めていたのだとしたら……。

 

「無理もないのよ。父上(あのヒト)が私を見て、イラつく感情は理解できるわ」

 

 琴葉の言葉を、哀れにさえ思えなかった。

 

「あの里には、私の存在意義なんて無かったでしょう?」

 

 問われて、首を振ることもできない。

 父と姉の間に漂う空気を目にしていたから。

 

「私は生きていたとき、楽しいことなんてひとつも無かったもの」

 

 納得が皮肉だった。

 

「だから死んでまで『力』が欲しかったのよ」

 

 納得してしまうことが、悲しかった。

 

「力があれば、今度こそ楽しめるでしょ?」

 

 目を閉じたかった。

 こんな姉の楽しげな笑みなど、見たくはなかった。

 だが、それに抗わねばならない理由が、ナナにはあった。

 道理とか、そんなモノじゃなく……。

 

(サスケ……)

 

 追わねばならぬ者の名を呟いて、決意を持ち直すのは意外にも簡単だった。

 今までずっと、その名を心で叫び続けていたから……。

 

「姉上だって、父上と同じじゃない? 私の力がうとましかったなんて」

 

 だから、姉の嫌悪する父と『同じ』という事で攻める。

 見せられた闇にも、今は負けられないから。

 

「この力は、父上たちの『転生術』で得た力だっていうのに」

 

 この力……。

 姉が欲して止まないこの力は、意図的に持たされたものだというのに……。

 もともとは、木ノ葉の四代目火影に術を渡した女の力だというのに……。

 そんなものを欲しがって、ずいぶんと愚かではないかと、ナナは父親もまとめて皮肉った。

 それが今できる精一杯の『攻撃』だった。

しかし……。

 

「私はあなたを恨んでなんかいないってば、菜々葉」

 

 クスリと笑う姉には、まだありあまる余裕があった。

 

「父と私は違うわよ」

 

 『違わない』……そう否定する前に、琴葉は新たな事実を口にする。

 

「あなたが『あの女』の力を得て生まれたからこそ、あなたは父の怨みの対象だったのよ」

 

 『今更知ったのか?』とでも聞かれているような声だった。

 

「あなたは()()()()()()()、父の憎悪をまとってたのよ」

 

 そして琴葉は告げた。

 当時の当主、そしてその後継ぎさえも越える力を持った彼女が、その本家の後継ぎとの婚姻を拒否して木ノ葉へ去ったことを。

 

「なに……それ……」

 

 せっかく持ち直したモノが、簡単に引き剥がされていく。

 

「面白いでしょう? 次期当主のクセに、許婚にフラれちゃったのよ、あの男」

「じゃあ……」

 

 琴葉に何かを握られているかのように、耳が言葉をそのまま受け入れてしまう。

 

「そうよ。その女への恨みが、そのまま『生まれ変わり』の存在のあなたに向いちゃったのね」

 

 父親の目……。

 今の事実を理解して、あの意味がすんなりとわかった気がした。

 

(ホント……)

 

「……ほんと、おもしろい……」

 

 ナナは自然と、吐き捨てるように言っていた。

 腹の底に、苦い塊を滑らせて。

 

「ね? おもしろいでしょ?」

「うん……おもしろい……」

 

 姉と妹は、それぞれ別の意味を持つ薄い笑みを浮かべた。

 

「でも私にそんな恨みは関係ないからね、菜々葉」

 

 姉らしく言って、琴葉は涼しげに吐いた。

 

「私はあなたの『力』そのものが欲しくてしょうがなかっただけ」

 

 うつろな感覚で、ナナは姉の双眸を改めて見上げた。

 

「チカラ……そのもの……?」

「そうよ、父を見返すためとかじゃなく、私は純粋に力が欲しかったの。楽しむために」

 

 わかりそうで、わからない……。

 もどかしいままに、ナナは一瞬、かつての自分を思い出していた。

 あの、中忍試験、最終試験の予選で、痛いくらいに感じた思い。

 自分は、何のために戦うのか……。

 力が何のためになるのか。何のために強くなるのか。

 あの時、わからなかった。

 それでも戦うことができたのは、リーの誇りを守りたかったから。

 仲間のために……。

 

「……力……」

 

 それに気づき、ナナはつぶやいた。

 サスケは、イタチを殺すための力を求め……。

 ナルトは、夢を叶えるための力を求め……。

 木ノ葉の忍は、里を守るための力と求めている。

 でも、この目の前に立つ姉は、己の快楽のために力を欲している……。

 それが、空恐ろしかった。

 それを当たり前のようにして立つ姉が、たとえ生者だったとしても、恐ろしかった。

 そして、今、彼女はその力を手にしている……。

 現状が客観的に理解できたとたん、視界の歪みが収まった。

 

「いい目ね、菜々葉」

 

 嬉しそうに笑うのは琴葉。

 

「姉上も、ほんとに楽しそうね」

 

 冷たく言い放つのはナナ。

 

「さぁ、もっと楽しいことをしましょう?」

 

 琴葉はそう言って、印を結ぶ。

 今度のは、ナナも知っているものだった。

 

吸魂式(きゅうこんしき)の術……!!」

 

(これは……!!)

 

 姉が繰り出したのは、式神を呼び、目標の魂を吸い取らせるという高度な陰陽術だった。

 もちろん生前の姉など、その()()()すら扱えぬ技である。

 

「散開っ……!!!」

 

 しかし、取り付こうとした式神を、ナナは一瞬で散らす。

 

「やっぱり、あなたは天才ね、菜々葉」

 

 琴葉は褒めながら、さらに術を繰り出していく。

 しかし……、やはりナナは全ての術を撃破した。

 琴葉の術は、ナナにとっては破り得るものだった。

 どれだけ、姉が“禁忌の力”を身に付けていたのだとしても……。

 

「こんなことして、ほんとに楽しいの?」

 

 ナナは冷たく問う。

 琴葉の笑みは冷めなかった。

 

「えぇ、あなたの力を、改めて思い知ったから」

「悪いけど、私は先に進まなくちゃならないから」

 

 ナナはクナイを取り出した。

 少しの躊躇いを一瞬で捨て、姉の姿に投げつける。

 だが、

 

「え……?!」

 

 クナイは姉の体を通り抜け、後ろの幹に虚しく突き刺さった。

 

「……体が……」

 

 琴葉は、動揺するナナに再び近寄った。

 

「菜々葉、霊体となった私が『肉体』なんて必要ないことくらい、思いつくでしょう?」

 

 そして、ナナの首に手を添える。

 先ほど撫ぜられた顎に受けた感覚とは違っていた。

 ただ風が触れたような、あやふやな感覚……。

 

「『肉体』なんて、今の私には自在なのよ」

 

 ナナは懸命に拳を握り、琴葉を睨み上げた。

 

「つまり、『物体』が無意味ってことね」

「そうよ、菜々葉。さすがに優秀な子だこと」

「じゃあ、術によってあなたを“消さなきゃ”ダメってこと?」

「そうね、物理的に私を傷つけることは無理だから」

 

 ナナは奥歯をかみ締め、後ろに跳躍して姉の手から逃れた。

 そして、決意を込めて印を結ぶ。

 

「姉上……!!」

 

 『消す』と、すでに口にしてしまったから。

 

「一度死んだアナタはもう、私の姉じゃない……。だからっ……!!」

「だから私を『消せる』のね?」

「私はアナタを倒して、先に行かなくちゃならないから……!!!」

「サスケ君を追うんでしょう?」

「……っ……!!!」

 

 楽しそうにナナの印を見守る琴葉に、ひるみそうになるのを必死で耐える。

 ここで躊躇っていては、サスケを追えなくなる。

 決意も無駄になる。

 みんなの決意も、自分の決意も、両方……。

 たとえ『姉』だったモノでも、この手で消さねば、惨い企みは存在し続ける……。

 だから、ナナは全ての力をつぎ込んで、『姉』の姿をしたモノを消す術を繰り出した。

 死者なら霊魂と同じ。鎮魂の術をすれば良いだけだ。

 ただこれまでとは比べ物にならない強い存在を相手にしていると思えば良いだけ。

 たとえば『鬼』のような……。

 

(消えて……!!)

 

 『鬼』を消し去る『光』がナナから発せられ、周囲の結界は悲鳴のような軋みを立てる。

 

(姉上……!!)

 

 目を閉じた。

 光の向こう、琴葉が術を正面から受け止めたのを感じる。

 それでも、そんな“感触”を振り払って、ナナは力をこめた。

 

 

 

 

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