忍の術も、陰陽の術も、持てるものは全て全力で出した。
川の上に浮かぶ『二人』の光景と、ここの『姉妹』の光景はよく似ていた。
サスケを攻め始めたナルトと、次第に琴葉を追い込むナナ……。
爆音は、同時に鳴った。
ナナは、風遁で吹き飛ばした姉を見下ろす。
ナルトは崖にサスケを叩きつけ、襟ぐりを締め上げていた。
そして、
「フフフ……」
土埃の中から姉の笑いが現れると同時に、サスケの声が聞こえた。
『初めから独りっきりだったお前に、何がわかるっ!!!』
「…………?!!」
琴葉を見据えていたナナは、思わず振り返って川に映るサスケを見た。
『繋がりがあるからこそ苦しいんだ!!!』
ナルトに『孤独』を突きつけ、その体を突き飛ばす。
(……サスケ……!!)
ナナは拳を握り締めた。
サスケの言葉は、残酷だった。
それを、誰よりもナナが『否定』できたから。
(意味がない繋がりだってあるよ……)
悲しいけれど、サスケの言葉を、精一杯否定できる理由を知っているから。
(血で繋がってたって、“心”で繋がらなきゃ……)
再び目の前に立つ『姉』の姿を見ながら、それを思う。
(意味がないんだよ……)
琴葉に向かって構えを取りながら、すがる様にナルトの声に耳だけ貸した。
『兄弟って……こんな感じかなぁってよ……』
(ナルトっ……!!)
姉の術に、肉体と魂を襲われながら、心で叫んだ。
(ナルト……私も戦うよ……)
懸命に、姉の放つ悪鬼を祓はらいながら、背後のナルトに意志を飛ばす。
(もっと強い繋がりのためにっ……!!)
『やっとできた繋がり』
ナルトはサスケにそう言った。
ナナにとってもそうだった。
イタチに去られてからは、心の繋がりなど世界には存在しなかった。
でも、木ノ葉へ来てやっと何かと繋がった気がした。
『繋がりを断ち切ることで、オレは力を手に入れる!!』
だから、後ろの川から……いや、遠くから聞こえるサスケの言葉を否定する。
(ちがうよ……サスケ……)
相変わらず姉の攻撃を受け、そして姉を消そうと攻めながら……。
(私は今、ソレを断ち切ろうとしてるけど、強くなる気なんてしないよ……)
琴葉の微笑も、ナナの後ろの川に向けられた。
そこに映る、ナルトとサスケの姿へ。
「アレを見ながら戦うあなたを見ていると、ゾクゾクするわね」
そして視線はナナへと戻った。
「これを『楽しい』っていうのよね」
何も言わぬナナに向かって、“とどめ”を刺す。
「『楽しみ』も、『力を求める理由』も、『感じる繋がり』も、ヒトそれぞれなのよ、ナナ」
結局、全てを分かり合うことなどできないのだと、琴葉は笑った。
そんなことは、ナナもわかっていた。
サスケの言葉を『チガウ』と否定してみても、サスケを変えることはできない。
ナルトの言葉を心から信じていても、ナルトはナナの心を知らないし、知り得ない。
繋がりも、所詮は一方通行。
唯一、そのままに存在する繋がりこそは『血』なのに……。
それを、ナナは断ち切ろうとしている。
そうしなくてはならぬほど、他の繋がりが大切だった。
たとえ『一方通行』でも。
「陰陽忍術、
迷わずに、それを守らなくてはならなかった。
「陰陽、
返されても、返されても、そのために術を繰り出す。
だが、先の琴葉の言葉……まだ“とどめ”には早かった。
「
「……ぐっ……!!」
今までにない霊力で体を縛られながら、ナナは“それ”を聞いた。
「ねぇ、菜々葉」
耳の奥の脳みそにまで、染み渡る冷たい言葉を。
「血で繋がった者を殺そうとするなんて、“どっかの兄弟”みたいじゃない?」
「……っ……!!」
総毛立つ身に、抵抗力はなかった。
激しい束縛力に襲われながら、琴葉の両手に首を包まれる。
「兄を殺そうとする“誰かさん”を止めるはずのあなたが、姉を消そうとしてるなんて、 馬鹿馬鹿しい“矛盾”じゃない?」
少しだけ、込められた手の力。
微力さが逆に痛かった。
「あなたはつくづく“矛盾”のカタマリなのよ、菜々葉」
「……っ……!!」
せめて体に纏わりつく術だけでも解け……と、頭の隅で警報が鳴っていた。
が、そのための動作に至れない。
「そうね……“生まれ”そのものが“矛盾”のあなただから仕方ないとは思うけど……」
そんなこと、自分自身が一番よく知っている。
嫌になるくらい実感し続けている。
誰かの『生まれ変わり』として生み出され、
九尾を封じるはずの運命を負いながらも、三尾の狐とともに生まれた。
でも、否定しきれないのは……
「それに、見て……?」
琴葉がナナの首を掴んだまま、無理やり川の映像を向かせる。
ナルトの中から、その九尾が現れていた。
「殺さなくちゃいけない相手と笑い合うのって、どんな気分?」
いや、否定する力を今得られないのは、それこそが深い“矛盾”だから。
(ナルト……!!!)
思わず目を背けた。
タスケテ……
また、そう思った。
「罪な“矛盾”ね、菜々葉」
(ナルト……!!)
いつもいつも、それを思って苦しくて……。
でも結局、ナルト自身に救われていた。
今も……、それすら矛盾と知りつつ、ナルトにすがる。
ナナは歯を食いしばって目を開けた。
サスケを九尾のチャクラで吹き飛ばすナルトを、ちゃんと視界に捉えるため。
「そんなの、わかってる……!!」
抵抗する力を己の中に生み出すため、ナナはやっと、そう言った。
気管が狭められ、思うように強い声にはならなかったが、力を込めて姉の顔に吐き捨てた。
ニヤリとナナの抵抗に笑った琴葉の爪が、首の皮膚に食い込んだ。
それを無視し、ナナは霊気を高める。
呼吸すら投げ捨てて、体に巻きついた姉の術を解き放った。
「…………!!」
一瞬、辺りに閃光が走り、姉の体が遠ざかったのがわかった。
激しく咳き込みながらも、懸命に酸素を取り込んだ。
首の皮膚の爪跡がひりひりと痛む。
嫌な汗が、草むらに滴った。
そこにつく手は震えていた。
だが、ナナは無理やり体を立たせた。
姉を『消す』力が、果たして自分に残っているのかもわからぬまま、すぐさま印を結ぶ。
立ち上がり、乱れた髪を整える琴葉は、かすかな苛立ちを浮かべていた。
「『楽しい』んじゃ……なかったの? 姉上……」
息をきらしながら、ナナは琴葉の顔色を逆に皮肉った。
初めて見せる不機嫌な顔は、確かに不気味ではあったが、それを感じる余裕はなかった。
「楽しんでも……いられない……状況だってこと……?」
ナナは印を結び終え、両の手を琴葉に向けた。
もう、何も考えずにこの場から去りたかった。
姉を消せても消せなくても。
ナルトを救えても、救えなくても。
サスケを救えても、救えなくても。
自分が矛盾だらけの存在でも。
とにかく、あそこに行かなくてはならなかった。
使命のためでも、他の何かのためでも……。
「散霊……!! 現世に望まれぬ魂を滅すっ……!!」
これで、命が尽きてしまっても……
「菜々葉っ……!!!」
恨みの篭った声を残し、琴葉の体はたちまち光に覆われた。
『不浄』のものを黄泉へと送り返す最高峰の術を、最高の瞬間を得て放つ。
琴葉の初めての乱れが、その瞬間を作った。
白い光は次第に密度を増し、琴葉の体を固めるように縮まった。
そして、それもやがて形を失い、凝縮して単なる球体へと変わっていく。
両手で姉の体を握りつぶしているような感覚……。
しかしナナは全ての力をつぎ込むことを躊躇わなかった。
あれだけ呪いの言葉をつきつけられ、頭がおかしくなったのか……、今は何も考えられなかったから。
だから、心でつぶやく言葉もなかった。
痛みも感じなかった。
ひたすらに、命の限りをもって、この術を使う。
ナルトの九尾が、どうしようもなくなった時のために用意されていた、この術を……。
(…………)
光はいよいよ琴葉の頭ほどの玉になった。
ナナは広げていた両手を下げた。
そして、ふらつきながらもそれに近づき、手でそっとそれを包み込んだ。
「サヨナラ……、アネウエ……」
最後にそれだけささやいて……、それを握り潰した。
光が弾け、辺りは白に染まった。