ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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怖さ

「お前がイライラしたってしょうがないだろう」

 

 向かい側に座るテマリの言葉にも、反応のカケラすら示す余裕がなかった。

 もうずっと前から張り詰めた糸。

 チョウジとネジが危篤状態を脱したことを告げられても、ナルトが無事に運ばれたことを聞かされても、

 シカマルの心は震えたまま、断ち切れることはなかった。

 なぜなら……。

 

  ナナガ……イナイ……

 

 いくら待っても、ナナの無事は……いや、ナナの発見すら報告されなかった。

 

「任務に犠牲はつきものだ。精神訓練くらい受けてんだろ?」

 

 テマリの言葉に、苛立ちながら答えてみる。

 

「訓練と実戦は違う……」

 

 任務がどういうものか……理解しているし、忍の世界がこういうものだということも、わかっていたつもりだった。

 だが、わかっていたつもりでも、こうも乱れる心。

 その時、

 

「ツナデ様!!」

 

 シズネが息を切らして走って来た。

 そして、第6集中治療室でチョウジを見守っているツナデを呼ぶ。

 シカマルはそのシズネの様子に、思わず立ち上がった。

 

「シズネ、どうした?!」

 

 出てきて尋ねたツナデに、シズネは言った。

 

「はたけカカシが、いずみナナを連れて帰還しました!!」

 

 その言葉に、ホっとすることはまだ許されなかった。

 続けてシズネが言ったのは、

 

「非常に危険な状態です、すぐに来てください!!」

 

 今までの彼を、さらに深いところへ突き落とすようなセリフ。

 一瞬、強張った彼を、テマリが促した。

 

「お前、行かなくていいのか?」

 

 言われて初めて、彼の足は動き出す。

 まるで宙を駆けるように、足は安定を欠いていた。

 

 

 

 薄暗い廊下に、カカシに抱かれたナナが現われた。

 場は、一瞬だけ凍りついた。

 彼の心臓も、同じように固まった。

 カカシのベストから垣間見えたナナの四肢は、まるで人形のように力なく。

 カカシの腕に収まったナナの頭は、死人のように静かだった。

 そして……。

 

「これは……!!」

 

 ツナデが血に染まったカカシのベストをめくった瞬間、言葉を失った。

 そのツナデの背中越しに覗いた、ナナの傷……。

 ヒトの仕業とは思えぬほど、おぞましい傷が、白い胸を赤黒く犯していた。

 

「五代目っ !!」

 

 カカシの声に、ようやく我に返ったのはツナデだけ。

 

「す、すぐに第9集中治療室に運べ!! 全ての機器の電源を入れろ!!」

「は、はい……!!」

 

 シズネでさえも、覚束ない反応を示す。

 彼はただ、その場に立ち尽くしていた。

 いや、立ち竦んでいた。

 不安とかじゃなく……、完全に恐怖が彼を支配していた。

 

「おいお前、とにかく座れ」

 

 見かねたテマリの声も届かなかった。

 すぐに駆けつけた医療忍者の増員メンバーの足音も、彼の肩を叩いて己の任務に向かったカカシの辛そうな目も、いつの間にか駆けつけた他の砂忍の姿さえも、彼の五感には触れなかった。

 ただ、慌ただしく開いた扉の音にだけは敏感で……。

 

「おい、いずみナナの容態はどうなんだ?」

 

 出てきたシズネを呼び止めて尋ねた我愛羅の声と、

 

「頭蓋骨を含め、ほぼ全身に骨折が……。あとは胸部の裂傷による出血が多すぎて……今はまだ何とも……」

 

 シズネの『答え』だけが耳に入り、脳へとダイレクトで繋がる。

 さっき目にしたナナの傷。

 真っ暗な視界に、それだけが見えていた。

 そこにあるのは恐怖で……。

 再びシズネが戻って来るまで、彼はずっとそこに縛り付けられていた。

 

 

 

 どのくらい時間が経ったのか、わかるはずもなかった。

 見覚えがあるようなないような……灰色の着物を着た老女がシズネに連れられて、すぐに帰って行き……。

 その後は医療班の人間が慌しく出入りし、扉の向こうからはツナデの苛ついた声が時折聞かれ……。

 いのやサクラも駆けつけて、そして、いつしかカカシも任務を終えて戻っていた。

『誰か』を失う怖さ……。

 それがこれほどに苦しい想いだったのだと、今、骨の髄まで叩き込まれていた。

 誰だって願うだろう。

 こんな思いはもうしなくてすむように……と。

 だから……。

 

「おい、お前……」

「どーしたのよ、シカマル?」

 

 彼はその場に背を向けた。

 もうこれ以上、このまま『怖さ』を感じていたら、頭がいよいよどうにかなりそうだった。

 コレから開放されるのは、ただひとつ……。

 彼は言った。

 

「オレは……」

 

 唯一、出すことができる。

 

「今回の任務で嫌ってほどよくわかった……」

 

 ただ単純に、今思うことを。

 

「オレは忍にゃ向いてねえ……」

 

 向いているつもりもなかったし、向き不向き自体、考えたこともなかったが……。

 突きつけられた現状がそう思わせる。

 

「ちょ、ちょっとシカマル!」

 

 忍になど、向いていない。

 忍など、もう……。

 

「何言ってるのよ、こんなときに!」

 

 誰の言葉にも、言い返すただの一言だって無かった。

 

「お前、案外もろかったんだな」

 

 彼はそのままに歩き出す。

 忍という人生から開放される道へ……。

 

「このまま逃げるのか?」

 

 その時、聞こえてきた声。

 それは聞き慣れた父の声だった。

 が、そこには聞き覚えのない怒気があった。

 

「オレは自分をわきまえてんだよ」

 

 言い返しながら感じる苛つき。

 その向かう先を知りながら……。

 

「わかったようなこと言いやがって」

 

 父の低い声を聞く。

 

「お前はただの腰抜けだ……!!」

 

 突き刺さっても、この『怖さ』よりはずいぶんとマシだった。

 きっと、そんなものはすぐに消えるから。

 この苦しみと違って、すぐに過去へと変わるはずだから。

 だが。

 

「お前が忍を辞めたって、お前の仲間は任務を続ける。お前が目を背けた世界で、仲間は戦い続けるんだ」

 

 珍しく長く語る父の言葉は、一言一言が胸の『怖さ』にも触れる。

 どうしようもないはずの『怖さ』に、ジワジワとしみこんでいく。

 

「逃げることじゃなく、てめぇが『強く』なることを考えやがれ……それが本当の仲間ってもんだろうが……!!」

「…………」

 

 自然と奥歯をかみ締めた。

 何が『怖さ』なのかすら、もうわからなくて……、言い返す言葉も思い浮かばず、ただそこに突っ立っていた。

 そのとき……。

 

「みんな!!」

 

 勢いよく扉を開け放ったツナデの言葉が、

 

「ナナの容態が安定した!!」

 

 周りの安堵や歓声を呼んだ。

 

(……ナナ……!!)

 

 そして、彼の中の何かを叩き起こした。 

 

(ナナ……!!!)

 

 いっそう強く、歯を食いしばった彼の背に、

 

「シカマル、任務は失敗だったが……」

 

 ツナデは言った。

 

「誰も死ななかった」

 

   ナニモ……ウシナワナカッタ……

 

 この手で導くはずだった仲間たちを、誰一人として失わなかった……。

 

「それが何よりだ」

 

 その現実は、彼の中に熱い何かを生む。

 父の手が、乱暴に背中を叩いた。

 

「次こそは……」

 

 全てを熱に委ねながら、必死で言い切った。

 

「完璧にこなしてみせます……!!!」

 

 

 

 

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