ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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敵の影

 ナナの寝顔は、信じられないくらいに静かだった。

 『安らか』とも『穏やか』とも表現しがたい、ただ『静か』な寝顔だった。

 ツナデは月明かりに照らされたナナから、隣で立ち尽くすカカシに視線を移した。

 

『陰陽の術は、破られると術者自身の魂に危険が生じます』

 

 シズネに連れて来させた老女、和泉静葉はそう言っていた。

 

『菜々葉様の……この死者のごとき容態は……おそらく使われた陰陽術を破られたためでしょう……』

 

 しわがれた言葉は、ひどく現実離れしていた。

 

『端的に言えば……魂が抜けかかっている状態です……』

 

 この空恐ろしい診断に、『何とかしろ』と言ってみても、静葉はこう答えただけだった。

 

『私の力など、菜々葉様の足元にも及ばないのです。己の霊力を上回る陰陽師には、いかなる術も通用しません……それが陰陽術というもの……』

 

 だったらナナに術でもなんでも施すことのできる人間を連れて来い……と言ったところで、

 

『今の和泉には、菜々葉様を越える者などおりません』

 

 逆に一蹴されるしまつ。

 ではどうすればナナは助かるのかと問えば、

 

『菜々葉様ご自身が、彷徨わんとする魂を繋ぎ止めるお力を発揮されることしかありませぬ』

 

 その他人事のようなセリフには、心底吐き気をもよおした。

 どこまで、ナナ一人にその運命を背負わせるのか。

 どこまでナナを、たった独りで戦わせるのか。

 どこまでナナを孤独に追いやるのか。

 だが、怒鳴りつけたところで、その性質は変わりそうにもなかった。

 静葉の視線はずっと、ナナの怪我などではなく、ナナの『刻印』にしか向けられていなかったから。

 彼女はその、もはや形を成さぬ『刻印』の効力のみをひたすら案じ、和泉への報告のために慌てて去って行った。

 

 

 

「結局ナナは、独りで戦って、自力でタマシイってやつを引き寄せてココに戻って来たってワケだ……」

 

 全てを聞き、怒りのような悲しみのような何ともいえぬ右目でナナを見下ろすカカシに、ツナデはため息のように呟いた。

 

「それにしても……」

 

『それにしても……』

 

 静葉が去り際に漏らした言葉が、今、

 

『……菜々葉様の術を破る者が存在するなんて……』

 

 二人をそこに縛り付けている。

 

「ナナ……お前は一体……」

 

 ナニと戦った……?

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 睫毛が揺れる気配がした。

 カカシはただ開いていただけの本を勢いよく閉じ、その顔を覗き込む。

 動悸を押さえ込むのもままならないまま、ゆっくりと醒めたナナの瞳を見た。

 

「ナナ、よくがんばったね」

 

 うつろなナナにまず言いたかったのは、そんな他愛のない言葉。

 

「みんなは無事だよ」

 

 そして、ナナが一番先に尋ねるであろうことを、先回りして答える。

 ナナはひとつだけ弱く瞬きし、白み始めた窓の外にそっと視線を向けた。

 カカシは焦りに似た何かを感じた。

 ナナが、何の反応も示そうとはしないから。

 

「ナナ……?」

 

 呼んでも、ナナはこちらを向かない。

 カカシは一瞬迷って、何を見上げているのかわからぬナナに言った。

 

「サスケはどうしたか……聞かないのか……?」

 

 サスケの名にも、ナナは瞬きですら反応を示さなかった。

 

「サスケが戻って来なかったってこと……お前は知ってたのか……?」

 

 沈黙が流れた。

 ただナナの声を待つことしかできないカカシに、ナナはしばらくしてから初めて言葉を発した。

 

「……どうして、私……ここに……いるの……?」

「…………!!」

 

 カカシでさえ『背筋が凍る』…そんなナナのセリフだった。

 “ここ”に…。

 木の葉に……?

 病院に……?

 それとも……、この世に?

 どの意味か確かめることが怖くて、カカシは普段の口調で答えるしかなかった。

 

「真っ白なキツネがお前のところに案内してくれたんだよ」

 

 そう、三つの尾を持つ狐が……。

 それを聞いても、ナナはやはり表情を変えずにいた。

 

「……お前の知り合い……?」

 

 さんざん迷って問い掛けても、答えは返らなかった。

 ナナはただ、窓の外の宙を眺め、静かに横たわっていた。

 心はどこかに、置き忘れてきたかのように。

 こんなナナは初めて見た。

 こんなナナに誰がした……?

 カカシは密かに拳を握った。

 

「ナナ……!」

 

 悔しさのような感情のまま、カカシは問う。

 

「お前は何と戦ったんだ……?!」

 

 ナナはただ、向こうにうつろな視線を向けたままだった。

 

 

 

 

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