ナナと共に死地をくぐり抜けた者たちは、今朝も揃ってナナの病室へ向かった。
変わり果ててしまったナナに会うために。
『今日こそは……』と、心に抱いて。
共に戦ったこの中の誰かが、ナナの心を溶かすことを期待して。
だが、そんな彼らの耳に『ナナ失踪』が告げられた。
1時間前から医療忍者が数名で探しているが、見つからない……と。
シカマルとキバはとっさに
ナルトは慰霊碑の森へ走った。すぐさまそこが思いついたからだ。
ネジは里の門へ走った。反射的に嫌な予感がしたからだ。
チョウジとリーはナナの家へ……。
が、誰もナナを見つけることができなかった。
誰もが、サスケならすぐに見つけられただろうか……、などと無意味なことを考えた。
話を聞いて駆けつけたという彼は、皆に言った。
自分には心当たりがある……と。
それを聞いて一瞬こわばったのも、直ぐに走り出したのも、全員が同じタイミングだった。
火影岩の頂上。
まだ開発されていない、茂みの向こうの原っぱ。
そこは、サスケがナナに別れを告げた場所。
たどり着くまで、誰ひとり、一言も言葉を発しなかった。
風の向こうに儚げな姿を見定めたとき、同時にその名を叫んだ。
六人の声……。
掠れた声。悲痛な声。不安げな声。切羽詰ったような声。鳴きそうな声。必死な声。
ナナはゆっくりと振り返った。
今まで、どんな言葉にも応じる気配のなかったナナが、彼らの声に振り返った。
全員が息を呑んだ。
「みんな……?」
ナナは不思議そうな顔をしていた。
「ナナ……」
ナルトが一歩、踏み出した。
が、それ以上は進めなかった。
ナナの瞳が、余りに深い傷をさらけ出していたから。
「……怪我は……?」
それでも、言葉を発したのはナナ自身だった。
毎日会いに行っていたのに、久しぶりに会ったかのように言う。
「もう大丈夫です!」
「みんな回復に向かっている」
「ったく、お前がいちばん重傷だっての……」
「オレらもピンピンしてるぜ!」
動揺を抑えながら、何人かがそう答えた。
ナナはほっとしたような顔をする。
「そう……、良かった……」
それはたぶん、ナナの素直な感情だ。
そう思いたくて、彼らは確かめるように互いに顔を見合わせた。
「なんで病院を抜け出した?」
「そうだよ、みんな探してたよ」
崖の淵で、一歩でも下がれば落ちて行きそうなナナを、早くこちらに引き寄せたかった。
「具合はどうなんだ?」
「早く戻ろうぜ!」
「ボク、お見舞いにお菓子持って来たよ!」
だが、気持ちとは裏腹に、彼らの誰もが動けずにいた。
近づけは離れて行きそうで……、ただその場で手を差し伸べるだけ。
「なんで……?」
ナナは最初のシカマルの問いを繰り返し、
「……わかんない……。気がついたらここにいた……」
ゆっくりと辺りを見回しながらそう答えた。
「ナナ!」
誰ともなく名を呼んだ。
そうしなければ、向こう側へ落ちて行きそうな危うさを感じた。
「ナナ、こっち来い!」
シカマルが手を差し出す。
その手を見て、ナナは小さく首をかしげた。
「ねぇ……、なんで……」
そして、風に吹かれながら問う。
「私……、“ここ”にいるのかな……」
真夏だというのに、風は背筋を凍らすほど冷たい。
「“ここ”って……」
何かを察したシカマルは、手を伸ばしたまま硬直する。
「な、なに言ってんだよ。お前、疲れすぎてんだよ。ハハハ……」
「ナナ、と、とにかく戻りましょう……!」
キバとリーが言う。
「戻……る……?」
が、『どこへ?』とでも言わんばかりに呆けたような顔をする。
その時、崖下から突風が吹いた。
ナナの入院着がはためき、身体は簡単によろめく。
「ナナ!」
足を踏み外せば崖下へ……。
いっせいに駆け出そうとした時、いち早くナナの身体を支えたのは、ナルトだった。
「ナナ……、すまねぇってばよ……!」
彼はついにナナを抱きしめて、後悔を噛み殺すように言った。
「サスケを……、連れ戻せなかった……!」
そして現実を突き付ける。
「サスケは……、行っちまった……!!」
誰も止める間もないまま、容赦なく現実を。
ナナの目が見開いた。
「ナルト……」
そうつぶやいて、ナナの四肢は力を失った。
ナルトもそのまま、座り込む。
「ナナ!」
皆、二人のもとに駆け寄った。
「ナナ!」
「ナナ!」
かける言葉は無い。ただ、名前を呼ぶだけ。
ナナはナルトに抱きしめられたまま、うつろな目を瞬いた。
「そっか……」
そして、風に促されるようにつぶやいた。
「みんなが……、こうやって……呼んでくれたんだ……」
もう一度瞬いた。今度は少し強く。
目を開いたとき、蝋人形のようだった顔に笑みが戻った。
「ありがとう……」
だがそれは、かつてのたおやかな笑みとはかけ離れていた。
まるで死の香りさえ漂う笑み……。
痛みが彼らの胸を駆け抜けた。
「と、とにかく病室に戻ろうぜ!」
「そうですね、ここは寒いですし……!」
キバが自分の上着をナナの肩にかけた。
すると……。
「ごめんね……、みんな……」
ナナはそう言って、皆と目を合わせた。
誰もが歯を食いしばってその視線を受け止めた。
が、目を伏せたのはナナのほうだった。
「私は……何もできなかった……」
否定の言葉も出ないほど、ナナの悲しみがそれぞれの胸に突き刺さる。
「木ノ葉の忍として、命がけで“仲間”を救いに行くって……」
それでいてナナはちっとも悲しそうな顔をしない。
「みんなを死なせたくないって……言ったのに……」
どこか遠くを見て、何かを置いて来たように話す。
「私は……、忍として戦うことさえできなかった……」
混乱、戸惑い、焦り、空虚……様々な感情が、彼らの間に吹き付けた。
「ごめんね……」
ナナだけが、静かだった。
だが。
「ナナ……!」
場違いな謝罪を聞き流すわけにはいかなかった。
「お前、『忍として戦うこと』ができなかったって……!」
「一体お前は“何”と戦ったんだよ?!」
「あの金髪のヤツは“誰”だったんだ?」
凍り付いた胸の奥の小さな火種を探し当て、彼らは口々に問う。
「アイツに何をされたんだってばよ?!」
ナルトが揺さぶった時、ナナの表情が変わった。
「私は……」
それは、不気味な自嘲だった。
「“実の姉”と戦ったんだ……」
誰も『ナナの姉』の存在を思い浮かべられないうちに、ナナは続けた。
「“死んだはず”の、姉と……」
当然のように沈黙が流れた。
誰も微動だにしなかった。
が、また崖下から風が巻き上がった時、キバが問う。
「し、『死んだはず』って、どういうことだよ……?」
ナナは背負う影を隠しもせずに答えた。
「……“私の一族”は、そんな“よみがえりの禁術”も生み出していたから……」
一瞬の間の後、
「い、一族って……?」
キバとチョウジが顔を見合わせる。
「ナナは……『和泉一族』だそうだ……」
「オレらが伝説とかおとぎ話で知ってる、あの『陰陽師の一族』だ……」
すでに知っていたネジとシカマルが、ナナの代わりにそれを伝えた。
驚きの眼差しを向けるナルト、キバ、チョウジ、リーに、ナナは肯定を示す。
「ずっと黙ってて……ほんとにごめんね……」
それ以上何を聞くこともできず、再び呆然と立ち尽くす四人に代わり、シカマルとネジが問いかける。
「なぜ『死んだはずの姉』がお前を襲った?」
「『よみがえり』ってことは、生き返ったってことなのか?」
ナナはため息をつくように答えた。
「そう……。一年前に里で自害したはずの姉が……禁術で蘇って、私の前に現れた」
そして不意にナルトを向く。
「ナルトも見たでしょう? あの金色の髪の人……。あれは、姉が気まぐれにあの姿で現れただけだった」
「え……」
「本当は、姉だったの……。ナルトがいなくなってすぐに、元の姿に変わった。私が知ってる姉の姿に……」
ナルトはあいづちすらもままならなかった。
「ジガイ……って」
「なんのために蘇った……?」
また、ナナの視線が彼方に彷徨う。
が、返事ははっきりしていた。
「私を……苦しめるため」
異様な答えに、皆、息を呑んだ。
「ど、どういうことだ……?」
彼らには全く予測がつかなかった。
「姉はずっと……、私を憎んでたんだって」
「は? なんでだよ」
知りたい。知りたくない。感情が交差する。
「私が、特別に力を持って産まれて来たから……。姉には無い力があったから……」
「それは嫉妬か?」
「そんなことで?」
「な、なんだよそれ……」
その摩擦から苛立ちが産まれる。
「だからって、なんで自殺して、蘇って、お前を苦しめる、ってことになるんだよ?」
「禁忌を犯して蘇った人は、“ただの人”じゃない……。生前は持てなかった力を得ることができるし、人が使えない術を使うことができる……。だから、そうしたんだと思う」
ナナは少しも怒りを漏らさないのに、反対に周囲の憤りは徐々に増すばかり。
「そ、そうまでして……」
「そうまでして、私を苦しめたかった」
急にきっぱりと言い切ったナナに、問いは断ち切られた。
「じ、実の姉だろ……?」
「実の姉妹でも」
それでもおそるおそる口を開いたシカマルに、ナナはまたも鋭く言った。
「憎しみは産まれる」
今まで黙っていたナルトが、震える予感を吐き出した。
「ナナ……、それって……」
ナナは彼が最後まで言う前に、
「血が繋がった相手でも、憎しみを向けられることもある」
そう、杭を打つように言った。
さらに、それを深く沈めるように……。
「その姉の術で……見てたんだ……」
ナナはゆっくりと続ける。
「見てたって……何をだってばよ……」
それが激しい不安を誘い、ナルトはナナを見つめた。
ナナは目を伏せ、冷たく響く声で言った。
「ナルトと……サスケが戦ってるところ……」
ナルトは首の筋が引きつった思いがして、ナナに触れていた手を離しかけた。
「だから……」
声も出ぬ恐怖のような感情に襲われる彼に、ナナは無理に笑みを浮かべて言った。
「だから、
ほんとに……。
「ナルトが生きてて……、ほんとによかった……」
短いくとも、重く響く単語。
「
そして、途切れたその先にあるはずの意味。
「ナナ……!!」
ナルトはとっさにナナを抱きしめた。
今度こそ、壊れそうな身体をしっかりと。
「……それに……」
「ナナ、もうしゃべんなくていいってばよ……!」
誰もがナルトの言葉に同意する空気を醸し出した。
が。
「大蛇丸に『呪印』のことを教えたのは姉だと思う……。アレはきっと、和泉の陰陽術から派生した術だから……」
ナナはいつになく難しい言葉を並べる。
「サスケの『呪印』も……、みんなが戦った音の忍たちの『呪印』も……」
「あいつらの……?」
「あれが……?」
身をもってその脅威を知る者たちは、改めて彼らの姿を思い出す。
人間離れした術、力。年もそう変わらない忍が手にするには異常な質量だった。
大蛇丸が関わったとされたアレを……、ナナの姉が大蛇丸に提供した可能性があるという。
「だから……」
ナナが何を言おうとしているのか気づく前に、ナナは皆を見回した。
久しぶりに向けられた視線。
それに、それぞれは身構える。
ナナは言った。
「みんなが生きてて……、ほんとによかった……」
先ほどナルトに言ったのと同じ台詞を、同じ温度で。
「ナナ!」
零れた涙には……、むしろホッとした。
だからナルトはもう一度、壊さぬように、それでも力いっぱい抱きしめた。
「ナナ!」
「ナナ!」
皆も、周りに膝をついた。
ナナはもう、誰とも目を合わさなかった。
「今度はオレらがお前の姉を……」
「怪我が治ったらまたみんなで……」
「今度こそ任務を……」
口々にかけられた声。だがそれは、どれもが途中で千切れ落ちた。
誰もナナを救い上げる術を知らなかった。
サスケのことも、姉のことも……、答えを得る力が無いことを痛感している。
差し伸べた手に一瞥もされないかもしれない恐怖と、無理やりにでも腕をつかんで引っ張り上げたい焦りともどかしさ。それらが交錯する感情を、皆が共通で抱いていた。
「みんな……」
それでも、ナルトの服をそっとつまんで、
「ありがとう……」
そうささやいたナナに……。
「ナナ、しばらく休め」
シカマルが言った。
「大丈夫だから……」
根拠のないその台詞に、皆は同調して大きくうなずいた。
ナナは薄く笑んで……小さくうなずいた。