ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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風の鳴く声

 ナナと共に死地をくぐり抜けた者たちは、今朝も揃ってナナの病室へ向かった。

 変わり果ててしまったナナに会うために。

 『今日こそは……』と、心に抱いて。

 共に戦ったこの中の誰かが、ナナの心を溶かすことを期待して。

 

 だが、そんな彼らの耳に『ナナ失踪』が告げられた。

 1時間前から医療忍者が数名で探しているが、見つからない……と。

 シカマルとキバはとっさに忍者学校(アカデミー)の演習場へ向かった。川原でナナと過ごした記憶があったからだ。

 ナルトは慰霊碑の森へ走った。すぐさまそこが思いついたからだ。

 ネジは里の門へ走った。反射的に嫌な予感がしたからだ。

 チョウジとリーはナナの家へ……。

 が、誰もナナを見つけることができなかった。

 誰もが、サスケならすぐに見つけられただろうか……、などと無意味なことを考えた。 

忍者学校(アカデミー)の前で、焦った顔が5つ揃った時、コテツが現れた。

 話を聞いて駆けつけたという彼は、皆に言った。

 自分には心当たりがある……と。

 それを聞いて一瞬こわばったのも、直ぐに走り出したのも、全員が同じタイミングだった。

 

 

 

 火影岩の頂上。

 まだ開発されていない、茂みの向こうの原っぱ。

 そこは、サスケがナナに別れを告げた場所。

 たどり着くまで、誰ひとり、一言も言葉を発しなかった。

 風の向こうに儚げな姿を見定めたとき、同時にその名を叫んだ。

 六人の声……。

 掠れた声。悲痛な声。不安げな声。切羽詰ったような声。鳴きそうな声。必死な声。

 ナナはゆっくりと振り返った。

 今まで、どんな言葉にも応じる気配のなかったナナが、彼らの声に振り返った。

 全員が息を呑んだ。

 

「みんな……?」

 

 ナナは不思議そうな顔をしていた。

 

「ナナ……」

 

 ナルトが一歩、踏み出した。

 が、それ以上は進めなかった。

 ナナの瞳が、余りに深い傷をさらけ出していたから。

 

「……怪我は……?」

 

 それでも、言葉を発したのはナナ自身だった。

 毎日会いに行っていたのに、久しぶりに会ったかのように言う。

 

「もう大丈夫です!」

「みんな回復に向かっている」

「ったく、お前がいちばん重傷だっての……」

「オレらもピンピンしてるぜ!」

 

 動揺を抑えながら、何人かがそう答えた。

 ナナはほっとしたような顔をする。

 

「そう……、良かった……」

 

 それはたぶん、ナナの素直な感情だ。

 そう思いたくて、彼らは確かめるように互いに顔を見合わせた。

 

「なんで病院を抜け出した?」

「そうだよ、みんな探してたよ」

 

 崖の淵で、一歩でも下がれば落ちて行きそうなナナを、早くこちらに引き寄せたかった。

 

「具合はどうなんだ?」

「早く戻ろうぜ!」

「ボク、お見舞いにお菓子持って来たよ!」

 

 だが、気持ちとは裏腹に、彼らの誰もが動けずにいた。

 近づけは離れて行きそうで……、ただその場で手を差し伸べるだけ。

 

「なんで……?」

 

 ナナは最初のシカマルの問いを繰り返し、

 

「……わかんない……。気がついたらここにいた……」

 

 ゆっくりと辺りを見回しながらそう答えた。

 

「ナナ!」

 

 誰ともなく名を呼んだ。

 そうしなければ、向こう側へ落ちて行きそうな危うさを感じた。

 

「ナナ、こっち来い!」

 

 シカマルが手を差し出す。

 その手を見て、ナナは小さく首をかしげた。

 

「ねぇ……、なんで……」

 

 そして、風に吹かれながら問う。

 

「私……、“ここ”にいるのかな……」

 

 真夏だというのに、風は背筋を凍らすほど冷たい。

 

「“ここ”って……」

 

 何かを察したシカマルは、手を伸ばしたまま硬直する。

 

「な、なに言ってんだよ。お前、疲れすぎてんだよ。ハハハ……」

「ナナ、と、とにかく戻りましょう……!」

 

 キバとリーが言う。

 

「戻……る……?」

 

 が、『どこへ?』とでも言わんばかりに呆けたような顔をする。

 その時、崖下から突風が吹いた。

 ナナの入院着がはためき、身体は簡単によろめく。

 

「ナナ!」

 

 足を踏み外せば崖下へ……。

 いっせいに駆け出そうとした時、いち早くナナの身体を支えたのは、ナルトだった。

 

「ナナ……、すまねぇってばよ……!」

 

 彼はついにナナを抱きしめて、後悔を噛み殺すように言った。

 

「サスケを……、連れ戻せなかった……!」

 

 そして現実を突き付ける。

 

「サスケは……、行っちまった……!!」

 

 誰も止める間もないまま、容赦なく現実を。

 ナナの目が見開いた。

 

「ナルト……」

 

 そうつぶやいて、ナナの四肢は力を失った。

 ナルトもそのまま、座り込む。

 

「ナナ!」

 

 皆、二人のもとに駆け寄った。

 

「ナナ!」

「ナナ!」

 

 かける言葉は無い。ただ、名前を呼ぶだけ。

 ナナはナルトに抱きしめられたまま、うつろな目を瞬いた。

 

「そっか……」

 

 そして、風に促されるようにつぶやいた。

 

「みんなが……、こうやって……呼んでくれたんだ……」

 

 もう一度瞬いた。今度は少し強く。

 目を開いたとき、蝋人形のようだった顔に笑みが戻った。

 

「ありがとう……」

 

 だがそれは、かつてのたおやかな笑みとはかけ離れていた。

 まるで死の香りさえ漂う笑み……。

 痛みが彼らの胸を駆け抜けた。

 

「と、とにかく病室に戻ろうぜ!」

「そうですね、ここは寒いですし……!」

 

 キバが自分の上着をナナの肩にかけた。

 すると……。

 

「ごめんね……、みんな……」

 

 ナナはそう言って、皆と目を合わせた。

 誰もが歯を食いしばってその視線を受け止めた。

 が、目を伏せたのはナナのほうだった。

 

「私は……何もできなかった……」

 

 否定の言葉も出ないほど、ナナの悲しみがそれぞれの胸に突き刺さる。

 

「木ノ葉の忍として、命がけで“仲間”を救いに行くって……」

 

 それでいてナナはちっとも悲しそうな顔をしない。

 

「みんなを死なせたくないって……言ったのに……」

 

 どこか遠くを見て、何かを置いて来たように話す。

 

「私は……、忍として戦うことさえできなかった……」

 

 混乱、戸惑い、焦り、空虚……様々な感情が、彼らの間に吹き付けた。

 

「ごめんね……」

 

 ナナだけが、静かだった。

 だが。

 

「ナナ……!」

 

 場違いな謝罪を聞き流すわけにはいかなかった。

 

「お前、『忍として戦うこと』ができなかったって……!」

「一体お前は“何”と戦ったんだよ?!」

「あの金髪のヤツは“誰”だったんだ?」

 

 凍り付いた胸の奥の小さな火種を探し当て、彼らは口々に問う。

 

「アイツに何をされたんだってばよ?!」

 

 ナルトが揺さぶった時、ナナの表情が変わった。

 

「私は……」

 

 それは、不気味な自嘲だった。

 

「“実の姉”と戦ったんだ……」

 

 誰も『ナナの姉』の存在を思い浮かべられないうちに、ナナは続けた。

 

「“死んだはず”の、姉と……」

 

 当然のように沈黙が流れた。

 誰も微動だにしなかった。

 が、また崖下から風が巻き上がった時、キバが問う。

 

「し、『死んだはず』って、どういうことだよ……?」

 

 ナナは背負う影を隠しもせずに答えた。

 

「……“私の一族”は、そんな“よみがえりの禁術”も生み出していたから……」

 

 一瞬の間の後、

 

「い、一族って……?」

 

 キバとチョウジが顔を見合わせる。

 

「ナナは……『和泉一族』だそうだ……」

「オレらが伝説とかおとぎ話で知ってる、あの『陰陽師の一族』だ……」

 

 すでに知っていたネジとシカマルが、ナナの代わりにそれを伝えた。

 驚きの眼差しを向けるナルト、キバ、チョウジ、リーに、ナナは肯定を示す。

 

「ずっと黙ってて……ほんとにごめんね……」

 

 それ以上何を聞くこともできず、再び呆然と立ち尽くす四人に代わり、シカマルとネジが問いかける。

 

「なぜ『死んだはずの姉』がお前を襲った?」

「『よみがえり』ってことは、生き返ったってことなのか?」

 

 ナナはため息をつくように答えた。

 

「そう……。一年前に里で自害したはずの姉が……禁術で蘇って、私の前に現れた」

 

 そして不意にナルトを向く。

 

「ナルトも見たでしょう? あの金色の髪の人……。あれは、姉が気まぐれにあの姿で現れただけだった」

「え……」

「本当は、姉だったの……。ナルトがいなくなってすぐに、元の姿に変わった。私が知ってる姉の姿に……」

 

 ナルトはあいづちすらもままならなかった。

 

「ジガイ……って」

「なんのために蘇った……?」

 

 また、ナナの視線が彼方に彷徨う。

 が、返事ははっきりしていた。

 

「私を……苦しめるため」

 

 異様な答えに、皆、息を呑んだ。

 

「ど、どういうことだ……?」

 

 彼らには全く予測がつかなかった。

 

「姉はずっと……、私を憎んでたんだって」

「は? なんでだよ」

 

 知りたい。知りたくない。感情が交差する。

 

「私が、特別に力を持って産まれて来たから……。姉には無い力があったから……」

「それは嫉妬か?」

「そんなことで?」

「な、なんだよそれ……」

 

 その摩擦から苛立ちが産まれる。

 

「だからって、なんで自殺して、蘇って、お前を苦しめる、ってことになるんだよ?」

「禁忌を犯して蘇った人は、“ただの人”じゃない……。生前は持てなかった力を得ることができるし、人が使えない術を使うことができる……。だから、そうしたんだと思う」

 

 ナナは少しも怒りを漏らさないのに、反対に周囲の憤りは徐々に増すばかり。

 

「そ、そうまでして……」

「そうまでして、私を苦しめたかった」

 

 急にきっぱりと言い切ったナナに、問いは断ち切られた。

 

「じ、実の姉だろ……?」

「実の姉妹でも」

 

 それでもおそるおそる口を開いたシカマルに、ナナはまたも鋭く言った。

 

「憎しみは産まれる」

 

 今まで黙っていたナルトが、震える予感を吐き出した。

 

「ナナ……、それって……」

 

 ナナは彼が最後まで言う前に、

 

「血が繋がった相手でも、憎しみを向けられることもある」

 

 そう、杭を打つように言った。

 さらに、それを深く沈めるように……。

 

「その姉の術で……見てたんだ……」

 

 ナナはゆっくりと続ける。

 

「見てたって……何をだってばよ……」

 

 それが激しい不安を誘い、ナルトはナナを見つめた。

 ナナは目を伏せ、冷たく響く声で言った。

 

「ナルトと……サスケが戦ってるところ……」

 

 ナルトは首の筋が引きつった思いがして、ナナに触れていた手を離しかけた。

 ()()()()()を、あのバケモノのようなサスケを、ナナは見せられていた……?

 

「だから……」

 

 声も出ぬ恐怖のような感情に襲われる彼に、ナナは無理に笑みを浮かべて言った。

 

「だから、()()()()()()にナルトが殺されなくて、ほんとによかった」

 

 ほんとに……。

 

「ナルトが生きてて……、ほんとによかった……」

 

 短いくとも、重く響く単語。

 

()()()()()にナルトが殺されちゃってたら……私は……」

 

 そして、途切れたその先にあるはずの意味。

 

「ナナ……!!」

 

 ナルトはとっさにナナを抱きしめた。

 今度こそ、壊れそうな身体をしっかりと。

 

「……それに……」

「ナナ、もうしゃべんなくていいってばよ……!」

 

 誰もがナルトの言葉に同意する空気を醸し出した。

 が。

 

「大蛇丸に『呪印』のことを教えたのは姉だと思う……。アレはきっと、和泉の陰陽術から派生した術だから……」

 

 ナナはいつになく難しい言葉を並べる。

 

「サスケの『呪印』も……、みんなが戦った音の忍たちの『呪印』も……」

「あいつらの……?」

「あれが……?」

 

 身をもってその脅威を知る者たちは、改めて彼らの姿を思い出す。

 人間離れした術、力。年もそう変わらない忍が手にするには異常な質量だった。

 大蛇丸が関わったとされたアレを……、ナナの姉が大蛇丸に提供した可能性があるという。

 

「だから……」

 

 ナナが何を言おうとしているのか気づく前に、ナナは皆を見回した。

 久しぶりに向けられた視線。

 それに、それぞれは身構える。

 ナナは言った。

 

「みんなが生きてて……、ほんとによかった……」

 

 先ほどナルトに言ったのと同じ台詞を、同じ温度で。

 

「ナナ!」

 

 零れた涙には……、むしろホッとした。

 だからナルトはもう一度、壊さぬように、それでも力いっぱい抱きしめた。

 

「ナナ!」

「ナナ!」

 

 皆も、周りに膝をついた。

 ナナはもう、誰とも目を合わさなかった。

 

「今度はオレらがお前の姉を……」

「怪我が治ったらまたみんなで……」

「今度こそ任務を……」

 

 口々にかけられた声。だがそれは、どれもが途中で千切れ落ちた。

 誰もナナを救い上げる術を知らなかった。

 サスケのことも、姉のことも……、答えを得る力が無いことを痛感している。

 差し伸べた手に一瞥もされないかもしれない恐怖と、無理やりにでも腕をつかんで引っ張り上げたい焦りともどかしさ。それらが交錯する感情を、皆が共通で抱いていた。

 

「みんな……」

 

 それでも、ナルトの服をそっとつまんで、

 

「ありがとう……」

 

 そうささやいたナナに……。

 

「ナナ、しばらく休め」

 

 シカマルが言った。

 

「大丈夫だから……」

 

 根拠のないその台詞に、皆は同調して大きくうなずいた。

 

 ナナは薄く笑んで……小さくうなずいた。

 

 

 

 

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