今年の合格者の中に、ナルトと、そしてナナの名はなかった。
卒業
「ゴホッ、ナルト君は不合格だったそうです……」
年がひとつ下だから、といういささか苦しい理由をつけて、ナナの受験は見送られていた。
「……そうですか……」
家でナルトの結果を待っていたナナは、火影の使いであるハヤテにそう告げられた。
『試験辞退』という措置をとると告げた時の、火影のすまなそうな顔を思い出し、ナナはため息をついた。
仕方のないことだった。
ナルトの結果によって、ナナの合否も決まるからである。
ナルトと常に同じ環境にいなくてはならないナナが、ナルトより先に卒業するわけにはいかなかった。
当然、その逆もまた然りである。
火影の指示を受けるまでもなく、ナナ自身がよくわかっていた。
「……はぁ……」
だがナナはため息をつく。
別に、合格したかったわけではない。ナルトと離れるのはナナも嫌だった。
ナルトの傍にいると決めたのは、火影や一族の命令でもなんでもなく、ナナ自身の意思。
ずっと、強いナルトを傍で見守り、一緒に進んで行きたかった。
それでも、誰よりも忍を目指す気持ちの強いナルトが落第したと聞いて、今どうしているのだろうと考えると、日が落ちたような寒さを覚える。
コンコン……
その時、窓を叩く音が響いた。
ナナは寝転がっていたベッドから弾かれたように降り、カーテンを開ける。
「火影様の
夜に飛ぶ鳥は、火影が飛ばす使いだった。
火影がじきじきに自分に用があるなど、その内容は明らかである。
(ナルト……?)
嫌な予感というものが全身を支配し、ナナはゴクリと唾を飲んで家を飛び出した。
「火影さま……?!」
ナナが火影の部屋に入ると、火影は難しい顔で告げた。
「ナナ、ナルトが『禁印』の巻物を盗んで消えおった……」
「……え……」
火影の吐き出す煙管キセルの煙が、やけにスローで空間に浮かぶ。
「万が一あの禁術を使い、チャクラが暴走して封印が外れることがあるやもしれん」
「そんな……」
火影は机によりかかり、目を伏せて言った。
「そうなったら、お前の力が必要となるかもしれん……」
「…………」
「そのために、ここで待機していてくれるかのぅ……」
ナナは声を出すことも、うなずくこともできず、ただ火影の言ったことを頭の中で繰り返す。
その言葉の意味を十分にわかっているはずなのに、ナナの体はピクリとも動かなかった。
「今、この水晶でナルトの居場所を探しておる……」
火影は、それ以上ナナに言葉をかけず、水晶と向き合った。
ナナは、その老いた顔に刻まれた皺が、さらに濃くなっていることに気づく。
(火影さま……)
火影とてそんな言葉を吐くのは辛いのだと、ようやく思い出す。
「……火影さま……」
ナナはひとつ息を吐いて、きっぱりと言った。
「わかりました」
火影は水晶の術を行いながらも、ひとこと「すまぬ」と呟いた。
こんな日がくる事は、覚悟していた。
そのためにこの里に来たのだから。
が、こんなに早く来てしまうなど、誰が予想しただろう。
(ナルト……)
ナナは独りベランダに立ち、まだ肌寒い夜の風を浴びていた。
(……お願い……)
ナルトが、あの強い自分を失わぬよう、願う。
(私はまだ、アナタを殺したくない……)
あえて『まだ』と言う。
(……ナルト……!)
いつのまにか無意識に手を合わせていた。
そして空が白み始めた頃、その細い肩に、火影の手が乗せられた。
「ナナ……」
ナナはビクリと反応し、そっと振り返る。
「ナナ、ナルトは無事だ……。それどころか、禁術である影分身をマスターしおった」
「…………」
ホッと息をついて、そのままへたりこみそうになった。
「よかった……」
そうつぶやいて、同じようにホッとしている火影を見上げる。
火影はこの事件の全容をナナに話した。
その結末、ナルトがイルカによって「合格」と認められたことを聞き心が躍った。
「というわけで、ナナも後から試験を受けて合格だった……ということとする」
「はい!」
初めから予定されていた、周囲への言い訳だった。
「……しかしな……」
ただ、火影は顎鬚をさすりながら困ったように言った。
「ナルトが自分の中の『九尾』の存在を知ってしまった……」
跳ねた心が瞬時に臥せった。
ナナは再び彼の言葉に息を呑む。
「知って……しまったんですか……?」
「……うむ……」
ナナは目を伏せ、いたたまれなさを懸命にやりすごす。
どんな気持ちだろう……あの九尾が自分の中に居るのだと知ってしまったナルトは……。
自分の中に、里の人々をたくさん殺したモノが住んでいると、聞かされたナルトは……。
(ナルト……)
だが、ミズキが“自分の存在”のことを知らなかったのは幸いだった。
ナルトがついでに、その腹の中にある九尾が暴走したとき、九尾ごと自分を「殺す」のがナナだと知ってしまったら……と思うと、怖くて怖くて息が詰まった。
「火影さま」
ナナはかすれた声で言った。
「ナルトに会っても、いいですか……?」
ナナの顔を見て、火影は低い声を出す。
「……お前の意思は、止めはせぬ……」
ナナは弱弱しく笑って、火影の前から走り去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ナルト……!!」
朝日の中を歩いて来たナルトは、服をボロボロに汚し、そして使い込まれた額当てをつけていた。
「ん? ナナ?!」
ナルトは驚いて思わず立ち止まる。
それより早く、ナナは彼に向かって駆け出した。
「ナナ?! ど、どうしたんだってば……」
ナルトが言い終える前に、ナナはその首に飛びついていた。
「ナナ?!」
ナルトは初めてみせるナナのこの行動に驚いて、身をこわばらす。
「ナルト、居なくなったって聞いたから……」
ナナは身を離すと、無理やり微笑んでナルトを見上げる。
「ナナ、知ってたのか?」
決まり悪そうに笑うナルトは、いつもの彼だった。
「ナルト……。おかえり」
「ヘヘッ、心配かけて悪かったってばよ」
その顔に、ナナは安堵して思わずため息をつく。
ナルトは、落ち込んでなどいなかった。
もうとっくに、九尾のことは受け入れてしまったようだった。
そればかりか……。
「ナナ! オレってば、忍者になったってばよ!!」
本当に嬉しそうに、額当てを指して言う。
その前にひと騒動起こしたのも忘れて、そんな結果にはしゃぐナルトがおかしくて、ナナは苦笑しながら実は自分も卒業が決まったのだと言った。
するとナルトは、理由を聞くことも忘れて、ナナの手をとって喜ぶ。
「じゃあ、また一緒だな!」
「うん」
『一緒』という言葉が、ナルトが言うと前向きな意味に聞こえた。
「オレってば、さっきイルカ先生に合格って言われたとき、本っ当に嬉しかったけど、ナナと離れるのが、ちょっと寂しかったんだってばよ!!」
しかも、そんなふうにナルトが笑うから、ナナはさっきの恐れも全て吹き飛んだように思う。
そして、ナルトと一緒の未来が明るいものであると感じられる。
「ナルト、また一緒だね」
「また一緒に忍者だな!」
「私、ずっとナルトのそばに居るから……」
ナルトはいきなりのナナの言葉に、半ば照れ、半ば驚く。
が、ナナの瞳が真剣なことに気づいて、当たり前のように言った。
「一緒に頑張ろうな、ナナ!!」
ナルトはナナの言葉の“本当の意味”はわかってはいない。
だがそれでも、ナルトの朝日に照らされた笑顔に、ナナは大きくうなずいた。