ひと葉 ~壱の巻~   作:亜空@UZUHA

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皮肉な苛立ち<最終話>

 忍の目でしか数歩先が見えぬほどの陰気な地下道。

 そこを、サスケは歩いていた。

 前に行くのは大蛇丸。

 この全てを捨てて身軽になった身体に、力を与えてくれるはずの人間……。

 

 

 ここへ繋がれる前は元気に放し飼いされていたであろうと思われる者たちを詰めこんだ檻を通り過ぎ、さらに地下へと続く道を抜け、ようやく大蛇丸は一室へ入った。

 ろうそくの灯火が怪しげに、大蛇丸とサスケ、そして最後尾に従っていたカブトの影を壁に映す。

 サスケは室内を見渡した。

 だだっ広い部屋だったが、柱が立ちこんでいるせいで、向こう側の壁は良く見えない。

 柱以外にあるものは、大蛇丸が座ると思われる椅子。

 そして、あからさまに『実験台』として使用されていると思わせる大机だった。

 

「さぁ、これからのことを話しましょうか……」

 

 大蛇丸がその椅子に腰掛けて口を開いた。

 やけに機嫌がよさそうだった。

 しかし今、彼にとって力をくれる者の気分などどうでもよかった。

『これからのこと』も、どうだってよかった。

 そんなことを聞いている間に、さっさと目的の力を手にしたかった。

 でなければ、つい先ほどまでのことを思い出してしまう……。

 そんな彼に気づいた大蛇丸が、ニヤリと笑ったそのときに。

 

「ちょっと待ってよ、大蛇丸」

 

 柱の影から女の声がした。

 気配などなかったはずなのに。

 

「あら、遅かったのね」

 

 大蛇丸は振り返り、声に応える。

 サスケは睨むように、声のした柱を向いた。

 どこかで聞いたような声だ……。

 

「まぁ、思った以上にキツかったってところかしら」

 

 この場に似合わぬ、清涼とした響きのある声。

 それとともに現れたのは、声以上にこの場にそぐわない美しい女だった。

 

「…………?!」

 

 だが、サスケはそんな理由ではないところで目を見開いた。

 

「いらっしゃい、サスケくん」

 

 その女が、彼の名を知っていたからではなく。

 

「ナルトくんも、思ったより手ごわかったようね」

 

 さっきまでの戦いを知っていたからでなく。

 

「でも、アナタがここに来てくれてうれしいわ」

 

 その笑みが、限りなく……似ていたから……。

 

「……ナナ……」

 

 背丈も、髪の長さも、当然違っていることはわかっていた。

 ナナあるはずがない。別人だ。こんなところにナナが居るわけがない。

 が、思わず“その名”を口にしてしまうほど、女はナナに似ていた。

 そしてあのナナにしか持ち得なかった不思議な空気を、この女も持っていたのだ。

 

「フフ……」

 

 女はサスケの目の前まで来て笑った。

 大蛇丸とカブトも、向こうで面白そうに見守っている。

 

「びっくりした?」

 

 サスケは奥歯をかみ締めた。

 ナナのような笑みに、黒々とした歪みを見出したから……。

 

「お前、アイツの姉か……」

 

 低い声で言った言葉に女は目を見開き、そして笑った。

 

「あら……、よくわかったわね」

「死んだはずだろ」

「そんなことまで、あの子はアナタに話したの?」

 

 先ほどよりも意外そうな顔で、女は首をかしげた。

 

「あの子、故郷のことは口にするのも嫌なくらいだと思ってたのに」

 

 サスケの眉が痛いくらいにひきつった。

 火影岩のてっぺんで、ナナが初めてさらした“弱さ”を、忘れたことなどなかった。

 

「死んだヤツがなぜこんなところに居やがるっ!!」

 

 死してなお、目の前に存在する“ナナの姉”。

 存在している理由などどうでもよかった。ただ、目的が知りたかった。

 限りなくナナに似た女の、蘇ってまでココに現れるその目的を。

 

「妹に逢いたかったからよ」

「ふざけるな!」

「そう怒らないでよ。本当に妹に逢いたくて私の魂はこの世に舞い戻ったのよ」

 

 サスケは女を睨んだ。

 

「というより、あの子に逢うために自らの命を絶って、魂だけになったっていう感じかしら」

 

 薄笑いは、ナナに似てなどいなかった。

 

「そうまでして晴らしたい怨みが、アイツにあるってことか……?」

 

 皮肉をこめて言い放つと、女は笑った

 

「怨み……? まぁ、そうね。あの子のおかげでつまらない人生だったから、今度は楽しませてもらおうと思ったのよ。あの子をいじめてね」

 

 こらえきれないといったように、大蛇丸がクスクス笑った。

 

「いじめて……だと……?」

 

 止めきれない何かが、彼の声を低くする。

 

「そうよ! あの子の『苦痛』こそが私の楽しみ。生きてるときには叶わなかったから、いったん死んで、力を得て蘇ってみたの。あの子はちゃんと私と遊んでくれたわ」

「…………?!」

 

 遊んでくれた……。

 女は確かにそう言った。

 次々浮かんでいた疑問はたったひとつに凝縮された。

 

「お前……、アイツに……会ったのか?!」

 

 それを口にすると、つのっていた苛立ちが加速する。

 

「ええ、アナタがナルトくんと殺し合ってる同じ時に、私もあの子と楽しく遊ばせてもらったわ」

 

 サスケは腹の下に力をこめた。

 でなければ、自分を失いそうだった。

 捨てたはずの自分を……。

 

「それで、殺しちゃったの? 琴葉」

 

 必死で心の波を沈めるサスケをバカにするように、大蛇丸があっさりと女に聞く。

 

「やっぱり、ナナちゃんを殺すのは惜しい気がするわねぇ……」

 

 『琴葉』は振り返り、大蛇丸に応えた。

 

「あんたが私に意見できないことくらい、あんたが一番良く知ってるはずよね、大蛇丸」

「ええ、あなたが何しようと私は何も言えないわ。たとえ大切な『未来の私』を産む者をめちゃくちゃに壊しちゃったとしてもね……」

 

 本気で残念そうにため息をつく大蛇丸に、琴葉は薄く笑った。

 そしてゆっくりとサスケに視線を戻した。

 

「アイツを……殺したのか……?」

 

 その答えを待つ彼に。

 

「もう、関係ないんじゃなかったの?」

 

 琴葉の皮肉は、たたかれて当然のものだった。

 そう、捨ててきた。傷つけて、捨てたのだ。

 故郷も、仲間も、ナナも。

 だが、捨てきれぬものがあると知っていた。

 捨てたつもりでも残ってしまうもの……。

 だからサスケは、もう一度聞く。

 

「アイツは死んだのか?!」

 

 琴葉は愉快そうに声をあげて笑った。

 そして鼻先に、懐から取り出したものを突きつける。

 

「…………?!」

 

 反射的に、サスケはそれを受け取った。

 鼻腔に血の匂いが入り込む。

 見覚えのあるその物体は血で染まり、ところどころが欠け、ボロボロに破れていた。

 彼もついさっきまで、同じ形のものを所有していた。

 が、それがナルトのもとに置いてきた自分のものではないことはすぐにわかった。

 

「あの子のよ。アナタにあげるわ」

 

 渡された“答え”は、残酷な血の臭いを染み込ませた『額当て』……。

 

「死んだかどうか、私にも……お楽しみなのよ。これは楽しい楽しいゲームなんだもの」

 

 それを見下ろすサスケの耳に、琴葉の声が突き刺さる。

 

「簡単には終わらせないわ」

 

 次に再会する時が来るのか……それとも、それは永遠に叶わないのか……。

 自身も知らずにいるゴールの見えないゲームなのだと、琴葉は笑った。

 

「……らない……」

 

 サスケは、冷たい額当てを突き返した。

 

「え……?」

「いらないと言っている……!」

 

 かすかに驚く琴葉の顔が、やがて怪しい笑みに変わる。

 

「ホントに『もう関係ない』ってことね?」

 

 サスケはうなずきもせず、顔を背けた。

 

「いいわよ、それはアナタが処分して」

 

 琴葉はそう言い、一瞬にして目の前から姿を消した。

 

「あなたたちの殺し合い、私たちも見てたのよ……」

 

 そんな言葉だけを残して……。

 大蛇丸の笑い声が一段と高くなり、不快が募った。

 だが、サスケは何か言う気も起こせずに、黙ってその部屋を出た。

 

 

 

 崖のふちに立つ木に登り、サスケは手の中のものを見下ろした。

 この傷と出血では、一人で立って歩けはしないだろう……。

 そう“案じる”自分が大蛇丸の馬鹿笑いより不快だった。

 いや、それよりも……。

 

 ナナは生きている。

 

 不思議とそう感じている。決して朧げではなく。

 そう“信じる”自分も、今は不快に思うしかなかった。

 そして、琴葉の残した言葉に動揺している自分も不快だった。

 ナナは、あの姿の自分を見ていた……。

 ナルトの身体に穴を空けた千鳥も、バケモノのような身体も。

 本気でナルトを殺そうとした自分も

 

「……くそっ……」

 

 今さらはっきりと認識できてしまうこの苛立ちこそが、最高の皮肉だった。

 一度だけ額当てを握り締め、それを遠くへ放り投げた。

 葉を掠めて崖の下へと消えていく小さな物体の後も追わず、彼は再び大蛇丸の元へと足を向けた。

 

 

 




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