アサルトリリィ ~生まれ変わったら財団Bの手先になりました~   作:葉川柚介

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夏になると体を鍛え、ミドル級ヒュージくらいなら両手に持った棒みたいなCHARMでワンパンするリリィがいるらしい。

 梨璃たち9人のリリィを乗せたガンシップは、鎌倉から一路下北沢を目指す。

 下北沢は東京の都心からわずかに外れた外延部に位置し、かつては若者の街として知られた文化の坩堝だった。

 いまはルドビコ女学院が管轄する一帯であり、出発前の情報によれば今回の戦いはヒュージの発生数が多く、一帯全てが戦場になっているという。

 

 参戦しているリリィの数にもよるが、集団を形成しての組織だった反攻はまだできていないだろう。自分たちの援軍を加え、何とかして合流と包囲を形成できれば、あるいは。

 そんな算段を考えながら、夢結はすぐ隣に座った梨璃のことを気に掛ける。

 実戦経験が皆無というわけではないが、こうしてぶっつけ本番に近い形での外征など、並みのリリィでは不安に押しつぶされかねない。

 そう思っていたのだが。

 

「……思ったほど緊張していないのね」

「ふえっ!? あ、ご、ごめんなさい。……夢結様の髪が綺麗だな、と思って」

 

 意外なほどに落ち着いている姿を見て、少しだけ安心できた。

 その理由がかつて聞いた言葉と同じだったことで心臓が跳ねたが、悟られてはいないだろう。

 美鈴に髪を褒められたあの時味わった日差しの温かさと髪を梳く指の感触が蘇り、今この瞬間を見失いそうになる。

 

「つかさ様からは『緊張したらヘルシェイク矢野のことを考えるといいよ』って言われたんですけど、ヘルシェイク? さんのことを知らなくて……」

「…………考えなくていいわ。つかさ様の言うことは特に」

 

 そんな意識を現実に引き戻してくれた理由が頭痛を引き起こすようなものだったことについては抗議したいが、今この場に当人がいないのでやめておく。

 どうせこれから先も罪を重ねるだろうから、あとでまとめて一度に済ませた方が楽だろうし。

 

「あ、それからこれ……アールヴヘイムの天野様からいただいたんですが」

「!? それは……!」

 

 そして、梨璃が次に見せてきたものにまた違った意味で驚愕する。

 掌の上でころりと転がる2本の筒は、封を施された特別製。

 それが何なのか、外観だけでも見間違えるはずはなく、しかも「アールヴヘイムから」出撃前に託されたという事実。

 

 夢結の中で思考が走る。

 下北沢の異常なヒュージ。

 妙に動きが鈍いルドビコ女学院。

 出撃しないアールヴヘイムと、今ここにあるノインヴェルト戦術弾。

 

 予想以上にいろいろなものが渦巻いている。

 そう思わずにはいられなかった。

 

「みんな、そろそろ着陸するぞ! 準備を……え、ヒュージが!?」

 

 操縦席からの連絡を受けたらしい梅の驚く声を聞き、夢結はすぐさまガンシップの窓に飛びついた。

 

 狭い窓からかすかに見える下北沢の街。

 着陸予定地点となっているのは学校の校庭だったが、そこにヒュージが、いる。

 

「あれは……!」

「戦域はまだ先のはずですのに、もうこんなところにまで来ていますの!?」

「それに、あのサイズ。ラージ級だ。ガンシップじゃ近づけないぞ」

 

 特に暴れているわけではないが、校舎に匹敵する身の丈からしてラージ級であることは確実。ガンシップにも火器の類は備わっているがラージ級を撃破できるほどの威力はない。

 どこか別の離れたところに着陸するか、あるいはこのまま直接降下してヒュージを排除するか。

 どちらも決して安全とは言い切れない選択肢に迷うことしばし。

 

「あっ、ヒュージに飛びつく人が! CHARM? を持ってるしリリィで……はありますね。つかさ様です」

「本当にわしらより先に着いたのか!?」

 

「……梅、しばらく旋回してから予定通りの地点に着陸するよう伝えてもらえるかしら」

「わかったぞー」

「夢結様!?」

 

 なんかもうめんどくさくなったので考えるのはやめにして、梨璃たちに着陸の準備を促すのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「音撃斬、雷電獄震!!!!」

 

 

◇◆◇

 

 

――イイネ、クレ……ッ!

 

「ふう、中々に強いヒュージだったわ。あ、夢結ちゃんたちお疲れー」

「さすがつかさ様と思う心があるにはあるのですが、素直に口にする気持ちが全く湧かないのはなぜなのでしょうね」

「しぇ、神琳! そんなこと言っちゃダメだよ……!」

 

 夢結ちゃんたちの乗ったガンシップの着陸地点に先回りしてみたら、なんかヒュージがいたので片付けておきました。これこそ先輩ムーブってもんよ。

 

「一体なんだったんですか、あのヒュージ。ラージ級なのはわかりますけど、怪獣のきぐるみ着た人間みたいな姿してましたよね」

「アレは、下北沢とか金沢八景辺りでたまに見るヒュージ<イイネクレロン>よ。メンダコみたいな形したスモール級からツチノコ型、人型のミドル級を経て怪獣型のラージ級にまで進化する珍しい種類なの。どういうわけか、他のヒュージと一緒にいるのは見たことないけど」

「いわゆるぼっちってやつじゃの」

 

 ……あのさ、ミリアムちゃんの言葉で同類を見る目を私に向けるのやめてくれない? 誰がぼっち・ざ・りりぃよ!

 

「というか、使っていたCHARMはなんですの、それ? まるでギターみたいですけれど。どうせまた財団Bの差し金ですわよね」

「そうだよー。ヒュージの体内にマギを乗せた清めの音を注いで内部から爆発四散させる系CHARMなの。他には太鼓とかラッパとかあるわ。……一弦が切れてペグが故障したときはどうしようかと思ったけど、弦のスペアが5本も残ってたからなんとかなったわ!」

「それスペアじゃないです」

 

 

 そんなこんなで夢結ちゃんたちと合流し、今後の方針を決める。

 こういうとき、鷹の目のレアスキルを持ってる上にリリィオタクの二水ちゃんがいてくれるからすごく助かる。

 下北沢一体のヒュージの出現状況と参戦中のリリィの情報を総合すると、取るべき方針が見えてくる。

 

「ラージ級のヒュージも現れ始めたということは、ギガント級の出現も近いでしょう。各校のリリィたちと合流しつつ包囲を狭めてギガント級に備えます。異論はあるかしら」

 

 夢結ちゃんの言葉に反対の意見は出ない。至極妥当なものだと思う。

 フォーメーションとしては、楓ちゃんを司令塔として夢結ちゃんと鶴紗ちゃんが前衛で切り込み、神琳ちゃんと梅ちゃんが中衛としてそれを補佐。大火力持ちのミリアムちゃんと狙撃手の雨嘉ちゃんが後衛となるのに加え、二水ちゃんに戦域全体の情報を収集してもらいつつ梨璃ちゃんがそれを守るという形だ。

 

 

「……あれ、私は!?」

「つかさ様は私たちよりさらに先行して、他校のリリィに状況を説明してきてください。普段から外征で顔が広いので、適任だと思います」

「ああ、なるほど。またハブられたのかと思ってびっくりしちゃった。そういうことなら任せて! ちゃんとお話してくるから!」

 

「……こう言ってはなんですが、大丈夫ですの? つかさ様と話の通じるリリィがいるとは考え難いのですが」

「大丈夫大丈夫。つかさ様ならやってくれる。……時々、『戦うことでしかわかりあえない!』ってなるらしいけど」

「それダメなやつですよね、梅様」

 

 そんなわけで、私たちは下北沢の街へと駆け出した。

 

 

◇◆◇

 

 

「どぉりゃああああああ!」

「佳世、前に出過ぎないで!」

 

 下北沢の街の一角に二人のリリィがいる。

 逆手に持ったダインスレイフ・カービンを振るい、手あたり次第にヒュージを切り捨てながら猛進する様、見る者が見ればルナティックトランサーの使い手であることは一目瞭然だろう。

 名を松永・ブリジッタ・佳世。ルドビコ女学院のテンプルレギオンに選出されるほどの実力を持つリリィオタクだ。

 

 それを追うもう一人は、両手にそれぞれCHARMを携えたリリィ。

 御台場迎撃戦を生き抜いた円環の御手の使い手、福山・ジャンヌ・幸恵だった。

 

 ルドビコ女学院の制服に身を包んだ彼女らの通ったあとに残るおびただしい数のヒュージの残骸は、これまでの激闘とそれを乗り越えられる実力を物語る。

 

 だがそれは、決して代償なく成しえたことではない。

 佳世と呼ばれたリリィの突進はルナティックトランサー発動中ということを差し引いても冷静さに欠け、息は荒く、ともに戦うリリィとの協調も難しいほどに距離が開き。

 

――!!

「!?」

「危ない!」

 

 横合いの瓦礫を砕いて現れたヒュージによって勢いを殺される。

 幸恵が咄嗟に投擲した片手のCHARMフィエルボワは急所を外してしまいヒュージは健在。5mはあろうかという巨体の腕1本を吹き飛ばすに終わり、佳世の危機は変わらなかった。

 

 距離が遠い。救う手段がない。

 残ったCHARMは防御特化のシャルルマーニュ。射程には遠く、仮にあのヒュージから守れたとしても他にスモール級やミドル級のヒュージはまだ多数いる。

 己の失策を悟り、ぞっと心臓が冷え。

 

 

「――失礼しますわ」

 

 左右から抜き去る影にも、すぐには反応できなかった。

 

 

「あなたたちは!?」

 

 その影は、リリィだった。

 長い髪はそれぞれ対照的な白と黒。

 しかし顔立ちは驚くほど似ていて、戦い方は苛烈。

 迷うことなくヒュージたちのただ中へと飛び込み、狙いをつける必要などないとばかりにCHARMを乱射、あるいは剣型CHARMヨートゥンシュベルトにて微塵に切り裂いていく。

 瞬く間に雑多なヒュージは数を減らし、佳世に迫っていたラージ級も驚くほど息の合った二人の斬撃が切り捨てた。

 

「小型ヒュージが多いという情報でしたけれど、ラージ級も出現しはじめているのですね、ルドビコの方……でよろしくて?」

「あっ、は、はい! あの、あなた方は……!」

「船田(うい)と申します。こちらは双子の妹の(きいと)。よろしくお願いいたしますね」

「こちらこそ、よろしく。遠征に来てくれたことに感謝する」

 

 にこやかに自己紹介をする初と、つまらなそうにする純の姉妹リリィ。

 制服はなんかもう原型をとどめないレベルで改造されているようでわかりづらいが、ヨートゥンシュベルトを持つということは御台場女学校のリリィとみて間違いないだろうと幸恵は見当をつける。

 同時に、相当な実力者であろうとも。

 

「ずいぶんと手こずっているようですね。……ああ、まだまだ湧いてきますし」

「ええ、何分数が異常なほど多くて、手が回り切らないというのが実際のところで……」

「ですが、ご心配なく。私と姉が来たからには、ギガント級を見つけ出して始末してみせますわ。手始めに、あの残党も……っ!?」

 

 強さに関しては、この時点で確信を持てた。

 周囲で様子をうかがっていた残りのヒュージを片付けようと戦意を向けてなお、戦場に起きた異変に気付いたのだから。

 

 異変。

 熟練のリリィならば感じられるそれを、言語化することは難しい。

 戦場の雰囲気、ヒュージの挙動の変化、ざわめくマギの感触。

 「気配」とでも評するべきそれが、変わり。

 

 

『ヒャッハー! ヒュージは消毒だァーーーー!!!』

 

「……なんですの、アレ」

「人、ではありそうですね。リリィのようでもありますけれど……」

 

 乱入してきた何者かがヒュージと戦うその様は、リリィのそれだ。

 おそらく。きっと。

 なんか、青いけど。

 全身青い装甲に覆われたロボットのような見た目だが。

 両手で抱えた巨大なガトリングガンを乱射してスモール級もミドル級もまとめてズタボロにしているので味方なのだろう、たぶん。

 幸恵にはとりあえずそのことしかわからない。

 

 ビルの上から飛び出して、着地するまでの間に残っていたヒュージの残党は全滅した。あれだけの連射力の武器でありながらしっかりと狙いをつけた射撃をしてのける辺り、只者ではない。

 いやまあ、風体の時点で常人かどうか、正気かどうかを疑わなければならないのだが。

 

 だが、顔が見えず素性が知れない。一体何者なのか、この場に集った4人のリリィたちはうっすらとした警戒とともにCHARMを握りしめ。

 

『……あ、幸恵ちゃんじゃん。おひさー』

 

 めっさ軽く挨拶され、幸恵はその声と強さ、そしてリリィとは思えない言動から記憶の中で無駄に燦然と輝く一人のリリィを浮かび上がらせた。

 

「まさか……つかさ様ですか?」

『そうだよー……ぷはっ。幸恵ちゃんに、船田の初ちゃんと純ちゃんも! あなたたちも来てたんだ!」

 

 その予想は、正しかった。

 顔を覆っていた仮面を外すと、そこにあったのはリリィとしては能天気に過ぎるのではとさえ思えるほどに眩しい笑顔。

 百合ヶ丘女学院3年生、時折ルドビコ女学院にもCHARMの運用や訓練を指導するために顔を見せるリリィ、常盤つかさがそこにいた。

 あと、船田姉妹、特に純がめちゃくちゃ引いていた。御台場女学校も東京に居を構えているのでつかさが訪れたことがあり、そこで色々と関わりがあったのだろう。ちょっと気持ちわかるな、と幸恵は思う。

 あの人を相手にしたリリィは、尊敬するかドン引きするかの二択なので。

 

「え、ええお久しぶりです。というかなんなのです、その恰好は……?」

「ああ、これ? 見ての通り、リリィバトルクロスだけど。この前純ちゃんたちもテストに協力してたって雑誌で見たわよ」

「わたくしたちが使っていたのとは明らかに毛色が違いますね」

「いやほら、結構な規模の戦いになりそうだし、多少はね? ……どうにも、G.E.H.E.N.A.の臭いがするのよねえ、この戦場」

 

 その理由は、つかさの姿を見るだけでわかるだろう。

 リリィバトルクロスとは、言うなればリリィ用の防具の類だ。

 フル装備ともなれば体の動きを邪魔しない程度に全身くまなく覆うこともなくはないが、だからとてこのように甲冑よろしく本当に全身を覆い隠すようなものはまだどこのガーデンでも開発されていないはずだ。

 まあ、常盤つかさというリリィはバックについている組織の技術力とそれを発揮する見当違いの方向性によってこういう装備を使うことが多々あるのだが。

 

「試しに使う機会としてちょうどいいかなって。……あー、でもさすがにそろそろバッテリーが減ってきたわね。脱ぐとしますか――キャストオフ!」

「それ、いちいち言わなきゃいけないヤツなんですか?」

 

 などと言っているそばから、ベルト部分を操作して装甲を排除した。

 辺りにバラバラと散らばったそれをせっせと拾い集め、なんか物陰から出てきた人型ロボに渡している。ギャリーさんのところに持って行ってくれるかなバジンたん、とか言っているからにはアレもつかさの装備の一部なのだろう。

 その時点で、幸恵を筆頭にこの場に居合わせたリリィたちはつかさの行動について考えるのをやめた。それが賢明なのだと、そう悟らざるを得ないだけの衝撃は間違いなくある。

 

「……ふう。さてそれじゃあどうするみんな。うちのレギオン……じゃなかったたまたま一緒になった百合ヶ丘のリリィ若干名はみんなと合流しようとしてるんだけど」

「合流、ですか。たしかにギガント級が現れるのも時間の問題でしょう。そうなれば、戦力の統合は必要ですね……」

「わ、わたくし達は二人いれば十分です! というかつかさ様のお仲間と言いますが、大丈夫なんですの!?」

「もちろん。レギオン結成のための申請中だけど、みんな頼れる子ばかりよ。百合ヶ丘のはぐれ者、一匹狼、変り者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、リリィの異端児とかだし!」

「それ大体つかさ様のことでは?」

「つかさ様みたいなのが……9人!?」

「君たち私のことなんだと思ってるの?」

 

 冷静なツッコミをする初、恐れおののく純。

 つかさが現れた時点で大体予想してたけど収集つかなくなってきたな、というのが幸恵の正直な感想だった。

 

 だが、頼りになることは間違いない。

 船田姉妹は半ばつかさから逃げるように先行してしまったが、その強さが頼りになることは既に見た通りだ。

 下北沢を奪還するために必要なピースが揃いつつある。幸恵の中で、その確信が徐々に大きくなりつつあった。

 

 

「じゃ、私はとりあえず他の子たちにも話通してくるからよろしくね幸恵ちゃんと佳世ちゃん!」

「アッハイ。つかさ様もお気をつけて」

「またあとで合流しましょう! ぜひ一緒に戦わせてください!」

 

 リリィオタクとしても名を馳せるだけあり、つかさの奇行を見ても鼻血をたらせる佳世のマイペースさが、今はとても頼もしい。

 幸恵にとって、それだけが心の支えだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「――はい、実験体ヒュージの配置は完了しました。各校のエース級リリィたちの所在地も把握。実験を開始します」

 

 ヒュージが襲来すれば、その場における人の生活は破壊される。

 街は廃墟と化し、人は避難し無人となる。

 その空白は、邪悪な意思持つ者たちが跳梁跋扈するのに最適な闇を生む。

 

 廃ビルの一室でタブレットを片手に通信をするのは一人の少女。片手に携えたCHARMを見れば、リリィであることを疑う余地はない。

 タブレットに映し出されているのは下北沢周辺の地図と、その他情報の数々。

 ヒュージの出現位置や予想進路、そして各校のリリィの展開状況と位置さえもが表示されている。

 それだけの情報、リリィたちの間で共有すればどれほど戦闘が楽になるか知れず、しかしそんなことをする気など微塵もないことは、タブレットから放たれるうっすらした光に照らされた顔を見ればわかるだろう。

 嘲りにも似た笑みが、ぼんやりと闇の中に浮かんでいる。

 

「百合ヶ丘のアールヴヘイムのデータもぜひ欲しかったのですが……代わりはたくさんいますから、まあいいでしょう」

 

 タブレットをしまい、CHARMを握ってガラスが砕けきったビルの窓に足をかける。

 眼下に見下ろす町並みは荒れ果てているが、そんな中でも咲く花はある。

 

 情報通り、神庭女子藝術高校のレギオン<グラン・エプレ>隊長、今叶星(こんかなほ)だ。

 

「……ん? もう一人?」

 

 しかしここに一つ例外が見つかった。

 さきほどまで参照していた情報によれば、最寄りのリリィは叶星一人だけのはず。

 だが実際目にしたのは、叶星と連れ立って歩くもう一人のリリィの姿。

 

 後ろ姿しか見えないので誰かはわからないが、紛れもない戦場である今の下北沢においては驚くほど自然体であるうえ、叶星と何やら話している様子だが気後れしている風には見えず、叶星とも知り合いのようだった。

 

 ならば、何も問題はないだろう。

 窓枠にかけた足に力を込めて、ルドビコ女学院に所属しG.E.H.E.N.A.に与するリリィ、戸田・エウラリア・琴陽は夜の空へと飛び出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 初撃は、落下の勢いを乗せたグングニル・カービンによる打ち下ろし。

 狙いはどちらかと言えば叶星の方であったが、なんなら正体不明のリリィでも良くはあった。

 

「!?」

「あら、なにかしら」

 

 それは、二人ともにあっさりと避けられた。

 ステップ一つでどうあっても手が届かない位置まで離れられてしまい、CHARMを振り抜いた勢いを止めたころには既に二人ともこちらへ振り向いている。

 叶星はクラウ・ソラス先行量産型をシューティングモードで油断なく構え、もう片方はCHARMを隠しているのか無手のまま、警戒の色は見られない。

 

 そこまで見て取り、琴陽は驚きの声を抑えるのに最大限の努力を要した。

 

 

「神庭女子藝術学校、グラン・エプレ隊長の今叶星様ですね? ――そして、そちらは百合ヶ丘女学院の常盤つかさ様とお見受けします」

 

 常盤つかさ。

 G.E.H.E.N.A.の天敵として情報共有されているそのリリィを前に、平静を保つことは絶対である。

 

 直接相対したのはこれが初めてだが、作戦において常盤つかさとの接触は可能な限り避けるべきものとしてしつこいほどに伝えられている。

 反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの代表格たる百合ヶ丘女学院の中でも、特に強硬なリリィこそがこの常盤つかさだ。

 表立って憎悪や排斥を訴えるわけではないが、息をするようにG.E.H.E.N.A.を攻撃する、ヒュージを叩くついでにG.E.H.E.N.A.の施設を破壊する、その際一切の躊躇なく、なんならG.E.H.E.N.A.のことをヒュージ以上に人類の敵として見なしているらしいというのが過去の行状から推測される行動規範。

 もし、琴陽がG.E.H.E.N.A.の手の者だとそんな相手に知れたらどうなるか、わかったものではない。

 

 だが。

 

「ルドビコ女学院1年、戸田・エウラリア・琴陽です。突然で申し訳ありませんが、お手合わせしていただけませんか?」

「手合わせ……? いま、ここで?」

 

 躊躇う叶星と、きょとんとした顔のつかさを相手に、琴陽はまっすぐ踏み込んだ。

 この戦場は本来、琴陽も所属するルドビコ女学院の担当区域。今も戦闘中のルドビコ所属リリィは複数存在する以上、普段の琴陽らしからぬ行動をしてしまえば怪しまれる可能性がある。

 それに、熟練のリリィに挑んでその力量を図るのは琴陽自身の望むところでもあるのだから、様子見のためにもぶつかってみるのは悪くない。

 

「っ! いけない、ダメ!」

 

 戦場の真ん中でリリィ同士の戦いを挑まれ、虚を突かれた叶星にかまわずつかさに向かってCHARMを振りかぶり。

 

 

()()()()()()()()!!」

 

 

 なぜか琴陽に逃げろという叶星の不思議。

 CHARMの軌道から避けようともしないつかさの奇妙。

 そして、とても嬉しそうに笑うつかさの表情。

 

 「間違えた」という直感が、怖気となって琴陽の背筋を震わせた。

 

「嬉しいわねえ。最近、こういうのって少なくなったから」

 

 挑んでくるのなんて亜羅耶ちゃんくらい? その声が聞こえたのは、背後。

 振り抜いたCHARMに手ごたえはなく、何をされたか全く見当もつかないが、回避されたことと死角を取られたことに疑いはなく。

 

「っ!!」

「せっかくだし、私も斧系CHARM使おうかなー」\Oh! No!/

 

 全身をひねっての追撃から、急激に力が抜けるような気がした。

 いきなりダジャレのような何かを聞かされたら、そうもなろう。

 いつの間にかつかさが手にしていたのは言葉の通り赤と黒の斧。ただし、「おの」とか書いてある。

 そんなものが、琴陽のCHARMの軌道に割り込んだ。

 

――ギィン!

 

 一撃が、重い。

 真正面から打ちあう形になってしまったのは失敗だった、と結論せざるを得ない。間違いなく、体術面では琴陽をはるかに上回る。

 

 その後も、予想や希望はことごとくを潰された。

 反撃の出足は踏み出す前にけん制される。距離を取ろうと思ったら追従される。体勢を立て直そうにも重さと速さで上回られてはままならず、先手を取ったはずなのに受けるだけで精一杯で。

 

「つかさ様っ!」

「おっと、つい夢中になっちゃった」

 

 叶星の叫び一つで、それはあっさりと終わりを告げた。

 殺気が瞬時に雲散霧消し、浴びせられていたプレッシャーが消えて前につんのめりそうになる。オンオフが激しいどころの話ではない。

 

「琴陽ちゃん、だっけ。ごめんね、手加減って苦手でさ」

「い、いえ。私から頼んだことですから……」

 

 G.E.H.E.N.A.からの情報は間違っていなかった。そう確信せざるを得ない。

 まさかここまでとんでもないリリィとは、実際対峙するまでわからなかった。

 リリィたるもの、敵はヒュージのみ。こうして琴陽が手合わせを願うと大抵は戸惑って戦う気のない防戦一方になることが多いというのに、この女は一切躊躇わずに反撃してきた。

 

 もし、相手がヒュージなら。G.E.H.E.N.A.なら。

 実力差からいってその気になれば琴陽を殺せていただろう機会がこの短いやり取りの中だけでも数度はあったが、見逃してくれなかったかもしれない。

 

「なんですか!? リリィどうしの戦いはご法度……って、相手はつかさ様ですか。ならいいです」

「琴陽さん!? 無事ですか! あなたの悪癖は知ってましたけど、その人だけはダメです!」

 

「あ、一葉ちゃんおひさ。幸恵ちゃんもさっきぶり。いい感じに合流できつつあるわね」

 

 そんな戦闘の気配を感じ取ったのか、続々とリリィたちが集まってきた。

 琴陽が事前に把握していた情報によれば、エレンスゲ女学園で1年生にしてトップレギオン<ヘルヴォル>の隊長を務める相澤一葉。

 つかさの口ぶりからして既に遭遇していたらしきルドビコ女学院の先輩である福山・ジャンヌ・幸恵と松永・ブリジッタ・佳世。

 つかさとの手合わせは終わりになったと言えるが、同時に少し動きづらくもなった。

 

「お久しぶりです。つかさ様も来てくれていたのですね。頼もしいです」

「結成予定のレギオンの方たちもご一緒だそうです。このまま合流していけるといいのですが」

「ところでいま、私のことを頭ルナトラみたいに扱ってなかった? ねえ、なんで目を逸らすの? ねえねえ」

 

 だが、同時に好機でもある。

 準備はある。話の流れからしてさらに各校のリリィとの合流は進んでいくようであるし、であるならば今が最後のチャンスという可能性は十分にあり得た。

 ならば躊躇うべきではない。琴陽はカチューシャに偽装した通信デバイスをそっと起動させ。

 

「――みんな、来たわ」

 

 あるいはその通信が為されるより先に動いたとさえ思えるつかさの反応の速さに、ドキリと緊張が走った。

 

 この場に集まったのはいずれ劣らぬ有力リリィたちだけに、つかさ以外も対応が早い。

 全員がCHARMを構え、打ち合わせもなしに互いの死角を補うフォーメーションを組み。

 

「そこね」\You! Me!/

 

 先ほど振り回していたCHARMをいつの間にか「ゆみ」と書かれた弓形に変形させ、隠れていた瓦礫からようやく体の末端を出したばかりのヒュージを一撃。

 それだけで倒すには至らなかったが、すぐに気付いた幸恵たちが射撃を集中。瓦礫もろともズタズタのボロ雑巾に変え、琴陽がカモフラージュとしての戦闘態勢に入るまでもなく、終わってしまった。

 

「あ、え……」

「呆けてはダメよ琴陽さん。ここは戦場なのだから、他にもヒュージがいるかもしれない」

「は、はいっ!」

「あと、さすがに手合わせをお願いするのもやめた方がいいですよ……?」

 

 予想以上の反応の速さに驚いている琴陽に、幸恵と佳世が声をかけてくる。

 ルドビコのリリィとして、後輩に戦場での心構えを説くという普通のことではあるのだろうが、その平然とした様子には改めて戦慄する。

 

 

 この二人は、つかさの初動の早さについて何の感慨も示していない。

 あの程度のことはやって当然という、他校のリリィに対するとは思えないほどの信頼が、そこにはあった。

 

 確かに常盤つかさは顔が広い。琴陽がルドビコ女学院に入学してからも遠征と称して一人でCHARMの教導に来たことはあった。そのとき琴陽はG.E.H.E.N.A.に呼び出されていたため顔を合わせることはなかったのだが、それが良かったのか悪かったのか。

 今は、悪かったのだろうと思えてならない。

 

「んー……?」

「え、つかさ様何をしているんですか? ヒュージの残骸を解体……?」

「いやね、なんかこのヒュージからはG.E.H.E.N.A.の臭いがするような気がして」

「G.E.H.E.N.A.の臭い、って……解体したら何かわかるものなのですか?」

「わかったり、わからなかったりかな。G.E.H.E.N.A.って、たまに承認欲求バグってるのがいるらしくて、怪しいヒュージをバラすと中からG.E.H.E.N.A.のマークが入ったパーツが出て来たりするのよ」

「えぇ……」

 

 もし少しでも知っていれば、もっと慎重に行動していた。

 琴陽が呼び出した実験体ヒュージをCHARMでバラバラに解体していくつかさの目に、一切の慈悲はない。

 元よりヒュージは人類の敵で、情けをかけるような対象でないとはいえあそこまでの冷たい眼差し。

 それを、つかさが嫌ってやまないというG.E.H.E.N.A.に、その関係者に同じように向けないという保証はどこにもないのだから。

 

「……琴陽さん」

「は、はい幸恵様!」

 

 最悪の想像に震えあがっていた琴陽を、幸恵の声が現実に引き戻す。

 一瞬バレたかと心臓の鼓動が跳ねたが、向けられる視線に交じっていたのは疑念ではなく善意の気遣いだった。

 

「ここからは私たちと一緒に行動しなさい。あなたを一人にしておくのは不安だわ」

「……幸恵様にお誘いいただけて嬉しいです。よろしくお願いいたします」

「…………同じ学校のリリィである私がついていないと、つかさ様が面倒を見ると言い出しかねないですから。あなたのこと、妙に気に入っているみたいですし」

「お願いします。よろしくお願いします本当に」

 

 動きづらくなる、とか言っている場合ではなかった。

 乗るしかない、この大きな気遣いに。

 さもなくば、なんだかわけのわからない大きな流れに呑み込まれて人生そのものを捻じ曲げられるかもしれない。

 そんな確信にも似た予感に苛まれ、琴陽はガッツリと幸恵の手を握った。

 

 

◇◆◇

 

 

「ところでつかさ様、その腰につけているのは、もしかしてヴァルキュリアスカート・マギ・リンカネーションシステムですか? さっきリリィバトルクロスを身に着けていた時はなかったと思いますが……」

「そうだよー。なんだかんだ長期戦になりそうだから、使えるものは使った方がいいかなって。……ちょっと改造されてるけどね。想定されたコンセプト通り、バックル(アタッチメント)を付け替えていろいろできるようになってるの。マグナムとかブーストとかゾンビとかニンジャとか……」

「ゾンビとニンジャはいったいどんな機能なんですか!?」

 

「というか、元はG.E.H.E.N.A.に起源のある物ですけど、よろしいのですか?」

「大丈夫大丈夫。――G.E.H.E.N.A.由来の装備でG.E.H.E.N.A.を潰すっていうのも、また一興だしね?」

「ヒエッ」




 御台場迎撃戦に参戦したリリィ、巻き込まれた一般人からの戦闘聴取記録から抜粋

「つかさ様、ドラゴンの顔みたいなブレストアーマーから炎とか出してましたけどアレなんだったんですか?」
「えっ、私が見たときは羽生えてたよ」
「嘘だー、両手のクロ―でしょ」
「尻尾じゃないの?」
「ていうか、見かけたのって全部同じ時間じゃない? 私たち、そのときは全く別々の場所にいたのに」

「アルトラ級のヒュージがあんなに大きくて恐ろしいだなんて……! イグアナの生えた海賊船が戦ってくれなければどうなっていたか。……いや、本当なんだ! 恐怖で錯乱しているんじゃない! 本当に見たんだ! 信じてくれ!」
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