アサルトリリィ ~生まれ変わったら財団Bの手先になりました~   作:葉川柚介

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何か事件が起きるたびに「G.E.H.E.N.A.の仕業だ!」と叫んで襲撃しに行きたがるリリィがいるらしい

「だ、大丈夫だからね~、ちょっと前髪整えるだけだから~……!」

「ふふっ。梨璃、落ち着け」

 

 雲は少し多いけど、同じくらい青空も多い好天の下、百合ヶ丘女学院の屋上で微笑ましい美容師さんが奮闘していた。

 小さい子供の時分によくある、お母さんの床屋さん。そんな光景が、梨璃ちゃんと結梨ちゃんの二人によって繰り広げられていた。

 

 女の子の前髪という決戦兵器、そこにハサミを入れるとあって梨璃ちゃんもしこたま緊張していて、切られる結梨ちゃんよりも梨璃ちゃんの方が心配になってくる。

 でもまあ、もし失敗してもそれはそれ。すぐに慣れるし、笑い話にもなるだろう。

 

「髪が終わったら私がお化粧してあげるねー」

「つかさ、お化粧?」

「えっ、いいんですか、つかさ様」

「もちろん。かわいい後輩は着飾らないと。……昔、化粧道具をギターケースに入れてるメイクアップアーティストに一通り教わったのよ。さすがに奥義までできるようにはならなかったけど」

「お、奥義……?」

「サングラスした相手の、サングラスの下にお化粧するとか」

「ええ……」

 

 リリィにお化粧は欠かせない。

 年頃の女の子なわけだし、コスメは基本。かわいく美しくなることは、強くあることと同じくらい大切だ。メイクというものは見目好くするためだけじゃない、気分をアゲてトロピカる為にも必要だしね。

 ……まあ、「戦場で万が一のことがあったときに血の気が引いた土気色の首を晒すのは無様だ」という武士みたいな理由でメイクする子もいるんだけど。

 

「と、とにかくよかったね結梨ちゃん。かわいくしてもらおう」

「うん!」

 

 嬉しそうに笑う結梨ちゃんと、それを見て一層優しい顔になる梨璃ちゃん。

 そしてついでに、学院をうろうろしていたら2人を見つけてなんとなくついてきた私。

 梨璃ちゃんが気合を入れてハサミを入れ、切られた髪先が潮の匂いと共に山へ向かって去っていく。

 

 本当に、いい天気といい風の、いい日だ。

 

 

――ガチャリ

 

 生徒会役員の3人が扉を開けて現れるまで、そう思っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……どういう、ことですか? 意味が分かりません!」

 

 梨璃ちゃんの叫びが空へと昇っていく。

 少し風が強くなって、雲が流れはじめた。天気が荒れるかもしれない。

 

「そこをどいてちょうだい、梨璃さん」

「どきません。結梨ちゃんをどうするんですか」

「……答える必要はないわ」

 

 現れたのは、出江史房(いずえしのぶ)秦祀(はたまつり)内田眞悠理(うちだまゆり)の生徒会三役。百合ヶ丘女学院において、生徒側の最高責任者たちと言っていい立場の子たちだ。

 今日ここに来たのもその職務のためだろうことは、言い出した無茶とそれが本意ではないだろう顔を見ればよくわかる。

 

 結梨ちゃんを引き渡せ、だなんて。

 乱暴にもほどがあるんじゃない?

 

 

「必要はなくとも、こちらには事情を知る権利程度はあるでしょう。そちらの要求は、私たちのレギオンの正式なメンバーの身柄を不当に扱うものよ」

 

 しかも、夢結ちゃんまで現れた。

 ……うーん、目に覚悟が滲んでる。事情は分からないまでもよくない雰囲気は察してるみたいね。

 

「結梨さん……いいえ、その『個体』はヒュージよ。G.E.H.E.N.A.とグランギニョルが開示した資料からそう判明しました」

「ヒュージ……? 結梨が?」

「彼女が見つかった前日の夜、由比ヶ浜ネストに異常接近した末に撃沈された実験船があったこと、ならびにその船体部品の漂着も確認されたわ。ヒュージから作り出した人造リリィをネストのマギで活性化させようとしたらしいけど、ほとんどが失敗。唯一の例外が……」

 

 集まる視線の圧に驚く結梨ちゃん。

 梨璃ちゃんは身体を割って入らせて遮る。

 

「で、でも! 結梨ちゃんは私たちと何も変わりません! みなさんも知ってるでしょう!?」

 

「ですが、ヒュージから作り出されたものであることも否定の余地はありません。……である以上、百合ヶ丘女学院は保護する理由を持ちません」

「?」

 

「G.E.H.E.N.A.とグランギニョルは引き渡しを求めてきています。政府もその要求に賛同して、百合ヶ丘女学院への命令が下りました」

「……もし、引き渡したらどうなるんですか?」

「???」

 

「G.E.H.E.N.A.とグランギニョルと政府は『ヒュージを』引き渡せと言っているのでしょう。なら、人間としては扱われないでしょうね」

「そんな……お姉様、そんな……!」

「?????」

 

 

「…………あの、つかさ様。さっきから思いきり体をひねっているのはなんなのですか?」

「おっと、ごめん。なんか話してる内容がよくわからなくて、つい」

 

 話を聞きながら、その内容の理解に努めながら、それでもなんか変な方向に行ってるな、と思っていたら首をかしげるのに合わせてついつい体がひん曲がっていた。祀ちゃんが止めてくれなかったら体がハテナマークみたいになってたかも。

 

「さっきから聞いてると、百合ヶ丘は結梨ちゃんを保護できないから引き渡すみたいな話になってたけど……」

「……ええ、彼女はヒュージですから」

「でもリリィだよね?」

「…………いえですから、ヒュージであると」

「ヒュージでリリィってことでしょ?」

「あの、つかさ様……」

 

 多分、顔のパーツが全部「?」になってるなという自覚が私にはある。

 でも実際疑問なんだからしょうがない。今の話のどこに、結梨ちゃんを保護できない、引き渡さなきゃいけない要素があるんだろう。

 

「……あの、もしかしてですけど、つかさ様は『リリィである』ことが最重要だと――『人間でなくともリリィたりうる』と思っていらっしゃいますか?」

「うん」

 

 あるぇー、なにその顔。

 「こいつヤベー奴だと思ってたけどマジでヤベーな」みたいな目で見ないでよう!?

 

 いやだって、話を聞く限り結梨ちゃんってヒュージ由来だとしても既に人間だし、リリィとしてヒュージと戦うんでしょ? なら別にいーじゃん。

 ……うん、何も問題ないよ。

 

 結梨ちゃんの細胞を取り込んだ人間がヒュージ化する、とかだったら始末しなきゃいけなかったけどね。

 

 

「と、とにかく! 命令は命令です」

「そんな……嘘です!」

「ウソダドンドコドーン!」

「つかさ様、真面目な話をしているので少し黙っていてください」

 

 あまりと言えばあまりな事態。思わず蹲って嘆く私とそれを雑に扱う眞悠理ちゃん。

 

 そして、私がボケ倒して注意を引いている間に、夢結ちゃんが梨璃ちゃんの元へと歩み寄る。

 

「梨璃。――」

「お姉、様……」

 

 梨璃ちゃんをそっと抱きしめる夢結ちゃん。

 ちらりと目線を上げると、夢結ちゃんの口元が小さく動いている。

 周りには聞こえないように、そっと話しているのだろう。

 

 後ろの生徒会三役からは、ただ辛い境遇を慰めているようにしか見えないだろう角度でこっそりと。

 

「……結梨ちゃん。結梨ちゃんは、どうしたい?」

「私……梨璃と、みんなと一緒にいたい。私も、百合ヶ丘のリリィだから!」

 

 夢結ちゃんが離れ、梨璃ちゃんは結梨ちゃんの手を取り問う。

 生徒会の面々は苦しそうに表情を歪めている。立場上結梨ちゃんの身柄を引き渡すよう言っているけど、それが本心でないことに疑いの余地はなかった。

 

「うん、わかった。じゃあ……いくよ!」

 

 

 百合ヶ丘女学院の制服は、黒を基調とした淑やかにして可憐なデザインをしている。

 しかし同時にリリィとしてヒュージとの戦闘においても着用される戦闘服でもある。

 こう見えて中々頑丈ながら同時に動きやすく、色々と機能が仕込まれている。

 

 例えば、ボタン。

 指先ほどの大きさながら、むしり取って床に叩きつければ目眩ましの閃光を放つ、一種の手榴弾になっていたりする。

 

 生徒会三役はいずれも中々の実力を持つリリィとはいえ、相手は下級生だし命令の出所はG.E.H.E.N.A.の要望を真に受けた政府だし梨璃ちゃんたちは滅茶苦茶悲しそうだし、と迷いを抱くなというのが無理な状況。

 十分な警戒をしていれば止められただろう梨璃ちゃんの動きは誰かが止めに入るより先に完了し、昼なお目を焼く閃光が収まる頃には、梨璃ちゃんと結梨ちゃん、そして2人のCHARMが姿を消していた。

 

「そんな……逃げるなんて……!」

「命令違反、と認定せざるを得ませんね」

 

 この瞬間、任務は結梨ちゃんの捕獲から梨璃ちゃんの確保も加わった。

 

「くっ……! なんてこと! この私がいながら……!」

「つかさ様……」

 

「『結梨ちゃん! 逃げルルォ!』ってやる絶好のチャンスだったのに! 一生の不覚……!」

「どうせそんなことだろうと思っていました」

「正直つかさ様がいた時点でリリィバトルになりかねないと思っていたので、極めて穏便に終わったとみるべきですね」

 

 みんなの認識がとてもヒドい。別にここで暴れるつもりなんてないのにー。

 

 

 ここでは、ね。

 

 

◇◆◇

 

 

「結梨のことは学院で保護すべきです。あの子はヒュージとは明らかに違います」

「ヒュージを、ヒュージと見なされるものと心を通わすことはタブーだ。その果てに、リリィもまたヒュージと同質のものとみなされかねん」

 

 その後。

 慌ただしく対応に追われる生徒会三役をよそに、夢結ちゃんは理事長室へと直行した。ついでに私もついてきた。

 突然の訪問ながら理事長代行が動揺する様子を見せなかったのは、こうなるということを予想していたからだろう。

 

「……既に防衛軍の部隊も動いている。人とリリィが争う事態だけは避けねばならん」

「私たちは、恐れられているのですね」

 

 理事長代行も、夢結ちゃんも、どちらも譲れず、そして悲しそうだ。

 直面している今とその先に予想される未来が、あまりにも暗いせいだろう。

 

「つまり、百合ヶ丘女学院としては政府の命令に従って結梨ちゃんを『捕獲』する、と?」

「……そうだ、つかさくん。ヒュージとされている存在を自由にしておくことはできない」

「ま、そうでしょうね。……それなんですけど、理事長代行。私にいい考えがあります。この状況をどうにかする最高にクールで冴えた方法、聞いてくれません?」

「ほう……?」

 

 少し、しかしはっきりと期待の色がうかがえる理事長代行。

 私なんかの話にすら縋りたいくらいなのだろう。

 

「結梨ちゃんについての命令は理解しました。とはいえ、そもそもその命令の出所ってのは突けば痛いところがありまくりで叩けばホコリしか出ないでしょう? ――だから、とりあえず理事長代行と私でG.E.H.E.N.A.を襲撃しましょう。結梨ちゃんのことはそのあと考える。完璧です」

「…………つかさくんは隙あらばG.E.H.E.N.A.を襲撃しようとするのう。そしてなぜわしも参加させようとする。見ての通りの老いぼれじゃぞ」

「えー、理事長代行ならイケますって。私が湖に浮かぶみたいな形になってる変な拠点を潰しますから、理事長代行は変態の巣窟の方をお願いします」

「じゃからやらんと言うに」

 

 だからいい案を出したのに、理事長ってば頑固なんだからー。

 理事長なら、変態共の拠点を襲撃して壊滅させるくらい出来ると思うんだけどなあ。そういう声してるし。

 

 

◇◆◇

 

 

「どっどどどどどん、どんっどどどうするんですか!? ヒュージが逮捕で結梨ちゃんは梨璃さんと!」

 

「二水の言ってること、要素は合ってるけど内容ぐっちゃぐちゃになってるなー」

「無理もないですね、正直私もすこし混乱してます」

 

 一柳隊控室にレギオンメンバーが集まっている。

 ただし、4名不在。

 学院からの情報でヒュージであるとされた結梨と、共に逃亡した梨璃。

 そして2人の逃亡現場に居合わせた後、理事長室で事情聴取されているという夢結とつかさの4名だ。

 

 残りのメンバーは状況を話し合う。

 結梨がヒュージだった、という俄かに信じられない情報もさることながら、梨璃の逮捕までなど到底受け入れられることではない。

 

「……どうする?」

「結梨ちゃんがヒュージなんてありえないです! 梨璃さんは正しいですよ!」

「でも、少なくとも学院も安全とは言えないでしょうね。逃げなければ捕まっていただろうことは想像がつきます」

 

 なんだかんだでブレない二水に対し、雨嘉と神琳は冷静だからこその懸念を示す。

 百合ヶ丘女学院はヒュージ迎撃の最前線にして、リリィを守るガーデン。そして根本的に人類の組織であるがゆえに、政府や国家機関からの命令には逆らえない。

 

「この一件、G.E.H.E.N.A.が原因だろ。……私はG.E.H.E.N.A.に体をいじくり回された強化(ブーステッド)リリィだ。百合ヶ丘に保護されて抜け出せたけど、そうならなかったらどうなってたかわからない。……あいつらのことは、信用できない」

 

 研究機関、G.E.H.E.N.A.。

 民間の研究者集団に端を発する大規模な多国籍企業であり、ヒュージ、リリィ、CHARMについて造詣が深い。

 その研究課程、そして成果の発揮に際して人道という観点が抜け落ちていることがままあることで有名な組織だ。

 結果として対ヒュージ戦において得るものは多く、高性能なCHARMの製造などリリィの役に立つ部分も決して少なくないが、距離を置くガーデン、敵視するリリィも多数いる。

 

 今回の命令はそういった点からも納得しがたい、迷いを生じずにはいられないものだった。

 

 結梨との思い出。

 梨璃への信頼。

 鶴紗の経験。

 

 単純に命令に従うには、一柳隊が抱えるわだかまりはあまりに多く。

 

 

「出撃よ。一柳隊は梨璃と結梨を追跡し、確保します」

 

 そんな中、部屋に入ってくるなりそう言った夢結の一言は、梨璃不在な中で指揮官として振る舞う副隊長の言葉とはいえ一瞬の沈黙をもって受け入れられた。

 

「……目的を聞いてもよろしいですか?」

「私たち一柳隊が他の誰よりも早く二人を保護します。……これはあくまで副隊長としての私の判断だから、従わなくとも罰則はないわ」

「それ、学院からの指示と違うなー?」

 

 吉村・Thi・梅が指摘する。

 夢結の目的はたしかに梨璃と結梨の二人を確保するものだが、現在下されている命令とは少し異なっている。

 

「私たちはリリィよ。――リリィは助け合い、らしいから」

 

 少し照れたようにどこかで聞いた言葉をこぼす夢結の姿は梨璃に見せてあげたいくらいにかわいかった、とは後にレギオンメンバーが述懐する鉄板の夢結弄りネタとなるのだが、それはまた別の話。

 

 

「よく言った夢結ちゃん! じゃあとりあえず、二人を助けに行こう!!」

 

 そして夢結に続いてにゅるんと部屋に入ってくるつかさ。それまで一柳隊控室に満ちていたテンションとは違いすぎるが、通常運転でしかない。

 

「つかさ様! じゃあ、つかさ様も?」

「もちろん。梨璃ちゃんたちが捕まえられなきゃいけない理由なんてないし。……てーか、百歩譲って結梨ちゃんがヒュージだって話を認めるとして、それならそれで人造ヒュージなんてもの作りだしやがったG.E.H.E.N.A.を潰すのが先じゃん?」

 

 まあ言われてみればそうでもあるが。一柳隊の心が一つになった。

 が、しかし。

 

「あの、つかさ様……? G.E.H.E.N.A.を、その、潰すって……」

「……私も、昔色々あってねー。ぶっちゃけ、ヒュージとG.E.H.E.N.A.が並んでたらまずG.E.H.E.N.A.を殴るわよ、私」

「えぇ……」

 

 常盤つかさという女、改造手術とかやらかす組織に対する慈悲を持ち合わせていないタイプのリリィであった。

 ちなみに、つかさが外征に出た先でヒュージと戦闘になった場合、近くにG.E.H.E.N.A.関連施設があれば流れ弾が着弾する確率が100%だという調査記録があるが、つかさ本人は「コラテラルダメージ!」の一言で押し通しているという。

 

 

◇◆◇

 

 

「捕獲命令の対象となっているヒュージを、百合ヶ丘のリリィが連れて逃走したという情報が複数筋から届けられている。その件についての説明を聞こう」

 

 広く、格調高い会議室。

 その中央付近に一人、椅子一脚に座らされている百合ヶ丘女学院理事長代行、高松咬月はさながら裁判にかけられる被告だろうか。

 あながち間違った話ではない。

 咬月がされているのは紛れもなく尋問だった。

 

「事実ですな。現在、彼女らを保護すべく学院のリリィを動員して対応中です」

「彼女ら、ではない。逃亡したリリィ1名とヒュージ1体だ。認識を改めたまえ」

 

 政府関係者がことさら居丈高なのは咬月の怒りを誘っているというよりも、彼らの抱く危機感の故だろう。

 理事長代行という立場のため直接の接触こそ少ないが、日々リリィと見守り彼女らの精神が戦士としての強さと同時に年相応の少女としてのやわらかさも失っていないことを知る咬月とは違い、ヒュージと同じマギの力を操ることに対する恐れを捨てられないのは、決して愚かとは言えない。

 

「ガーデンに対して許されている各種の優遇と大規模な予算。それらはリリィがヒュージと戦うためのものだ。ヒュージを内に抱え込む、などということは許されない。わかるね?」

「ええ、無論。そのヒュージを新たに生み出そうとするなど、あってはならないことですな」

「ぐっ……!」

 

 だからこそ、話の持っていきようはあった。

 人類危急の折りに政治家という責任ある立場を志した人間ならば、その胸に正義と使命感、野心と後ろ暗さを併せ持たねばやっていけるものではない。突き所は心得ている。

 男であり、髪は白く皺深い年となった高松咬月。ヒュージと相対する戦場に立つことはかなわなくとも、リリィのために舌鋒をもって魑魅魍魎と斬り合う覚悟はとうの昔にできていた。

 

「……理事長代行の貴重な時間を浪費するのは好ましくない。論点を整理しましょう。ガーデンはリリィのために存在し、リリィはヒュージと戦うためガーデンに所属する。ヒュージを庇うなど、あってはならない。よろしいですな」

「異論はありません。人とリリィと、ヒュージ。その区別は明確でなければなりません。――失礼、新しい情報が来たようです」

 

 そのためならば批判と中傷の矢面にも立とう。

 のらりくらりと追及をかわしてみせもしよう。

 

 そうして稼いだ時間が、真島百由の笑顔という勝利を確信しうる形で結ばれるならば望むところというものだ。

 

 

「どーもどーもー。百合ヶ丘女学院工廠科2年、アーセナル兼リリィの真島百由です。一応自己紹介しておきますと、昨年中に書いたマギに関する論文は51本。一応、それなりに知られた名前なんですよ?」

 

 政治の場には相応しからぬ、快活な少女の声が明るく響く。

 タブレット端末片手に現れたメガネのリリィの名、決して知らないものではない。

 リリィとして、研究者としての実力のほどの詳細は専門外ゆえわからぬとしても、「天才」の例として耳に入れ、記憶に残したことがあるものだったからだ。

 

「はい、さっさと話をしろという顔されてますねじゃあ言っちゃいましょう。結梨ちゃんはヒトです。ヒュージではありません」

「……」

 

 そんな百由が言い出したことをどう受け止めるべきか。

 沈黙、すなわち保留がこの場の答えであった。

 

 ならば押し通す。

 それが真島百由の選択であり、それができるだけの証拠は既に用意した。

 

「根拠はこちらでーす。結梨ちゃんのゲノム解析の結果、ヒトのそれとの一致率は99.9%となりました。ちなみにこの解析は百合ヶ丘女学院だけでなく、第三者機関として財団B経由で野座間製薬、人類基盤史研究所<BOARD>からも同様の結果が出ていますので客観性についてはご心配なく」

「……100%の一致ではない、と?」

「はい。100%一致するのはクローンか双子だけ。0.1%の差は個体差で説明のつく、人間の範囲内です」

「だがヒュージであるという点は変わらない!」

 

 声を荒げる。だが、それで動じるほどの常識など百由は持ち合わせていない。

 見出した真理だけが百由を動かす原動力だ。

 

「それについては2点。まず、ヒトの遺伝子を持つものはヒトと見なすという国際条約があります。発行は20年前。我が国の批准は去年ですけど。セーフですね」

「くっ……!」

「ついでに言うと、ヒュージ由来の遺伝子は結梨ちゃんがヒトとしての形質を獲得した時点で機能を停止しています。グランギニョル社から提供された開発資料にそうなる可能性が示唆されていましたし、事実その通りになったようです」

 

 それが、結論だった。

 最初から意図されていたかまではわからない。偶然そうなったのか、はたまたさすがのG.E.H.E.N.A.とグランギニョルでもヒュージを増やしかねない研究にセーフティをかけたのかは不明ながら、生まれた瞬間から結梨は結梨という人だった、ということだ。

 

「というわけで、心配ご無用です。野座間製薬が独自に設定している分類でいうところの、私たちのような人由来のリリィ<アルファ>ではなく、純粋にリリィとして生まれた<オメガ>ではありますが、結梨ちゃんは人で、リリィです」

「つまり、ガーデンの保護対象ということですな」

「ぐっ、く……!」

 

 その理論に、反撃の余地はなかった。

 リリィの為に存在するガーデンだからこそヒュージを保護できないという理屈は、結梨がリリィと認められればそのまま不可侵たらしめる論拠となる。

 そこに手を入れるということは、ヒュージ迎撃の体制が揺らぐことと同義。リリィに防衛の主力を任せざるを得ない現状において、それはいかなる理由があろうと許されない、自らの足元にさえ危険が及びかねないことだった。

 

 

 すなわち、百由の解析とそれを支えた各企業からの情報、それを財団Bから引き出す算段をつけたつかさの尽力、それらの結果が出るまでの時間を稼いだ咬月たちの、勝利である。

 

「やれやれ、これだから政治というものは……」

 

 解析科の作業と百由の理論的補強、財団Bの働きかけで動いた各研究機関との連携、そして咬月が稼いだ時間。すべてが揃ってようやく得た勝利に、咬月は椅子にもたれかかる。

 これなら百合ヶ丘女学院で対ヒュージ戦を見守っている方がよほどマシだ。

 早く帰って、風呂にでも入りたい気分だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「私って、なんなのかなあ……」

「結梨ちゃん……」

 

 百合ヶ丘女学院から西へ離れた地。ヒュージの襲撃を受けて放置を余儀なくされた、廃墟の学校。梨璃と結梨はそこにいる。

 夢結に抱きしめられたときに告げられた、「西の廃墟へ逃げろ」という言葉に従ってここまで来た。

 追手はかけられているだろうから長居はできないが、これ以上どこへ行けばいいのか、土地勘もない梨璃にはさっぱり見当がつかない。

 できることと言えば、夢結のことを信じて待つことだけ。

 そうなれば、自然と話をするしかない。

 

「結梨ちゃんは、結梨ちゃんだよ。人で、リリィで、私たちの仲間で……」

「それから、ヒュージでもあるんだよね」

 

 梨璃は口をつぐむ。

 生徒会から告げられたその言葉を信じているわけではない。少なくとも結梨との間には確かな絆がある。それは、これまで目にして、戦ってきた人類種の天敵たるヒュージには全く感じられなかったものだ。

 

 だが、筋が通る。通ってしまう。

 

 

 一柳結梨。

 なぜ、結梨が由比ヶ浜に流れ着いた繭から出てきたのか。

 なぜリリィとしての素質を持っていたのか。

 なぜ一切の記憶を持っていなかったのか。

 

 それは、結梨が世界で初めてヒュージから生まれたリリィだからだとすれば納得できてしまうのだ。

 

「っ……!」

「梨璃……」

 

 そんな考えを、梨璃は内心で必死に否定する。

 結梨がヒュージだなどと思いたくない。

 だが、結梨を人の世で生かす方法が、どうしても考え付かなかった。

 

「――大丈夫だよ、梨璃」

「……結梨ちゃん?」

 

 だから、それを解決するのは結梨の中に芽生えた何かである。

 

「私、戦うよ。リリィとして、みんなのために。私がそうしたいの。私にはまだ夢も何もないけど、誰かの夢を守ることはできると思うから」

「……!」

 

 その気高さが胸を打つ。

 理不尽に怒らず、優しく尊いその魂、まさしく梨璃が信じるリリィのそれだ。

 ならば、守ろう。こんな風に思ってくれる子を悪と断じることなど、梨璃には決してできなかった。

 そしてその気持ちは、きっと仲間たちも同じはずだ。

 

「ありがとう……ありがとう、結梨ちゃん。大丈夫だからね、私が、みんなが、きっと結梨ちゃんの帰る場所を作るから……!」

 

 

「ええ、帰るわよ。梨璃、結梨」

「――お姉様! みんな!」

 

 

◇◆◇

 

 

「もう大丈夫よ。理事長代行と百由が、結梨は人間だと証明してくれた。一緒に帰りましょう」

「梨璃の逮捕もナシになった! 安心しろ!」

 

 そこには、一柳隊の仲間がいた。

 しかも、百合ヶ丘女学院の理事長代行達が結梨を救ってくれたという。

 全て、元通りになる。そのために、がんばってくれたことが、梨璃は本当にうれしい。

 

「わ、私逮捕されるところだったんですか!? というか、どうしてここが……?」

「あ、それはすごくわかりやすかったので」

 

 わかりやすく、とは。

 どういうことなのか、と振り向き窓の外に目を凝らせば空にぽつりと黒い点。ドローンだ。

 もしかして、と窓に寄ってみると校庭に、人、人、人。

 迷彩服の自衛隊、多数の軌道装甲車、そして三々五々にCHARMを携えたリリィたち。

 

 控えめに言って、一触即発でもおかしくない完全包囲の有様だった。

 

 

「だーかーらー、結梨ちゃんも梨璃ちゃんももう捕まえなくてよくなったんだからCHARM下ろしなさいって。リリィバトルなんて、平成なリリィのやることよ。――まあ、私は世界で一番平成なリリィのつもりだけどねぇ!」\ヘイ!セイ!ヘイ!セイ!ヘイ!セイ!ヘイ!セイ!ヘヘヘイ!/

「きゃあああああ! つかさ様がまためちゃくちゃうるさいCHARMを持ち出してるううううう!?」

 

 そして、そんな包囲網の正面に立って抑えてくれていたのがつかさらしいことが見て取れた。

 説得、していたのだろう。多分。つかさなりに。

 つかさはいつも瞬間瞬間を必死に生きているから、あんな感じになるのだろうと梨璃は思う。思うことにした。

 

 

 ともあれ、これで一件落着。

 結梨も梨璃も無実の罪に問われることはなく、みんな揃って百合ヶ丘に帰れる。またみんなと一緒にいられる。

 

 

 

 

 そうなるはずだった。

 

 

「はい、交戦は発生しませんでした。……ギリギリで。なんで常盤さんが追跡に出ることを許可したんですかっ! リリィ相手でもためらいませんよ、あの子は! ……え、なんですって?」

 

 事態が動いた。

 携帯電話で状況終了の報告をしていた出江史房が顔を上げ、東に目を向ける。

 何か様子がおかしいと気付いた周囲のリリィもそれに倣い、同時に防衛軍の機動戦闘車があわただしく引き上げて行った。

 空にはドローンの他にティルトローター機もちらほらと見え始める。

 防衛軍が、動いている。ただの撤退とは違うナニカの理由で。

 

 

「なに、あれは……?」

 

 場所を変え、海岸に出た一柳隊のメンバーはそこで見た。

 はるかに西方、江の島の先。おそらく鎌倉の、百合ヶ丘女学院正面の海に、山のようにそびえたつ白い構造物を。

 

 海面近くが太く、そこから上へ向かって極端に細くなる、塔の突き出た島にも見える形状。そして、周囲に浮かぶ光が、九。

 

 光が増し、収束し、家の一つくらいならば飲み込むほど太い光条となって放たれた先は百合ヶ丘女学院のある方向。

 しばらくの間をおいて響き渡る轟音と、吹きつけてくる莫大なマギの気配。

 

 間違いなく、ヒュージである。

 それも、とんでもなく強力な。

 

 

「……アレ、止めなきゃ」

 

 この時点で、その全容を把握できている者はいなかった。

 ただ一人、結梨を除いて。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、百合ヶ丘以外の学園のレギオンも動員したのはみんな集合する春のお祭り的なサムシングだったってことね……! つまり、普段は使わない限定フォームとか使わなきゃいけないヤツ……!」

 

「つかさ様がまたわかってるようなわかってないようなことを言ってますね」

「放っておきましょう」

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