アサルトリリィ ~生まれ変わったら財団Bの手先になりました~   作:葉川柚介

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川添美鈴と仲が良く、どちらかの年齢が違えばシュッツエンゲルになっていただろうと思われていたリリィがいるらしい

「こんにちはー! お話ってなんですか理事長代行! 外征ですかだったらG.E.H.E.N.A.の拠点が近いところか親G.E.H.E.N.A.派ガーデンがいいです深い意味はないですけど! 深い意味はないですけど! コラテラルダメージは建物2つくらいに抑えますから! ……って、あれ? みんなお揃いで」

 

 その日、私は理事長代行からの呼び出しを受けた。

 よくあることだ。外征という名のご指名があって他のガーデンに援軍だったり訓練の相手役だったりをしに行くというのはいつものこと。

 今日もその類だろうな、と想いながら元気よく理事長室の扉を開けると、そこには理事長代行以外にも4人のリリィがいた。

 

 生徒会三役と、百由ちゃんだ。

 

「えーと、揃ったところで報告をさせていただきますね。つかさ様もどうぞ中へ」

「アッハイ。……とりあえずみんなお菓子どうぞ。私のお墓にお供えされたヤツだけど」

「……一人では食べきれないからと配っていましたね。まだ残っていたんですか」

「みんな、たくさんくれたから」

 

 その様子を見て、ちょっと長い話になりそうだなと察する私。

 せっかくだしお茶菓子でもということで持ってきてたものを配ったんだけど微妙な顔をしている。

 ……うんまあ、勘違いで営んだ葬式のお供え物が微妙って気持ちはわかる。わかるけど、食べないともったいないじゃん?

 

「……ヒュージの中から回収された夢結のCHARM、ダインスレイフの分析の一環として――美鈴様について調べました。今日はその結果の報告ですね」

 

 ――ああ、そういうこと。

 私が呼ばれた理由は、その名が出たことで察しがついた。

 

 川添美鈴。

 2年前の甲州撤退戦で命を落としたリリィの一人。

 夢結ちゃんのシュッツエンゲルで、私の同級生。

 知らない仲じゃない。こうして美鈴の話題が上るとき呼ばれても、不思議に思わない程度には。

 

「今回行ったのは主にリリィたちへの聞き取り調査です。みんな、美鈴様のことはとてもよく覚えていました。品行方正、立ち居振る舞いも優雅で理想的。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はリリィの鑑、と」

「えっ」

 

「ええ、そうね。私もそう思っていたわ」

「えっ」

 

 ……なんか、美鈴像に対して私と他の子らでとんでもない断絶があるっぽいけども!

 

 

「では、美鈴様のレアスキルが<カリスマ>だった、と言ったら?」

「カリスマ? 違うわよ、美鈴さんのレアスキルは……あら?」

 

 史房ちゃんが、ゾっとしたように表情を固まらせる。

 生徒会長である史房ちゃんは、生徒のことを大体把握している。

 少なくとも、レアスキルが発現すれば学園側に記録されるし、特別隠すようなものでもない。

 

 なのに史房ちゃんの反応は、まるで「レアスキルを保持していたという記憶はあるのに、なんのレアスキルかはわからず、そのことに疑問も持たなかったと初めて気づいた」ようなものだった。

 

「学園の記録も確認しました。美鈴様のレアスキルがカリスマだった、とする記述はありません。……でも、カリスマでなければ辻褄が合わないし、カリスマなら筋が通るんです」

「辻褄、とは?」

 

 理事長代行の顔色がじわりと苦み走る。

 ヒュージでもなく外野の政治家なんかでもなく、よりによって百合ヶ丘のリリィの中にヒュージ変質の原因があるかもしれない、把握しきれていなかった何かがあったらしい、と聞かされればそうもなるだろう。

 

「CHARMの術式を書き換えるためには相応の手順や設備が必要です。……が、このダインスレイフは戦闘の最中、瞬時に契約と術式変更がされています。それを可能とするのはリリィに、マギに影響を及ぼす支援と支配のスキル、カリスマだけです」

「ちょっと待ってちょうだい。いくらカリスマでもそこまでのことはできないはずよ。百合ヶ丘にもカリスマ持ちのリリィはそれなりにいるけれど、そんなことが可能という話は聞いたことがないわ」

「……カリスマには上位スキルの存在が予見されていたわね。マギの支配だけでなく、人の記憶操作すら可能になるというレアスキル、<ラプラス>」

「ですがラプラスを発現したというリリィの実例報告はありません」

 

「つまり、川添くんのレアスキルがカリスマを越えたラプラスに到達し、それによって自身のレアスキルについての認識を阻害し、さらにそのCHARMの術式を書き換えた、と?」

「そのくらいの理由がなければできることではないんですよ。……それで、つかさ様」

「あ、やっと私に話来た?」

 

 そこまで進んで、ようやく私が呼ばれた理由になるらしい。

 まあ、そんな感じじゃないかと思ってたけどね。美鈴の話になってたわけだし。

 

「つかさ様から見た美鈴様はどんな方でしたか? シュッツエンゲルの契りを交わしたのは夢結でしたが、美鈴様と特に仲のいいリリィといえばつかさ様なので、ぜひお話を聞かせていただきたくて」

「えぇ……」

 

 いやまあそこまで予想はしてたんだけど、ね?

 美鈴の話かー……。

 

「どうかしましたか? おかしな質問ではないと思いますが」

「いやだって、みんな美鈴のことをすごいリリィだって言ってたけど、あいつヤベー女じゃね? 私からすると、百合ヶ丘で一番ヤベーイ女だったんだけど」

「や、ヤべー……?」

 

 淑女としてそれはどうなの、的な視線を感じるけど気にしない。だって、美鈴について素直に評するとこうなるんだもん。

 

「ヤバいところは色々あったけど、特に夢結ちゃん相手には半端じゃなかったじゃん?」

「ど、どこがでしょう。白井さんのことを温かく見守り導く、理想的なシュッツエンゲルだったと思いますが」

 

 そーなのよねー。外面はいいのよあいつ。

 

「基本的にはそうだったけど、夢結ちゃん見る目ヤバかったって。アレは飢えた獣よ。いつかマジで手を出しそうになったら私が斬ってでも止めなきゃって思ってたし」

「ええ……」

 

 

 私から見た美鈴は、そういうリリィだった。

 ショートカットの髪に涼しげな目元。挙句一人称は「ボク」。

 一言でいえば王子様系。女子高でモテるタイプの女。

 リリィとしても優秀で、夢結ちゃんのシュッツエンゲル。

 

 ……美鈴のシルトになりたいと願ったリリィは数多く、よりどりみどりなその中から見出した唯一の女の子が、夢結ちゃん。

 美鈴が夢結ちゃんを見るときの目は本当にヤバかった。アレ、あと少し放っておいたら本気で手を出してたんじゃないかと、私は今でも思ってる。

 

「ありがとうございました、つかさ様。……この通り、つかさ様の美鈴様像と私を含めた他のリリィや教員の認識は大きく隔たっています。全て状況証拠ですが、美鈴様というリリィのことを記憶や印象から判断することはできない。それが現時点での結論です」

「……なるほどのう。よくわかった。美鈴くんについても本件に関連するものとして調査を始めてくれ」

「はい。ひとまず、私から夢結にも話を聞いてみます。これでも、中等部までは仲が良かったんですよ。少なくとも、私はそう思ってました」

 

 という話はいいんだけど、それを全く疑われないってのもどうなのかしらね?

 

 

◇◆◇

 

 

「……その、つかさ様」

「夢結ちゃん?」

 

 珍しいこともある。夢結ちゃんが私に声をかけてくるなんて。

 

「少し、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「……ええ、もちろん。人がいないところのほうがいいでしょ。屋上行こっか」

 

 でも、そうなるだろうなという予感はあった。

 百由ちゃんが美鈴についての話をしていただろうし、そうなれば夢結ちゃんは平然としてはいられないだろうと思っていたから。

 

 話し合いの場としては屋上を選んだ。

 大抵の場合人がいないし、見晴らしがいいから通りがかった誰かに気付かず聞かれる心配も少ない。

 階段を上り、屋上へ続く扉を開き、鎌倉の街並みを見下ろすいい感じの場所へたどり着くに至るまで、夢結ちゃんは一言も口を開かなかった。

 

「……」

「いい天気ね。海もよく見えるわ」

 

 何気ない話題を振ってみるが、それでも返事がない。

 無視している、というよりも思考に没頭してるという感じだろうか。なので、しばらく無言で待つ時間が続き、涼しい風が2度3度頬を撫でたころ、夢結ちゃんがぽつりと言葉をこぼした。

 

「……美鈴お姉様のことです」

「今日、理事長室で百由ちゃんから美鈴の話を聞いたわ。そのことかしら」

「ええ、おそらく。……最近のヒュージの変化にお姉さまが、お姉様のレアスキルが関わっているかもしれない、と」

 

 屋上を囲む柵に手を添えながら訥々と語る。

 百由ちゃんから聞かされたという話はまさしく私が聞いたのと同じものだった。

 

 回収されたダインスレイフ。書き換えられていた術式。最後の使用者。それを可能とするだろう、唯一の可能性。

 レアスキル<カリスマ>。

 あるいは<ラプラス>。

 

 そのことを誰も、夢結ちゃんすらも知らなかったという、2年経って初めて知った事実。

 シュッツエンゲルの契りを結んだ夢結ちゃんにとって、たやすく飲み込める話ではないだろう。

 

「つかさ様は、美鈴お姉様と……とても親しくしてらしたので、その……」

「親しかった、のかなあ。あいつが何かやらかしたら止める気でいたけど。そして多分美鈴も何かあれば私を止めるつもりだったろうけど」

 

 そして、やはり夢結ちゃんも私と美鈴の関係をそういう風に見ていたらしい。

 当時も思ってたことだけど、外面いいからなー美鈴。

 

 

「…………私、幻を見るんです。美鈴お姉様の姿をして、美鈴お姉様の声をして、美鈴お姉様のようなことを言う、幻を」

 

 ここが、核心か。

 夢結ちゃんの声と顔から、そう思った。

 

 私から見た川添美鈴というリリィは大概アレな女だったけど、美鈴と夢結ちゃんのシュッツエンゲルはとてもとても幸せそうだった。

 たくさんのリリィが憧れるのも無理のないこと、あんなに通じ合える相手と出会えたならヒュージとの戦場だって怖くないだろうと、私ですらそう思っていた。

 

 そんな片割れを失って、それでも残ったものが、残ってしまったものがあったとしても、不思議はないだろう。

 

「梨璃をシルトにして、私もシュッツエンゲルになって、思うんです。守りたい、大切にしたいと。美鈴お姉様も私のことをそう思っていてくれたのかもしれない。……なのに、私は今もお姉様の幻影に縋りついて……!」

「言っちゃなんだけど、夢結ちゃんの妄想よね、その美鈴」

 

 その想いは切り捨てられるものではない。

 だから、私にできるのは語って聞かせることだけだ。

 私から見た、夢結ちゃんは知らないだろう川添美鈴を。

 

「……でしょうね。お姉さまが生きていたら、あんな風には……!」

「美鈴が本当に化けて出たんだとしたら、絶対夢結ちゃんのお風呂とか覗くし」

「私はどうしてこんな風にお姉様を歪めて! ……は?」

 

 正直、言うべきか迷ったんだけどね。でもまあ、多分荒療治が必要だろうし仕方ない!

 私の大好きな言葉はコラテラルダメージ! 考えなしに動いた結果、あとは野となれ山となれって意味じゃないよ!

 

「たぶんだけど、その妄想ウルトラ美鈴って時々現れてはクールな顔で思わせぶりなこと言ったりするんでしょう?」

「お、思わせぶり……。含蓄があるというか、私のことを見通したようというか……」

「美鈴、結構自分勝手でワガママよ。都合が悪くなると難しいこと言って煙に巻いて誤魔化すようなことも普通にするし。顔がいいから、そうしててもなんかすごいこと言ってる感が出てたけど」

「えぇ……」

 

 私が似たようなことすると、「また変なこと言い始めた」「今度はどんな新商品(おもちゃ)もらったんですか」みたいな顔で見られたのに。ぐぎぎぎ。

 

「で、でも! 美鈴お姉様は私を恨んでいてもおかしくないんです! 2年前のあの日、私は、私はお姉様を……この手で……!」

 

 とかなんとか思い返しているうちに、夢結ちゃんはエキサイトしていた。

 うっすらだけど、髪の毛先が白くなりかけているような。

 

「つかさ様だって、私を恨む気持ちがないとでも!? 美鈴様をこの手にかけたかもしれない、私を……!」

「たとえば、死んだライオンがいたとして」

「……し、死んだ?」

 

 だけどその相当なエキサイト、的外れなんだよなあ。少なくとも、私が夢結ちゃんを恨むとかありえない。

 

「そのすぐ隣にウサギがいるのを見て『ウサギがライオンを倒したんだ』って思う?」

「つかさ様、以前『ウサギというのは人間の首を刎ねる危険な生き物』だと吹聴していませんでしたか?」

「…………つまりそういうことよ。夢結ちゃんは美鈴を斬ったりしないし、美鈴だって夢結ちゃんにトラウマ残すような斬られ方は絶対にしないわ」

「……まあいいですけども」

 

 夢結ちゃんからの鋭すぎるツッコミにたじろいだりもしたけれど、私は元気です。

 ――だから、あんたもゆっくり休んでなさいよ、美鈴。

 鎌倉の海の反対側、山の中腹にちらりとのぞく、緑に包まれた墓地を見上げながら、心の中だけでそう呟いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 2年前のことになる。

 

「夢結がかわいすぎて辛い」

「人を呼び出してどんな話かと思ったら開口一番なに言ってやがんのよこの女」

 

 珍しく美鈴からお茶会に誘われてホイホイついてきてみたら、屋上に用意されたテーブルと椅子とパラソルの一式と紅茶とスコーンを前にして美鈴がいきなりこんなことを言い出した。

 

「いや待ってくれつかさ。ボクは真面目な話をしているんだ」

「あの出だしの時点で、すでに真面目に聞く気が失せてるんだけど」

 

 とはいえ、実のところよくあることだ。

 外面のいい美鈴は、高等部1年ながら既に百合ヶ丘でも理想的なリリィの筆頭と見られつつある。

 華やかな女子高の中とはいえ、リリィは戦うことが宿命。

 心を支える理想は必要で、その役を己に課す美鈴としては表に出せない心も見せたくない表情もあるのだろうし、それを同期の私にぶちまけたいというのなら協力もする。

 

 するけどさ。

 

「どこまでならセーフだと思う? 可能なら一緒にお風呂くらい入りたいんだが」

「百合ヶ丘の入浴は基本学年別の大浴場だからそんなにおかしなことじゃないんだけど、あんたが言うといかがわしい意味に聞こえるわ」

「いかがわしい意味で言っているに決まっているだろう! 一緒にお風呂に入って、夢結の体の全てに触るにはどうしたらいいかという話をしているんだ!!」

「CHARM持ってくるんだった……。一応言っとくけどね、美鈴。あんたいま、私の中の『いつか斬るべきランキング』でG.E.H.E.N.A.とヒュージに次ぐ3位よ」

 

 あるいは、ヒュージより先に始末するべき相手とお茶会してるのかもしれない。

 そう思うしかない今が割と真剣に悲しかった。私の前だと割とこういうヤツなのよね、美鈴……。

 

「まあそれはそれとして。夢結は強いリリィだけど、少し不安定だ。だからこそ強力なルナティックトランサーの使い手で、何かがあれば脆くなる。ボクは命の限り支えるつもりだけど……もしものことがあったら、夢結のことを頼むよ、つかさ」

「えー。私じゃダメだと思うんだけど。美鈴とちょいちょい話すせいか、時々メロドラマの嫉妬に狂った女の目で私のことを見てくるわよ、夢結ちゃん」

 

 それでも、シルトである夢結ちゃんを大事に思う気持ちは本物だ。

 ……欲望塗れなのも間違いないんだけども。今はデートとかを楽しむ時期と思ってるらしいから手を出してはいないけど、一線を越えたら私が始末をつけなきゃいけないかもしれない。

 そんな風に思うくらいには、私も美鈴も本気だったろう。

 

 

 結局、私が美鈴を止める必要はなかった。

 このお茶会のすぐあとに勃発した甲州撤退戦において、美鈴は戦死。夢結ちゃんは美鈴が危惧した通りというべきか、ふさぎこんで孤高のリリィとなってしまった。

 私も気にはしていたんだけど、あからさまに私を避ける様子が強くてまともに話すことすらできはしない。たぶん、私を通して美鈴のことを思い出していたんだろう。

 

 そんな夢結ちゃんを救えるとしたら、きっと美鈴とは全く別の何かだ。

 憧れる、教え導いてくれる存在とは全くの逆。

 憧れという名の光を当てて、隣に寄りそうような。

 

 梨璃ちゃんはまさしく、夢結を救いうるリリィだった。

 

 

 

 

「ボクはね、怖いんだ。夢結への思いがいつかあふれてしまうのではないか、その想いが夢結を傷つけてしまうのではないか、って」

「キメ顔で一見難しいこと言って煙に巻くとか、そういうのは中等部のうちに卒業しておきなさいよ……。しかも、言った後で顔赤くするくらいならやめなさいっての」

「……う、うるさいうるさい! 忘れろ!」

 

 そしてこのとき、都合が悪くなった美鈴が手のひらを向けてきたのはなんだったんだろう。

 ご丁寧に、マギを使ってか手のひらに自分のバインドルーンを光らせたりして忘れろ忘れろ言ってたけど、そういうのはもうちょっと若いころにするか、金沢文庫のシエルリント女学薗に編入してやんなさい。あそこ、中二病の巣窟だから。

 

「……大丈夫、美鈴? 夢結ちゃん呼んで膝枕してもらう? それともシエルリントに転校してその筋で生きていく?」

「な、なんで効かないんだこの特異点! ……あと、シエルリントは勘弁してくれ。あそこはそもそも意思疎通すら成り立たない。以前交流会に参加したら、なぜか『セイバー様』とか名付けられて無駄にしっくりくるのが怖いんだ……」

「わかるわー。前に外征でお呼ばれしたけど、熊本弁をしゃべれなかったら何一つ会話できなかったわね」

「熊本弁とは一体……」

 

 

◇◆◇

 

 

 その異変は、一目でわかる形で始まった。

 

 轟音と、空に向かって伸びる3つの光。

 その出発点は由比ヶ浜のヒュージネストから。

 

 射出された質量体の軌道は直ちに観測・計算され、判明する。

 弾道飛行によって大気圏外に出た後、地球を一周し。

 

「戻ってくる、というの? なんのために」

「着弾予想地点はネストから少しだけ北ですので、戻ってくるというのとは違います」

「……つまり、百合ヶ丘への攻撃ということか」

 

 そう判断するのが妥当だった。

 

 だが、攻撃としては奇妙過ぎる。

 ステルス飛行でもケイブを利用したワープでもない移動がそもそも珍しい上に、百合ヶ丘への攻撃だとしたら弾道飛行で地球を一周するなど非効率が過ぎる。

 前回のヒュージのように、リリィの手が届かないところからの攻撃をさらに発展させたと見ることができなくもないが、あれほどの規模となるとマギの消費量、ネストそのものへの負担も尋常ではない。

 ヒュージがそんな方法を取るとは、俄かに信じがたい。

 

 しかし、現実として目の前の事象に対応しなければならない。

 大気圏突入してくるヒュージを迎撃する方法をリリィは持たない以上、どのように対処するにせよ地上へ着弾したあとの行動になる。

 

「百合ヶ丘の全生徒に退避命令。現時刻をもって全授業と任務を凍結。至急、避難区域へ後退する」

「……それで済むでしょうか」

「できることをするしかない。……行こう」

 

 

 理事長代行の命令は速やかに全生徒へ伝えられ、取るものもとりあえずCHARMだけを手に全リリィが退避することとなった。

 

 百合ヶ丘を離れ、列を成し、一様に不安げな表情で鎌倉の山を登るリリィ達。

 レギオンごとにまとまる余裕すらなく、三々五々に進んでいく様はまさしく敗者の列というに相応しい。

 

 

「――梨璃さん! ご無事でしたのね!」

「楓さん。会えてよかったです。……あの、お姉様を見ませんでしたか?」

 

 そんな中、梨璃が楓と合流できたのは幸運と言っていい。

 レギオンの仲間の顔を見られればそれだけで心強く、不安は消える。

 

 最も見たかった顔がない、そのことに消えない不安はあるが。

 

「夢結様、ですか? わたくしは見かけていませんわね。わたくしたちより先に避難を……するほど物分かりのいい方ではありませんわよね」

「じゃあ、まさか……」

 

 状況から導き出される、夢結の居場所の推測。

 後ろを振り向く梨璃の目には無人となっているはずの百合ヶ丘女学院と。

 

 空から降り注ぐ眩い閃光が、いままさに大地へ突き刺さる瞬間が飛び込んできた。

 

 

 隕石に等しい弾道軌道の落下物がもたらす破壊は、本来ならば都市を吹き飛ばしうるものだった。

 そうならないとするならば、それは落下が破壊以外の目的をもって行われたもので、制御されていたことに他ならず。

 

 鎌倉の大地に埋まり込んだ3つの質量体がクレーターの中から姿を現し、鎌倉全域を包み込む巨大な結界を作り出すに至り、何かの意図があることにもはや疑いの余地はなかった。

 

「……様子が変ですわ。攻撃にしては破壊が少なすぎるうえに、この違和感。なんですの、あのヒュージ」

「私、様子を見てきます!」

「お待ちになって梨璃さん! わたくしも一緒に……っ? マギが、入らない……?」

 

 そして、異変が起きる。

 CHARMに、マギが入らない。

 

 リリィの隔絶した能力はマギを使うことによって得られる力だ。

 マギを操れなければ、マギクリスタルへ注ぎ込むことができなければ、当然その恩恵は受けられない。

 周囲にマギが枯渇したわけではなく、しかし使えない。異常事態だ。

 

「……すみません、先に行きます!」

「梨璃さん!? 一人では危険です!」

 

 ただ一人、常と変わらずマギを支配し、百合ヶ丘へ向かって軽やかに飛び立つ梨璃を除いて。

 

 

 

 

「理事長代行、マギを使えません。他のリリィたちにも確認しましたが、CHARMが使用不能状態に陥っています」

「……あのヒュージの仕業か」

 

 その情報は、すぐに咬月たちの知るところとなった。

 だが、対処のしようがないというのもまた事実。

 

「ネストから射出された3体のヒュージは墜落によって地下深くへ潜り込んでマギに干渉する結界を展開しているようです。……そして、そのまま『あのヒュージ』に吸収されています」

 

 百由が指さす先に、漆黒の球体が浮かぶ。

 地中に埋まったヒュージ達からのマギを吸い上げ形を成していく、邪悪を感じる塊だった。

 

 異常なヒュージだ。

 為すことも、能力も。

 強い、弱いといった評価で表せるものではない、いまだかつて見たことのないヒュージであること、疑いの余地はなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「私にはもう、何もない。戦うしか……戦うことでしか、わかりあえない……」

 

 誰もいない、いないはずの百合ヶ丘女学院。

 その量の一室に、夢結がいた。

 ヒュージが襲来するという情報と、避難指示が出ていたことは知っている。

 だが従う気にはなれなかった。

 

 頻発する美鈴の幻。その言葉に、そしてそんなものが心の内から生まれ来るという事実に、夢結はもう耐えられない。

 美鈴はもう、どこにもいない。失ってしまった。そのぬくもりには二度と触れられない。

 そのことが辛く、冷たい恐怖となって夢結の心を蝕んだ。

 

 白井夢結はリリィだ。

 レアスキルという名の宿業は<ルナティックトランサー>。

 強くあることができるものであり、同時に弱さがそのまま狂乱の戦いへと導くスキルである。

 

「なら、もう……私は……」

 

 ざわり、と窓から吹き込む風が鳴く。

 揺れた髪が戻るたびに白く染まる。

 憎しみと破壊の意思が、夢結の体を満たしていく。

 

「――お姉様!」

「……」

 

 その黒い汚泥は、たとえシルトの声でも押し流せない。

 

 

「やっと見つけました! ここは危険です、早く避難しましょう!」

「……無理よ。私、びっくりするほど何もないの。戦うしか、戦うことしか残っていないのよ……」

 

 掠れるほどに小さい声。

 憧れ、共に歩んできた頼りになるシュッツエンゲルのその姿に、梨璃は思わず言葉が詰まる。

 だが、叫ぶ。

 

「そんなことありません! どうしちゃったんですか、お姉様……?」

「私に質問をするな!!」

 

 しかし夢結もまた叫ぶ。

 もはや止まる意志などない。邪魔をするなら、たとえ梨璃でも倒して進む。

 赤く染まりつつある瞳が梨璃を見据え、言葉よりも雄弁にそう語る。

 

「美鈴様は苦しんでいた。苦しませる世界を呪った。あのヒュージはその呪いの結晶なの。……私が倒すわ。どきなさい」

「……どきません」

 

 梨璃にCHARMを突きつける夢結。

 だが梨璃もまた、CHARMを構えた。

 覚悟は梨璃も負けずに持つがゆえに。

 

「どきなさい! 私は、私はもう……!」

「そんなCHARMで何をするつもりですか。――マギが入っていませんよ」

「……え?」

 

 虚は一瞬。

 その瞬間、すでに梨璃は動いていた。

 読みと反応と踏み込みが完璧で、何千何万と重ねた素振りがしみ込んだ梨璃の体は最速。

 マギの切れたCHARMという名の棒きれを持って、立ちすくんでいただけに等しい夢結を見逃さず、振り抜いた梨璃のグングニルが夢結のブリューナクを、へし折った。

 

「な、あ……!」

「あのヒュージのせいで、ほとんどのリリィがCHARMを使えなくなっているんだそうです。だから、きっとお姉様も同じです。……でも私は大丈夫らしいので、行ってきます」

「ダメ、ダメよ……! あなたも、あなたまで、ヒュージに……!」

 

 夢結がもう戦えないと知って、ヒュージにたった一人で戦いを挑むために窓から飛び出そうとする梨璃に、夢結は必死で手を伸ばす。

 2年前、夢結のダインスレイフを携えてヒュージに向かっていった美鈴の姿が脳裏に甦る。

 決意を秘め、それでも優しく目を細める梨璃の笑顔がどうしてもあの日の光景に重なった。

 

「守ります。守るために戦います。だって、それが私の憧れたリリィですから」

「梨璃……!」

 

 あの日は、己の未熟が。

 そして今は、あの日梨璃に見せた青い幻想が。

 再び大切なものを奪い去ろうとするという運命を、夢結は呪わずにいられなかった。

 

 

 その呪いに抗わずには、いられなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「くっ、出遅れた……! バリっと割ってズンっと伸びるCHARMで再突入前に1つくらいは潰しておきたかったのに! ……あーもー! なんで私が昼寝してるときに来るのよー!!」

 

 百合ヶ丘女学院の一角にて、昼寝から起きるなり大変なことになっているのを知って慌てて制服に着替えたり寝癖のついた髪を整えていたりするリリィがいたという都市伝説が後に語られることになるが、真偽は定かではない。




シエルリント女学薗

 金沢文庫にあるガーデン。
 黒系のゴスロリ制服を着て、花や宝石の名前で互いを呼び合い、所属リリィたちは魔女を自称する中二病の巣窟。
 川添美鈴がシエルリントも混じった交流会に参加した際、即目をつけられて「セイバー様」という異名を頂戴したことからめちゃくちゃ苦手にしている。10年以上呼ばれてる気がするくらいしっくりくる上に、つかさがねっとりと薦めてくる青くてロボ型に変形するCHARMを無性に使いたくなるから戻れなくなりそうでイヤらしい。

 ガーデンとしては親G.E.H.E.N.A.派の総本山として有名で、つかさはとりあえずここに外征しに行くときは施設の一つも燃やす気でいる。
 中二病が蔓延しているので他のガーデン所属リリィは何言ってるのかわからないレベルだが、つかさは「熊本弁が使えるからよゆー」らしい。
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