アサルトリリィ ~生まれ変わったら財団Bの手先になりました~ 作:葉川柚介
百合ヶ丘女学院に姿を現したヒュージは4つのパーツで構成されていた。
本体と思しき中心の漏斗型。それを取り巻く3つの衝角。それぞれ空中に浮かび、本体に繋がる必要すらなく自在に飛び回るだろう。
百合ヶ丘のリリィとして数度とはいえ実戦も経験した梨璃は、一目でそこまでを看破した。
「すごい。敵意と憎しみ、それに『悪意』を感じる。どういうヒュージなの……?」
グングニルを構え、たった一人で対峙する梨璃。
サイズ的に考えても、まず間違いなくギガント級。通常ならばレギオン単位で挑まなければならない難敵。
しかも、謎の結界を展開して梨璃以外のリリィはCHARMを使用できない状態にされている。
孤立無援。この戦場に立てるのは梨璃一人だけだった。
さらに。結界内で刺すように感じる、この気配。梨璃には心当たりがある。
◇◆◇
「ルナティックトランサー? どういうこと、百由」
「結界の中心部から放出されているマギの波形、ルナティックトランサーとそっくり。距離が離れているからCHARMが使えないだけで済んでるけど、避難が遅れてもっと中心近くで影響を受けていたら……」
「私たち全員、際限なしのルナティックトランサー状態になっていたかもしれない、と」
ヒュージから離れた避難途中ながら、状況の確認はできる限りの手段で続けられている。
そんな中、観測結果から百由が導き出した推測が、あのヒュージが作り出している結界の性質だった。
夢結を始めとするリリィのレアスキル、ルナティックトランサー。
極まってしまえば理性を失い暴走する狂乱のスキル。
それに近い性質の、そして周囲のリリィに影響を及ぼす結界を展開するヒュージ。
その影響が強い中心部にいて、無事で済むとは思えない。
最悪の場合、正気を失ったリリィたちによる同士討ちの危険すらあり得た。
「……何か、手の打ちようはないの!?」
「先に落ちた3体のヒュージ、アレは地上に出てこないまま地下でつながってるみたい。結界の展開元はそこね。ただでさえCHARMが使えないのに、そこを攻撃して結界を解除する方法は……」
「万事休すということか。……いや、待て。それほどの有利な状況を作ったのなら、なぜあの場にとどまっている?」
だとすると、不思議なのはヒュージが動かないという点。
百合ヶ丘のリリィの撤退がヒュージ側の予想より早かったという可能性はあるが、あれだけ派手にネストから打ち上げていたこととの整合が取れない。あれだけのことをして、百合ヶ丘に気付かれないなどはヒュージでさえ思わないだろう。何か、理由があると考えるのが自然だ。
そして、ヒュージが動かないとは言うが全く微動だにしないわけではなく、腕らしき衝角状のパーツが先ほどから動いている。
周囲の地面に突き刺すように。
「……まさか」
「至急点呼を! 避難が遅れているリリィがいないか確認して! ……あと、つかさ様の姿を見た子は最優先で連絡を! そんな子いない気しかしないけど!!」
それがただの無意味な行動とは思えず、遠目にも戦闘だと思えてならないからには、やらねばならないことは決まっていた。
◇◆◇
「こらー、そこのヒュージ! 私が相手になるんだから!」
ヒュージの目の前に飛び出した一柳梨璃。
だが、まともに戦うつもりは始めからなかった。
相手は推定ギガント級。そんなヒュージに対して、単騎でどうにかできると思うほどの自惚れなど梨璃の中にはない。
そして少し離れているが戦場の様子が見えるだろう程度の場所には避難の最中である百合ヶ丘のリリィ達がいる。
時間を稼げば、必ず何か対策を見出してくれる。そう信じ、とにかく引き延ばす。そのために戦う決意を胸に秘め。
「っきゃああああああ!?」
だが、梨璃一人には荷が重い。
敵ヒュージの戦闘能力は単純に、3本の衝角とマギの弾丸程度のもの。
しかし、純粋なサイズ、質量の隔たりはそのまま覆しがたい戦力の差となる。
突き出された衝角は逸らすことすらできず、半ば弾き飛ばされるようにして回避する。
追撃の光弾は無数。ステップを踏んで避ける先へと正確に追随してくるわけではないが、弾幕としての密度が濃い。
一つ一つが雑ながら、巨大なヒュージと小さな人間では脅威に過ぎる。
いまだルーキーと言っていい梨璃にとっては極めて危険な相手だ。
仲間がいれば。
それでも仲間さえいてくれるなら、勇気を持って戦える。
必ず勝てると信じられる。
せめて一人、憧れ、頼りになるあの人と共に戦えたなら。
「……あっ、校舎が!?」
梨璃が回避した衝角は、勢いを減じることなく飛びぬけて、百合ヶ丘の校舎に激突する。
校舎に施された防御機構によって突き刺さることこそなかったものの、衝撃は窓ガラスを盛大に割り散らす。もし、誰か人が残っていればとんでもないことになっていた。
それに、繰り返されれば今度こそ校舎が崩壊するかもしれない。
まだ在籍して1年もたっていないが大切な母校。それを失いたくないという動揺が梨璃の足を止め、それを狙い澄ましたヒュージの一撃が背中に迫る。
「っ!」
梨璃が持つ、どんな手段でも避けられない。そのことがわかる程度には、梨璃もリリィだ。
諦めはしない。せめてとCHARMをかざして防御に徹し、しかし脳裏には一柳隊の仲間たちの姿が次々と浮かんでは消え、同時に自分の体を貫かれる絶望の未来を幻視して。
――ギィン!!
衝角の軌道が、変わった。
何かが途中で激突したせいだ。
梨璃の体をかすめて地面に突き刺さり、土ぼこりの匂いが鼻を突く。
だが、助かった。
間違いなく誰かのおかげ。では一体だれが。
梨璃以外のリリィはマギを使えないようになっているはず。この場に駆け付けることすら難しいだろう。
夢結はまだ学院を出られていないかもしれないが、使えるCHARMがないことは疑いなく。
では、誰が?
「敵は大きいわね、梨璃ちゃん。……いや、大したことはないか」
その声に振り向けば、土煙の中にシルエットが見えた。
背が高く、引き締まった体躯は美しい。
恐れを吹き散らす自負に満ちた、リリィの姿。
逆光に影を落としながらゆっくりと梨璃の元へ歩み寄り。
「今夜は梨璃ちゃんと私でダブルリリィだからね」
「……つかさ様!」
優しく肩に手を触れる、この上なく頼りになるリリィだった。
「いま、昼間ですけど」
「……さぁ、一緒に戦おう!」
あ、誤魔化した。
でも言わないようにしよう、と思う梨璃はとても優しい女の子であった。
◇◆◇
「だっしゃああああ!」
「つ、つかさ様、すごい……!」
ヒュージが飛ばしてきた衝角に刃筋を立てて無理矢理逸らす。
盛大に火花が飛んでちょっと熱いけど気にしない! 私の後ろには梨璃ちゃんがいるんだから下がってる場合じゃない。
2度、3度と飛んでくるのもなんとか弾いて見せはしたものの、これはあまりよくない。
この3撃、全部小手調べというか伏線だ。私をこの場にくぎ付けにしつつ、トドメに繋げるために私の戦力を計ってる。このままやられっぱなしじゃなく、どこかで相手の予想を外して動かないと……!
ほら来た。
既に弾いた衝角が再び正面から飛んでくる。十分受け流せる角度と速度ではあるけど、そのために足を止めたらさっき後ろに飛んで行った分が戻ってくる。
そのことに気付いた梨璃ちゃんが止めに動いてくれているけど、梨璃ちゃん一人でなんとかなるかなあ……!
まあ、梨璃ちゃんは決して一人じゃないんだけど。
「――お姉様!?」
「あああああああああああ!!!」
夢結ちゃんが、来た。
私と同じように、あるいはそれ以上に力強く衝角を弾き飛ばしたのは、髪を白く染めるルナティックトランサーの力だろう。もー、夢結ちゃんってばこんなときも張りきっちゃって……いや待て。あのCHARM、見覚えあるんだけど。ダインスレイフじゃん!?
「どうして、CHARMは使えないはずなのに……ヒュージの中にあったダインスレイフだから?」
「え、CHARM使えなくなってるの?」
「…………そういえば、どうしてつかさ様はCHARM使えるんでしょうね。つかさ様だから特に変だと思わなかったんですけど」
梨璃ちゃんを守った夢結ちゃんは振り向く。
白い髪の隙間から赤く輝く瞳が射抜くのは、ヒュージ。狂乱の中にありながらも消えない怒りが燃えている。
そのまま、一瞬姿を見失うような速さで駆けた。
私たちのところまでそこそこあった距離を3歩で詰めて、空中の衝角を足場にさらに跳ぶ。
狙うはヒュージ。ダインスレイフを振りかぶる。
そしてその動きは、ヒュージにとっても予想できるもの。
地から足を離すのを見計らっていたようにヒュージ中央部分が光る。迎撃だ。
「梨璃ちゃん!」
「はい! お姉様、失礼します!!」
私が声をかけるまでもなかったかもしれない。梨璃ちゃんは私の脇を抜けて最速で夢結ちゃんの元へ。夢結ちゃんの対空の動き、ヒュージのチャージよりも梨璃ちゃんの方が早い。
まあ、グングニルで斬りつけるという荒っぽい方法なんだけども。
ともあれ、そのまま夢結ちゃんを蹴り飛ばすなりして射線から逃れてくれれば今度はこっちからでも殴りかかりに行ける。
今日のために持ち出したCHARMはちょっと特殊な日本刀型。鞘に納めて腰を落とし、居合で一気に斬りつける……!
と思ったら、なんか突然梨璃ちゃんたちが光ったんだけども!
◇◆◇
「おぉ!? なんか戦っとるみたいじゃぞ!? 誰じゃ!?」
「梨璃さんと夢結様です! あとつかさ様も!」
「……あら? 二水さん、レアスキル使えてます?」
その光は、避難途中で様子をうかがうリリィ達の目にも届いた。
そして、よくわからない状況は確認するのがリリィの本能。知覚系レアスキルを持つ一部のリリィは半ば無意識にレアスキルを行使して状況を把握しようと努め、そこで初めてレアスキルが、マギが使えることに気が付いた。
「結界が、中和された……? まさか、さっきの光が」
その現象は百由も即座に気付いた。
観測結果は、確かに結界によるマギ干渉の影響が減じていることが示されている。
これなら、CHARMも動くしレアスキルも使えるようになるだろう。
「よし、CHARMさえ使えれば、あんなヒュージごとき!」
「使える、のはあくまでこの辺りだけよ。中和されたとは言っても影響範囲が縮まっただけ。CHARMの射程まで近づいたらまたマギが使えなくなるわ」
「なんですって!? ああもう、なにか手はないの!?」
だがそれも、あくまでヒュージから遠く離れた地点ならばの話。
結界は縮小したとはいえいまだ健在である以上、通常のリリィならば戦える状態では決してなかった。
なんか、その結界ド真ん中で戦っているリリィが3人ほどいるようだが、多分その3人は全員イレギュラーなのでこの際考えないことにした。
「ノインヴェルト戦術、してみませんか?」
一柳隊も状況は把握している。
CHARMが使えるようになったこと、しかし近づけはしないこと。
その状態でも使える、唯一の方法。
「夢結様と梨璃の分はどうするんじゃ?」
「2人は戦ってます! つかさ様も一緒に!」
「つまり、マギスフィアを打ち込むことができれば……!」
「そうは仰いますけど、バレットがありませんわよ!」
しかしそれは、使うことができればの話。
ノインヴェルト戦術の始動には特殊弾が必要で、それはレギオンのリーダー、すなわち梨璃が持っている。
ヒュージとの戦闘の只中にいる、梨璃が。
つまり、ノインヴェルト戦術は、使えない。
「バレット、あるよー」
ハズだった。
「一応聞きますけど、結梨さん? バレットとは、その……?」
「うん、これ。こういう時に使ってねって、もらったの。――つかさから」
「それ、つかさ様が持ってたラグビーボールみたいなヤツですよね!?」
「つかさ様……また梨璃さんに怒られますね」
状況をどこまで理解しているかはわからないが、とりあえず梨璃を守れることだけは理解しているのだろう。ニッコニコ笑って顔を出した結梨が持ち出したのは、5色に塗られたカラフルなラグビーボール的なもの。
見覚えがある。いつだったかつかさが見せた、ノインヴェルト戦術用の試作弾だ。
「……これで、やる?」
「…………仕方ないですね」
葛藤はあった。だが長く悩む余裕がない。
なんとなくバンバラバンバラという幻聴が聞こえる気がするが、仲間の為なら恥とか精神汚染とかも耐えねばならぬ。
一柳隊の心は一つである。
◇◆◇
「くっ……! やはり分が悪いわね……!」
「大丈夫です、お姉様! 時間を稼げば、きっとみんなが倒し方を見つけてくれます!」
梨璃ちゃん必死の救出によってか、あるいは打ち合うCHARMを通して交じり合うマギの為せるわざか、正気を取り戻した夢結ちゃんが梨璃ちゃんと共に戦っている。
いまだ有効打の一つも入れられていない状況ではあるが、相手のヒュージは本来レギオン総出で挑むような相手。
時間稼ぎをできるだけでも十分すぎるくらいだし、何なら百合ヶ丘のリリィたちも離れたところにたくさんいる。そのうちなんとかしてくれるはず!
「そうよ、夢結ちゃん! とりあえず誰かが何とかしてくれるのを待ちましょう! ……この距離なら、バリアは張れないな!」
「……そう言いながら肉薄して接射しないでくださいつかさ様」
衝角をかいくぐった中心部は、おそらくヒュージ本体としての制御ユニットなのだろう。実のところ無防備に近い。CHARMの銃口がぶつかるような距離となれば案外危険なく攻撃できる。
バカスカ打ちまくって装甲を抉っていくが、それでもあまりダメージは与えられていないようだ。
すぐに衝角が戻ってきて離れざるを得なくなる。
やはり、このまま私たちだけだと倒しきれないかもしれない。
財団Bから送られてきた装備の中にこういう状況でも使えそうな切り札はいくつかあるけど、どれがどのくらい効くかは未知数だ。
校舎まるごと吹っ飛ばしていいならその辺迷わずやってみるんだけどさ。
そんな、ある種の手詰まりに陥った、その時。
「――マギスフィア!」
頼れる仲間が、やってくれた。
◇◆◇
「……二水さん、頼みます」
一柳隊のメンバー、王雨嘉は優秀なスナイパーである。
持ち前のレアスキル<天の秤目>による周辺状況の精密な測定と本人の冷静沈着な性質が噛み合い、精確無比な狙撃はヒュージの急所を的確に撃ち抜くことや、ノインヴェルト戦術の始動時に長距離のパスを可能とする。
その実力たるや、なんかラグビーボール型のバレットでもなんとかなっちゃうくらいである。
そこからが、一柳隊の本領である。
「が、がんばらなきゃ……! つかさ様の弾丸を、結梨ちゃんが持っててくれて、梨璃さんたちを助けるために……!」
「このマギスフィアにっ! 勇気とマギと、梨璃さんへの愛をこめてッッッ!!!」
「別にいいけど、それ受けるの梅だぞー」
「それはそれとして、めちゃくちゃ気合入るのう! 負ける気がせんぞ!」
「体が軽い! ……そういえば、この言葉のあとに『もう何も怖くない、って続けるのだけはやめてね』ってつかさ様が言ってたな」
「つかさ様のバレットでも本当にノインヴェルト戦術できるんですね。あとで一応お礼言っておきませんと」
「梨璃ー! 夢結ー! 行くよーー!!」
山から山へと、ヒュージが作り出すマギ干渉の結界の範囲外、鎌倉の市街地上空を越えて往復するマギスフィアが一柳隊の手によってつながれていく。
繋がるたびに強さを増して、光輝くマギスフィアは結梨の手によってヒュージとの戦闘真っ只中の梨璃たちへ向かって射出された。
「来たわ! あれは私が受けるから、梨璃がフィニッシュを決めなさい!」
「ヒュージの方は私が相手しておくから、よろしくね!」
「はい!!」
マギスフィアを受け止め、梨璃へとつなぐ夢結。
それを邪魔されないよう一人でヒュージを抑えられるつかさ。
そして、ヒュージの結界内でもCHARMを使える梨璃がトドメを担う。
必殺の準備は整った。
はずだった。
「!? あのファンネル分離しやがった!?」
ヒュージが操る3つの衝角がそれぞれ3つに分離する。
9つのビットと化したそれぞれはどこか有機的に連携しながら、しかし梨璃たちを狙うことはなく、軌道はマギスフィアのベクトルに沿い。
「マギスフィアを……!?」
「横取りした!?」
ビットがマギスフィアの軌道を変え、ビットからビットへと繋いでいく。
紛れもなく、マギスフィアを、ノインヴェルト戦術を、乗っ取られた。
「いつぞやノインヴェルト戦術を防ぐヒュージも出たけど、ついに干渉してくるまでになるなんてね……!」
「作戦は失敗よ、梨璃。ひとまず撤退し……」
「あのパーツを壊せばマギスフィアを手放すかもしれません! 行きましょうつかさ様!」
「よっしゃ乗った!」
そして、その程度で動揺するようならリリィたりえない。
夢結はひとまず仕切り直すことを提案する。歴戦のリリィらしい、なんとも冷静で的確な判断力である。
惜しむらくは、この場にいるリリィが揃いも揃って人の言うことを聞かないタイプだったということだけだ。
憧れ一つを旗印にして百合ヶ丘女学院入学を果たすほどの直情径行。
結梨がヒュージ扱いされかけたときの逃走沙汰からもわかるように、己の信念に則って戦う意思の強さは屈指の梨璃。
不屈と勇気、誰かのためにも自分のためにも戦うことをためらわない、とりあえずヒュージ相手ならぶん殴るというつかさ。
総合的に考えて最適な判断より、とりあえず目の前に殴れる奴がいるなら殴る。そういうリリィが揃ってしまったことが不運である。
いっそもう一回ルナティックトランサーしてくれようか。そんな風に思うほど言うことを聞かないシルトと、シルトと極めて近い思考をしている先輩に対して複雑な思いを抱かずにいられなかった。
「梨璃! いつもいつも言うことを聞かないで……! つかさ様みたいになるわよ!」
「えぇっ、お姉様、私のことをそんな風に思ってたんですか!? さすがにひどいです!」
「その会話の中で一番ヒドい扱いされてるのが私だってわかってる?」
ヒュージを円状に取り囲むビットと、その中を循環するように巡るマギスフィア。
正面からぶつかるのは危険なこともあり、マギスフィアと同じ方向にビットを足場として進む梨璃たち3人。
次のビットへ移るときには用済みとばかりに斬りつけながら飛びすさり、3人が3度ずつ繰り返してついにマギスフィアへとたどり着く。
出遅れた夢結でも、地味に2人のフォローとして中央ヒュージへの攻撃もしていたつかさでもなく、梨璃が真っ先に。
「……届いた! って、えぇ!? CHARMが侵食されて……!?」
しかし、遅かった。
ヒュージの影響を受けたマギスフィアには負のマギが溜まり、梨璃のCHARMを黒く侵す。
このままではCHARMごとリリィまで汚染されることは避けられず、その前に引き離さなければ命に係わる。
「梨璃! 力を込めて!」
「……はい!」
防ぐ方法は一つだった。
梨璃へと肉薄した夢結のダインスレイフによる斬撃を、一度。
研ぎ澄まされたリリィの技とマギが合わされば、ヒュージのマギに汚染されて機能と強度を発揮しきれなくなったCHARMを相手とする斬鉄すら可能となる。
キン、と。
無駄のない澄んだ音とともに、梨璃のグングニルの刃先が、斬り飛ばされる。
制御を失ったマギスフィアはそのまま高々と天へ昇って行く。
もう、梨璃たちの手は届かない。このままでは、ヒュージを倒す手段がなくなる。
しかし、これはノインヴェルト戦術。
リリィ達の力の結晶をもって邪悪を祓う、愛と勇気の奇跡であれば。
「いくよ、樟美!」
「はい、天葉姉様!」
アールヴヘイム2年、
同じく1年、
卓越したリリィ二人はマギさえ使えれば飛行にすら近い超人的な跳躍が可能となる。
鎌倉を囲む山から市街地上空まで、打ち上げられたマギスフィアへ届くほど。
そう、これはノインヴェルト戦術。
リリィとリリィの助け合いである。
マギスフィアは汚染された。
リリィの手にその力を取り戻すためには浄化が必要で、しかし一人や二人のリリィの手では到底足りない。
――ギギギギギギン!!!
「山を、マギスフィアが……!」
「まさか、百合ヶ丘のリリィたちが……!?」
ならば、百合ヶ丘に在籍する全てのリリィの力を合わせればいい。
山肌を高速でジグザグに駆けるマギスフィアは、その加速と軌道変更の全てがリリィの存在証明だ。
このヒュージに、そして百合ヶ丘の危機に立ちあがったリリィ達の力が、負のマギを乗り越える奇跡として結実しようとしていた。
「いける……! いきましょう、お姉様!」
「……ええ、一緒に!」
なお。
フィニッシュ一歩手前で懲りずに再び干渉しようとしたヒュージの目論見は、想定以上に強化されたマギスフィアの負荷に耐えられず砕け散り。
「てやんでぇ! こんなん私が打ち返したらぁぁぁ!!」
なぜか江戸っ子口調になったつかさが、それまで使っていた刀風のCHARMを鞘に納め、鞘ごとバットのごとく振り回し、マギスフィアを梨璃たちの元へとホームランしていた。
◇◆◇
「まずはこれを見て。百合ヶ丘女学院の管轄する由比ヶ浜ネストの現在の観測結果よ」
夜。
最終的に梨璃ちゃんと夢結ちゃんが2人で掴んだダインスレイフでパワーを溜めに溜めたマギスフィアを受け止め、ヒュージ入刀して決着がついた。
その際の爆発の余波もあって百合ヶ丘女学院の校舎は割と壊滅的な被害を受け、電気もまともに通らない。
私と梨璃ちゃんと夢結ちゃんが呼び出された理事長室もそれは変わらず、持ち込んだ発電機から伸ばしたケーブルをタコ足配線でつないで仮設の電灯やヒーターでなんとか話ができる環境を作っている。
そして、呼び出された理由はどうやらネストにあるようだった。
「この、ネストの底で丸くなってるのがネストの主、アルトラ級ヒュージね。全長は400mから1kmと言われてるわ」
「すごく大雑把なんですね……!?」
アルトラ級とは、現在確認されているヒュージの中でも最大最強のクラス。
時々うろうろしてるヤベー奴が見つかったりもするが、基本的にネストの中でヒュージの製造を司っているとされる、女王アリみたいな存在だ。
「このアルトラ級、現在活動を休止してるらしいのよ」
「休止……? なぜ」
「今日のヒュージも含めて、最近出てきたおかしな行動をするヒュージ達。とんでもなく強力だったけど、その強さの源はネスト、もっと言うとアルトラ級から無理矢理引き出したマギだったのよ」
「本来ありえないほどのマギ使用量。その負荷にさらされた由比ヶ浜ネストは現在活動を休止していることが確認されたわ」
「……へえ。つまり、カチコミかけるなら今ね」
殴りかかるなら今しかない。私のその発言に、理事長代行たちは積極的にではないものの頷いてくれている。またとないチャンスであることは疑いようがない。
「それと同時に、百合ヶ丘女学院にとっての危機でもある。先の戦闘において実施されたノインヴェルト戦術には、百合ヶ丘の全リリィが参加した。結果、ほとんど全てのCHARMが修復を必要な状態になっておる」
「つまり、もしも今この瞬間にネストが機能を取り戻してヒュージが襲撃してきた場合、為す術がないということでもあるわ」
一方百合ヶ丘の側も、リリィこそ健在なもののCHARMはほぼ全損に近い。
ヒュージとの戦いにはリリィが、そしてCHARMが欠かせないものである以上、いまの百合ヶ丘は事実上まともに動ける戦力がない状態と言える。
「……それに、各レギオンから困惑の声が寄せられているわ。『いつの間にか、3つのパーツの組み合わせで9通りの武装になるCHARMがレギオンの人数分届けられている』というホラーじみた報告が、ね。ちなみに差出人が置いたと思しきメッセージカードには『ピンクのリリィの人』と書かれていたらしいわ」
「ピンクじゃない、マゼンタだ!!」
「ええ、そうだったらしいわ。――そして、マヌケは見つかったようね」
「……ハッ!?」
そんな状況を憂いた私の陰ながらの善意がさくっとバレている……だと!?
「……とまあ、うかうかしているとヒュージの襲来による百合ヶ丘の壊滅、もしくはCHARMの空白状態を利用した財団Bの浸食が予想されるので、早急にネストを壊滅させる必要があるんです」
「シブイねェ……。まったく史房ちゃん
「人の名前を謎の形容詞にしないでもらえるかしら、常盤さん」
「で、方法なのだけどダインスレイフを使うわ。美鈴様が、おそらく自分が使うために術式を書き換えたのだけど、それがヒュージを狂わせる方向にも影響を発揮させたらしいの。術式と結果から逆算して作った、ヒュージ自壊の術式を打ち込むの」
「幻夢コーポレーション、そしてマギ治療の研究をしている電脳救命センター<CR>が研究していた、マギによるヒュージへの無力化干渉技術、リプログラミングを使うわ。急ぎ仕上げたものだけど、ダインスレイフならいけるはずよ」
「……その任務を、一柳くんに頼みたい」
「わ、私ですか!?」
そのための方法はある。
実行可能なリリィもいるのなら、やるしかないというところなのだろう。でも梨璃ちゃんとはね。
「アルトラ級がいるのは、機能停止中とはいえネストの中心部。普通のリリィならマギの影響を受けて突入は無理よ。でも、今日出現したヒュージの結界の中でもマギを使えた梨璃ちゃんなら無事でいられるはずよ」
「な、なるほど……!」
ちなみに、私もなんか結界の影響受けなかったんだけどダメだって言われました。
私は他のリリィの子たちと違って財団B製のCHARMをたくさん持ってるから、万が一どこからともなくヒュージが襲撃した時に百合ヶ丘を防衛するために残れって。
くっ、理屈はわかる……! 出来れば私も直接殴りに行きたいけど!!
「……わかりました。私、行きます。理事長先生は結梨ちゃんを助けるためにがんばってくれたって聞きました。あのときは何もできなかったけど……今度は私の番です!」
そして、梨璃ちゃんはこういう子だ。
危険だけど、大変だけど、それでも出来ることがあるなら躊躇わない。
だからこそ一柳隊というアレな背景抱えてる子も多々いるレギオンをまとめるリーダーになれたのだろう。
「やはりそうなるのね……。いつ出発ですか? わたしも同行します」
「白井ん!」
「どこから生えてきたんですかその『ん』」
以上の経緯を持って、百合ヶ丘女学院が掲げる至上命題の一つ、由比ヶ浜ネスト撃滅作戦の実行が決定されたのだった。
◇◆◇
「……あれが、アルトラ級ヒュージ」
「由比ヶ浜ネストの、主……」
作戦は速やかに決行された。
夢結と梨璃がガンシップに乗って百合ヶ丘から飛び立ち、由比ヶ浜ネストが機能停止しているなによりの証拠と言える一切の迎撃を受けない安全な飛行の後、降下用パラソルを携えてネストに直接落下。
ゆらりふわりとネストの中を降下して、ついに到達した最下層に巨大な影が姿を見せる。
胎児のように丸まった、しかしビルより巨大な人型。アルトラ級ヒュージである。
本来、アルトラ級ヒュージを討伐するには最低でもレギオン単位で挑むことが必要とされる。
だが今ならば。
マギが枯渇して身動きが取れないこの時、2年に渡ってヒュージの中に取り込まれていたダインスレイフがあれば、たった2人のリリィでも討伐が可能だ。
シュッツエンゲルの契りを結んだ夢結と梨璃。
2人の手が、ダインスレイフを握って繋がる。
この手のぬくもりがある限り、きっと大丈夫。
光の届かぬ海の底、うっすらと発光するアルトラ級ヒュージに照らされながら、決別のCHARMを、突き刺した。
ダインスレイフに刻み込まれた術式が起動し、アルトラ級ヒュージへと流れ込む。
リリィ2人分程度のマギとはいえ、飢餓状態にあったアルトラ級ヒュージはそれを貪欲に取り入れて、同時に仕込まれた自壊の術式をも全身へと巡らせる。
\マキシマムマイティ! クリティカルフィニッシュ!!/
「えっ、なんですいまの声」
「…………この術式、例によって財団B経由で持ち込まれたものを参考にしていると言っていたわね」
そして崩壊が、始まった。
ヒュージとはすなわちマギの具現。巨体を維持する、という術式を崩壊の形に書き換えられたのならばそれに従い、崩れ去る。
アルトラ級ヒュージとは、すなわちネストの中枢。ネストそのもの。アルトラ級が消滅するということはネストそのものもまた同じ道をたどるということであり、壁面が崩れて海水が流れ込む。
本来ならば、この場所は海の底。あるべき姿を取り戻すまで、もういくばくの時間もなく。
「梨璃!」
「お姉様!」
寄り添う二人は互いの制服のタイをほどく。
それがトリガー。様々な機能が仕込まれたリリィの戦闘服たる制服は膨れ上がり、海上まで二人を守るシェルターと化し、荒れ狂う水流に揉まれながら海面へと向かっていった。
◇◆◇
「由比ヶ浜のネストは完全に崩壊したわ。……海岸にアルトラ級の骨格丸ごと流れ着いたのはさすがに笑ったけど」
全長にして余裕で数百mの人型の骨、というのはそれだけで下手な巨大建造物よりも威圧感があった。
鎌倉の砂浜を埋め尽くすようなそれは撤去するだけでも一苦労で、こういうときはリリィよりも防衛軍やら民間の処分業者が活躍する。廃墟と化した鎌倉市街に列をなして、連日がんばってくれていた。
とはいえ、それはあくまで対外的な話。百合ヶ丘女学院自体は、直近のネストが消滅したこともあって平和と言えた。
……リリィは。
工廠科の方はほぼ全CHARMが担ぎ込まれる羽目になって連日連夜のフル稼働を強いられ、アーセナルの子たちが体力回復のためと称してラムネをガブ飲みしたり、どこから持ち込んだのかうっすら虹色っぽい気がしなくもない青い宝石を砕いたりするという奇行が問題になりつつあるとかなんとか。
「夢結ちゃんは無事、梨璃ちゃんと帰ってきたわ。……制服のシェルター機能使ったから、発見時には下着姿だったけど。二水ちゃんに写真撮られて週刊リリィ新聞にガッツリ載せられて、新聞の張られた掲示板の前を通るたびに顔を赤くしてるけど」
それら全て、梨璃ちゃんたちが全てをハッピーエンドに終わらせてくれたおかげだ。
今の百合ヶ丘は戦力回復に専念せざるを得ないけど、それが終われば近隣のガーデンへ協力の遠征に出たり、他のネスト攻略の助力が待っている。リリィの戦いは、まだ終わっていない。
「あと、夢結ちゃんと仲の良かった百由ちゃん。あの子もシュッツエンゲルになったわ。シルトはミリアムちゃんって子。のじゃロリよ」
だからこそ、だろうか。
最近、これまでシルトを持たなかったリリィたちのシュッツエンゲル成立が相次いでいる気がする。
百由ちゃんがミリアムちゃんをシルトにしたのもその一例。珍しくミリアムちゃんがガチ照れしてたのは大変に可愛らしかった。
「なんだかんだで梅ちゃんもシュッツエンゲルになりそうね。お相手は二水ちゃんなんだか、鶴紗ちゃんなんだか」
同じく梅ちゃんも、そろそろ身を固めそうな気配がある。
でも、あの子は面倒見がいいからなあ。手綱を付けないと暴走しそうな二水ちゃん、なんだかんだ放っておけない鶴紗ちゃん。どちらか一人なんて選べないなんてことになったりしないかが少し心配だ。
「結梨ちゃんのことも大丈夫。今回の一件が片付いて、今はG.E.H.E.N.A.を追求する段階に入ったみたいだから、多分そのうち研究所の一つも閉鎖されるんじゃないかしら。……襲撃するならその前よね」
ヒュージだ、と言われていたのももはや過去のこと。
結梨ちゃんも完全に百合ヶ丘の一員として政府的にも認められ、そうなってくると今度は人間を、リリィをヒュージ扱いしたということでG.E.H.E.N.A.が殴られるターンだ。
その辺りになってくると政治的な対立とか派閥とかが絡んでくるらしいけど、理事長代行が上手いこと渡りを付けて調整してくれているらしいから心配はいらないだろう。でも、物理的に潰す時が来たら私にも声かけて欲しいな!
「ふう。話しておくことは、このくらいかしら。いろいろ片付いて本当によかったわ。……また何か面白いことがあったら話に来るわね――美鈴」
川添美鈴。
そう刻まれた墓石の前に立つのは、実はこれが初めてだ。
なんとなく、そう簡単には死なないような気がして。そして夢結ちゃんに見られているような気がして足が向かなかった。
でも、それももう終わり。これからはたまに話をしに来てやるから、楽しみにしてなさいよ。
みんなが無事で、ネストが消えて。
でもまだまだ世の中にヒュージもネストも多々存在する、この世界。
悲劇も絶望も数多いけど、それらを払うためにこそ、私たちリリィはいる。
たくさんのリリィが、それを支える人たちがいる限り、人類は決して負けたりしない。
対立も諍いもなくならないだろうけど、それでも力を合わせられれば強く眩い。
美鈴の墓前に供えた、
◇◆◇
「えっ! 由比ヶ浜を狙って巣無しのアルトラ級が迫ってきてるって!? ……え、直立した黒い恐竜みたいな姿? 全長は身長は100mくらいで小さめだから楽勝……?」
「つかさ様!? どうしてCHARMあるだけかき集めてるんですかつかさ様!? 財団Bに連絡!? 総力戦!?」