命蓮寺のとある一室、10畳間程の空間は今現在、混沌に包まれていた。
その原因である同棲発言を行った夢子は鳩が豆鉄砲を食ったように口をポカンと開けて固まっている従者達を無視して、何事もなかったかの様に湯呑みの茶を口に含む。
一足先に己の想い人である外来人の真上と甘味処の新メニューを食べに行っていたという衣玖に対し、藍と共に詰め寄っていた鈴仙は、今の今まで傍観していた夢子が投下した爆弾を前に激しく動揺していた。
(ドウセイ?同姓?銅製?……もしかしてもしかしなくてもどうせいってあの同棲?え、あの夢子って人、真上さんと同棲してたの?え、え?え!?)
他の者と同様に固まったままの鈴仙であったが、その頭脳は今までにない程にフル回転し、散らばった情報の整理に当たっている……のであれば良かったのだが、ものの見事に空回りを決めている。
かつて地上に逃げながらも故郷の危機に駆けつけ、その故郷を救ったという、物語に出てくる英雄のような活躍をした彼女は何処へやら。
しかし、そんな偉業を為し遂げたとは言え、彼女は恋する乙女。
だが、恋する少女である彼女の思考回路は回りに回りすぎて最早ショート寸前であり、つい先程『同棲』という単語に行き着いてからは疑問符と驚きの感情しか浮かんできていない
「ゆ、夢子様?先程仰られたど、どうせいと言うのはつまるところ男女が同じ部屋で寝泊まりし、生活を送るあの同棲で宜しいのでしょうか?」
そんな彼女を差し置いて吃りながらも言葉を発したのは先程まで、まるで自分が勝者だと言わんばかりの笑みを浮かべ藍と鈴仙を挑発していた永江 衣玖。
未だにその笑みを浮かべてはいるが、よくよく見ればその笑みはひくひく、と若干引くついており、動揺もしくは焦りからか一筋の汗が頬を伝っていた。
「そうですね。ただ、同じ部屋で寝泊まりと言うよりも、彼の家でという方が正しいですが」
嘘であってほしいと願いつつ投げ掛けた衣玖の問いにしかし夢子は無情にも現実を突きつける……とは言っても本人はただ事実を述べているだけなのだが。
しかし例えそうだとしても彼女が訂正も含めて伝えたその事実は、未だにコレといった進展がない藍達の心に決して小さくないダメージを与え、彼女達のハートは最早ピチューン寸前。
最早コレは勝ち目がないのではないか?負けたのでは?……と、夢子の同棲発言に藍達が(勝手に)敗北を認めようとしていた時、一人の少女が疑問を投げ掛けた。
「……ふと思ったんだが、あたいはアンタとあいつが会ってるとこなんざ、一度たりとも見たことがないんだが……いつの間に同棲なんてしてたんだい?それに半年も」
その者は死神、小野塚 小町。
少女達が繰り広げる争奪戦において一歩引いた場所から状況を見守る側の彼女は、真上と夢子が同棲していたと言うショックよりも、先程口に出した疑問の方が勝ったためにこうして彼女に問い掛けている。
そして小町の問いを聞き、正気を取り戻したのはつい数秒前まで絶望仕掛けていた少女達である。
──そう、よくよく考えれば色々とおかしいのである。
真上との同棲について。
真上が幻想郷に来てからそれなりの時間が経過したが、今現在彼は人里から少し離れた場所に住んでおり、同居人と呼べるような存在は彼の式である2体だけ。
もし仮に夢子が実際に真上と同棲していたのであれば彼の家を訪ねた誰かしらが彼女を姿を確認している筈で、そうなればその情報は彼女達の耳に入って来て、今のように寝耳に水という事にはならない筈なのである。
と、言うことは夢子が口にしたのは此方を牽制、もしくはこの争奪戦から降りさせる為の出任せか?
そのような結論に即座に至った藍達の鋭い、気の弱い人間であるなら殺せてしまうような4対8つの視線を一身に受ける彼女は怯む素振りすら見せず落ち着いた佇まいで答える。
「私と彼が同棲していたのはまだ彼が幻想郷に入る前……彼が外の世界で過ごしていた時の話。ここに来てからの話では無いですよ」
「何……?」
夢子のその言葉に真っ先に首を傾げたのは藍。
それもその筈、幻想郷ならともかく何故魔界の者である彼女が外の世界へ?確かに幻想郷では主である紫主催で外の世界を巡ることの出来るツアーが極稀に開かれるが、魔界でもそのような事があるのだろうか……そう言えば幻想郷にやって来た魔界の者達も民間の旅行会社が企画したツアーの客だったような。
藍の疑問を視線から読み取ったのか、夢子は語る。
「魔界に貴女達の所の巫女がやって来た数ヶ月後くらいでしょうか。魔界にちょっとした攻撃をしてきた者が現れまして、私は神綺様の命でその者を追って外の世界に向かったわけです……そしてその先で」
「真上さんと出会った……と」
鈴仙の言葉にこくりと頷いた夢子。
夢子のその後語った内容によると、ゲートの不調か、彼女が追っていた者の罠なのかは分からないが、魔界へと戻ることが出来なくなった彼女は転がり込んだ先である真上の家での同所生活を余儀なくされた。
幸いにも家には彼とその式しか住んでおらず、部屋割り等の心配なども起こる事はなく。彼女は住まわせてくれることの見返りとして家事を全般を引き受け、学業に励む彼を出迎えたり魔界での生活や彼女の身内の話等の交流を深める内に心牽かれるようになったという。
そしてある日唐突に魔界からの迎えが現れ、別れる事になったのだと。
夢子が話を終えた後には妙な静寂が訪れ、なんとなしにそのままお開きとなった従者定例会。
会場となった命蓮寺の住職に一同は感謝を述べると、各々の帰路へと着く。
「くっ、厄介な奴がライバルとして現れたものだ……よりにもよって半年のアドバンテージとはな」
藍は思わぬところから出現した強敵の存在に焦りを覚えながらも、改めて真上と恋仲になれるようにチャンスを逃すまいと決意を新たにしつつ、自分の主と式に土産で何かを買っていこうと人里へ向かい。
「私としたことが、少々甘く見ていましたね……ですが、このまま続けていけば、いずれは……」
衣玖は現状に甘んじていた自分を恥じつつも、少しずつだが確かに進んでいる今の関係を続けて行くと同時に、今度は手料理の味見をして欲しいなどと言って自宅にお邪魔するのもありかと画策しつつ天界へと。
「衣玖さんは一緒にご飯。夢子さんは同棲してた……なんかどんどん差が出来てる気がする……よし!私も頑張らなきゃ」
鈴仙は他の者とのアドバンテージの差にへこみつつも、自分も今以上に積極的にならなければ行けない、と軽く頬を叩き自らを鼓舞しながら永遠亭へ。
「私と同じメイドな上に同棲までしていた……どうすれば良いのかしら、そもそも関係を普通にすら戻せていないのに」
咲夜は未だに関係性が改善していないマイナス状態だと勘違いし、その事に深く絶望しながらも現状の打開策を練るために主が待つ紅魔館に戻る。
妖夢は咲夜同様にどうすれば真上との関係を改善できるのだろうかと悩みながら、人里で買い物を終えて白玉桜へ。
ナズーリンは自らの主人が思ったよりも苦しい状況に居ることを知り、今後は色々と奥手な主人の背中を押してやらねばならないと決意し、無縁塚の小屋へと帰る。
小町は暖かい午後の日差しを一身に受け、眠気に身を委ねつつ今度真上の家にからかいにでも言ってやろうと企みながらに眠る。
そんな中、夢子は一人歩を進めながら先程の事を思い出す。
(思っていたよりも敵は多いみたいね……)
先程は出すことのなかったため息を1つ。
外の世界で共に暮らしていた時に感じたことだが、真上はある程度交流を持った相手をたらしこむのが上手い。本人は人付き合いが苦手、下手だと言っているが本当にそうであるのならばあんなにも他人に好かれない筈だ。
おそらく天然たらしというのは真上のような人の事を言うのだろう、しかも当の本人は好意を向けられている自覚がなく、あくまでも少し仲の良い知り合い程度にしか思ってないのがなんとも。
どれだけ好意を向けてアプローチをしようが「自分がそういった類いの感情を向けられるわけがない」という強い思い込みがあるために気が付かないというのは、残念ではあるがある意味有り難いとも言える。
しかしまぁ、なんというか。彼が幻想郷にやって来ていたのは少し前から知っては居たのだが、まさかこちらの予想通りその天然たらしを存分に発揮しているとは。
(私の想いも別れる直前にすら気付いてくれなかったし……私としては結構頑張ったつもりだったのだけれど)
主であり創造者でもある神綺に仕えてどれくらいの時が経っただろうか。そう思ってしまうほどに長生きである彼女だが、色恋沙汰に関しては素人同然。まだ淡い恋心を抱く人里の少女達の方が経験でいえば勝っているかもしれない。
そんなことを思う彼女の脳裏に浮かぶのはひょんな事から始まった彼との同棲生活……今となっては同棲などと言っているが、当初は同居とか居候といった表現を使っていたのだが。そこはまぁ、恋する乙女の特権ということで。
──本当に当時の私は驚いたものだ。
何せ私達の魔界に態々やって来た上に攻撃を仕掛けてくる者が巫女以外に現れた事もだが、それを神綺様の命で追跡していた先に転がり込んだのが外の世界、しかもそこの一般人の自宅とは。
さて、幾ら偶然だと言えど他人の住まいに勝手には言った上に長居をするわけにも行かない。ここは一旦魔界に戻って報告するべき……と判断したのだが。
(……戻れない?ゲートが塞がれた?……いや、神綺様が向かわせた手前そんなことをするわけがない。それだとしたら何らかの結界によって転移が阻害されている?)
先程まで使用していたゲートが使用できなくなっている事態に動揺するも、直ぐ様気持ちを落ち着けると、今いる周囲にゲートの使えなくなった原因があるのではと疑い周囲を見渡す。
木々を連想する茶系の色で纏められた棚の中央に置かれた横長の黒い板や、壁に貼り付けられた長方形の物体など見たことのない為にどれもコレもが怪しく見えていた彼女だったが、ガチャリと後ろから扉の開く音がして振り返ってみればそこには呆然とした顔の少年の姿が……そしてこれが自分と真上の最初の出会い。
「ハ、ハロー?」
己が暮らす家に見たことのないメイド服を着た金髪の女が居たら普通は驚いたり、誰かに助けを求めたりするだろう。
だが、彼はそれらの行為をすることなく最初に行ったのが自分との交流であった。
戸惑いの色が強い彼が発した、ぎこちない発音で行われたその言葉の意味は分からなかったが、ひとまず会話を行ってきたということは意思の疎通を取りたいと言うことなのだろう。
だから此方も勝手に入って申し訳ないと言うことを伝えると途端に恥ずかしそうに頬を赤くし、吃りながら
「あ、日本語喋れるんですね……」
と、何故か気まずい空気が流れるが、それを打ち破り何故ここにいるのかと事情を訪ねて来た彼に対して、要点をかいつまんで説明を行う。
一通り話終えて考え込む彼を見つめながら、今後どうすべきかを考える……外の世界では鬼や悪魔などの存在は架空の存在とされ幻想郷への移住を余儀なくされたと聞く。
それ故に外の世界の住人である彼がこの一連の出来事を与太話と切り捨てることも充分にありえ、そうなれば外の世界について何も知らない無一文の自分は放り出される訳だが、戻ることも出来ない現状どうにかして生き抜くしかないだろう。最悪、そこの彼に方法だけでも教えて貰おう……そう思っていた時だ。
「……うん、分かりました。私は貴女の話を信じます」
「……はい?」
我ながら随分と間抜けな声が出たと思う。
今目の前の少年はなんと言ったのだろうか?信じる?と言ったのだろうか。
……語った自分が言うのもなんだが、魔界というこことは違う場所に住むと自称する女である時点で外の世界の住人であるの彼からしてみれば胡散臭さしかないのに、その上ある者を追跡していたらここに転移していたなんて正直な話、知り合いであるならばまだしも初対面の相手から言われれば自分であれば間違いなく疑っていただろう。
「ですから、私は貴女の話を信じますよ。まだちょっと理解が追い付いていない部分もありますが」
「話した私が言うのもなんですが、外の世界の貴方にとって先の話は絵空事と思うものではないのですか?」
「……まぁ、そうですね。大半の方はそう感じると思いますが、私は"そう言うのが"絵空事ではないと分かっていますので」
そう言うと懐から人体を簡易的に表したような紙を一枚取り出すとボソボソと小さく呟き、その後空に放る。
放られたその紙はひらひらと宙を漂い地面に落ちる──事なくそのまま宙を浮き続けている。
それを見て私は納得する。成る程、彼は外の世界の中でも稀有な此方側の力が使える人間なのだろう。そうであれば先程の話を信じることも考えられる。
私が心中でそう思っていると宙を漂っていた紙を回収した彼が「それでなんですが……」と話を切り出したので、意識を前方の彼に向ける。
「貴女はこれからどうするんですか?素人の私が言うのも何ですが1度、魔界に戻って報告でもしたほうが」
「……いえ、どういうことか魔界に戻るためのゲートが使えなくなっておりまして、戻ることが出来ないのです」
「そうなると、暫くは此方での生活をしなければならないと……」
「そうなりますね」
すると「ふむ……」と言って思考を始めた彼を見つめながら今後の事について考える。能力でいってしまえば通常の人間よりは優れているので力仕事であろうが雑務だろうがこなせる自身はある。
ただ問題なのは自分が外の世界のルールや装置に疎いことだ。おそらく先程自分が見ていた2つも外の世界独自の何らかの装置なのだと思う。
それらを覚えるとなると流石に厳しいものがあるが、どうしたものか。
そんな私の不安を取っ払ったのは他でもない目の前の彼だった。
「もし、行く宛がないのなら私の家に住みますか?」
「……宜しいのですか?」
もしそれが許されるのならば、此方としては願ったりかなったりの話。
向こうは此方側がそう言う存在だということをある程度理解してくれている。
私が念のために聞き返すと、彼は笑顔で頷き。
「ええ、この家も私と私の式しか住んでいないので部屋は空いてますから、そこは問題ありませんし……それに」
「それに?」
「すぐ目の前で困っている方を放っておける程肝は座ってないので」
少し疲れたような笑みを浮かべる彼に心から感謝するのと同時に、居候させて貰うのだ。家事をすることは勿論だが、他になにか私に出来ることは無いかと問うと
「家事をして貰えるだけで充分ですよ。それよりも調査とか貴女が受けた命で出来ることがあるならそちらを優先してください」
そう言われてしまえばなにも言えなかった。
確かに居候させて貰う身として家主である彼に何かしてあげるのは至極当然の事なのだが、それ以前に私は神綺様の命を受けて此方にやって来たのだ。それを疎かにしては従者失格だろう。
幸いにも夜間になれば人の出は少なくなるらしく、外に出て調査をするならばその時にすれば良いだろう。
「それでは……暫くの間お世話になります、葛之葉様」
「こちらこそお世話になります、夢子さん」
こうして私は彼──葛之葉 真上との同居生活が始まった。
最初は慣れない機械……洗濯機などの操作に戸惑ったもののその便利さや、エアコンという気温を操ることが出来る機械がの存在には驚いたものだ。
しかし一週間も同じ作業を繰り返していれば、慣れてくるもので1ヶ月も経てば迷う事なく家電を扱うことが出来るようになっていた。
彼──真上さんとの関係も概ね良好で、此方の方がお世話になっている身であるのに、いつも「ありがとうございます」と感謝してくれる。
それは仕えるのが当然の私にとって、とても新鮮な感覚であり、決して神綺様に仕えることに不満を覚えているわけではないが、コレはコレで良いなと思うようになっていた。
3ヶ月程経つ頃には既に学業を終えて帰宅する彼を出迎えるのが日課となっていた。
当たり前のように「お帰りなさいませ」と私が言い、彼が「ただいま帰りました」と返すその光景を見ていると何処か夫婦のようだな──なんて考えが浮かんでしまい、なんて事を考えているんだと頬が熱くなるのが分かる。
それを後から彼の式にからかわれ、余計に恥ずかしくなって数日ほど彼の顔をまともに見れなくなってしまった。
5ヶ月が経ったある日の夜。
風呂から出た私がリビングに行くと、そこにはソファにもたれ掛かり眠る真上さんの姿が。
安らかな顔を浮かべ、深い眠りについているのだろう。私が軽く名を呼んでも起きる気配がない。
……このまま寝ていると首を寝違えるかもしれない可能性があり、それは大変宜しくない。明日は数少ない友人と出かける日だとも言っていたから尚更だ。
かといって彼はまだ風呂に入っていないので部屋に送るわけにも行かず、かといってぐっすりと眠る彼を起こすのは気が引けた。
……そう、これは仕方のない事なのだ。
決して私がそれをやってみたかったとかそう言う気持ちがあるわけではない。
眠る彼を起こさず、寝違えないようにするにはコレが一番良いと思ったからやるだけなのだ。
そう自分に言い訳をしながらソファにもたれる彼の隣に座ると、その体を起こさないようにゆっくりと横に倒し、その頭を自分の膝の上に置く。
彼がネットとやらで買ってくれた寝間着越しに彼の体温と、髪の感触を感じる。
「ふふっ……」
言い表しがたい高揚感を抑えきれず、思わず声が漏れるが、名を呼んでも起きなかった彼が起きる筈もなく。依然として眠りについている。
そしてふと視線を横にずらし、シャツの間から覗く肌に眼をやるとそこには無数の傷跡が見える。
始めてそれをみたのはここに来てから2か月程経った時だろか。その傷はどうしたのか、大丈夫なのかと慌てて聞いても何でもないと誤魔化されたのを覚えている。
改めてその傷を見て、自分に辛い過去があるなら話して欲しいという気持ちがわき上がると同時に、人には触れられて欲しくない部分があり、あって半年も経たない者に話したくないだろうという冷静な心の声が聞こえる。
彼の頭を撫で、あまり手入れなどには無頓着なのだろう。少し固めの髪の感触を感じることでその考えを頭の隅に追いやる。
やがて暫くしてから彼が目を覚まし、状況を理解できず呆けた顔を浮かべるまでその感触と、この空気を楽しむことにした。
半年が過ぎるであろうある日。その時は唐突に訪れた。
何時も通り真上さんと共に朝食を取っていると、リビングの空間が突然グニャリと歪み、真っ黒な空間が作り出されると、その中から頭と胸にリボンを付け、白い水玉模様が入った赤いドレスに身を包む私と同じブロンドの髪を持つ女性がそこに経っていた。
その姿を見て私は思わずその名を叫ぶ。
「
「遅くなってしまい申し訳ありません……お迎えに上がりました夢子様。神綺様がお待ちしております」
真上さんには、一瞥もくれず私だけを見つめる女性こと妖奈。
その瞳には此方が帰ってくるのが当たり前だという思いが見て取れる……勿論私は神綺様の従者。
何時かはこの時が来ると分かっていたし、その時は迷わず帰るつもりでもいた。
だが、それでも。
真上さんの方へ顔を向けると妖奈と同じく彼も私を見ていた。
こちらの世界で彼と過ごした時間は約半年。永い時を生きる私にとっては決して長くはない時間だが、とても満ちていた時間だった。
2人で買い物に行った先で彼の知り合いである店主に彼女かとからかわれたり、その時に違いますよと言った彼の言葉に少し不満を覚えた自分に驚いたりもした。
「たまには私が作ります」と言って真上さんが晩御飯を作ってくれた時もあった。私よりも不出来であろうそれを美味しいと思ってしまったのは何故だろうと考えたものだ。
半年という期間の中で彼と作った思い出が走馬灯のように思い浮かぶ。
……そう、私はきっと彼と離れたくないのだ。
もっと共に食事をしたい。彼と一緒に見ようと言ったテレビドラマとやらもまだ全部見終わっていない。
買い物だって最近は私への勧誘が酷くて行けてないのだ。
それに、何時かはその体に刻まれた傷跡について教えて欲しい。辛い過去であるならば、私が癒してあげたい。
そう思っても現実は非常だ。
帰らなければという私と、まだ共にいたいという2つの私の感情の中で揺れ動いている時。
「夢子さん」
彼が笑みを浮かべた。
少し困ったような、いつもの笑みを。
「楽しかったです、この半年の間。今までは私と式だけでしたから」
ああ、やめてください真上さん。
そんな顔をしないでください。
「だから、有り難う御座いました。夢子さんもお仕事頑張ってくださいね」
敢えて私を離すような締めくくりをする。
それもきっと私が迷う事なく魔界へ戻るためなのだろう。
だから私も彼の意思を組まなければいけない。
おそらく、いや確実に私と彼はもう会うことはないだろう……だから少しくらい最後に我が儘を言っても許される筈だ。
「はい、こちらこそ有り難う御座いました真上様」
そう言って彼の側に近寄り彼の頬に口付けをする。
小さな音が部屋に静かに響くと、彼の驚いた表情を尻目に此方を変わることのない表情で待つ妖奈の元へ向かう。
そしてゲートをくぐる瞬間、今だに驚いている彼の方へ向き直り一言。
「それでは……行って参ります」
「……はい、行ってらっしゃい」
そう返してくれた真上さんの表情は穏やかなものへ変わっており、それを見た私は1つの思いを抱きつつゲートをくぐった。
──あ、これ伝わってないかもしれない。
神綺様の元へ戻って少し経つが、今だに彼のことを思い出す。
……半年も経たない内に知り合った男性に知らず知らずの内とは言え牽かれるとは、そこまで自分は節操なしだったのだろうかと考えるが、一目惚れという言葉があるのだから決して私のも可笑しくはないだろう。
そんな私の感情を見抜いたのか、神綺様が一言こう言った。
「別にゲートを通って向こうの世界にいけない訳じゃないんだから暇を見つけて会いに行けばいいじゃない?」
………………確かに。
まぁ。そんなことも思い付かなかった私は余程重症だったのだろう。
今ではそんなことはないが、しかしああいう別れをしてしまった以上、当時の私は会いに行くに行けず、そのままズルズルと時間が過ぎていった。
だが、今は外の世界よりも来やすい幻想郷に彼はいる。今度は恥ずかしがることなく会いに行き、再開を喜びたい。
……ただ、もうちょっとだけ覚悟を決める時間が欲しい。
そんな過去を思い出しながら歩いているとどうやら目的地についたらしい。
周辺には誰の気配もなく、ただ木々が風に揺られる音だけが辺りを包む。
「いい加減姿を現したらどうでしょうか」
生い茂る草木しかない前方を見つめていると、不意にそこの空間に一筋の切れ目が入り、ぱっくりと上下に割かれる。
開いた先の空間には無数の目があり、こちらを無遠慮に見つめ続ける。何度見ても不快感しかないものだが、使っている当の本人はどのような感覚なのだろうか。
「お待たせしましたわ、なにやら考え事をしているようだったので気を効かせたのですが……お節介だったかしら」
そう言ってその空間……『スキマ』から現れたのはフリルのついた紫のドレスを着こなし、少々変わったピンクの日傘を差した1人の少女。
その名は
幻想郷の創始者の1人であり、妖怪の賢者と呼ばれる圧倒的強者が妖しい笑みを浮かべながら夢子の前に立っていた。
読んでいただき有り難う御座いました。
妖奈さんについては夢子さんを迎えに行くのに誰が良いかなぁと怪綺談メンバーを探していたら見つけました。
彼女は五面中ボスなのですが、どうやら名前があったらしくどうせなら彼女にしちゃえと勢いで決めました。すいません。
怪綺談のストーリーについては向かったのは実際には靈夢ですが、ここでは靈夢=霊夢としております。
原作ファン、及び旧作ファンの方の中には不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。
大変申し訳ございません。
今後の展開の優先度について
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幻想少女とのやり取り重視
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異変について
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外の世界の友人達との再開