メジロマックイーンの甘え方   作:PFDD

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自室で

「かっとばせーユタカー!」

 

 メジロマックイーンの声援が室内に響く。彼女が応援する野球選手がテレビ画面の向こうでバッターボックスに立ち、バットをぐるりと回して構える。

 

「よし、よく見ましたわ!」

 

 一球目は見逃し、ボール。2球目もスライダーのボール。3球目は大きく振るが読みが外れてバットの端に当たってしまった。ボールが天高く翔ぶが距離は伸びず、セカンドに獲られてしまう。

 

「あ〜……惜しかったですわよー!」

 

 球場ではないのに声を張るマックイーンに苦笑しつつ、机の上にあるコーヒーカップを取ろうとした。しかしその際、興奮する彼女の腕にぶつかってしまった。

 

「あら、ごめんなさい」

 

 顔をくるりと向けて悪びれなく謝罪する彼女に、はてさてどうしようかと考える。体を捻った際に彼女の髪とパジャマが自身の体と擦れ、稀代のステイヤーと呼ばれて久しいウマ娘が、一人の少女でもあるということを意識してしまう。

 そんな少女が、夜間、寮にも帰らずトレーナーの部屋で、そのトレーナーの膝に乗って野球観戦をしている。この状況は果たしてどういうことなのかと、トレーナー業以外ではうまく回らない頭で考える。

 自身がメイントレーナーを務めるチームシリウス、そのエースであるメジロマックイーンは今現在、実家であるメジロ家の事情によりレースへの参加は控えており、エースの座も天皇賞・春でマックイーンを下したライスシャワーへ譲ろうとしている。他のスポーツで例えれば、先発を後進に譲った中でのオフシーズンのような扱いだ。だからといって"メジロマックイーン"というウマ娘が練習を疎かにするということはなく、都合が付けばチームに顔を出して練習に参加し、ライスシャワーをヘトヘトにすることもある。

 だからこそ、チームの今後などといったことでトレーナーに相談にくるということも珍しくはないのだ。

 だが、あの春の天皇賞から少しおかしくなった。

 まずトレセン学園のトレーナーの割り当て部屋ではなく、自宅に来るということが増えた。この広くも狭くもないアパートには、チームシリウス解散危機で二人三脚で走っていた時に来ることもあるにはあったが、それは練習帰りの一時的な休憩場所だったり、チーム部屋が学校の事情で一時的に使えなくなったりしたときだけだ。ましてやこうして夜の、寮の門限を超えたタイミングなどはなかった。しかも最近は、こういう状況が頻発しているのだ。

 さすがに寮の門限を超え、しかもトレーナーとはいえ男の部屋にくるのはまずいと言ったことがあるが。

 

「あら、それでしたら大丈夫でしてよ。メジロ家の都合で寮を空ける日は伝えていますし、ドーベルとライアン、爺やにも口裏は合わせていただいてますわ。それに、トレーナーのことは信じていますから」

 

 そのような感じでアリバイを作られ、全面的な信頼の言葉をぶつけられてしまっているのだ。

 なぜそんな用意周到な真似をするのか頭を悩ませはするが、問題はまだある。

 それはマックイーンの距離感だ。テレビを見るときはトレーナーの膝を椅子にし、仕事でトレーナーがパソコンに向かう時には、キッチンからコーヒーを用意する。加えていつの間にか洗面所には歯ブラシと高級な歯磨き粉、肌ケアなどといった日用品・美容品が置かれてしまっていた。マックイーン用で元からこの家にあったものは、客人用の布団くらいだろう。しかもそれは自分用で、マックイーンには寝心地のよいベッドを使ってもらっている。

 

「別に私は布団でも……いえ、やはりこちらがいいですわ」

 

 最初は布団を希望していたマックイーンだが、元々のお嬢様としては布団の寝心地に合わなかったのだろう、すぐにベッドを占領し始めた。こちらとしては、彼女の実家のベッドの方がいいだろうに、と疑問を覚えるが、それでもトレーナーの安物ベッドをよく使うのだ。

 

「感触がいいのですわ……それに、少しは慣れておきませんと」

 

 よくわからない理由だが、彼女には必要なことなのだろうと納得し、ベッドを明け渡すことにした。

 兎も角、そのような形でマックイーンが家に入り浸ることが増え、今日も今日とて、チーム練習の帰りに実家ではなくトレーナーの家に来た彼女は、いつも通りトレーナーに背中を預け、大好きな野球観戦をしているのだ。今は試合も終わり、時間もスポーツマンの彼女にしてはよい時間だ。

 

「お風呂、いつもありがとうございますわ」

 

 後は寝るだけといった中で、試合前に用意していた風呂から上がったマックイーンが洗面所から出てきた。彼女の雰囲気に合わせた白基調のパジャマに身を包み、耳と髪、揺れる尻尾が湯気を帯びて揺れ、ペタペタとスリッパで床を歩く音と共に彼女が近づくたび、マックイーンが実家から持ち寄ったシャンプーやコンディショナー、そして彼女自身の香りを振りまいている。

 どうぞ、と彼女のお風呂上がりに合わせて用意していたホットミルクを渡すと、彼女はそれを持ったまま、またトレーナーの腕の中にすぽっと入り込んだ。

 

「まだ書類が終わっていないのですか? 偶には手早く終わらせたらいかがかしら」

 

 モニターの内容を見て苦言を呈するマックイーンに、わかったわかったと言葉で流しつつ、キーを打つ。内容自体は形式が決まっていて、残りはその一枚だけだったこともあり、作業自体はすぐに終わった。後は日課の今期のレース予定と練習状況から見るテームメンバーのコンディション確認、それにウマ娘関連のニュースをチェックだが、マックイーンをそれに付き合わせるのも悪いと思い、軽くニュースを一緒に流し見するぐらいに留めた。

 

「往年のウマ娘を振り返る……ルドルフ会長以外に、それ以前のカスケード選手やマキバオー選手……かなり昔の方の特集みたいですわね」

 

 家柄上、文武両道を当然としているマックイーンは、特集されている面々の名前もすらすらと出てきた。さすがだな、と褒めるとぱたぱたと尻尾が腹の上で揺れた。

 

「メジロ家の者として当然ですわ……けどそうして素直に褒めてくれると、嬉しいものですわね」

 

 返ってきた素直な感謝の言葉に、それはよかったと応えつつ、こそばゆくなった心中を隠すように彼女の頭を撫でた。芦毛特有の白い光沢を持った髪は、風呂上がりの影響か手に吸い付くように絡みつき、しかし髪本来の柔らかさですぐに解けてしまう。一方でウマ娘にとって敏感な器官である耳には指先ひとつ触れないように注意する。

 

「むう……そうやって子供扱いするのはよしてくださいますか」

 

 少しの間だけ気を許してくれていたマックイーンは、はたっと気づいたようにこちらの手を払い、ホットミルクを飲み干してトレーナーから離れると、そのままベッドへと腰掛けた。どうやら機嫌を損ねてしまったようで、仕方ないと自分もパソコンの電源を切り、風呂場へと向かった。

 そのまま風呂に入り、早めに上がってしまうと、やはりマックイーンはすでに横になっており、部屋の電気もキッチン以外は消されていた。

 自分も明日は早いため、電気をすべて消して布団に入ることにした。入る前に、おやすみマックイーン、と一言告げる。彼女には聞こえていないかもしれないが、それでもした方が気分がいいからだ。

 明日は朝からどのメニューからだっけか、と目を瞑って意識を落とそうとすると、不意に物音がした。

 マックイーンがトイレとかで起きたのかな、と横に寝返りをしながらぼんやりと考えていると、不意に掛け布団の一部が捲れ、背中にぴたりと温かな感触がくっついた。

 

「……私も、お休みと言い忘れてしましたわ」

 

 マックイーンだ。彼女の顔はここから見えないが、その声と香りは間違いなく彼女のものだ。しかし何故このようなことが、と思ったが、しかしその声を発するよりも前に、彼女の顔が耳元に近づき、温い吐息が鼓膜を震わせた。

 

「おやすみなさい、愛しい人(トレーナーさん)

 

 それきり、温もりが離れ、またベッドへと戻っていった。

 いつもどおりの言葉だし、ただのお休みの挨拶だ。なのにそれだけで、胸が不整脈でも起こしたようにバクバクと鳴った。眠気も一気に吹っ飛び、目も冴えてしまった。しかしその状態で起き上がるのは妙に恥ずかしく、せめて鼓動が眠りについたマックイーンには聞こえないよう、布団を被り直す。

 マックイーンがどうしてそのような行動をしたのかはわからない。だが、それがこうして心を許してくれた彼女なりの甘え方や接し方だとすれば、トレーナーである自分は慣れなければいけない。断じて、学生のウマ娘に恋したような、阿呆の如き勘違いを起こしてはいけないのだ、

 とにかく、今日は中々眠れそうになかった。

 

 

 

「……少しは気づきなさいな、バカ」

 




ゴルシ「こいつらこの後うまぴょいしたんだ!」
ライス「ゴールドシップさん!!」(無言の腹パン)

うまぴょい版は作者のトレセン学園にマックイーンが来たら書きます。

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