メジロマックイーンの甘え方   作:PFDD

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テイオー&マックイーンの限定衣装が来ました……ジュエルの貯蔵は十分か?

あと、実質前座回なのでほとんど甘みがありません、お許しください。


お祭りで・前編

 東京レース場とトレセン学園のある東京府中には大国魂神社がある。旧くは武蔵国(埼玉〜神奈川の一帯)の総社として機能していたそこは、春の時期には奈良時代より連綿と続く"くらやみ祭り"と呼ばれる例大祭が行われる。祭りの行われる7日間の人出は70万人とも言われ、府中市の大イベントに数えられている。URAもその運営にガッツリ関わっており、特に祭りの中頃に行われる"こまくらべ"と呼ばれる儀礼では、G1勝者などの人気ウマ娘6名が専用の衣装を纏って旧甲州街道を練り歩く。その光景はさながら遊園地のパレードのようであり、最後には神社敷地内で設営された特設ステージでライブも行われるという力の入れようだ。一部のウマ娘にはこのくらやみ祭り・こまくらべを目標とするものもいるほどだ。

 今回はチーム・シリウスからも、春の天皇賞で"3度目の勝利"を達成したライスシャワーが選出されており、自動的にチームメンバーも運営に携わることとなったが、その内容はあまりに忙しく、中々自由時間が取れないほどだ。

 今はようやくそれも落ち着き始め、こまくらべ最後の行事であるライブまで進んでいた。

 

「しっかし、なんとか形になってよかったな」

「ええ、ライスさんもすっかり勝者の矜持が身についてきましたわね」

 

 特設ステージの舞台袖で、運営スタッフ向けのシャツと法被を纏ったゴールドシップとメジロマックイーンにうんうんと頷く。ステージを目を向ければ、日本舞踊の舞を取り入れたダンスをセンターで踊るライスシャワーが、くせっ毛の黒髪をなびかせてターンを決めていた。普段の勝負服とは打って変わって、踊りやすいようにスリットの入った白の巫女服を纏う彼女は、青いバラ模様の入ったレースと両手の神楽鈴と相まって、明るい一等星のごとき輝きを放っていた。汗を垂らしながら自然と形となった笑顔は、彼女自身の願いと、それを叶えることができた自信と自負を称えていた。

 マックイーンの言った通り、ライスシャワーはチームシリウスのエースであると同時に、"ヒーロー"として人々に受け入れられたのだ。

 

「ふう、ふう……が、頑張ってきました!」

「お疲れさまでした、ライスさん」

「おう、お疲れ。トレーナーも何か言ってやれよ」

 

 ライブの終わり、ゴールドシップに言われるまでもなく、務めを果たしてきたエースをお疲れ様の言葉をかける。体の火照りとは別の理由で赤くなったライスシャワーがはにかみ、レースに隠れたウマ耳がピコピコと上下しているのがわかる。

 そのような彼女の成長に心の底から嬉しいと思え、ついマックイーンのように手をやり、頭を撫でてしまう。一瞬戸惑ったような様子を見せたが、えへえへ、とすぐに耳を傾けてそれを受け入れてくれた。

 

「あら、汗だらけのウマ娘に対してデリカシーがないのですね」

「おう……おめーもうちょっと気をつけろよ」

 

 その様子を至極常識的な発言で咎めるマックイーンは、内容に反して口調は柔らかく、ゴールドシップも微笑んでいるが、若干口の端が痙攣しているように見えた。

 

「あ、ご、ごめんなさい! 他のお仕事もあるのに……」

 

 注意されてすぐに手を離すと、一瞬ライスシャワーが名残惜しそうにしたが、すぐに仕事のことを思い出して周囲を見回した。同じように選抜されたウマ娘たちは着替えのための仮設テントに向かっており、ここに残っているのは自分たちだけとなっていた。たしかに彼女の言う通り、まだいくつかイベントは残っている。メインステージが終わった後でも、同じステージ上で事前にエントリーしていたチームがダンスを披露したりと、神事の工程は終わってURA主体のエンターテイメントイベントが残っている。

 そうは言っても、それは自分たちが主体ではない。

 

「さってと……そろそろアタシらも自由時間だよな!?」

 

 ゴールドシップの言う通り、自分たちが主演の舞台は終わったのだ。上もそこを理解しており、ここからは通常のスタッフ中心で運営される。そのためこまくらべ参加のチームは何人かのメインスタッフを残してフリーとなっており、シリウスのメンバーもライブが開始する直前から自由時間を取っていた。あえて観客席からライブを見たり、出店の有名所を制覇しに向かっていたりと、皆祭りを謳歌している。

 そしてゴールドシップは法被を一息で脱ぐと、目にも止まらぬ速さで着替えたのか、制服の上に今度は自前の法被と売り子道具一式、そして事前に仕込んでいた焼きそばを装備していた。

 

「ライス、とりあえずこのシリウス焼きそばを売りさばくぞ! そのままついてこい!」

「ええッ! こ、これ借り物だよっ!」

「こまけーことは気にするな! 後でトレーナーが何とかしてくれるって」

 

 酷い擦り付けが行われた、巫女服のライスシャワーという物珍しさもあって、たしかにこういうのも有りだと思い、うんうんと頷いて許可を出した。ただし、あまり汚しすぎたり破ったりしてはダメだと注意することは忘れない。

 

「わーかってるって! んじゃ、アタシたちも行くなー! お前らも楽しんで……ってか、マックイーンの機嫌取れよー!」

 

 わー、と悲鳴を上げるライスシャワーを引っ張り、一陣の風となって人の群れの中へと突っ込んでいったゴールドシップ。とりあえず大丈夫かなと考えつつ、ふと何かと勘のいい彼女が妙なことを言っていたことを思い出した。

 

「……随分と、巫女服のライスさんを気に入ってましたのね」

 

 不意に、寒気が走った。その発生源に恐る恐る目を向けると、腕を組んだまま笑みを浮かべるマックイーンがいた。しかし先程までライスがいた時とは打って変わって、尻尾も左右に大きく触れ、体中から"私、不機嫌です"という言葉をオーラとして発していた。この状態に一番近いのは彼女の応援球団が33-4などの大敗を期した時や、お気に入りのケーキショップで並んでいる時、目の前で狙っていたホールケーキを買われてしまった時だろうか。

 とにかく、マックイーンの機嫌が非常に悪いというのは心情的によろしくない。もしかして巫女服を着てみたかったのかと思い、準備しようとしたが。

 

「まっっったく違いますわ!!」

 

 即否定されてしまった。マックイーンが着るのもとても似合いそうだったので残念に思ったが、ここまで臍を曲げられてはそれも望み薄だろう。

 

「とにかく、今日のお仕事はここまでなのでしょう! だったらわた……私達を労ってください!」

 

 そうは言うが、この場に残っているシリウスは既に自分とマックイーンぐらいだ。自分もこの後本部に言って、ライスシャワーの舞台衣装の貸し出し延長を事後申請せねばならず、マックイーンをそれに付き合わせるのも悪いだろう。

 

「……なんでこんな時に限って唐変木になるんですかっ」

 

 そう言うと、くるりと踵を返して仮設テントを出ていこうとした。つい、どこに行くのかと訪ねたが、細められた眼光が返ってきた。

 

「ゴールドシップさんたちを手伝ってきますわ、お仕事、頑張ってください」

 

 労いのはずのそれは、突き放すような冷たい声音を伴っていた。耳をシュンと垂らしたマックイーンはそれきりテントから出ていってしまい、残された自分は、なぜか強いショックを受けてしばらく動けなかった。次の出番待ちのウマ娘たちに声をかけられるまでそのままだったが、正気に戻ってすぐに外に出て、周囲を見回した。

 辺り一杯に人、人、ウマ娘、人、ウマ娘。自由に動くのも難しい人混みの中、いくら綺麗な芦毛を持つマックイーンと言えど、その姿を探し出すのは難しい。何よりも人々の活気の中を、マックイーンの姿がないだけで楽しいものと思えない自分がいることに驚いていた。

 はぁ、とため息を吐いて、肩を落とす。そのまま運営本部となっている社務所へと足を向け、流れるまま衣装の話を通した。だが自分で考えているよりも表情に出てしまっていたようだ。

 

「キミ、顔色が悪いね。大分仕事振っちゃったからなぁ……よし、ならこの後と……うん、明後日はフリーにしていいよ、そこならこっちの正規スタッフの方が慣れてるからね」

 

 神社側の運営スタッフにも気を使われてしまい、すみませんと謝りながら、たまらず滅気てしまう。先代のオヤジさんに叱られた時よりはマシだが、すぐに立ち直るのは難しいかもしれない。

 これは早々に引き上げた方がいいかな、と意気消沈したまま社務所を出ると、ちょうど焼きそばを売り歩いていたゴールドシップたちと目があった。

 

「はい、250円です……あれ、トレーナーさん?」

「あん、何やってんだトレーナー? マックイーンはどうしたんだ?」

 

 ライブの目玉だったライスシャワーが直接売っているということもあって、かなり大盛況になっている。しかも巫女服ともなれば、熱心なファンが彼女たちの周囲に集まっていたが、そこはゴールドシップが視線で牽制するだけで退散していた。しかしその肝心の売り子の中に、マックイーンの姿がなかった。

 2人がいなくなった後、マックイーンも2人を手伝いにいったと伝えたが、ゴールドシップは片手で頭を抱え、ライスシャワーは困惑したような表情を浮かべてた。

 

「いや、マジかよお前。そこは追いかけてやれよ。つーか何でアイツがヘソ曲げたかわかってんのかこのスットコドッコイ」

「そ、そうだよ。マックイーンさん、きっとトレーナーさんを待ってるよ!」

 

 高身長のゴールドシップにアイアンクローを決められつつ、ライスシャワーからも珍しく非難の目を向けられた。彼女の機嫌を損ねてしまったことは確かに自分が悪いが、どうして損ねてしまったのかが分からないと、どう謝ればいいかわからない。経験不足なトレーナーとしての自分が嫌になると、自分でもバカだと想う"言い訳"を伝えると、今度は落胆のため息を吐かれてしまった。両者とも、耳まで垂れ下がった徹底ぶりだ。

 

「しゃーない、このゴルシちゃん様が一肌脱ぐか……ライス、これ持っとけ」

「うん、強いのしてあげてね。足りないならライスがやるから」

「いや、今のお前だとトレーナーがうわらばしちまうから止めとけ」

 

 ライスに商売道具一式を預けたゴールドシップが、距離を取るように離れた。何だ何だと周囲の人々も輪を作り、奇妙な空き空間ができあがっていた。急に命に危機に関わるような悪寒を感じたが、しかしいつの間にか背後に立ったライスシャワーに服を捕まれ、逃げられないようになってしまった。

 

「さーてと……この鈍感トレーナー! ウダウダしてねーでとにかく探して謝ってこいキィィッック!!」

 

 瞬間、時速30キロの速さでゴールドシップがこちらへ駆け出し、勢いそのままにドロップキックを繰り出した。防御するしかない自分は何とかそれを受けつつ、ぐんとライスシャワーに引っ張られるまま、真後ろへと蹴り飛ばされてしまった。

 視界が急速に浮いたと思った瞬間、ごん、と何かにぶつかって止まった。目の中に星ができたのも一瞬で、何とか起き上がって後ろを見ると、どうやら境内の大樹に受け止められて、腕と腹の痛みに以外に大した怪我もなく済んだのがわかった。器用に放物線を描く形で蹴り飛ばす、いや投げ飛ばされたおかげで、祭りを楽しむ人々にぶつかることはなかったのも幸いだ。

 しかし空を飛んだのは相当目立ったらしく、出店や観光客の人たちが心配そうにこちらの様子を伺っていた。まだ視界がチカチカするが、しかし心配は掛けまいと周囲に謝りつつ、ソフトドリンクを売っている出店から一つ飲み物を買った。

 500mlの天然水。お祭り価格のそれを、キャップを外し、自分の頭の上へ勢いよくかけた。ぎょっと周囲の人が目を向くが、気にせず両手で頬を叩き、顔を上げる。ぱちくりとした店主に感謝し、体の向きを雑踏へと向き直した。

 あの強烈な蹴りで目が覚め、頭から被った水で顔を洗い、ようやく普段の自分に戻れた気がした。後でゴールドシップたちに感謝しようと記憶しつつ、雑踏の中へ走る。

 探すのは、あの綺麗な芦毛の髪と耳、そして彼女特有の気品さと残念さを兼ねた独特な佇まいだ。特にこれだけの人混みの中であれば、彼女の妙な鈍臭さが表に出てきて、どこかで立ち往生しているかもしれない。

 場所は主に甘味系の出店。りんご飴にかき氷、綿あめやチョコバナナ。目ぼしい場所を虱潰しに見て回り、敷地の外の旧甲州街道や府中街道までも走り抜ける。ウマ娘のような速さはないが、トレーナーである以上、鍛えてはいる。それでも人混みをかき分けての捜索は体力を削り、熱気もあって汗が滲んだ。

 だが、その甲斐もあって、ようやく彼女を見つけた。

 

「なんで……普段から来ている場所ですのに……ここはどこですの?!」

 

 案の定、道端で両手一杯の食べ物を抱えたマックイーンが、耳と尻尾をタレてポツンと立っていた。その姿に安堵しつつ、息を整える間もなく彼女の前へと立った。

 

「あ、あなた……っ」

 

 マックイーンが何かを言おうとする。だがそれを遮るように、ごめん、と大声で叫び頭を下げた。

 そうだ、自分のパートナーの何かを大きく傷つけてしまったのだ。なら自分はそれが何であろうと、まずは謝らなければいけなかったのだ。それがメジロマックイーンであれば尚更だ。

 彼女に、悲しい顔は似合わない。嬉しくて泣くのはいい。レースに負けての悔し涙も、時には必要だと思う。だが意味もなく、理不尽な悲しみのものは、見たくない。メジロマックイーンにそのような顔をさせるのは、トレーナーとして、1人の男として、阻止しなければいけない。

 なぜなら、自分は彼女と一心同体になると決めているのだから。

 

「……もう、そんなになって……どうせ私が怒っている理由なんて、まだ思い当たらないのでしょう」

 

 呆れた様子のマックイーンだが、その声音には先程のような重いものが感じられない。図星であるが、機嫌を治す切欠になってよかった、と顔を上げると、マックイーンが右腕に抱えた食べ物類を差し出された。

 

「ほら、こっちを持ってください」

 

 有無を言わさぬ様子に黙々と従い、両手に食べ物を抱えると、するりとマックイーンが隣に立ち、空いた右腕をこちらの左腕に絡めてきた。

 

「別に道に迷ってはいませんが、ちょっと買いすぎて疲れていましたの。なので私の片手を支えつつ、荷物持ちになりなさい。それで少しはチャラにしてあげますわ」

 

 揚げ団子を頬張りながら、上目遣いのまま調子の良い声が、人混みに消されることなく鼓膜を震わせた。先程まで垂れていた耳はこころなしか元気になって、ぴこぴこと上下している。

 機嫌はまだ6割ほどだが、それでもよくなってくれたらしい。そのことに安堵しつつ、さて残りはどうやって取り戻そうと考えつつ歩く。自分とマックイーンの歩幅は違うので、少し遅く、彼女の歩く速度に合わせる。ぐっと引っ張られるたび、彼女の体温と髪の感触が腕にまとわりつき、普段の膝上の感覚とはまた違う心地だった。

 

「とりあえず、出店を全部制覇しますわ! ……とはいっても、この時間からでは難しそうですわね」

 

 ようやくマックイーンの意気揚々とした宣言が聞けたと思ったが、しかしすぐに言葉尻が弱くなってしまった。彼女の言う通り、既に今日の終了時間は迫ってきており、人々の往来も少なくなりつつあった。

 それなら、と一つ提案する。

 明後日がシリウス全体で自由時間が取れたこと。その時に一緒に出店を回ろうと。

 

「っ……〜〜〜……そ、それは、貴方にしては、気が利きますわね」

 

 数瞬、耳と尻尾をピンと張り、顔を赤らめたマックイーンだが、一度咳をするとそう聞いてきた。埋め合わせも兼ねて、付け加えると、再び口元がヘの字になってしまった。

 

「それだけですの?」

 

 そう問われるが、しかしパッと答えは浮かばないように思えた。しかし先程のキックが頭でまだ響いているのか、ひとつの気持ちが自分の奥底にあるのに気づいた。

 マックイーンと一緒に回りたい。それだけの、一介のトレーナーがメジロ家のお嬢様に言うにしては、中々我儘な願望だ。

 

「合格、ですわ」

 

 しかし自分の懸念とは裏腹にお気に召す回答だったようで、組んだ腕の力が強まり、彼女の頭がぽふっと肩へと当たった。そのことに安堵の想いと、同時に年甲斐もない胸の高まりを感じた。

 明後日が待ち遠しい。レース以外でそう感じるのは、とても久しぶりだった。




ゴルシ「ここからホテルや境内裏でうまぴょいするのか。その謎を解き明かすため、我々は南米へと向かった」
ライス「ゴールドシップさん!」(無言の鳳翼天翔

ウマ娘世界でのくらやみ祭りがわからなかったので勝手に書きました、公式からこの辺りの情報が出たら消します。

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