メジロマックイーンの甘え方   作:PFDD

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 リアル事情でマックイーンの誕生日に本作を完結できなかったのは私の責任だ。
 だが私は謝らない。

追記:マックイーンはまだ来ません()


お祭りで・後編

 卑怯な人だと、最近はいつも思っている。それが唯一無二とも思えるトレーナーに対しての第一の感情とは、傍から見ればどうなのかとも思うが、しかし純然たる事実だ。

 メジロマックイーンはからんころんと履き慣れない下駄を鳴らしながら、待ち合わせ場所へと向かいつつ、そんなことをぼんやりと考えていた。普段は綺麗に伸ばしている芦毛を、今日は瞳と同じ紫水晶の髪留めでまとめて、浴衣は新しい勝負服に合わせた白地にアジアンタムの柄をあしらった、可憐と呼ばれるようなセットをしている。祭りの景色の一部というには、いさかか華が有りすぎるくらいだろう。時節ではないだろうに、ここまで気合を入れなくてもと、メジロの屋敷でこのお祭り専用勝負服を用意したメジロライアンとメジロドーベルに今更ながらの文句を零しつつ、目的の場所についた。

 くらやみ祭りが行われる最中でも、通用口としてよく使われる神社の東口。その前で足を止め、周囲を見渡す。いささか早く来てしまったのか、トレーナーの姿は見当たらない。現地集合はあちらが言い出してきたことだが、それでも女性を待たせるというのはいただけない。

 

「まったく、ここは少し早く来るのがマナーでしょう?」

 

 誰かに聞かせるわけでもない呟きが、境内から鳴り響く喧騒にかき消される。それを分かって、ふう、と尻尾を揺らして、夕焼けから夜に染まろうとしている空を見上げる。地上の賑やかさによって暗がりの広がりは緩やかだが、だからこそ、祭りの熱気が際立つようだ。それはさながら、マックイーンの胸の中にいつの間にかあった"想い"に似ていた。しかも意思を持つウマ娘である自分は、それを自覚し、時に飼いならそうとして、逆に振り回されてしまう。

 その中心には、いつだって彼がいた。

 

「傍に、依りすぎるのですわ」

 

 彼への感情をひとつひとつ確かめるように、声に出す。

 ウマ娘のことを第一に考えてくれる。その信念を行動で示してきた。そういうところを、サブトレーナーのころからずっと近くで見続け、その気持に支えられてきた。

 共に走る誰かがいなくなってしまった時も、失態と期待に押し潰されそうになった時も、春の夢がこぼれ落ちた時も。

 そして、一昨日の時も。

 それが卑怯なのだ。傍にいてほしい時に傍に居てくれて、前へと走り出す切っ掛けをくれる。時には目で、時には言葉で、方法は違えど、その心にあるのはただ一途なまでの感情だ。

 だから、勘違いしてしまった。知らず知らずの内に、踏み込んではいけない心の領域に足を踏み入れてしまった。

 この気持ちには、いつ気づいたのだろうか。トレーニング中だっただろうか。それともベタに、メジロドーベルと読んでいた小説や漫画からだったろうか。

 気づけば、必要以上に彼の姿を追っていた。気づけば、トレーニングで速くなる実感を得るよりも、共にいることが嬉しくなった。気づけば、他のウマ娘だけではなく、彼と同じ人間の女性が近づくことを不機嫌に感じ、警戒心を抱き出した。気づけば、プライベートでも傍にいたいと思い始めていた。

 そのことを自覚し、それがある感情に起因するものだと理解するころには、メジロマックイーンはもう引き返せない所まで沈んでいた。

 

「自分のことながら、本当に我儘で……都合のよいウマ娘ですわね」

 

 一昨日の時も、この感情のせいで、大事なチームメンバーであるライスシャワーに嫉妬してしまった。綺麗な衣装を纏い、自分が成し遂げられなかった天皇賞・春の3勝目を成し遂げ、彼にそれを褒められた。

 それは、自分が手に入れるはずだったものだ。

 もしかしたら、彼の気持ちが、別の誰かに向いてしまうかもしれない。

 精神を常に律する"メジロのウマ娘"である自分の中で、今まで考えもしなかった暗い感情と想像が、そしてライスシャワーを祝福する彼への怒りが一度にわッと沸き立ち、爆発を抑えることもできずに、そのままぶつけてしまった。今考えれば、ゴールドシップはその感情を察していたのだろうが、止めるような素振りを見せなかった。奇妙なところで気遣いができるチームの仲間に、怒っていいのか安心していいのかわからなくなる。

 それでもあの時は、彼だけにぶつけてよかった。もしライスシャワーがあの場に残っていたら、もっとひどい言葉が溢れてしまったかもしれない。

 

「そういえば、そのことは謝っていませんでしたね……」

 

 そのことに思い当たり、ならば彼が来たら謝ろうと考えはしたが、しかし頭を振って霧散させた。

 彼は自分が理不尽な怒りをぶつけたことについても、そうだったのか、とちょっと驚くぐらいだろう。そもそも、何故そこで嫉妬なんて言葉が出てくるんだ、もしかしたらメンタル面でのトラブルがあったのか、とデリカシーのなさを発揮してくるかもしれない。そんな想像をしてしまうと、ついつい、腹の底から怒りが浮かぶ。妄想じみたもので勝手に怒りを抱くなど、それこそゴールドシップを笑えないが、しかしただ待たされているこの状況が悪いのか、泡のような怒りは消えそうにない。

 

「猪突猛進、考えなし、唐変木、ウマ娘だったら誰でもいいスケコマシ、アホの人、お人好し、人の気も知らないニブチンのサブトレーナー気質……」

 

 怒りという泡が弾けると共にあふれる罵詈雑言が、尻尾が揺れるたびに口から出る。考えうる限りのレパートリーを一つ一つが連ねていくが、しかし声自体が小さく、祭りの歓声の中に溶けてしまう。

 

「バカ……好き、大好き……愛しています」

 

 だから、この感情の最奥にあったものが、素直に吐露できた。たったそれだけで、胸が苦しくなった。

 

「……お待たせ」

「うひゃぁぁぁい!!? と、トレーナーさん!?」

 

 没頭していた思考が、急に待ち人から掛けられた声で急浮上させられてしまう。耳と尻尾が意識と共にピンと逆立ち、真っ赤になった顔を咄嗟に声のした方へ向ける。いつもの見慣れたトレーナーの呑気な表情が目の前にあり、もう一度耳と尻尾が跳ね、たまらず後ろへと下がった。

 

「だ、大丈夫か? もしかして待たせすぎて結構気が立っていたり……」

「そ、そんなんじゃありませんわ! それよりももしかして、聞こえなかったのですね?!」

「ああ、もしかして……大丈夫だよ、さすがにお腹の音もこの賑わいじゃあ聞こえないって」

「〜〜〜、もういいですわ! それよりも早く行きますわよ! この前の場所から虱潰しに行きますわよ!」

 

 肝心の所は聞かれなかったが、乙女の尊厳に関わるような勘違いをされてしまった。彼の家で料理を作ってる時など、普段からよく聞かれているような気もしたが、この場でそういうことを言うのはデリカシーがなさすぎる。これはまた激怒していいのでは、と思いつつ、気持ちはこれから始まる食い倒れツアーに向いており、一旦保留として頭の片隅に放り投げた。

 

「ああ、ちょっと待って。さっき設営を手伝った時にもらった最新版の地図があるから、先にそれを見よう」

 

 彼の提案に一旦足を止め、広げてもらったハンドサイズの地図を覗き込む。彼は今設営を手伝ってきたというが、トレーニング時の動きやすそうな上下と、スタッフ向けの法被を腰に巻いており、見るからに祭りの実行委員から抜け出してきた体だ。自分から今日は休みだと言っていた癖に、十中八九、誰かの困った時の埋め合わせをやっていたのだろう。

 普段ならばその行動を賞賛するだろうが、自分よりも仕事を優先されたような気がして、嫌な気持ちが湧きそうになった。

 そして、そのような小さなことで腹を立てる自分が、少し嫌いになりそうだ。

 

「ほら、今から神輿渡御が始まるから、ストリートに人が集まる。だからここから駅の方向へ遠回りに行けば……マックイーン?」

「……何でもないですわ」

 

 頭を振って、気持ちを楽しいことに向けようとして、地図に目を落とす。しかしそれよりも先に、地図が仕舞われてしまって、パチクリと目を瞬かせてしまった。なんですの、彼を見上げると、少し悩んでような調子で唸っており、本当にどうしたのかと心配になった。

 

「……いや、そうだな。うん、ゴールドシップにも言われたことだし」

 

 そして何かを自分の中で納得させると、改めてマックイーンへと向き直った。

 ドキリと胸が高鳴った。先代トレーナーからシゴキを受けている時や、最近では自宅に押しかけている時でも、目と目を合わせて話し合う機会などいくらでもある。けれども今日はお祭りだ、その雰囲気が、自分の恋をかき乱して、表に出しやすくしていた。

 

「マックイーン、遅れてごめん……それと、その浴衣、似合ってるよ」

 

 情けなさも混じった、不器用なハニカミで、そんなことを言ってきた。

 ああ、だから。

 こんな時に、そういうことを言わないでほしい。

 

「……だったら、今日は誠意を見せていただきたいですわ」

 

 呼吸は浅く2回。躊躇を隠しながら、左手を差し出す。いつか、あの偉大なるエースの花道を見たときのように。

 

「今日は、貴方から誘ってもらったのですから……エスコートを、お願いしてもよろしいですか?」

「……わかったよ、お嬢様」

 

 一瞬の困惑と、気恥ずかしさからの視線外し。けれどもすぐに気を取り直した調子で差し出した手を取られ、指を囲うように握られた。人とウマ娘、力の違いはあるが、それでも体格は彼の方が大きい。左手が全部隠れてしまいそうだ。

 普段は膝の上に座ってすっぽり収まるぐらいはしてるのに、ただこうして手を繋ぐ方がずっと恥ずかしくて、こそばゆい。

 

「あっ……うん、とりあえず、行こうか」

「ええっ」

 

 自分とは思えないぐらい軽やかな声が喉を震わすと、軽い力で手を引っ張られる。逆らうことなくそれについていき、彼の隣を歩く。ちらりと横目で見ると、トレーナーの横顔と、意外に大きな肩が視界に映った。普段から見慣れているはずなのに、この場の雰囲気がそうさせるのか、いつもよりずっと凛々しく見えて、カッと顔が熱くなり、すぐに視線を正面に戻す。

 昨日は勢いに任せて腕を組んだ。そのときだって、恥ずかしさより嬉しさが勝って、鼓動はまだ落ち着いたものだった。

 そのはずなのに、手を繋いでいるだけの今のほうが、胸の高鳴りが止まらない。顔の赤さが取れない。白い筈の耳が赤くなってピンと立ち続けているのがわかる。

 ああ、どうしようもない感情が渦巻いている。

 この感情の名前は"恋"と"愛"だ。

 むず痒くって、気恥ずかしくて、心地よい。

 きっと、叶わないと言われる、大切な初恋だ。

 

 

 

「見てくださいトレーナーさん、あそこはニンジン入り綿あめですよ!! ああ、あちらにはマンゴー餡のたい焼き! あ、次はあそこのメロン飴ですわ!」

 

 所狭しと存在する屋台の列の中、お菓子やスイーツを扱う店をピンポイントで探し当てながら、喜色満面のマックイーンが先を行く。それに手を引っ張られる形でついていきつつ、自分の顔にも笑みができていることに気づく。先程までのマックイーンはシリウスに初めて入部した時のような借りてきた猫に近い状態だったのに、祭りの雰囲気にすっかり呑まれてか、もしくはスイーツを食べているうちにスイッチが変わったのか、こうして積極的に次々と屋台へ突撃している。そんな普段のマックイーンに戻り始めていることに安堵した。

 それでも、先程までのマックイーンの様子が気にかかってしまう。

 いや違う、どうしても忘れられないだけだ。

 

 バカ……好き、大好き……愛しています

 

 聞こえてしまったのだ、自分のことを指してそう呟いているのを。聞くべきではなかったと思ったが後の祭り、何とか腹の音のことだと誤魔化して、祭りを楽しむ方向へ舵を切った。それでも繋いだ手からは彼女の鼓動が聞こえ、自分にもそれが伝播して、心臓が早鐘を打ち始めた。顔には出ないように気張っていたが、気づかれないか心配だった。

 薄々、気づいていた。いや、気づかないフリをしていたのだ。

 どうして一トレーナーの部屋に入り浸り、果てには言い訳をつけて泊まるようにもなったのか。常に密着するような距離感になったのか。時々妙に余所余所しくなったのか。卒業という別れに、今一度心が萎れかけてしまったのか。

 ただの自意識過剰だというのが一番穏当だ、ゴールドシップにイジりネタを提供する程度で済む。だが、本当に"恋"だとすれば話は別だ。

 ウマ娘とトレーナーの関係は、時に恋人や夫婦とは違う、しかし密接にリンクするものだ。ウマ娘は花形として輝き、トレーナーはそれを支え、時に利用する。その身体能力と領分から役割分担がしっかり分けられた関係性であり、どちらかがその役目を止めれば、パートナー解消となるいう、実はビジネスライクな部分がある。職業でいうと、アイドルとプロデューサーのそれが一番近いだろう。勿論、ほぼ引退したウマ娘は自分の専属トレーナーと結婚するということもなくはない話だが、その関係性はかなり踏み入ったものだと聞いたことがある。そういうことは先代トレーナーで扱きを受けている間に聞いているし、ウマ娘と結婚した元トレーナーとも顔見知りだ。

 だが、自分がそうなるとは思っても見なかった。マックイーンのことは勿論、一生涯ということになっても支えるつもりだった。しかしそれはトレーナーという、一本の境界線を敷いた上でだ。必要であればその線を超えることも吝かではないが、それは他のウマ娘相手でもやることだ。それぐらいしないといけない、いやそうして上げたくなるほどの輝きを持つのがウマ娘なのだ。

 だから、メジロマックイーンというウマ娘にも、本来はそのように対するべきなのだ。トレーナーとしては生涯支え続ける。不安を抱くようであれば、チームの皆で励まし、前に進めるように共に努力する。だが、恋という感情はそこには含まれていない、彼岸と此岸の立ち位置になるということだ。敏い彼女もそれは理解しているはずだ。

 だけど、今度は彼女からその線を越えて、河を渡り始めた。

 どうしてそのような気持ちを抱かれたのかはわからない。それを向けられて、戸惑っているという気持ちが自分の中でも強い。

 それでも、嬉しいという感情が、徐々に強くなっていることが、否が応でも自覚できてしまった。

 自分の手を引っ張り、笑顔で先を歩くマックイーンが輝いて見えた。右手いっぱいに食べ物を抱え、それを一つずつ食べていく姿が愛しく思える。射的屋で一緒に小さな箱を撃ち落とし、それがおもちゃの指輪であったことに気づいて変に意識する姿に胸が締め付けられる。神輿を見ようとする人混みに流されそうになるのを防ぐため、強引に引き寄せた体が、可憐な浴衣とアップになった髪も相まって、普段意識するよりもずっと小さなものに感じてドギマギする。

 どうやら、思ったよりもやられているようだ。いや、以前からそういう感情を、彼女に感じることはいくらでもあったのだ。昨日今日の話ではない。

 自分はチーム・シリウスのトレーナーだ。メジロマックイーン以外にも支えねばいけないウマ娘がいる。たった1人のウマ娘と恋人とかそういう関係になることで、今のバランスが崩れてしまうリスクがある。先代からこのチームを受け継いだ以上、チームを意図的に壊すような真似はできない。

 彼女の気持ちに応えることはできない。そう己の心をそう結論づけ、蓋をしようとした。それでもマックイーンの無邪気な笑顔に、感情は揺さぶられ続ける。

 そのことが辛くて苦しい。この手を離したくない。

 

 そうして自分は、とっくの昔に、メジロマックイーンという女の子にやられて(恋して)いることに、また目を逸らした。

 




ゴルシ「抱けっ!! 抱けー!! 抱けーっ!!」
ライス「ゴールドシップさん!!」(無言のビッグバンインパクト

 次回最終回、マックイーン&トレーナー完落ち編

※2021/4/11 後書き一部修正

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