メジロマックイーンの甘え方   作:PFDD

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最終回です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

書いてる途中、自分がギップルになるかと思いました(白目


式場で・後編

 鏡の向こうに、私/メジロマックイーンがいる。複数の白色で影を作るウェディングドレスを纏い、スターチスの髪飾りで芦毛の髪を纏め、両手にはカラーとクローバーのブーケを持っている。これが常の自分であれば、普段とまったく違う装いに興奮を隠せなかったかもしれない。けれど今は、綺麗に施してくれた化粧でも隠せないぐらいに、気持ちが沈んでいる。

 

「うーん、肌のノリもばっちり。さすが名優……て、それは違う意味ですっけ」

「けど、何かこーパッとしないわね」

 

 メイク担当の女性とディレクターがそう評する通り、花嫁のモデルと言うには、些か雰囲気が暗い。理由は分かっている、今の自分自身が後ろ向きだからだ。

 彼から、少し距離を取ろうと言われた。今のままでは世間的にまずいと。理由自体はごくごく当たり前で、正論。チームシリウスの元エースとして、誇り高く規律あるメジロ家のウマ娘として、色事にうつつを抜かし始め、節制ができていなかった己を縛るには十分だった。

 だが、メジロマックイーンの中にあった恋心は暴れまわった。どうして今更そんなこというのか、虫が良すぎやしないか、一心同体だと言ってくれたのは嘘だったのか、このわからず屋、ニブチン、もっと甘えさせろ。

 心の中で四方八方に叫ぶも、彼の何かを押し込めるような表情を見て、自分も無理やり押さえつけた。今までの彼のことを考えれば、何かの訓練か、もしくはそういう注意をどこからか受けたかだろうと。さらに運が悪いことに、メジロ家の顔役であるお祖母様に、トレーナーの自宅に通っていたことに勘付かれ始めたのに加え、家での定期検診で脚にも故障の予兆が見つかっていた。発見が早かった為、最新の医療体制で1ヶ月は安静にしていれば問題ないと言われたが、おかげで行動に制限ができ、自分から会いにいけなかった。

 彼が既に自分の復帰プランを練っていたことは、彼の膝の上で一緒にPCを見ていたから知っていた。ここに来て、故障の予兆などというもので余計な心配を掛けさせたくないという思いもあって、相談しなかった。

 だから、まず1週間、双方の指示に黙って従った。

 2週間目も、ずっと彼の背中を追いながらも、足を留めた。

 3週間がすぎると、不安が立ち込めてきた。彼に嫌われているんじゃないか、愛想を尽かされてしまったのではないか。他に気になる人でもできてしまったのではないか。メジロドーベルやライアンの持っている少女漫画を見て、ちょうどそういう場面があり、勧めてきた彼女たちをつい睨みあげてしまった。

 4週間が経つと、脚と心が疼いた。脚は、あまりに走れない機会が長いために、自身についた錆を振り払おうとし、心は彼の元に飛び込むひたすら抱きしめ噛みつきたがっていた。

 そして今日、後輩たちが作ってくれたせっかくの機会に、自分自身にヤキモキして踏み込めないでいる。たった1ヶ月近くまともに話さないだけで、言葉は躊躇し、一定の距離まで近づけるのに、そこから先には行こうとしない。本当に彼に嫌われしまっているかもしれない、そんな益体もない妄想が、喉と脚と手を縛り付けているからだ。同時に、故障というウマ娘とトレーナー、双方にとって進退に関わる事柄を黙っていたことで、彼に信じていなかったと詰られるかもしれないという不安を抱き、そうなるかもしれない現実に恐怖しているのかもしれない。

 メジロマックイーンは、自分を律する。けれどそれは、性根の部分がどうしようもなくただの少女であることを隠し守る、鎧のような意味を持っていた。

 その鎧を自ら外して/甘えているのは、彼だけだった。もちろん、今までも時々家族や友人たちの前で晒すことはあったが、自分自身の意思でその全てを取り除こうとしたのは、彼の前だけだった。

 これが恋するということなのか、愛するということか、はたまたただの思春期の勘違いかは、メジロ家の使命を第一として生きてきたマックイーンにはまだ判断がつかない。だが、メジロ家ではなく、メジロマックイーンと一心同体となるといってくれた彼とは、もっとずっと傍にいたいし、その隣と膝上と腕の中は誰にも譲りたくないという感情と心だけは、唯一無二だ。

 

「うーん、顔が強張ってますね? やっぱり、あのトレーナーさんと仲が悪かったりするんですか?」

 

 メイク担当と共に仕上がりを見ていたディレクターが、顎に手をやりながらそんなことを呟いた。その内容に、わっと雁字搦めだった感情が溢れ、反射的に振り向き喚いてしまった。

 

「そんなことはありませんわっ。ただ、その……最近、ちゃんと話せてなくて……」

「あっ……あーその、そういう」

「うーん。まぁ確かに。男女の間ですから、そういう時もありますよ。ですけど……」

 

 何かを察して口ごもる2人に、もしかしたらよい答えでもあるのかもしれない、と無根拠な期待を込めて、その先を待った。しかしその前に、ドアが叩かれ、その思考は中断されてしまった。ディレクターがはーい、とドアを開けると、明らかに狼狽えた様子の若いスタッフがいて、良くない出来事を予感させた。

 

「すみません、新郎役のジョニーさんがお手洗いに行ったきり戻ってこなくて……」

「ええ? せっかくいい顔の人だったのに……そういえば、胃が弱いっていってたわね」

「何でもウマ娘のスタッフさんからもらった差し入れで、運悪く中ってしまったようで……」

「アレ、ウチにウマ娘のスタッフなんていたかしら? まぁ、とにかくしょうがない。なら先に花嫁だけの撮影にするわ。私もそっちにいって指示を出すから、あなた達も使う小道具変えたらこっちに来て」

「わ、わかりました」

 

 テキパキと指示を出してディレクターが出ていき、部屋に残ったのは自分とメイク担当だけになってしまった。件の男性は随分と運がないな、と思いつつ、持っていたブーケを化粧台へと置きつつ、同じく残された女性に声をかけようとしたが、しかし彼女もまた慌てた様子で部屋を出ようとしていた。

 

「あの、私はどうすればよろしいでしょうか」

「すみません、ちょっと指輪と花がないんで借りてきます! 申し訳ないんですけど、もう少し待っててもらえますか?!」

「は、はぁ……」

 

 勢いに気圧されて頷くと、メイクスタッフはそのまま出ていってしまった。余裕がなかったのか、部屋のドアも開きっぱなしだ。急変してしまった状況に取り残され、すっかり手持ち無沙汰となってしまった。思わず伸ばしていた手を下ろし、ちらりと持ち込んでいた手荷物に目を落とした。

 

「……指輪なら、一応ありますけど」

 

 1人呟きを取り出したのは、結婚式場と聞いて何となく持ち込んでいた玩具の指輪だった。一月前のくらやみ祭りで偶然当てた景品だ。子供向けだったのが幸いしてか、マックイーンの指にも綺麗に嵌るサイズだ。元々は金メッキだったのだろうが、経年劣化を起こして鈍くなり、スリー・ゴールドのような色合いとなっている。遠目かつパッと見では本物と遜色ないだろうが、ちょっと目を凝らしたり、性能の良いカメラで写せば、チャチな代物だろうとわかってしまうだろう。

 今日の感情も、これと同じだ。あれだけ距離を離していたのに、このような付け焼き刃のような出来事で、もう一度それまでの2人に戻ればと願っている。加えて結婚式場に、ウェディングドレス。意識してほしい、女の子としてちゃんと見てほしいと願うのは、甘さだろう。文字通り、メッキの如き浅慮と打算だ。それがうまく行けば、いや、そもそも彼とこの場所に来れただけで嬉しかったのだ。全てが上手くいくはずがない、これでよかったのだと、頭を振る。

 これではダメですよね、とドレスのポケットへ想いと共にしまいつつ、すっかり静かになったブライズルームを見回した。このまま椅子に座って待つのがベターなのだろう。しかし1人でいるとまた悶々としてしまいそうなので、気分転換に少しだけ部屋の外に行くことにした。着慣れないウェディングドレスと専用のハイヒールだが、歩き方はドレスや勝負服での歩法を流用できるため、移動は問題ない。

 ブライズルームからひょこりと顔を出し、周囲を見渡す。先程のトラブルや披露宴の方で忙しいのか、周囲に人気はない。ふむ、とそのまま抜け出して廊下を出た瞬間、油断していたのか誰かとぶつかってしまう。相手が人間であればそのまま相手が尻もちを突いてしまうが、しかし双方ともに軽くぶつかった程度で倒れる様子もない。申し訳有りません、と頭を下げてから相手を確認すると、耳と目で驚きを示してしまった。

 

「オグリさん?」

 

 チームシリウスの元エースであり、現在ではドリームトロフィーリーグの第一線で活躍を続けるオグリキャップが、催事用だろうオレンジのドレスを纏い、自分と同じように目を瞬かせていた。ピンと立てた耳と尻尾を、状況を認識したのだろう、すぐにリラックスしたように下ろし、見知った笑みを浮かべた。

 

「マックイーンか、うん、久しぶりだな。どうしてここに?」

「私はモデルの代理を任されてまして。そういうオグリさんは?」

「わたしは北は……いや、君たちが先生と慕っていた彼に頼まれてな、ゲストとして来てたんだ」

 

 美味しいものがいっぱい食べられて役得だよ。にこやかに微笑む彼女は、以前会った時より幾分か大人びてはいたが、しかし根本的な雰囲気に変わりはなかった。あの時、有マ記念を制した、メジロマックイーンが憧れた時のオグリキャップのままだ。そのことに安堵していると、オグリキャップの表情に怪訝だと言いたげに変化した。

 

「どうにも気分が良くないみたいだが、どうしたんだ? もしかしてあまり体調がよくないんじゃないか?」

 

 どうやら、仕舞ったはずの感情が、まだ顔や耳、それに尻尾に出ていたらしい。

 

「いえ、コンディションは大丈夫です。ただ、故障の予兆のようなものが見つかりまして、安静のためあまり走れていなくて……」

「それは大事だ。サブトレーナーの指示だろう? 彼ならそう言うハズだ」

「あの人は関係ありません。それに……こんな状態で、話せるはずがないですわ」

 

 むっとオグリキャップの眉をひそめられたが、事実は変わりない。距離が開き、心も離れ始め、うまく言葉も交わせない。そのような状態で生涯に関わるような相談など、できるはずがない。それだったら、自分でできる限り治し、彼にはチームの大事に専念してもらった方がマシだ。

 

「関係ない、か……そういう嘘は良くない。綺麗なのに、ひどい顔をしてる」

 

 だが、そのような強がりなど、この偉大なスターにはお見通しだったようだ。びきり、と心の蓋にヒビが入って、感情という中身が溢れた。

 

「マックイーンたちが今どういう状況なのかは、私には分からない。けれど、それは彼の信頼を裏切っているんじゃないか? 君たちが一心同体だったのは、近くで見ていたからよく知っている。たとえ一時仲違いしても……」

「そんなこと、分かっています!」

 

 たまらず、叫んでしまった。廊下中に響いて、他の人達が目を丸くしてこちらを見ていても構うものか。それでも、自分たちのことを分かった気になっている先輩に、言ってやりたかった。

 

「距離なんて離したくない! 何もかも打ち明けたい! もっと抱きしめ合いたい! けど、彼からあんな風に言われたら……彼のエースとして、耐えるしかないじゃないですか……嫌われたく、ないんですものっ!」

 

 はたと、余計なことまで吐露してしまったのに気づいた。思わず泣きそうになって、たまらず俯いて、顔に力を入れて涙を流さないように堪えた。仕事のために、ドレスを汚すわけにはいかない。代理とはいえ請け負った以上"メジロのウマ娘"として、ちゃんとやり遂げなければならない。

 

「むぅ……やはり私はこういうのは苦手だ……どうにも言葉だと、伝えにくい……北原やタマのように言い回しが浮かばないな」

 

 さてどうしたものか、とオグリキャップが腕を組むが、それどころではなかった。嫌われたくない、そんな幼稚な理由が根っこにあることに気づいてしまった。いや、そのようなことはとっくに気づいている。問題は、それを他人にぶつけてしまうまで、余裕がなくなってしまっていることだ。これでは、エースとしても、メジロ家のウマ娘としても、彼の隣にいることも不十分な、ダメなウマ娘だ。これでは、いつも自己評価が低いと指摘しているメジロライアンを笑えない。

 

「ごめんなさい、急にこんなことを言ってしまって……」

 

 心を平静に戻そうと、まずは顔を上げ謝罪した。すぐにできるのは、これしかなかったからだ。

 

「いや、そこは気にしていない。むしろ仕事の最中に余計な茶々を入れたこちらの方が……」

「マックイーンさーん、小道具は向こうで用意するので移動を……え、オグリキャップさんっ!?」

 

 オグリキャップが申し訳無さそうに耳を垂れたその時、廊下の奥から先程のスタッフが駆けてきた。すぐに傍にいるウマ娘に気づくと、そのまま彼女の傍まですり寄ってしまった。

 

「わ、わたしファンなんですっ、こんなところで会えるなんて感激です! あーサインとか書いてもらうものが〜」

「ああ、その、えぇと……」

「あ、あのスタッフさん、オグリさんが困ってますので、その辺で……」

 

 先程までの重苦しい雰囲気が霧散することを感じつつ、不意打ちでしどろもどろな対応になってしまっているオグリキャップのフォローに入る。心なし、等身が小さくなったようにすら思えるのは昔からだ。先代や周りの先輩がいない時、こういう状態のオグリキャップのガードを彼とやったこともあったな、と思い出し笑いで口元が緩むのを自覚し、胸の痛みがまた強くなるのを押さえつけた。

 

「あ、すみませんつい! そういえばお二人は、元は同じチームでしたものね! そうだ、この後マックイーンさんの撮影があるんです! よかったらオグリキャップさんも見ていきませんか? いえ、是非行きましょう!!」

「いや、私は連れを探してて……」

「ほら、マックイーンさんも! 撮影の準備はできたみたいですし、ちょっとのメイク崩れも向こうで直せますからっ」

「ちょ、ちょっとっ」

 

 調子が一気に最高潮になったのか、スタッフの女性は強引に2人を連れてエレベーターに入ってしまった。ウマ娘を引っ張れるなんてすごい女性だ、とプロの力強さに驚きつつ、閉じられるエレベーターの中で大人しくする。スタッフは念願のアイドルウマ娘へ熱心に話しかけていて、何とかスターとしての威厳と調子を取り戻したオグリキャップもまた、言葉数は少ないが、しっかりと受け答えを行っている。傍が姦しいおかげで、高ぶっていた感情/心/気持ちが改めて平静に戻っていく。これで少なくとも、モデル仕事は行えるだろう。

 

「マックイーン、今日は彼も来ているのか?」

 

 だが、不意にオグリキャップにそのようなことを聞かれ、咄嗟にはい、と答えてしまった。オグリキャップはファンに受け答えつつ、そうか、と静かに頷くと。

 

「なら、キミのトレーナーを信じろ」 

 

 そう告げた。

 エレベーターが開く。急な騒がしさが耳を震わせ、咄嗟に垂らしてエレベーターから出ると、エレベーターホールでは多くの撮影スタッフが既に待機しており、各々の担当する計器や撮影位置などを忙しなくチェックしていた。正面の大扉は既に開け放たれ、チャペルの先端にあるステンドグラスから光がこちらまで差し込んでくる。また、その上の方からも声が聞こえ、反響していることから、チャペルが複数階から構成される吹き抜け構造だと言うのを察することができた。

 自分たちが到着したことに気づいて、皆の目がこちらに向いて、わっと声が上がった。綺麗で、似合っている、一生見ていたい。そのようないっぱいの褒め言葉が、心を震わすことはなかった。

 

「ああ、お待たせしてごめんなさい。申し訳ないんだけど、すぐに撮影に……え、オグリキャップさん?!」

「私の方は気にしないでくれ、ただの見学だ。それより、仕事が押しているんだろう?」

「連れないですねぇ。そうだ、ならメインが終わった後にマックイーンさんと撮影はいかがでしょう?」

「ああ、そこは少し考えさせてくれ」

「さ、マックイーンさん、こちらへ」

 

 直ぐ側でオグリキャップとディレクターが話す中、マックイーンはそのまま他のスタッフに連れられ、チャペルの中へ踏み込んだ。わっと白い光が自分を包み、目を細めてしまった。オーソドックスな教会風の式場だ。だが、赤いバージンロードを歩いて祭壇までたどり着くと、間近で見るステンドグラスを象ったものの正体に気づいた。上の階まで伸びる3枚のそれには、ウマ耳と尻尾の生えた3体の女神が描かれていた。学園にも像がある、3女神だ。なるほど、これなら確かに、ウマ娘のモデルを探すわけだと納得すると、スタッフが小道具を持って駆け寄ってきた。

 

「すみません、これを持っていただいて、あとちょっと失礼しますね」

 

 持たされたのは、スターチス・シロツメクサ・スズランが包まれた小柄のブーケだ。更にレース生地のベールを被せられ、耳は専用の開け口から通された上で、顔は見えるように開かれた。

 

「少しムズかゆいですわね」

「あはは、慣れないと思いますが、少し我慢してくださいね」

 

 指輪はこの次の撮影で付けていただくので、とポケットに入れられた。そして軽く化粧を施し直し、さっとスタッフが祭壇から引いていく。レフ版や追加照明を用意した撮影スタッフに見下ろされ、大扉前に取り付け直したメインカメラがこちらをじいっとフレームに入れた。気合を入れるディレクターたちとは違い、見学と告げたオグリキャップはその端でじっとこちらを見つめてくる。

 ふぅ、と大きく息を吐いて、もう一度呼吸を整える。敗北を喫した際のウイニングライブのように、負の感情を一時奥底に押し込め、精一杯の笑顔を作ろう、ブーケを持ち直した。

 

「それじゃあ、撮影入りまー……」

「おーと、ここでゴルシちゃんのちょっと待ったコールだぁぁ!!」

 

 そして、どこかで聞いたことがあるような叫びと共に、大柄の女性がバージンロード前に降り立った。ズンという大きな音を立ててきた相手の正体を即座に看破し、たまらず大声を上げた。

 

「ゴ、ゴールドシップ?! どうしてここに?!」

「へっ、こんな面白イベント、このゴルシちゃんが見逃すわけがねぇ……てのは悪いな、ちょいと嘘だ」

 

 撮影スタッフに扮していたのだろう、地味な作務衣に身を包んでいたゴールドシップは、深々と被っていた帽子を外し、悪戯が成功した子供のように笑った。

 

「今日のアタシたちは魔法のバ車の運び手だ! さぁ、主役がやってくるぜ!!」

 

 その瞬間、困惑するスタッフたちの奥で、閉じられていた大扉が、勢いよく開け放たれた。

 

「マックイーン!!」

 

 そして、彼がやってきた。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとトレーナーさん!? これは一体……」

 

 すみません、通してください。

 それだけいって、混乱する撮影スタッフたちを押しのけ、バージンロードの先端へとたどり着く。着替えを手伝ってくれたスタッフ、いやゴールドシップはそんな自分をふふんと鼻で笑うと、その道を譲り、まるで定位置のように撮影スタッフの中に交ざった。

 

「え、何で勝手に入ってるんですか、これだと撮影が……」

「……すまない、5分ほどでいいから待っててくれないか。主役がようやく来てくれたんだ」

「オグリキャップさん……いえ、だったら……B班、カメラ回して! 上階のレフ版位置を20度変更、急いで!」

 

 背中の方では、ディレクターさんに、いつの間にかいたオグリキャップが何がしかを話していた。どうやら撮影を一時的に止めてくれるよう説得してくれたようで、後で謝罪と感謝をしようと覚えておく。

 そして、それらを全て記憶の端にメモして、一度忘れ、正面を見据える。

 今まで見てきた誰よりも綺麗な少女が、そこにいた。まとめ上げた芦毛に、純白のベール。レースで飾られたウェディングドレスは彼女を文字通りの花嫁として着飾り、施された化粧は少女の本来の美しさを補助し、大人へと羽化しようとする変化の最中をそのまま形象している。そして何よりも、今もずっと変わらない紫の瞳が、驚きで見開かれ、淡い赤の口で彩った口元が震えていた。

 

「どうして……その、格好は?」

 

 借りてきた。まずそれだけを返して、頭を下げる。

 この一ヶ月、キミを遠ざけてごめんと、まずはそのことを謝る。そのことだけは、絶対に自分に非がある。だがマックイーンが何かを言う前に、それでも、と顔を上げ、背筋を伸ばす。

 キミに伝えたいことがあるんだと、自分の中の暴れまわる感情を、一つ一つ整理し、それでも情熱だけを消さないように注意して、声に出していく。光が、いや3女神が自分を照らしたような気がした。勇気のようなものは、とっくに燃やして、彼女へと歩み寄り出した。

 

 俺は、勘違いしていたんだ。

 チームシリウスのためとか、メジロ家の使命を一緒に果たすためとか、ウマ娘として大成させるとか、そういうものの為に、キミと一緒に歩んできたんじゃない。

 キミがキミだから、一緒にいたいんだ。

 これからも、ずっと。

 マックイーン、キミが好きだ。愛している。

 本当は、初めて会った時から、キミに惹かれていたのかもしれない。けれどあの時の俺は、トレーナーとしての使命感とか、初めてのシリウスでの生活とか、ステイヤーとしての才能だとか、色々な事に流されて、キミの別のところばかり見ていた。だから、その中心を、キミ自身を見ることに覚えてしまったんだ。

 けど、今ならそれも無駄じゃないって思える。そういうことも全部引っ括めて、キミと歩んできた道だからだ。

 ああ、そうだ。

 俺はキミと生きるために、ここまで来たんだ。

 だから、許されるなら、これからもキミの傍で、共に歩んでいきたい。

 一心同体でも、唯一無二でも、言葉はいくらでもあるけど、結局ただ傍に居続けたいってことには変わりはしない。

 他の奴には絶対にキミを譲りたくない、俺だけが、キミと共にいられるんだと証明し続ける。どんな困難でも、キミがいれば越えていける。キミがもし折れるようなことがあっても、その体を背負って、どこまでも歩んでいける。

 メジロマックイーンという女の子を愛し抜き、一緒に年を取って、死が分かつその時まで、共にいたいんだ。

 もう一度言うぞ。

 愛している。

 今すぐには無理でも……俺と、結婚してください。

 

 言い終わる頃には、彼女の目の前まで来ていた。彼女の背丈に合わせ、騎士にように膝を落とし、顔を伏せ、手を差し出した。これでフラレたら盛大な自爆ショーだな、と益体もないことが身中で浮かべつつ、彼女の答えを待った。

 

「……カ」

 

 不意に、震えるような声が聞こえた。

 

「バカ、卑怯者……どうして……どうして、こういう時に、そういうことを言うんですか。ガラでもないのに格好付けて! 頼まれた仕事も滅茶苦茶にして! メジロ家の一員に……私の伴侶になるというなら、もう少しスマートになさってください……」

 

 顔を上げる。その瞬間、彼女の体が勢いよく飛び込んできた。たまらずたたらを踏んだが、何とか倒れず、意地で受け止めきった。

 メジロマックイーンが泣いていた。泣きながら、笑っていた。せっかく綺麗にしていたメイクもぽろぽろと剥がし、束ねていたブーケも宙に放ってバラけさせて、それでも自分を離さないよう、抱きしめていた。どこからか、ライスシャワー(祝福)が降り注ぎはじめ、きらきらと光を反射した、

 

「わたくしの方が、貴方のことをずっと好きだった! 愛してるの!! 貴方と共に練習している時も! 貴方と共にレースを勝った時も! 負けて涙を堪えている時も! ライブのときだって、貴方が観客席にいればすぐに見つけました! 貴方の膝の上が何よりも安心した、ずっとその胸の中で眠っていたいと想ってしまった! どれだけ甘えても、際限なく好きが溢れてたまらないの! どんなに茶化されても、遠ざけられても、貴方を嫌いになんてなれなかった!」

 

 だから、と彼女の手が強張った。そのお返しに、こちらも彼女の背で、両腕を重ねた。

 

「もう、私を離さないで……チームのエースとしてでも、メジロ家のウマ娘としてでも、何でもいいから……貴方と共に、生きたい」

 

 彼女の言葉に、頭を振る。

 お願いするのは、自分の方だ。そして、そういう理由は、二の次なんだ。

 キミは、そういうものを全部引っ括めて、メジロマックイーンだ。その全部は叶えることが当然なんだ。その上で、キミ自身を愛するんだ。

 言葉を出し切ると、彼女がそっと離れた。ようやく、同じ目線で彼女と目があった。

 揺れた瞳に、もう暗い光は見当たらない。自分のよく知るメジロマックイーンのものだ。今はそこに、熱すぎるくらいの熱が込められているのを、ぶつけられている自分自身がよく分かっている。

 

「……結婚の約束なら、こういうものが必要でしょう」

 

 片手を離して、彼女がポケットから何かを取り出した。思わず目を疑った。それは以前、くらやみ祭りで景品として手に入れたおもちゃの指輪だった。どうして持ってるんだ、とつい口に出すと。

 

「何となく持ってきてしまって……けど、今はこんな気まぐれを起こしてよかったと思うの」

 

 そう言って、彼女の手から指輪を渡され、すっと左手を差し出された。

 今の自分には、このおもちゃの指輪で精一杯だ。それに本当の結婚式でもない。だから、これは予行演習で、誓いだ。

 スリー・ゴールドと同じ輝きを今は持つ指輪を、彼女に左手薬指へ嵌めた。

 そして改めて、彼女に願う。

 

 メジロマックイーンさん、結婚してください。

「はい、喜んで……幸せにしてくださいね、あなた」

 

 そういい、彼女の顔が近づく。自分もそれに合わせて目を瞑った。

 初めてのマックイーンとのキスを、3女神は微笑みながら見下ろしていた。

 

 

 

 

「……とんでもないことをしてしまいましたわね」

 

 まったくもってその通りだと頷く。夕焼け空の帰り道だが、自分とマックイーンの顔はそれよりも尚赤くなっているはずだ。事実として自分の首から上はかつてないほど熱がこもり、マックイーンの芦毛の耳の先端は、そうとわからないぐらいに紅潮している。

 自分たちの乱入した後、それはもう大騒ぎだった。仕掛け人であるライスシャワーとゴールドシップが米だけでなく花まで投げ出し、その中で忙しなく動き続けるスタッフ、さらには騒ぎに気づいて一般客がチャペルまで来た、やいのやいのと大騒ぎだ。結局そのまま新郎の代役としてモデル撮影を続行となり、様々な人達に見られながら写真に撮られてしまった。そうして撮られている内に、ようやく頭が平静さを取り戻し初め、逃げ出したいと2人揃って顔を真赤にするころには、その場の全員での記念撮影まで進んでいた。おまけに先生たちが参加していた披露宴の夫婦まで、この突発的に始まった撮影会に乗り気になって、最後には式場の皆がワンショットに収まるようになっていた。

 そこまで終わって魂が抜けたように放心していると、今日はこのまま帰っていいと言われてしまった。さすがに迷惑をかけた以上、最低でもその分は返さないといけないだろうとマックイーンと共に片付けの参加を表明したが、ディレクターに肩をすくめられてしまった。

 

「お礼を言いたいのはこっちよ。想定よりも数倍いいものが出来上がったし、ライスシャワーっていう演出も日本で使えそうって分かってよかったわ。それに、貴方達は巻き込まれた側みたいだしね。そういうのは仕掛け人の2人に被せます」

 

 学生だからってバイトなんだから私の指揮下よーと話すディレクター。確かに、今回の一件を裏で引いていたのはゴールドシップとライスシャワーだったようだ。自分とマックイーンの様子が可笑しいと気づき、どうせなら仲直りさせるついでにくっつけてしまおうと考えた矢先、ゴールドシチーのヘルプの話が入り、雑な計画を立てたようだ。実はゴールドシチーもこの裏側の事情までライスシャワーから説明されていたようで「そういうの嫌いじゃないから、会社側のフォローは任せて」と許可をもらい、彼女の伝手で秘密裏に2人をバイトとして潜入させたようだ。こういう裏事情を「アタシは120億円を溶かしました」「ライスは火事場のバ鹿力を出し渋る悪い子です」などと書かれたホワイトボードを首から下げて正座する主犯2人から聞き、頭が痛くなったものだ。

 問題の2人は撮影の後片付けの他、チャペルの清掃を2人だけでやることになり、散らばった米粒一つ残すなと言われヒーヒー言っていた。

 同じくそれぞれの場所から先代とオグリキャップには、これからが大変だぞ、と背中を叩かれた。たしかに、マックイーンとの関係性が変わることで、チームシリウスのみならず、学園やメジロ家との付き合い方も変化していくだろう。それが良い方向にしろ、悪い方向にしろ、歯を食いしばって乗り越えなければならない苦労となるのは確実だ。今回の件の後処理も含めて、悩ましいことだ。

 

「けど……今、こうしてまた、あなたの傍に戻れて、嬉しいですわ」

 

 そういって微笑むマックイーンに、自分も同じようにほほえみ返す。2人の手は、ずっと繋がったままだ。

 式場でのひと悶着からこっち、「後で出来たもの送るわねー」の一言で追い出されるように外に出てしまい、さぁ2人きりでどうしようと思った矢先、メジロマックイーンの爺がメジロ家の専用車で迎えに来たのだ。自分は電車でだったが、彼女は実家からの登校の時と同様、お嬢様らしい送迎だったため、今日はこれで一度お開きとなると考えた。

 名残惜しいな、と互いの手を絡めて目で訴えると、爺やさんが一度咳をし、パッと手を離した。

 

「……どうやら、車両の調子が悪いようでして。トレーナー様、申し訳ないのですがお嬢様を"ご友人"のお宅まで送っていただけないでしょうか? ああ、そういえば今日はご宿泊の予定だったようです」

 

 そうして彼から言われたことに2人で目をパチクリとしていると、メジロ家の瀟洒な爺やはいつもの調子で一礼し、そのまま車に乗りこんで行ってしまった。しばらくそのまま見送っていると、気を使われてしまいましたね、とマックイーンがくすりと笑みを零した。どうやら、感謝する相手がまた1人増えてしまった。

 そして、2人で手を繋いだまま、帰り道を歩き始めた。

 人混みの商店街の中、庶民の買い物に慣れない彼女を先導しつつ、今日の夕飯の材料やお泊りセットを買い、これまた彼女は慣れていない電車の中で、そこから見える夕焼けを楽しむ。電車を降りた後も、改札口でも繋ぎっぱなしだったためもたついてしまい、つい可笑しくて笑ってしまった。見慣れた河川敷までたどり着くと、2人がこの一ヶ月であったことを、掻い摘んで話し合った。一方的な想いで距離を取ったことや、怪我の予兆があったこと。もしかしたら喧嘩にまでなってしまいそうな話題でも、今だけはウマ娘の握力で握られたり、一瞬手を離して寂しがらせる程度で済んだ。

 ゆっくりと、道を歩く。これからの一生は、常にこの速度ではないだろう。ウマ娘が走るよりも速く、激しく、強くなければならない時が必ず来る。

 それでも、今こうして隣にいる彼女と一緒なら、越えていけるだろ。

 根拠のない、けれども大切な想いを、互いの胸の中にしまうと、いつの間にか家の前に着いていることに気づいた。トレセン学園から提供されるトレーナー寮とは違うが、それなりに頑張った自分だけの城。かんかんと階段を上って、部屋の前に着くと、不意にマックイーンが手を離した。どうしたんだ、と聞こうとしたが、彼女がよく浮かべる、あの甘えてくるような仕草をする時の、幸福そうな笑みを見て、何をしたいのか、何を告げたいのか、すぐに察することができた。

 翻った芦毛の髪と尻尾が、夕と夜、太陽と月の光を反射して、きらきらと彼女を彩る。それはさながら、彼女自身が輝きを放つ一等星(シリウス)のようであった。

 

「ただいま、帰りましたわ」

 

 そんな大切なウマ娘(愛するひと)に、自分は微笑み返し、胸に飛び込んできた彼女を受け止めた。

 

 おかえり、マックイーン

 

 




ゴルシ「結局さっさとうまぴょいしてればここまで拗れなかったのでは? ゴルシちゃんは訝しんだ」
ライス「ゴールドシップさん!!」(無言のポン・パンチ
パリーン
ゴルシ・ライス「「あ"っ」」



お好きなギャルゲー・エロゲーのエンディングテーマを流してください。
全体のあとがきやオマケなどは後日投稿します。

2021/4/20 エピローグ追加に伴い「Fin」表記を削除しました。

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