メジロマックイーンの甘え方   作:PFDD

8 / 9
(最終回詐欺となり)本当に申し訳ない
たぶん、説明中心のため、糖分はかなりカットできてると思います。
それでよろしければ、お読みください。

追伸:
 カレンチャンは来ませんでした。
 そのガチャを引いた夜、テイオーに馬乗りされ、そのまま両手で首を絞められる夢を見て起きました。



エピローグ・学園で

 キーンコーンカーンコーン、とお決まりの鐘の音がトレセン学園に響く。梅雨の季節、じんわりと外の雨の匂いが入り込んでくるトレーナー室にもその音は届き、昼時であることを教えてくれる。キャビネットや本棚が壁側を埋めるため、自分ひとりがちょうどいいくらいの室内で、広げていた申請書類を整え、作業机の横に置いた。先代トレーナー時代から使用しているこの校舎内のチームシリウス向けに貸し出されたトレーナー室には、チームの歴史が壁一面の書棚に納められている。その一部は展示用に改造され、今までのシリウス所属ウマ娘が獲得したトロフィーの一部が飾られていた。大多数は本人やその家族が持って帰ってしまっているが、それでも棚を飾るには十二分な証が並べられていた。

 一番上にあるのは、やはりオグリキャップの有馬記念と、ライスシャワーの3度目の天皇賞・春の盾だ。そして下段にも記念トロフィーが並ぶが、マックイーンに関わるレースで存在するのは、メジロライアンと争った菊花賞のものぐらいだ。それ以外はすべてメジロ家に置かれており、特に天皇賞の盾は、歴代のそれと共にあの屋敷のもっとも見えやすい場所で、燦然と輝いているだろう。

 何だか遠い昔の出来事のようなだな、と思いつつ、予め持ってきていたウマ娘向けの大きな弁当を部屋の真ん中にある応接用のテーブルに置くと、こんこんとドアが叩かれ、こちらの返事もなしに開けられた。

 

「お待たせしましたわ」

 

 艶やかな芦毛を揺らし、息を整えたメジロマックイーンが小さな荷物を持って入ってきた。チームの一員である彼女がここにくることは特に珍しいことではなく、すんなりと来ることができたようだ。だがチャイムが鳴ってからここまで来るのは早すぎるのでは、と温めたばかりの2人分のティーカップに、適温のお湯を入れて準備しつつ尋ねてみた。トレーナー室のある棟と教室棟の距離は、最低でも2つ渡り廊下を通らなければならないはずだ。

 

「それは、その、走ってきましたわ……こい、恋人と少しでも一緒にいたいと思うのは、卑しいでしょうか?」

 

 彼女の言うことは正しいのだろう。髪やスカートの裾はちゃんと整えたようだが、衣替えした学生服の背中は汗が滲んで肌に張り付き、ライム色のキャミソールがうっすりと浮かび上がっている。

 嬉しいけど、無茶はしないでほしいな、コケたら一大事だし。そんな風に苦笑いを浮かべて傍にあるタオルを渡すと、そんなヘマはしません、とぷりぷりと怒りつつ、彼女も簡単に汗を拭ってから、持っていた小包をテーブルの上に広げた。丁寧に折られた藍の布に包まれていたのは男性用の黒い弁当だ。こちらが用意したウマ娘用のそれよりはまだ小さいが、それでも彼女が持つには一見不釣り合いなものだ。一方で中身は不揃なものが多く、具が滲んで変色したサンドイッチや、焦げたりぐちゃぐちゃになった卵焼きとおひたし、かろうじて人参だとわかる焦げた物質があった。

 マックイーンがうぅ、と気恥ずかしげに呻くのを横目に、こちらもカップにティーバッグを入れて蓋をしつつ、持ってきていた弁当を広げた。2段重ねのそれに入っているのは栄養バランスを考えたもので、トリのササミに青じそのドレッシングを加えたカニカマのサラダ、その他脂肪となりにくいおかず類を並べている。主食は同じサンドイッチだが、卵のみやBLTと種類も揃えている。そしてマックイーンの大好きな甘味として、今日は低糖きなこのわらび餅を隅っこに用意した。ウマ娘の健康を預かるトレーナーである以上、管理栄養士と同等の知識も必要だと言われ、先代に無理やり料理を勉強させられた成果だ。

 

「うぅ、相変わらず、あなたのはちゃんと美味しそうにできてるのに……」

 

 自分の料理と比較して耳と尻尾を垂らすマックイーンに、ゆっくり勉強すればいいよ、と慰めつつ、カップの蓋を取りティーバッグを取り出す。レディグレイの香りがほわりと部屋に広がり、湿り気の臭いをかき消してくれた。箸も出して準備ができたところで古ぼけたソファーに座ると、隣にマックイーンが座る。座った際に彼女の肩やお尻と触れ合うような距離で、ちょうど彼女のぴこんと立つ耳を見下ろせる位置だった。

 

「もちろんこちらの勉強もしますわ。メジロ家のウマ娘として、殿方に遅れは取りたくありませんし……そ、それに……愛する人には、その、ちゃんとしたものを食べていただきたいですし」

 

 顔を赤くしながら、尻すぼみになる少女の言葉に、素直に嬉しさが出てきて、ならまた一緒に勉強しよう、と提案すると、パッと花が咲いた。

 

「ええっ! なら次の休日に……オホンっ、お手柔らかにお願いしますわ」

 

 お嬢様らしい言動に言い直しながら、しかし頬の緩みはそのままの彼女の同意を得て、すぐに頭の中でスケジュールを組んだ。何だかんだいって、彼女と一緒にいたいのは、自分も同じなのだ。

 そして、2人で両手を合わせて、いただきます、と声を合わせた。そのままマックイーンは箸を持つと、少し悩んでから、持ってきた弁当から卵焼きを取った。そしてそのまま自分の口には運ばず、こちらの口元に持ってきた。自分も脂身を控えた揚げ豆腐を箸で半分にして持つと、そのまま彼女の口もとまで持っていった。

 

「それでは……あーん」

 

 マックイーンが口をひな鳥のように開けたので、揚げ豆腐をその口の中に入れる。はむっ、と彼女の口が閉じられ、もきゅもきゅと形のよい唇と頬が動く。

 

「この香り、ああ、これはバターですわ……お豆腐がしっかり油の中に閉じ込められて、しつこくない。お醤油がなくても、味がしっかりついてるなんて、どうやったのですか?」

 

 それは今度来るときまでの秘密、と誤魔化して、自分も口を開けた。

 

「もう、すぐにそういう意地悪をして……はい、あーん」

 

 唇を尖らすマックイーンも、すぐに気を取り直して、摘んだままだった卵焼きをこちらの口へと入れてくれた。もぐもぐと口の中で味わい続けるが、中々味がしない。しかし不安そうに上目遣いでこちらを見るマックイーンに、これも悪い気がしないのは、大分あの気持に毒されてるせいだろう。

 恋と愛、その2つを自覚して、勢い任せに告白したあの日からおおよそ2週間経っているが、あの告白騒動の数日間はそれはややこしい事態になった。

 まず、マックイーンのウェディングドレス姿があの式場にいた一般客の手で、SNSに拡散された。レース出場を一年以上控えていた名優・メジロマックイーンの情報がいきなりネットに現れ、しかもウェディングドレスを式場で纏っているのだから、一騒動になるのは目に見えていた。すわ婚約や学生結婚、はては引退もありうるという話まで出たが、そこはメジロ家の広報担当や式場側、それにシチーや所属するモデル事務所側から、ただのアルバイトだったという正確な情報が発信され、ひとまずは落ち着いた。ただ彼女の生来の気品さや見目の良さから、純粋にモデルとしてバズり出し、正式にモデル契約を結ばないかという話も上がった。ついででその手の話題に敏感なカレンチャンなどにもライバル出現などとしばらくは警戒されてしまった。

 幸いなことにあの告白騒動は、最初は当事者たち以外には語られず、学園側にも漏れることはなかった。おかげでしばらくはマックイーンが家に何日も泊まり込み、実質同棲のような状態となってしまった。

 誓ってやましいことはしていない。

 だがそこから更に数日後、ゴールドシップがやらかした。アルバイト代として、何故か撮影されていたあの一連の写真と、同じく記録されていた動画を、チームシリウス内でぶちまけたのだ。どうやら撮影は自分が乱入した直後から行われていたようで、邪魔にならないようにと無音機能を使って行われたらしい。しかも映画やドラマの撮影よろしく、手拍子やホワイトボードで指示出しをし、音を極力立たないようにするという徹底ぶりだ。プロの技と臨機応変ぶりには舌を巻くが、被写体の身から全て余計なことをしないでくれという思いしかない。途中から降り注いでいた祝辞用の米も、上階で待機していたライスシャワーに、スタッフが用意したらしい。

 公開された内容に自分とマックイーンは羞恥で轟沈し、チームメンバーと遊びにきていたメジロライアン、ドーベルは顔を赤くしながらきゃいきゃいと騒ぎつつ、死体蹴りよろしくマックイーンをひたすら質問攻めにした。先代の言う通りわかりやすかったのか、かなり前から自分たちの関係は知られていたようで、付き合い始めたことは特に疑われなかった。だがそれはそうとして、女子というのはそういう話が大好きなのだろう。相方である自分も巻き込まれ、二人してぷるぷる震えながら質問に応えることになった。

 それ故に反応が遅れてしまった。何といつの間にか部室から抜け出したゴールドシップが、学園の屋上からその写真をバラまき出したのだ。エースの責任として普段ストッパー役をしているライスシャワーが、レース出走手続きの関係で不在なのを狙ったのだろう。元祖ゴールドシップ係だったマックイーンが下手人をマットに沈めた時には既に遅く、自分たちの関係は学園中に知られてしまった。

 

「むしゃくしゃしてやった、今は愉悦している」

 

 正座のまま、いい笑顔でサムズアップしたゴールドシップは、後から事情を聞いたライスシャワーによって天高く舞った。

 それからはひと悶着という話ではなかった。マックイーンは同期から、自分は同僚から一気に質問攻めに合ったが、やはり無自覚でそういう空気を発していたのか、ようやく付き合い出したのか、ちゃんと卒業まで待てよ、などと生暖かい声援も送られてしまった。もちろん一部のトレーナーや教師から、在学中のウマ娘と付き合うことの不道徳を説かれたが、それを承知で彼女を愛しているのだと、意地は通した。そして一番の問題、最高責任者である秋川理事長には、マックイーンと共に厳重注意と不順異性交友に該当する行為がなかったかの確認が行われたが、2人でその辺りを説明しつつ、将来を誓い合っていることを伝えた。その結果、卒業までは健全な付き合いであることを条件に、何とか認められることとなった。その許可を出してくれた時には、理事長と駒川たずな秘書が揃って上せたようになってしまっていたが、おそらくは梅雨で湿度が高く蒸していたからだろう。

 こうして学園での自分たちの関係もオープンになったが、そのおかげで告白から数日間のような触れ合いをすることは殆どできなくなった。特にマックイーンは栗東寮長のフジキセキから、今までの外泊許可の半数以上がメジロ家ではなく自分の家だったということを知られ、こっ酷く叱られた上、彼女だけ申請基準が卒業まで厳しくされることになった。共犯だったメジロライアンとドーベル、そしてあえて見逃し外泊申請の代理提出も行っていた、マックイーンの同室であるイクノディクタスも厳重注意となり、しばらく外泊申請をするのは一苦労する、と三者は一様に嘆いていたので、ひたすら謝ると同時にお詫びをしようと誓った。

 そして、メジロ家。学園から既に連絡を受けていたのだろう、自分が来るのを待っていた。自分は正装で出向き、メジロマックイーンのおばあ様、生ける伝説の1人に会った。逆光となって顔に影が落ちるメジロ家の当主は、その齢に違わぬ風格を持って、自分たちを見抜いた。

 

「弁明はあるかしら?」

 

 ただの問い。しかしそこには名家を背負う女傑の歴史と積み重ねが込められ、その全てが重圧となって自分を押し潰そうとするような錯覚を覚えた。一緒に来てくれたマックイーンが怯え、この部屋まで付き添ってくれた爺やさんもうっすらと汗をかいていた。生物の本能として、この場から逃げ出したくなる。それを意地で以て制し、歯を食いしばって耐え、最後の勇気をもらうためにマックイーンの手を握り、頭を下げた。

 

 メジロマックイーンを俺にください。一人のトレーナーとして共に生き、一人の男として彼女を幸せにします。

 

 四の五の説明するのはなしだ。弁明も何も、自分からはこれしか言うことがない。

 この6年を彼女と過ごした。これからの数十年も彼女と過ごしたい。一心同体だが、同時に手を繋ぎ合わせることができる他者。それがマックイーンと自分だ、幸と不幸を分かち合うことができる、唯一無二のパートナー。退屈な名優と、退屈なその相棒。甘え上手なウマ娘と、それを受け止めきれるよう努力するただの人。

 いくつもの言葉で形容しても、結局は"彼女の隣で、一緒に生きたい"ということに収束するのだ。

 長い沈黙の後、圧が緩み、ため息を吐いたおばあ様からは、メジロ家を背負う覚悟があるかと問われた。マックイーンと共に在れるのであれば、と頭を上げ、メジロの長から目を逸らさずに答えた。

 握った手が、強く握り返された。どうしたんだと横を見れば、薄っすらと涙を零したマックイーンが前に出て、一度深呼吸をしてから、まっすぐに目を

 

「おばあ様……不躾で、無礼であることは百も承知しています。それでも私は、この人がいいんです。この人以外ではもう、考えられません……だから、どうか」

 

 この人と共に生きることを、認めてください。

 そういって、マックイーンが頭を下げた。改めて自分も頭を下げて、おばあ様の返事を待った。最悪、自分は認められないかもしれない、そうなればメジロ家が認めるぐらいの人間になって、改めてマックイーンを迎えにいく。互いに繋いだままの手を強く握り合い、どのような罵声にも耐えれるよう、意識を強く持った。

 

「……まったく、血は争えないのね」

 

 それきり、圧が完全に消え、老婆の口元に微笑みが称えられた。

 不格好で強引な押し切りではあったが、何とかメジロ家にマックイーンとの交際を認められた。だが婚約や結婚となると話は別なようで、様々な条件を出されてしまった。トレーナーとして実績を更に重ねる以外に、婿入りに際してメジロ家の一員となることも含まれた。そこ自体は覚悟していたので問題はないが、やはり学園と同じように、清い付き合いにしろと釘を刺された。思わずマックイーン共々、咄嗟に目を横に逸してしまった。そのことに気づかれたかどうか不明だが、ため息をもう一度吐かれただけで、追求はされなかった。

 誓って、やましいことはしていないのだ。

 とにかく、色々なところに顔を出して、正式なお付き合いとなった自分とマックイーンだが、問題が発生した。

 まず、マックイーンが家に泊まれなくなった。これは健全な付き合いをしろとどこからも言われ、かつ外泊許可がほぼ取れなくなった都合上、どうしてもそうせざるを得ず、この事実を認識したマックイーンは膝から崩れ落ちた。自分もかなりショックだったが、彼女の手前顔に出すことはしなかった。代案として、外出ができるようになる朝5時30分からマックイーンが寮から自宅まで通うと提案したが、そこは彼女のトゥインクル・シリーズ復帰を目指すトレーナーとして反対した。ただでさえ1年以上のブランクがあり、また故障の前兆への対応で動くことに制限がかかる都合上、少しでも万全にする必要があったからだ。

 そこは彼女もすんなりと納得はしてくれたが、しかし自分と過ごす時間も確保し、自分に何かをしてやりたいと強請られたので、弁当を作ってくれと頼んだ。これは彼女自身に今一度栄養管理・自己管理を学ばせるというトレーナーとしての意図と、彼女の手料理を食べたいという下心があった。マックイーンの腕前は、アパートに通っていたころに何度も一緒に作ったからわかるが、ズブの素人だ。手伝わなければロクに味もしないし、下手すれば生焼けなどの危ない代物も交じる。それでも彼女が努力家だと知っているので、すぐにうまくなると信じている。ついでに、自分も彼女に料理を奮ってやりたいという気持ちを満たすため、手本という体で弁当を作り、お昼時に交換することにした。

 こうして、学園の昼時にも一緒に食べるという、会える理由ができた。もちろんマックイーンも日頃の付き合いもあるため毎日は無理だが、週3回の頻度で弁当を作り合うこととなった。

 

「今日はその、うまくできていましたか?」

 

 互いの弁当を食べ終え、反省会という形で一息つくと、マックイーンが上目遣いで尋ねてきた。食後の片付けの後、彼女の定位置が自分の膝の上なのは、あのアパートから変わらないものだ。汗と、女性特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、男として色々なものを刺激してくるが、鋼の意思を持ってそれを制御する。本能という悪魔を拳で沈めつつ、良かった点と悪かった点を丁寧に教えた。

 

「やはり、まだまだですわね。花嫁修業も大変ですけど、やり甲斐がありますわ。いつか貴方の味を超えて、私のでしか満足できないようにしてあげますね」

 

 むん、と気合を入れる彼女に、婿入りだから関係ないんだよな、と無粋な言葉が浮かんだが、心の中で霧散させた。こうして健気に尽くしてくれる彼女に申し訳がないし、何よりマックイーンがエプロンを着けて、一生懸命に料理に向き合う姿は、とても尊いものだと知っているから、止める気がしなかった。

 

「むっ、何をにやけてますの。やましい気持ちでもあるんじゃないですか?」

 

 ないよ、と脱力した状態で笑うと、そんなはずありませんと言いながらマックイーンが体勢の前後をぐるりと変えて、こちらの胸元に自分の胸を押し付けると共に、細い両手で頬に触れた。そのまま摘まれ、横に伸ばされる。

 

「ほーら、にやけてますからこんなに柔らかいんですよ? ほらほら〜」

 

 彼女の思うままに頬を遊ばれてしまう。痛い痛いと返しながら、悪い気がしないのでされるがままにした。ぐにぐにっパチッ、と最後に指を離され、頬が元の戻る。きっと鏡を見れば、自分の頬が林檎のように赤くなっているだろう。

 

「ふふっライスさんなら、林檎みたいといいそうですわね」

 

 同じことを思いついたのか、朗らかにマックイーンが笑み。自分も釣られて頬が緩むと、そのまま彼女と目がパッチリとあった。

 紫水晶の瞳に、吸い込まれるようだ。意識しようとしていなかった少女の輝きが、互いの目を通してこちらの奥に入ってくるような、不思議な感覚。動機が激しくなり、頬が先程とは違う意味で赤くなる。マックイーンも同様で、耳は一瞬ピンと張ったが、すぐに脱力するように垂れると、一度唾を飲み込んだようだ。毛並みのよい尻尾がくるりと自分の脚に絡み付けられ、その小さな手が胸元に置かれると、そのまま体ごとしなだれかかってくる。目はじっと合わせたまま、けれど今度は、彼女の鼓動まで伝わって、心音が同じリズムで刻みだす。マックイーンの背中と肩に、それぞれを手を置いた。彼女もそれが当然と受け入れて、ゆっくりと瞳を閉じた。紫の瞳の代わりに、潤いを保つ唇に目を引き寄せられた。

 期待に応えるべく、そっと彼女に顔を寄せる。互いの距離が、息が届く位置。紅茶の匂いが鼻にかかる。キスまで、後1秒。

 

「おーいマックイーン、そろそろ予鈴鳴るぞー」

「すみません、午後トレーニングの機材を借りたくて……」

 

 がちゃり、とノックもなしに扉が開かれた。咄嗟に開けた目で、2人で侵入者を見た。

 自分たちと同じように、目をぱちくりと瞬かせるゴールドシップ、あわわと顔を真赤にして耳と尻尾を立たせたライスシャワーだ。

 

「……ごゆるりと」

「ごごごごごめんなさーーい!!」

 

 ドアを閉めることなく、回れ右した2人が走り去った。あちゃーと頭を掻くと、腕の中で強烈な羞恥心が怒気に変わるのを認識した。恐る恐る見下ろすと、ビンとウマ耳を張ったマックイーンが、首から耳の先まで赤くなって震えていた。湯気が出ているかと錯覚するレベルでつい声をかけようとした瞬間、パッと飛び起きた。

 

「っっっっ、ゴールドシップ!! ライスシャワーさん!!!」

 

 そして、先程までの雰囲気など吹き飛ばして、目を尖らせたマックイーンが部屋を飛び出していってしまった。授業に間に合うかな、と苦笑しながら腰を上げる。自分にも午後の仕事があるので、その準備を進めようとまずは開きっぱなしのドアを閉めるようとした矢先。

 

「あなたっ」

 

 マックイーンがさっと戻ってきた。忘れ物かな、と聞こうとした瞬間、彼女の両手が自分の顔まで伸びると、そのまま引き寄せられた。そのまま、唇同士が一瞬、重なる。よくあるライト・キス、それでもこのような不意打ちをされるのは少し驚いて、反応ができなかった。

 

「……お仕事、頑張ってください」

 

 背伸びをしたまま顔を紅潮させつつ、しかし真っ直ぐにこちらを見据えていたマックイーンは、それだけを言い残して、また走り去ってしまった。その脚はとても軽やかだ。思わず自分の唇に手をやる。その感触を思い出し、一度深呼吸。

 仕事、頑張ろう。

 チームのため、メジロ家の将来のため、そして彼女と共に歩む日々のため、仕事机へと向かった。自分の両足は、今日一番の活力が満ちていた。

 そうして机に座って窓の方を見ると、いつの間にか雨は上がり、強い日差しが天使の階段となって、学園を照らしていた。

 新しい季節は、すぐそこまで来ていた。

 




ゴルシ「うまぴょいなことしたんだな?」
ライス「ゴールドシップさん!!」(無言のデトロイト・スマッシュ


ご愛読いただき、誠にありがとうございました。
まず最初に、いつも誤字修正の報告をいただき、誠にありがとうございます。
添削をいつも中途半端に行ってしまうため、本当に助かっております。
そして何より、お気に入りに入れてくれたり、さらには評価や感想を書いてくださった方、励みとさせていただきました。
本当に読者の方々に背中を押されてできた作品です。
深く感謝いたします。

正直な話、本作は最初の「自宅で」以外、全て蛇足となります。最初以外ちゃんとタイトル通り甘えている要素どこ・・・ここ・・・?
その後、調子に乗って次を書き、また次を書き、さすがに短編の範囲を超えるのはまずいと思い、
「式場で」で区切りとしました。それでも前後編で2万字超えたのは構成力不足と言わざるを得ないです。

また、作成中にマックイーンをお迎えできたことにより、彼女に対する理解度を深めると共に「ヤベぇ」という気持ちが強まりました。
やはり持ってない子で書くと、再現力がなくなってしまいます。それでももう最後は決まっていたので、今まで自分の中に溜まっていたマックイーン像に基づき、書き上げました。
そういう意味では、好意的に受け入れたことがとても嬉しかったです。
(※ゴルシとライスは言い訳できません)
このエピローグもそちらの要素が強く、受け入れていただけるか不安ですが、楽しんで読んでいただければ幸いです。

活動報告にも、本作に仕込んでいた小ネタなども掲載していますので、お時間があればそちらも御覧ください。

最後に、とても短いですがまた蛇足を用意しました。
作者からの我儘で申し訳ないのですが、一青窈「影踏み」をかけながらお読みください。





【ユメヲカケタズット先デ、影を踏む】

 老朽化で、すっかり染みだらけになったトレーナー室で 書棚に置かれた写真立てを手に取る。そこには、いつかの天皇賞のウィナーズサークルが映っており、芦毛のウマ娘と、その最愛のトレーナーが一緒になって、2つ目の秋の盾を掲げていた。
 
「マックイーン」

 懐かしいな、と知らず知らずに口元を緩めていると、窓の外から、大声で自分を呼ぶ声が聞こえた。声に釣られてダートコース用のグラウンドの方を見ると、愛する人と、新たな一等星とならんとする星たち、そしていつかの自分たちのような若いトレーナーとウマ娘が、自分を待っていた。

「今いきますわ、あなた」

 一声をかけて、トレーナー室を去る。現役のウマ娘にもそうは負けない脚をまだ持っていると自負しているが、今は走るわけにはいかない。

「かあさま、はやくいきましょうっ」

 いつか自分が袖を通していた勝負服、その名残を残す幼児向けの服をた、愛の結晶。自分によく似た芦毛の耳をぴこぴこと震わせながら、はやくはやくとこちらの手を取って引っ張り出した。
 微笑みながら、その娘と歩む速度を合わせて、長い永い道を歩く。
 夢を駆けたその先で、新しい星の影を踏むために。


End


改めて、ご愛読いただき、ありがとうございました。

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