メジロマックイーンの甘え方   作:PFDD

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仕事のストレスを完結した作品にぶつける作者のクズ。
例の如くオチなしヤマなしとなります。


相合い傘で

 ふむ、と顎に手をやり悩んでしまう。場所はトレセン学園最寄り駅の南口、学園の定期研修の一環として3日間大井レース場まで行ってきた帰りに、運悪く夕立時と被ってしまった。ゲリラ豪雨ほどひどくはないが、傘もささずに飛び出せば、濡れ鼠からの翌日風邪になるのは容易に想像できる。自分の手持ちには折りたたみ傘もなく、加えて駅中のコンビニでは、連日のゲリラ豪雨と、同じ状況となった人々によって、ビニール傘は売り切れてしまっていた。ならばと少し濡れるのを覚悟で外のコンビニまで走ろうと考えたが、仕事用のバッグは防水仕様ではない上に、大井レース場で預かった重要書類の原本まで入っている。万が一書類が濡れてしまうことがあれば、それこそ学園に迷惑がかかるだろう。

 油断したなぁとボヤきつつ、チームシリウスの誰かに傘を持ってきてもらおうかと考えスマートフォンを取り出したが、通話アプリをタップする直前で止めた。こんなことで態々大事なチームメンバーの手を煩わせるのも酷いし、何より放課後直後のこの時間は、チームの練習時間だ。今頃はライスシャワーが事前に考案してくれた雨・重バ場時のスパート練習に費やしているだろう。スマホを取り出したついでに雨雲レーダーを起動するが、最低でも2時間はこの状態が続きそうだ。時間を潰すにしても些か長く、おまけにご同類の学生やサラリーマンが周囲のカフェをすっかり席を取っていて、場所もなかった。

 これは身を切る覚悟を決めなければいけないかな、とバスロータリーを行き交うタクシーを探し始めると、ふと見慣れた色合いが見えた。

 雨の中、かの女王と同じ特徴的なビニール傘を揺らし、そこから少しはみ出る長さの芦毛の髪をなびかせる、トレセン学園の制服のウマ娘。ウマ娘専用レーンを走っているためか、自動車からの水しぶきで白いソックスが茶色く汚れだしていた。

 そのウマ娘は、よく知っている娘だ。たまらず、彼女の名前を叫んだ。

 マックイーン、と疑問と驚愕を乗せて。

 彼女の耳がピンとこちらを向き、顔に笑みが溢れる。いつ見ても見惚れてしまうその微笑みが、次の瞬間消えた、いや、跳ねた。文字通りマックイーンがその場でステップを刻んでから、一足飛びで飛び上がったのだ。あんぐりと口を開けていると、障害物レースもかくやの勢いで柵を越え、さながら魔女の傘の如くアーチ状の傘を掲げ、スカートをもう片方の手で抑えつつ、軽やかに自分の前に降り立った。ぴちゃんと跳ねた水しぶきが、彼女のスカートと自分のズボンにシミを作った。

 

「ふぅ……お帰りなさい、あなた」

 

 大したことはしてないと言いたげな涼しい顔のまま、傘を畳んで庇の内に入ってきたマックイーンの頭をぺちんと軽くはたく。

 

「え、なんでですの!?」

 

 不要な無茶をしてはいけないと軽く叱り、持っていたハンカチで簡単に彼女の髪と顔、それにウマ耳を拭う。横風で入り込んできたものや、跳んだ拍子についてしまった水滴を取るためだ。本当は足や尻尾の方もそうしたいが、如何にチームの担当ウマ娘かつ恋仲であるとはいえ、女学生の足を触るなどということを、公衆の門前で行うことはできない。

 それと、何故彼女がここに来たかも気になった。今の時間ならライスと共にトレーニングを先導しているはずだ。その疑問を察したのか、マックイーンは得意げに尻尾を振って、もう片方の手に持っていた黒い傘を差し出した。それなりに汚れのついたそれは、自分がトレセン学園就任時に記念で買った、普段遣い用の傘だ。

 

「先日家に帰った際、これが置きっぱなしなのを見つけましたの。トレーニングもグラウンドの急なメンテナンスでできなくなり時間も空きましたし、その上このような天気でしたから……もしかしたら困っているかと思いまして……」

 

 グラウンドのメンテナンス、と聞いて怪訝な思いでスマホのメールを確認すると、学園の緊急周知で確かに届いていた。どうやらタイヤ引き用の飛行機用タイヤが経年劣化で破裂してしまい、そのゴミを撤去しているとのことだ。この雨もあり、今日一日はもうグラウンドを使えないだろう。加えてシリウスのグループチャットを見れば、ライスから自主練と、部室でのゴールドシップ主催のレクリエーションに切り替える旨が流れていた。ゴールドシップ主催ということで嫌な気配を察したのか、チームメンバーからは自主練に専念するとの声が多く上がっているが、おそらくはゴールドシップが強制参加させにいっているだろう、活発になるはずのチャットには阿鼻叫喚のメッセージが飛び交い、「マックイーンさん逃げて、超逃げて」「ライスちゃんがぁ、画面端ぃっ!」などというよくわからない改造スタンプまで貼られていた。

 とにかく、真面目な彼女がこのような時間にここに来れた理由は分かった。傘についても、マックイーンには家の合鍵を渡しているので、その有無も確認できただろう。

 しかしそれでも態々持ってくるのは、せめてSNSで確認してほしかった。すれ違いの可能性もあったし、何よりそれでマックイーンになにか、それこそ怪我や事故に合えば、自分は自ら地獄に落ちるだろう。

 ありがたく傘を受け取りつつ感謝するが、その点だけはトレーナーとして、何より彼女の男として認めるわけにはいかない。その思いを伝えると、しゅんとしょげてしまったが、しかし両手に拳を作り、上目遣いで自分を見つめてきた。

 

「連絡はその、ごめんなさい……けど……3日も、もう会っていなかったですから……」

 

 寂しかった、という言葉は声にならず、真っ直ぐに見つめてくる紫水晶の瞳でもって訴えられた。休み時間や放課後にはSNSで、それに夜は必ず電話をしていた。どんなに短くとも、おはようとおやすみだけは欠かさなかった。それでも根が甘えん坊な彼女は、直接触れ合えない時が続くのは耐えられなかったようだ。特に、正式に付き合い始めてから、その傾向はより強くなっているような気がする。男としては嬉しいが、彼女のトレーナーとしては、カツを入れなければいけないな、と思いつつも、頬が緩むのを止められなかった。

 自分もだよ、とつい返しつつ、傘を受け取る。すると喜色満面となったマックイーンがへにょりと耳を横に倒し、そのまましなだれかかってきそうなのを、肩を手で抑えて留めた。こういう場でベトベトし過ぎるのは自重すべきだからだ。

 ブスッと不満げに頬を膨らます彼女を尻目に、とりあえず一度家に寄って制服を洗わなければいけないかと考えて、傘を広げ一歩外に出る。そのままスマホを取り出し、ライスたちに自分の帰宅とマックイーンのレクリエーション参加の遅れの旨を伝えた。案の定、彼女たちはマックイーンが飛び出したのを知っていて、参加ができなくてもよいという旨を返してくれた。理解のあるチームで嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な気持ちになる。

 うまぴょいし過ぎるなよ、というゴールドシップのメッセージが即座に管理者権限を持つライスによって消されたのを最後にスマホを仕舞い歩こうとしたが、ふとマックイーンがまだ傘を広げていないことに気づいた。どうした、と尋ねると、彼女らしくのない、困ったような笑みを浮かべた。

 

「そのぅ……傘が、開かなくなってしまいましたわ」

 

 むむっ、と思わず呻いてしまった。確かにさっきの無茶と、抑えられていたとはいえ、ウマ娘の走行速度で開いたままの状態でここまで来たのだ。芯が風圧で曲がったり、骨が外れたりしていてもおかしくない。少し態とらしい言い方なのは気になったが、何度か手で開こうとして、フレームが軋む音が傘からすることから、開かないことは事実だろう。これで無理に開いて壊してしまったら、メジロ家から請求書が届くかもしれない。そうなれば自分の財布が軽くなるのは明白だ。できれば避けたい。

 ならばどうするか、とすぐに思いつくのが、メジロ家の爺やさんに連絡して、彼女だけでも迎えに来てもらうことだ。そう提案するが、マックイーンはふるふると首を振った。

 

「今日はドーベルが友人の方々を家に招くために先約していて、送り迎えができませんわ。私もしばらくは屋敷に用がないため、問題なかったのですが……」

 

 どうやら、間が悪かったようだ。それなら仕方ない、とちらりと自分の傘を見上げ、もうひとつ思いついていた方法を頭の中で思い浮かべ、マックイーンを見た。彼女もこちらの傘を見て、ついで自分の目をじっと見つめてくる。ふらふら揺れる尻尾から、明らかに期待しているのだと理解した。しょうが無い彼女だなぁ、と抱きしめたくなる衝動を無理やり抑えつつ、マックイーンに雨粒がかからないようにそっと傘を差し出し、期待されただろう言葉を口にした。

 その、一緒にどうだ。

 そう言ってから、気恥ずかしくて、主語が抜けてしまったことに気づいた。きっと今までの自分たちの行動や言動から、今更だと言われかねないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 それでもマックイーンは目を輝かせて、しかしごほんと調子を一度整えると、軽やかな足取りで傘の下に入り込んだ。

 

「お願いしますわ、あなた」

 

 そのまま緩く腕を絡めて、手をにぎられた。雨で濡れたままの手は、しかしマックイーンの熱と軟さをそのままに、自分に伝えてくる。この歳で初めての相合い傘、しかも誰もが羨むだろう最愛の彼女が率先としてやってくれたことに、喜ぶべきなのだろう。しかし今はその誘惑を押しのけて、彼女の手を解いた。傘を2人の中心にしないと、彼女がより濡れてしまうのは明確だからだ。

 

「……けち」

 

 小声でそんなことを呟かれたが、鋼の意思で持ってスルーした。

 そのまま、2人で肩を寄せて帰路を歩く。ぽたぽたと五月雨は傘を打ち、濡れたアスファルトに反響するエンジン音は、梅雨の雨でも賑わう商店街の喧騒にかき消される。そこに交じる2人は傘の存在もあってか、あのメジロマックイーンとは気づかれず、ただの通行人として認識され、道行く人々のひとつになっていた。それがほどよく心地よい。

 道すがら、最初は研修の内容や、電話で話さなかったチームの様子のことなど、とりとめないのない話を彼女としていたが、どちらからともなく喋らなくなり、互いに前を向いて雨の中を歩いた。それでも意識しているのは互いだけで、ほんの数センチ離れた距離でも、彼女の温度が直に感じ取れるようだ。

 靴は雨で汚れて、内側に滲んできている。普段使わないからと整備を怠っていたツケだろう。この雨の中を走ってきたマックイーンは、自分よりも水浸しになっているはずだ。それでも嫌な顔をせず、この時間を共有してくれている。何だかんだ言って根っこからはしゃぐのが好きな彼女も、こういった雰囲気に身を委ねたいときもあるのだ。

 商店街を抜けて、住宅街にあるアパートが見えてくると、彼女の歩速が少し緩んだ。そのことに気づいて、どうしたんだと、声に出す前にその意図を察した。きっと、彼女ももう少しこのままでいたいのだ。にやけそうになる表情筋に力を入れつつ、湧き上がった悪戯心から、いっそ踊ってみようか、となどとバカげたことを言ってみた。

 むっ、と自分の意図に気づいたマックイーンがしかめ面になったが、しかし次の瞬間には、イタズラを思いついたゴールドシップのように目を細めた。瞬間、嫌な予感が背筋を這うが、それと同時にマックイーンが正面に回り込む。

 

「ええ。そういうの、偶にであれば嫌いじゃありませんわ……けど、それ以上に……」

 

 そして、自分が反応する間もなく、傘とバッグをひったくった。ぎょっと目を見開くが、その間にも自分の体を冷たい雨が襲い、垂れた髪で視界が塞がれそうになった。なんとか両手で書き上げると、傘をくるくると回すマックイーンが、得意げな顔をでこちらを覗き込んだ。

 

「そんな意地悪なことを言う彼氏が色男になるのは、もっと楽しいですわっ。ほら、大事なものなんでしょう? 捕まえてみなさいっ」

 

 くるりとステップを踏んでマックイーンが走り去ってしまった。走る速度は、人間でも追いつけるぐらいだ。

 突拍子もないことをしてくれた彼女を、ああもうと叫びつつ追いかける。スーツも靴もすっかりびしょびしょになってしまい、今度のクリーニング代が不安になる。それでも、楽しげな彼女の尻尾を追いかけるのは、不思議と腹の底から笑い声が出そうになるくらい、愉快だ。

 そんな時間もすぐに終わり、目的地の家についてしまった。マックイーンが先に玄関につき、傘を仕舞いつつ、学生服のポケットを探る。追いついた自分も一息ついてから彼女の側に立ち、彼女が取り出した合鍵で開けてくれるのを待つことにした。待つといっても数秒程度、すっかり水を吸った上着やシャツを絞ることしかやることがなかったが、ふと、彼女の傘に目についた。

 自分のものと一緒に壁に立てかけられたそれは、元の仕上がりがいいのか、気品を感じてしまう。壊れているのだから、と魔が差した時と同じ気持ちでその傘を取ってみた。そのまま手の中でくるりと回してみて、試しに開いてみた。

 

「開きました……って、あっ」

 

 傘は、特に異音を立てることなくすんなりと開いてくれた。マックイーンが耳と尻尾をピーンを逆立てているのを横目に、何度か彼女の傘を開け締めしてみる。やはり問題なく開閉でき、壊れたフレーム特有の嫌な感触もない。

 もしかして、とちらりと横を見ると、顔を真赤にしながら、所在なさげにそっぽを向くマックイーンがいた。よく見ればぷるぷると震えており、無意識に組まれた両手の指同士が遊んでいる。

 そんな彼女に、つい言ってしまった。

 最初から相合い傘がしたいって言ってくれれば、喜んでやったのに、と。

 

「〜〜〜〜っ、シャワー先にいただきますわっっ!」

 

 そのものズバリな図星を刺された彼女は、そのままいかり肩で部屋へと入ってしまった。相合い傘は本当に喜んでやったのにな、と口の中で言葉を溶かしつつ、機嫌を損ねた彼女の慰め方を考えることにした。

 梅雨の終わりの雨は、空の向こうで、少しずつ晴れ始めていた。




ゴルシ「うまぴょいは実在するッッ!」
ライス「ゴールドシップさん!」(無言の北斗有情破顔拳

(更新は今度こそ)ないです。




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