はぐれ鳥と遅咲の花   作:プロッター

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第1話:鳥の柱

 夜空には雲一つ浮かんでおらず、星々の光もよく見えた。

 光量が弱い星は、燦然と輝く満月の明かりに引けを取ってしまい見えにくい。それでも、他に散らばる星と月が織り成す夜空はとても美しい。

 その夜空の下、ある屋敷の縁側に一人の男が座っていた。

 肩まで届くほどの黒髪、吉岡染の着物の上に白い羽織を着ている。見た目は二十歳に届くか否かと言った頃合いだ。どことなく繊細な雰囲気の漂うその男は、澄み切った夜空の綺麗さと合わさり、一枚の絵のような美しさすら覚えそうになる。

 しかし、息も絶え絶えな鴉を膝の上に載せていなければの話だが。

 

「よく戻ってきたね」

 

 その鴉を労わるように、産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)は優しく翼を撫でながら声を掛ける。華奢な空気を纏う彼は、人知れず人間を喰らう『鬼』を滅する組織・鬼殺隊の当主だ。

 

「私の『子供たち』も、何人も殺されてしまったのか・・・もしかすると、十二鬼月がいるのかもしれないね」

 

 耀哉は、鴉の翼を撫でながら背後の部屋を振り返る。

 その部屋には、一人の鬼殺隊士が正座していた。傍らには、隊士が鬼と戦う際に必要不可欠な武器・日輪刀が置かれている。

 部屋の明かりは点いておらず、光源は月明りのみで薄暗く、耀哉にはその隊士の顔は見えない。だが、隊士本人は気にする様子もなく、静かにそこに待機していた。

 

「そこへ行き、鬼を斃してきてほしい。飛比路(とびひろ)、頼んだよ」

「御意」

 

 名を呼ばれた隊士は静かに頷き、立ち上がる。

 そして耀哉が瞬きを一つすると、既にその部屋には誰もいなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 その山は、ごつごつした硬い岩肌がそこかしこで露出していることから、人々から『鉄皮山』と呼ばれている。

 一人の隊士が、夜のそんな鉄皮山を駆ける。身軽に岩を飛び越え、木を避けながら、苔や草を踏んで走る抜ける。やがて、大きな岩の陰で足を止め息を整えた。

 その隊士は、鬼殺隊服の上に、蝶の翅脈のような線が幾多に枝分かれしている白い羽織を着ている。艶やかな長い髪を腰まで伸ばし、蝶を模した緑の髪飾りを頭の両脇に着けている。

 その隊士の名は、胡蝶(こちょう)カナエ。鬼殺隊の中では数少ない女性の隊士だ。

 

(ここまで来れば・・・)

 

 日輪刀を鞘から抜いて、岩陰から様子を伺う。

 この辺りは、先ほどまでいた岩盤地帯とは違い地面が土で覆われている。また広葉樹があちこちに生えており、空を覆うように枝葉が広がっているので月明かりも届かず薄暗い。向こうからも簡単には見つからないだろう。

 

「どこへ行ったのかなぁ?」

 

 カナエの耳に、ねっとりとした声が届く。岩陰に姿を隠し、今度は慎重に、息を潜めて声の出所を伺う。

 その声の主は、岩から少し離れた場所を歩いていた。煤けた小豆色の服を着ていて、背丈は成人男性より少し高めとはいえ、外見は人間とほぼ同じだ。しかしよく見ると、腕や脚がかなり鍛え上げられ、しかも額からは三本の角が伸びている。口から覗く歯は、獣のように鋭い。

 あれこそ、自分たちが戦っている鬼。かつてはカナエと同じ人間だった、人ならざる存在だ。

 

「逃げてばかりじゃ勝てないよぉ?」

 

 わざとらしく、辺りをきょろきょろ見回す鬼。恐らく、カナエが隠れている場所に当たりをつけているのだろう。

 しかし、カナエはただ逃げるためにここまで来たのではない。先程は崖の近くで戦っていたが、そこでの戦いは不利と判断し、仕切り直すためにここへ来たのだ。ただ、場所を変えたところで、確実に勝てるという保証もなかった。

 

「まぁ、逃げずに戦っても、他の奴らみたいに死んじゃうだろうけどねぇ?」

 

 せせら笑う鬼の声に、カナエは唇を噛む。

 鉄皮山に鬼がいるという情報を受け、入山した隊士はカナエ以外にも数名いた。しかし、誰も彼もがあの鬼に手古摺って殺された。今までそれなりに戦ってきたカナエでも、あの鬼には若干苦戦を強いられている。

 だが、鬼の能力は割れていた。仲間の戦いと自らの目で、あの鬼は自分の身体を瞬時に硬化させる能力・・・血鬼術を使うと分かっている。鬼の皮膚や骨、肉が人間より頑丈なのは知っているが、あの鬼はさながら鋼鉄のように硬くできる。並の力では斬れず、刀を折ってしまった隊士もいた。

 

「逃げるだけ、隠れるだけ無駄だよぉ?大人しく出てきたらどうだい?」

 

 カナエの隠れる岩へと、鬼は着実に近づいている。素早く距離を詰めず、ゆっくり歩み寄ってくるのは、鬼殺隊を何人も葬りカナエのことも嘗めているのだろう。

 しかし、カナエとてこのまま無駄死にする気はない。一緒に戦った隊士に顔が立たないし、たった一人の愛する『家族』をまた悲しませてしまう。

 

(呼吸を整えて、一撃で斬る・・・)

 

 刀を強く握り、ゆっくり呼吸を整える。自分の身体全体に、酸素が、血液が行き渡るのを意識する。『フゥゥゥゥ・・・』と、自らの独特の呼吸音が周囲に広がるのを耳で感じ取るが、今は気にしない。

 

「見ーつけた」

 

 鬼の声が聞こえた瞬間、カナエはその場から高く跳び上がる。

 直後、隠れていた岩が木端微塵に砕け散った。跳躍しながらカナエが見下ろすと、鬼が右腕で岩を殴り砕いたのだと分かった。硬化の血鬼術に加え、動きも速いので、大威力の肉体攻撃を仕掛けてくる。仲間の何人かはそれを防げずに殺された。

 しかし今は、散ってしまった仲間たちのために、そして()()()()()()()()()()、カナエは日輪刀を構える。

 

―――花の呼吸・参ノ型

―――空桔梗(うろぎきょう)

 

 その技は、上半身全体を使って刀を振り下ろし、勢いで対象を斬る技。

 だが、カナエが刀を振るう動作を見せると、鬼は左腕を構える。カナエの鬼の頸目掛けて振った刃は、その腕に阻まれた。

 太い腕に刀が食い込むが、切断はおろか半分にも至らず刃が止まってしまう。よく見ると、左腕全体の肌色が、脚や顔よりも濃くなっている。血鬼術が発動している証拠だ。

 

「ざーんねん。頑張ったのにねぇ」

 

 おちょくるような鬼の言葉と笑み。カナエは刀を抜こうとしても、まるで肉が挟み込んでいるように、びくともしない。かと言ってここで刀を手放しては、恐らく取り返しがつかないことになるからできない。

 膠着状態になってカナエが頭を働かせていると、鬼が右腕を引き、その右腕の肌色もまた濃くなる。血鬼術で硬くした右の拳で、頭を殴り潰すつもりだ。

 

「それじゃ、さようならぁ。先に死んじゃった仲間との再会を、お楽しみにぃ」

 

 愉悦に浸るような鬼の言葉に、カナエは歯を食いしばる。何とか刀を引き抜こうとしてもできない。打つ手が無くなり、死への恐怖と、未練が心に押し寄せてくる。

 だが、その右の拳がカナエに触れることはなかった。

 

「・・・え?」

 

 一瞬で、カナエの目の前から鬼がいなくなっていた。

 何が起きたか分からずに視線を巡らせると、先ほどまで目の前にいた鬼が離れた位置にいる。しかも、先ほどまでカナエの刀を止めていた左腕が無かった。

 死の間際で鈍くなっていた頭の回転が、徐々に本来の速さを取り戻す。そこで初めて、鬼が動いたのではなく自分の方が移動したのだと察する。

 しかし、どうやって移動したのか。

 と言うより、やけに自分の目の高さが低く感じる。

 

「あぁ?」

 

 鬼もまた、何が起きたかすぐには理解できなかったか、訝しむような表情をカナエに向けてくる。いや、正確にはカナエのすぐそばにいる『誰か』に向けてだ。

 それで漸く、カナエは『誰か』の脇に抱えられていて、自分が鬼の必殺の一撃から救われたのもそのおかげだと気付く。

 

「後は、俺が引き受ける」

 

 駆け付けた何者かは、腕を離してカナエを地面に落とし、前に歩み出る。扱いがぞんざいな気がするが、今は不満を垂れる場合ではない。

 カナエを助けた人物は、肩に鶴の紋が縫い付けられた黒い外套を着ている。だが、下袴は隊服と同じで、腰には刀が差してあり、カナエと同じ鬼殺隊だと分かった。

 だが、長い黒髪を頭の頂点で縛り、腰まで伸ばしている。身体全体の線も細いように見え、まるで女のような後ろ姿だ。しかし、先ほど聞いた声は、ややくぐもっていても男のものだった。

 そして何より、この隊士からは違った気配を感じる。先ほどまで一緒に戦っていた隊士たちとはまた違う、異様な雰囲気が漂っているように、カナエは思った。

 

「増援かなぁ?でも、君みたいな細い奴なんていくら来ても、無駄だと思うけどねぇ」

 

 鬼は大して焦る様子もなくせせら笑う。硬化していたはずの自分の左腕が斬られたのも、あまり気にしていない。その左腕は既に再生してしまっていた。

 しかし、黒い外套の隊士は鬼の言葉に応えず、鞘から刀を抜く。その刀は、通常よりも長い弧を描いており、刀身は花緑青。その刀身の根元には、カナエのものにはない『惡鬼滅殺』の文字が刻まれていた。

 外套の隊士は、一切の躊躇いや怯えも感じさせない動作で刀を構える。

 

「・・・鳥柱・天城(あまぎ)飛比路(とびひろ)、推して参る」

 

 名乗る。

 その瞬間、周囲の空気がずんと重くなったような感覚を覚える。

 流石に鬼も警戒するようになったか、血鬼術を発動させて全身の肌の色が濃くなる。今やあの身体全体は、さながら鋼のように固くなっているのだろう。

 

「あの、あの鬼は身体を硬化させる血鬼術を・・・」

 

 それを見たカナエは、飛比路と名乗った隊士に鬼の能力を伝えようとする。

 しかし、飛比路はカナエの言葉に反応を示さずに、体勢を低くする。

 

―――鳥の呼吸・壱ノ型

 

 そしてカナエの耳に、『フィィィィ・・・』と独特の呼吸音が聞こえてきたと思うと。

 

―――荒鷲(あらわし)

 

 飛比路は鬼の後ろに、刀を振り切った体勢で立っていた。

 

「えっ?」

 

 鬼が、あっけにとられたような声を出す。

 するとその頸がゆっくりと胴体から離れ、地面に転げ落ちた。

 

「え、斬られた・・・?斬られたぁ・・・!?」

 

 鬼の表情が驚愕に染まる。

 

「嘘だ!ありえない!僕の頸は鉄より硬いんだぞ!他の奴らだって斬れなかったのに!お前なんかにぃ!?」

 

 斬られた頸が捲し立てる。先ほどまで立っていた胴体は、糸が切れ人形のように倒れた。

 しかし飛比路は、鬼には目もくれず、刀を軽く振って付着した血を払い、鞘に戻す。鬼に興味など微塵も示していないようだ。

 そこでカナエも漸く立ち上がり、近くに落ちていた自分の日輪刀を拾って鞘に戻す。

 そして、塵芥と化していく鬼の頸に視線を向けると、丁度鬼と目が合った。

 

「何だよぉ!そんな可哀そうなものを見るような目で見るなよぉ!空しくなるだろうがよぉ!」

 

 カナエにまで怒鳴り散らすが、当のカナエはその声に不快感を抱くどころか、尚更その鬼が可哀想に思えてしまう。

 鬼は元々、自分たちと同じ人間だったのに。今や人を喰うことでしか生きられず、救いのない最期を辿るばかり。普通の人間のように誰かに看取られず、頸を刎ねられるか、人間にとっては美しいはずの陽光に焼かれることでしか死ねない。

 目の前で消えつつある鬼は、カナエの仲間を多く殺した赦されない鬼だが、それでも憐憫の情をカナエは捨てきれなかった。

 

「畜生!畜生!!僕もあと少しで十二鬼月に―――」

 

 鬼の言葉の最後は、声帯と口が消滅して聞こえなかった。

 やがて身体も頸も全てが塵となり、辺り一帯には静けさだけが残る。先ほどまでは鬼ががなり立てていたので、その静寂は余計強く感じた。

 

「十二鬼月ではなかった、か」

 

 沈黙を破ったのは、飛比路だ。

 そこでカナエは、まだ自分を助けてくれたお礼をしていなかったと思い立ち、飛比路の方を見る。

 

「怪我はない、か?」

 

 だが、同じくこちらを振り向いた飛比路を見て、カナエは吃驚した。

 飛比路は、面をつけていた。目と思しき部分はくりぬかれ、その穴を囲うように三日月形の赤い模様がいくつも描かれている。面の中心部分は、鳥の嘴を模しているのか、緩やかな曲線を描いて突き出ていた。

 

「・・・はい、大丈夫です」

「ならば、いい」

 

 驚きのあまり謝罪の言葉も忘れて、ただ怪我の有無を答えることしかできなかった。しかし、飛比路はそれを確認しただけだったらしく、すぐにその場から姿を消した。移動したのだろうが、目で追えない。

 そして、後にはカナエしかいない。鬼は跡形もなく消え去り、戦闘の爪痕として砕けた岩と抉れた地面があるだけだ。

 カナエや他の隊士でも斬れなかったあの鬼の硬化した身体を、飛比路と言う隊士はまるで豆腐のようにあっさりと斬った。そこに対して、カナエは劣等感を抱きはしない。しかし、驚愕と興味関心、疑問が自分の中に滾々と湧き上がっているのが分かる。

 

 ―――鳥柱・天城飛比路、推して参る

 

 鳥柱と名乗った彼は、ともすればカナエよりも細い身体の持ち主だった。

 だが、そんな身体の人物が、何故カナエでも斬れなかったあの身体を斬れたのか。

 駆け付ける時と立ち去る時の、目で追えないほどのあの動きの速さは何なのか。

 本当に、あの鬼殺隊最強を誇る階級『柱』なのか。

 自分の中で考えても答えなど出ない疑問を胸に、カナエはしばしの間その場に立ち尽くした。




こんばんは。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

本編では故人として描かれた胡蝶カナエについて、
その人間性や強さに注目し、今回の話を掻きたくなりました。

最後までお付き合いいただければ幸いですので、
どうぞよろしくお願いいたします。
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