はぐれ鳥と遅咲の花   作:プロッター

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ご無沙汰しております。

少々時間が空いてしまいましたが、特別編を投稿させていただきます。
短めではありますが、どうぞお楽しみいただければと思います。


特別編
また、いつかの日に


 何度も見る夢があった。

 白い百合の花が咲き誇る、広い野原の中心で、「誰か」と話をしている夢。

私の足元、「誰か」の足元にはたくさんの鳥がいる夢。

 

――勿論…

 

「誰か」と楽しく話をしている夢。

 でも、相手の顔ははっきりと覚えていない。確かにその人と夢の中で話をしていたのに、何を話していたのかを思い出せず、その相手は男の人ということだけしか頭には残らない。

 そしてその夢を見て起きた時には、頭の中は澄んでいて、心はざわついている。

 そんな夢を見るのが一度きりであれば、まったく気にしない。それなのに、その夢はなぜか何度も見てしまう。その日何をしていたか、寝る前に何を読んだか、共通点もなしにある日不意に見る。

 それでも私は、その夢を見るのが不快というわけでは決してない。

 どころかその夢を見ると、安心感さえ抱いてしまうのだ。

 

 

 


 

 

 

「一説では、人は死後、別の命を得て生まれ変わると言われている」

 

 昼下がりの公民の授業。裁判の制度についての授業中に、「少し話が逸れるけど」という前置きから始まった先生の余談。

 お昼ご飯の後に加えて、明るい陽の光で微睡みかけていた私の意識は引き上げられた。

 

「まず人は、死んだあとは生前の行いについての裁判を受ける、という説がある。色々な場所で言われる『閻魔様』がその裁判官だ。それで生前の行いによって地獄へ堕ちるか、極楽浄土へ行くか、あるいは転生…つまり生まれ変わって新しく生を受けるかの判決を受ける」

 

 黒板の脇に簡単な図をチョークで書いていく先生。あくまでこの話は余談だからか、書いている図はかなり粗っぽい。

 

「もしも地獄へ堕ちた場合、刑期はとんでもなく長いもので、終える頃には地球が滅んでるってぐらいの長さだ」

 

 他の生徒たちが「えー?」と声を上げている。現実味の無い話しだからだろう、気の抜けた返事をしている子ばかりで、中には可笑しくてたまらないと笑う人もいる。

 けれど私は、いつの間にかその話を聞くのに真剣になっていた。授業とは関係ない余談なのに。現実味の無い話のはずなのに。

 

「だが、さっきも言ったように新しい生を受ける場合もある。そうなると、今このクラスにいるみんなの内誰かは、過去の誰かの生まれ変わりでもある…と、考えることもできるわけで」

 

 茶化すように先生が言うと、くすくすと笑い声がそこかしこから聞こえてくる。やはり、荒唐無稽な話だからだ。誰も、その話を真に受けているようではない。

 けれど私は、その話を笑うことはなかった。

 何故か、笑えなかった。

 

 

◆ ◇

 

 

「っていうことがあったのよ」

「それを聞いてどうしろって言うの…?」

 

 鶺鴒女学院からの帰り道に、私はその授業で聞いたこと、そして感じたことを妹に話した。そしたら案の定、難色を示されてしまう。

 

「あんまり真に受けないでよ? 私たちが誰かの生まれ変わりだなんて、考えるとゾッとするっていうか…」

「真に受けているわけじゃないわ。ただ、どうしてもその話が気になったっていうか…」

「それはもう半分真に受けてるって意味と同じじゃない…」

 

 はぁ、と妹は溜息をつく。可愛い顔をしているのに、そういう仕草は似合わないような。

 もちろん私は、その話を聞いただけで自分が過去に生きていた誰かが転生した姿、と信じ込んだわけではない。両親とはちゃんと血のつながりがあるし、家系図だって見せてもらった。隣を歩く妹だってずっと今日まで一緒なわけだし、それについて疑ったことない。けど、自分でそれを認識していないだけでその可能性もあるのだから、「悪魔の証明」に近いものだろう。

 

「姉さんが将来、変な人につかまったり、悪い宗教にハマったりしないか心配だわ…」

「それはちょっと心配しすぎじゃないかしら~?」

 

 ただ、妹はちょっとばかり心配性なところがあって、ことあるごとに私の将来を気に掛けてくれる。それが嫌というわけではないけれど、妹に過保護な扱いをされるというのは少し複雑な気持ちだ。

 

「あ、お母さんからメール…」

 

 その時、ポケットの中のスマートフォンが震えたので、確認する。内容は、仕事が遅くなるから夕飯は2人で済ませてほしいというものだった。

 

「どうする?」

「家に何かあったかしら…」

 

 両親ともに働いていて、こういう日も初めてではない。そんな時は、私か妹のどちらかが料理を作る、あるいは外で済ませてしまう。今日は、冷蔵庫の中にあるものの記憶がちょっと怪しい。

 

「折角だし、どこかで食べていく?」

「じゃあ、そうしようかな」

 

 私が提案すると、妹もそういう気分だったのか反対はしてこなかった。

 そうなれば次は、どこで食べるかだ。

 

「また、あのメガ盛りの定食屋に行く?」

「いいわよ。あそこ、雰囲気がいいし、料理も美味しいものね」

「それは同感。けど、あそこはご主人の雰囲気がちょっとピリピリしてて、ね…」

 

 妹の言葉に、私も否定はできなくて思わず苦笑いを浮かべる。

 そのメガ盛りの定食屋を営んでいるのは、仲のいい夫婦だ。奥様の方は朗らかで客からの人気があるけれど、ご主人は妹の言った通り若干とげとげしく、話しかけにくいオーラがある。マスクを普段つけているのもあるだろうけれど、それに関しては私もどうこうは言えなかった。

 

「夕ご飯までまだ時間があるし、そこの公園に寄っていきましょう?」

 

 それはともかく、今は夕飯だ。まだお腹もそんなに空いていないので、それまで時間をつぶす必要ができる。なので、近くの公園に寄り道をしていくことにした。他に時間がつぶせそうな場所はあまりないので、妹も賛成してくれる。

 

「ここはいつも賑やかよね」

「ええ、本当」

 

 妹の言葉に頷く。

 ここは地域の拠り所となっている場所で、多くの人が思い思いの時間を過ごしていた。近くの別の高校の生徒たちがバドミントンをしていたり、先生と思しき大柄な男性が幼稚園の子供たちを引き連れて散歩をしていたり、陽の当たるベンチで夫婦が子供と一緒に過ごしたり、と。

 それだけ見ていると、平和だなぁと思う。刺激に満ちた時間を過ごしたい、とは思っていないし、自分がまだ知らない場所は平和ではないのも分かっている。けれど、今自分が過ごしている場所が平和なのを見ていると、とても心が落ち着く気がする。

 

「ここの花はいつも綺麗ね」

「そうね…」

 

 公園の道の傍らには、小さな花壇がいくつもあり、そこには色とりどりの花が咲き誇っている。どの花も力強く芽吹いていて、見る者に花弁の色を主張してきていた。綺麗な花を見ていると心も安らぐし、元気を分け与えてくれるような気持ちになるから、私は花が好きだ。

 

「わっ、見てあれ」

 

 そんな風なことを思いつつ公園を歩いていると、妹がある一角を指し示す。今度は何があるんだろう、どんな人がいるんだろうと、私も釣られてそちらを見ると。

 

「――」

 

 妹は、たくさんの鳩がいる場所を指差していた。

 その中心に、誰かが立っている。手足が細く、髪は女性のように長く、顔立ちも中性的な人。けれど服装からして男性なのは分かった。その人の肩にはフクロウと思しき鳥が留まっていて、近くにいた小学生たちは、鳩の大群なんてものともせずに男性と楽しそうに話をしている。

 その光景を、その人を目にして、お腹の中が、きゅっと締まるような感覚がした。

 さっきまで見てきた人たちと同じで、この公園にいる「多くの人」の1人に過ぎないはずなのに、なぜか私はその人に対しての意識がひと際強まっていた。

 

「すっごい数の鳩ね…あんなにいたら、鳥の落とし物とかされた日には凹んじゃうかも」

 

 隣にいる妹は、中心にいる男性ではなくて、その周りにいる鳩の数に圧倒されているらしい。確かに、あれだけの鳩が周りにいたら、年端も行かない子供だったら泣き出すかもしれない。まるで、何かのホラー映画みたいだ。

 だけど私の意識が向いているのは、やはりその中心にいる男性。

 そして、どうしてだろう。

 あの人は、私が何度も見る夢に出てくる人に、似ているような――

 

「姉さん?」

 

 傾きかけていた意識が、妹の声で蘇る。

 

「え、何?」

「急に黙りこくっちゃってどうしたのかなって…」

「あ、あー…私もちょっと驚いたの。あんなにたくさんの鳩がいるなんて、って」

 

 嘘をついた。いや、確かにあんなに多くの鳩がいるのはそうそうないので、驚いたのは本当だ。

 でも、私はその男の人が気になったということを妹には隠した。さっきの生まれ変わりの話の時みたいに、心配そうな目を向けられるのは気が引けたから。

 そんな鳩の群れを遠巻きに見るのもほどほどに、妹は先へと進み始める。妹を1人にはできないので私もその後に続く。

 

「……」

 

 鳩の群れの中心にいる人の声は、私のいる場所からは聞こえない。表情は、鳥たちに囲まれていてほんの少し笑顔なのが分かるだけで、詳しくは分からない。

 そして当然ながら、その人が私に気づいた様子もない。

でも私は、その人のことを忘れることができなかった。

 

 

◇ ◆

 

 

 小さい頃から、鳥が好きだった。

 理由を聞かれると、翼の形が違うとか、羽の色が全然違うとか、姿かたちが愛くるしいとか、とにかくそう答えている。何がきっかけ、というわけではないけれど、物心ついた時から鳥のことが気になって、その内好きになったのだ。

 小学校の頃、鶏の世話をする係には真っ先に立候補したし、ペットとして小鳥を飼いたいと親にせがんだこともある(結局断られたが)。そして今は、怪我をしていたフクロウを保護して飼っているので、鳥は小さい頃から割と身近なものだった。

 だからか、鳥が出てくる夢を見ることが何度もある。

 その中でも、とりわけ奇妙な夢があった。

 

――その時は、私と…

 

 名前も知らない女性と、向かい合って話をしている夢だ。傍らには自分の好きな鳥がいて、周りには白い花が多く咲いているだだっ広い原っぱ。けどその夢から覚めた時には、何を話していたのかもその女性の顔も思い出せず、残っているのは奇妙な胸の高鳴り。

 そういう夢を、何度も見る。

 だけど、その話は他人にしたことがない。それを言えば、「モテない男の妄想」と切り捨てられること請け合いなのは、目に見えているから。なのでこれは、自分の中の秘密に留めてある。

 

「ふぅ…」

 

 ある日。散歩をしている途中で、近所の大きな公園のベンチに腰かける。

 するとほどなくして、鳩が数羽寄ってきた。餌を持っているわけでもないのに、どうしてか自分の周りには自然と鳥が寄ってくる。おかげで近所の小学生からは変な人扱いされることがしばしばあった。俺としては、何か特別なことをしているわけではないので、そういう風に見られるのは心外でしかない。

 

(生憎、餌は持っていないんで、な)

 

 心の中で、寄ってきた鳩に謝る。

 すると、肩に留まっていたフクロウがすり寄るように肩の上を移動する。嫉妬のつもりだろうか、そのちょっとした仕草が微笑ましい。これも、鳥が好きな理由のひとつだ。

 

「こんにちは」

 

 不意に、声をかけられた。足元にいた鳩たちが飛び去って行く。

 急に声をかけられること自体は、俺にとっては特に珍しいことではない。鳥が近くに寄ってくるし、今みたいに肩にフクロウを載せていると、物珍しさに声をかけられることが多くある。この間の顔がよく似た小学生三人組や、快活な学生たちなどがその例だ。

 だから今回も、その手合いかと思って、深く考えずに視線を上げると。

 

「――」

 

 胸に石を落とされたような感覚に陥る。

 声をかけてきたのは、年下と思しき少女だった。女物の服に詳しくないが、全体的に柔らかい雰囲気がして、育ちの良さが窺える。顔立ちも整っているし、共学だったら間違いなくモテそうな子だ。

 こんな子は、俺が今まで生きてきた中で会った記憶はない。

 間違いなく、初対面のはずだった。

 なのに――

 

「…何か御用、ですか?」

「いえ、鳥を連れているのを見つけて。不思議だなぁと」

 

 無意識に発せられた言葉で問うと、その子はニコニコと笑いながらそう言った。ひとまず、頭の中に浮かんだ()()は一度忘れて、その少女との話に集中することにする。変に動揺したりしていては、それこそ「ヤバい奴」と思われてしまうから。

 

「昔から、よくあるんです。特に何もしていないのに、鳥が集まってくることが」

「へぇ…すごいですね」

「いいや。本当に俺は何もしていないので、褒められることではない、です」

 

 平静を保てていると思う。話し方が変と思われるかもしれないが、これが俺にとっては普通なのだ。肩に留まっているフクロウは、動揺を察知したのか、首をこちらにぐるりと向けている。

 

「そのフクロウも?」

「ああ、こいつは怪我しているところを保護したんです。そしたら懐いてしまった、ので」

「なるほど…もしかして、鳥類学者とかだったりするんですか?」

「いや、自分は大学生です。でも将来は、そういう分野で活躍したいな、と」

 

 興味深そうに、頷いている。

 どうやら、本当に鳥を連れているのが気になっただけのようだ。それが分かると、自分の中に生じた奇妙な感覚も気のせいだと思い始め、緊張が緩む。いったい何を考えているんだ、と自分で自分に呆れてしまう。

 

「…あの」

「はい?」

 

 するとその女子は、隣に座ってきた。

 甘い香りが漂ってくるが、空気が先ほどまでと少し変わったような気がした。隣の空いているベンチに、先ほど飛び去った鳩が再び着地する。

 

「いきなりこんなことを聞くのも、変だと思われるでしょうけれど…」

 

 少女の綺麗な瞳が、こちらに向けられている。

 これまで自分に話しかけた人たちは、「すごい」とか「なんでこんなことに」とか、稀に「鳥が群れているのを見るのが不愉快」と言われることもある。その度に若干嬉しくなったり時には傷つくこともあったが、この少女の切り出し方はそのどれとも違う。テレビで流し見していたティーン向けドラマの告白されるような場面に似ているが、どう考えてもそうではない。

 緩みかけていた緊張感が、再び心を支配し始める。

 次に告げられる言葉は、何なのか。

 奥歯を無意識に噛み締めていると、少女が口を開いた。

 

 

「前に…どこかでお会いしたこと、ありませんか?」

 

 

 緊張も、不安も、全てが心から消え去った。

 バサバサと、肩に留まるフクロウが翼を羽ばたかせる。耳やこめかみに羽が当たるが、そんなことは少しも気にならない。

 だが、こちらが黙っていると、少女の瞳が左右に泳ぎ始め、終いには照れ臭そうに頬が紅く染まりだす。

 

「って、変ですよね、本当に。こんなこと急に言うなんて」

「いえ…」

 

 本当に失礼なことを聞いてしまった、とばかりにぺこぺこと頭を下げてくる。

 だが、俺はそれが少しも変には思えなかった。

 

「…自分も、思うところがありまして」

「…?」

「かなり気持ちの悪いことだと思います、が…」

 

 念のために、前置く。

 先の少女の質問を聞いて、この少女を初めて見た時に自分の中に現れた感覚が、気のせいとは思えなくなった。我ながらロマンチスト、非現実的にもほどがあるが、それでもこの心の奥で噴き出した感覚を、この場でこのまま流すことができない。

 

 

「俺もあなたとは、どこかで会ったような気が…します」

 

 

 最初に抱いたのは、既視感だった。

 記憶している限りでは、この少女と言葉を交わしたのは、会ったのは、顔を見たのは今日が初めてだ。だのに、初めて会った気がしない。この少女のことを何一つ知らないとは、思えない。ずっと前にどこかで会ったような気がする。

 俺の言葉に、少女の綺麗な瞳は揺らいでいた。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 無理もないだろう。お互いに今日初めて会ったはずなのに、2人揃って口にしたのは「どこかで会った気がする」だ。

 けれど、本当にそう思ってしまったのだから仕方がない。それは特に何も言われなければ黙っておくつもりだったが、向こうから同じ言葉を言われるとは思っていなかった。だからこちらも、そう言わずにはいられなかった。もしかしたら、自分が忘れているだけで本当はどこかで会っているのかもしれないのだから。そうだとすれば、あまりにも失礼だ。

 

「…ふふっ」

 

 笑みで沈黙を破ったのは、少女の方だった。

 

「可笑しいですよね…こんなの」

「…まぁ、確かに」

 

 口元を抑えて、笑うのを抑えている少女。思わず笑ってしまう気持ちも、分からなくはない。現に自分でさえ、釣られて唇が緩んでしまいそうだ。

 

「…って、まだ名前も名乗っていませんでしたね。すみません、失礼なことを」

「いいえ。俺の方こそ、です」

 

 ここまで常識はずれなファーストコンタクトを取っておきながら、変なところで常識を意識してしまう。思うに、この少女も本当は真っ当な人なのだろう。

 

「初めまして。私の名前は――」

「俺は――」

 

 お互いの名前を聞いても、覚えはなかった。出身地や生い立ちも簡単に話をしたけれど、やはりどこかでニアミスをした感じもない。

 だが、お互いの名前を知って、生い立ちを知って、会ったことがないと分かっても、不安や恐れは抱かなかった。

 どころか、むしろ安心したような気がしたのだ。

 

「それでは、また…」

「はい。また」

 

 小一時間ほど話をしてから別れる。当たり前のように、また会うことを約束して。

 そしてこの時、初めて顔を見た時と同じように、2人は同じことを考えていた。

 

 この人とは、長い付き合いになるんだろうな、と。

 

 

 


 

 

 

「そうか…色々と、苦労を重ねたよう、だな」

「ええ。といっても、鬼殺隊そのものが苦労の多い場所ですし」

「まぁ、確かにそうだ、な」

 

 白い百合の咲き誇る草原で、多くの鳥たちを傍らに、木こりに腰かけてカナエと飛比路は話をしていた。

 飛比路が先にここへ辿り着き、カナエはそれから少し経ってからやって来た。それから自分がいない間の話をカナエから聞き、飛比路は感慨深そうにつぶやく。生前のカナエは苦労が多かったものだが、カナエの言う通り鬼殺隊とは常に命の危険がついて回る組織だ。苦労など嫌でも売るほど経験する。

 カナエもまた、事情があって家族がいない子供を引き取り、世話をしてきた。飛比路が遺した言葉を常に胸に抱き、柱として救うべき人々を救い、戦い、そして敗れてここにいる。

 

「ごめんなさいね。私ばかりが喋って…」

「いや。俺には誰かに語るような過去も経験も、ない。それに、お前の話を聞いているのは、とても楽しい」

 

 今の今まで自分ばかりが話していて、飛比路は相槌を打つだけだった。それをカナエは申し訳なく思い謝ったが、飛比路は首を横に振る。カナエの話し方が上手いおかげで、退屈することもなく、楽しく話を聞くことができたのだから。

 

「…?」

 

 その時だった。

 足元にいた鳥たちが、一斉に飛び立つ。飛比路とカナエがその様子を何の気なしに見届けると、鳥たちは一様に空の彼方へと向かい、やがて姿を消してしまう。

 

「…時間のよう、だな」

「…そのようですね」

 

 振り返ってみれば、無限に広がっているように見えた百合の花畑も、心なしか狭くなっている気がする。いや、注意深く見てみれば、今も狭くなり続けている。

 それで2人は、もう残された時間はないと悟った。

 

「短い時間だったが、楽しかった」

「私もです」

 

 こうして再会して、話をすることができるなど思ってもいなかった。だからこそ、空白の間の話をして、そしてお互いの想いを確かめ合うことができただけで十分に嬉しい。

 

「…飛比路さん」

 

 周りの景色が白くなりつつある中で、カナエが話しかけてくる。

 

「私たちはここで、お互いの気持ちを知ることができました。けれど()()()()()間はそれができなくて、過ごした時間も穏やかとは言い難く、短いものでした」

「…そうだな」

 

 鬼殺隊として任務に就いている間は、生きるか死ぬかの瀬戸際に常に立たされ続けてきた。休息がないわけではなかったが、それも鬼を狩る時間と比べれば短いもので、心が安らぐ時というものはないに等しいものだ。

 だから、こうしてここで2人きりで話をすることができたのは貴いもので、それでいて物足りなさも覚えてしまう。

 

「ですので、飛比路さん」

 

 姿勢を正して、カナエは飛比路を見る。宝石のように輝く瞳は、何かを求めているかのように揺らいでいた。

 

「叶わぬものかもしれませんが、約束をひとつしてください」

 

 飛比路は頷く。

 残された時間も少ない、ということを今は忘れて。

 

「もしも、生まれ変わることができたのなら…」

「…ああ」

「その時は、私と…またこうしてお会いして…お付き合いをしてくれますか?」

 

 その願いを、飛比路は最後まで聞き届けた。

 そしてそれを、断るつもりはなかった。

 

「勿論、俺で良ければ」

 

 できる限りの笑顔で、答える。

 瞬間、光に包み込まれるように、全てが白に染まった。




これにて、特別編は終了です。
原作の「幾星霜を煌めく命」にあたるお話でしたが、如何でしたでしょうか。

こちらの作品を最初に投稿した際に、飛比路とカナエが死後の世界で再開したことで一応の区切りとはなりましたが、それでもかの最終話を読むとこうあってほしいという気持ちが強くなり、こうして書かせていただいた所存であります。

それでもこうして時期が開いてしまったのは、再会するお互いの名前が(設定上)明かせない上で、転生した末の再会をどう描写すればいいかに悩んだうえ、私生活での負担が大きくなったため筆が進まなかった次第でございます。
しかしながら、上弦集結を劇場で観て熱が入り、こうして書きあげた次第です。

最後になりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。
お楽しみいただけたようであれば、とても幸いです。
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