はぐれ鳥と遅咲の花   作:プロッター

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第4話:実力試験

 鬼殺隊における柱は、その画数に準えて最大で九人までだ。

 柱にはそれぞれ警備する地区が割り振られており、鬼の調査や討伐任務などで多忙なため、柱同士が顔を合わせる機会はあまりない。また、今はその柱も僅か四人しかいないため、それぞれの負担はそれなりに多い。

 それでも半年に一度、柱が一堂に会して話し合う場が設けられる。

 それが柱合会議だ。

 

「よく来てくれたね、私の子供たち。皆、元気そうで何よりだ」

 

 産屋敷邸のある一室に、あまねに支えられて輝哉が姿を見せる。微笑みながら声を掛けると、その場にいた()()()()が姿勢を正した。

 

「お館様におかれましても、ご壮健のようで何よりでございます。今後の益々のご多幸とご健勝を、心よりお祈りいたします」

 

 重々しく告げたのは、この場で最も大柄な男。

 六字名号が書かれた羽織を隊服の上に着て、額には横一文字の傷、裏返った瞳を持つ大男は、岩柱・悲鳴嶼行冥。その巌のような体躯からは想像し難い礼儀の籠った挨拶に、輝哉は『ありがとう』と告げゆっくりと腰を下ろす。

 

「失礼ながらお館様。まだ炎柱の姿が見えないことにつきまして、ご説明いただけると幸いですが、よろしいでしょうか」

 

 行冥に続き、黒い外套と長い黒髪の飛比路が訊ねてくる。普段付けている鳥の面も、今は傍らに置かれていた。

 飛比路の言う通りで、本来ならこの場にはあと一人柱がいるはずだった。現在最古参の柱でもある炎柱・煉獄(れんごく)槇寿郎(しんじゅろう)だ。明るい髪の色が目立つ彼の姿はここにはない。

 飛比路の質問も尤もだと、耀哉は頷き口を開く。

 

「槇寿郎は今日、柱合会議を休むと鎹鴉で伝えてきたんだ」

「欠席、ですか」

 

 飛比路が意外そうに告げる。半年に一度しか行われない柱合会議がどれだけ重要かを、飛比路も理解しているからこその反応だ。いや、飛比路に限らず、柱ならば誰もがそれを理解している。代々炎柱を輩出してきた一族出身であれば、猶更だ。

 

「槇寿郎も近頃は、身体に不調をきたすことが多いらしいから、無理はしないでもらったよ」

「柱ともあろう人間が体調不良とは、何とも地味なもんだ」

 

 露骨に不機嫌そうな反応を見せたのは、行冥の次に大柄な男の隊士。隊服の腕の部分を斬り落とし、額には宝石が散りばめなられた額当てを着け、目元の化粧に銀髪と派手な見た目の音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)だ。この中では、一番新入りの柱にあたる。

 一方の耀哉は、槇寿郎のことが気がかりだった。その最近の不調の理由は分からないが、どんな事情があるにしても責めるつもりはない。彼をはじめとした鬼殺隊の皆は、ひ弱な自らに代わって命懸けで鬼と戦っているのだから。

 

「槇寿郎のことは確かに心配だけど、昨今の鬼の動きもまた無視できない。今月だけで、早くも鬼の被害が十件以上報告されている」

 

 耀哉が切り出すと、三人の柱が神妙な面持ちに変わる。

 

「柱の皆が担当している地域について、聞かせてもらえるかな」

 

 柱合会議で話す内容は、それぞれが担当する警備地区の鬼の情報や、鬼殺隊全体の所感について。また、目下最大の敵である鬼の祖・鬼舞辻無惨の情報についても話し合う。だが、無惨に関しては一切の情報がなく、柱の誰もが会ったことがないせいで、停滞しているのが現状だ。

 会議の最初にそれぞれの警備地区について報告するのは通例となっており、行冥、飛比路、天元の順に報告する。未然に防いだ鬼の被害や、防ぎきれなかったもの。犠牲者数、鬼の能力など知りうる限りの情報は、全て事細かにこの場で明かす。

 

「三人の報告から、鬼の数も増えてきているのが分かるね。けれど、鬼殺隊の子供たちの数は少し足りていない。この先もまた、多くの隊士を入れるべきだと私は考えているが・・・皆の考えを聞かせてほしい」

 

 輝哉が誰にでもなく問いかける。

 最初に口を開いたのは飛比路だった。

 

「鬼の被害は確かに増えていますし、隊士を増やすことには賛成です。が、一部の隊士の能力が足りていないのも懸念すべきか、と思います」

 

 隊士・民間人を問わず多数の被害が出たことで、柱は緊急で呼び出されることも多い。しかし最近は、その機会も増えていると、耀哉も思っている。それだけ鬼の被害は広がっていると耀哉は考えているが、どうも飛比路は少し違う考えのようだ。

 その飛比路の言葉に同意したのは、天元だった。

 

「確かになぁ。俺も柱になってからそれなりに経つが、地味な鬼に苦戦させられる奴の多いこと多いこと。もっと派手に戦う隊士を見てみたいもんだ」

 

 天元も思うところがあるらしい。

 柱全員に言えることだが、ここに至るまで死に物狂いで鬼と戦い、血の滲むような努力を重ね、十二鬼月をも討伐している。なので、鬼との戦いが決して生温いものではないと分かっていた。

 だから、隊士の力の全体的な低下に気付きやすいし、その状況を快くは思わない。戦って死ぬことが悪いとまでは考えずとも、もう少し努力をしてほしいと願っているのだろう。

 

「しかし、隊士たちも喪った人々の無念を晴らすために刀を取っている。その思いから来る力は侮れないが、具体的に力をつける方法は鬼との戦いの中で見つけるほかないのだ。本来ならばそれを我々が教えられれば良いのだが、鬼との戦いが増えつつある今はその時間もない・・・何とも、物悲しい現実」

 

 重々しく、行冥がじゃりじゃりと数珠を擦り合わせ語る。

 隊士全体の力を上げるのに一番良いのは、戦闘経験を積んだ隊士・・・それこそ柱などが直接修業をつけることだ。しかし、鬼の被害が増えつつある今は、そんな時間も満足に確保できない。柱そのものでさえ人手不足だし、普通の隊士が柱と接触する機会自体も少ない。

 行冥の言葉に、飛比路と天元も頷く。

 

「いっそのこと、隊士全員を一か所に集めて派手に集中稽古なんてできれば一番いいんだが」

「それは無理な話だ。我々柱も足りてないし、鬼の被害が止まらん以上は、な」

 

 天元の希望的な意見に対して、首を横に振る飛比路。いつどんな強力な鬼がどこに出現するかも分からない以上、隊士が修行だけに集中するのは危険すぎる。せめて、広域を警備する柱がもう少しいれば話は別だが。

 三人の話を聞いて、耀哉は頷く。

 

「鬼殺隊の皆が育つまでは、決して少なくない時間が要るね。けれど、鬼の被害が減る勢いを見せない今、隊士一人一人が力をつけるに十分な時間は限りなく少ない」

 

 鬼殺隊が力をつけるのを、鬼が待ってくれるはずもない。今もまだ、この国の至る所に鬼は蔓延り、人々を喰い散らかして嘆きと悲しみを振り撒いている。それを防ぐために鬼殺隊が存在するのだから、このまま手を拱いているいるわけにもいかなかった。

 

「これから先、隊士は増やし続ける必要がある。しかし同時に、今も戦い続ける皆を強くしなければならない」

 

 そして耀哉は、自分の目の前で静かに坐する三人の柱を見る。

 

「行冥、飛比路、天元。これ以上の負担を君たちに掛けるのは心苦しいけれど、ほんの少しでいい。皆が力をつけられるよう、見守ってほしいんだ」

 

 耀哉の言葉に、三人は同時に頷く。

 全体的に戦力が落ち気味な今は、歴史の長い鬼殺隊においても正念場と言えた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 一刻ほどの話し合いを経て、柱合会議は終わった。

 しかし、飛比路だけは残るよう輝哉から言われたので、仕方なく行冥と天元が先に部屋を出るのを見送る。

 

「突然呼び止めてしまってすまないね」

「お気になさらないでください。しかして、一体どのようなご用件でしょうか」

 

 二人が出て行ったのを見計らって、輝哉が話しかけてくる。

 会議の時と変わらず、耀哉の前で面を外し正座する飛比路だが、ここで耀哉に呼ばれた理由は分からない。また別の調査を命じられる可能性が一番高いが、果たしてどうだろう。

 

「飛比路は今、二人の隊士に修業をつけているね」

 

 だが、輝哉が微笑みを崩さずに切り出すと、思わず驚愕の声が出そうになるが、慌てて喉を引っ付けて耐える。その話はまだ他の誰にもしていなかった筈だから、驚きも一入だ。ひどく驚いているのを耀哉も感じ取ったらしく、安心させるようににこりと笑った。

 

「鎹鴉を通じて知っていたんだ。驚かせてしまってすまない」

「・・・いえ」

 

 伝えたのは飛比路の鎹鴉か、あるいはカナエかしのぶのか。

 何にせよ、態々耀哉が呼び止めてまでこの話をしたとなると、何かしらの問題が起きた可能性が高い。何が問題かは分からないが、相手が尊敬する輝哉とはいえ、飛比路もこの先迂闊に言葉を並べるのは難しくなる。

 

「先に言っておくけれど、飛比路を責めるつもりはないよ。ただ、君が今まで誰かに修業をつけたことはなかったから、珍しいと思うと同時に嬉しくも思ったんだ」

「・・・恐縮でございます」

 

 飛比路の心配を見通してか、そう言ってくれる輝哉。その声の柔らかさもあって、自然と飛比路の乱れていた心が落ち着きを取り戻してくる。

 

「柱の飛比路が修業をつけているということは、その二人は継子なのかな?」

「いえ。あの二人・・・胡蝶カナエと胡蝶しのぶは、強くなるための方法を知りたいと、自分の下へ来ました」

 

 落ち着きを取り戻したところで、事情の説明に入る。

 耀哉の言う『継子』とは、柱や元柱が才能を認めて次期柱として育てる隊士のことだ。しかし、飛比路にとってのカナエとしのぶは、あくまで稽古をつけている相手だ。師弟関係の方が意味が近い。

 

「飛比路はその二人と面識があったのかい?」

「胡蝶カナエに関しては、鉄皮山の戦闘で初めて会いました。その翌日、妹の胡蝶しのぶを連れて、自分に修業をつけて欲しいと頼んできた次第でございます」

「ほう」

「自分の体つきが女性寄りだからこそ、女性であるあの二人は柱足り得る力をどのように付けたのかと、教えを乞うてきたのです」

 

 飛比路の説明を聞き、輝哉は自分の中で嚙み砕くかのように視線をわずかに下げる。

 やがてすぐに、焦点を飛比路の顔に戻した。

 

「柱合会議で行冥や天元とも話した通り、鬼殺隊の子供たちが育つには時間がかかっている」

「はい」

「だから今、飛比路が修業を付けているその二人はとても貴重な人材だ」

 

 行冥も天元も、誰かに修業をつけているという話は聞かない。今日はいなかった槇寿郎の煉獄一族は、次の炎柱となり得る隊士が成長の途中にあるだろうが、余所から隊士を弟子に迎えるほど余裕はないだろう。

 それと、飛比路もカナエたちに修行をつけていると言ったが、一日中付きっ切りで修行をつける日はほとんどない。何せ飛比路自身も任務があるし、大体はカナエたちに修行の方法を教えるだけで、後は自力で鍛錬するように言っていた。

 ただし、柱合会議で行冥が言っていた通り、他の隊士は自分たちで強くなる方法を探らなければならない。しかし、そのやり方では柱に至るまでの道のりは遠い。とはいえ、誰かに教えを乞わずとも、自力で強くなる方法を見つける隊士も中にはいるのだ。飛比路や天元、その他名を知らない甲階級がそれにあたる。

 兎に角、柱の飛比路が直接カナエたちを指導しているのは、とても貴重なことだった。

 

「飛比路から見て、二人の強さはどう見える?」

「伸びしろは十分あるかと」

 

 飛比路は特に迷うことなく答える。

 カナエは純粋に素質があるし、しのぶも力が弱いなりに戦い方を工夫していると思う。先ほどの柱合会議で議題に上げたような、一部の力量不足の隊士とはまた違う。以前は血鬼術を使う鬼に苦戦していたが、そこは今も修行中の全集中・常中で補える筈だ。

 

「柱になれると、思うかい?」

 

 輝哉が問う。

 それに飛比路は、少し考える間を挟み、口を開く。

 

「・・・恐らく。胡蝶カナエに関しては、その可能性も考えられます」

 

 カナエの方が階級は上で、女性にしては上背もあり刀を振るう力も申し分ない。また、誰かを自分たちと同じような悲しい目に遭わせたくない、幸せを守りたいと真っ直ぐな理由を持っている。鬼を救うという点はさておき、真っ当で揺るがない信念は人を強くするものだ。いつかは柱に届くやもしれない。

 一方しのぶは、突き技を極めている点で評価できるが、体格の面で少々心許ない。柱になれる素質が無いわけではないが、カナエ以上の時間と苦労を要すると思う。

 

「なるほど・・・」

 

 飛比路の答えに、輝哉はどこか満足そうな笑みを浮かべた。

 そして、ゆっくりと瞬きをして、飛比路を見る。

 

「実は、南南西の地域で、人が多く消えているという情報があるんだ」

「・・・・・・」

「多くの隊士を向かわせたが、皆消息を絶っている。そこへ、カナエを連れて向かってほしい」

 

 新たな任務を言い渡される。それも、今話に上がったカナエを連れてときた。ただの鬼を相手に、柱とその素質があると思しき隊士の二人を向かわせるとは考えにくい。

 だとすれば、耀哉の目的も見えてくる。

 

「・・・十二鬼月、ですか」

「恐らく今度は本物だろう」

 

 これまでのような、十二鬼月に届く鬼ではなく、本物の十二鬼月。どれだけ階級が高くても油断すれば大怪我を免れない、強力な個体だ。だが、その十二鬼月を斃すことが、柱になるための条件の一つでもある。

 

「飛比路自身の目で、カナエが本当に柱となる素質を持っているのかを、確かめてほしい」

 

 その実力を確かめるために、下手を打てば死ぬ戦いへカナエを連れて行く。

 飛比路自身、十二鬼月の強さがどれほどのものかは知っている。自分が柱になる過程でも、戦ったことがあるからだ。その際、飛比路は無傷で切り抜けることができず、戦いの後の一か月は刀を振れなかった。カナエが同じようになるとは言い切れないが、同時にそれは死の危険性もあるというわけだ。

 

「・・・御意」

 

 それでも、飛比路は頷く。

 人々の鬼の被害を食い止めるために、鬼殺隊は存在する。任務に行くか行かないかを迷う心配などする暇はないし、戦って命を落とす可能性は誰もが理解している。

 飛比路の()()など、考慮する余裕はないのだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 斧を二回振って、刃は太い杉の木の三分の二ほどまでに入った。

 カナエは、息を整えて三回目の刃をその切れ目へ振り入れる。

 すると、繋がっていた部分は断たれ、杉の木は音を立てて倒れた。辺り一帯に轟音が響き、土煙が舞い、近くの木に留まっていた鳥たちが一斉に空へと飛び立っていく。

 

「きっちり三回だった、な」

 

 そこで、いつの間にか後ろで様子を見ていた飛比路が告げる。心なしか、その言葉には喜ばしく思っているかのような感情が籠っていると、カナエは感じた。

 そんな飛比路だが、やはり鳥の面を付けている。食卓を囲む際は鳥の面を外すようになったが、それ以外の場では変わらなかった。

 

「よくやった」

「いえ・・・偶然かもしれませんから」

 

 飛比路が評価するが、カナエはこれが偶然の可能性を捨てきれず、まだ手放しには喜べない。

 ようやく三回丁度で杉の木を切ることができたのは、飛比路の下で修業を始めてから一か月以上経ったこの日が初めてだ。女性である点を考慮しても、時間が掛かっていると思う。

 

「全集中・常中が身に付いた実感は、あるか?」

「そうですね・・・最近は、鬼との戦いで疲れにくくなったと言いますか・・・戦いやすくなった気がします」

「それは常中を会得して基礎体力が向上したから、だ」

 

 全集中・常中を会得することでどうなるかは、飛比路から説明は受けている。基礎体力の向上だけでなく、程度にもよるが傷の止血も可能になると聞いた。幸い、まだそういった大怪我を負ってはいないし、極力そんな状況に陥りたくはない。

 ただ、ここ最近では鬼との戦いもかなり楽になり、戦闘が終わった後で息が上がることもあまりなくなったように思う。それだけ自分が進歩していると思うと、とても喜ばしい。

 

「天城さんは、柱合会議はつつがなく終わりましたか?」

 

 さて、飛比路は今日柱合会議に参加していたことは知っている。ここにいるということは、それも終わったのだろう。

 だが、どうやら事情が違うらしく、飛比路は僅かに唸る。

 

「実はお館様・・・鬼殺隊の当主から直接、任務が来た。俺と、お前に」

「・・・私にも?」

 

 小首を傾げるカナエ。

 柱合会議では、柱が集まり鬼殺隊や鬼との戦いについて話し合うと聞いていたが、任務の話まで持って帰って来たとは少し予想外だ。しかも、鬼殺隊当主から一隊士の自分に直接任務を言い渡されるなんて。

 飛比路は、頷いて説明を始めた。

 

「鬼殺隊は今のところ戦力不足だ。嘆かわしいことに、な。そんな中で、柱の俺が直接修業を付けているお前と胡蝶妹は、鬼殺隊としても重要な人材だと、お館様は考えている」

 

 カナエも斧を一度置き、飛比路の話に耳を傾ける。いつも以上に真剣な雰囲気がした。

 それにしても、鬼殺隊の当主から自分たちが貴重に思われているのは、何とも身に余る評価だと思う。自分たちは特別なことはしておらず、ただ自分たちに出来ることを探し、それをこなしているだけなのだから。

 

「そこで、俺とお前の二人で任務に行くよう命じられた。南南西の地域で民間人・隊士が多数消息を絶っていて、お館様はそれが十二鬼月の仕業とほぼ断定している」

「十二鬼月・・・」

 

 カナエはまだ遭遇したことはないが、その名は聞いたことはある。鬼の中でも図抜けた力を持つ、十二の個体だ。その強さが実際どうなのかは分からないが、そこに至るまでには多くの命を奪ってきたに違いない。

 その十二鬼月と、戦えと言う。

 

「十二鬼月との戦いは、今までの鬼とは全く違う。最悪の場合は、死ぬ」

「・・・・・・」

「俺が同行する以上は死なせるつもりはない。だがこの任務に関しては、お前が『受けない』と言えば、俺はその意思を尊重するが、どうする?」

 

 ここでカナエは、少しばかりの違和感を抱いた。

 普段から飛比路は、カナエやしのぶに対してそこまで厳しく接してはいないが、今日は特に気遣う姿勢が強く見られる。『死なせない』と言って安心させるのも、カナエに選択の余地を与えているのも、どうにも普段の飛比路の印象とは少し違うように感じた。

 

「受けます」

 

 それでも、カナエは頷く。

 飛比路の真意も表情も分からないが、面の奥の目は細められたようにカナエは感じる。

 

「いいんだな?」

「遅かれ早かれ、私もいずれ十二鬼月とは戦うことになるでしょうから。それに、私たちが十二鬼月を斃せば、多くの人々の命が守られるのでしょう?それなら私は、迷わずその戦いに挑みます」

 

 鬼との戦いを前にして、臆することなどとうにやめた。

 鬼を斬れば、それだけ多くの人々が悲しまなくて済む。自分たちのように、幸せを理不尽に喪わずに済む。それが十二鬼月なら、より多くの人々が救われるだろう。

 自分たちは、人々の命と生活を守るために戦っているのだ。カナエ一人が臆病風に吹かれるわけにもいかない。

 

「・・・準備をしろ。出来次第、出発する」

「はい」

 

 飛比路は深くは聞かず頷き、屋敷へと踵を返す。

 カナエもまた、斧を拾って後に続いた。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 十二鬼月は、上弦六体と下弦六体で構成されている。鬼の祖・鬼舞辻無惨から与えられた血が極めて濃く、使用する血鬼術の威力もそこらの鬼以上。身体能力も高い上に頸は普通の鬼より遥かに硬い。なので、相手にするのは厄介で、首を斬るとなれば一苦労だ。

 中でも上弦の鬼は強大で、ここ百年その頸が斬られたという話は聞かない。前任の柱たちも、老年もしくは怪我による引退を除けば、全員上弦に殺された。鬼殺隊最強の柱でさえそうなってしまうのだから、その強さがどれほどかは窺える。

 

「二月前にも、水柱が上弦の伍に殺された」

 

 目的地へ向かいながら飛比路が説明すると、カナエの顔の悲しみや不安の色が徐々に濃くなっていく。怖がらせるつもりはなかったが、これから戦う相手がどんな存在かを伝えておきたかったのだ。

 

「・・・天城さんも、十二鬼月と戦ったことがあるんですか?」

「下弦の参と、な。その時は、共闘していた隊士がほとんど死んで、俺はそれから一か月怪我で戦えなくなった」

 

 飛比路も、柱になるまでに残酷な現実を何度も目の当たりにしている。

 正直、未だに自分は柱足りえる人物か自信はない。けれど、散っていった同胞のことを思うと、自分がそこで立ち止まっているわけにはいかないと、自然に思うのだ。

 

「不安になったりは、しないんですか?」

「今となっては、な。柱が不安になるなど示しがつかん」

 

 続くカナエの質問は、飛比路からすれば失笑ものだ。もちろん、初めて十二鬼月と戦う際は一抹の不安を抱いていたし、カナエがそうなるのも仕方ないと思う。だが、今の自分は鬼殺隊を支える『柱』だ。不安になったらカナエを含む後進に面目が立たないし、それこそ柱としてお終いだと思っている。

 

「他に質問はあるか?」

「・・・どうして先刻、私にはこの任務を『選択』をさせてくれたんですか?」

 

 続く質問に、飛比路は歩調を緩めずとも、カナエの方を見る。

 不安は薄れているようだが、その質問は飛比路の異変について気にしているように聞こえた。

 

「・・・どういう意味だ」

「任務について話をしていた時、私を安心させるようなことを言ってくれたり、任務を受けるかどうかを選ばせてくれたのが、少し普段の天城さんとは違うような気がしたんです。私の気のせいかもしれませんけど・・・」

 

 少しだけおどけるように、カナエは笑う。

 だが、その顔を見ながら、飛比路は先ほどのことを思い出す。実際にカナエの違和感も間違っていないのだが、よく考えれば甘い考えだったと自分でも思う。

 

「先刻も言ったが、十二鬼月との戦いでは命を落とすことも、ある。もしそうなった場合、お前の愛している胡蝶妹が悲しむだろうと思って、な」

 

 カナエとしのぶが、お互いのことを唯一の肉親として愛しているのは、修業をつけている中で飛比路も分かっていた。自分が実際に愛情を抱いたことがなくても分かるほどに、二人の間には家族の強い愛情と絆が存在している。

 だから、今回の任務でカナエが最悪死亡した場合、カナエ本人も、残されたしのぶも悲しむと思った。二人ともまだ年端もいかない少女だし、唯一の家族ともっと長い間一緒にいたいだろうから。そう思って、確認を取ったのだ。

 

「・・・心配してくださってありがとうございます。ですが、それには及びません」

 

 その飛比路の言葉に、カナエは頷くも、言葉はすぐに否定する。

 

「鬼殺隊に入った時から、そうなることは私もしのぶも覚悟しています。今更、後ろ髪を引かれたり、二の足を踏むようなこともありません」

 

 飛比路の目を見て、カナエは答える。その顔に、後悔や迷いは見られない。

 だが考えてみれば、家族を鬼に殺されたカナエもしのぶも、鬼殺隊が死と隣り合わせの戦いを強いられると覚悟の上で、その道を選んだのだ。だとすれば、一方が生き他方が死ぬことだって考えているだろう。そこに至るまで、カナエやしのぶほどの人間が考えていないはずもないのだ。飛比路がそこに気付けなかったのは、素直に恥ずかしい。

 

「・・・いらん世話だった、な。すまない」

「いえ、謝ることでは・・・」

 

 カナエが言うが、飛比路は首を振る。

 

「いや、俺には本当に分からなかった。そう言う姉妹で決めた覚悟や、家族を殺されて固まった決意とかが」

「・・・・・・」

「まともな家族がいないせいで、そう言うところにまで考えが及ばない。お前たちが既に覚悟を決めているのなら、俺が四の五の聞いたりする必要もなかったわけ、だ」

 

 鬼殺隊の柱である今の自分を誰かが認めてくれていても、自分は未だ過去に囚われている。全部綺麗に忘れられればどれほど気が楽かと何度も思ったが、簡単に忘れられはしない。過去に目を背けて気楽に生きることもできず、結局はその過去と向き合いながらの鬼殺の道を自ら選んだ。

 その選択を、輝哉もカナエも評価してくれている。二人の言葉で、飛比路の心はわずかに救われたが、それでも過去に引き摺られることも多い。

 成長する過程で、『愛情』を少しでも理解できれば、もう少しまともな生き方ができたかもしれない。カナエとしのぶのような家族の愛情や絆を慮ることもできたかもしれない。

 けれど、それができないから、配慮が足りていない。

 同時に、その愛情を知っているカナエとしのぶを、飛比路は羨ましく思うのだ。

 

「着いたぞ」

 

 そんな話をしつつ森を抜けると、一度脚を止める。

 辿り着いたのは、ある農村だ。山間に位置するこの村には田畑が多く並び、民家もそれなりに多い。麓の街では西洋の文化を取り入れつつあるが、この辺りにはまだまだ定着していないようだ。

 情報では、この辺りで人がいなくなることが多いらしい。だが、いきなりいなくなった人や鬼の痕跡を探すのも効率が悪いので、まずは情報収集だ。

 飛比路とカナエは、村の中心地らしき通りを歩く。

 しかし、いやに静かな感じがした。太陽は中天を越えており、普通に生活する人々なら今も起きている時間帯の筈だ。それにしては出歩いている人が皆無だし、話し声もほとんど聞こえない。本当に人が住んでいるのか疑わしくなる。

 

「・・・どうしますか?」

「まずは情報収集だが、この状況で聞けるかどうかは分からん」

 

 カナエに問われると、飛比路は面を外しながら答える。だが、その動作にカナエは驚いた様子だ。

 

「任務中でも面を外すんですね」

「面を付けたまま話しかけると、怖がらせることが多くて、な」

 

 実は以前、鳥の面を付けたまま聞き込みをしていたら、相手を吃驚させてしまった上不審者と勘違いされたことがある。なので、民間人と接する際は面を外そうとその時から決めていた。

 それはさておき、どうやって情報を集めようかと周囲を窺う。

 すると、建屋の間の小路で何かを話している人たちを見かけた。恰好や持っている道具からして、農夫かと思われる。

 

未津子(みつこ)さんとこの娘さん、帰ってこないってさ・・・」

「またかよ・・・こないだも村長さんのお孫さんがいなくなったって話だろ?」

「いやぁ、くわばらくわばら・・・」

 

 何かに怯えているような声音。話している内容は、鬼殺隊として少々聞き捨てならないものだ。カナエにも聞こえていたらしく、顔を見合わせて頷くと飛比路はそちらへ足を向ける。

 

「・・・申し訳ないが、少々話を聞いてもよろしいか?」

「うぉっ、なんだあんちゃん・・・」

 

 本人たちは隠れているつもりだったのか、飛比路が話しかけると大層驚いた。

 

「失礼。我々は、いなくなった方々の捜索のためにここへ来た。それについて、情報を聞きたいと思ったのだが・・・」

「あぁ・・・お前さん方、この前も来た連中の仲間か?」

 

 鍬を持った農夫が、驚きつつも応じてくれた。『この前も来た連中』という言葉が飛比路は気になったが、その農夫はカナエを指差す。

 

「二、三日前にもな、そこのお嬢ちゃんと同じ服の人らが来て、いなくなった人たちを探してるって言うもんでさ。それでこの辺りで、最近子供や大人がいなくなってるって話をしたんだよ」

 

 やはり、被害が起きているのはこの村で正解らしい。

 飛比路が頷いて見せると、農夫たちは『はぁ』と重苦しい溜息を吐いた。

 

「昔はこれぐらいの時間なら、外で遊ぶ子供たちも大勢いたんだが、今じゃそれもめっきり・・・」

「静かになっちまったもんだよ」

「だなぁ。どこの家も、人がいなくなるのが怖いってなぁ」

 

 竹籠を背負う農夫も、鋤を肩に担ぐ農夫も頷く。これだけ大きな村なら、昼間はそれなりに賑わっていただろうに。人がいなくなってしまえば、迂闊に外に出たがらなくなるのも仕方ない。

 

「いなくなるのは、子供だけ?」

「いんや、大人もちらほら。やっぱ、子供が心配でって夜通し探す人も多いんだ」

「夜の山は危ねぇんだ。熊とか猪とかがわんさかいる」

 

 消えているのは子供だけでなく大人もいる。その点も、耀哉から受け取った情報と合致している。飛比路が頷き、後ろのカナエも何かを考えこむかのような仕草を見せる。

 

「けど不思議なことにな、明け方に山に入ったら獣の首が落ちてることが多いんだ」

「獣の・・・首?」

「ああ、首だけ。胴体とかがねぇんだ。しかも綺麗な断面でな、でっかい刀か斧でねぇとあんな断面にはならん」

「って言うより、俺らでさえ怖いのに、そんな熊だの猪だのと真正面から戦って首を刎ねるなんておかしいべ」

 

 奇妙な獣の死体については、飛比路も少し想定外だった。

 しかし、人がいなくなる事件については、十中八九鬼の仕業だろうことは分かった。獣の首についても、鬼の可能性が少し考えられる。

 さて、事件が起きていることが分かれば、後は具体的な状況を聞けると嬉しかった。

 

「あんたら、この前来た兄ちゃんたちと同じって言うんなら、未津子さんのとこへ行ってやってくれんか」

 

 そこで飛比路がさらに訊こうとすると、農夫が先んじて話しかけてきた。飛比路は、眉を顰める。

 

「未津子さん、とは?」

「そこの角を曲がった家に住んでる人だよ。女手一つで娘さんを育ててたんだが、一昨日からその娘が帰ってこないって悲しんでる。話を聞いてやってくれんか」

「仲良さそうだったもんなぁ。そりゃいなくなったら、落ち込みもするよ」

 

 鋤を携えた農夫に言われて飛比路は頷き、カナエを連れてそこへ向かうことにする。子供がいなくなった親に子供のことを訊くのは酷だと思うが、今は子供と鬼の両方を探すのが先決だ。

 言われた通り、角を曲がったところにある家の戸を叩く。それから少しすると、ゆっくり戸が開き、中からやつれた様子の女性が姿を見せた。三崩し模様の着物に、小豆色の帯を巻いている。

 

「誰だい、あんたたちは・・・?」

 

 怪訝な表情で訊ねてくると、カナエが一歩前に出た。

 

「お休みのところをすみません。私は胡蝶カナエと申します」

 

 カナエは、この女性が精神的に参っている様子なのを感じ取り、物腰低く訊ねようと思ったらしい。それはつまり、飛比路は若干当たりのきつい言い方だと思っているのだろうが、飛比路もそんな感じはしているので、ここは任せることにする。

 

「私たちは、この村でいなくなった方々の捜索に参りました。そこで、村の皆さんに話を聞いている中で、未津子さんの名前を聞いたのですが・・・あなたが未津子さんでよろしいでしょうか?」

「未津子は私だけど・・・娘のことかい?」

「ええ。いなくなってしまったと伺ったのですが・・・」

 

 カナエがやんわりと伝える。すると、その口調のおかげで緊張が解れたか、それとも一人娘の話を出されたからか、未津子の表情が暗くなる。

 

「・・・娘はさ、一昨日から帰ってこないんだよ・・・」

「何か・・・いなくなってしまった心当たりはありますか?」

 

 カナエが慎重に問うと、未津子は俯く。訊いてほしくないところを訊いてしまったようだと、飛比路も気付いた。

 

「・・・くだらないことで、喧嘩しちまったのさ。それで、朱美(あけみ)は・・・家を飛び出して」

 

 いなくなった子供は、朱美という名前らしい。親子喧嘩と聞き、飛比路の口の端がわずかに引き締まる。

 未津子の言葉には、徐々に湿り気が増えてきた。

 

「馬鹿なことをしたと思うよ・・・。私があんなことで怒らなきゃ、朱美もいなくならずに済んだのに・・・」

 

 その声を聞くだけで、その顔を見るだけで、未津子は喧嘩をしたことを後悔していると理解できた。親子の間にも、愛情があったのだろう。

 俯き、肩を震わせる未津子に、カナエがそっと労わるように背中に手を添える。すると、未津子がカナエを見た。

 

「あんたら・・・『キサツタイ』っていう、この前来ていた人たちと同じかい?」

「はい」

「だったら・・・一生のお願いだ」

 

 カナエが答える。

 すると未津子は、床に膝をついた。

 

「どうか、朱美を探し出してください・・・お願いします・・・っ!」

 

 そのまま、土下座までして頼み込んでくる。それを見てカナエは、同じように膝をついて未津子の肩に手を添える。

 

「そんな、土下座なんてしないでください・・・私たちは、そのためにここへ来たんですから」

 

 カナエの言動に、未津子はゆっくりと顔を上げると、瞳から涙が流れ落ちた。

 飛比路からは、カナエがどんな表情をしているのかは窺えない。

 だが、カナエはきっと、宝石のような目を真っ直ぐに向けて、凛とした表情でそう言っているのだろうと分かった。

 飛比路もまた屈んで、未津子と視線を合わせる。

 

「・・・見つけてきます。必ず」

 

 よく見ると、未津子の目元には隈ができていて、夜も満足に眠れていないらしいことが窺える。それだけ、娘がいなくなったことが不安なのだろう。

 例え自分が、()()()()()()()の中にある愛情は理解できなくても、その切実な願いには応えなければならないと、心で決めている。それは鬼殺隊で戦う中で培ってきた意識だ。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 落ち着いた未津子から改めて話を聞くと、朱美は一昨日の夜辺りに東側の森へと駆けて行ったと言う。

 その東側の山の奥には、大きな屋敷があるらしい。そこは昔、ある商家が住んでいたが、後に仕事に失敗して倒産し、今はただの空き家になっているとのことだ。

 村の人がいなくなってから、村人総出で周囲の山を探したが見つからず、その屋敷だけは鍵が掛かっているため、探せていない。

 最後に、朱美は小豆色の無地の着物に梔子色の帯を着けているという情報を聞いて、飛比路とカナエはその屋敷を目指した。

 

「ここか」

 

 夜になって辿り着いたその屋敷は、先ほどの村にはない洋風の造りだ。三階建ての煉瓦造りで、格子が組まれた窓ガラスがそれぞれの階で等間隔に並んでいる。しかし、窓掛けをしているのか中の様子は見えない。それに、手入れはそこまで行き届いていないようで、窓の硝子は一部が割れ、煉瓦もところどころ欠けているし、庭には雑草が伸び放題の荒れ放題だ。

 今の時点で、怪しいのはこの屋敷だ。山中を村人が探し回っても手掛かり一つ見つからないとなれば、恐らくは死体や血の跡なども見付けられていないのだろう。痕跡を残さないとすれば、こうした建屋の中に潜んで喰らっている可能性が高い。

 

「・・・鍵が掛かっていますね」

 

 木で出来た玄関の戸を開けようとするカナエだが、押しても引いても扉が開く様子はない。聞いた通りだ。

 

「他人様の家の戸を壊すのは、気が引けるんだが、な」

 

 言って飛比路は、カナエを下がらせて日輪刀で素早く戸を切り刻む。すると、思いのほかあっさりと扉は砕け散り、中へと入ることができた。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 面を付け直した飛比路が先導し、カナエも後に続く。

 ここから先は、まだ断定できないが鬼の領域だ。一時も気を抜いてはならないのを、カナエもまた理解したようだ。

 くたびれた見た目に反して、中は荒れているどころかとても綺麗だ。まるで人の手入れが行き届いているかのように。その様子を訝しみつつも、飛比路はカナエと屋敷を歩く。

 

「確認しておくが、今回の任務はお前の実力を測る為でも、ある。戦闘になった場合はお前を主体に戦うつもり、だ」

「はい・・・」

「だが、案ずるな。お前を死なせるつもりは、ない」

 

 今回の任務の主目的はもちろん鬼の討伐だが、第二の目的としてカナエの実力を測る、いわば実地試験だ。当然、飛比路としても前途洋々な鬼殺隊士を見殺しにするつもりはないので、いざとなったら自分が手助けに入るつもりでいる。

 その点を確認し直したところで、飛比路は脚を止める。横にいたカナエに対しても、止まるように手で示す。

 

「・・・誰かいる」

「え?」

 

 飛比路が見つめているのは、明かりの消えた廊下の先。少しだけ目を凝らすと、暗闇の中にぽうっと小さな明かりが灯っているのが見えた。しかもその明かりは、次第に大きくなっていく。

 

「・・・構えろ」

「はい」

 

 飛比路が促すと、カナエも腰に下げた日輪刀に手を添える。

 やがて、ぺたぺた、と足音まで聞こえてきた。間違いなく何者かが近づいてきている。

 

「・・・あれは」

 

 だが、その近づいてくる誰かの輪郭が見えてくると、カナエが口を開いた。

 姿を見せたのは、十歳にも満たないほどの少女だ。長い髪を襟足の部分で折り返してまとめているが、見る限り怪我をしている様子はない。

 その少女は、小豆色の着物に梔子色の帯を巻いている。未津子から聞いた、朱美という少女の情報と合致していた。

 

「・・・・・・」

 

 その少女は脚を止めると、野生の動物が人間に向けるような、怯えと敵意が入り混じった目を飛比路とカナエに向けている。明らかに警戒していた。

 

「こんばんは、お嬢ちゃん」

 

 そんな少女に、カナエは優しい声音で話しかける。屈んで視線を合わせると、少女はわずかにたじろいだ。

 

「私は胡蝶カナエと言います。あなたのお名前は?」

「・・・朱美」

 

 名前を聞いて、確定した。この子こそ、いなくなっていた未津子の一人娘だ。

 カナエは視線を合わせたまま、『そうなんだ』と優しく返事をする。

 

「朱美ちゃん、ね。実は私たち、あなたのお母さんに朱美ちゃんを探すように言われてここへ来たの」

「・・・お母さんに?」

「そう。お母さん、あなたがいなくなっちゃって、とても心配していたの。さぁ、安心させるために帰りましょう?」

 

 カナエが朱美へと手を伸ばすが、朱美は不安そうな表情を崩さず、一歩後ろへ下がってしまう。

 

「・・・イヤ、帰りたくない」

「どうして?」

「だって、お母さんは私のこと嫌いなんだもの。だから、帰りたくないの」

 

 その声は、怒っているというより怖がっているような感情が混じっている。カナエは少しだけ飛比路に視線を向けるが、すぐに朱美へと目を向け直す。

 

「どうして朱美ちゃんは、お母さんが嫌ってるって思うのかしら?」

「だってあの時、私のこと怒ったもの。今まであんなに怒ったこともなかったのに・・・きっと、私のことが嫌いになっちゃったの」

 

 飛比路は、未津子が先ほど『朱美と喧嘩をしてしまった』と言っていたのを思い出す。朱美にも、その時のことは嫌な思い出として根付いてしまっているらしい。警戒し、帰りたがらない理由はそれだろう。

 

「・・・朱美ちゃんは、どうしてここに?」

 

 そこでカナエは、何故鍵が掛かっているはずのこの屋敷にいるのかを、先に確かめることにしたようだ。それについては、飛比路も知りたかったので助かる。

 

「・・・お母さんと喧嘩して、家を出て、森の中を走ってたの。でも転んじゃって怪我をして・・・そしたら、優しい人が話しかけてきてくれたの。『僕の屋敷で治してあげよう』って」

 

 そう言って、朱美は自らの着物の裾をめくり、膝小僧を見せてくる。そこには、確かに絆創膏が貼ってあった。詳しく見ないことには分からないが、間違った手当てをされている風には見えない。

 

「その人はね、この屋敷で暮らしているんだけど、話し相手がいなくて寂しかったんだって。それで、私が話し相手になるって言ったら、とっても喜んでくれた。それで、私に折り紙を折ってくれたの。食べ物も用意してくれたのよ」

 

 朱美が取り出したのは、折り鶴だ。薄紅色の髪で折られたそれは、とても丁寧に折られているのが分かる。

 食べ物、と聞いて思い出すのは、農夫たちが言っていた『首だけしかない獣の死体』だ。それは鬼の仕業とある程度思っていたが、まさか子供に食べさせるために狩っていたのだろうか。

 だとすれば、却って謎が深まる。何故、鬼が捕食対象でしかない子供に食料を与えるのだろう。

 

「あの優しい人はね、私にちゃんと優しくしてくれるの。お母さんの所にいるより、ここにいた方がいいの。だから私のことは、ほっておいて」

 

 そして朱美は、明確に敵愾心を見せるようになった。きっと、今この屋敷で暮らすことに満足していて、母親や外界、全てから目を背けることに慣れてしまったのだろう。その方が、気持ちに負担が掛からないし、楽だから。

 しかし、だからと言ってこのまま引き下がるわけにもいかない。

 

「・・・朱美」

 

 だから飛比路は、今一度面を外して跪き、視線を朱美と同じ高さに合わせた。最初は鳥の面を付けていて少し怯えているようだったが、素顔を見せると一応は話を聞く態度を見せてくれる。

 

「俺たちは言った通り、君のお母さんから頼まれて探しに来たんだ」

「うん、それはもう知ってる」

「ああ。けどな、お母さんは土下座して、泣きながら頼んできたんだよ。『朱美を探し出してください』って」

「お母さんが・・・泣いてたの?」

 

 どうやら、未津子が普段涙を見せないような人だと朱美は思っているらしい。飛比路も他人の家庭の事情は全く知らないが、朱美の言葉には頷く。

 

「そう。初対面で、素性も良く知らない、『いなくなった人を探しに来た』って言っただけの俺たちに、そう頼んできたんだよ」

 

 飛比路のそばにいるカナエも、朱美を見ながら頷く。

 普通に考えて見れば、飛比路やカナエを含め、世間に明るみになっていない『鬼殺隊』と言う組織の人間に対して、あれこれ自分たちのことを話さないはずだ。これまでに他の鬼殺隊が訪ねてきたことで、信頼を多少でも得ていたのかもしれないが、得体の知れない人間に土下座してまで助けを求める機会はそうない。それだけ、未津子は切羽詰まっていたのだ。

 それを聞くと、朱美は一歩飛比路たちの下へと近寄ってきた。興味を持ったのか、それとも警戒心が薄らいだのか。どちらにせよ、今はありがたい。

 

「朱美。訊かせてほしいんだけど、お母さんは今まで朱美を叱ったり、無視したりしたことはあったか?」

「・・・なかった。この間、怒られるまでは」

「じゃあ、今までぶたれたり、蹴られたりしたことも?」

「なかった」

 

 ゆっくり訊ねると、朱美はぼそぼそとした形で答える。だが、嘘を吐いている様子はない。

 その答えを聞けただけで、飛比路は十分だった。少しだけ笑って見せる。

 

「それはつまり、今までお母さんが朱美のことを大切に育てていたってことだ」

「・・・・・・」

「さっきも言ったけど、お母さんは初対面の俺たちに君のことを探すように頼んできた。それだけ朱美のことを心配しているんだから、お母さんが君のことを嫌いってことはないよ」

 

 今日の様子を見て、あの未津子が本当に朱美ののことを心配していると分かった。たとえ飛比路自身、過去のことで家族の温かみを理解できなくても、それが判別できる程度の目と脳は持っている。

 カナエも同意見のようで、頷くと再び朱美に目を向ける。

 

「親にとって、子供はとても大切なものなのよ。優しくても、一緒に暮らしている中で時には怒ることもあるわ。だけどそれは、子供に道を誤ってほしくない、ちゃんと育ってほしいって思っているからなの」

「・・・・・・」

「朱美ちゃんのお母さんも、ちゃんとあなたのことを考えてくれているわ」

 

 優しかった親がいたカナエはそう告げて、朱美に向けて手を差し伸べる。

 言葉の重みは、実際に愛情深い親がいたカナエの方が重い。その言葉に、飛比路はただ頷くだけだ。

 朱美は、逡巡するような態度を取ったが、やがてゆっくりとカナエに歩み寄ってきて、その手を小さく握る。

 

「ありがとう」

 

 カナエは、空いた手で朱美の頭を軽く撫でる。

 さて、捜索していた人間の保護が先に済んだため、まずは朱美を村まで送り届けることが優先事項となった。しかし、夜が更けた今、森を通ってそれなりに遠い村まで一人で返すのは心許ない。

 なので、捜索は飛比路がやっておくとして、カナエに引率を任せようと決める。

 

「胡蝶、この子を・・・」

 

 しかし、後ろを振り返って飛比路の言葉が途切れる。

 五間ほど後ろの方に、壁ができていた。

 

「・・・え?これって・・・」

 

 カナエも困惑したように、声を洩らす。朱美は首を傾げていた。

 間違いなく、飛比路とカナエはここまで廊下を歩いてきた。だが、先ほどまで歩いてきた場所に確かに壁がある。曲がり角でもなく、本当にそこにずっとあったかのように壁が聳えていた。試しに飛比路が近寄って叩いてみるが、幻でも張りぼてでもなく、そこには確かに壁が存在している。

 

(血鬼術、か)

 

 それ以外は考えられない。

 この屋敷に住んでいるであろう、朱美の言っていた『優しい人』は、やはり鬼の可能性が高い。仮にそうだとすれば、その鬼はどこかからこちらの状況を見ていて、飛比路たちが朱美を外へ出そうとしたからそれを阻止したのだ。

 周囲を見回し、飛比路はふと気づく。

 

「この屋敷、窓がないな」

「・・・言われてみれば」

 

 外から見た時は確かに窓があったのだが、窓があるべきはずの位置には何もない。明かりの消えた洋灯が取り付けてあるだけで、壁がずっと続いている。

 つまり、玄関に戻るのはもちろん、窓からも逃げられないわけだ。

 

「胡蝶、朱美を頼む」

「分かりました。朱美ちゃん、手を離さないでね」

「うん・・・」

 

 館から出ることができない以上、朱美と共に行動し、かつ鬼を斃すしかない。こんな得体の知れない館で朱美を一人にさせるのも不安だ。今回の任務の趣旨を考えれば、カナエが主体で戦うのが良いだろうが、状況は変わった。保護すべき一般人がいる以上、早く行動できる飛比路が常に戦える方がいい。カナエには朱美の護衛を任せることにした。

 

「兎に角、この屋敷の主と話をつけなければ出られない、な」

「朱美ちゃんは、ここの屋敷の人がどこにいるか分かる?」

「えっと・・・一番上の階、だと思う」

 

 その言葉を頼りに、飛比路とカナエ、そして朱美の三人で三階を目指す。この屋敷全体が鬼の領域で、かつただの子供も連れている以上、移動するのも慎重になる。しかしながら、不意打ちの攻撃や罠、あるいは誰かの遺体が転がっているということもなく、何事もなく階段で三階へと辿り着くことができた。

 

「・・・ここか?」

「その部屋は、あの人は『絶対に開けちゃだめだよ』って言ってた」

 

 階段の突き当りにある扉を見つける。朱美は戸惑うように告げるが、飛比路とカナエからすれば逆に怪しい。

 その部屋の戸を、飛比路はゆっくり開ける。念のため、カナエと朱美は後ろに下がらせておいた。

 十二畳程度の部屋にあったのは多くの棺だ。そして、鼻を衝くような嫌な匂いが漂っている。飛比路は面を付けて、朱美にこの部屋の中を見せないよう、手振りでカナエに伝える。カナエも意図を察し、朱美を抱きしめるようにして視界を隠す。

 

「・・・・・・」

 

 棺の大きさは大小様々で、数はおよそ二十。その中の一つの蓋を、飛比路は日輪刀の鞘を使い慎重に開ける。

 音を立てて棺の蓋が外れると、鼻がもげそうなほどの激臭が襲い掛かってきた。

 そして目に映ったのは、大量の紙に包まれた何か。蠅が集るそれは、よく見ると子供ほどの背丈の人に見え、明らかに死んでいる。恐らく、他の棺の中にも人が詰まっているのだろう。

 

「・・・何かいたの?それに、変な臭い・・・」

 

 カナエに抱き締められたまま、朱美が訊ねてくる。

 棺の蓋を閉めなおし、朱美がこちらを見ていないことを確認すると、飛比路は少しだけ頭を搔いて答えた。

 

「なぁに。心配することはない。ちょっとしたお化け、だ」

「お化け!?」

「そう、お化け。子供を食べるのが大好きな、酷い臭いのお化け」

「いやっ、お化け怖い!」

 

 死体なんて素直に言ったら、確実に怖がるのは分かっていた。かと言って、ここがただの屋敷ではないのは明らかなので緊張感は持ってほしい。なので、死体と伝えず、かつ適度な緊張感を持ってもらうための子供騙しだが、効果は覿面のようだ。

 朱美はカナエに抱き着く力を強くし、そんな朱美の頭をカナエはそっと撫でる。

 

「大丈夫よ。天城さんがそのお化けを退治してくれるから」

「・・・ホント?」

「ええ。それに、朱美ちゃんが目を合わせなければ、お化けは襲ってこないから。ゆっくり、このままこの部屋を出ましょうね?」

「うん・・・」

 

 カナエも棺の中身は見ただろうが、何を思っているかも悟らせず、優しく朱美に言い聞かせる。

 二人は後ずさりながら部屋を出て、飛比路も続き戸を閉めた。

 

「上手いもんだな」

「天城さんもお見事」

 

 部屋を出てから、上手く朱美を誘導したことを評価する。カナエもまた、飛比路の誤魔化し方を褒めた。

 

「まぁ、その()()()はお前が退治することになるのかもしれんが」

 

 ともあれ、あんな死体の詰まった棺だらけの部屋を持ってる時点で、この屋敷の主は只者ではない。猶更放っておくことはできなくなる。

 しかし、その主は未だに見つかっていない。どこにいるものかと視線を巡らせると、左手に大きな両開きの扉が見えた。他の部屋とは違う造りのそれに、飛比路は『何かがある』と思う。カナエも疑わしいと思ったようで、飛比路を見て頷いた。

 

「開けるぞ」

 

 その部屋の戸を、飛比路が慎重に開ける。

 中は、飛比路の屋敷にある道場と同じかそれ以上に広い。この屋敷の三階の大半がこの部屋で占められているようだ。しかしながら、だだっ広いだけで特に何もなく、壁際に掛けられた数個の洋灯以外の光源がない。そしてこの部屋にも窓はなく、とても薄暗かった。

 

「これはこれは、鬼殺隊の方々ではないかな?」

 

 その部屋の奥から、声がした。併せて足音が徐々に聞こえてくる。

 恐らくはこの屋敷の主だろう。

 薄闇の中から姿を現したのは、藍色の作務衣を着た男だ。背丈はカナエよりも高いが飛比路よりも低く、それなりに体格は良い。灰色の短い髪をしている。

 

「どうもどうも、初めまして。私は十二鬼月が一人、子迂反(こうぞ)という者。以後、お見知りおきを」

 

 恭しく挨拶をする、子迂反と名乗る男。

 その男の左目に浮かぶ『下弐』の文字が、洋灯の明かりに照らされた。




【大正コソコソ噂話】

飛比路は行冥に対しては『逆らったらヤバイ』、天元に対しては『いい奴だけどもうちょっと礼儀正しく』、槇寿郎に対しては『良い人』という印象を抱いています。柱との打ち解け度は大体57%ぐらいです。
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