はぐれ鳥と遅咲の花   作:プロッター

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第7話:嘆願

 ある日の夕方、飛比路はしのぶと道場で向かい合っていた。手には木刀が握られている。

 飛比路に対しては難しい表情を向けることが多いしのぶだが、こうして直接稽古をつける時は至って真剣な表情をする。しかめっ面とか、不機嫌そうとか、そんな感じではない。

 

「行くわよ」

「ああ」

 

 審判役がいないため、しのぶの合図で稽古が始まる。

 飛比路が頷いた瞬間、眼前にしのぶが迫っていた。

 

「はぁ・・・っ!」

 

 やはり全集中・常中を会得しても、腕で刀を振るう力は不十分なのか、突き技を仕掛けてくる。ただし、その速度は以前と比べると遥かに速い。気を抜けば一瞬でケリがついてしまいそうだが、飛比路はそれを木刀が触れる寸前で避けた。

 

「動きがまだ直線的だな」

「だったら、避けられないほどの速さならどうかしら」

 

 避けた後で告げると、しのぶは振り向きながら挑発するように笑う。

 

―――蟲の呼吸・蜂牙ノ舞

 

 飛比路は決して、しのぶから目を逸らしたり、瞬きなどもしなかった。

 しかし、しのぶはほんの一瞬で飛比路との距離を詰めた。

 

―――真靡(まなび)

 

 木刀が眼前に迫る。この速さは、柱に届く勢いだ。

 それを飛比路は、首を横に傾いで躱した。

 

「俺じゃなかったら、失明してたぞ」

「手加減したら稽古にならないじゃない」

 

 攻撃が外れたところで、しのぶは動きを止める。

 そこへ飛比路が右腕の力だけでしのぶの脇腹に木刀を振り込もうとする。しかし、しのぶは上に跳び上がって回避し、再び飛比路と距離を取る。その間に、飛比路は既に呼吸を整えて、技を準備していた。

 

―――鳥の呼吸・壱ノ型

―――荒鷲

 

 しのぶが着地した直後に今度は飛比路が接近して木刀を振るう。

 だが、それをしのぶは小柄な身を利用して屈んで避け、飛比路の背中に木刀を振り入れようとした。けれど、飛比路は振った木刀をそのまま背中まで振り切り、しのぶの木刀を弾く。

 

「あっ・・・」

 

 わずかに呆けたようにしのぶが声を洩らすが、飛比路はそれを待たずに素早く向きを変えてしのぶに正対する。後ろからの攻撃を防がれることを、しのぶは予期していなかったらしい。

 そんなしのぶに、飛比路は再び斬撃を仕掛ける。しかし、すぐに驚きから立ち直ったしのぶは、後ろへ飛び退きつつ呼吸を整えて技を構える。

 

―――蟲の呼吸・蜈蚣ノ舞

 

 だが、着地してからそのまま直線的に突っ込みはせず、うねるように不規則な動きを見せる。また、床を踏む音から、脚にも通常以上の力が籠められているのが分かる。その動きの速さは、先ほどの『真靡き』同様飛比路でも見失いそうなほどだ。

 

―――百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)

 

 不意に、飛比路の眼前にしのぶの姿が現れる。床を力強く踏み込み、木刀を力強く前へと突き出してきた。

 飛比路は、その木刀が胸に触れる直前で、自らの木刀で防御する。

 しかしながら、そのしのぶの技の強さは、正直言って飛比路よりも強かった。

 

(・・・・・・っ)

 

 衝撃を最小限に留めるため、後ろに退く飛比路。

 距離を置いたところでしのぶの様子を窺うと、手ごたえを感じているのか自信に満ちた表情をしていた。

 

「ここまで成長するとは、よくやった」

 

 そんなしのぶに対して、飛比路は称賛の言葉をかける。

 腕を軽く動かして関節を鳴らしながら、木刀を構え直す。

 

「さぁ、かかってこい」

「望むところよ」

 

 しのぶもまた、唇を緩めて木刀を握る。

 飛比路は、しのぶの力が伸びてきていることに、喜びを隠さない。しのぶもまた、自分の力でわずかに飛比路を圧したことに手応えを感じているのだろう。

 だからこそ、その成長を見極めるために、自分の腕を確かめるために、お互いに木刀を構えて再びぶつかり合う。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 結局、稽古は飛比路が制した。しのぶの力は確かに向上しているが、飛比路も無為に日々を過ごしているわけではなく、自分で鍛錬を続けている。力が衰えることもなく、最終的には飛比路の『青葉木菟』で勝負がついた。

 

「いや、しかし。しのぶも大分強くなっている。そこについては自信をもって、いい」

「・・・ありがと」

 

 井戸の水を汲み、水分補給をしながら飛比路は今回の稽古の評価をする。褒められていると分かっているのか、しのぶは若干照れ臭そうに水を飲む。

 最初はあまり飛比路のことを快く思っていなかったしのぶだが、ここ最近は随分と打ち解けられた。しかし、飛比路に対してはどこか刺々しい態度は未だ残っているため、強いて言えばそこだけが気になる。

 

「カナエもそうだが、しのぶも鍛錬を続ければ、柱になれるかも、しれん」

「その前には十二鬼月を一体でも斃さなきゃダメなんでしょ?それも、甲階級で」

「ああ。そこまで至る道は険しいが・・・まぁ、お前も簡単には死なない、だろう」

 

 既にしのぶにも話しているが、柱になるための道はそれこそ命懸けだ。血反吐を吐くような努力も必要になるし、もしかしたら生死の間を彷徨うような怪我も負いかねない。

 しかしながら、飛比路はしのぶが今のように戦えるようになるまでに、決して少なくない努力をしてきたと分かる。ここにきて全集中・常中の修行をする前から、力が弱いなりに努力をしていたはずだ。その姿勢は、年下であろうと飛比路も純粋に尊敬している。

 

「そういえば、姉さんで思い出したんだけど」

「何だ」

 

 柄杓の水を飲み終えたしのぶが切り出すと、飛比路も柄杓を置く。

 

「姉さん、もうすぐ甲階級に昇級だって」

「そうか」

 

 しのぶもそうだが、カナエもまた着実に力をつけ、戦果を伸ばしつつあるらしい。ただし、カナエが屋敷に厄介となっている身でも、階級までは飛比路も把握していない。

 なので、自分の知らないうちに随分と上り詰めている事実に、喜ばしさを感じなくもなかった。

 だが、どうやら飛比路の態度はしのぶの望んだ反応ではないらしい。やや不満げな態度を見せた。

 

「あのね、もう少し身内の吉報に喜んだらどう?」

「・・・身内、ねぇ」

 

 しのぶから言われて、飛比路の思考が少し逸れる。

 『身内』と言ってくれたのは、それだけ飛比路のことを近しい存在と見てくれているからだろう。修行をつけてもらっているだけではなく、今は一緒に暮らしているから家族のような存在に見えるのかもしれない。

 

「まぁ、喜ばしいとは、思う」

「淡白ねぇ・・・まぁ、いいけど。両手を挙げて喜ぶ天城さんとか見たくないし」

 

 伸びをして身体の凝りを解しながら、しのぶが憎まれ口を叩く。今となってはそれも聞き慣れたものだ。

 

「でも、何か贈り物の一つぐらいは用意した方がいいんじゃないかしら?」

「贈り物」

「姉さんはそういうの貰うと、素直に喜ぶ人だし」

 

 実際にそんな場面は見たことはないが、確かにカナエはそんな反応を見せそうな感じがする。

 ただし、飛比路はそういう贈り物を誰かにしたことがない。家族は言うに及ばず、育手にも報告に行った際手土産を持参したぐらいだ。ましてや、若干気心知れた女性相手となると、何を贈るべきか皆目見当もつかなくなる。

 

「・・・しのぶは何かを用意するつもり、か?」

「ええ。まぁ、椿油か髪飾りでも贈ろうかなって。でも何で?」

「参考だよ。贈るとしても、被ったりしたら困るから、な」

 

 しのぶの挙げた候補は、いずれも女性には重宝される品だ。

 言われて思うが、カナエの髪は随分と丁寧に手入れがされているようで、いつだって艶やかだった。女性の髪事情は飛比路も全く知らないが、髪は女の命だとどこかで聞いたことがあるので、カナエもきっと大切にしているのだろう。

 

「あんまり変なものは贈らないでよ」

「分かってる」

 

 釘を刺されるあたり、贈り物に関しては信用していないらしい。

 ただ、無駄に期待されるのも飛比路としては困ったので、それはそれでありがたくもあった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「・・・どうしたもの、か」

 

 夕食を終えた後、飛比路は例の雀の雛に餌をやっていた。

 最初の内は何を食べるかは分からなかったが、ここ最近でこの雛はウコギの葉を好んで食べると分かった。それ以外のものを食べないわけではないが、特にそれが好きなのだろう。

 そんな雀に対して、しのぶは『うこぎ』と名付けている。何とも単純な理由だが、それ以外でいい名前も思いつかないので一先ずはそれにした。飛比路もカナエも、今はこの雛をそう呼んでいる。

 

(贈り物、ね)

 

 そんなうこぎに餌をやる傍ら、飛比路はしのぶに言われたことを思い出す。

 飛比路としても、自らが修行をつけていたカナエの成長は喜ばしいので、何かしらのものを贈って祝おうとは思っている。

 問題なのは、何を贈ればいいのか分からないという点だ。女性が喜ぶようなものなど、簡単そうで難しい。

 何か高級な菓子でも贈ろうか、と思ったが形に残らないものはどうにも気が引ける。それに、前にカナエの着替えをうっかり覗いてしまったことの侘びとして菓子を贈っているので、その時のことを想起させるのでお互いによくないと考えた。

 だとすれば、何を贈ればいいのか。

 

「伝令ィ!伝令ィ!カァー!!」

 

 だが、そんなことを考えている間に、窓際に鎹鴉の『日和(ひより)』が留まり、甲高い声を発する。

 直後、飛比路の思考は任務に向けて切り替わったが、膝の上に載せていた雀の雛がびっくりしたように鳴き始める。

 

「おい、もう少し声を小さくできんのか」

「カァア?」

 

 日和に静かに注意すると、日和がうこぎを覗き込む。するとうこぎは、日和を見上げて何かを訴えかけるように『ぴーぴー』と囀り始めた。

 

「飛比路ォ、コノ雀ェ、鬼殺隊ニナリタガッテイルゥ!」

「は?」

「強ク願ッテイルゥ!入レテホシイト言ッテイルゥ!」

 

 日和に言われて、飛比路は改めてうこぎを見る。

 鳥に好かれやすい体質の飛比路だが、それでも意思疎通はほとんどできない。何を考えているか、何がしたいのかなど、分からないのだ。

 しかしながら、同じ鳥で知能が発達した鎹鴉であれば、ただの雀とも意思疎通ができるのだろう。ここで嘘を吐いたところで、日和に利点はない。

 変わらずうこぎは飛比路を見上げ、円らな瞳を向けている。

 

「入りたいと言っても、鬼と戦えるわけもないだろうに」

「我々ト同ジ伝令用ノ要員トナレルカモシレヌゥ!今ハ無理ダガ、成長スレバナレルダロウゥ!」

 

 人間以外が鬼と戦うのはほぼ不可能だ。だとすれば、それ以外の面で役に立つほかない。

 ならば、同じ鳥として、鎹烏のような伝達係を担うのが一番だ。

 

「・・・鎹鴉を養成する部隊に掛け合う、か」

「ソウダァ!ケレドソノ前ニ任務ダァ!」

 

 一先ずの方針を決めたところで、飛比路は改めて日和からの指令を確認し、部屋を後にする。

 うこぎの処遇については、また追々詰めていくことにした。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 任務の内容は、ある森で繰り広げられている隊士と鬼の戦闘の増援に向かうことだった。当初は数名の隊士で森に入ったが、思ったよりも強力な鬼がいたようで、大半が斃されてしまったとのことだ。

 装備を整え現地へ向かう飛比路は、以前の柱合会議で話した隊士の質の低下の話を思い出す。まともな過去がない飛比路が言えたことではないが、親兄弟や親しい人の敵を討つために入隊しても、感情ばかりが先走って戦う力が身に付いていない者が多い。生き残りやすいのは、鍛錬を怠らず向上心を失わない者や、自分から強くなれる方法を見つけられる者が多い。カナエやしのぶは前者に当たるだろう。

 どうやって戦力を拡充させるかが、簡単には片付かない鬼殺隊の課題だ。

 

「おおおおおぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、飛比路が到着したのは、窮地とは言い難い場面だ。

 一人の隊士が、痩身の鬼を相手に怒号を挙げながら赫い日輪刀を振っている。鬼もその威勢に押されているかのようだ。

 その隊士は、カナエと同じ程度の年齢にも見えるが、感じる気迫は別格だ。それに、黄色と赤の混じった頭髪に太い眉毛、そして大きな目は、飛比路もどこか見覚えがある。

 その隊士の赫刀は、鬼の頸に喰いこむと確実にめり込んでいき、ついには頸を胴体から切り離した。

 

「がはっ・・・!?」

 

 鬼の頸が呻きながら宙を舞い、地面へと落ちる。胴体もまた膝から崩れ落ち、やがて頸もろとも塵となって跡形もなく消え去った。それを見て、赫刀の隊士は刀を鞘に納める。

 先ほど聞いた怒号の余韻が、周囲に広がる。

 そして、その隊士は飛比路の姿を見ると口を開いた。

 

「君は何者だ!鬼殺隊のようだが!」

 

 開口一番、随分と腹に響く溌溂とした声を出してくる。鳥の面に黒い外套という装いを前にしても、真っ向から『誰だ』と訊いてくる隊士は初めてなので、いっそ新鮮な気持ちになった。

 

「俺は鳥柱・天城飛比路、だ」

「何と、柱だったか!これは失礼した!」

 

 訊かれたからには名乗る他ないが、その隊士は『失礼した』と言う割に反省した様子がない。どころか、第一声と変わらず自信に満ちた声と表情のままだ。

 

「俺は階級(かのと)煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)だ!」

 

 だが、その隊士が名乗った姓を聞いて、ようやく腑に落ちた。初めて会ったのに、どこか既視感を抱いたのは、容姿が似ている人を知っていたせいだ。念のために確認しておく。

 

「煉獄姓と言うことは、槇寿郎殿の子息、か」

「その通り!父は炎柱・煉獄槇寿郎だ!」

 

 案の定、この杏寿郎は煉獄家の人間であり、今の炎柱の息子に当たる。あの赫刀然り、外見然り、容姿が似ているので血縁を感じた。槇寿郎のあの奇抜な色合いの髪には、飛比路も最初見た時面食らったが、まさかの遺伝だったとは思わなかった。

 しかし、今は予期せぬ邂逅に驚くより、やるべきことがある。

 

「俺はこの森で鬼の被害が拡大している、と聞いて来たんだが」

「そうだったか!しかしその心配は無用!その鬼は今ここで俺が斬った!」

「他の隊士は」

「全員やられた!人数は六名と思われる!」

 

 また、決して少なくない被害が出たものだ。それにしても、その鬼一体に六人もやられるとは、よほど隊士の力が低いのか、それとも鬼が厄介な能力を持っていたのか。

 

「お前が斬ったあの鬼は、何かの血鬼術を持っていた、か?」

「持っていた!眼球を光らせて、その光を真正面から見た者の動きを一定時間止める血鬼術だ!」

 

 なるほど、それは厄介だ。

 常人より身体能力が高い鬼殺隊でも、全盲の悲鳴嶼行冥などを除けば、目を閉じたまま敵と戦うのは難しい。鬼の動きを見極めるために姿は常に見ておかなければならないし、その中で視線が合う機会も多かっただろう。あの鬼が、杏寿郎の言葉通りの血鬼術を使っていたとなれば、それは攻撃にも防御にも使える強力なものだ。並大抵の隊士がやられるのも、口惜しいが納得できる。

 

「で、お前はその鬼を斬ったと」

「鬼の姿を捉えるのは最小限にとどめて常に動き回り、視線を合わせず一気に距離を詰めて攻撃した!それで斃せたのだ!」

 

 簡単に言っているが、それは相手が目で追えないほど素早く動き、かつ一撃に力を籠めなければできない話だ。柱ならまだしも、階級の低い隊士などでは対処しきれないだろう。それでも、この杏寿郎が辛階級でそんな動きができたのは、流石は代々柱を務める一族の出と言える。

 

「他に鬼は、いないか?」

「いないと思う!ここに来るまでに森を回ったが、鬼の姿はなかった!」

 

 念のために確認するが、杏寿郎は相変わらず溌溂とした様子だ。

 柱が来る前に決着がついたというのは驚きだが、どうやら杏寿郎がこの森に来るのと飛比路に救援要請が来たのは、入れ違いだったらしい。無駄足だったとは思わないし、むしろ後進が育ちつつあるというのは嬉しいことだ。

 そこで、飛比路は杏寿郎が煉獄一族なのを思い出して、一つ訊いてみる。戦闘の後なので、少し余裕ができていた。

 

「杏寿郎と言ったか。槇寿郎殿は息災か?」

 

 柱合会議に二回連続で出席していない、現在の炎柱である槇寿郎。飛比路は旧知の仲と言うほど親しくもないが、同僚としてどうしているのか少し気になっていた。

 

「・・・・・・」

 

 だが、それを聞いた瞬間、杏寿郎が固まった。先ほどまでと変わらない溌溂とした顔だが、答えにくいことを訊かれた様子だ。分かりやすいのかわかりにくいのか分からない人間である。

 

「父は元気だ!しかし、あまり他人に対して興味を示さなくなっている!」

 

 少し間を挟んで、変わらない調子で杏寿郎は答えるが、飛比路は少しばかり眉を顰めた。

 飛比路が初めて槇寿郎に会ったのは、柱に任命され耀哉の下へ向かう時だ。その道中、槇寿郎は(異様な装いの)飛比路に普通に話しかけていたし、他人に興味を持っていないようには見えなかった。

 また、飛比路が柱になって最初やその次の柱合会議にはちゃんと出席し、自分の意見も言っていた。任務や柱としての立場を蔑ろにしている風ではなかったと思う。それが槇寿郎の全てではないだろうが、息子の杏寿郎がそう言うとなると少し気がかりだ。

 

「俺や弟に対しても、期待していない風な態度を取っている。だが、それはきっと、父が俺や弟を鬼殺隊で死なせないために、わざと突き放しているのだと思う」

 

 杏寿郎の表情に、初めて悲しみというか心配というか、冷たい感情が混じる。

 鬼殺隊だけでなく、実の息子に対してまでもそんな態度を取っているとは、ますますもって飛比路も実感が持てなくなった。一体槇寿郎に何があったのかは分からないが、杏寿郎の言うように『死なせないため』というのが、一番納得がいく。その方が槇寿郎らしいと思った。

 

「けれど俺は、鬼殺隊で戦う道を選んだ!俺たちが戦わなければ、鬼によって命が多く奪われてしまう!俺が人より強く生まれたのであれば、俺は弱き人々を守るために戦う!」

 

 そして、高らかに宣言する杏寿郎。後ろで炎が燃え上がるように幻視する。

 その志は、流石は代々柱を輩出する一族と言っていいほどに立派だ。まともな経緯を辿らず、柱として人に誇れるほどの志も持たない飛比路には、その姿はとても輝いて見える。

 

「・・・期待している」

「ありがとう!」

「槇寿郎殿にも、よろしく伝えてくれ」

「分かった!伝える!」

 

 そんな杏寿郎に、飛比路は励ましの言葉を掛ける。それが覚悟を決めた者にできる、精一杯のことだ。

 杏寿郎はまた元気よく頷く。

 

(死なせたくない、か)

 

 一方で飛比路は、杏寿郎の言っていた言葉を思い出す。

 それもまた、誰か守りたい家族、人がいる人間こそが抱く感情だろう。

 だが、今の飛比路はそれを遠い世界の言葉とは感じず、むしろ自分も同じような感情を抱いていたのだと気付かされた。

 それは誰に対してか、と問われると、答えは限られる。

 そして、そう言った思いを抱くと、『あること』をしなければならないと思った。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 数日後、飛比路は耀哉の下を訪れていた。

 

「急なお願いにも関わらず応じていただき、ありがとうございます。お身体の方は問題ございませんでしょうか」

「心配してくれてありがとう、飛比路。身体の方は大丈夫だよ」

 

 座敷で飛比路が深々と頭を下げると、耀哉は微笑んで優しく話し掛けてくれる。

 最初の謁見を除けば、緊急での任務通達と報告や柱合会議以外で、飛比路が耀哉の下に来たことは一度もない。なので、予め日和を耀哉の下へ向かわせ、書状で謁見を願う旨を伝えた上で日取りを整えた。直接行ってお願いする、などは流石にできない。

 異例ともとれる願いに、耀哉は快く応じてくれた。

 しかし、その顔の病は確実に進行しているのが分かる。爛れたように変色している部位は、飛比路が初めて会った時は大して気にならないほどだったのに、今は左目に届くかどうかと言った位置にまで広がっていた。瞳の色もかなり薄くなっており、見えなくなるのも時間の問題だと思う。

 

「飛比路の方から私に会いたいと申し出たのは初めてだから少し驚いたよ。しかし、それほどの用件があるということなのかな」

 

 耀哉は微笑みを崩さずに話しかける。それで飛比路も、耀哉の病は一度脇に置いて自分の用件を伝えることにした。

 

「大変恐縮ではございますが、二点ほど『お願い』があり、お会いしたいと願い出た所存でございます」

 

 耀哉の顔を見据えて切り出す。

 すると耀哉は、眦は変わらずとも、驚いたかのように微かに口を開けた。柱合会議でも任務の話の時でも微笑みを崩さなかったものだから、そんな表情を見せるとはと内心で飛比路も驚く。

 

「・・・まさか、飛比路から『お願い』を聞くことになるとは、思いもしなかった」

「申し訳ございません」

「責めているのではないよ。ただ、飛比路がそうしたことを言うとは思いもしなかったから、少し面食らったんだ」

 

 耀哉から言われて、飛比路も曖昧な笑みを浮かべるしかない。

 これまでの飛比路がどう見えたのかは分からないが、厳しい過去を乗り越えるほどに辛抱強いと思ったのだろうか。その後の任務の話や柱合会議でも、飛比路は耀哉に対しては常に低姿勢を貫いてきたし、嘆願などをしたことは一度もないと記憶している。確かに、珍しくて驚くのも仕方ないのかもしれない。

 

「それに、驚いたと同時、嬉しくも思う」

「嬉しい・・・ですか?」

「飛比路が今までにどれだけの苦難を経験してきたかは、私も知っているつもりだ。だからこそ、飛比路はあまり周りを頼ろうとしてこなかったのも窺える。柱である今も昔も、自分の力でどうにかしようとしてきた」

 

 言われて飛比路も、あまり誰かを頼ろうとした記憶がないことに気付く。思い浮かぶのは、育手の下へ弟子入りした時だろうか。他人に縋ることを良しとしないでいたせいか、相談事などをした覚えもない。耀哉やカナエに自分の過去を話しはしたが、それは縋ったり頼ったりとはまた違うものだ。

 

「だから、飛比路が誰かを頼るようになったということを、嬉しく思うんだ」

「・・・恐縮です」

「それで、飛比路はどんなお願いを?」

 

 微笑みを取り戻した耀哉に対し、飛比路は懐から封筒を取り出し、耀哉に向けて差し出す。

 

「まず一つ目ですが、こちらを預かっていただきたいのです」

 

 畳の上に置かれた封筒に、耀哉は視線を落とす。

 それが何なのかは、鬼殺隊当主であれば分かるはずだ。

 

「飛比路も、書いたんだね」

「・・・はい。無論、自分から死ぬつもりはございません。が、生き残った者への言葉がやっと決まった、と言いますか」

 

 それは、遺書だ。鬼殺隊に入った者たちが、自分の死後に生き残った隊士に宛てて、あるいは戦いに巻き込まれないでいた人々に向けて、書くもの。

 ほとんどの隊士が書いた中、飛比路は入隊してから今に至るまで遺書を書いてこなかった。自分には遺書を渡すような人がいないし、自分のような人間が死んだところで遺せる大層な言葉もないだろう、悲しむ人などいないだろうと思ったから。

 

「分かった。これは私が預かろう」

「ありがとうございます」

「では、君のもう一つのお願いも聞こうか」

 

 耀哉が遺書を自らの傍らに置き、改めて飛比路に問いかける。

 飛比路は、一度唾を飲み込んでから口を開く。自分がこれから言うお願いが、多少の無理を含んでいるものだと自分で理解しているから。

 それを切り出すことに対して抵抗と緊張を抱きながらも、飛比路は耀哉に『お願い』を告げた。

 それを聞いた時、耀哉の笑みが少し深まったのは、飛比路の気のせいではないと思う。

 

 

□ □ □ □ □

 

 

 その一週間後、飛比路に任務が命じられた。

 内容は、北東の樹海周辺の地域で複数の人間が行方不明になっているため、調査に当たれというもの。また、その樹海はかなり広大なため、必要ならば追加で人員を手配してもいいとのことだ。

 

「引き受けてくれるか」

「はい」

 

 飛比路は、その任務にカナエを連れて行くことに決めた。屋敷で任務の概要を説明したうえで確認すると、カナエは頷く。

 

「でも驚きました。まさか、天城さんから任務に協力してほしいなんて」

「まぁ、今回の任務は捜索範囲が広いから人手が欲しかった。それに、お前もいずれ柱になった場合にこういう任務を任せられるやもしれないから、事前練習の意味も込めて、だな」

 

 説明するが、カナエは何故か嬉しそうな表情をしている。

 飛比路が怪訝な顔を浮かべると、カナエは頭を下げた。

 

「すみません。でも、天城さんに指名されたということは、それだけ私も力をつけているって思われているんだと思うと、少し嬉しくて」

「嬉しい?」

「はい。それだけ天城さんが私を認めてくれているってことですから」

 

 ころころと笑うカナエ。

 その仕草に、飛比路はついっと視線を横に逸らす。カナエの笑みを、どうも直視できない。

 

「・・・お前の階級はかなり上がっている。力をつけているのは確かだし、弱い奴を連れて行っても足手まといでしかないから、な。連れて行くなら力のある奴の方がいい」

「はい」

 

 つまるところ照れ隠しだ。と言っても、カナエは全て見通しているような笑みを浮かべているので、本当に隠せているかどうか分からない。

 まったく、と思いながら飛比路は傍らに置いていた小さな紙袋をカナエに差し出す。

 

「あら、これは?」

「少し早いが、昇級祝いだ」

 

 受け取るカナエは、ぽかんとした様子で紙袋を眺める。いきなり渡されるとは思っていなかったのだろう。

 

「そういうものを贈るのは初めてなんで、喜んでもらえるかは分からん。が、受け取ってくれ」

「・・・ありがとうございます」

「ああ、中身はまだ見るなよ」

「ええ。では、昇級してからの楽しみにします」

 

 嬉しそうに、楽しそうな笑みを浮かべるカナエを見て、飛比路は小さく笑う。そうやって嬉しそうにしているのを見るのは、悪い気はしない。自分まで気持ちが上向きになってくる。

 しかしその気持ちもほどほどに、飛比路は『さて』と切り替える。

 

「準備ができたら出発するぞ」

「はい」

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 今回調査する樹海は、そこらの山や森とは規模が違う。普通に抜けるとしても丸一日はかかると思われるほどの広さだ。おまけに山岳地帯まであるため、一人で調査するにはかなりの時間を要する。

 この樹海に鬼がいたとして、それが自分のいる場所と正反対の位置の場合、存在を察知できたとしてもすぐに向かうことができない。人手は必要だった。

 夜になり、飛比路とカナエはその樹海の入り口に到着する。

 

「この樹海は広い。二人いることだし、東西に別れて捜索することにする。カナエは、東側だ」

 

 地図を広げながら飛比路が指示を出すと、カナエは頷く。

 そして、飛比路は隊服の衣嚢から笛を一つ取り出してカナエに手渡した。カナエは、飛比路に目で説明を求める。

 

「それは、俺が作った鳥笛だ。広い範囲に音が届く。もしも強い鬼に出くわして、敵いそうもなければ、それを吹け。すぐに駆け付ける」

「分かりました」

「それと・・・」

 

 飛比路は、自分の後ろの方を向いて手を二回叩く。すると、自分たちが走ってきた方角の空から二羽の鳥が降下してくる。飛比路の飼っている望月と新月だ。望月はカナエの肩に、新月は飛比路の肩にそれぞれ降り立つ。

 

「こいつもつけておく。危機を察知したら、俺の下へ飛んでくるように言ってあるから、な」

「よろしくね」

 

 カナエは肩に留まる望月に、優しく話しかける。梟は変わらずに無機質な表情を向けるだけだ。

 再び飛比路は、地図を広げる。

 

「ここから半里進んだ場所から、別れて捜索を始める。日が昇ったら北にあるこの清流で一度合流だ。合流地点で一刻経っても俺が来なかったら、お前はこの樹海から脱出しろ」

 

 地図を示しながら段取りを話す飛比路を、カナエは見る。

 

「随分用心深いですね」

「俺の判断でお前にはここに来てもらったし、お前には死んでほしくないから、な」

 

 今回の任務はカナエと合同だが、離れて調査を行う。そのため、万が一の時のために、カナエが危機に晒されないように、最大限の備えはしておく。むざむざこんな場所で死なせるなど、自分で許せなかった。

 

「・・・そう、ですか」

 

 だが、飛比路の意向を聞いて、カナエの笑みが少しばかり歪む。悲しい方に変わるのではなくて、むしろ嬉しそうに歪んだ。

 

「他に何か、質問はあるか?」

「・・・天城さんも、先ほど私に渡してくれた鳥笛は持っているんですか?」

「ああ」

「それでしたら、大丈夫です。もし天城さんも何かあったら、笛を吹いて、梟を飛ばしてくださいね」

 

 カナエの質問は、飛比路のことを心配してのものだろう。それに対して、飛比路は笑う。

 

「ご心配どうも。まぁ、万が一の時は、な」

 

 そう告げて、飛比路は鳥の面をつける。

 そして二人で樹海に足を踏み入れて、奥へと進んでいく。この樹海は鬱蒼としており、夜なのも相まって不気味なほどに薄暗い。飛比路の屋敷の近くにある森と比べると、温かみに欠けるような雰囲気がした。

 しかし、今は任務中だ。薄暗い中で警戒するのは、鬼の姿を見逃してしまうこと。それを留意して、飛比路とカナエは樹海を駆ける。やがて、当初の予定にあった分岐地点に到達した。

 

「では、頼んだぞ」

「はい」

 

 飛比路は、カナエと別れて西へと向かう。

 地図上では、この先に村があるらしい。と言っても、人の住まなくなった廃村で、朽ちた建屋があるぐらいだろう。事前にこの樹海の周辺の村の人に話を聞いたが、その村は何年か前に大きな熊に襲われ、今や人の寄り付かない場所となっているらしい。

 鬼の潜む場所としてはもってこいなので、調査する必要はあった。

 

「・・・・・・」

 

 樹海を駆けながら、飛比路は周囲に目を配る。周囲には獣などの気配はなく、薄暗い景色が広がっている。実に静かだ。

 そんな樹海を歩きながら、カナエとのやりとりを思い出す。

 彼女に渡した昇級祝いの品だが、この間街へ入用で出掛けた際に買ったものだ。しのぶがカナエの髪の手入れに使うようなものを渡すつもりだったように、飛比路もまた同じ用途で使うものを選んだ。気に入ってくれるかは分からないが、見た時の反応が楽しみでもある。

 だが、何よりも気になるのは、渡したときに見せた笑顔だ。普段からカナエは、飛比路の前では笑みを浮かべていることが多く、それを見ていると飛比路自身もどこか心の荷が軽くなったよう気になる。先ほども、胸が少し温かくなるような感覚がした。

 その時のことを思い出して、飛比路は自分の胸に手をやる。肩に留まる新月が、不思議そうに飛比路を見た。

 

「・・・っ?」

 

 だがその直後、飛比路は寒気を覚える。

 脚を止め、日輪刀に手を掛けて、周囲の様子を窺う。未だに鬼はおろか獣の姿は見えないし、気配もない。薄暗い中目を凝らすように視線を巡らせるが、やはり姿かたちは捉えられない。しかし、先ほど感じた寒気は、決して気のせいではないだろう。

 だとすれば、この先の廃村に何かがある。飛比路は、先へ進むことにした。

 地図を頼りに樹海を歩くと、突然草木が無くなり視界が開ける。夜空に燦然と輝く月の明かりが、飛比路の身体を照らし出した。

 その目の前に広がっているのは、案の定朽ち果てた民家が並ぶ区画。人が住んでいた時は賑わっていただろうに、今となっては空虚な感じしかしない。ここが、地図に載っていた廃村だ。

 そして、通りの先で、誰かが飛比路に背を向けて月を見上げている。

 後姿だけだが、背丈は飛比路よりも高く、古風な和装に身を包んでいる。腰には刀を差していて、黒く長い髪を頭の後ろで縛っていた。その居住まいからして、まるで侍のような姿だと思う。

 

「・・・鬼狩りか・・・」

 

 しかし、その『誰か』が飛比路の方を振り向き、顔を見た瞬間、鳥肌が立った。

 『誰か』の頸と額には炎のような模様の痣が浮かび、罅割れのように血管が浮かぶ赤い眼球が三対六つもあって、ただの人間ではないのは明らかだ。

 しかも、その六つの目の内、中央一対の左右の瞳には『上弦』『壱』の文字が浮かんでいる。

 

「何とも・・・面妖な・・・形をしている・・・」

 

 十二鬼月、ひいては鬼の中でも頂点に位置する上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)

 それは、月を背に確かに飛比路を見据えていた。

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