もこっちと今江先輩は会わずに済んだ世界線を想定しております。
吉田さんの運転する車は海から折り返し、私たちひとりひとりを送るために平日昼間の空いた道路を走っている。乗ってすぐはキツすぎる芳香剤のヤンキー臭や夏っぽいヤンキー音楽に辟易としていたが、他の4人と喋っているうちに気にならなくなった。4人と言っても、MK-Ⅱはろくに喋らないが。
「いやーまさかク●ニ犬と、しかも校外で再開するとはな」
炭酸水のペットボトルに口をつけてから、杏奈さんが後部座席に顔を向けて笑う。
「だよな、飼い主の顔が見られなかったのは残念だけどよ」
麗奈さんも私の隣で口角を釣り上げて白い歯を覗かせた。
「つーか茉咲が止めなきゃあのまま顔出しするまで待機できたんだけどな」
「『どうせあっちも海に来たんだから、放っといても来るだろ』なんて言ったくせに、結局来なかったしな」
「うるせーな。あのまま車囲んでて警察でも呼ばれたら受験する奴らはどうすんだよ?」
頬杖を付きながら吉田さんは機嫌が悪そうな声で返す。確かに一歩間違えば完全に警察沙汰だ。こんなことで受験できなかったなんて言ったらどうなるか…改めてヤンキー共の計画性のなさには寒気がする。
「でもよ、ク●ニ犬の飼い主が女とかマジで以外じゃね?」
「ああ、ぜってー変態な男が飼い主だと思ってたぜ」
吉田さんの言葉で一瞬おとなしくなったかと思ったが、二人は再びク●ニーヌと飼い主の話に戻っていた。
「オメーらはどう思ったよ?」
杏奈さんが私とMK-Ⅱに話を振ってくる。
「私は今日初めて見たから。話だけは何となく二人から聞いてたけど」
「あ? そうだっけ?」
「なんか夏休み中わりとツルんでたから、あん時見てると勘違いしてたわ」
動画撮ってるMK-Ⅱはともかく、ヤンキーズはやっぱり遊び回ってんのか。受験しない奴らは気楽でいいな?
「黒木の予想はどうだ? お前も男だと思ったよな?」
「い、いや…私は」
だいぶ慣れてきたと思ったけど、こうして社内で近いと圧が強いな。オタクに優しくてもヤンキーはヤンキーだ。
「最初から女だと思ってた…かな?」
「マジかよ? 当たってんな」
杏奈さんは「すげーじゃん」と笑っていたが、麗奈さんは少し語気を強めながら詰め寄ってくる。
「いや、どう考えても男だべ? 何で女だと思ったんだよ?」
そこまでこだわることかよ…私の意見とかクソどうでもいいじゃねぇか…
「えっと、麗奈さんはなんで男だと思ったの?」
「あ? 女子高生の股に頭つっこむ芸仕込んでんだぞ? そんなことやらせて喜んでんのなんてムッツリの男に決まってんじゃねーか」
しかも私の予想ではメガネだな、と顎をさする麗奈さんの様子にMK-Ⅱもクスクスと笑っている。ラブホの話題の時も思ったけど、こいつもこんな見た目のくせして下ネタ好きだよな。
「私の予想だと、あれを仕込んだのって誰かの股に頭を突っ込ませるのが目的じゃないと思うんだよね。たぶん、飼い主自身にやらせるために仕込んだっていうか…」
「なんだそりゃ」
杏奈さんが助手席から気の抜けた声を上げる。
「自分の股に頭突っ込ませて何が楽しいんだよ。別に人に見せるような芸でもねーし、そもそも人に見せらんねーし」
「だな、意味わかんねーぞ」
勢いで反論しちゃったけど、まさかこの空間で説明するのか?
「えっと、二人はク●ニ犬って呼んでるけど、バター犬って知ってる?」
二人はサングラスを押し下げて顔を見合わせた。
「知ってっか?」
「いや、聞いたことねー」
麗奈さんがMK-Ⅱに話を振るが、彼女も黙って首を振る。
…いちからか? いちからせつめいしないとだめか?
「えっと…バター犬っていうのは…女の人の…にバターを塗って舐めるように仕込まれた犬のことなんだけど…」
ちょうどステレオの音楽が切り替わるタイミングで、車内にはしばしの静寂が横たわった。
「待て! 待てよ黒木」
助手席から身を乗り出しながら、杏奈さんが私を手で制する。
「もしお前が犬触ったら手ぇ洗うよな?」
「まぁ、うん…」
「まして手とか顔舐められたらソッコー石鹸で洗うよな?」
「洗うね」
「じゃあ何でアソコ舐めさせるんだよ! ぜってー汚ぇじゃねーか!」
杏奈さんは食い気味に声を荒げる。
いや、私もそう思うけどさ。
「つーか犬にそんなもん舐めさせんな! バターとか体に悪ぃだろ!」
麗奈さんも勢いそのままに続く。
いや、間違いなくそうなんだけどさ。
「じ、実際やってる人がいるかは知らないけど、結構昔からある概念なんだよ。だから私も『股に頭つっこむくせのある犬=バター犬=飼い主は女』って思ったわけ」
「マジだ、検索すると一発でw●kiが出てくる」
「マジか…世界広すぎんだろ…」
感嘆の声を上げながら二人は互いにスマホの画面を眺めている。
「でもアソコは男にもあんだろ? 女とは決めつけられないんじゃね?」
「いやぁ…あれにバター塗ったら犬に食われるんじゃないかな?」
「確かに、見た目完全にフランクフルトだもんな」
「さっきアメリカンドッグ食べたからやめてほしい」
「おい!」
吉田さんの怒鳴り声とともに車が止まった。
「お前ら降りろ」
サングラス越しに私たちを睨みながら、窓の外を親指で指す。
「あ? どこだよここ。知らねー場所じゃねーか」
「うるせーな! さっきから気持ち悪ぃ話ばっかしやがって! 運転する気なくなったんだよ!」
しまった、二人の食いつきがあまりにもいいから、ピュア吉田さんのケアをするのをすっかり忘れてた。ラブホの存在すら最近知った吉田さんに獣姦はさすがにぶっ飛ばしすぎだ。
「つーか犬が可愛そうだろーが!」
いや、それは私もそう思う。
「あんま怒んなよ茉咲。冗談じゃねーか」
「いいから降りろ! 二度と乗せねーぞ!」
二人の説得も聞く耳をもたなかったので、私たちはしぶしぶと車を降りて、思い切りアクセルを吹かして去っていく吉田さんを見送った。
「まぁ茉咲には後で詫び入れるとして、私たちはどうすっか…」
杏奈さんが周りを見渡しながら苦笑する。降ろされたのは国道沿いではあるが、走った時間を考えるとおそらく幕張まではまだ遠い。というかロードサイドの景色が似たりよったりなのでどこにいるか検討もつかない。
「タクシーでいいんじゃね? 4人で乗り合わせりゃ大した金額でもねーだろ」
麗奈さんの提案に杏奈さんも賛成の意を示しながらスマホでマップを調べる。幸い一人2000円もかからず帰れそうだ。
「つってもこんなところでタクシー拾えるわけねーし、どっかで拾わねーと…おっ、ちょっと歩いたところにゲーセンあんな。丁度4人いるんだし、少し打って待ってるか?」
「私は構わない」
MK-Ⅱと一緒に私もうなずいた。
「んじゃ暑いしさっさと行こうぜ。1位はタクシー代チャラってことで」
杏奈さんのナビに従って、知らない街のロードサイドを歩く。いつの間にか麗奈さんのサングラスをおでこに差されていたので、そのまま掛けてみた。
ヤンキーの車に乗って卒業生の車を煽りまくって、ゲスい話題でキレられて降ろされて、あげく麻雀やって帰る…か。
受験生にあるまじき…というか人として終わってるような一日だったけど、いつかふと思い出すのは今日みたいな日な気がするな。
サングラス越しでも、真夏の日差しは眩しかった。