五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

45 / 77
第44話 七つのさよなら その①

「…………遅いですね」

 

 五月は玄関前で正座待機をしていた。今日は家庭教師の日なのだが、肝心の家庭教師の二人がやってこない。

 

「せっかくみんなやる気があるのに、どうしたんでしょうか……?」

 

 五月は玄関の扉を開けてマンションの廊下を覗く。そして彼女が見たのは、──────

 

「「あ」」

 

 上杉を担いだ雪斗だった。

 

「おはよう。遅れてごめんね。とりあえず中に入れてくれないかな? そろそろ筋肉が限界。攣りそう」

 

 なんとか中に入れてもらえたので上杉を床に置く。長時間持つのはさすがに辛い。軽いだけましなんだが………。

 

「し、死んだように寝てますね…………夜更かしでもしたのですか?」

 

「そうなんだよ。お陰様で僕もすごい眠い。今気合で起きてるの。メガシ〇キとか効きにくい体質だからさ」

 

 一応飲んだんだけどね。……あれ? タフマ〇だったっけ? ま、いいや。取り敢えず、

 

「はいこれ」

 

 軽い言葉とは裏腹にかなりの厚さのある紙の束を五月に渡す。

 

「……へ?」

 

 五月はまだ現実を把握しきれていないようだ。頭の上に?が浮いているのを幻視出来る。

 

「今回のテスト範囲をカバーした問題集だよ。今日の課題が終わったら取り組んで貰うね。これを解けばかなりレベルアップするよ!」

 

 がんばろー!! おー!!

 

「……………………」

 

 無反応な五月。

 

「その反応予想してたよ。仕方ない、その問題集は泣く泣く暖炉の灰にしてくるよ」

 

 暖炉なんてないけどさ。とにかく上杉を起こそう。

 

「起きろ上杉」

 

 上杉の体を揺らし夢の国から現実へと呼び寄せる。

 

「…………んん、! なんでここにいるんだ?」

 

 ようやく起きたな。ぐっすり寝やがって。僕への当てつけか? 

 

「僕が運んだんだよ」

 

 周りの視線が痛かったけどな。通報されなかっただけありがたいが……。堂々としていたからかな? 白昼堂々誘拐するような人間なんていないとでも思われたのかな? 上杉を麻袋に詰めなくてよかった。

 

「そうか、悪かったな。………だいぶ時間を無駄にしちまったな」

 

「あぁ、早く始めよう」

 

 僕が倒れる前に。ホント切実に思う。

 

「…………いえやっぱり問題集やります!」

 

 五月は、徹夜したせいか心無し顔色が悪く見える雪斗を心配し、問題集を胸に抱える。 

 

「…………! 呆れました。これのせいで遅れたんですか?」

 

「気にするな。それがお前たちに必要なことだからやっただけだ」

「お前たちだけにやらせてもフェアじゃない。お手本にならないとな」

 

 重い足取りでリビングへと向かう雪斗たち。そんな二人を五月は心配そうに見つめる。

 

「………寝かせてあげるべきでしょうか。………いつもよりも口調が荒い気がします」

 

 私たちの事を”お前たち”って言ってましたし。

 

 五月はもしかしたら雪斗が機嫌が悪いのかもと思いながら、足取りの重い二人の後ろをついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リモコンを渡しなさい! 今やってるバラエティに好きな俳優が出てるの!」

 

「この時間はドキュメンタリーがやってる。しかも今日は戦国武将の特集なの!」

 

 リビングのドアを開けたら二乃と三玖の間でテレビのチャンネル争奪戦が繰り広げられてんだけど………。止めないと。 

 

「録画すればいい話だろ? 後で見てくれ」

「その通り! 勉強中はテレビは消しまーす!」

 

 そう言い上杉がリモコンを取り上げてテレビを消した。

 

「「ああーー!!」」

 

「一花。あの2人って仲悪いのか?」

 

 上杉に詰め寄りリモコンを取り返そうとしている二人を横目に一花に訊く。

 

「んー犬猿の仲ってところ? 特に二乃は繊細だから、結構衝突が多いんだよね」

 

 ふーーん。二乃が繊細ねー。姉妹に対してだけな気がするけど。その他大勢に対しては猫被ってると思う……知らんけど。

 

「はーい、みんな再開するよ。それじゃあ、ユキト君、フータロー君。これから1週間、私たちの事をお願いします」

 

「ああ。リベンジマッチだ」

 

「力は尽くすさ」

 

 何事もなく終わればいいのだが…………。

 

 

 

 

 

 心に一抹の不安を抱えつつ、開始から10分。早速また二乃と三玖の間で諍いが発生した。

 

「ちょっと、それ私の消しゴム! 返しなさい!」

 

「借りただけ………………あ、それ私のジュース」

 

「借りるだけよ…………って、マズッ!」

 

 二乃が飲んだジュースは抹茶ソーダだったので紅茶が好きな二乃には合わなかったみたいだ。

 

「このまま放置をしていると赤点回避が出来なくなってしまうな。どうする上杉?」

 

 争う二人を見て顔をしかめている上杉に訊く。

 

「ああその通りだ。…………なにかいいアイデアはないか?」

 

 一花、四葉、五月、上杉、僕が一致団結して争いを止めないとね。

 

「私にいい考えがあります!」

 

 四葉はピコーンとリボンを立てて返事をした。

 

「きっと慣れてない勉強でカリカリしているんですよ! だから、良い気分に乗せてあげたら喧嘩も収まるはずです!」

 

 一理あるな。では早速。

 

「二人ともし「いやーいいねぇ、素晴らしい! 二人ともしっかりしていていい! そのなんて言うか、偉い!」」

 

(((褒めるの下手くそーッ!!)))

 

「「…………」」

 

 急に何を言い出したのかと、上杉に二乃と三玖は白い目を向けた。

 

 結果は当然のごとく失敗した。なぜいけると思ったのだろうか。

 

「………次の案はない?」

 

「こんなのはどう? あえて厳しく当たることでユキト君とフータロー君にヘイトを集める『第3の勢力作戦』ていうのはいいんじゃない? 二乃と三玖の結束力が高まると思うよ」

 

「いい考えだとは思うが…………却下。それのせいで勉強をしなくなってしまったら本末転倒だ」

 

 勉強をしないことに結束力を高められたら困る。

 

「うっ確かに」

 

 というわけで一花の作戦は無し。

 

「五月は何かある?」

 

「そうですね………二人に付きっきりで勉強を教えるのはどうでしょうか? きっとお互いの事なんて考えなくなるのでないでしょうか」

 

「中々いい作戦だね」

 

「そうだな、やってみるか」

 

 僕は二乃のほうに行き、上杉は三玖のほうに行った。

 

「どこら辺まで進んだ?」

 

「聞いて驚きなさい! もうすぐ終わるわ!」

 

 そう言って二乃は自信満々にノートを見せてくる。………近い。見せたいのか見せたくないのかはっきりしやがれ。目の前に押し付けられたノートから顔を遠ざけ文字にピントを合わせる。

 

 二乃の性格が出ている綺麗な文字の羅列を見ていると、今回のテスト範囲ではない事が分かった。

 

「………………」

 

「なによ?」

 

「……非常に残念なことに涙がちょちょ切れちゃう……、ここは今回のテスト範囲じゃないよ」

 

「あれぇ!? やば…」

 

「残念だけどまた一からだね」

 

 僕が手伝うから安心して。そう伝えようとする前に三玖が口を開いた。

 

「二乃。ちゃんと真面目にやって」

 

「っ………こんな退屈な事、真面目にやってらんないわ! 部屋でやるからほっておいて!」

 

 早くも一名勉強を放棄。 二乃は立ち上がり階段に向かう。

 

「くそっ、ワンセット分無駄になった…………」

 

 これを作るのにどれだけ時間がかかってると思ってるんだ。………自分でやるか? いや、

 

「説得を試みよう」

 

 僕と上杉は階段を上っている二乃に説得を試みる。

 

「待ってくれないか二乃。まだ始まったばかりなんだ。たった10分の差なんてすぐに取り返せるからさ」

 

 今からチキチキスパルタ勉強会に変更すれば姉妹たちを抜き去ることも出来るぞ。

 

「その通りだ。もう少しやってみないか?」

 

「……………………」

 

 僕らに背中を向け、無言を貫く二乃。

 

「ただでさえお前は出遅れてるんだ。勉強して四人に追いつこうぜ」

 

 その何気ない言葉が二乃の地雷を踏みつけたみたいで、二乃の表情が冷たいものに変わった。

 

「うるさいわね、何も知らないくせに。ただの雇われ家庭教師のあんたらにとやかく言われる筋合いはないわ。部外者よ!」

 

 ………さては二乃、僕がクビになっていることを忘れているな?

 

「……………二乃」

 

 話しに入って来た三玖の手には問題集があった。

 

「これ、ユキトとフータローが私たちのために作ってくれた。受け取って」

 

 問題集を二乃に差し出す三玖。

 

「……問題集作ったくらいで何だってのよ。そんなの、いらないわ!」

 

 二乃が三玖の手を振り払った拍子に問題集がバサァっと床に落ちた。………思いのほか多く作ってたみたいだな。パラパラじゃなくて、バサァだったよ。

 

「ね、ねぇ………2人とも落ち着こ?」

 

「そうだ、お前ら」

 

「二乃」

 

 険悪な雰囲気になって来たのを察して落ち着かせようとする一花と上杉。しかし三玖がそのまま話を続けた。

 

「…………拾って」

 

 二乃を責めるような三玖の視線と冷たい怒気を孕んだ声が部屋に広がる。

 

「こんな紙切れに騙されてんじゃないわよ…………今日だって遅刻したじゃない!」

 

 それを出されると困るな。遅刻をした以上僕は強く二乃には言えん。

 

「こんなもの渡して………いい加減なのよ! それで教えてるつもりなら大間違いだわ!」

 

 そう言って二乃は拾った1枚の問題集を破り捨てた。

 

『クフフフ………悪魔であるこの私が心核(ココロ)にダメージを受けました』(ディアブ〇ボイス) 

 

 何とか場を和ませようとふざけたが、正直ふざけてないと心が折れそう。僕と上杉の努力ノ塊ガァァ!!

 

「! 二乃」

 

 明らかにキレているであろう三玖。先ほどよりもさらに怒気が含まれている。

 

(まずい……!)

 

「三玖! 気にしなくていいから…………」

 

 上杉がは三玖と二乃の間に体を滑り込ませ、三玖を落ち着かせようとした時。

 

──────パチン!

 

 やけに乾いた、耳に残る音がリビングに響いた。

 

「二乃。謝って下さい」

 

 その音とは五月が二乃にビンタした音だった。まさか五月が二乃にビンタをするとは思わず、怒っていた三玖は毒気を抜かれたように目を丸くした。

 

「………………ッ!」

 

 二乃も呆然としていたが、すぐに怒りの表情を露にして五月と同じようにビンタを五月に放った。

 

──────パチン!

 

「!」

 

 五月に放ったはずのビンタは五月ではなくその前に出た僕の頬に吸い込まれるように当たった。めっちゃ痛い。 頬で受け止めるんじゃなくて二乃の手を押さえればよかった。

 

「なんで………!」

 

 驚いた二乃の言葉に返す。

 

「…………姉妹を誰よりも大切にしている二乃が、姉妹を傷つけるなんてことはしちゃだめだと思うんだ…………上杉。これで僕も紅葉仲間だな」

 

 少し腫れてきている左頬を摩りながらも上杉に笑いかける。右頬も叩いてもらえばあら不思議! アンパンマ〇の出来上がり! ってね。

 

「あっ、ああ」

 

「二乃のビンタは痛いね」

 

 会心の一撃(クリティカルヒット)!! 僕のHPはレッドゾーンに突入!! 状態異常の半端ない眠気!! 

 

 五月は僕の事を心配そうに見ながらも、二乃に話しかけた。

 

「この問題集は白羽君と上杉君が私たちの為に作ってくれたものです。粗末に扱っていいものではありません。彼らに謝罪を」

 

「………まんまとこいつらの口車に乗せられたってわけね。そんな紙切れに熱くなっちゃって」

 

 いつの間にこいつらの味方になっちゃってと溢す二乃に続ける五月。

 

「この問題集は私たちひとりひとり問題が違うんですよ。しかもすべて手書きで………最初に渡されたときに気づきました」

 

 五月が床に散らばった問題集を拾いながら言う。

 

「「「「!!」」」」

 

「嘘!?」

「わー! ほんとだ!」

 

 理科で例えると五月のは知識と公式を組み合わせた計算問題が多め。四葉のは公式を知っていればすぐに解けるような簡単な計算問題を出してある。ほかの科目もきちんとみんなのレベルに合わせて作った。

 

 黄色いタコ先生の真似をしてみたはいいが、すごいキツかった。WordやTEXなどを使って作りたかったが、僕だけが楽をするのは気が引けたので結局すべて手書きになってしまったのだ。消しゴムを使うときは気をつけてほしい。そうでないと自身の回答は勿論、問題まで消えてしまう。

 

「二乃。私たちも真剣に取り組むべきです。彼らが睡眠時間や自身の勉強の時間まで削ってここまでしてくれたのですから」

 

「………………私だって」

 

「二乃…………」

 

「いい加減受け入れて」

 

 二乃を見つめる視線には困惑や心配、そして責めるようなものだけ。姉妹たちからの擁護は何もない。

 

「………別に気にしなくたっていい。この問題はすべてデータ化してあるからやりたくなったら声を掛けて…………二乃が真面目に勉強をしているのは分かってるからさ。少し時間を置いてゆっくり考えてみて」

 

 唯一の味方は雪斗だけだった。

 

「…………分かった、考えてみるわ。…………そしてアンタたちはこいつらを選ぶってわけね………いいわ。こんな家、出て行ってやる!!」

 

 二乃はしびれを切らしたのか、唐突に家で宣言をする。

 

「二乃、冷静になれ」

 

「家出する必要なくない?」

 

 家庭内別居でいいじゃん。

 

「そうです、そんなの誰も得しません!」

 

「前から考えていたことよ。この家は私を腐らせる」

 

 説得を試みるが二乃には効果がなかった。

 

「こんなのお母さんが悲しみます!」

 

「…………いつまでも未練がましくお母さんの代わりを演じ続けるのはやめなさい!」

 

「二乃、早まらないで」

「そうそう話し合おうよ!」

 

 一花や四葉も仲裁に入る。

 

「バカなこと言わないで。先に手を出したのはあっちよ。あんなドメスティックバイオレンス肉まんおばけなんかと一緒にいられるわけないわ!」

 

「ド、ドメ、肉………」

 

 五月は二乃の暴言に、怒りと羞恥で顔が赤くなる。

 

「そんなに邪魔なら、私が出ていきます!!」

 

「あっそ、勝手にしなさい」

 

 その後、2人は言い争いを始めてしまい、もう誰の手にも負えなくなってしまった。

 

「どうしようか…………」

「なんてことになってしまったんだ………」

 

 結局その後、今日はもう勉強どころではないのと2人がいてもどうにもならないので解散し家に帰った。

  

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 誰もいない部屋に僕の声が響き、無性に寂しさがこみあげてくるが眠気のせいだと決めつけ、これからの事に頭を悩ませる。

 

 あ~あ、めんどくさいことになってしまった。このままならきっと、いや必ず二乃と五月は家出をするだろう。まだお昼頃だが…………もしかしてまた徹夜かー?

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。