翌日の朝。玄関で寝たせいで痛む体を解しつつ学校に休む旨を伝えて、リビングに布団を敷いてひと眠りした後、気づいたらお昼を回っていた。少なくとも昨日感じた熱さや悪寒は感じない。五感も元に戻っている。
本来ならクラスメイトの喧騒に包まれながら授業を受けているはずこの時間。ちょっとした背徳感と特別感が入り混じっていた。手に取ったスマホを元の場所に戻して、スマホを持っていた手を意味もなく宙に漂わせる。カーテンの隙間から木漏れ日が降り注ぎ、優しい光に包まれて心が安らぐ。……そうだ、この頃休むのを怠けていた。そう、決して無駄なんかじゃない。この時間は有意義な時間なんだ。
………とまぁ、ポエムチックな考えは置いといて。
朝ごはん、いや、お昼ごはん食べないと……昨日の晩御飯も食べてないし……ハラヘッタ。
ご飯を作ろうと気怠い体で冷蔵庫を漁ると何もなかった。……ああ、そういえば姉妹たちに料理を作った後空っぽになったんだよな。買いに行くの忘れてた。
……まいっか、カロ〇ーメイトとエネルギーチ〇ージでしのぐか……。一人暮らしはこんなもんだよな。
一先ずお腹を満たせれば良いと判断し、栄養補給をしようとした時にインターホンが響いた。
誰だ? こんな平日の昼に人ん家のインターホン鳴らす奴は……どうせ宗教勧誘かなんかだろう。居留守使お。
「すみませーん! 私です五月です! 起きてるなら開けてもらっていいですかー?」
「見舞いに来てあげたんだから、大人しく開けなさいよ」
三十六計居留守に決め込むと、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
正直風邪を移したくないから引き下がって欲しいが、このまま叫ばれると近所迷惑になる。お昼の平日とはいえ、主婦の人には聞こえてしまっているだろう。ゴミ出しの時に何言われるかたまったもんじゃないので大人しくドアを開ける。
「おはよう……どうしてここに?」
「アンタが寝込んで動けないと思ってね。ほら、早く中に入れなさい」
「……今日学校は?」
「何を言ってるんですか? 今日は午前授業で終わりってこの前先生が言ってたじゃないですか」
……そうだったんだ。いつそんな話してたんだ?……どうでもいっか。それよりもこの二人をどうするかだ。
今日は比較的暖かいとはいえ、ずっと外に居たら風邪を引くかもしれない。だが二乃たちと同じマンションなんだから、やはり家に入れなくてもいいか。
鈍い頭を回転させ入れないことに決めた僕は入ろうとする五月を制止する。
「風邪、移るから帰りなよ。心配してくれて嬉しいが移ってしまったら元も子もない」
「…ここまで来て?」
「……同じマンションだろ。何遠路はるばるやってきた感出してるんだ。けぇれ……――ちょっ!? 待て! 不法侵入だぞ!」
しっし、と突っぱねたら無言で体当たりしてきやがった。普段だったら力で押し負けたりしないが生憎の体調。僕の努力は虚しくズルズルと部屋に押し込まれていく。
残念なことに二人の侵入を許してしまった。お互いに目を合わせることなく同時に動きやがって、流石姉妹の絆というべきか……。
「……ったく、好きにしろ」
あまり動くと咳き込んでしまいそうだ。せっかく一晩寝て回復してきたのにぶり返してしまう。
「僕は栄養補給したらまた寝るから……って君たち病人を労わる気ある?」
先ほど出した栄養補助食品に手を伸ばしたところ、その手を払いのけられた。
「ごめんって、見た感じお昼まだなんでしょ? 作ってあげるわ」
二乃が珍しく優しい。いつもの女王様はどうした?
「……済まない感謝する。冷蔵庫には何もなくてね。助かる」
「ほんとですね。お茶しか入ってないじゃないですか」
「……君たちの朝ごはんを作った日に無くなったんだよ。それ以来買いにまだ行ってない」
自分の勉強とかで忙しかったんだよ。白羽
「それにカップラーメンあるから飢え死にはしないさ」
カップラーメンは2分が美味しい。残りのスープに米を入れればさらに満腹感を得られる。つまり一度で二度おいしいと言うことだ。
「むむっ、それって私たちのせいじゃないですか…」
「それは気にするな僕が好きでやった事だ」
むしろ綺麗に無くなったからどことなく嬉しく思ったぞ。
「……まったく、なら尚更看病しなきゃいけなくなったじゃない、はい」
「……?」
はいって…手の平を差し出されたが、何のことか分からず、黙ってその手を握った。握手かな?
取り敢えず上下に振っておく。その手を五月が見つめ、交互に二乃を見る。
「…えっと、二人共何してるんですか?」
「って違うわよバカっ! 誰が握手してって言ったのよ! お金よお金! ご飯買ってきてあげるから!」
「……ああごめんごめん。ちゃんとお金って言ってよ。あそこの通学用リュックに財布あるから勝手に持って行って」
大人しく手を離しリュックを指さし、リビングに敷いた布団に潜り込む。
「じゃあ僕は寝るから」
寝床に横になっていると自然と力が抜けていく。このまま眠れそうだなと思っていると、僕の手に何か触れる感触がした。原因が何かと視線を向けると五月が手を握っていた。
「……どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
「……じゃあなんで手をにぎにぎするの?」
「……こうすると安心すると思いまして。お母さんもよくこうしてくれました」
「……そっか」
「……なんで自室で寝ないんですか?」
「リビングで寝ればトイレも近いし、飲み物も取りに行けるから。それに階段降りてる時に転んだら怖いからね」
いつもは自室で寝てるよ。と伝えたところで二乃が話しかけてきた。
「じゃあ五月、看病頼んだわよ」
「任してください! きちんと看病します!」
「大声出さないの。体に響くでしょ」
ふんす、と鼻息荒く意気込む五月だが、看病にそこまでやる気を見せられても困る。というか、早く行け。
いつも一人だから、少しうるさいくらいがこの部屋には調度良いのかもしれない。二人の声を耳にしながら瞼が下りてしまいそうだ。
がちゃり、と二乃が外へ出ていくところで声を掛けた。
「二乃」
「何よ?」
「……気ぃつけろよ」
「……誰に物言ってるのかしら。病人は大人しく看病されていなさい……おいしいの作ってあげるから待ってなさいよ」
どこか楽しそうな雰囲気を出しながら、二乃は手を振って静かにドアを閉じた。
「……ところで五月、他の姉妹はどうした?」
一筋の汗が頬を伝う感触に煩わしさを感じながらも尋ねる。仲の良い姉妹の事だからだれか行くと言い出せばみんな来ると思ってたんだけど……。
「……えっと、一花は仕事、四葉は陸上部の所に行きました。三玖はじゃんけんに負けたので置いて来ました。でもみんな心配していましたよ。早く元気になってくださいね」
……汗拭いますね、と五月は布団の横に置いておいたタオルで汗ばんだ額を拭ってくれた。
風邪移っても知らないぞ……馬鹿は風邪ひかないを体現したいのかまったく。
「……うんそうだね。元気にならないと勉強教えられないし」
「……別に風邪を引いたままでもいいんですよ」
五月は目を逸らしながらそう言った。まだ勉強に苦手意識があるのかよ……。
「……はぁ、尚更元気にならないと……まぁいい少し寝る。退屈だと思うから部屋を物色するなり、そこに置いてある電子ピアノを弾くなり、鳩たちに餌をやるなりしてくれ」
「……警戒心どこにやったんですか……?」
眠気が強くなり、五月の疑問には答えず目を閉じる。
「……あの」
「どうした?」
「ずっと黙ったままだと、なんか気まずいので……何か話しませんか?」
「さっきも言ったけど僕病人。労る気ある? ……まあいいけどさ………今日はいい天気だね」
まぶたを開きジト目を送り、当たり障りのない話題を振る。
「えぇそうですね。お日様が気持ちいいです」
会話のワンラリーを終えた雪斗は、まるで『役目は果たした』と言わんばかりに黙り込み、再びまぶたを閉じる。
「……」
「……」
訪れるは、再びの沈黙。
「……あの、ここからどうやって話を広げるんでしょうか? もしかしなくても、私と話を続ける気ないですよね?」
「バレたか」
「くっ、なんかムカつきます……! あっさり認めるところが、三割増しでムカつきます! 病人でなければ叩いていたところです!」
「すまない。正直あまりこういう『普通の会話』は得意じゃないんだ。よかったらお手本を見せてほしいな~」
目的のある会話だったらいくらでも話せるんだけど、今のような完全にプライベートの雑談――『なんの目的もない雑談』は、少し不得手とするところなんだよね。
「それじゃ……趣味は何ですか?」
「……まるでお見合いのようだね。僕の言えた義理ではないが、話題としては『天気』並のチョイスだと思うよ?」
「いつになく白羽君が冷たいです! いつもののほほんとした白羽君はどこに行ったのですか!? ……今まで姉たちと一緒に過ごしていたので、あまり男の人と話したことがないんです! だから、その……ご趣味は!?」
「その話題は続けるのか……」
そもそも僕の趣味位知ってるだろ。
そうして二人は散発的に会話を交わしながら、なんともぎこちない時間を過ごすのであった。
「……ねぇ、五月」
「はい何でしょう?」
「さっきから気になってたんだけど……。口の端に海苔がついてるよ」
「~~ッ!? そ、そういうことは、もっと早く教えて下さい! お昼ごはんのおにぎりでしょうか……?」
なんやかんや言いつつも手に温かい感触が宿る。
この感じ……とても懐かしい。……たしか…僕が風邪を引いた彼女を寝かしつけていたんだっけ。
私にさんざん言ってきたくせにちゃんと体調管理しないからだと、笑われてしまっただろうか。
今はもう感じることのないあの温もりは、形を変えて手の平から零れずにいてくれた。
美味しい朝ごはん兼お昼ごはんを頂き、渡された風邪薬を飲んでからは再び休ませてもらった。
せっかく来てくれた二人におもてなしをすることは叶わなかったが、ぐっすり眠れたお陰でだいぶ楽になった。薬が効いたのだろう。
微睡む視界を開けて凝り固まった体を起こすと、窓の外は真っ暗だった。
……今日は一日中寝てたな……でもそんな日もあってもいいか。
スマホで時刻を確認すると20時過ぎだった。
流石に寝すぎたかと思い体を起こす。
「ごめん流石に寝すぎたね」
音量を最小限に絞ったテレビを眺めていた二人に声を掛ける。
「いえ、お世話になってますしこれくらいは……」
こちらを振り向いた五月の肩にはイケ鳩さんが乗っていた。……やっぱりなつかれていたか。
「何度か起こそうと声かけたんだけどアンタ起きなかったわよ……もしかしたら風邪薬のせいかしら? 熟睡してたわよ」
「風邪薬ってここまで良く効くんだね。……なわけあるか、もしかして盛った?」
僕は寝起きが良いと自負している。なのにまだ頭がはっきりしない。
「ええっ!? 二乃じゃないんですから盛るわけないじゃないですか!」
「だよな……流石に薬を盛るなんて酷い真似はしないよな」
風邪気味とはいえ、あまりにも深い眠りについた不自然からつい五月に聞いてしまった。
容疑が晴れたことで安堵を漏らす五月の横で、おもむろに二乃は立ち上がって台所のゴミ箱へ向かっていった。ゴミを捨てるにはあまりにも不自然な大股と素早さで。
そして大きく振り上げた何かをゴミ箱の中に叩きつけ、まだ入る余裕のあるゴミ袋をギチギチにきつく閉じていた。
僕と五月と並んでその奇行の一部始終を諦観している。
「あ、明日は可燃ゴミの日だったかしらー? 病人に代わって捨ててきてあげるわ」
「……」
「……」
「な、何よその目は! 私が何をしたと言うのかしら? 証拠も何もないじゃない」
「絶対そのゴミ袋にあるだろ証拠は」
「ゴミを漁るなんてやめたほうが良いわよ。貧乏くさいし」
「……それと燃えるごみは昨日だ。明日は不燃ごみの日。二乃、ちょっとその袋よこせ。おまえ絶対に盛ったろ」
逃げようとする二乃の手からゴミ袋を回収し開く。すると中に錠剤が見えた。錠剤を取り出すことはせずに顔を二乃に向け見つけたことを伝える。
「………白くて小さい物を見つけたぞ」
「アタシの御蔭でよく眠れたんだからいいでしょ!」
「……僕は白くて小さい物を見つけたとしか言ってないんだけど……」
「あ」
「二乃……まさか本当に盛ってるなんて……」
どうやら睡眠薬を昼食に紛れさせたようだ。2回目の睡眠薬になってしまった……。
「……僕の事を思っての事だから今回は見逃す。睡眠薬に限らない話だが、薬はその人に合った量や成分が含まれている。だから誤薬ってのは命に関わるから二度とやるなよ」
「……ごめんなさい」
真剣な顔持ちで二乃を正面から見つめ注意を促した。
「……次やったら宿題倍な」
「お手柔らかに……」
二乃の心から反省している様子を見てつい妥協してしまった。
小さな雷を落とすことになったが、良い一日を過ごせたのは彼女らの御蔭だろう。……口には決して出さないけどね。
2分でカップラーメンを食べようと思っても、待つ間にスマホをいじっているから結局5分位経っちゃうんですよね。