五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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 インターネットが機能せず、ギガを消費しながら書いてました。………大家さ~ん? お宅の物件のインターネット回線はどうなっているのかしら? これ何度目になるとお思い?




第50話 復活のU

試験から4日後、結果が返却され、雪斗と姉妹たちはリビングで互いの結果を見ていた。

 

一花:赤点:国語 社会

二乃:赤点:国語 数学 社会

三玖:赤点:英語

四葉:赤点:数学 理科 英語

五月:赤点:数学 社会

 

「これは酷いですね」

「あんなに勉強したのに」

「二乃元気出して」

「アンタは自分の心配しなさいよ」

「今日は期末の復習からだね」

 

「だな、じゃぁ早速始めようか。みんなの解答見して」

 

 そう言って解答用紙を貰う前にインターホンが鳴った。

 

「む、ちょっと見てくるね」

 

 僕が一番インターホンに近かったので、誰だろうと確認しに行く。

 

「? この人林間学校の時の運転手さんじゃない?」

 

 表示された顔を見れば、林間学校の時に送ってもらった人がいた。

 

「この人……江端さんだよ」

 

 僕の後ろをついてきた三玖が教えてくれた。

 

 なるほど………江端さんって言うんだ。へ~。

 

「……あれ? 僕居ない方がいいんじゃね? 戦略的撤退するわ」

 

 正規雇用されてないから何か言われるかもしれん。そう思い立った僕は荷物と靴を手に持ち、ベランダに逃げ出した。 

 

「みんな今日は帰るね。もしかしたら何か言われるかもしれないしまた明日」

 

 一花がインターホン越しに対応して時間を稼いでいる内に五つ子たちに謝罪し、ベランダから姿を消す。

 

「……そこまで警戒しなくても良いと思いますけど…」

 

「……転ばぬ先の杖」

 

「まっしょうがないわね」

 

 三者三様の反応を示し雪斗が姿を消した後、五月が江端さんを部屋に招き入れる。

 

「失礼いたします、お嬢様方」

 

「初めてですね江端さんがここに来るなんて」

 

「今日はお父さんの運転手お休み?」

 

「江端さんはどうしていらしたのですか?」

 

「本日は臨時家庭教師として参りました」

 

「…………」

 

「えー! 上杉さん来ないんですかー!?」

 

 一瞬の沈黙の後四葉が弾けたように言う。

 

「そ、そうなんだ」

「江端さん教員免許持ってるもんね」

「アイツサボったのかしら」

「体調でも崩したのでしょうか」

 

 なぜ来れないのかを議論していたところに江端さんが口を挟んだ。

 

「……………お嬢様方にはお伝えすることがございます。上杉風太郎様は家庭教師をお辞めになられました」

 

「え?」

 

 誰が溢したのか分からないくらいの小さな声は姉妹たちの困惑を表していた。

 

「新しい家庭教師が見つかるまで私が臨時として勤めさせて」

 

「待って、待って」

 

「こんな時に冗談辞めてよー」

 

「……事実でございます。旦那様から連絡がありまして、先日を以て上杉様の契約を解除したと」

 

「本当なの……?」

 

「左様でございます」 

 

「え……つまり、フータロー君はもう来ないの?」

 

 一花の問いに改めて江幡さんは無言で静かに頷いた。場の空気はさっきとは打って変わって重苦しいものに変わっていた。

 

「嘘……」

 

「やっぱり……赤点の条件は生きてたんだ」

 

「二乃、どういうこと?」

 

「試験の結果のせいよ。パパに言われてたんだわ。条件は無いって言ってたくせに」

 

「今回旦那様はノルマを課しておりません。上杉様はご自分からお辞めになったそうです」

 

「自分からって……上杉さん、どうして……」

 

「急にそんな事言われても納得いきません。彼を呼んで直接話を聞きます」

 

 そう言って五月はスマホを取り出す。だがそれを江端さんは制した。

 

「申し訳ありませんがそれは叶いません。上杉様のこの家への侵入を一切禁ずる。旦那様よりそう承っております」

 

「……私が確かめてくる」

 

 そう三玖が言い玄関へ足を進めようとすると江端さんが立ち塞がった。

 

「! 江端さん通して」

 

「なりません。臨時とはいえ私は家庭教師として来ています。最低限の教育を受けて頂かない限りここは通しません」

 

「ぐぐ……江端さんの頭でっかち!」

 

「ホホホ、何とでも言いなされ」

 

 意地でも通さない様子の江端さんに四葉はせめてもの抵抗を示したが、効果は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江端さんからの課題を進めながら姉妹たちは話し合っていた。

 

「ユキト君が今日帰ったのは幸いだったね」

 

「そうですね。来ていたのを見られたら本当に一悶着あったかもしれません」

 

「全く、あいつどういうつもりよ」

 

「上杉さんが自分から辞めただなんて信じられないよ」

 

「本人の口からちゃんと聞かないとね。誰か終わった?」

 

「私はもうすぐです」

 

「私も」

 

「この問題結構簡単だよ。小テストのつもりだからかな?」

 

「そうね。前の私たちなら危うかったでしょうね。自分でも不思議なほど問題が解ける……悔しいけど、全部あいつらのおかげだわ」

 

 失くした彼の存在が大きかったことに今更気づき惜しむ姉妹たち。そして順調に進んでいくが、

 

「あと1問……あと1問なのに……!」

 

「私もあとは最後だけです……」

 

「それくらいの問題も解けないと、このままだと特別授業に変更しますよ」

 

 刻一刻と時間が迫り焦り始める姉妹たち。

 

「こ、これ前にやったよね?」

 

「うーん……」

 

「なんだっけなー」

 

「…………………………」

 

 最後の問題で姉妹たちが頭を悩ませる中、五月が意を決したように言葉を切り出した。

 

「あの……カンニングペーパーを見ませんか? 全員筆入れに隠してた筈ですが……」

 

「「「「「!」」」」」

 

 何かと真面目な五月から不正行為をしようとなど提案をすることに驚く姉妹たち。

 

「え、でも……良いのかな……」

 

「今は有事です。なりふり構ってられません」

 

「五月が上杉さんみたい!」

 

「あんた変わったわね……」

 

 そう呟きながら二乃はチラリと江端さんを見ると、ちょうど江端さんはキッチンのほうに向かった。

 

 居なくなった今がチャンス! と五月はカンニングペーパーを開けるが、すぐに眉を顰めた。

 

「あれ?」

 

「どうしたの、五月?」

 

「何と言うか……私のはミスがあったみたいです」

 

「じゃあ、私の使おう」

 

 一花が自分のカンニングペーパーを開ける。が

 

『安易に答えを得ようとは愚か者め』

 

 そこに記載されてたのは答えなどではなく、その一言だけだった。

 

「……上杉のやつ、初めからカンニングさせるつもりなかったのね」

 

「フータローらしい」

 

「待って。何か続きが書いてある……②?」

 

「②……ってことは私のかしら?」

 

 次に二乃がカンニングペーパー開く。 

 

『カンニングする生徒になんて教えてられるか→③』

 

「……っ、あんたが言い出したことじゃない」

 

「……次は私」

 

 三玖の方には、

 

『これからは自分の手でつかみ取れ→④』

 

 そして四葉、

 

『やっと地獄の激務から解放されてせいせいするぜ→⑤』

 

「……あはは。やっぱり上杉さん、辞めたかったのかな?」

 

「私たちが相手だったんだもん当然よね」

 

「……最後は五月だけど」

 

「……五月ちゃん?」

 

 黙っていた五月はゆっくりと最後の文を読み上げた。

 

『だがそこそこ楽しい地獄だった。じゃあな』

 

「「「「「……………………」」」」」

 

「……私、まだ上杉さんにも沢山教えて貰いたいよ……」

 

「私も、ユキトだけじゃなくて、フータローからも……」

 

「けど、あいつはもうここに来られない。どうしようもないわ」

 

 諦めかけていた姉妹たちを見て一花が口を開いた。

 

「……みんなに私から提案がある。また7人で勉強できる案が。耳を貸して」

 

 

 

 

「一花、本気?」

 

「うん、前から考えてたんだけど、どうかな?」

 

 一花が姉妹に目を向けると一瞬の逡巡の後に一斉に頷いた姉妹たち。好みはばらばらだけどこの考えにはみんな賛成らしい。

 

 そして5人は立ち上がると丁度お茶を持ってキッチンから出てきた江端さんの前へ。

 

「おや、どうなされました?」

 

「江端さんもお願い。協力して欲しい事がある」

 

「!」

 

 江端さんの目に映っていたのはかつての何もかも一緒の子どもだった五つ子ではなく、決意を瞳に浮かべ、大きくなった5人の姿だった。

 

「─────大きくなられましたな」

 

 もうあの頃の子どもではなくなったことに成長を感じ江端さんは微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 別の家庭教師の日

 

 前回は撤退したが今回はいないだろうと意気揚々と中野家にやってきた僕は、リビングに足を踏み入れた瞬間に質問攻めに遭っていた。

 

「ユキト君はフータロー君のこと知ってたの?」

「さっさと吐きなさい!」

「教えて」

「白羽さん! 教えてください!」

「みんな落ち着いてください!」

 

 五月の御蔭で何とか抜け出し、説明しようと口を開く。

 

「えーっとね、試験日当日にマルオさんに電話してたんだよ。もう辞めるって」

 

「なんで止めなかったんですか!?」

 

「上杉もいろいろ悩んだ末にそう決断したんだ。君たちの事を思って辞めたんだ。だからこそ止められなかった……」

 

 同じ家庭教師として頑張ってきたのに関わらず、僕には何の相談も無かったけどね。

 

 あの時、上杉を横目で見ながら、僕は上杉を引き留める言葉を必死で探したけれど、上杉に何を言っても無駄な気がした。何を伝えても届かないと思った。だって、どこか肩の荷が下りたようなスッキリな顔をしていたから。

 

「まあだからと言ってこのまま上杉なしではいかないけどね。必ず連れ戻す」

 

 今は見逃してやるが、直ぐに捕まえてやる。束の間の休息を存分に味わっておくが良い。隙を見せたらすぐにでも連れ戻すからな。

 

「そうですね。必ず連れ戻しましまょう!」

 

「じゃあ話はこれで終わりな。早速テストの振り返りと行こう」

 

 手をパンと鳴らし、話を切り上げる。

 

「えー! このまま話そうよ~」

 

「ダメ。……でもみんなが早く終わらせればその時間でも取ろうか。ということでみんなのテスト結果を見せて。前回は生憎と見れなかったしね」

 

 勉強を嫌がっているようでしか聞こえないぞ一花よ。

 

「ちょっとくらいいじゃない……はい。私はこんな感じだよ」

 

 一花をきっかけに次々と渡される結果を見てやはりというか、残念だなと思う。

 

「…………うん、大体分かった。みんな頑張ったね。最初に比べればすごい進歩だ。三玖は赤点が英語だけだけだから次のテストでは赤点回避できるだろう。社会が70点とは素晴らしい。今回のテストは少しひねくれている問題があったが、そこも取れているとは、もう社会については心配いらなそうだな。これからも期待している」

 

「うん。頑張った。こんなにいい点数取れたの初めてだよ。ありがとう」

 

 三玖は口元をゆるりと弧を描きながら感謝を述べてきた。

 

「ああ、だが慢心はするなよ。次は一花だな。社会はあと1問。国語はあと大体5問位かな? 採れていれば赤点回避だったな。もう赤点回避は目前だこのままガンバレ!」

 

「あちゃ~、ケアレスミスかなー。気をつけるね!」

 

 一花は笑顔を見せながら嬉しそうに言った。

 

「次は五月か。数学はおそらく部分点が足りずに赤点になってしまった感じかな。プリントを見る感じ、式の展開は悪くないが、説明がいまいちだ。そこが今回の赤点の理由だな。社会は………うん。暗記不足だな。大方一度暗記できたからという理由でもう一度確認しなかったな。そこが原因だ。……だがよくやった」

 

「うぅ、何も言い返せません。今度はきちんと暗記できているか確認してから次に行きます」

 

 五月は図星を指されて赤くなった。

 

「さて、次は四葉だな。「はい!」……元気でよろしいが、正直なんも言えねえ。社会がギリギリ赤点回避。見たところサービスされてるな。誤字ってるのに点を貰ってやがる」

 

「普段の行いのお陰ですね!」

 

 普段の行いがテストに反映されるんだったら四葉は満点だろうな。

 

「……それで理科は走りながら問題出したところが出たな。そこが取れているのは良かった。英語は赤点回避目前,数学は……うん、これから頑張ろうな」

 

 呆れながら四葉にプリントを返すと、四葉は頑張ります! と笑っていた。呑気な奴め。

 

「二乃は~っと、う~~ん。途中で抜け出したのにどうして四葉より点数高いんだ?」

 

 素朴な疑問を感じたが、まぁそういう事もあるだろう。だって五つ子だし……。

 

「そして英語と理科が赤点回避か。ちょっと意外。社会はこのままいけば赤点回避できるだろう。数学は公式までは合っているが、その先の解き方が違うな。勉強していると解き方が混ざってしまう時がある。それが出てしまった感じだな。でもそれが出るということは真剣に取り組んだ証だ。頑張ったな」

 

「ホント、頑張ったんだからもっと褒めなさい!」

 

 腰に手を当ててふんぞり返る二乃に、白けた目を送りつつ、二の句を告げる。

 

「国語は………そうだな。出題された文章が恋物語のロマンチックな奴だから感動して満足しちゃったとかいう理由じゃないだろうな? 『筆者の気持ちを書け』の問い、満点じゃねえか。すごいな。古文漢文が弱いからこれからはそこを重点的に教えよう」 

 

「別に感動してもいいでしょ!」

 

 ええぇー? 本当に感動してペンが止まった感じだったか。これっきりにしてよね。

 

「そう言う雪斗はどうなのよ!」

 

「僕? 勿論満点。ただ危なかったあー。思い出すのが遅れてたら満点逃す所だったよ~」

 

「白羽さんよく学年1位取れましたね。私のせいで取れないかと思って不安で一杯でした」

 

「夜中まで勉強した甲斐があった。と言ってもこれで学年1位逃しても四葉のせいじゃないって前も言ったろ? 気にしなくていいよ。それより早速テストの振り返りだ! 座れい!」

 

 大人しく勉強の支度をする姉妹たちを見て嬉しく思う。最初は嫌っていた二乃が勉強するなんて信じられんよ。……上杉よ。早く戻ってこい。そうしないと僕がみんなを笑顔で卒業させてしまうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日は流れ12月24日。

 

「メリークリスマス! ケーキはいかがですかー?」

 

 上杉はサンタの格好に身を包み、寒い中店の外で道行く人に声を掛ける。

 

「すいませーん」

 

「はい!」

 

「ケーキ1ホール下さい」

 

 ……とりあえず中に入らん?

 

 

 

 

 

 

 

「お水で~す」

 

 水を持ってきた上杉氏。

 

「あんがと……おかわり頂戴」

 

 貰った水をすぐに飲み干し、空のコップを上杉に渡す。

 

「自分で注げ」

 

 そう言って上杉はピッチャーごと渡してきた。

 

 この店員感じ悪~い! 店長に告げ口すっぞ。

 

「わー、上杉さん本当にここで働いてるんですね!」

 

「クリスマスイブなのに偉いねー」

 

「というか寂しい」

 

「ケーキまだ?」

 

「すみません、ケーキの配達ってできますか?」 

 

「はぁ!? 配達なんてうちはやってな「ああ、そんなことなら構わないよ」店長!?」

 

 五月の提案を断ろうとした上杉に、お店の奥の方から出てきた店長が言葉を被せて了承してくれた。

 

「もう店も閉める。こっちはいいから、友だちの方に行ってあげなよ。上杉君。メリークリスマス!」

 

 パチーンとウインクをかます店長。

 

(ここのバイトも、辞めようかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が降る街に再び出て、姉妹の家に向かう。

 

「なあ、一つ聞いていい? ずっと気になってたんだけどさ。なんでサンタさんの格好してるの? バイト終わったんだから着替えればよかったじゃないか」

 

 上杉のプラプラと左右に揺れる帽子の先端をいじりながら言った。

 

「しょうがねえだろ。店長が待たせちゃだめだよって言って追い出してきたんだから」

 

「ふ~ん。ドンマイ」

 

 端から見れば、七人の中で唯一コスプレしてるからなんか舞い上がってる人に見えそう。

 

「聞いてきたくせに淡白だな……ん? おい、お前らの家はこっちじゃ」

 

「違うよー」

「こっちです!」

 

(こいつらわざと遠回りしてるな……)

 

 仕方なく、上杉も着いて行く。

 

 

 

 上杉は橋を渡りきったところで声を掛ける。

 

「黙って辞めたことは悪かった。だがお前たちには申し訳ないが俺は家庭教師に戻れねえ」

 

「……この人が私たちの新しい家庭教師です」

 

 どこからともなく五月が一枚の紙を渡してきた。

 

「……へぇ、意外と早く決まったんだな。ふーん東京の大学出身で元教師ね。優秀そうでよかったじゃないか。見た目は怪しいが。きっとこの人はお前たちを卒業まで導いてくれるだろう」

 

 そう口は言っても頭を占めるのはこの家庭教師の周りに集まり笑顔でいる姉妹たち。そんなことを思い浮かべると自然と紙を持つ手に力が入った。

 

「あんた、ほんとにこれで良いわけ? 5人揃って笑顔で卒業させるって言ったのに、その約束を破る気? 口だけだったの?」

 

 そうだそうだー! 二乃もっと言ったれ!!

 

「俺は二度のチャンスをふいにしてしまった。きっとお前たちの事を考えられる教師なら話は違ったはずだ。俺が出来なかったのなら、もうプロに任せるのが一番だと判断したんだ……これ以上、俺の身勝手にお前らを」

 

「そうね。あんたらはずっと身勝手だったわ。したくもない勉強をさせられて、必死に単語や公式を暗記して……でも、勉強して問題が解けるようになったら嬉しくなっちゃって。……こうなったのは全部あんたらのせいよ」

 

 一息置いて二乃は大きく上杉に発破をかける。

 

「最後までこいつと身勝手でいなさいよ! 謙虚なあんたなんて気持ち悪くて見てられないわ!」

 

 身勝手で悪かったな。こう見えても考えて動いていたんだぞ。ほとんどが骨折り損のくたびれ儲けだけどな。

 

「だが俺はもう戻れない。家に入ることも禁じられているんだ」

 

「それについては大丈夫だよ! ケーキの配達ご苦労様」

 

「……え? いや、お前らの家はまだ先じゃ」

 

「ここだよ。ここが私達の新しい家」

 

 高層マンションとは似ても似つかない、古びたアパートを指差しながら一花はそう告げた。

 

「私が借りたんだ。それなりに稼いでるからね! といっても未成年だから契約は別の人に頼んだけどね。お父さんにも事後報告だけどもう言ったから」

 

「これでもう障害は無くなりました」

 

「……嘘だろ。たったそれだけのためにあの家を手放したのか……? 馬鹿か! 今すぐ前の家に戻れ! こんなの間違ってる!」

 

「私たちは上杉君、白羽君に教えてもらいたいのです。 そのためにはあのマンションを手放したって構いません!」

 

「前に言いましたよね上杉さん。大切なのはどこにいるかではなくてみんなで居ることなんです。場所なんて関係ありません!」

 

 四葉は懐から5枚のカードキーを取り出し、言い終わると同時に川に向かって放り投げた。

 

「っ、あれはマンションのカードキー、やりやがった!」

 

 宙に浮かぶ五枚のカードキーに目を奪われていると、上杉は足を滑らせ川に落ち始めた。そしてそれを追いかける姉妹たち。

 

 え? まさか飛び込むの? 違うよね端で止まるよね? そう思っていたが、姉妹たちは止まる気配はなく、川に飛び込んだ。あら~。

 

 

 ドパンと大きな水しぶきが上がった

 

「フータロー大丈夫?」

「全員で飛び込んでどうするんですか!?」

 

「お前ら……」

 

「フータロー、たった二回で諦めないでほしい。私たちなら今度こそ出来る。成功は失敗の先にある、でしょ?」

 

「そうだぞ上杉。三玖がここまで言ってんだ。素直になれ」

 

 そう言って僕は水面に着地した。

 

「「は?」」

 

「なんで浮いてるの?」

 

「忍びなら水面に立てて当たり前だぜ? 水面歩行の業はチャク〇コントロールの基本だ」

 

 にんにん! とか言ってると二乃が溺れかけていた。にんにんしてる場合じゃねぇ。

 

「上杉、二乃を僕の所に連れてきて! 早く!」

 

 上杉は僕が言い終わる前に二乃の所まで泳いで、「掴んでいろ」と言った。そのままゆっくり僕の足元まで来て二乃を差し出してきた。

 

「ナイス上杉。それじゃあ二乃、上に戻るぞ」

 

「う、うん」

 

 どことなくしおらしい二乃を不審に思いつつ二乃を背負い、僕の腰から伸びているワイヤーを巻き取って頭上にある橋の上に戻った。

 

「二乃大丈夫?」

 

「ええ、服が重くて泳げなくなってたからもう大丈夫よ。っていうかアンタ暖かいわね」

 

「体中にカイロを貼ってるからね。寒さはマジシャンの天敵なので。あと僕が寒さに弱いから」

 

 寒すぎると冬眠しちゃう。

 

「あっそ」

 

 二乃はいつも通りの冷たい感じなので問題なさそうだ、念のため背負ったまま上杉たちの所に向かう。

 

 

「さて上杉。お前はどうする?」

 

 川から上がり、乱れた息を整えている上杉に問いかける。

 

「………何だかお前らの事を配慮するのも馬鹿馬鹿しくなった。折角お前らの事を思って家庭教師を辞めたのにな。だから、俺もやりたいようにやらせてもらう。俺の身勝手に最後まで付き合えよ!」

 

 上杉復活! これで僕の苦労が減るな。

 

「よーし、家庭教師のお祝いを兼ねて皆でケーキを食べよう!」

 

「俺も良いのか?」

「僕も?」

 

「勿論です!」

 

「ありがとう……でも僕たちが食べるとなると五等分できなくなるぞー?」

 

 その言葉に5人は顔を見合わせ、そして弾けたように笑った。

 

 




 アパートのすぐ近くに橋があるので、そこからワイヤーを体に括り付け、降下して、水面に立っているかのように見せていました。

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