五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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 スパイダーマンのノー・ウェイ・ホームを見てきました。
 アベンジャーズの作品(インフィニティ・ウォー、エンドゲーム)とスパイダーマンの過去の作品を見たほうが共感できるシーンが増えますね。見ておいてよかった。
 悪く言えば完全マニア向きかも……。


第53話 今日はお疲れ その②

「ふう、よろしくお願いしま~す」

 

 一花は雪斗とばっちり目が合ったが、一息入れて仕事仲間の方に向かう。

 あ、見なかったことにしたな。僕の掲げたこの手はどうしてくれる。まあいい。邪魔にならないように上杉の所にでも居よう。

 

 と言う訳で、上杉と一緒に少し遠くから一花たち映画関係者が打ち合わせしているのを眺める。レフ版でかいな~。気をつけないとぶつけそう。あ、ぶつけた。

 ぶつけてしばかれている男の人を新人なのかなと、ポケ~と眺めながら上杉と店長の会話に耳を傾ける。

 

「それにしても、冬休みの客入れ時に撮影なんてよく許可しましたね」

 

 冬休みってよく売れるんだ。なんで? クリスマスの日位だと思ってたんだけど。

 

「この頃、向かいの糞パン屋にお客を取られていてね。もしこの映画が大ヒットすれば聖地としてファンが押し寄せるに違いないよ」

 

 くっくっく、とまるで魔王みたいな笑い方をする店長に少し寒気がする。そんなに向かいのパン屋さんを目の敵にしてるんだ……。

 

「……取り敢えず撮影で使うパイに店名の入ったピックを差し込むんだ。上杉君も積極的にアピールするんだぞ。上杉君の友達も手伝ってくれ」

 

 店長はテーブルに撮影で使うであろうケーキを並べ、ピックを差し込み始めた。

 なんだろう。店長から溢れ出るハングリー精神のせいで、何か変な儀式をしているように見えてきた。

 

「分かりました。是非手伝わせてください。あと名前は雪斗と申します」

 

 無理言って居させてもらってるからそれ位なら手伝います。

 

「映画公開が楽しみだ……イッヒッヒッヒ」

 

 あ、やっぱり儀式だったかもしれん。

 早くも手伝うことを後悔しつつ、いそいそと上杉と同じような服装に着替えて準備万端。

 しばらく経つとあちらさんの準備が終わったのか、それぞれが定位置に着いたのが分かった。

 

「それではシーン37の4。アクション!」

 

 小気味よくカチンコの音が店内に響き渡った。それと同時にこの店は憩いの場ではなく、全く別の職種の現場に変貌していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここのケーキ屋さん一度来てみたかったのです~」

 

 一花は自身の頬を人差し指で突っつきながら、間延びした声で言う。

 …………? なにこれ?

 

「なんの映画だ、これ」

 

 良かった。疑問に思ったのは僕だけじゃないみたいだ。

 

「ホラーって聞いてたけど」

 

 僕と上杉の疑問に店長が答えてくれた。

 

「へ~。じゃあまだ怖い部分はこれから撮るのかな?」 

 

 ……でも血が出てくるようなシーンを撮るんだったら、明らかにここは場違いだよな……ってことは日常のシーンを撮るだけかな? ちょっぴり残念。血糊とか再現できそうなものは見てみたかったんだが……。

 

 

―――………

 

 

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないよ!」 

 

「それ呪いのリプライだよ!」

 

「送られると死んじゃうっていう…………」

 

 タマコのスマホには都市伝説で有名なメールがあったようだ。

 

「う~ん。タマコには難しくて、よく分からないのです~。それよりケーキを食べるのです~」」

 

 都市伝説なんて眉唾なもの信じる気はないが、こうして目にし、なまじそれが友人の生死を握っているとなると不安でしょうがない。だからこうして学校帰りに対策を練ろうとこの店にまでやって来たというのに……この能天気といったら……。自分の命よりケーキを優先か……。

 友人A、B、Cは真剣に考えている我が身にもなって欲しいと、ため息をつきそうになるがぐっとこらえ、緊張感の欠片もないタマコに対して意識するよう説得する。

 

 

―――………

 

 

「これ配役間違ってるだろ…………」

 

 上杉は眉間を押さえてぼそっと呟く。激しく同意。

 

「中々面白い配役をしてるね。笑いを耐えるのに必死なんだけど」

 

 雪斗は笑いを堪えつつ、頭は冷静に一花の印象を捉え始める。

 冷静に考えれば、僕たちが一花の配役を間違えてると思った理由は、あんな間抜けで天然で馬鹿そうな特徴の“タマコ”と、一花の特徴とは正反対だと捉えているからだ。それなのに一花は僕らにタマコの特徴を印象付けた。つまり見事に演じ切っていると言える。

 ケーキを食いそびれてしまったが来てよかった。

 

「間違ってないよ。一花ちゃんは幅広い役を演じられる女優だと私は信じているよ」

 

 上杉との会話にどこかで聞いたことのある声が混じって来た。

 ………幻聴かな?

 

「やあ久しぶりだね。Chu」

 

 声の主を見れば、目が合った瞬間に投げキッスを飛ばしてくる。

 ああ、違かった。現実だった。

 こんなところで出会うとは微塵も考えていなかったが、話し掛けられた以上は答えるのが礼儀。そう思い大きく一歩離れて話しかける。

 

「そうですねお久しぶりですねこんにちわ社長さん菊ちゃんは元気ですか?」

 

 心なし早口で喋てしまった気がするが、気のせいだろう。

 

 

「カット!」

 

 社長さんが何か口にする前にカットの声が掛かり、場の緊張感が霧散していくのを感じる。

 そのまま何か話し始めた監督(?)とディレクター(?)とカメラマンを眺めていれば、一花がこちらに歩いてきた。

 

「ちょっと、2人とも来てもらえる?」

 

 一花がこちらに来るなりそう切り出してきた。

 

「「?」」

 

 良く分からんが取り敢えず人気のない所まで連れて来られると、ドン、と2人まとめて壁に手をつく。わ~。一花ったら大胆。

 

「どうした、タマコちゃん」

 

「『それよりケーキを食べるのです~』って中々面白い役してるじゃん。笑ってもいい?」

 

 したり顔で声真似をしていると、もとより赤かった一花の顔がより赤くなっていった。

 

「……………2人とも、恥ずかしいから見ないでもらえるかな?」

 

 友だちに女優業を見られるというのは、集中力を欠いてしまうほどに羞恥心を刺激するらしい。

 

「どうせ全国の映画館とかで見られるんだから別に良いでしょ」

 

 実際の女優さんとかは自分が出演した映画を見て恥ずかしいと思うのだろうか。キスシーンとかあるなら別なのかな? それともやっぱり慣れ?

 

「なら恥ずかしがるような役をやるなよ」

 

「みんなには誤魔化してるけど貯金が心許無くね。光熱費や食費って思ったより掛かるんだもん。だからどんな小さな仕事でも引き受けるって決めたの。……あの子たちのためにも私が頑張らなきゃ………だからやめろと言われても……」

 

 後半に向かうにつれて、顔は俯いていき、声も小さくなっていく。

 

「その努力を否定はしない。それに、家庭教師を続けるチャンスを作ってくれた一花には感謝してる」

 

 そんな元気がなくなっていく一花に、上杉は穏やかな声で話しかけた。

 

「フータロー君……」

 

 一花はまさかこんな時に感謝されると思わなかったため、俯いていた顔を上げ、目を丸くする。

 

「だがこの仕事、拘束の割に収入は少ないんじゃないのか? 少ないのなら女優業に拘らなくても良いと思うんだが。お前ならもっと器用にできるだろ」

 

 折角甘く痺れる雰囲気になったというのに、上杉は空気を読まず切り裂いていく。

 あ~あ、邪魔にいならないように僕は置物、僕は空気。と思い込んでいたのに……。

 

「……もう! いいから言うこと聞いて! でないとこの写真をばら撒くよ」

 

 良い雰囲気だったのは束の間で、一花はスマホを取り出し何かの写真を上杉に見せる。

 

「………あったなその写真」

 

 一花のスマホを覗き込んでみると夏祭りの時に撮ったのであろう写真が表示されていた。

 

「同級生に膝枕されてるぅぅ~!!」(裏声)

 

 きゃあきゃあ言ってると「お前は子どもか」と頭を叩かれた。ええやん、いつまでも少年の心は持っとくものだぞ。

 

「好きにしろ。今更寝顔どうこうで騒がねえよ」

 

 ばらまかれても痛くも痒くもないと宣う上杉に対し、一花は冷静にスマホを操作して二の句を継ぐ。

 

「じゃあみんなに送信しちゃお~……題名は、フータロー君が私の太ももですやすや眠っているところです。と」

 

 一花はどうやら上杉の羞恥心を煽る計画らしい。フリック音を鳴らしつつメールを作成していく。

 

「ちょっと待て止めてくれ」

 

 上杉は食い気味に一花の手を掴み、メールの削除を試みようとする。

 

「それは流石に恥ずかしいだろうな」

 

 まぁ僕には関係のない話だ。

 目の前でスマホを取り合う一花と上杉を眺めていれば、そのうち上杉は小さくため息をつき、条件を飲むという。

 

「分かった。これで取引は成功ね。みんなにも内緒。お姉さんとの約束だぞ?」

 

 一花は口元に人差し指を当て、しー、と微笑む。

 

「あ~い」

 

 暗がりから離れて撮影に戻っていく一花を見送る。

 頑張れぶりっ子役。

 

「撮影が始まるから僕たちも戻ろう」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

「うーん、美味しいのですー」

 

「ハイカット! いいねえ~。もうひとパターン撮っておこうか」

 

「はい!」

 

 

 僕らは再びお店の隅で撮影を眺める。

 

「なーにがお姉さんだ。あのぶりっ子姿をあいつらにも見せつけてやりたいぜ」

 

 上杉は先ほどからかわれたのを根に持っているのか、一花の姿を写真に収めていた。

 

「フフフフフフ………あー腹痛え。その写真僕にも頂戴」

 

 人を揶揄えるネタは僕も欲しいし、何より一花の頑張っている写真は貴重な気がする。

 

「こちらのパイ使わせて頂きますね」

 

「どうぞ」

 

 話し合っていた僕らの下にアシスタントさんがやって来て、アップルパイを持って行った。

 

 

 

「スタンバイ出来ました!」

 

 先ほどのアップルパイを一花の前に置いたアシスタントさんが叫ぶ。

 

「本番!」

 

 と、監督のカチンコが鳴らされる直前、僕は気づいた。

 

「……ねえねえ、あのパイ、ピックが刺さってないよね? いいの?」

 

 目を凝らしてみれば、ピックが刺さっていない。その事を上杉に尋ねれば、上杉は顔を青くした。

 

「まずい、あれは俺が作った失敗作だ」

 

 上杉の向ける視線の先には、ピックが刺さっているパイがあった。どうやら取り違えがあったらしい。

 

「……マジ?」

「マジだ」

 

 マジかよ!

 

 

「アクション!」

 

 

 

 止めようと動く前に始まってしまい。失敗作のパイが一花の口に吸い込まれていく。

 

 ああ終わった。……でも三玖位の出来栄えだから我慢してくれ!

 

 一花が咀嚼している様子を見てハラハラしながらも見守る。

 

 そしてその瞬間が訪れる。

 

「うーん、美味しいのです~」

 

 一花は不味さを微塵も出さない笑顔を浮かべた。まるでそのパイが本当に美味しいのかと勘違いしそうになるほどの輝かしい笑顔だった。

 

 すごいなあ。

 

 一花の努力が垣間見れた瞬間を見て、僕はその言葉しか思い浮かばなかった。もっと良い言葉があるはずなのに。ただその一言でしか言い表せなかった。

 

 

「いいねぇ!最高!」

 

 監督は台本を手のひらに打ち付けながら一花の演技を褒める。

 

「ありがとうございます!」

 

 その言葉を頂いた一花はぺこりと監督に頭を下げ、嬉しそうな顔をしている。

 監督の誉め言葉に心の中で頷いていると上杉が立ち上がった。

 

「どうしたの?」

 

「帰るんだよ。……仕事を変えろだなんて言えなくなっちまった。本当に困った生徒だ」

 

 上杉は前髪をいじりながらそう言い、足を外に向ける。

 

「そっか、じゃあ先にアパート行ってて。僕はもう少し見ていくよ」

 

 そのまま上杉がお店を出て行くのを見送り、休憩に入ったみたいなので一花に労いの言葉でも掛けようと店内を練り歩く。

 

「あれ? 何か落ちてる」

 

 ふと視線を下に向ければ、緑色の物が落ちていた。一先ず拾おうと屈み手を伸ばせば、勝手に撮影に使うものを触ってもいいのかという疑問が頭を過ぎる。

 でも、このままここにあって忘れたらそっちの方が困るだろうと思い、再び手を伸ばし椅子の下に落ちていた分厚い冊子を拾う。表紙を見れば『中野一花』と書いてあった。

 これは一花の台本か……相変わらずがさつだな。外ではよく出来た人だと思われるように振る舞っていると思っていたんだが、そうでもなさそうだ。それとも振る舞う必要がないほど心を許しているのか。……良い事だ。

 撮影現場には一花の姿は無かったので、一花を探しに人気がない待合室らしき場所に足を運んでみると、一花は勉強していた。……まぁそんな気もしていたが……。

 

 仕事を多くでもこなそうとするならどこで勉強の時間を取るか。その答えは休憩中でしかない。勿論アパートに帰ってきてからも勉強してるんだろうけど、それだと時間が足りないだろうし。答えは自ずと出る。

 一花の集中が切れないように静かに近づきノートに目をやると、一問一答形式の問題を解いていた。

 

「問5が間違ってるよ。その解答は『モントリオール議定書』だ。『京都議定書』じゃないよ」

 

 頭に台本を軽く載せて伝え、一花の隣に腰かける。

 モントリオール議定書はオゾン層を破壊する物質に関する議定書。京都議定書は気候変動枠組条約に関する議定書だ。どちらも地球環境に関するものだから、ごちゃ混ぜになっちゃう気持ちは分かる。

 

「!……あはは、見られちゃったか。こう言うのは陰でやってるのがカッコいいのに。見つけられちゃったら意味がないじゃん」

 

 一花はまるでかくれんぼをして鬼に見つかったかのように残念そうな顔をする。

 

「その気持ちは分からなくもないが、台本の台詞は覚えたのか?」

 

 拾った一花の台本を渡しながら尋ねれば、一花は自信気な表情で頷く。

 

「それは大丈夫。序盤で呪い殺されて死ぬから出番が少ないんだ」

 

 死ぬ役多くないか? そのうち死ぬ役で一花の右に出るものはいなくなっちゃいそう。

 

「……あらら、また序盤で死んじゃうのね。次の映画はもっと伸びるといいな」

 

 せめて終盤で死んでくれ。一花が居ない映画なんて見てもつまらん。

 

「そう言えば、ここのケーキ大丈夫なの? 何か個性的な味がしたんだけど……悪く言えば三玖の料理みたいな……」

 

 一花は口元を台本で隠しながら、僕の耳元で囁いた。

 だよな。やっぱ三玖の料理みたいだと思うよな。 

 

「それは上杉の作った奴だから。あれ以外は大丈夫だよ」

 

 店長もそのレベルだったらこの店潰れる。

 

「そうだ、さっきの演技すごかったよ。上杉も感動していた。成長したな。もう一端の女優だ。胸を張れるな」 

 

「!」

 

「近い将来CMにも抜擢されるようになるだろう。そしたら気兼ねなく話しかけられなくな……………ん?」

 

 一花は女優としてこれから徐々に名を馳せていくだろう。そうなったらもう雲の上の存在だな。そう考えていれば僕の右肩に重みを感じた。そちらを見れば一花が僕に寄りかかっていて寝息を立てていた。

 

「ったく。……せっかくいいこと言ってるのに、…………むむ! コンシーラーで誤魔化しているが隈が出来てるな。全くこれで無茶をしているのなら止めるんだが……」

 

 一花の顔を観察すれば、隈を隠すようにコンシーラーで塗られていた。ついでに熱とかないか確認。……うん大丈夫そう。少し脈が速いが問題ないだろう。

 僕は一花の頭に手を置き、起こさないように静かに撫でる。

 

「お疲れ、一花。公開されたらチケット買ってみんなで見に行こう。ゆっくり休んでな」

 

 撮影段階だからまだ公開予定日とかまだ不明だよな……春頃に公開されるかな? 遅くてもゴールデンウイークまでには公開されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、どうして彼の言葉にはこんなにも心が満たされるような暖かさがあるのだろう。他の誰でもない君が、欲しい言葉を言ってくれる。私の努力を見つけてくれる。それだけで私はまた頑張ろうと思えるんだ。

 

 こんな時でも演技だなんて、バレたら怒られるかもしれないけど……でもそうじゃないとこんな顔見せられないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにこの映画、大ヒットとなんて都合よくはいかなかったが、男の幽霊が2人映ってるとかで一部の心霊マニアから人気が出て、来客が少し増えたとか。イヤァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 




 間もなく試験が始まるので勉強のため一時休載します。次回投稿予定日は2月4日です。

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