五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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 お待たせしました。



第54話 愚者の戦いと揺れる想い

 一花のひと眠りの後、二乃にメールで召集を掛けられたので、今はアパートに向かっている。

 その道中、道の先で女性が道行く人を観察していたので、同好の士だ! と思いながら僕もその女性を観察していた。そしてその女性と視線がかち合った。

 おっと、直ぐに視線をそこらへんの看板や建物に目をやり、気持ちばかりの口笛を吹いておく。ふーふー。

 

「……」

 

 その女性の側を通り抜ける時もそっぽを向いて、アパートへと向かおうとすれば、その女性は呼び止めてきた。

 

「ちょっとお話良いですか? 軽食を奢らせていただきますので」

 

「ふーふー、ふ?」

 

 名刺とともに差し出されたその言葉は、僕を呼び止めるには十分な効果があった。

 名刺にはこの人が所属しているであろう会社が記載されていた。……どうやら同好の士ではなくただのキャッチセールスだったようだ。ちょっぴり残念。

 普段だったら断って先を急ぐが、ただで飯を食えるなら話くらい聞こうかね。まだ時間あるし。……それに結局ケーキ食いそびれたし。上杉の奴僕の注文を聞き逃しやがって……。

 一先ず了承の旨を伝えて近くの喫茶店に入り、和やかに会話をしながら注文したケーキとサンドイッチに舌鼓を打ち話を聞く。

 

「……今日はお客様の貴重なお時間を割いて頂いてありがとうございます」

 

 水を口に含み喉を潤した女性が話を切り出してきた。

 

「いえいえ」

 

 キャッチセールスが何なのか知りたかっただけなので……。

 

「私が紹介する商品はこちらの教材です。お客様は見たところ高校生ですよね? 授業に置いてかれる心配があるのではないでしょうか」

 

 カバンから取り出した5教科の教材を提示している。お試し教材ということなのか、そこまで分厚い冊子という訳ではないようだ。一言断ってから中身を見てみれば、どれも基本的な内容ばかり。それでも丁寧に解説がついていたり、ちょっとした豆知識も書いてあって解く分には面白そう。でも……。

 

「……僕は成績で今困っていないので大丈夫です。すみません」

 

 教材を返して申し訳なさそうな顔をして申し出る。勿論心の中ではそんな事一ミリも思っていない。思っているのは二乃はなんの目的で僕らを呼んだんだ? ということだけだ。

 

「え? あ、そうでしたか…………」

 

 女性の『成績に困ってないって、それ嘘じゃないかしら? その見た目で……遊んでそうなのに……』とでも言いたいのか、意外な顔をされて僕の髪と目をじっくりと見られた。なんか失礼だな。

 

「僕の顔に何か?」

 

 人の顔を見るのは良いが、思っていることを顔に出しすぎだと思うぞ。

 

「あ、いえなんでもありません……」

 

「……」

 

 ……なんか気まずっ。ほかに商品があるのなら見ようかなと思ったが、どうも無さそうな感じ。なら話はこれで終わりだな。

 

「……話が無いようならこれで帰りますね。ご馳走様でした」

 

 これ以上続いても意味のない会話になりそうなので席を立つ。奢ってくれるとはいえ、なんとなく良心が痛むので気持ちばかりの端数のお金だけ置いておく。

 

 会社の方針なのか、スーツではなく私服で対応してくれたお姉さんに軽く頭を下げて店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は雪斗がキャッチセールスに引っかかる所まで遡る。

 

 

「……お父さんから食事をしようだなんてメールが来るなんて思いもしませんでした」

 

 陽が落ち、外灯が街を照らす中、五月は特徴的なアホ毛を揺らしながら、集合場所の喫茶店までの道を歩く。

 

「……うぅ~、何か言われるんでしょうか? こんなことなら四葉と一緒に来ればよかったですぅ」

 

 帰宅ラッシュで騒がしくなっている雑踏を歩いていく五月。

 目的地に近づくにつれて下がっていく視界の中、少し先で周囲の人とは目立つ純白の髪が目に飛び込んできた。

 

「……! あれは白羽君ですね。こんなところで何してるのでしょうか?」

 

 こんなところで出会うなんて奇遇ですね。と掛ける言葉を胸の中で反芻して、駆け寄る前に一人の女性が雪斗に話しかけているのが見えた。

 

「! あれは……白羽君の彼女でしょうか?」

 

 五月はどこか自然と会話をし、笑顔を浮かべている雪斗の態度を見てそう勘違いしてしまう。

 

 ……白羽君は頭も良いですし、スポーツもできますし、優しいし、料理も上手だし……そんな人に彼女がいないわけないですよね……。

 

 雪斗に彼女が居ない訳がないと、雪斗の良いところを思い浮かべたところで、二人に動きがあった。

 

「むむっ、どこか行くみたいですね。ついていきましょう」

 

 五月は隣を歩く女性にどこか睨みを効かせながらも、バレないように後ろをついてく。

 

 心を燻ぶる黒い感情に気づかないまま……。

 

 

 

 二人を尾行し始めて早数分。二人は喫茶店に入っていった。

 

「……ここまでですか……もうすぐお父さんとの時間もありますし諦めましょう……」

 

 五月は二人が入っていった喫茶店の扉の前で立ち竦み、その場を後にする。お父さんに会うからか、それとも雪斗に彼女がいると知ってしまったからか、集合場所に向かうその足取りは鉛のように重かった。

 

 

 そしてスタ〇にてお父さんとの食事の時間。

 

 外の景色が見える場所で五月とマルオが席に座っており、テーブルにはス〇バを代表する特徴的な飲み物が。

 

「飲まないのかい?」

 

 マルオさんは一向に飲み物に手を付けない五月を不思議に思いつつ飲むよう促す。

 

「え、えっと………」

 

(正直お父さんとの会話よりも白羽君の方が気になってしまいます。)

 

「それとも食べたばかり……『ぐ――――――』…………ではないようだね。すみません、サンドイッチを全種ください」

 

 マルオは手を付けない理由は夕食を食べた後なのだろうか訝しげに思えば、五月のお腹が空腹を主張した。夕飯の後でも、体調が悪かったという訳でもなかったと、内心ほっと息を吐いた後店員に追加の注文を頼む。

 

「ああっ、お気遣いなく!」

 

「いらないのかい?」

 

「…………いただきます………」

 

 五月はわたわたと手を振り必要ないと言うが、マルオの圧に負け、大人しく食べることにする。

 

「いい子だ。五月君は素直で物分かりが良い。賢さというのはそのような所を指すのだと僕は思うよ」

 

「………お父さん、私をここに呼んだ理由はなんですか?」

 

「父親が娘と食事をするのに理由が必要かい?」

 

(……だったら月に数回でもいいから一緒にご飯を食べたいのですが……)

 

 五月は食事をするのに理由が必要ないなら、一緒に食卓を囲みたいと思う。お母さんがいなくなってから色々と世話をしてくれた恩もある。

 

(例え一緒に食事をとりたいと言われても私たちは歓迎しますし……。懸念は二乃ですが、二乃は口では反対しつつ賛成してくれると思います)

 

 五月は口を尖らせて詰め寄ってくる二乃の様子を思い描きながらも、サンドイッチを口に運ぶ。

 

 

 

 

―――………

 

 

 二乃に集まるように言われた理由は、僕と上杉と四葉を買い物の荷物持ちとして連れて行きたかったみたいだ。

 

「上杉~早くー! 頑張れよ~!」

 

 僕が一時的にカートを牽引しているため、米売り場からこちらに歩いてくる上杉に野次を飛ばす。

 

「うるせ! 重いんだよ! ……はぁ、落ち着け。力学的にっ、1番効率的なのは………………だめだー!」

 

「私が持ちますよ! 任してください!」

 

 悲報。上杉氏、米袋を持つこと適わず。

 結果、上杉を見ていられなかった四葉が米袋を持つことに。……やっぱり上杉は運動して筋肉付けたほうが良いんじゃないかな……?

 

「今日は特売日だもんね~。安い時に大量に買っておきたいもんね! あ! 牛豚ミンチ500g、税込み580円だって! めっちゃ安い! しかも残り一つ。これは買うしかないな!」

 

 今の時間帯はセール中でお安いな。しかし助かったね。主婦の取り合いに参加することなく取れたよ。

 

「やるじゃない」

 

 でっしょ~! もっと褒めてくれてもええよ。

 手にトイレットペーパーを抱えた二乃にカートを引き渡す。

 

「………あ、そうだ。三玖から頼まれてたんだった」

 

 買い物はもう終わりらしく、二乃はカートをレジの方に向け歩いていきお菓子コーナーを通る。するとチョコを視界に収めた二乃は板チョコを3枚カートに入れた。 

 

「三玖の奴、そんなにチョコを食うのか」

 

 上杉は、甘いものが苦手な三玖がチョコを食べるのは珍しいな、とでも言いたげな様子。

 

「3枚じゃ五等分できないよ? もう2枚買わなくていいの?」

 

 1枚を半分にして食べるとしても残りの半分が余ってしまう。そしたら残りを巡って第n次姉妹対戦(シスターズウォー)が勃発しちゃわないか?

 

「……あんたら、察し悪すぎ」

 

 僕らの疑問を聞いた二乃は呆れた目を向けてきた。

 

「まだ一月なのに気が早いよね!」

 

 ねー! と二乃に同意を求める四葉の言葉に僕は真実に気付いた。

 ……じゃあバレンタインチョコの制作に使う奴か。板チョコ3枚だとそこまで多くは作れないけどいいのかな? 1,2個位しか作れなくね?

 そう考えながらも、追加で入れたほうが良いかなと思って手に持っていた板チョコを、どうやらいらなさそうなので元の棚に戻し、上杉の隣に立つ。

 

「これで最後だしさっさと会計しましょ」

 

「あの、その、……ごめん、二乃! おトイレ! 持ってて!」

 

 再びレジに向かって足を進めようとすれば、四葉が二乃に米袋を預けた。

 

「え、ちょ……重いんだけどっ!」

 

 膀胱の限界が訪れたのか、米袋を二乃に預けて四葉はトイレへの道をひた走る。唐突に重量のある米袋を預けられた二乃は、ハイヒールだったため転びそうになる。悲惨な光景が出来る前に二乃を支えようとするが、僕よりも先に上杉の方が早く二乃の腕を掴んだ。ナイッスゥ~! 意外と機敏に動けんじゃん。

 

「危なかったね~」

 

「そ、そうね……あ、ありがと………」

 

「取り敢えずこの体制で持っていこう」

 

 上杉と二乃が米袋の両端を持って支える。

 

「……僕が手伝えばカートに乗っけられるだろ? ってことでほい♪」

 

 米袋の下から支えるようにして持ち上げ、カートに乗せる。それじゃあレジに行きましょか~。

 

 レジへと向かう道すがら、二乃をちらりと見る。

 ……どうやら二乃はまだキンタローの事を振りきれていないようだ。少し頬を赤める二乃のしおらしい様子を見てそう思う。……キンタローも上杉も同一人物なんだからそのうち上杉の事を気になるんじゃないかな? そうなったら面白そう。

 人の恋路は聞いてて、見てて楽しいからな。結果がどうであれ、経過観察は怠らないようにしないと面白いところを見逃しちゃうな! 盗聴器だけじゃなくて録音機とかもこれから持ち歩いとこうかな……。

 

「………ん? このお菓子四葉の?」

 

 これから録音機を持ち歩いとこうと決めた後、僕はカートの中にひっそりと置かれていたグミつ〇たを指さす。知育菓子か~、これって結構面白いよね。

 

「よく分かったわね。それ四葉のおやつよ」

 

「子供かよ」

 

 そうかな? 別に良くない? 僕だってたまに駄菓子とか買うし。

 

「あら、女はいつまでも少女の気持ちを忘れないものよ。お城で舞踏会とか白馬に乗った王子様とかいまだに憧れてるんだから」

 

 二乃は自身の頬に両手を当て、夢見な気持ちで語る。

 

「へー」

 

 どっかの城かは忘れたけどレンタル出来たな。そこ借りてやれば?

 

「まぁ分からなくもないかな。僕も少年の心を持ってるし」

 

「あらそう、気が合うわね」

 

 持ってないと手品のタネとか思い浮かばないからね。ちょっとしたきっかけが思いもよらないイリュージョンに繋がることだってあるし。 

 そのまま雑談を交えながらレジに向かい6283円の会計を済ませて、僕が持って来ていたエコバックに詰め終わる。なんで持ってきてないんだよ。ビニール袋だって有料化してタダじゃないんだからさ。気を付けなよ。……っていうか四葉がまだ戻ってこない。遅くね?

 

「四葉遅いね~迷子かな?」

 

「かもしれないわね」

 

 二乃に確かめるように訊いてみれば、迷いなくなく頷かれる。どうやら四葉は前科持ちのようだ。

 

「仕方ない、迷子センターに……って、あそこに四葉が……いや、違うな。あいつは」

 

 先に電話すれば? と言う前に上杉が四葉らしき人を見つけたようだ。

 そちらを見れば特徴的なアホ毛を左右に揺らす人物が食事をとっていた。

 

「あれ五月だ~。五月も来てたんだ」

 

「本当だわ。何であの子がここに?」

 

 ス〇バで男の人とテーブルを囲んでいるな。……ってあの男の人ってマルオさんじゃないか。どうしてこんな所に居るんだ?

 

「! あの人だ。俺が林間学校の後に入院した時に診てくれたのは」

 

「へ~」

 

 めっちゃどうでもいい情報ありがと。

 

「何を話してるのか気になる。白羽、お前なんか持ってないか?」

 

 僕らの居るお店の入り口と、五月たちがいる窓際の席まではそれなりの距離があり、話し声が僅かにしか聞こえない。店内が少しでも騒がしくなれば直ぐに話し声は喧騒に紛れてしまうだろう。

 

「盗み聞きしたいのね。ちょっと待ってね」

 

 僕は今日出会ったキャッチの女性に変装して店内に踏み込む。そのままお店を半周し、マルオさんの近くを通った時にさり気なくハンカチを落とす。

 

「! あの、落としましたよ」

 

 どこか驚いた様子の五月からハンカチを渡された。変装を見破られたのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 

『あ、すみません。ありがとうございます』

 

 内心何に驚いたのか首を傾げつつ、ハンカチを受け取る瞬間に五月の袖口に盗聴器を仕込む。そしてそのまま上杉の元へ。

 

「はい。これで聞こえるよ」

 

 ポケットからイヤホンを取り出し、右耳の方を上杉に渡し、左耳の方を二乃に渡す。

 

「……ああ、ありがとう。言ってみるもんだな。あと男の声だと頭がおかしくなるから止めてくれ」

 

 上杉に感心された後に渋い顔をされて言われた。

 

「あらいやだわ、私はオ・ト・コよ? 私の美「止めろ」……はいはい」

 

 オカマっぽく喋れば、迫真な顔で言われた。そんなに気持ち悪かったかな……。

 

「上杉と共有しなきゃいけないの?」

 

 二乃はイヤホンを見つめて呟く。

 手筈を整えてやったのにうるさいな。

 

『盗聴器は一個しかつけていないのよ。我慢しなさい』

 

 盗聴器を一個だけつければ、必然的にイヤホンを上杉と二乃は共有しなければいけなくなる。いつもよりも近くなる二人の距離にドギマギすると良い。ケケケケ。

 

「……ならしょうがないわね。分かったわよ。アンタはどうするの?」

 

『変装しているので私は近くに行って聞きます』

 

 変装を見破られる可能性は限りなく低いだろうし、そう思いながらコソコソと五月の近くの席に座って会話の内容に耳を傾ける。

 

「君たちのしでかした事には目を瞑ろう。しかし、サンドイッチを全種類残さず食べる辺り、満足いく食事もとれていないようだね」

 

 マルオはちらりと空になった皿に目をやり、五月が満足に食事をとれていない事を察する。

 全部食べたんだ……すごっ。この後晩御飯食べるんだろ? 大食いだな~……いや、今更か。

 

「……っ」

 

 マルオに図星を刺された五月は小さく息を漏らす。 

 

「すぐに全員で帰りなさい、そう他の姉妹にも伝えておきなさい」

 

 マルオは口元をナプキンで拭った後、五月に帰ってくるよう話す。

 

 そう言いたくなる気持ちはわかる。親からすれば心配でしょうがないんだろう。顔には出していないが……。

 

「……それは彼らも含まれるのでしょうか?」

 

「上杉君と白羽君はあくまで外部の人間だ。白羽君は家庭教師を既に辞めていたとはいえ、君たちに勉強を教えているそうじゃないか。そのことについては感謝しているが、はっきり言って…………僕は彼らが嫌いだ」

 

 大人げない…………僕何か嫌われるようなことしたっけ? 寧ろ一花と三玖を糞の手から守った経緯があるのに……。何で? ……まあいい、今はそのことは置いておこう。

 マルオさんは『過程』はどうでも良く『結果』が全てな人間なのだろう。『結果』が一番目に見えて分かりやすいしね。

 だが、いくら姉妹たちの為にお金をかけて世話をしているといっても、自分の娘と距離を置いてるのはダメだと思うぞ。気まずいといった理由もあるかもしれないが『家族』なんだ。世界で唯一しかないものなんだからもっと関心を持って交流を増やさないと。姉妹たちが彼女ら自身の手で成長していくのも限りがある。大人の手で……いや親の手で成長を促さなきゃいけない時が必ず来るはずだ。

 友人の手で成長するなんてことは早々無い。そもそも友人なんて縁は簡単に切れる。どんなに仲の良い時間を過ごしたとしても、卒業してしまえば、別れてしまえば易々とその時間は忘れられ、どんな会話をしたのかも、どんな声だったのかも忘れる。それ位柔な縁なのだから……。

 

「いえ、まだ帰れません。彼らを部外者と呼ぶにはもう深く関わりすぎています。せめて次の試験までの間、私たちの力で暮らして」

 

「君たちの力とはなんだろう。家賃や生活費を払ってその気になっているようだが、明日から始まる学校の学費は? 携帯の契約や保険はどう考えているのかな? 僕の扶養に入っているうちは何をしても自立とは言えないだろう」

 

「そ、それは…………」

 

 五月の言葉を遮るように放たれたその言葉は、どれも現実を突きつける言葉だった。五月は言い返すことも出来ず口を噤ませる。

 かぁ~、正論で相手を潰す感じかぁ~。でもその通りなんだよな~。どこに住んでいようと、そこで何をしようと、結局はまだ親の庇護下にいることに変わりはない。

 

「では、こうしよう。上杉君の立ち入り禁止を解除し、白羽君を再び正式に家庭教師として雇用し、君たちの勉強を続けてもらおう」

 

 マルオは人差し指をピンと伸ばし言葉を紡ぐ。

 

「え?」

 

 五月はマルオの急な手のひら返しに驚き目を丸くする。

 僕また正式に家庭教師として動けるんだ~。やった~!

 

「その代わり僕の知り合いのプロの家庭教師との三人体制で、2人は彼女のサポートに回る……君たちにはメリットしかない話だと思うが。彼らだけではカバーしきれない部分もあるだろう」

 

「しかし、この状況で皆頑張って」

 

「四葉君は赤点回避出来ると思うかい? 二学期の試験の結果を見たが……とてもじゃないが、僕にはできるとは思えない」

 

 食い下がる五月にマルオは四葉の事を口に出した。四葉の全教科赤点回避は絶望的だと……。

 それでも僕はそうは思わない。四葉は赤点回避を成し遂げる。そう断言できるね。『結果』しか見ないこの人には分からないだろうが、四葉の成長は目を見張るものがある。初期のころから真面目に取り組んできたんだ。その努力は必ず実を結ぶ。僕はそう判断した。今はまだ蛹の状態だが、羽を広げ旅立つ時は絶対に来る。

 マルオさんは二学期の成績だけじゃなくて前の学校で失敗した事も踏まえて言ってるだろう。しかし、言葉通り受けとれば四葉に期待していない様に聞こえる。この言葉を聞いていた上杉らの方に目を向ければ、上杉も父親らしからぬ言葉に怒りを感じ飛び出そうとしていたが、それをニ乃が止めた。

 

 上杉は止めても僕は止められないね。話に割り込む気持ちを固め、席を立って二人の下に歩き出す。

 

 

 

 

 

「そう、ですね……確かにプロの教師がいた方が」

 

『少しよろしいかしら?』

 

 マルオと五月が声のした方を向くと、そこには先ほどハンカチを落とした女の人が真剣な表情で立っていた。

 

「どなたですか? 赤の他人に口出されるような事ではないのですが……」

 

 僕に訝しげな眼を送ってくるマルオさんの雰囲気を感じつつ、否定の言葉を口にする。

 

「いえ、僕は赤の他人ではないですよ。……長い間見てきたんでね」

 

 声を元に戻した瞬間から五月の目を丸くする表情に笑いそうになりながらも変装を解いた。

 

「………盗み聞きとは趣味が悪いと思うがね、白羽君。君はそういうことはしないと思っていたのだが、見当違いだったみたいだ」

 

 マルオは一層目つきを鋭くし、雪斗に非難の声を上げる。

 

「それについては失礼しました。ただ聞こえてしまったのでね……それよりもマルオさん。四葉“が”赤点回避は無理とか言ってましたが、可能性はありますよ」

 

 盗み聞きをしたのは完全に僕に非があるので素直に頭を下げ、本題を口にする。

 

「……いや、テストの結果を見る限り四葉君の可能性は「やれます!」」

 

 どこからともなく現れた四葉はマルオさんの言葉を遮ってそう断言した。……今までどこにいたんだ?

 

「私たちと上杉さんたちならやれます! 今度こそ、7人で成し遂げたいんです……もう同じ失敗は繰り返しません!」

 

 そう口にする四葉の瞳には絶対に成し遂げるという決意が現れていた。

 

「……では失敗したら?」

 

 マルオさんは眉毛をピクリと動かす。

 ……少しマルオさんの無表情に罅が入ったか? 今までよりも感情が読み取りやすい気がする。

 

「失敗したら転校ですよね? 僕たちの通っている学校も赤点が多いと進級できませんし、世間体を気にするなら、内密に転校すると言った手段をあなたなら取るでしょう」

 

 前回もそうしたんなら今回もするよね。学校を買収するより転校にしたほうがリスクは小さいし。

 

「………その通り。君はいい眼を持っているようだね。……次の試験で赤点を取ったら転校する。それでもやりたいようにしたいのなら自己責任だ。いいね?」

 

 まるで言う事を聞かない子供に言い聞かせるかのように話すマルオさん。実際手のかかる娘だろうが……。

 

「ええ。それで結構です」

 

「必ず全員赤点回避させますから。回避したら上杉と僕の件は検討してください」

 

 四葉の努力が実るのはまだ遥か先かもしれない。だが、それを近い将来にまで引き寄せるのが僕らの仕事だ。腕が鳴りますね。

 

「…………そうだね。娘たちが転校せずにいられるのが一番良い。……無事赤点回避出来たらその件は検討しておこう。……話は以上だ」

 

 そう言ってマルオさんは立ち上がって去ろうとするが、僕に向かって口を開いた。

 

「一つ聞いておこう。君はもう家庭教師でもないのになぜそこまでする?」

 

 相変わらずの無表情だが、先ほどよりもどこか真剣な表情をするマルオさんに気圧されながらも本心を語る。

 

「単純なことですよ。僕はみんなと一緒に笑っていたい。一花の女優業を応援したい。二乃の料理を味わいたい。三玖と歴史について語り合いたい。四葉と運動したり,五月と一緒にご飯を食べたい。姉妹のみんなの口喧嘩に呆れながら、上杉と共にまたかって笑い合いたいからです」

 

 最初に僕自身の身勝手な目的のために近づいたことは事実だ。それでも今まで接してきて、一喜一憂している彼女らの助けになりたいと思った。理由はそれだけでもいいだろう。

 

「……そのために君は、本来関係のない僕たちの問題に関わるっていうのかい?」

 

「はい、そうです。正直自分でもバカだなって思ってますよ。でももしマルオさんがプロの家庭教師を雇い娘さんたちの成績を上げようとしても、僕は隙を見つけては教えていきます。僕はバカですからね」

 

 言外に、雇っても教えていくからな! と伝えておく。

 

「……」

 

「僕は五つ子たちと笑っていたい。そのためならちょっとぐらい無茶をすることになったって、僕は精一杯に頑張りたいと思ったんです」

 

 たとえ五つ子たちの縁が卒業まででもね。それに僕自身に『五つ子たちを笑って卒業させる』と約束した。約束した以上は必ず履行する。約束を破るのはかっこ悪いしね。

 

「そうか……」

 

 僕の回答に満足したのか、マルオさんは立ち去ろうとするがその背中に五月が声を掛ける。

 

「お父さん。私が素直で物分かりが良くて、賢い子じゃなくてすみませんでした」

 

「……子供の我が儘を聞くのも、そして子供の我が儘を叱るのも親の仕事だからね」

 

 そう言い残して今度こそ去って行った。それを見計らって二乃と上杉も僕らの元へ。

 

「行ったか」

 

「わっ! 上杉さんと二乃もいたんですか?」

 

「ええ。……にしてもアンタ、あんな大口叩いて大丈夫なの?」

 

 二乃は心配そうにこちらを見つめてくる。どうやら僕の事を案じてくれているみたいだ。嬉しいね。

 

「……マルオさんから短期間でもいいから僕たちを認めさせる必要があったんだよ。……僕たちの最終目標は何?」

 

 一つ確認しておこうじゃないか。

 

「赤点回避ですか?」

 

 四葉は首をかしげて考えを言う。

 そこらへんの女子がしたら間違いなくぶりっ子と見做されるその仕草も、四葉や他の姉妹がすると様になるな。そんな場違いな考えを抱きつつ口を開く。

 

「ブブー、外れ。それは通過点だよ」

 

「「「は?」」」

 

「じゃあ何なのよ?」

 

「それは君たちが”僕たちの手で”笑顔で卒業すること。その為には上杉と僕が家庭教師として認められることが大事だったんだ。あのままだったらプロの人になってしまう可能性があった。もしそうなってしまったらその目標を達成できなくなる。だろ?」

 

 五月がプロの人に変わることを承諾するとは思わなかったが、マルオさんの正論に負けて承諾してしまう可能性があったからね。そうならないように口を挟んだ。

 

「まぁ、そうですけど……」

 

 あの人なら力ずくでも姉妹たちをマンションに連れ戻し、プロの家庭教師で成績向上を図ることも出来ただろう。そうなってしまったら僕たちは手も足も出ない。

 

「だからマルオさんから責任をこちらに譲るような言葉を引き出したかったんだ。自己責任なら僕たちで君たちに教えられる。幸いなことにあちらから言いだしてくれたけど……」

 

 マルオさんはどうやら赤点回避が出来ないと思っているのは四葉だけだと考えていたと思う。そうでなければ”君たちは赤点回避は難しい”と言っていただろう。だから四葉の可能性を口に出し、そちらに思考を持って行った。プロの家庭教師の雇用の話をぶち切るためにね。

 でも、四葉の「やれます!」の言葉が無かったら厳しかった……。もし四葉が居なかったら懇切丁寧に僕たちの有用性を示さなければならなかった。もしそうなってたら根負けを狙っていたよ。僕は交渉は得意じゃないからね。

 

「でも失敗したら転校になっちゃいますよ?」

 

「君たちは転校したいの?」

 

 不安げな四葉に問いかける。

 

「そんなわけないじゃないですか!」

 

「じゃあ気にしなくていいじゃん。どうせ赤点回避するんだ。転校なんて訪れない未来なんて考えなくていいだろ?」

 

 こんな楽観的な考えは好きじゃないんだが、失敗を恐れながら勉強するより、気持ちよく勉強するほうが良いに決まってる。そういう認め難い(転校する)未来を考えるのは僕だけでいい。

 

「……なんでそこまで私たちを信じてるのよ?」

 

「今までずっと見てきたからだ。だからこそ回避できると言っている。お前たちなら必ずやれるさ。………赤点回避させて、皆を進級させて、笑顔で卒業! な! 上杉!」

 

「ああ、そうだ! 今はそれしか眼中にねぇ!」

 

「…………ふふっ、頼もしい限りですね。………ところで白羽君は彼女がいたんですね。今日見かけましたよ」

 

 話はこれで終わり! となったところで五月がそんなことを言ってきた。

 

「は?」

『え?』

 

 一瞬の沈黙の後五月以外のみんなの上に?が浮かんだ。

 

「えぇ~!! 白羽さん恋人いたんですか!?」

 

 目を真ん丸にして叫んだ四葉のツッコミに、一花と三玖が同時に左の眉頭をぴくりと動かしたりもしたが、それに気づいた者は居なかった。

 

「いや、いやいやいや全く心当たりないよ恋人なんて! 僕は生まれてこの方誰とも付き合ったことないよ! ……ってかなんでこんな暴露をしなきゃいないんだ?」

 

 続いて、なんか虚しいな……と、雪斗の口から零れる。

 

「まぁ、とにかく別にどうでもいいだろ、僕の話は。僕に彼女はいない。これでこの話は終わりね」

 

「……でもさっきの変装した女性って……」

 

 一時慌ただしかった空気は穏やかになり、一花と三玖が人知れず安堵の息を零していれば、五月は女性との関係性を知るために雪斗に問いかける。

 

「ああ、あれはキャッチセールスの人だよ。話を聞く代わりに軽食奢ってもらったんだ~」

 

「なんだ、そうでしたか……早とちりでしたね……」

 

 胸を押さえてそっと息を漏らす五月をよそに、これからの家庭教師として気合を入れる。

 

 赤点回避頑張るぞ!

 

 

 




 キャッチセールスってこんな感じかな? と思いながら書きました。

 マルオさんが雪斗を嫌っている理由は、五つ子たちと近いから。亡き零奈さんの大事な娘な為、娘に近寄る男には厳しい。娘を想っての今までの行動については感謝しているが、それとこれとは別。

 グミつれたって、取り方がナイロン66と似てるなって思ってます。
 二つの液体の境界面からひも状になって取れる様子は面白かったです。こういった実験が出来るのも理系の醍醐味です。………隙あらば読者を理系の道に引きずり込もうとする私。この作品が終わるころには一体どれだけの人が犠牲になるのやら……。

「それは空気と石炭から作られ、鉄よりも強く、蜘蛛の糸より細い」
 さすがに史実の売り文句は誇大広告ですが、ナイロン66の優れている点はその物性です。アミド結合の生み出す強い分子間相互作用と、直線的な分子形状がもたらすパッキングの良さが結晶性の高さにつながり、樹脂としては高い耐熱性、強度、気密ガスバリア性を誇っています。
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