五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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難産だ 嗚呼難産だ 難産だ
葉陽心の俳句。
何故難産だったか。
それは日和山(宮城県仙台市)より高く佐鳴湖(静岡県浜松市)より深い理由があるんです。

五月が墓の前でお母さんの様になれるでしょうか……と呟く理由がいまいちよく分かりませんでした。その言葉の真意は、姉妹との生活を踏まえた上での発言なのか(①)、母親の存在を忘れないように振る舞っている五月の精神が不安定になったせいか(②)、進路について悩んでいるためか(③)、たまたまふと出てしまった言葉なのか(④)
 ……そんな事を考えて書いた話(③)です。漫画の一コマに五月のものと思われる進路希望調査が映っていたため、そう判断しました。


第57話 最後の試験が五月の場合

 

 

「それでは、試験を開始します」

 

 目の前にあるのは得意科目である理科の問題。以前私が四葉にも教えたように、計算問題は単位を一緒に書くことで、単位変換しなければならないときはすぐに分かるようにしておく。

 

 お父さんとの約束のこともありますが……私の夢のため、まずはこの試験を通って進級しないことには話になりません。

 

 

 

 

 

 

 

 試験勉強が始まって1週間が経った1月14日。私は1人でお母さんのお墓参りをしております。お母さんの本来の命日は8月14日ですが……私は毎月14日には、こうしてお母さんのお墓参りに来ております。

 毎月こうしてお母さんに会いに来る度に胸内を吐露したくなる気持ちに駆られますが、我慢しています。だって私はお母さんのように強い女性になりたいのですから。

 

「……私は……お母さんのように……なれるのでしょうか……」

 

 ……しかしその意思が弱くなってしまったのか、つい口から最近の悩みが零れてしまいました。

 

 私が知っているお母さんは家庭での一面のみ。それ以外の一面……教師としてのお母さんや、お母さんが友だちと一緒に過ごす姿を私は知りません。  

 

 私はお母さんが亡くなってから、私は姉妹の母親役になると決めました。口調を敬語に変え、甘えたな性格を真面目に。でもお母さんのように振る舞っていても、上手くはいきません。

 

 ちらりと脇を見れば、持ってきた鞄から見える最近配布された卒業後の進路希望調査の紙。

 

 お母さんのようになりたいから、『先生』という職業を目指せる大学を記入しようとペンを持ちましたが、何故か書くのを躊躇ってしまい、結局記入欄は空白のままです。

 

「お、先客がいるなんて珍しいな」

 

 私が両手を合わせたまま思い悩んでいると、物珍しそうな声が聞こえてきました。私がそちらに視線を向ければ、そこにはスーツ姿でメガネをかけた黒髪の短髪の女性が立っていました。花を持っているようですし、この人もお墓参りでしょうか。

 

「え、えっと……初めまして」

 

「うげっ!?」

 

 女性の方は私と目が合った瞬間、苦手な人に出会ったみたいな反応をしました。失礼ですね。私たち初対面ですよ。

 

「せ、先生……?」

 

 ? 先生とはどういうことでしょうか……?

 

 

 

 

 

「わっはっは! いやぁ、悪ぃ悪ぃ! お嬢ちゃんがあまりに先生にクリソツだったから間違えちまった! よく考えたら先生はとっくの昔に死んでたわ!」

 

 私は墓地で出会ったこの人……塾の講師をしている下田さんに連れられてケーキ屋さんRevivalまでやってきていますが、驚くことばかりで私は少しぽかんとしています。

 

「おっと娘さんの前で言うことじゃねぇな! 許してくれ! 昔から口が悪くて先生によく叱られたもんだ!」

 

 唖然としている私とは別に、下田さんは豪快に笑っています。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ! 先生への恩返しってことで好きなだけケーキを奢ってやるよ!」

 

「す、好きなだけ……」

 

 なんという魅力的な提案なのでしょう……。ですが申し訳ない気持ちがあります。正直今お腹すいているので、より食べてしまいそうです……。

 

「遠慮すんな! ここのケーキはうめぇぞ! 店長はちょっと感じ悪いがな!」

 

「で、ではお言葉に甘えて……ご馳走になります」

 

 私は下田さんのお言葉に甘えて好きなケーキを注文します。ここのケーキ、以前クリスマスイヴの時に食べましたが本当においしかったです。だからどれにしようか悩んじゃいますね。取り敢えずショートケーキとチョコケーキ、モンブラン、ロールケーキにしましょう。

 

 ……あれ? そういえば私の事を先生と呼んだということは、下田さんはお母さんの元生徒……? 

 

「あの、下田さんはお母さんの……」

 

「元教え子だな! お母ちゃんには何度ゲンコツをもらったか覚えてないね!」

 

 拳骨で漫画のようなたんこぶが出来たときには驚いちまったぜ! とこれまた豪快に笑う下田さんを見て頭に電気が走りました。

 

「それです!」

 

「ん?」

 

「お母さんがどんな人だったのか教えていただけませんか?」

 

 きっと私の知らないお母さんの一面を知ることが出来るはずです。それを知れば私はもっとお母さんに近づくことが出来ます。

 

「覚えてないのか? 5年前だから……結構大きかっただろ?」

 

「ええ、そうですが……私は家庭でのお母さんしか知りません。お母さんが先生としてどんなお仕事をしていたのか、知りたいのです」

 

 お母さんは私たちの前でお仕事の話をすることは無かったので……。

 

「……まぁ、聞きてぇならいくらでも話してやれるが、なにぶん先生とは高2の1年間だけの思い出しかねぇが……そうだなぁ、先生はとにかく怖ー先生だった。……まぁ私が少々……いやかなりお転婆だったからかもしれねぇがな」

 

 下田さんはケーキを食べる手を止めて、懐かしむような口調で話し始めました。

 

「愛想も悪く生徒にも媚びない。学校であの人が笑ったところを1度も見たことがねぇ。笑わせようとした同級生たちは毎回反省文書かされてたな……私も書いた覚えがある」

 

 流石に廊下でクラッカー鳴らしたのは不味かったか……と目元を押さえて零す下田さんに、それは誰だって反省文書かされるかと思いますが……と内心ツッコミを入れます。

 

「そうだったんですか。ならお母さんは生徒さんに怖がられたのでしょうね……」

 

「いーや、それが違うんだよなぁ~」

 

 私が苦笑しながらそう言うと、下田さんは少し青褪めた表情になりました。

 

「どんなに恐ろしくても、鉄仮面でも許されてしまう。愛されてしまう。慕われてしまう。先生はそれほどまでに、めちゃ美人だった。それこそあの人の美しさは学生、教師のみならず他校にまで轟く位にな。ファンクラブもあったんだぜ。……まぁとにかく女である私まで惚れちまうほどの美しさだった」

 

 下田さんはそこで一旦区切り、コーヒーで喉を潤してから再び口を開きました。

 

「そんなにお母さんは美人だったんですね」

 

 確かにお母さんは綺麗な人でしたが、そこまでとは思いませんでした。

 

「……ま、それは言わずもがなだな! お嬢ちゃんも先生似だし、案外いけるんじゃねーか?」

 

「わっ、私なんてそんな……」

 

 私がそんな……お母さんには遠く及びませんよ……。

 

「……あの無表情から繰り出される鉄拳に私ら不良は恐れ慄いたもんだ。まさに鬼教師。だがその中にも先生の信念みたいなもんを感じて……いつしか見た目以上に惚れちまってた」

 

 下田さんは自分の頭頂部を撫でながらそう言いました。……多分そこを殴られたんでしょうね。私も同じところに拳骨を喰らった覚えがあるので……。少しばかり親近感がわきます。

 

「結局1年間怒られた記憶しかねぇ。……ただ、あの1年がなければ……私は教師に憧れて、塾講師なんてなってねーだろうな」

(不良なんてもんは教師からは煙たがられるモンだ。それでも先生はしつこい位に構ってきやがった。私ら以外のクラスの人気者と言われるような奴にも、平等にな。先生にとって私たちは不良ではなくただの手のかかる生徒だったんだ。そんなどんな生徒にも平等に接し、心を砕いてくれる。そういう教師に私は憧れたんだ)

 

 ……これがお母さんの教師としての一面。

 私の知らないお母さんが、こうして他の人の人生を左右するほどの影響を持っていたとは……。そんなお母さんに私はなってみたい。

 

「下田さんありがとうございます! 下田さんの話を聞けて踏ん切りがつきました」

 

 話を聞き終えた私は、鞄から進路希望調査書を取り出してテーブルに広げます。

 

「学校で進路希望調査が配られたのです。下田さんのように、お母さんみたいになれるなら……やはり私にはこれしかありません!」

 

 下田さんがお母さんに憧れて塾講師を目指したように、私もお母さんのような教師になりたい。

 下田さんの話でそう思い至り、進路希望調査書に第1志望を書こうとした時、下田さんがフォークで私のペンを弾いてきました。

 

「ちょいと待ちな。母親に憧れるのは結構だ。憧れの人のようになろうとするのも決して悪いことじゃない。私がそうだからな。だがお嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないか?」

 

「!」

 

「お母ちゃんになりたいのなら、他にも手はあるさ。教師になる必要はない」

 

「……」

 

「………ま、とはいえ、人の夢に口出しする権利は誰にもねえさ。生徒に勉強を教えるのも楽しいし、やりがいがあっていい仕事だよ。お嬢ちゃんが教師になるっていうなら目指すといいさ。……”先生”になりたい理由があるならな」

 

「……私は……」

 

 私は……私が……お母さんとしてではなく……本当に先生になりたい理由……。私が教師になろうと思ったのは、お母さんみたいになれると思っただけで……。

 

「おっと、こんな時まで説教だなんて……先生としての悪いところが出ちまったな。悪かった。……そうだ連絡先交換しようぜ。お母ちゃんの話が聞きたくなったらいつでも話してやる。またどこかで会おうぜ」

 

 下田さんと連絡先を交換した後、下田さんは荷物を持って会計を済ませてからお店から去っていきました。お母さんとしてではなく……私が本当になりたいものは何なのでしょうか……。

 

 

 

 

 

 下田さんと出会ってからしばらく経った2月4日。白羽君と上杉君から今日から全員家庭教師案が発表され、さっそくそれを実施しているところです。実際のところ、いい傾向に進んでいると思います。やはり姉妹というべきでしょうか、姉妹の説明はわかりやすかったです。

 

 

 時間が経ち、次は理科の授業になりました。理科担当は私です。私はわからないところは側でにこにこしている白羽君に教えてもらいながら、姉妹が苦戦している問題の解き方を四葉に教えている最中です。

 

「わっ! 白羽さんよりわかりやすいよ! 五月ありがと!」

 

「くっ、五月に負けただと!? ……………あの本使えねぇ、流石売れ残りだっただけあるわ。折角覚えて実践していたというのに……もっと分かりやすい伝え方を勉強せねば……

 

 私に負けたのが悔しかったのか、膝から崩れ落ち、ぼそぼそ呟いている白羽君を励ます四葉を尻目に、私の中で、四葉の感謝の言葉が繰り返されています。すぐに忘れてしまうようなありきたりな言葉ですが、不思議と心に残りました。何故でしょうか? 私の教え方で理解してくれたから? 出来なかったことが出来るようになったことに対する感謝だから?

 ……いや、きっとこれらが誰かに勉強を教えていくことの楽しさなんですね。遊んでいる時に感じる楽しさとは全く別の楽しさ。

 

 この胸を駆ける嬉しさが、楽しさがお母さんが教師を目指した理由かもしれません……。

 

 私が、本当に目指したいもの……それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 そして2月14日。世に言うバレンタインの日です。私は白羽君と上杉君に日頃の感謝を込めてチョコを上げようかと思います。三玖とは違い既製品ですが……。でも一花一押しのお店のチョコなのできっと喜んでくれるはずです。

 

 リビングでノートを広げて待っているとインターホンが鳴りました。来たようですね。早速入ってもらいましょう。

 

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

 

「おはよ~五月。今日も頑張ろうね!」

 

「おはよう五月」

 

 朝の挨拶もそこそこに、リビングへ入ってもらい、姉たちが来る前にチョコを渡してしまいましょう。

 

「あ、上杉君、チョコです。妹さんと食べてくださいね」

 

 鞄からチョコを取り出して伝える。

 

「サンキューな、らいはも喜ぶ」

 

「どういたしまして………それで、あの、……白羽君……一緒にチョコ食べませんか? 一花に協力してもらったんです」

 

 上杉君がチョコを仕舞うのを見届けた後、再び鞄からチョコを取り出して白羽君に話しかけます。

 

「いいの!? わ~ありがと~! 嬉しいよ! 一緒に食べよう!」

 

 顔の前に掲げたチョコを無事受け取ってくれました。……感謝の意味とはいえ、男の人にチョコを渡すのは初めてですからドキドキしましたね……。

 

 

 

 チョコを食べ終えた後直ぐに三玖が起きてきたその時に、上杉君にチョコがない事を私のせいにされたのは心外ですが……。

 そして家庭教師が終わった後、私は今月もお母さんのお墓参りに来ています。今日は不思議と今までの不安はありません。お母さんに私の見つけた夢を教えたい気分でした。

 

 お母さん。私、教師を目指します。

 下田さんのお話を聞いたことが教師を目指すきっかけです。

 お母さんは下田さんの事覚えていますか? ……いえ愚問でしたね。お母さんの事ですからきっと覚えているんでしょう。

 私はお母さんみたいに生徒の人生に良い影響を与えられるような、そんな先生になりたいです。

 きっと上手くいかずに一人涙する夜もあるかと思いますが、姉たちがいますのでちゃんと乗り越えられると思います。

 

 

「五月見つけた! また会ったね」

 

「本当に毎月いるんだな。墓なんて全部同じで見つからないと思ってたが……いい目印があったな」

 

 私がお母さんに夢の話をしていると、白羽君と上杉君がやってきました。

 

「貴方たちはなぜここに……?」

 

 家庭教師は終わったので、彼らは家に帰ったと思っていたのですが……。

 

「挨拶しに来たんだよ。……線香と花と菓子類、供えて大丈夫?」

 

「そうでしたか。ぜひお願いします」

 

 どうやら私たちのお母さんに挨拶をしにお参りに来たようですね。律儀ですね……。線香をあげた二人はお母さんのお墓の前に立ち、手を合わせてくれました。きっとお母さんも喜んでくれるはずです。

 

「……全員家庭教師案ですが、いい傾向にあります。教わる以上に教えることで咀嚼できることもあると実感しました。もっと早くにすべきでしたね」

 

 いえ、最初の私たちでは、姉妹たちに教えることは難しかったかもしれませんね。

 

「そうだな……って、俺らなんて必要ないと言いたいのか?」

 

「ふふふ、違いますよ。あなたたちに教わったことを噛んでいるのですよ。感謝しています」

 

 もし貴方たちと出会えなければ、誰かに勉強を教えることはなかったでしょう。また、教師という夢を掲げることも無かったと思います。だから私は言葉以上に感謝しているのですよ。

 

「……そうか」

 

「そう言ってくれると嬉しいね」

 

「教えた相手にお礼を言われるのはどんな気持ちですか?」

 

「なんだよ、恩着せがましいな」

 

「私は……あの時の気持ちを大切にしたいです」

 

 ……四葉からの感謝、誰かに勉強を教えることの楽しさを。

 

「……だから私は先生を目指します」

 

 今はまだ姉妹以外の人に教えることは難しいけれど、いずれはクラスの人にも教えられるようになりたいですね。そうすればもっと教師になりたい気持ちが溢れてくると思います。

 

 

 

 

 頑張りなさい

 

「! はい

 

 もしかしたら空耳かもしれませんが、確かにそう聞こえました。お母さん、私頑張りますから見ていてください。

 

 

 期末試験終了後の3月9日、今日は私の答案用紙が返却されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月の試験結果

 

国語47点

 

数学35点

 

理科70点

 

社会32点

 

英語40点

 

総合点224点

 

 

結果:合格

 

たいへんよくできました!




姉妹との生活を踏まえた上での発言なのか(①)、
否定理由:母親が亡くなってからかなりの時間が経っているので、今更感があるため。

母親の存在を忘れないように振る舞っている五月の精神が不安定になったせいか(②)、
否定理由:不安定になっていたのなら、食欲の減衰などといった描写が描かれていたと思われるため。

たまたまふと出てしまった言葉なのか(④)
否定理由:意外とこれもアリなんじゃね? と思いつつ、私自身が納得しなかったためボツ。

他にも、毎月墓参りの時に呟いてんじゃね? という説もありました。


 五月はお母さんのようになりたいと言っていますが、口調を敬語にした以外に何か努力している点はあるのでしょうか? 料理は作れるけど、得意という訳ではなさそうですし。家出騒動の時は、母を真似て~とか言ってましたが、とっさに出るのは真似ではなく、その人生来の性格が出ると思うんですよね。(本文では、五月は真面目な性格に矯正したという旨を書いてありますが、私の考えでは、ただ年齢を重ねていくうえで芽生えたものだと考えています。)なのでどちらかというと、母を真似たよりも、人の努力を踏みにじるような行いをしてしまった二乃を許せなかった五月の真面目な性格が出ただけではないでしょうか? 五月が本当に母親役として行動しているのなら、五月は意地を張って家出をする必要はなかったし、二乃を迎えに行ったはずです。なんなら拳骨も考えていたと思います。

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