五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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第58話 最後の試験が一花の場合

「それでは、試験を開始します」

 

 余計なことを考えちゃダメ……今は赤点を回避することだけに集中しよう。余計なことを考える暇なんてないんだから。

 

 一旦視線を窓の外に向けて気持ちを落ち着かせる。

 

 ふぅー……よし。みんなで居られるように頑張ろう。

 

 一花は同級生から一息遅れつつ、問題を解き始めた。

 

 

 

 試験勉強が本格的に始まった日の夜。寝付きが良いと自負する自分が眠れなくて困っていた。このまま横になっていても眠れないから、私はみんなを起こさないようにキッチンの方へ向かう。喉乾いたしね。

 

 歩くたびに軋む廊下を抜けキッチンに行くと、三玖が何やら作業をしていた。

 

「三玖、まだ起きてたんだ」

 

「一花……起こしてごめん」

 

 先ほどからほのかに香る甘い匂いの正体はチョコだったらしい。………来月はバレンタインだもんね。お昼の時も思ったけど、そんなこと今まで意識したことなかった……。

 

 そんな胸内を表に出さないように口を開く。

 

「チョコ作りの調子はどう? そろそろユキト君の好みを把握してきたんじゃない?」

 

「! ……気づいてたんだ。でも、ユキトは何でも美味しいって言うから難航中」

 

 私は甘いの苦手だから、と零すように呟く三玖の手元には試作品と思われるチョコがあった。

 

「……このチョコ、ドクロマークが出てるんだけど……」

 

「……ほんとだ。でもこれは大丈夫な方のドクロマーク。ほら、大丈夫って言ってる」

 

「え? 今大丈夫って言ってたの? それはむしろヤバいんじゃない? ………ねえ、もっとシンプルなレシピでいいんじゃないかな? 溶かして固めるみたいなのとか」

 

「……………」

 

 ………やっぱり手作りが良いんだね。その気持ちは分からなくもないけど、私も料理は上手とは言えない腕前だからなあ、どうしよう。

 

「…………そうだ。私の知り合いに料理上手な人がいるんだ。その人に教えてもらいなよ。話はつけておくから頑張ってね」

 

 今度学校で勉強会があるから、その時に二乃を呼び出そう。そう考えながら私はキッチンを後にし、布団に戻り毛布を被る。

 

 ……私もユキト君にチョコ渡そっかなぁ……。でももしあげているところを三玖に見られたら、三玖悲しむかもしれない。……うん、やっぱり渡すのは諦めよう。お姉さんなんだから妹の恋は応援しないとね。だからユキト君にはあげられない。あげないんじゃなくてあげられないだけ。ただそれだけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は三玖が二乃からチョコ作りを教わる日。私は玄関横の窓からこっそりとその様子を見つめている。覗き見るためにキッチンを片付けた甲斐があった。結局四葉に手伝ってもらったんだけど……。

 

 二乃に胡散臭げな眼で見られたことを思い出しつつ、二人の会話に聞き耳を立てる。

 

 二乃と三玖は互いにとっつきにくい感じがするけど、料理に関することなら二人とも会話は弾むだろう。なんていったって料理は二乃の得意分野だからね。料理が苦手な三玖でも、ユキト君にあげるためなら進んで頭を下げるだろう。これなら三玖はバレンタインチョコを渡せるわけだ。三玖ファイト!

 

 

 …………これで良いんだよね? ……うん。これで良いんだよ。

 

 

 ふと浮かんできた疑問を打ち払う様に自身を納得させれば、チクリと針で刺したような痛みが胸を駆け巡る。その原因は馬鹿な私でもわかる。だって、諦めなきゃ……そう思う度にこの痛みは激しく主張するから。

 

 

「………はぁ、なんで好きになっちゃったんだろう」

 

 林間学校の時からだ、私がユキト君を意識し始めたのは。それに先日の映画の撮影以来、意識しちゃって目を合わせられなくなってる。困っちゃうなぁ……。五月ちゃんからチョコの相談もされたし……。

 

 もしかして五月ちゃんもユキト君の事を……? ……なわけないか。五月ちゃんのことだ。普段のお礼のつもりだろう。

 

「わあ!」

 

「うわああっ!? 『ドンッ!』痛っ!」

 

 五月ちゃんは真面目だなぁと思い耽っていれば、唐突に聞こえてきた声に驚いてしまい、手を強く窓の格子にぶつけてしまった。

 

「あ、ごめんごめん。そこまで驚くとは思わんだ」

 

 こんな子供染みた真似をする輩はどいつだと思いながら後ろを振り向けば、鮮やかな紅の眼と目が合った。

 

「ユキト君!?」

 

 今日は学校で勉強会の筈じゃあ……って言うかさっきの私の言葉は聞かれてないよね? 少しドギマギしながらユキト君を見れば、どうやら聞こえていなかったように感じる。良かった~。

 

「どうしてここに?」

 

 めんごめんご。とにこやかに笑う彼に私はここに来た理由を尋ねた。

 

「四葉が参考書を家に忘れたっていうから僕が取りに来たんだよ」

 

「……あー! それこの前私が捨てちゃったかも」

 

 まって! 今家の中に入られたら全部台無しになっちゃう!

 

「あらま」

 

「今から買いに行くからついてきて!」

 

「え? あ、うん」

 

 ユキト君の背中を押して本屋へと向かっていく。

 

 ……まったく、なんでこうなるかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 貯金が危ないのについお姉さんぶって見栄を張って来てしまった。まぁ、これでユキト君の助けになって喜んでくれるなら……って!

 

 ストップストップ! ダメだよ! こんな関係間違ってるよ! もし私たちが付き合ったら私が貢いでユキト君がダメ男になっちゃうのが目に見えてるよ! ……だから諦めるのが1番だよね、うん。それがきっと正解なんだ。誰も傷つかなくて済むしね……。

 

「お、見つけたよ~一花、結構な値段だけどお金大丈夫?」

 

 ユキト君から参考書を受け取って値段を見てみると2,500円+税込みと書かれてあった。参考書なのにこんなに高いの!? 安いフラペチーノだったら5個も飲めるじゃん! 

 

「別に無理しなくていいから僕が払うよ」

 

 その声で顔を上げるといつの間にかユキト君の顔がすぐそこにあった。

 

 顔が……近い///

 

「え、えっと……心配しなくて大丈夫だから! じゃあ買ってくるからね!」

 

「うん。行ってら~」

 

 恥ずかしさもあり、いたたまれなくて私は参考書をもって会計に向かう。

 

 混んでいるレジで並んでいる私は財布の中身を確認する。……うう~。やっぱり高いな~足りるかなぁ? 本当は参考書、捨ててなかったのに。変な言い訳しなきゃよかった。ただでさえ家賃や生活費でお金がやばいのに……トホホ。

 

 心の中で反省している間に私の番になり、野口さん3人が財布から去って行った。お会計が終わった私は袋を持ってユキト君を探しに辺りを散策し始めたが、彼はすぐに見つかった。レジ近くの在庫処分セールのブースで彼は本を立ち読みしていた。いつの間にか腕にコンビニの袋を提げているいるけど……。

 

「お待たせ」

 

「あ、終わった?」

 

「おや? その本らは?」

 

 少し気になるコンビニの袋はさておき、ユキト君の手元に目を向ければ、二冊の本を持っていた。

 

「あぁこれ? 別に気にしなくていいよ」

 

 そういう風に言われると逆に気になる。……まさか!? エッチな本!?

 

「ま、まさかエッチな本とか!?」

 

 男の子ならそういうの買うだろうなって思ってたけど……本当に……?

 

「違うわ。よく見ろ。マジックの本と、指導本だよ。……どちらかと言えばこれはビジネス本に分類されるのかな?」

 

 ユキト君の言う通り、『初心者でも簡単にトランプマジック!』、『分かりやすく相手に伝えるには ~社会人に必要なコミュニケーション~』の本だった。あはは。早とちりだったか。

 

「良かったらそれも買ってあげようか?」

 

「いや、要らない。重要そうな部分は覚えたし、それに必要に駆られたら自分で買うよ」

 

 ……サラッと言ったけど私が会計していた時間で覚えられるんだ………。やっぱり頭がいい人は脳の作りが違うのかな。

 

「そっか、じゃあ行こ!」

 

「そうだね。………ん? 一花の手、腫れてない?」

 

「え? ………ああ、さっきぶつけたせいかな。まぁ、そんなに痛くないから気にしないで」

 

 少しヒリヒリする位であまり痛み感じてないし。

 

「全く、そういうのは早く言ってよね。湿布貼るから手を出して」

 

「いや、大丈夫だって!」

 

「ダ~メ、一花は女優なんだから気にしなさい…………うん。これで良し。じゃあ今度こそ行こうか」

 

 ………きっとこういうところに惹かれたんだろうなぁ……。

 

 手早く処置された私の右手を摩りながらふとそう思う。

 

「……うん」

 

 

 

 

 

「な、中野さん!」

 

「……あ、水澤君に谷田部君」

 

 本屋さんの出入り口に行くと、私の名前が呼ばれた。誰かと思い振り向いてみると同じクラスの人がいた。

 

「プライベートな中野さんだ」

「こんな所で会えるなんて! しかも名前まで覚えてくださってるなんて感激です!」

「……私服じゃないのが少し残念」

「お前失礼だぞ。中野さんはどんな格好でも美しい。そうだろ!?」

「そうだった。中野さんに失礼だった。すいませんでした!」

 

 二人は息つく暇もなく一方的に捲し立てたと思えば、急に謝って来た。早口だったが内容は理解できたので深々と頭を下げる同級生に苦笑いしかできない。

 

「ま、まぁ、気にしてないから別にいいよ。それに私ってクラスの皆んなのお誘いをほとんど断っちゃってるし。ごめんね」

 

 クラス会の食事にも行けなかったしね。

 

「とんでもないむしろアリです!」

 

「中野さんは俺らみたいな下界の人間と別次元のお方ですから! 今日は何しに……」

 

「そんなの本買いに来たに決まってんだろ」

 

 そんな私が映画で何度も殺されてるとは思っても無いんだろうなぁ。学校に女優業がばれていないのは小さな映画しか出てないからなんだろうけど………喜んでいいのか複雑だなぁ。

 

「……って、中野さんの御手に湿布が!」

 

「これ? さっきぶつけちゃってね、もう大丈夫なんだけど」

 

「い、一大事だ!」

 

「今すぐ救急車をお呼びします!」

 

「この店にお医者様はいませんかー!」

 

「もー! 大袈裟だって! じゃあまた学校で!」

 

 心配してくれるのは嬉しいけど、大袈裟だなぁ。そう思いながらもユキト君の手を掴んで走り出す。

 

「な、中野さん!」

 

「その男は誰ぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ一花。あのクラスメイトにちゃんと弁解しといてよ」

 

 本屋から離れて少し歩いた後、ユキト君がそう言ってきた。

 

「? あはは、そうだね。ちゃんと説明しとくよ」

 

 あの二人から説明を求められたら……ね。

 

「それと、一花は姉妹の中で1番器用で飲み込みも早い」

 

「え? そうかな?」

 

 急に褒めないで欲しい。褒めるなら褒めるって前もって言ってほしい。そうでないと心臓が持たないから。

 

「うん。仕事と両立を保てているのが何よりの証拠でしょ? 今まで試験は散々だったけど、今度こそ合格できるだろう。頑張るぞ!」

 

「……うん! やるだけやってみるよ!」

 

 今まで努力して来た今の私たちなら、きっと合格できる。

 

「そんな頑張るあなたにプレゼント。肉まんだよ」

 

 ユキト君の期待に応えられるように頑張ろう。と意志を固めていた私に、ユキト君はほい、と♪がつきそうな口調で肉まんを渡してきた。

 

 固めた意志が崩れそうな気配を感じつつ、手元の肉まんに目を向ければ、五月ちゃんがよく食べている肉まんと同じだった。

 

「……急にどうしたの?」

 

「……え? 一花がお腹空いてたのかと思って買ってきたんだけど……勘違い?」

 

 肉まんに齧りつこうとしていたユキト君は、大きく開けた口を閉じて私の質問に答えてくれた。どうやら私がお腹空いてると思っていたらしい。

 

「もう! 私は五月ちゃんじゃないよ!」

 

「……むぅ、食べないなら僕が全部食べちゃうよ!」

 

 私が睨みつけるような目でユキト君にそう言えば、彼は私の肉まんを取り返そうと手を伸ばしてきた。

 

「だめ、これはもう私のもの。……でもありがとね!」

 

 伸ばされた手を躱し、感謝の言葉を口にした。そのまま口元に肉まんを運び一口齧る。

 

 口一杯に広がる肉まんの味はきっと忘れないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「私、この期末試験で赤点回避する。しかも5人の中で1番の成績を取って。そうやって自分に自信を持てるようになって……………そしたら今度こそ好きって伝える」

 

 2月14日のバレンタイン。今の停滞した関係を望んでいる私の気持ちとは裏腹に、三玖が意志を固めた発言をした。

 

「……い、いいんじゃないかな? それが三玖のけじめのつけ方なら……」

 

 三玖に私の顔が見られないように、マフラーに顔を埋めて言った。そうでないと、私の気持ちが悟られてしまうかもしれなかったから……だって今の私はちゃんと笑えている気がしないから。

 

「三玖ならできるよ」

 

「……私は……一花を待ってあげない。全員、平等じゃなくて、公平に。早い者勝ち、だから……」

 

 そう話す三玖の目は本気だった。三玖は本気で姉妹の中で1番をとってらユキト君に告白するつもりだ。

 

「……うん。でも私も、手を抜いてられる余裕なんてないから……」

 

「わかってる」

 

「頑張ってね、三玖」

 

 

 

 

 

 私は仕事から帰った後、既に床に就いている姉妹を起こさないように、静かに勉強していた。だけど一向に内容が頭に入ってこない。理由は明白。三玖の宣言以降ずっと悩んでいるのだ。

 

 ……頑張ってね、なんて……私何様なんだろう。

 

 進むのが怖い私とは違い、三玖がどんどん変わっていく。ユキト君に恋し始めてからの三玖は、彼に出会う前と出会った頃では雲泥の差がある。恋は人を変えるとも聞くけど、まさかここまでとは思わなかった。かつての三玖は料理に興味を示さなかった。勉強に意欲的ではなかった。なにより、今みたいに綺麗な笑顔を浮かべるようなことは無かった。それこそお母さんが亡くなってからは。

 

 ネガティブ気質な三玖が前を向きはじめたのは非常に嬉しい。だから三玖のことは応援はしている。……けどそれを素直に受け止めることのできない自分がいる。五月ちゃんだったら受け止められたのかな……?

 

 私は諦めなきゃいけないのに……ホントダメだな……。

 

『後悔がないようにしなよ? 今がいつまでも続くとは限らないんだから』

 

 林間学校で私が三玖に言った言葉が何度も頭を過ぎる。分かってるよ。今がいつまでも続くとは限らないなんて事は、お母さんが死んじゃって理解した。そんな事は夢物語なんだと知ってる……。でも、せめてもう少し……もう少しだけ、今の関係に浸っていたいの。

 

「頑張らないと……」

 

 眠気でぼんやりとし始めた意識を覚醒するために頬を叩き、再び目の前の問題に目を走らせる。

 

 まずは赤点回避が大事だから……。

 

 

 

 

 テストの結果が返され、祝賀会に参加するためフータロー君のバイト先のRevivalのドアをくぐる。

 

「あ、一花も来たよ。良かったー! 一花も赤点なかったんだね! 合計何点だったの?」

 

 目が合うと同時に駆け寄ってくる四葉に口を開く。ユキト君と話をしている三玖に聞こえるように。

 

「えーっとね、240点だったよ」

 

「……ってことは」

 

「一花が一番ですね」

 

「すごいじゃないか! 仕事もあったろうにきちんと両立させたな!」

 

 私が一番なんだと分かった瞬間。どこか冷めていくのを感じた。

 

「あ、そうなんだ。やった」

 

 私が一番なら三玖はユキト君に告白できない。ならまだこのままの関係でいられる。

 

 

 

 

一花の試験結果

 

国語38点

 

数学63点

 

理科52点

 

社会40点

 

英語47点

 

総合点240点

 

 

 たいへんよくできました!

 




雪斗が、一花がお腹空いていると勘違いした理由は後程。
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