お日様が顔を出したばかりの早朝。
期末試験の祝賀会を開かせてもらったrivivalに今日は来ている。というのも、祝賀会が終わった後に店長からここで働かないかと誘われたからだ。特に断る理由もなかったので快諾した。あれから何回かバイトで来ていたが、今日は別件。厨房を借りるために来た。
ドアベルを鳴らして中に入ると、店長が出てきた。
「店長、今日はありがとうございます」
「従業員の望みは出来る限り叶えたいからね。好きに使って構わないよ」
なんて心優しい人だ。何でこんな人に良い人がいないのか分からない。……時折偵察に来ている、向かいのパン屋さんとかはどうだろうか……。店長も偵察に行っているようだし、意外とイケるんじゃないかな。
今はどう二人を結びつけようかは頭の片隅に置いておこう。更衣室で制服に着替え、厨房を借りる。正式にアルバイトとして働き始めてからは、僕は厨房担当になっている。お陰で上杉よりも給料が高い。ウェ~イ。
給料の事はおいといて、今から作るのはチョコレートケーキ、ショートケーキ、ロールケーキ、クレープ、ミルフィーユ、プリン……これらが五月用だ。因みにクレープだけこの店では売ってない。これらはホールで作るが、一切れだけ渡すので問題ないだろう。残りはそのままお店の商品として出すし。三玖は練りきり、饅頭、苺大福、みたらし団子、抹茶プリンを渡すつもりだ。お店の材料を使ってもいいことになっているが、和菓子で使う細々とした材料は自腹だ。そもそも和菓子はここでは売ってないから当たり前だね。
三玖と五月が来るのは3時のおやつの時間。それまでに作り終える必要がある。一応家で試しに全部作ったから手順は頭に入っているので、後は丁寧に作っていこう。
厨房の一角を占拠し、材料、調理器具の確認を行う。錆や、欠け、色、臭い、など、五感を使って問題がないかチェック。これを怠ってしまうと、異物混入、食中毒事件に発展してしまうので必ず食品を提供するお店は行わなければならない。この他にも水の塩素残留度なども確認するのだが、そういうのは店長など責任者が行っている。
この事を踏まえた上で上杉の生っぽいアップルパイの件は完全にアウト。あれで僕がお腹を壊してしまい、病院で貰う証明書などの書類を然るべき所に出したらこの店潰れてたな。
さて、問題もない事だし早速作り始めていこう。もたもたしているとお店が混んできて中断せざるを得なくなる。
…………よし完成だ。目の前にずらりと並ぶスイーツの品々にやりきった満足感を感じる。時計を見ればあと1時間で約束の時間となっていた。一先ず冷蔵庫に入れて保管。一食分だけ取った後のケーキと和菓子たちはそのまま店頭のショーケースに置いておく。和菓子については、『数量限定! 本日限りの和菓子スペシャル!』のPOPを付けておく。きっと売れるだろう。
来た時よりも美しく精神で片付け、清掃を終えると丁度約束の時間。手を洗ってホールに居る店長の下に向かう。
「店長。終わりました。改めてわがままを聞いてくださってありがとうございます」
「おお、意外と早く終わったね。……別に構わないよ。必要な部分以外はお店に並べてくれるしね。それよりもう来てるよ」
店長の視線の先には三玖と五月が会釈し、控えめに手を振っていた。
「女の子を待たせるのは良くないからね。行ってきなさい」
僕に背を向け、立ち去りながらそう言ってくれた。……やっぱり店長はいい人だな~。今回の恩として向かいのパン屋の女店長にそれとなく店長の良い話をしておこう。
店長に頭を下げ、スイーツを持って席で待つ二人の下に向かう。
「お待たせしました」
「今日は誘ってくださりありがとうございます」
「……ユキトは座らないの?」
五月と向かい同士で座っている三玖が、自身の隣の席をポンと叩いた。
「今日はバレンタインのお返しだからね。主役は君たち」
僕はモブ。モブはモブらしくさっさと退散しよう。三玖、五月の前に作ったスイーツを並べて立ち去ろうとした時、五月が僕の手を握って来た。
「どうかした? ……まさか足りないとか……?」
十分な量を用意したはずなのだが……これ以上食べると太ってしまうぞ。
「いえ、十分な量です! そうではなく一緒に食べましょう。みんなで食べたほうが美味しいですから、ね?」
「五月の言う通り、一緒に食べよ?」
五月の誘いを断ろうとして三玖の方を見れば、三玖も一緒に食べようと言ってきた。僕を見つめる瑠璃色の二対の眼に圧されてしまう。
「「「…………」」」
……そんな期待を込めた目で見ないでくれ、心が揺れてしまう。
そのまま沈黙が続くこと数秒、僕は諦めて三玖の隣の席に腰かけた。
「そこまで言うならご一緒させてもらおう」
「はいっ!」
「五月は洋菓子、三玖は和菓子ね。なんか気になったら言って」
「では、頂きます!」
「……頂きます」
一口分切り取り口に運ぶ二人。どんな表情をするかドキドキしながら待つ。
「美味しいです!」
「……美味しい」
五月は頬に手を当て、三玖はフォークを口元に運んだ体制で呟いた。
「そっか、それならよかった」
お口に合ったようで何より。黙々と口に運んでいく二人を頬杖をつきながら眺める。
三玖の方に目を向けると一口食べる度にもにょ~んとした顔になっていた。なんだかハムスターに餌付けしている感じがする。したことないけど。
一方五月の場合はというと、沢山作ったケーキたちが五月の口に次々と消えていく。まるでブラックホールに吸い込まれていく様だ。そして食べるスピードが全く落ちない……フードファイターになれそうだな……。口の端に生クリームを付けている五月を写真に撮り、ナプキンを手に取る。
「……五月、動くなよ」
「へ?」
五月が口からフォークを離した瞬間にさっと拭った。
「……お恥ずかしい……」
もにょもにょと口を動かしながらも手は止めない五月。ただ、スピードは落ちた。ちゃんと味わって食べてくれよ。言う必要はないと思うけど……。
「……ユキト」
五月の表情にほんわかとしていると、三玖が僕の袖を引いてきた。
「……私も…」
「……どう食べたらそこまで汚れるんだ?」
三玖は口の周りを餡子で汚していた。さっきまで丁寧に食べていたのに急に幼児化か?
「……もっときれいに食べなよ」
「うん……痛い…」
そう忠告してナプキンで拭った。少し強く拭ったのはささやかな仕返しだ。その餡子絶対わざとつけたろ。
「あとで顔洗いな。べとべとしてるだろうし」
「うん」
分かってるなら良し。三玖がどこか満足した顔になったので、再び五月の方を見てみると完食していた。はやっ!
「美味しかったです! 五月チェック☆5です!」
五月チェック☆5ならお店に出した方も評判良いだろう。五月の舌は確かだし。
「ユキトご馳走様。美味しかった。また作って」
五月に遅れながらも三玖完食。もう少し時間掛かると思っていたが、口に合っていたのか予想よりも早い。
「お粗末様。気が向いたら作るかな。何時かは分からないけど……」
お菓子作りは時間掛かるし調理器具も沢山使うから正直面倒くさいんだよね。
「……残念」
「折角美味しいのに……勿体無いです……」
名残惜しそうにフォークを咥える五月は至極残念な顔をしていた。
「……お店に僕が作った奴がまだ並んでいると思うから、気に入ったのなら買って帰れば?」
行儀が悪いぞと言ってフォークを取り上げれば五月は財布を持って立ち上がった。
「なら買いに行きましょう! 姉妹のみんなも気に入るはずです! 行きますよ!」
「へ?」
五月は機敏な動きで僕の腕を掴み、ショーケースの前まで引っ張って行った。
「三玖~、妹何とかして~!」
がっしりと掴まれた腕を振りほどくことは出来ず、三玖に助けを求める。……なんで食欲が関わると僕より力強くなるんだよ! 食欲の鬼だな。
「……五月に同感」
下から聞こえた三玖の声に顔を向ければ、自身の財布を持って和菓子を見ていた。
「三玖も買うのか?」
「うん。数日に分けて食べるんだ」
……そこまで気に入ってくれたのなら、買って帰りましょうか。
「店長」
端からショーケースを眺め始める二人を横目に、遠くでこちらに視線を送っていた店長を呼びかける。
「やぁ、注文かい?」
「はい、僕が作ったお菓子は全部僕が買い取りたいのですがよろしいですか?」
「……この娘たちの為かい? ならサービスしてあげるね」
通常価格より30%ほど安くしてくれた店長に頭を下げ、まだショーケースを眺めている二人に声を掛ける。
「ほら、お菓子店長に安くしてもらったし帰るよ」
そう言って扉に向かって歩き出す。店長から施しを受けたと言えば、二人は店長にまたお礼を言いに来るんじゃないかな? 安易な考えだが可能性としてはあり得るだろう。寧ろ姉妹で来る方が確率は高いか。
「え!? 店長さんありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
「え? いやそれは……」
店長が言い切る前に二人と共に店を出る。店長、目つきが悪いからお客様の前に出ることはあまりしないって言ってたけれど、たまにはお客様から直接感謝されるのも良いと思いますよ。
「じゃあ帰ろっか」
「はい」
「うん」
のんびりとアパートに向かう道を歩く。暫く歩いていると隣にいた五月が、後方にある道端の電化量販店のテレビを見て足を止めていた。
いつのまに……。なにか気になるニュースでもやっていたのだろうか? 三玖にここで待つように伝えて五月の下に向かう。
「……五月、何か気になるニュースでもやっていたのか?」
僕がテレビを覗き込んだ時に、何かについて話していたのだろう女性のコメンテーターの画面が切り替わり、天気予報に変わっていた。
「! いえ、大丈夫です……」
? まぁ何もないならいっか。
「なら早くアパートに行こ。お菓子が不味くなっちゃう」
「そうですね……」
「五月……どうかしたのか?」
さっきまでは元気な顔をしていたのに、どこか落ち着かない雰囲気を感じる。
「気のせいじゃないですか? それよりも三玖がこっちを見てますよ。早く行きましょう」
五月の言う通り三玖がこちらを見て頬を膨らませていた。……さっきまでは二人とも機嫌が良かったのにどこか悪く見える……一体何があったんだよ……。
そのままアパート前まで一緒に行き、五月と三玖にお菓子を渡してからその場を後にした。三玖は直ぐに機嫌を元に戻したけれど、五月はどこか上の空のままだった。五月の調子を崩したと思われるあの女性のコメントは一体何だったのだろうか……。こればっかりは僕にはどうしようもない。五月があの場で濁したということは触れてほしくはないんだろう……。
「今帰りました~」
「……ただいま」
「お帰り、手に持ってるのは何?」
「今日ケーキ屋さんから貰った白羽君お手製のお菓子です」
五月は一花の疑問にそう返してテーブルの上にみんなが見えるように置く。
「わ~! 今日のデザートは豪勢になりそうですね!」
「へぇ、楽しみね」
「……二乃、私疲れたので一旦寝ます。晩御飯の時になったら起こして下さい」
「……あら、珍しいわね。別にいいわよ」
「……ありがとうございます」
溶ける前に、とお菓子を冷蔵庫に入れる二乃に頼みごとをし、寝室に向かう。
襖と襖の隙間から聞こえる姉妹の声が頭に入らないよう、一足先に部屋に籠もった五月は布団を頭から被っていた。
『好きだから嫉妬するんです。好きだから目で追ってしまうんです。好きだからその人の笑顔が頭から離れない。好きだから何気ない一言で一喜一憂してしまうの。どれもこれも、友達なら何も思わないでしょ? それだけその人のことが好きで好きで、大好きでしょうがないからそう思ってしまう。その感情を恋と言うのです』
今日の帰り道、道端の電気量販店のテレビで言っていた言葉がずっと頭を巡っている。最初は何も思わなかった。恋だなんて不純なもの、私には関係ない物だと決めつけていた。お母さんを捨てたお父さん、男に恋するなど有り得ないから、私は一生恋などしないと思っていた。でも話を聞いている内にその言葉は胸のずっと奥深くに入り込み、囁いてくる。
どうして白羽君に私の勘違いで告白したとき、成功して嬉しいと考えた?
何故白羽君に話し掛けた女性に嫉妬した?
勉強会の時、ふとした瞬間に白羽君を目で追ってしまうのは何で?
チョコを白羽君に渡した時にドキドキしたのはどうして?
そして、安らぐ声で私の名前を彼が呼ぶ度に跳ねる鼓動、私に優しく微笑む度に熱くなる体。
何より、彼の作る料理が温かく感じ、お腹も胸もいっぱいに感じるようになったのは何故?
どれもこれも私が彼を好きになってしまったから?
そこまで考えると、私が彼を好いている事がすとんと胸に落ちた。
………私は白羽君に恋しているのですね。
トクンと温かく鼓動を打つ自身の胸が当たりだと答えた。
恋していると自覚した五月は、想像の雪斗を創り上げ話しかけた。
何で想像したのかは分からない。ただ、なんでか言いたくなったのだ。
白羽君、私は恋愛対象に入るでしょうか? ………あなたには沢山の友だちがいますね。その中でも、少しでも記憶に残ってほしくて、かわいくなれるように沢山努力をします。私はお母さん似ですから、きっと美人になります。恥ずかしいですが、体型も男受けする体ですし魅力的ではないでしょうか?
それでも所詮は想像上、自身の乏しい想像力では返答まで想像することは叶わず、ただ微笑みを浮かべるだけの木偶の坊。
貴方が聞いた音色に耳を澄ませて、読んだ本に頭を悩ませて、食べたものをより食べて、幸せだと思うものをそれ以上に幸せだと思いたい。綺麗だと思うものを一緒に共感したい。貴方が好きなものを好きになりたい。嫌いなものも好きになりたい。貴方が愛するものを愛したい。その為にも、傍に居させて欲しい。
貴方にはバレないように恋しますから、傍にいることを許してください。貴方の隣に立てると思えるその日まで……。
最後まで言い切ると、微笑んだままピクリとも動かない雪斗が頷いたように見えた。
そんな訳で五月も参戦! 原作を読んだ感じだと五月は恋に鈍感らしいので、複数に分けて五月の心を揺すぶる描写を書きました。
これから五月がどういった行動をしていくかはまだ考えていません……。