五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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第63話 スクランブルエッグ ②

 おじいちゃんは上杉に殺人予告を行った後、元いた場所に戻って行った。この一連を終えたときには、五月(偽)の姿は無かった。

 

「痛ぇ、……いや痛みよりも五月だ! 理由も言わずに一方的に伝えるだけとは……追いかけるぞ!」

 

 それじゃあ、部屋に戻ろうとしている五月を追いかけるとしますか。

 

 最初の数歩で上杉を追い抜き、降りてきた階段とは違う別の階段を駆け上がる。踊り場に出ると五月(偽)の姿は見えず、マルオさんが居た。上杉? 知らんねそんな奴。

 

「……こんばんは。お出かけですか?」

 

「白羽君、ここから先は僕と娘たちの部屋しかないが何か用かな?」

 

「……先ほど五月に呼び出されたのですが……明日にしますね」

 

 父親がここを通すわけにはいかないか……。諦めよう。

 

「そうかい」

 

「失礼しました。春とは言えまだ夜は冷え込みます。娘さんの体調には気遣ってやってください。……お医者さんに言うのもあれですが……」

 

「分かっているとも」

 

 一礼し、階段を降っていると、途中で上杉が追いついた。お前一体どこで道草食ってたんだ?

 

「五月(偽)には逃げられちゃったよ。マルオさんが居て踏み込めなかった」

 

 まぁマルオさんが居なくても諦めたけどね。マルオさんがもしかしたら部屋に居ると思うと、ノックすらも憚れるもん。

 

「くっ、間に合わなかったか……」

 

「てことで今日は解散だな」

 

 睡眠をとって英気を養うことにしよう。……あ! 中庭行くの忘れてた……。中庭に目を向けると誰も居なかった。……ごめん本物の五月。

 

 

 

 

 

 

 障子をすり抜けて目に入ってくる光に目を覚ます。

 

「…………む、朝か」

 

 お日様が上がるのと同時に起床。ただでさえ布団が変わると眠れないのに、睡眠時間が削れてしまうとは……旅行とは一体なんぞや。

 

 覚醒と微睡の間(至福)の時間は終わってしまい、すでに頭は覚醒しているが、ゴロゴロと布団で寝っ転がる。起きれるといっても布団が離してくれないんだもん。しょうがないよね。

 

 そのままミノムシになってぬくぬくと過ごしていると、スマホに着信が来た。誰だ? ……五月か……。

 

『現在、こちらの電話番号は使用されていません。ご利用となっている電話番号が正しいか、御確認下さい』(機械音声の声真似)

 

『……貴方は一々ふざけないと気が済まないのですか?』

 

「しょうがねぇだろ。ふざけないとやってられないんだから。でも昨日は悪かった。だが約束をふいにしてしまった経緯を口で説明するには、ちょっぴっとばかし難しい。会えないか?」

 

『……そうしたいのは山々なのですが、監視の目があって抜け出せそうにありません』

 

 ……密会できる場所か……。

 

 昨日一日旅館を走り回った記憶を探り、良い場所を見つける。

 

「五月、それなら良い場所がある」

 

『はい?』

 

「今から言う場所に来てくれ」

 

 

 

 

 やはり温泉での朝風呂は気持ちいいな。まだ夜の冷えが残る体が温泉の暖かさで解れていくのが分かる。万が一、他のお客さんが来た場合に備えて、手ぬぐいを持ってきた。人が来たら手ぬぐいで目を隠しとこう。

 

 混浴風呂で1人快楽で蕩ける僕。上杉も連れてきた方がよろしかったかもしれないが、別に後で伝えれば良いしね。

 

! 女湯から足音が聞こえる……五月か?

 

 その音の主が僕がもたれている仕切り近くでお湯に入る音がした。それじゃあ早速合言葉を。

 

「ねぇ、上杉がいつもテスト結果を見られそうになる時なんて言ってたっけ?」

 

 こう言えばもし女湯の人が違う人だった場合、つまり反応してこなかった時は、五月ではないということだから、上杉の声で喋れば良い。

 

「待て! 見るんじゃない! あー恥ずかしい! です……なんでこの合言葉何ですか?」

 

「誤魔化しきくから」

 

「そうでしたか」

 

 それで納得しちゃうのね……。僕の言葉を信用しすぎでは?

 

「……しかしいくらなんでも温泉で仕切り越しと言うのは……」

 

「他に良い場所でもあったか?」

 

 後はもう屋根の上とか、押し入れの中とかしかないと思うがね。でもそれがバレたら僕の命がないからさ。

 

「……ないです」

 

「まっ、ここならマルオさんも来ないだろうしね。安心して話し合いできる」

 

「そうですが……無茶苦茶です」

 

 ほっとけ。それに付き合う五月も大概だろうが。

 

「さて、雑談もそこそこに本題に移ろうか」

 

 青空を眺めていた僕は、姿勢を正して意識を切り替える。

 

「約束の時、僕と上杉は1階の廊下で五月に会った。そしたら家庭教師を辞めるよう言われた。もうパートナーじゃないんだって」

 

「えぇ!?」

 

「……やっぱりあれは五月じゃなかったんだね」

 

「私はそんな事は絶対に言いません!」

 

 じゃあ五月以外の姉妹が僕らを拒絶しているってわけか……二乃も違うな。拒絶したら上杉との時間が取れないもんな。二乃があだ名で上杉を呼ぼうとしたということは、距離を縮めたいということだしね。

 

「何か心当たりない?……それと何で姉妹のみんなは五月の姿をしてるの?」

 

「それには理由があるんです」

 

 五月が話した事を要約すると、昔四葉が、今のようなうさちゃんリボンを付けているところを見た祖父が、寝込んでしまったらしい。今まで仲良かったはずなのに、険悪になったのではないかと心配したそうだ。それ以来祖父の前では姉妹の誰かの姿で統一してるんだとか。

 

 以前四葉の過去を聞いた時だと、確か他の姉妹と区別されるようにリボンを付けたんだよね。見た目がみんな一緒だと、自身の事’だけ’を見ている人はいないと思えてきてしまったから。……まぁそれが高じて優越感や特別感に身を落としてしまったみたいだが……。

 

「……なるほど、一つ疑問なんだが、それなら声まで一緒にする必要はないと思うんだけど。そこんとこどう?」

 

 耳も遠いみたいだし、声も一緒にする必要性は感じないと思う。

 

「………ね、念のためです。これ以上触れないでいただけると助かります」

 

「分かった……それで心当たりは?」

 

 声も統一することに疑問を持ってなかったんだな。まぁ変装といったら声も変えるよね。

 

「心当たりと言われても……」

 

 う~ん、と唸る声が数秒した後、そういえばと切り出した。

 

「………春休みに入ってから一花も、二乃も、三玖も、四葉もどこか変なのです」

 

 ……はぁ~、それで余所余所しかったわけか……。

 

「昨日はそれを尋ねるために呼びました。何かご存じありませんか?」

 

「とくには存じ上げないですね~………気になるが、一先ずみんなのお悩み解消は後だ」

 

 優先順位は偽五月の真意を知る事。お悩みはその次だ。

 

「まず先に偽五月を対処しなければ。このままじゃ家庭教師解消になってしまう」

 

 昨日偽五月には肯定的に話したが、全員が納得しない限り保留とさせてもらおう。

 

「そ、そうですよね。しかし、私も偽五月に共感できる所もあるのです」

 

「その心は?」

 

「私たちはもうパートナーではありません。偽五月の真意は分かりませんが、もう利害一致だけのパートナーではないということです。数々の試験勉強の日々、花火大会、林間学校、年末年始など多くの時間を共有してきたのです。それはもはや……友達でしょう?」

 

「……そこまで関わってやっと友達? じゃあ今まで何だったんだ? ただのクラスメイトか?」

 

 僕は既に友達だと思ってたのに! 

 

「……そう言いたいわけでは……」

 

 皮肉りすぎたか? ちょっと五月の元気がなくなってしまったように感じる。

 

「分かってる。僕らは友達。 …………それじゃあ”友達”として、お悩み相談も偽五月問題もドンと面倒見ようじゃないか!」

 

 偽五月の真意も、お悩みも一度に見てやる!

 

「……………………」

 

 あれ? 五月は? もしかして上がった? じゃあ恥ずかしいだけじゃん。……っと誰かこっちに来るみたいだな。目隠ししとこ。

 

「ありがとうございます!」

 

「その声は五月だよね? ……何してんの?」

 

 耳に入ってくる音で判断してみると、五月は僕の隣に座ったようだ。こいつの羞恥心どこ行ったんだ? 女湯か? さっさと拾ってこい。そしてそのまま帰ってくるな。

 

「混浴なので問題ないです!」

 

 うん君の頭には問題があるね。

 

「……そうだが、付き合っていない異性同士が同じ温泉に入るのはどうかと思うよ?」

 

「何を言ってるんですか、友達なら当たり前………ではありませんね」

 

 五月は急に冷静になったようで、僕から距離を取った……と思う。

 

「すみません……忘れてもらえると助かります……」

 

「……それで五月は最近どう?」

 

 まずは五月から悩み相談から始めよう。

 

「最近と言いましても、特には無いですよ」

 

「そうか? でも僕には何か五月に違和感感じたけど……」

 

 なんというか、距離を測りかねているというか……林間学校の時の五月みたいな感じがする。

 

「えっ? そうでしたか……。でも本当に何もありませんよ。その証拠にこの前もご飯おかわりしましたし! ……あ、…今のも忘れてください……」

 

「フフフ、なら安心だな。でも何かあったら言えよ。力になるから」

 

 話している内に徐々に近づいてきた五月に笑いかけた。

 

「……私はそっちにはいませんよ」

 

「あ、ごめん」

 

 五月が僕の肩を叩いて自身の所在を申し出た。人一人分ずれていたようだね。

 

「…………あの、白羽君。一つ質問なんですが……」

 

「なに?」

 

「その……」

 

 何か言い出しずらそうな雰囲気を感じつつ、続きを待つ。

 

「白羽君は好きな人はいますか?」

 

 五月が僕に何を求めているのか皆目見当もつかないが……好きな人、気になる人でもできたのかな? 二乃がそうだし、なにより高校生だもんね。そういうのも気になる頃か……。

 

「いないけど。……僕には好きだの恋だの、語れるほど経験がないから何とも言えないが……それが?」

 

 アドバイスとか求めたいのなら、多分力になれないと思うぞ。

 

「いえただの興味本位です。ありがとうございます」

 

「そっか、でももしいるのなら家庭教師の時間を少し短くしたほうがいいのかな……?」

 

「大丈夫です! 長くても問題ありません!」

 

 そうか。なら今まで通りで行こうか……。それよりも折角の秘密の話し合いだ。僕も頼みごとをしておこう。

 

「……後で五月にやってもらいたい事がある」

 

「え?」

 

「この後、朝食の時間になる前に五月たちの部屋に行くから、マルオさんを足止めしてほしい」

 

「えぇ? そんなこと言われましても……」

 

「五月だけが頼りなんだ。頼むよ」

 

 渋る五月に詰め寄り、これでもかと頭を下げる。

 

「わ、分かりましたから頭を上げてください!」

 

 五月は両手を左右に振りながらあわあわとしているのを感じる。耳元で風の切る音が聞こえるからね。

 

「まじで!? ありがとう! これで一花たちのお悩み相談が出来るよ!」

 

 わーい! と諸手を挙げた後、これからについて考え始める。

 さて、姉妹のお悩み相談をするためには、先に姉妹たちを見分ける事が重要。しかし、姉妹たちを見分けるには愛が必要。僕に愛たるものがあればいいのだが……。

 

 昨日の偽五月で感じたが、姉妹たちの本気の変装は意識の波長が読みずらい。そのためふとした声や癖に気づけないと手遅れになってしまう。友愛や親愛で補えればいいのだが……。そもそも愛だなんて目に見えないものをどう力つければいいんだ? 根性か? 1に家族愛、2に愛情、34がなくて4に根性ってか? ……一先ず風呂から上がるかね。

 

「……そろそろみんなも起きる頃だろう。上がろうか。脱衣所に誰かいたら困るから僕が先に出るね」

 

 そう言ってお湯から上がれば五月から視線を感じた。

 

「……何か気になる事でも?」

 

「……い、いえ、その……鍛えてるんですね」

 

「まぁね、鍛えておく分には損しないし」

 

 キッドロールをするときには、それなりの身体能力が望まれるからね。お陰で今は細マッチョになっている。 ちなみに目標は大胸筋と会話をすること。やぁ、今日も元気? …………ムキィッ(元気だぜ)! ってね。

 

 そう言ってその場を後にしようとすると、何故か五月に右手を掴まれる。

 

「待ってください。一緒に行きましょう!」

 

「やめろ、離せ」

 

 さっきまでの冷静さはどこ行った?

 

「いいじゃないですか。どうせ前見えないんですよね?」

 

「五月を見ないようにしているだけだから、五月が後ろにいるなら目隠し外すが?」

 

「じゃあ私は前に居ますね!」

 

 何故目隠しを継続させようとしてくる!

 

「つうか脱衣所違うんだから一緒に出ても意味ねぇだろ!」

 

「女の子一人残していくんですか~?」

 

「僕が先に出れば万が一脱衣所に人がいても対処できるだろ!? 一緒に出たら意味ないよ!?」

 

「髪を乾かさないといけません。手伝ってください」

 

「ごめん耳聞こえてる? 僕がしてるのは会話のキャッチボールで、ドッチボールしてるつもりはないんだわ」

 

「え? 何か言いました?」

 

「…………はぁ、しょうがない、人が居ても知らないからな。ほら連れてけ」

 

 先ほど振り払った右手を再び差し出し、脱衣所まで案内してもらう。まったく……急にあーだこうだ言い始めやがって何がしたいんだ。

 

 一言言ってから目隠しを外せば、脱衣所には幸い誰も居ず、そのまま着替えようとすると再び感じる視線。

 

「出てけ」

 

 僕のマントを掛けて問答無用で外に追い出す。早く着替えろ。他の人に見つからんうちにな。(ヤムチ〇風)

 

 外からは『ずるいです』なんて声が聞こえてくる始末。人の着替えを見て何が楽しいんだ。五月は悩み事ないって言ってたけど、やっぱり心配だよ。

 

 

 

 

 

 

 さて、上杉も起きたことだし、温泉で五月に話した概要を説明しよう。

 

 先ずは五月がマルオさんに話しかけて足止め、その間に僕たちは姉妹の部屋まで気づかれない様に向かう。

 

「大雑把に言えばこんな感じ。おっけー?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 廊下の隅で五月がマルオさんに話しかけるのを待つ………今だ! 僕は足音一つも立てない完璧な隠形で進む。

 

 ミシッ

 

 上杉ィィィ!! テメェは戦場で真っ先に死ぬ人間だなぁ!! 

 

「何だい今の音は」

 

「きっと気のせいですよ! それよりも……」

 

 マルオさんがこちらに顔を向ける前に、それを阻むかのように五月が体で隠す。

 

 ナイス五月!

 五月のファインプレイのお陰で僕たちは部屋の前までやってこれた。

 

 よし、それでは入る前にノックを……

 

 バン!

 

 僕がノックしようと手の甲を扉に向けた瞬間、上杉が躊躇もせずに開けた。

 

「な…」

 

 上杉は目の前にいた四人の五月に言葉を失う。僕は友人とは言えノックをしない君の神経に言葉を失うわ。

 

「う~ん、五月の森だ。……何か明治の商品名みたいだね。でも僕はどちらかというとたけのこ〇里が好き。尚、異論は認める」

 

「ユキト君たち、入ってくるならノックくらいしてよ」

 

「びっくりさせちゃった?」

 

「これはですね……」

 

「丁度良かったわ。あんたたちにはもう一度試してみたかったのよ。覚えているかしら五つ子ゲーム? 私たちが誰だか当ててごらんなさい」

 

 僕のボケに対するツッコミは無し? まぁいい。一先ず四葉を当ててやろう。

 

「……そこで斜めに立ってるのが四葉だね」

 

「当たりです!」

 

「「イェーイ!!」」

 

 四葉と一緒にハイタッチ。四葉は斜めに立っていることが多いので五つ子ゲーム初心者の人でも四葉を当てることは容易。参考にしてみて!

 

「当ててんじゃないわよ! 一人ひとり部屋に入ってくるから、そこで当ててみなさい!」

 

 そう言い残した二乃は他の姉妹を連れて部屋の外に出て行った。

 

 愛が試される時がやってきたか……。


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