五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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第64話 スクランブルエッグ ③

 急遽開催された五つ子ゲーム。……今回で3回目かな? 1回目は林間学校で、2回目はテスト0点名無しの権兵衛事件の時だな。今まで僕は全勝中……だが今までのは前哨戦。このゲームが本番か……。

 

 さて今回の五つ子ゲームの内容は、姉妹らが一人づつ部屋に入り、五月らしく振る舞う。僕と上杉は一緒に考えるが相談は無し。それぞれが考えて正体を言い当てるという感じだ。

 

 

 そんなわけで

 

「最初の人~……自己紹介をどうぞ」

 

 う~ん。やはり判別しにくくなってる。

 

「自己紹介ですね。私は中野五月。17歳、5月5日生まれのA型です」

 

 なんとなく一花っぽい声質をしている……揺すぶってみるか。

 

「五月ってさ、生まれた時間次の日に跨ったりしなかった? 要は五月だけ5月6日生まれとかない?」

 

 そう切り出せば、どうやら誕生日の話は禁句なようで、五月は慌てた様子を見せる。

 

「なっ! そんなわけないじゃないですか! 私はちゃんと5日生まれです!」

 

 ……一花か。

 

「上杉。僕は誰か分かったから答え言っていい?」

 

「もう分かったのか……俺にはさっぱりだし、言ってくれ。つうか答えが分かったらそのまま言ってくれていいぞ。後で何で分かったか教えてくれ」

 

 もう少し考えれば一花だと分かるかもしれんが、上杉がそう言うならそうしよう。

 

「オッケー。この五月は一花だよ」

 

「なんで分かるの!?」 

 

「驚いた声に一花の声が混じってたから」

 

 想定外の質問がやはり効果的か……? どちらにせよ、驚愕に揺れた声が五月そっくりとまでは言えない。良く聞けば一花の声だと判断できた。

 

「ってことで次の五月~!」

 

 一人目は成功。二人目の五月を部屋に通す。

 

 スリッパを脱いでこちらに足を踏み出した瞬間誰か分かった。

 

「ハイ二乃です。では次の五月さんどうぞ~」

 

 二乃はたとえ五月に変装していたとしてもお洒落を止めるつもりはないようだ。足にペディキュアを塗っていた。足ならお爺さんにバレないと思ったのかな?

 

「少しは喋らせなさいよ! そもそもなんで分かんのよ!」

 

 理不尽な怒りをぶつけ、ムスッとした二乃を送り出す。

 

 三人目。

 

「上杉、お前が質問してみれば?」

 

 僕はもう分かったので、上杉に話を振る。

 

「そうだな……五月、おまえら姉妹の体重ってみんな一緒なのか? な訳ないよなお前が一番重いんじゃないか? 本当の数字言ってみろ」

 

 わー、デリカシーの欠片もない質問。妹がいるのに女心分からんのか?

 

「なっ!? そんなこと答えられるわけないじゃないですか!! 女の子にそのような質問をするのはいけません! どうかしてます!」

 

『お兄ちゃん。流石にそれは失礼だよ? お兄ちゃん頭は良いのにそこだけ残念だよね』(らいはちゃんボイス)

 

「らいはの声で言うな。心にくる」

 

 胸を押さえて机に沈む上杉を傍目に、答えを言う。

 

「……分かりずらかったが三玖だね。畳の縁を踏まずに来たね」

 

 三玖は部屋に入って3歩目で、微妙に大股で歩いていた。和を好む三玖なら畳の縁を踏まずに歩くだろう。姉妹の中で変装が得意なだけある。声でも判断できなかったし仕草もそっくりだった。これが分からなかったら勘で当ててたわ。あっぶね。

 ……ああでもまだ当ててないのは三玖と四葉だけだったから、例え分からなくても自然と三玖だと断定できたか。

 

「……当たり」

 

 にっこりとそういった三玖は、最後の五月を呼びに出て行った。

 

 

 四人目。

 

「「「……」」」

 

 この五月なんも喋んねぇな。まぁ誰かは分かってるからいっか。

 

「四葉、……いくら変装に自信がないからと言っても、無言はダメだろ」

 

「だって難しいんです~!!」

 

 五月の殻を被った四葉は変装に自信がないと言ってきた。

 

「それが悩みか?」

 

「そうです! 春休みになる前からずっと考えていて……」

 

「ならアドバイス。変装のコツはその人に成りきること」

 

 例えば、そう前置きを置いて喉を鳴らす。

 

『いつまでお父さんと話せばいいんでしょうか……もうおなかすいてきました~!!』(五月ボイス)

 

「おお! 流石です!」

 

 久しぶりに驚かれた気がする。最近みんな驚いてくれないんだよね。もっとIQ下げて馬鹿みたいにスゲェ! って驚いてくれてもいいのに……。

 

「……とまぁ、今の五月はそう考えているんじゃないかな。付き合いがまだ1年経っていない僕でもこれ位は予測できる。僕が出来るなら赤ちゃんの時から一緒に居る四葉ならできるさ。やってみな」

 

「はい! お腹すきました!」

 

「もう少しバカっぽく」

 

 五月はお腹がすくと精神年齢下がるからね。

 

「……お腹すきました~!! あ! 出来ました!」

 

「おめでと。これで他の姉妹の変装もよりうまくできるようになるだろう。後は練習あるのみだ」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 そこまで良いアドバイスとは言えないが、四葉は何処か掴んだようでスッキリした様子。むすー、と気合が入っている四葉を見送る。

 

「……俺の存在忘れてないか?」

 

「いやいやいや、まさか、ねぇ? そんな上杉みたいに存在感がある人間を忘れることなんて誰が出来ようか! ……ごめん。忘れてた」

 

 上杉の白い目には耐えられず、素直に謝る。

 

「……まぁいい。誰が誰だかどうして分かったんだ? 後悩みとは一体どういうことだ?」

 

 上杉は気になることがあったが、四葉が居なくなってから聞こうと思い、ずっと黙っていたというわけか……。

 

「先に後者から説明しよう……」

 

 五月がしてくれた説明をそっくりそのまま話す。

 

「ふ~ん。あいつらなりにあの爺さんを慮った結果という訳か。少なくと偽五月が四葉である可能性は薄くなったな」

 

 話を聞いていた上杉は、組んでいた腕を解き、理由を訊いてくる。

 

「それで誰が誰かと判別できた理由は?」

 

「一花は声が少し違かった。二乃は足にペディキュアを塗っていた。三玖は畳の縁を踏まずに来た。四葉は消去法」

 

「顔で判別しようとした俺が馬鹿だったわ」

 

「僕だって顔で判別したいんだが難しくてな。結局状況判断でしか分からんかったわ」

 

「なら俺と一緒だな」

 

 一緒じゃねえから!

 

 

 

 

 

 全員の話を聞き終われば、再び最初の部屋に集まる。テーブルを囲む五月たちを見てやらかしてしまったことを悟った。顔を見て判断は今の僕には難しい。せっかく区別したというのに、足での判断もできないし、みんなが喋れば一花の声の違いも紛れてわからなくなってしまう。また振出しか……。

 

「白羽さんに変装のコツを教えてもらったので、さっきのようにはいきませんよ!」

 

 机の右側に居た五月が元気よく右手を掲げて宣誓していた。

 

「「…四葉見っけ」」

 

「ああ゛!」

 

 何やってんだか……。

 

 ミシッ

 

 四葉に呆れていると廊下の軋みが耳に届いた。

 

 誰か来た! ここに居るのがばれたらまずい!

 

 襖がノックされる。

 

「上杉は炬燵に隠れろ!」

 

「おっ、おい押し込むな!?」

 

 文句言うな。文句を言えるのは姉妹たちの方だ。さて僕はっと、

 

「えぇーーー!!」

 

 流石に炬燵の中に二人は入れないので三角跳びの要領で壁を駆け上がり、天井に張り付く。ふっふっふ。これが秘技、”(ゴキブリ)の呼吸”だ。太古から生きるこの生物に勝る物はないだろう。強いて言えば、万の情報を載せる神器(新聞紙)と、叩けばあたる物はないと言われる神器(スリッパ)と、どんな穢れも払える神器(ママレモン)……の通称3種の神器以外は。

 

 何とか張り付けたところで襖が開き、おじいちゃんが入って来た。

 

 意外とギリギリだったな。……わっ、埃。ちゃんと掃除しないと本物のゴキブリが出て来ちゃうぞ。

 

「あ、おじいちゃん 」

 

「おはよー」

 

「…………、……」

 

「え? なに?」

 

 おじいちゃんの声って小さいから業務連絡とかどうしてるんだろう……。

 

「何か心配してるみたい」

 

「安心して、今でもそっくり仲良しだから」

 

「朝ごはん教えに来てくれたの?」

 

「大広間だよね」

 

「早くいこ~」

 

 姉妹たちは不自然にならないように気を付けながらも祖父と一緒に部屋を出て行った。足音が離れていくのを確認して、天井から離れる。

 

「………よっと、上杉もう出てきてもいいぞ」

 

「……ふぅ、危ないところだったな」

 

「ああ、バレないように僕らも部屋を出よう」

 

 足早に部屋を出ると五月が待っていた。

 

「ちょっといいですか?」

 

「誰だ? 一花か……いや四葉か?」

 

「外れ」

 

 ちょっと上杉黙ってろ僕が当てるから。

 

「……もしかして三玖か?」

 

 僕が悩むほどの変装力。なら三玖しかいない!

 

「ユキト当たり」

 

「俺だってもう少し時間があれば……」

 

「……ガンバレよ」

 

 悔しそうに呟く上杉にエールを送る。そのままぶらぶらと歩きだせば、上杉が話を切り出した。

 

「白羽、三玖たちもスーパーのペアチケットに当たったから来たのか?」

 

 スーパーのペアチケット? 景品か何かで当たったんだ……運いいね。僕は何時もティッシュペーパー。

 

「うん。フータローと応募した懸賞で、間違ってマンションの住所を書いちゃったお陰でみんなで行くことになったんだ」

 

 あら、僕の居ないところで仲良くやってんじゃん。あまりにも仲が良いと二乃に嫉妬されちゃうぞ。

 二乃が怖い笑みを浮かべて、包丁を持って玄関で佇む様子を思い浮かべる……う~む、さもありなん。

 

「そんな経緯があったんだね。……僕はただの旅行なんだけど……それで三玖の悩みって何?」

 

 会話のどさくさに紛れて訊いてみれば、前を歩いていた三玖は振り返り、口元に人差し指を当てた。

 

「……内緒。まだ言えないよ」

 

 ……まだ、ね。

 

「……そうか。なら言える時が来たら教えて」

 

 話している感じ悩みはそうでもなさそうな感じでもあるが、言えないと来たか……もしや僕個人に何か関係があるのか? だがバレンタインのお返しはしたしな~。……見当がつかないんだけど。姉妹の事なら教えてくれるだろし……う~ん。

 

「お前も孫に手を出すのか、殺すぞ」

 

 再び話し始めた上杉と三玖の会話をBGMに、うんうん唸りながら宙を眺めていると背後からドスの効いた声。これは本当に何人か殺ってそう。

 

「出さないですよ」

 

 天井を見てたのに何で僕に言うかなぁ? 言うなら上杉でしょ。だって三玖に足を見せろとか言ってるもん。

 

「三玖よ何もされとらんか?」

 

「う…うん」

 

「…………」

 

 おじいちゃん、直ぐに三玖だと言い当てたな……流石祖父。伊達に面倒見てないな。って感心してる場合じゃないか。見分けるコツとか教授して貰いに頭を下げに行こう。

 

「ユキト?」

 

「少し用事が出来た。また後でね。そうそう、本物の五月の回収忘れないようにね」

 

 多分まだ足止めしてるんじゃないかな?

 

「え? ……うん。また後でね」

 

「じゃあね、ほら上杉お前も行くぞ」

 

「なんで俺も?」

 

「あのおじいちゃんは一発で見分けられただろ? だからコツでも教えて貰いに行くんだよ」

 

「なるほど!」

 

 廊下の端にいるおじいちゃんに向かって走る。

 

「……お爺さん、話があるのですがよろしいですか? お孫さんの見分け方についてご教授お願いします」

 

 

 

 

 

 

 雪斗と上杉が中野姉妹の見分け方を教授して貰いに頭を下げた頃。温泉には一花と二乃が入っていた。

 

 朝風呂に行こうと誘われ足を運んだわけだが、結局二乃は相談をしたいのだろう。それもフータロー君にした告白の件で。

 

 恋愛相談がしたい。そう前置きを置いて語り始めたフータロー君との軌跡。

 

 好きな人が出来た。その人物との出会いは最悪だった。家庭教師として突然家に現れ、好き勝手する男だった。そして自分を騙した男だったが、いつしかその男が白馬の王子様だと考えるようになってしまった。

 

 ただの思い出を聞いているだけなのに何処か胸が締め付けられるように痛くなる。言葉が紡がれていけばいくほど、何処か体が熱くなる。

 

 どうして二乃はそこまで愚直に告白までやれたのだろう。

 私は恋慕う青年に対して何も出来ず、春休みを利用して距離を置く事で気持ちに整理をつけた。……そのつもりだった。でも言葉を交わす度、笑顔を見る度に胸の奥底にしまった気持ちが今にも溢れそうになった。たった一言、たった一度の笑顔で私の心臓は早鐘を打ってしまう。

 それに、彼を思っているのは三玖だけじゃなく、最近の五月の様子を見ると、彼女も彼を慕っているのが分かる。

 

 三玖は期末試験で1番になったら告白すると言って努力した。五月ちゃんはバレンタインにチョコを渡した。 どれもこれも、私は知ってて協力した。三玖には二乃を説得して協力するようにした。五月にはチョコのアドバイスをした。私は知ってて止めなかった。どこか彼が拒否してくれるんじゃないかと期待して。そんなわけないのに。結局私は自分の首を絞めただけ。

 

 自分が足踏みをしている間に妹たちは一歩、二歩先に進んでいる。どうすればいいの? どうしたら今のままで居られる?

 

 

 

 

「告白されたら多少は意識したりするのかしら?」

 

「私の経験では……だけど……ごめん。そういうことはなかったかな」

 

 二乃のフータロー君への求愛を戒めれば、今のぎくしゃくとした雰囲気は無くなって、居心地の良い関係に戻るはず……。

 

 

 『僕には好きだの恋だの、語れる程経験がないから何とも言えないが……それが?』と五月に話す彼の言葉が頭を過ぎる。

 

 この言葉を聞いたのは些細なきっかけだった。今日の朝、珍しく目が覚めたから、受付にいるおじいちゃんに挨拶をしに行った。そしてその帰りにタオルを巻いた五月ちゃんが混浴に入っていくのが見えた。流石に混浴に行く勇気は無かったから女湯に行って耳を澄ませたら聞こえて来たんだ。

 

 もし彼が誰かに告白されてしまったら……ユキト君のことだ、もしかしたら付き合ってしまうのかもしれない。そしたら今のように彼といられる時間は無くなってしまう。

 現状維持、足踏み何かじゃない。たとえ告白すれば付き合えるとしても、想いが一緒じゃないと意味がないんだ。だから私は告白しないだけ。ただそれだけだから……。

 それに、今の関係が自分や彼にも一番なのだ。ただの家庭教師と生徒の関係だけで……。

 

 今の二乃は、初めての気持ち()と自分が告白した。その二つで舞い上がって冷静な判断が出来ていない。そうに違いない。だからこれから言う私の言葉は悪い事ではない。妹の為に言う言葉は悪じゃないよね?

 そう理論武装しないと心が押しつぶされてしまいそうだ。

 

 告白だけじゃ足りないと話す二乃に、引き留める言葉をかける。

 

「そうじゃなくてさ、出会いは最悪だったんだよね。本当にその人が好きなのかな? 一時の気の迷いじゃない? よく考えてみなよ」

 

「決してその時の気の迷いじゃないわ。それだけは断言できるもの。……最初はさ、私の大事なものを壊す存在としか見て無かった。だけどあの夜……王子様みたいな……あいつを別人と思い込んだまま……好きになっちゃったのよ。そして理解したわ。私が拒絶したのは彼の役割であって、彼個人じゃない」

 

 あぁ……だめだ二乃は止まらない。きっと二乃を止められるのはもうフータロー君の言葉じゃないと止まらないんだ……私の言葉ではもう止められないんだ。

 

「王子様が彼だって気づいてからは歯止めが効かなくなっちゃったわ」

 

 ……やっぱり止めないと、このまま二乃が暴走して三玖の引き金になったら……もう私の立つ瀬が無くなってしまう。だから、

 

「だから好きになったって……今まで散々迷惑かけてきてたんだし、まして、薬を盛ったりしてさ。それほどまでに拒絶して、我儘かけてきた女の子に、フータロー君が好意を抱くと本当に思ってる? そんなの都合が良すぎない? フータロー君に申し訳ないって思わないの?」

 

 あぁ、言ってしまった。本当は応援しなきゃいけないのに……きっと今の姿をユキト君が見たら幻滅されるだろうな。最低な長女だと侮蔑の目を向けられるかもしれない。

 でも彼の為にも、他の妹たちの為にも現状維持が最善な選択。それ以外の選択肢は認めないし、受け入れない。

 

「……そんなの私が一番分かってるわよ。散々フー君の手を焼いてきたんだもの……手のかかる女の子を好きになる男の子なんてきっといないわ」

 

 ……もしかして上手く引き留められた?

 話していくうちに徐々に尻つぼみになっていく二乃の声に、勝利の言葉が浮かんでくる。

 

「……だからって! マイナスからのスタートだからって諦めるつもりなんて毛頭ないわ! そんなもの覆してやる! だってこれは私の恋だもの。私が幸せにならなくちゃ意味ないもの!」

 

 こぶしを握り締め、意志表明をした二乃の目は、爛々と強い光が宿っていた。

 

「も、もし! 他に同じ人の事を好きになった人がいたら? その娘の方が彼を強く想っていたら? その恋で大切な関係とか絆が壊れたら? ……二乃はどうする?」

 

「うーん……そうね。悪いけど無理。関係や他に好きな人がいても、蹴落としてでも叶えたい。そう思っちゃう」

 

 止まらない、恋の暴走機関車だ!! 話も聞いてくれない! 相談って言ったのに!

 

 結局私の言葉は二乃の恋に薪をくべるだけで、燃え上がる二乃の気持ちを消すにはいかなかった。二乃はもう聞く耳持たない。……もう私には止められない。

 

「あんたと話せて良かったわ。やっぱ告白だけじゃ足りないのね」

 

「何をするつもり……?」

 

「うーん、手を……いや、抱きしめて……それでもわからないなら……キスするわ!」

 

 ……同じ五つ子なのに妹が分からない……。

 

「あんた、キスシーンとかもうしたかしら?」

 

「ち、ちょっと何をするつもりなの!?」

 

「練習に決まってるじゃない! 姉妹同士だし別にいいわよね!」

 

「姉妹だからダメなのー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、一花と二乃を除く姉妹たちは海に来ていた。

 

「ひゃっ! やめてくださいよぉ」

 

「ししし」

 

「まだ冷たい……」

 

「あ、一花と二乃も来たよ」

 

「お爺ちゃんは?」

 

「あそこでユキトとフータローと一緒に釣りしてる」

 

「いつの間に仲良く………」

 

「ふーん、フー君も来てるんだ」

 

 一方、師匠(おじいちゃん)弟子たち(雪斗と上杉)はと言うと、

 

「五月に水を掛けたのが四葉」

 

「そうだ」

 

「えっ」

 

「んでもって手の水を見つめているのが三玖。あ、やっと釣れた」

 

「そうだ。それはキスだな」

 

「は? え?」

 

「そして今来たのが一花と二乃でしょ?」

 

「そうだ」

 

「俺はもうさっぱりだ」

 

 上杉は清々しいほどの顔を浮かべてそう言った。こいつ開き直りやがった。

 僕は全問正解したわけだが,僕が求めているのは顔を見たときに判断できる方法なんだよな~。四葉は子供っぽいから分かるし、物憂げな表情を出しているのが三玖だし、それが分かれば五月も分かる。一花と二乃は、ペディキュアで判断できる。太陽が反射していたから分かったんだけどね。

 

 ……結局状況判断でしか見分けられないんだよね。……これって愛と言えるの? そもそも愛って何よ? 目に見えない、触れもしない、聴くことも出来無いし、味もない。重さも測れない、ないない尽くしのものをどう知ればよいというのだ。それらを踏まえた上で改めて考えよう。「愛」とは何ぞや。

 脳内が「愛」の哲学(講師はダンブルド〇先生)で埋もれそうになりつつ、釣ったキスとかいう魚をクーラーボックスに入れていると、五つ子たちがやって来た。

 

「わぁ、沢山釣れてますね!」

 

「殆どは爺さんの手柄だけどな」

 

「僕は1匹だけ」

 

 釣り初心者には難しいか……。小さな沢とかだったら、大きな岩とか使って魚取るんだけどな。

 

「これは何て魚ですか?」

 

「クロダイ」

 

「これは?」

 

「アイナメ」

 

「これは?」

 

「メバル」

 

「これは?」

 

「スズキ」

 

 お! こいつが例のスズキさんか……なんど村人のゲームで釣った事か、そして売り捌いた事か……。おじいちゃん物知りだな。ただ一言言わせてほしい。……食えればみな同じ! 

 

「じゃあ、これは?」

 

「こいつは、キスだな」

 

「!」

 

 五月が上杉に向かって歩き出すのを横目で捉える。……っとあれは五月じゃなくて二乃か……。さり気なく傍によって聞き耳を立てる。わくわく。一体何をするつもりなんだ!?

 

「……ううん。今じゃないわね。五月の姿じゃ効果が見込めないかも」

 

 ふむ。何か上杉に対してトライしようとしてるんかな? 出来れば僕の見える場所でやって欲しい。切実にそう願っている。

 ジュースとお菓子を買っとくべきだろうかと考えていると、目の前にいた五月が足を痛めたのかバランスを崩して倒れそうになるのを支える。

 

「おっと……大丈夫? 気を付けなよ」

 

「ご、ごめん。ちょっとよろけちゃって。昨日足を痛めちゃって……」

 

 あ、一花だったか……。

 

「……前にも言ったが女優だし、一人の女性なんだからちゃんと治療しなきゃダメでしょ」

 

 一先ず一花を旅館のバスの陰に座らせて怪我の状態を見る。

 

「触るね……痛みは?」

 

「特にないよ……………痛っ」

 

 一花の足首を伸ばした瞬間、一花は痛みをこぼした。

 

「えっと………あはは……」

 

「取り敢えず包帯を巻いて固定しておこう。診た感じ軽い捻挫だと思うし。後、念のため湿布を渡しておくから痛みがひどくなったら貼ってね」

 

「うん……」

 

 常に持ち歩いている医療キットから包帯と留め具を取り出し、固定しておく。マルオさんに診てもらうのが1番いいんだけど……。

 

「他に怪我は? ……例えば大腿とか」

 

 先ほど釣りをしている最中に上杉から聞いたが、どうやら偽五月は太腿に擦り傷があるらしい。炬燵の中で何やってたんだか……。爺さんにバレたらマジで殺されるぞ。

 

「? いや怪我をしたのは足だけだから……」

 

「あれ? ユキトはどこに行ったんだろ……」

 

 包帯を巻き終えたその時、雪斗を探しに三玖が近くにやって来た。一花は咄嗟に奥の方へ雪斗を引っ張って座り込む。偶然の成り行きか、雪斗は一花の胸に顔を埋めている状態で抱きしめられている。

 

「ご、ごめん! 静かにしてて!」

 

「別にいいけどさ……足首固定したはずだったんだけど……よく動けたね」

 

 あれ~? 動かせないようにキチンと固定したはずなんだけど……久しぶりだから鈍ったのかな? あと息しずらい。………苦しい。

 

 

 

 

『……抱きしめて………それでも分からないならキスするわ!』

 

 ふと、一花の脳裏に二乃の言葉が過った。

 

(………キスしたら意識してくれるのかな…………キスしたら私がユキト君を好きなことが分かるかな? ……ううん、もう面倒な事を考えなくても……)

 

 一花は自身の胸で酸素を求めてもがく雪斗の顔を、そっと持ち上げてじっと見つめる。

 

「ぷはぁ……え? 何?」

 

 口をパクパクさせている雪斗の口に自身のものを押し付けようとした時、

 

「そこに誰かいるの?」

 

 さらに三玖が近づき、一花はハッと我に返ったかと思えば、次の瞬間反射的に手が動き、

 

「………え?」

 

バシャ―ン

 

 と雪斗は海に投げ出されていた。一花の身を案じて包帯を巻いてくれた彼に対して海に投げ落とされるという仕打ち。雪斗は一体何が何だか分かっていないまま落ちていった。

 

「あれ、一花? そんな所で何してるの?」

 

「あはは、何でもないよー。それよりバスに乗ろっか!」

 

 

 

 ブクブク……何で僕は海に投げられたのだろうか? もしかして殺したいほど恨まれてる? まさか~……僕泳げるし海に落とされても意味無いよね。落とされる瞬間に声が聞こえたから見られるのが恥ずかしかっただけかな? うん、多分そう。

 

 そう一花の行動を分析してその理由に目星をつける。堤防に体を引き上げ、濡れて重い服を脱ぎ、絞って皺を伸ばす。

 

 あ~あ、下半身もビシャビシャだから脱ぎたいが、脱いだら最後捕まるので我慢しようか……。上半身裸でバスに向かう。ついでに道端で拾ったサングラスを付けて。

 

「おい~っす。お待たせ☆ お嬢ちゃんたち、俺と一緒に遊ばな~い?」

 

 バスに乗り込んで開口一番ボケをかます。言い終わると同時にサングラスを少し下げるのを忘れない。これ、ナンパのルールブックに書いてある。

 

「なんで濡れてるんですか……」

 

 ……やっぱりボケにツッコんでくれる人が居ないな。なんで?

 

「……いやね、猫がいたから触ろうと思って近づいていたら、顔面目掛けて飛んできてね。避けたらドボンよ。ついていないね~」

 

 一花が恥ずかしいと思ってるなら嘘をついても良いよね。

 

「取り敢えず毛布でも被っていてください」

 

「ありがと」

 

 五月から渡された毛布に身を包む。……ごわごわしてるなコレ。まぁ低体温症にならなければいっか。

 

 五月とのやり取りを終え、バスは旅館への道を走り始める。

 

 

 




 私、運のよいことに今まで家にゴキブリが出てきたことはありません。なので仮に出てきたら私は為す術もなく、祈りながら撤退することになるでしょう。……主よ、哀れな子羊を救いたまえ……アーメン。

次回話の投稿は時間がかかると思われます。
 

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