五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

66 / 77
 帰ったぞ! 私は帰ってきたのだ! 忌々しいレポートから解放されたのだ! フハハハハハ! 

 と茶番はさておき、前の投稿から1か月ほど経ってしまい、大変お待たせしました。リアルが忙しくなっているので、投稿頻度が今回みたく大きく下がると思われます。しかし、エタっているという訳ではないのでご安心ください。

 視点がコロコロ変わります。あと‘彼女’の名前が出てきます。


第65話 スクランブルエッグ ④

 旅館への帰り道、バスの中で二乃が一花に相談していた。

 

「…ねぇ 一花」

 

「な、なに?」

 

「夜になったらここを抜け出して上杉に会いに行くわ。手助けしてちょうだい」

 

 暴走機関車状態の二乃はこのまま突っ走るようだ。

 

「この旅行もお互い明日まで……2人きりで会えるチャンスがあるとしたら、今日の夜しかないもの」

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 宿に戻った僕は、冷えた体を温めに温泉に入った後、釣り竿の道具を片付けるために倉庫にいた。

 

 師匠に教わった道具の置き場所を思い出しながら倉庫を練り歩く。

 

 え~っと確かここの棚の右に……あれ? この部分だけ埃がないな。

 

 僕がいる倉庫は薄っすらと埃が積もっている程度なのだが、明らかに人の手が入っている部分を見つけた。一先ず道具を元の場所に戻し、不自然に埃が積もっていないところを見る。少し屈んで奥を見れば、黒い何かを見つけた。

 

 ……ビデオテープ?

 

 最近はあまり見ないビデオテープがそこにひっそりと置いてあった。なんとなく気になったので手に取り、背を見ると、少し歪んでいるが、達筆な文字で書かれた、『娘たちへ』の四文字。

 

 ……埃をかぶっていないビデオテープ。それには『娘たちへ』の文字。……もしかして零奈さんが遺したもの? ……いやでも、僕の知らない映画のタイトルなだけかもしれない。それこそ師匠が定期的に見る程のお気に入りなのかもしれない。それなら埃が被っていない理由にもなる……でもそれほどのお気に入りなら自室にでも置いとくよな。自室なら定期的に掃除するから埃なんて被らないし。……やっぱり零奈さんのメッセージか?

 

 う~ん……色々このビデオテープが何に当たる物なのかアイデアは出るが、一番可能性が高いのはやはり零奈さん関係のもの。……いつまでもここに居るわけにもいかないし、五月らに訊いてみよ。

 

 発掘したビデオテープを手に、姉妹たちの部屋の扉をノックする。すると中からマルオさんが出てきた。

 

「何か用かい?」

 

「気になる物を見つけまして」

 

 これです。と言ってビデオテープを見せれば、マルオさんは珍しく動揺し、僕の肩を掴んできた。

 

「こ、これを一体どこで見つけたんだい?」

 

「倉庫です」

 

 あと痛いです。とまで言う事は出来ず、マルオさんが呟いた、「零奈さんの字だ」を聞き取る。やはりこれは零奈さんの関係のものだったか……。僕の推理は当たっていたね。一人胸を張っていれば、マルオさんはビデオテープを手に、何も言わずに再び中に戻って行った。

 

「……」

 

 ……滅茶苦茶中身が気になってしょうがない。だからといって、見せて! 見せて! 見せてくれないとやだ! なんて言えないし、可能なら後でどんな中身だったのか聞いてみようかな……。

 

 なんてことを思いながら、僕は自室への廊下を歩いていく。

 

 自室に戻った僕は、日の当たる縁側で胡坐をかき、ぼーっと空模様を眺める。ポカポカとした陽気にあてられたせいか、眠くなってきたので、横になり転寝をする事にした。

 

 

 

 

 一方その頃、マルオと姉妹たちはビデオテープの中身を確認していた。

 

 再生されたテレビには、どこかの病室だと思われる場所が映った。画面の中央には、痩せこけた女性がベッドで体を起こし、こちらを向いていた。その女性の腕にはいくつものチューブが隣の機械に繋がっており、重篤な状態であることが見受けられる。窓の縁には朝顔が飾ってあった。

 

「お母さん……」

 

 五月は目の端から一筋の涙を流し、静かに肩を震わせる。

 

『……コホッ……コホッ、……このビデオがいつ見られるのか私には分かりません。ですが、これを見ているのは一花、二乃、三玖、四葉、五月であることは確かでしょう』

 

 その声は闘病しているとは思えないほど、凛とした響きを持っており、自然と背筋が伸びる。

 

『今このビデオを見ている貴女たちが小学生なのか、中学生なのか、高校生か大学生なのか、社会人なのか、成長した貴女たちの様子を、この目で見ることが出来ない事が非常に残念です。願わくば、私の死を乗り越え、立派な淑女に成長していることを祈っています』

 

「大丈夫。私たちはちゃんと乗り越えてるから、気にしないで」

 

 一花は五月の背を摩りながらそう呟く。

 

『本題に入りましょう。見ての通り私はもう長くはありません。貴女たちには苦労を掛けているでしょう。母親としての愛情を満足に与えることも出来ず、こうしてこの世を去ってしまうことをとても申し訳なく思っています』

 

 零奈はチューブに繋がれた自身の腕を一瞥した後、至極申し訳なさそうな頭をする。

 

「そんなこと言わないでよ。ちゃんと愛情は貰ってたよ。だから貧乏だったけれど、他のどの家よりも幸せだったもん」

 

 寒い日は川の字に並んで暖をとり、夜を過ごした日々、寝相が悪い四葉に『またか』って笑い合った日々は、貧しくとも幸せに満ちあふれた生活だった。そう思えるのは、母親からの愛情を両腕では抱えきれないほど貰っていたから。

 

『……貴女たちが勉学やスポーツに励み優秀な生徒になっていようと、落ちこぼれだろうと、貴女たちが私の愛しい娘であることに違いはありません。1番であろうとなかろうと、私にとっては貴女たちは一人ひとり特別です。……親として貴女たちは姉妹全員一緒に居て欲しいと願っています。例えどんなことがあったとしても……大切なのはどこにいるのではなく五人でいることです』

 

 そして零奈は窓の縁に目を向け、小さく咲いている朝顔に顔を綻ばせた。

 

『……春には桜を見に行きましたね。夏は近くの川で蛍を見ました。秋は紅葉狩りをしましたね。栗を拾って皆で食べました。冬は雪で遊びましたね。……どれもこれも、幸せを感じる素敵な体験でした』

 

 短く過去を振り返った零奈は、そして……と前置きを置いて、真一文字に結んでいた唇を解いた。

 

『そして、これで最後の言葉になります』

 

「……」

 

『貴女たちがいたから私はここまで頑張ってこれた。貴女たちを愛することが出来たから私は母親であれた。貴女たちの存在が私に力をくれた。どんなに辛くても、貴女たちの笑顔を見るだけで心が満たされた。暖かい気持ちになれた』

 

 その顔は死期が近づいているとは思えないほどに穏やかで、酷く優しい声をしていた。

 

『貴女たちが娘で良かった。私を母親にしてくれてありがとう』

 

 そして零奈は大きく息を吸い……たった一筋の涙を静かに流した。

 

『私は貴女たちを愛しています』

 

 慈愛の表情を浮かべたまま映像は終わった。

 

 ビデオテープの中身は零奈が残した、短くも多くの愛が籠った姉妹たちへの言葉だった。

 

「……お母さん、こんな声してたんだ」

 

 二乃は指の腹で涙を拭った後、思い出したかのような口調で話す。

 

 母親に抱き着いた時に鼻を擽ったのは柔軟剤のフローラルの香り、抱きしめてくれた時の笑顔。そして頭に喰らった拳骨の痛みは今でも思い出させるのに、声だけはいつの間にか色を失っていた。

 

 色褪せてしまった記憶を塗り直すために、自ずと再生ボタンを押す五つ子たち。

 

 

 

 

 

 

 ブー、ブー、と耳元で振動するスマホの音でパッと目を覚ます。……っく、固い床で寝たせいか背中が痛い。

 

 背中を摩りつつ、スマホのタイマーを止める。

 

 腰を左右に捻れば、小気味良い骨の鳴る音が部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 夢を見たんだ。忘れもしないあの日の事を。

 

 彼女と出会ったのは、中学1年生の時のうだるような暑い夏の日だった。親戚に引き取られていた僕は、家にいても気まずいから公園で時間を潰していた。

 

『や! 私紡木麗南(つむぎれな)って言うの、よろしくね!』

 

 そう言ってポンと花を出した君に、僕は確かこう答えた。

 

『バレバレな手品だな。もっと練習しな。他にはないの?』

 

 どこからどう見ても初めて習った手品を見せたがる子どもにしか見えなかった。

 

『これ私の一番の出来なんだけど! それに嘘でも凄いって言わなきゃダメでしょ!』

 

 最近人と喋ることがあまりないから、もしかしたら毒舌になっていたのかもしれない。自分でそれは無理があるかと思ったが、久々に話すいい機会だと思うことにした。

 

『……凄いね。つまらないけど』

 

『……口ではそう言いつつ笑ってるよ?』

 

 その言葉にはっとし,口元に手を当ててみれば、確かに僕の口元は弧を描いていた。

 

『私のマジックは確かに下手だよ。でもマジックは人を笑顔にできるんだよ』

 

『は?』

 

『泣いていたって、落ち込んでたって、マジックを見ると……不可思議を体験すると、泣いていた理由も、落ち込んでた理由も忘れて気づけば笑ってるんだよ。下を向いていた心は、いつの間にか上を向くんだよ……そう教えてくれたのは君だよ』

 

 そう言って紬木は僕を指さしたが、僕にはその時の記憶は思い出せなかった。

 

『っていうか、私のこと覚えてないの?』

 

『知らね』

 

 今日が初対面だろ。何言ってんだコイツ。

 

『小学生の時助けてくれたじゃん。ほら、同級生に見せてたら、それが何の意味があるの? 人の役に立つの? って言われて私が悩んでた時に――見る人を笑顔にできる。楽しませることが出来る。人の心をプラスに働きかけて、その人の活力に出来る。それって十分意味があるし人の役にも立ってるだろ。――ってさ。だからこれあげるね』

 

 そう言って紡木とやらは僕の手に小さな花を持たせた。

 

『この花の名前は?』

 

 僕は自身の手の中で小さく揺れる白い花の名前が気になり、問いかけた。

 

『え? いや知らない。そこの花壇から採って来た』

 

 そう言って指さしたところには多くの同じ花が咲き誇っており、眩しく輝いていた。

 

『ふーん……』

 

 まぁ一輪くらいならバレないか。

 

 それから少しの間沈黙が漂っていたが、紬木は興が乗ったのか口が暇なのか、小さく鼻歌を歌い出した。

 

 本当にささやかな声でうるさくはなかったから、僕は指摘しなかった。きっと指摘したらやめてしまう。それはなんとなく、もったいなかった。夏の暑さを忘れてしまうような、そんな鼻歌だった。

 

 まるで僕らの周りの空間が遮断されたかのように、人の気配が、蝉の声が、遠くに感じられた。何も僕らの邪魔をすることはない。誰も自分を傷つけない。穏やかに流れる時間は心地がよかった。

 

 

 

 

 気づけば僕は、自販機の隣のベンチでぼんやりと缶コーヒーを飲んでいた。

 

 あの時渡された花の名前は、エーデルワイス。花言葉は「大切な思い出」……文字通り、僕にとって麗南と過ごした3年間は大事な思い出だ。

 

「白羽君」

 

「! 五月か、どうした?」

 

 声が聞こえたほうに顔を向けると目の端を赤くした五月がいた。……ビデオテープの中身を訊けそうな感じではないな。

 

「そうです……偽五月について何か分かりましたか?」

 

 五月は話しながら僕の隣に腰掛ける。

 

「うん。多分偽五月は三玖だね。あと大腿の裏辺りを怪我しているらしい。後で温泉に誘うなりして確認しておいて」

 

「どうして偽五月が三玖だと……?」

 

「除外していったら三玖が残ったから。僕の予想では一花と三玖だったんだ。そして一花の足首を診た時に他に怪我がないか確認したしね……」

 

 一花が嘘ついていたら振出しに戻るけど……。

 

「二乃と四葉はどうして除外したのですか?」

 

「四葉の悩みは変装の事だったし、それに四葉が家庭教師の関係を止めると考えていたのなら姉妹に相談するだろう。二乃は……まぁ、あれだ上杉に恋してるからね。距離を置こうとしないんじゃないかな」

 

「ええっ!? 二乃は上杉君が好きなんですか!? 初耳です……」

 

 好きというかもう告白までしてるんだけど……言わないほうが良いかな。

 

「とまあそんな訳で偽五月は三玖だということだ。おっけー?」

 

「分かりました。ちょっと情報の整理をしたいところですが……後で三玖を温泉に誘ってみます」

 

「うんよろしく」

 

 会派が一区切りついたからか、五月は腕を組み、うんうん唸りながら頭の中を整理し始めた。

 

 三玖と接触できるのは明日の朝になるかな……。缶コーヒーをちびちび飲みながら物思いに耽る。

 

 何故今になって彼女の夢を……いや、原因は分かってるか……。

 

 整理が出来たのか、部屋に戻りますと言って去っていく五月の後ろ姿に、麗南の姿を幻視した。

 

 ……五月と麗南の似ているところなんて大食い位だ。麗南のほうが頭も良くて、茶目っ気があったし敬語口調ではなかった。にも関わらず今更麗南の姿を五月に重ねるなんて……いや、たまたまだろうな、懐かしい夢を見たから引っ張られただけに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その時ネックになるのはパパね。だからパパを見張っていてほしいのよ。上杉と会うためにも。お願いね』

 

 お父さんは今おじいちゃんと話してる。もし私たちの部屋に来ようとしても、私が足止めすれば二乃に気付かれない。そしたらきっと、二乃はフータロー君と密会することになる。そして……多分キスを……もう止められない。二乃とフータロー君が付き合った事実を三玖が知ったら、ユキト君に告白するかもしれない。もしそうなったら………今の関係が崩れてしまう。 

 

 月明りが差し込む、冷たく暗い廊下で体育座りして腕に顔をうずめる。二乃は私みたいにずるくない。誰の目も気にせず本気で恋してるんだ。それに比べて私は人の恋路の邪魔ばかり。

 

「こんな私には恋路に入る余地もない、ユキト君に恋する資格もないよ」

 

 ユキト君に惹かれ始めてから何度も自分の心を押し殺し、騙し続けてきた。そして人の恋に嫉妬して、本気の恋をする妹の邪魔をした。

 

「うートイレトイレー! 一花、こんな所で何して……」

 

 四葉は体を一瞬震わせ、自身がトイレに行きたかったのを思い出し、駆け足でトイレに駆け込む。

 

「やばい! 漏れちゃうかもー」

 

チラ

 

 トイレに駆け込んだものの、一花の様子が気になり、四葉は声を掛ける。

 

「一花……? どうしたの……?」

 

「……なんでもないよ。大丈夫だよ」

 

 気にしないでと話す一花に、不自然を感じた四葉は、一花の顔を覗き込む。

 

 一花の顔は良く見えなかったが、それでも心が泣いているんだということは感じ取れた。

 

「……一花泣かないで」

 

「四葉……」

 

 一花は好きになってはいけないと欺こうとする自身の心と、自身への嫌悪感によって、心はぐちゃぐちゃになり限界に達してしまった。そしてその限界は、一花の浴衣の袖を涙で濡らす形で表れた。

 

「……一花、久しぶりにあそこ行こっ……とその前にトイレね!」

 

 四葉は目尻から涙を溢す一花の手を掴み、その場を移動し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 四葉が一花の手を引いて移動し始めて頃。部屋にてマルオの前に正座させられている五月が2人。

 

「三玖君、五月君。僕の娘は双子だっただろうか。こんな夜中に3人もいなくなるとは……家出癖がついてしまったんだろうか。行方は聞いていないのかい?」

 

 その言葉に三玖と五月は顔を見合わせ、記憶を探る。

 

「二乃は着替えてたから旅館の外かも……」

 

「四葉はトイレと言ったきりで……」

 

「捜してこよう。君たちは大人しくしてなさい」

 

 それだけ言い残してマルオは部屋の外に出て行った。

 

「みんなどこに行ったんだろ……まさかユキトの所に……」

 

「あはは……それは無いでしょう。夜中に理由つけて会いに行くなんて……」

 

(……でももし私だったら……いえ、私の事は一旦置いておきましょう。まずは三玖が偽五月であるか確かめないといけません)

 

「……三玖。ただ待ってるのは退屈ですし、少ししたら温泉にでも行きませんか?」

 

「いいよ。……背中流してあげるね」

 

 

 

 

 

 

 

 23時を少し回った頃、既に飲み切った缶コーヒーを握りしめながらぼんやりしていると、マルオさんがどこか急いでいる様子で廊下を歩いているのが見えた。

 

 珍しくマルオさんが忙しない、何かあったのだろうか……?

 

 缶をゴミ箱に捨てて、マルオさんの後を追い話しかける。

 

「こんばんは。何かハプニングでも?」

 

「……僕は貸しを作るのは好きではないが、この際目を瞑ろう。一花、二乃、四葉が部屋からいなくなった」

 

「なるほど……二乃は多分伝説の鐘の所に居ると思いますよ」

 

 本来なら会えなかった筈の上杉と会えたんだし、運命とでも思ってるんじゃないか? そんな運命を感じたこの島には伝説の鐘があり、それが恋愛に関するものだというのなら、ロマンチックが好きな二乃はそれに飛びつくだろう。今日は月が綺麗だから、月がよく見える場所でもあるし……。雰囲気としてはこの島一番の場所ではないだろうか。まぁ本当にそこにいるのかは微妙だが、多分いるだろう。いなかったらゴメン。

 

「そうかい。なら……」

 

「一花と四葉は僕が見つけますので、お転婆娘を捕まえに行ってやってください。因みに、この旅館に隠れやすい場所はありますか?」

 

 あるならそこから探そう。

 

「……いや、小学生の頃の娘たちだったら隠れられる場所は沢山あったが、今の娘たちが隠れられるような場所はないと思う。……ただ、小学生の頃、かくれんぼをした娘たちはみんな足裏が汚くなっていた」

 

 ふむふむ。

 

「……頼むよ」

 

「任せてください」

 

 マルオさんに頷き、旅館の2階へと向かう。マルオさんは一応旅館内を探したと思うから、旅館内にはいないということで考えて良いかもしれん。しかし、そう考えると四葉が無断で外に出たということになる。……それはちょっと考えられないな。……ってことは一花と何かあり、何処か移動せざるを得なかったんだろう。子どもっぽい四葉が隠れるような場所だ。小学生の頃に隠れていた場所に再び隠れた可能性が高い。そんな幼女時代の五つ子たちはかくれんぼの時に足裏を汚していた。ということは……。

 

 思考を高速回転させて仮説を立てる。2階に着いたので、窓から身を乗り出し、瓦の上を走り旅館の天辺に立つ。

 

 今日は雲のない満月で良かった。お陰で肩を並べて座る二人を見つけることが出来た。まさか屋根に上っているとは……危険な真似しやがって。ここに居なかったら部屋の押し入れとか倉庫を探す羽目になったぜ。

 

 眼下で何か話している二人に声を掛けようと息を吸った時、四葉から気になる言葉が耳に届いた。

 

「無理してない? 心配だよ」

 

「え……」

 

「……気のせいだったらごめん。この旅館に来てから昔の事思い出したんだ……」

 

 少し待とうか……ここで話に介入するのはあまりにも無粋だ。四葉の話す昔の一花に耳を傾ける。

 

 

 

 幼少期は何度もお母さんに怒られたこと。四葉は姉妹の中で一番やんちゃだったからと一花は返すが、四葉はそれを否定した。

 

 姉妹の中でお母さんの拳骨を誰よりも多く喰らっていたのは一花であったと。昔はやんちゃで、ガキ大将のような性格だった。おやつの横取りだけでなくシールの奪い合い、仲良くしたいと思っていた子には一足先に一花が仲良くなっていたり、挙げ始めればきりがないほど一花は全部取っていた。

 

 そんな落ち着きのない手のかかるような娘だったはずの一花は、他のどの姉妹よりも早く大人になった。お転婆は鳴りを潜め、周りを気にかけ、自身の事は後回しにするような性格になっていった。

 

「不思議だったんだー、なんで私は子供のままなのに一花だけ大人になれたんだろって」

 

「……それはお母さんが死んじゃった後のあの痛々しい五月ちゃんの姿を見てたらね。当然だよ、お姉ちゃんらしくしないと」

 

 いち早く大人になった理由は、お母さんが死んでしまった後の五月の振舞のせい。まるで母の役を演じているかのように、口調を敬語にし性格まで変わってしまったかのように感じた。

 

 一花はその様子を側で見て痛々しく感じた。私がお姉ちゃんにならないと、母の死の影に纏われてしまった五月は、彼女本来の性格を失ってしまうと。ならそうならないために、自分は少し先に大人になろう。そう思ったから。

 

 過去の自分に思いを馳せた一花に四葉が二の句を告げる。

 

「子供の頃の一花はガキ大将で、すぐに人の物が欲しくなっちゃう嫌な子だったけど、一花は私たち姉妹のリーダーだった。あの頃からずっとお姉ちゃんだと思ってたよ。だから……あれ? なにが言いたいんだっけ」

 

「……………………」

 

「一花だけ我慢しないで、したいことしてしてほしいかな!」

 

 一花が何を思って涙を溢したのかは分からない。けれど()たちを優先して我慢し、弱音を見せず自分は平気だと言い続け、笑って誤魔化す。その様子がかつての私とそっくりだった。私の言葉が一花を励ます事にはならないかもしれない。それでも私が徐々に前を向けるようになったように、一花も未来を向いていて欲しい。

 

 

 

 

 

「私がしたい事……」

 

 ずっと今が続いて欲しかった……この一番心地の良い空間が変わってほしくなかった。でも本当は……。

 

「誰にも取られたくなかったんだ……」

 

 私は素直になって良いんだ。この胸を焦がす気持ちを伝えても良いんだ。もう我慢しなくて良いんだ。

 

 四葉の言う通り、もう遠慮なんてしなくてもいいのかもしれない。二乃も、三玖も、四葉も五月も、みんな変わり始め一歩先に進んだ。なら足踏みをしている自分も一歩先に進み、少しぐらい欲張りになってみてもいいよね。

 

 

 

 

 

 どうやら話に一区切りついたようだ。話を聞く限り僕は必要ないらしいし、間もなく一花たちは部屋に戻るだろう。なら僕は師匠の所に顔を出しに行こうか。きっと上杉が苦戦してるだろうし。

 

 

 

「わ! 強い風!」

 

「………あれ?」

 

「? どうしたの一花?」

 

「ううん、私の気のせいみたい」

 

 髪を弄んだ強い風に煽られ旅館の天辺を見た一花だが、そこには誰も居なかった。

 

「? ……あー! 何で取るの!」

 

「実は私も寒かったんだー」

 

「えぇー、一度は貸してくれたのにー」

 

「あははじゃあ部屋に戻ろうか」

 

「うん……って一花、お父さんに用事あるんじゃ」

 

「あぁ……用事は無くなったからいいの! そうだ、足の汚れを落とさないと怒られちゃう」

 

 一花は四葉に羽織らせた上着を奪い取った後、足裏の汚れを手で払い中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天辺から中庭に飛び降りた僕は、旅館に入ると五月と三玖、そして師匠と上杉に出くわした。

 

「あ、……これからお風呂?」

 

 三玖が偽五月かどうか確認してくれよ。という念も押しておく。

 

「ええそうです」

 

「三玖、五月」

 

 僕と五月が互いに頷いているところをよそに、師匠が二人の名前を言った。

 

「あーっと! 今言おうとしたのに! 先に言われちまったぜ! 今言おうとしたのに!」

 

 どうやら上杉は答えられず、タイムオーバーとなったようだ。

 

「……上杉……かっこ悪いぞ」

 

 その反応。どう考えてもわかってなかったろ。

 

「あの、貴方たちは一日中何をしてるんですか?」

 

 白々しく振る舞う上杉に呆れた目を向けていれば、五月が声を潜めて訊いてくる。

 

「ん? ああ実はね、上杉とお爺さんに弟子入りして君たちを見分けようかと」

 

 今日一日の行動理由を五月に説明するが、上杉が袖を引いてきた。

 

「白羽行くぞ」

 

「わかったよ………じゃあまた明日」

 

「はい。また明日」

 

 三玖と五月に別れを告げ、上杉と共に師匠の後を追いかける。

 

「………なぁ爺さん、そろそろ見分けるコツを教えてくれても……」

 

 上杉がコツを教えてくれるよう質問すれば、師匠は足を止め、少しの沈黙の後に口を開く。

 

「…………愛だ。愛があれば見分けられる」

 

「「………」」

 

 愛理論はこのおじいちゃんが発端だったか……。

 

「長い月日を経て、相手の仕草、声、ふとした癖を知ることそれはもはや愛と呼べる。お主ら、孫を見分けると言ったな。それは一朝一夕では出来ん」

 

「「…………」」

 

「お主らはなんのために見分けたい………見分けるようになってお主らは何がしたい……孫たちと向き合う覚悟はあるのか?」

 

  

 

 

 

 

 

 おじいちゃんが覚悟を問いている時、脱衣所で会話を交える三玖と五月。

 

「ユキトたち大変そうだったね」

 

「三玖たちも 何もこんなタイミングで彼らを試さなくてもいいじゃないですか…しかし呆れました。上杉君だけではなく白羽君まで。そもそも白羽君は元々私たちを見分けられたじゃないですか」

 

「ユキトは例外として、そもそもたった半年の付き合いで私たちを見分けようなんて無理な話だよ」

 

 そう呟く三玖は暗い、物憂げな雰囲気を出していた。

 

「………そうですね。このまま彼ら……………!」

 

 三玖が浴衣を脱いだ瞬間、三玖の大腿の裏には、雪斗が言った通り微かに擦り傷があった。

 

「その足の傷……」

 

「どうしたの五月?」

 

「三玖、その足の傷は………偽五月の正体は三玖だったのですね」

 

 五月は三玖の傷を指さし、偽五月の正体は三玖だったと話す。

 

「そっか、この傷まだ治ってなかったんだ……」

 

 三玖は傷口をさらりと撫で、痛みが無かったから治っていたと思っていた事に気づいた。

 

「三玖、何故一番協力的で彼らの勉強会に参加していたあなたが関係を断とうと?」

 

(白羽君が言ってた通り、偽五月の正体は三玖でした。……しかし信じられません。あんなに彼らと関わっていた三玖が関係を断とうとするなんて……)

 

「その前に謝らなくちゃ。あの時はおじいちゃんがいたから咄嗟に……いやこれは言い訳……本当は三玖()として言えなかった。ユキトを大好きなのにあんなことを………」

 

「えっ?」

 

「?」

 

「三玖って白羽君が好きなのですか!」

 

 驚いてつい三玖の肩を強く掴む五月。

 

 まさか自身が好いている人物に、三玖も恋心を抱いているなんて、何かと鈍い五月は全く気付いていなかった……。

 

「あぁなんてことでしょう! こんなこと皆が知ったら驚きますよ!」

 

 五月は頬っぺたに両手を当て、皆が知った時の様子を思い浮かべてキャー! と叫ぶ。

 

(多分みんな知ってる……五月もユキトの事を好きなのかな?)

 

「で、でもいいのでしょうか。私たちはいま家庭教師と生徒という関係です………いえ、だからですか」

 

「……うん。私たちは家庭教師と生徒。その関係で満足してた……でも顔を合わせる度、言葉を交わす度に、この気持ちは膨れ続け、抑えるのは難しくなった」

 

「……………………」

 

「だから期末試験に全てを賭けた。私が姉妹の中で1番だったら告白するって……」

 

 でもその試験の結果は一花が1番。自身は2番という形で終わってしまった。

 

「こんな私でも自分を認められるチャンスは誰にでも公平にあるんだって、でも結局1番になれなかった……。その一縷の望みも潰えた今、こうするしかなかった。生徒と教師の関係じゃ私とユキトとの関係は進まない。同じ目線で歩きたかった……手を差し伸べてくれるのを待つのは嫌だったんだ」

 

 自信を無くし、一人だった自分を前に向けるようにしてくれたのは、自分がこうして変わることが出来たのは紛れもなく彼の御蔭。感じていた恩はいつの間にか自身を蝕む甘酸っぱいものに変わっていた。 

 

「……三玖の気持ちもわかりました。その上でお願いです。最後に白羽君に会ってください」

 

 今の関係では決して進まないこの状況を動かしたい。その三玖の気持ちを五月は全て聞き入れた。その気持ちは痛いほどによく分かるから。

 




 零奈さんは病気もしくは癌で亡くなってしまった。つまり、自分の死期は何となく察していたかと思います。そこで、姉妹たちが自身の死を受け入れて前に進めるように何かしらメッセージ等残していたとしても過言ではないかと思いました。

 人が1番最初に忘れるのはその人の声だそうです。

 遺言をどう書こうかとネットの海を漂っていた結果、検索履歴が『遺言書き方』とか『遺書の残し方』とか『最期の言葉』等で埋まりました。第三者が見たらこれから自殺する人か、余命幾許かの人に思われそう。

朝顔の花言葉
固い絆

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。