五等分の花嫁と七色の奇術師(マジシャン)   作:葉陽

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 お待たせしました。夏休みの間は出来次第投稿します。尚、投稿時間は何時も通りです。


第66話 スクランブルエッグ ⑤

 翌朝。

 

 昨日の夜、五月からこの広間で偽五月と会って欲しいと連絡が来た。願ってもないその提案に了承の旨を伝えた今、大広間のど真ん中で正座をし、精神統一中。

 

 昨晩上杉から知らされた、師匠の時間が残り少ない事。………そして察した。師匠が僕たちに覚悟を問いてきた理由を。恐らく自身はこれから先の未来で孫を見ることは叶わないから、見分けようと頭を下げてきた僕らを信頼に足るか見極めたかったのだろう。……その結果はまだ知らされていないが……。

 

 師匠は言った。相手の仕草と声、ふとした癖を知る事。それはもはや愛だと。そして何故見分けたいのかとも。

 

 それの答えは既に出ている。そして僕は一つの考えを導き出した。

 

 その考えを証明するために、大広間で偽五月を待つ。

 

 

 

 

 

 

 板の軋む音を境目に、襖の向こうから徐々に大きくなる足音が聞こえてくる。どうやら三玖がやって来たのようだ。そして音もなく襖が開かれ偽五月が静かにこちらへとやってきた。

 

「……おはよう。君が初日の夜に僕たちと話した五月で良いんだよね?」

 

 偽五月(三玖)が僕の目の前で正座してから話しかけた。

 

「はい」

 

「……何か聞きたい事でもあるの?」

 

 何処か聞きたげな雰囲気を出していたので尋ねる。

 

「……なぜ白羽君は元々区別できたにも関わらず、おじいちゃんに教えを乞うていたのですか?」

 

 あれ? 言ってなかったっけ?

 

「……僕が区別するときに意識の波長を使ってるという話は覚えてる?」

 

「はい。確か人それぞれ異なるのだとか……」

 

「……そう。姉妹とはいえ異なる……似てるけどね。そういうわけで区別は出来ていたんだ。でもね、君たちが本気で変装していると意識の波長での区別が困難になることが分かったんだ」

 

 初日の夜、偽五月に出会ってビビったよね。誰か分からなかったんだもの。

 

「……さて、昨日の五つ子ゲームは僕の勝ちだったわけだが……どうせだ、色々と話をしながら当てていこうか」

 

「はい、お願いします」

 

 小さく頷いた偽五月(三玖)に微笑みながら口を開く。

 

「まず、四葉の悩みはこの旅行自体。ちゃんと変装できるかが不安だったそうだ。でもコツをつかんだようなので、悩みは解消。だから君は四葉じゃない」

 

「正解です」

 

「次に二乃。二乃はどうやらペディキュアを落とさないようなので、塗ってない君は二乃じゃない」

 

 二乃は初日、二日目とずっと落とさずにいた。なら旅行が終わるまでつけ続けるだろう。

 

「正解です。では二乃の悩みと言うのは?」

 

「……プライバシーだし、今は言えないかな……でもいずれ分かると思うよ」

 

 二乃の抱える悩みは上杉への告白に関してだろう。返事は要らないと言っていたとはいえ、偶然にも旅行先で会えたんだ。平静を保つのは難しいのだろう。色々と上杉に対して言い寄っていたし。

 

「……そうですか……なら良いです」

 

 いずれ分かるなら……と不承不承と納得する様子につい苦笑いをしてしまう。

 

「五月には二乃の悩みを教えたから、二乃の悩みを僕に聞いた時点で君は五月じゃない」

 

「五月には話したのに私には話してくれないのですか?」

 

 偽五月(三玖)はむすっとした表情で僕を見つめてくる。

 

「話の流れでな、喋っちゃった」

 

 そう言われると耳が痛い。どうしてと詰め寄る偽五月(三玖)に、あはは~と誤魔化してお茶を濁す。

 

「さて、後は一花と三玖が残っているわけだが……君は一花じゃないね」

 

「確証はあるんですか?」

 

「勿論……一花の足は軽い捻挫をしていてね。包帯を巻いたんだ。まぁ取ってしまえば分からないんだろうけど……これだけは言える。昨日今日で治るはずの怪我じゃない。にも関わらず正座をしたから」

 

「?」

 

 まだ理解しきれていない様子の偽五月(三玖)により詳しく説明する。

 

「一花は足首を伸ばしたら痛みを訴えたんだ。にもかかわらず君は正座が出来た。それに歩き方は正常者そのもの。怪我をしているとは全く思えない」

 

 襖を開けてから重心は常に真っすぐで揺らぐことは無かった。踏み出す度に痛みで眉間に皺が寄ったり、口の端が歪むこともなかった。

 

「何より、一花の耳にはピアスによる穴が開いている筈だけど君にはそれがない」

 

 僕がそう指摘すると、偽五月(三玖)は自身の耳朶を触り、確かに、と頷いた。

 

「だから君は三玖ということになる。それにね、三玖は物憂げな雰囲気を出していることが多いのだが、僕の前ではそれが薄らぐ。ちょっと口角上がるんだよね。まぁ何にせよそう見て取れるし、三玖に見えるんだからしょうがないよね」

 

 確信をもって三玖だと言うと、目の前に偽五月は俯いて黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 話しを聞いている限り、ユキトは最初から三玖()だと見抜いていたんだ。

 

 何でかな…………何で分かるんだろうね。

 

 初めて変装を見抜かれたのはフータローから逃げるために四葉に変装した時、あの時は逃げるのに必死だったから気づかなかったけど、杜撰な変装とは言え、出会って間もない私を見抜けるなんて思いもしなかった。

 それがどれほど凄い事かきっと分かっていないだろう。クラスの人も、友達も、みんなが区別できない中で私を見つけてくれたという事を。

 

 私の答えを待ちながら、いつものように穏やかに微笑むユキトに、私はどう答えるのが正しいだろう? どうすれば喜んでくれるかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たり! 私は三玖だよユキト!」

 

「おっと!」

 

 飛び込んでいた三玖を受け止めることはできたが、勢いは止めることが出来ず、背中から床に倒れた。

 

 答えを待っていた。確信をもって答えていたとはいえ、やはり不安に感じていたんだ。でもそんな不安は顔には出さずいつも通りの振舞いをして三玖からの返事を待った。

 

 でも三玖だと言ってから返事が出るまで遅かったから、顔を覗いた瞬間、彼女が笑顔で俺に抱き着いてきた。正直顔面に当たってたら鼻血は間違いなかった。首筋には畳のささくれが刺さったが……。

 

「良かった……三玖だった」

 

 やはり僕の考えは間違ってなかった。顔で見分けるのはまだ先でいいんだ。師匠の言う通り仕草や癖で見分けることは出来るんだから、愛たるものを持っていた事でいいだろう。といっても友愛だが。

 

「ねぇ…………一つ聞いて良い?」

 

 左手で首筋のささくれを抜き、右手で抱き着いてきている三玖の背中を優しく叩いていると、三玖が顔を上げて訊ねてきた。

 

「なんでもいいよ」

 

「私の悩みって分かった?」

 

「ああそれ? 正直分からん! 僕は三玖に悩みを持たせるような行いはしていなかったと思ってるんだが……」

 

 一花の悩みも分からないし……多分仕事関係だと思うんだよね。……それともお金が心許なくなってきたのかな? バイトの求人情報とか集めておこうか……。

 

 三玖の悩みに至っては皆目見当もつかない。勉強じゃないだろうし、家庭の話でもなさそうだし……ホントなんなんだ?

 

「……ふふ、だろうね。でもユキト関係なのは間違いないよ」

 

 ふむ。表情を見る限りは、何か後ろめたいという感情は読み取れない。つまり僕に対して何か前向きな考えを抱いているという事か? 例えば尊敬、羨望、……後は恋幕とか? 最後のは冗談だが、何にせよ僕に対して害意を持っていないのならほっとこ。

 

「……まぁそれはいずれ考えるとして、家庭教師は本当にやめて欲しいのか?」

 

「あ、やっぱそれなし」

 

「はぁ!? ……いや嬉しいけどさ」

 

 なんだかなぁ……辞めた後の事を考えていたのが馬鹿らしいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進んで場所は変わり、湯煙と謎の光が充満する女湯に移る。

 

 二乃、四葉、五月、らいはは温泉に浸かり、一花と三玖はサウナに入り、我慢比べを始める。

 

「三玖……そろそろ限界なんじゃない?」

 

「……まだ平気」

 

「……降参。すごいね……お姉さん、そんなに無理はできないよ……汗が気持ち悪いし、私はもう行くね」

 

 三玖との我慢比べは一花の負けとなり、汗が滴る体をスッキリさせようと外に向かう一花に、三玖は一声かける。

 

「一花、期末試験のこと……本当は悔しかった」

 

「……」

 

「……多分、顔に出てたから気づいてたよね」

 

(何時もの無表情だったけど……)

 

「でも…もういい」

 

「!」

 

 顔に掛かる長い髪の奥には、吹っ切れたように穏やかに笑う三玖の顔。

 

「私たちは生徒と教師だけど……勉強だけが全てじゃないって分かったから……。勉強を諦めたつもりはない……だけど、私は私を好きになってもらえる何かを探すって決めたんだ」

 

 そう語る三玖の言葉に、燃えてくるものがあった。今まで妹の応援をしないと、と思い込むようにしていたが四葉の言葉で遠慮するのはやめたんだ。自分のしたい事をすると決めたのだから。

 

「………」

 

 一花は摺りガラスを挟んだ向こうで、雑談してるであろう肌色の景色を見た後、来た道を戻り三玖の隣に座り直す。

 

「……降参、したんじゃなかったっけ?」

 

「……なんか、負けたくなくなっちゃった」

 

 一歩引いた立場から見守っていた一花だが、今では三玖と対等な立場として、小さな宣戦布告だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃男湯では勇也、マルオ、上杉、雪斗が温泉に浸かっていた。 

 

 折角同じ旅館に居るのだから最後に温泉に入ろうと勇也さんに誘われて来たわけだが……絶賛後悔中。マルオさんと同じ温泉には浸かりたくなかった。温泉に浸っている体は暖かいのに、浸っていない顔はとてつもなく寒い。冬のように寒いこの空気を何とかしてほしい……。

 

「カーッ! たまんねぇなぁ! お前も飲めよ、マルオ!」

 

 そう言って勇也は空いた盃にお酒を入れ、マルオさんに差し出した。

 

「上杉、僕を名前で呼ぶな……それに酒は苦手だ。特別な日にだけ飲むと決めている」

 

「ったく、お前は昔からかてぇーんだよ。長湯して、少しはふやけたらどうだ……うん最高だ!」

 

 勇也は断られるのを分かっていたのか、素直に盃を取り下げそのまま口にした。

 

「……すいません、僕はもう上がりますね。ごゆっくり」

 

 気まずいし、さっさと上がってしまおう。

 

「おー、また後でな」

 

 小さく頭を下げて温泉から上がり、脱衣所に向かう。

 

 今日で最後になるであろう浴衣の帯を締め、髪を乾かした後に扇風機でワレワレハウチュウジンダ、と遊んでいると、上杉も上がってきた。あの空気に耐えられずに来たか……。

 

「………チェックアウトする前に師匠の所行こうか」

 

 ここを去る前に一言言わないとね。次会えるかは分からないんだし……。

 

 上杉も思うことがあるのか、素直に頷き髪を乾かし始めた。

 

 

 

 

 帰る準備が各々終了し、僕と上杉は師匠の所に来た。

 

「………あの~すみません…」

 

「…………」

 

生きてるよな?

 

……多分

 

 相変わらず死んでいるのか生きているのか分からないほど静かだ。

 

 でもまぁ耳は聞こえてるだろ。

 

「「お世話になりました」」

 

 たった数日、たかが数日とはいえ、この老人に付き従い姉妹を見分けられるように行動していたのだ。お礼は言わんと。

 

 上杉と共に頭を下げた時、師匠は口を開いた。 

 

「……孫はワシにとって最後の希望だ。娘の零奈を喪った今となってはな」

 

「え?」

 

「……」

 

「お前さんたち……孫たちに伝えてくれ、自分らしくあれ、と」

 

「……承りました。必ず伝えます」

 

「……爺さん、あいつらはあなたの死をきっと乗り越えます。あいつらは強い。短い付き合いですがそれは必ず保証します」

 

「……師匠。いくら零奈さんが恋しいからといって、直ぐに会いに行かないで下さいよ」

 

 長生きしてくれよ。

 

「ふん、当たり前だ………また会うときには……5人の顔くらい見分けられるようになってるんだな」

 

「……ありがとうございました」

 

 右手を差し出し、乗り気でない師匠に握手をする。………良かった、師匠は武には通じていても、マジックには通じていないようだ。目的を達成できたことに内心喜ぶ。

 

 さて、次までの宿題……その時までには仕草や癖だけではなく、顔で見分けるようにはなるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして挨拶を終えた後、中野姉妹、上杉家族が共にあの鐘の前で記念撮影が行われる事になった。最初は江端さんが写真を撮る側だったのだが、無理言って変わってもらった。折角旅行に来たんだから、江端さんも写真に写る権利がある。

 

 立ち位置としては、前列は僕から見て右から五月、二乃、一花、四葉、らいはちゃん、三玖。後列は右から見て江端さん、マルオさん、勇也さん、そして上杉である。ちなみに僕の代わりに五月の肩にイケ鳩さんを置いておいた。

 

「それでは撮りますね~。はい、チーズ」

 

 シャッター音が鳴り響き、ちゃんと撮れているか確認する。

 

 ……うんバッチシ。

 

「よかったー、みんなで撮っておきたかったんだー」

 

「この姿のままで良かったのでしょうか……?」

 

「これはこれで記念だね」

 

「いやぁ、じっくり見ても誰が誰だかわかんねぇなぁ」

 

「お父様も見分けられますよ。愛があれば!!」

 

「愛で(アイ)を補うってか? ガハハハ!」

 

 写真撮影も終わり下山開始。出発までまだ時間は残っているゆっくり帰ろうじゃないか。

 

 ………さて、そろそろ師匠は気づいた頃かな? 握手をした時に師匠の懐に忍ばせた数枚の写真で授業料としてほしい。

 

 朝露に濡れる道を歩いていく僕ら。春休みが終われば最上級生、卒業・進学が視野に入ってくる頃だ。気合いを入れて家庭教師として励もうではないか。そう考えていると、背後から鐘の音が聞こえてきた。

 

 お? もしかして誰かが鐘を鳴らしたのか。

 

 心地よい鐘の音に心を洗われるような感覚に襲われながら、のんびりと歩いていく。

 

 ちらりちらり、と道端の茂みや木々に目をやりながら、ときに白羽君、そっちは道じゃないです。と五月に裾を引かれつつ、ふと気が付いたことがあった。

 

「今年はまだ山の花が咲いてないんだね~」

 

 え、と言って僕の隣を歩いていた五月は辺りの木々に目をやる。

 

「確かに言われてみれば見えませんね」

 

 枯れ山、というわけではない。木々は茂っているし少し山道から外れてしまえば『鬱蒼』という言葉が似合って余りある。

 

「蕾はあるみたいだけど、なんだろう。冬の寒さが厳しかったからかな」

 

 咲き誇る寸前に時間が止まったかのように膨らんだ状態で蕾は存在していた。

 

「もう少し後でくれば綺麗な山の花が見れたかもね」

 

 これほどの蕾がついてるんだ。きっととても綺麗な光景が見れたろうな。

 

「では次来る時は、少し時期をずらして来ましょう!」

 

「……そうだね」

 

 そんな穏やかなやり取りがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孫たちが退館したことにより旅館は静けさを取り戻した。

 

 陽射しが差し込む廊下に目を向ければ、今にも聞こえてきそうな孫たちの心地よい笑い声。瞳を閉じれば色褪せることなく浮かんでくる笑顔を向けてくれる孫たち。

 

 ずきりと痛む胸にはこれ以上とない特効薬。天国にいる娘に、孫の立派に成長した姿を報告するためにもまだ死ぬ気は到底ない。

 

 ふと、自身の胸を押さえる手に違和感を感じた。

 

 その違和感が何かと懐を探れば、幾つかの写真が出てきた。それに映っていたのは、

 

 何処かに遊びに出かけたのだろう、楽しそうに笑う一花の写真。

 バイトでも始めたのだろうか、厨房と思われし場所で作業する二乃の後ろ姿。

 動物に目を輝かせる三玖の顔。

 クローバーを持ち、微笑む四葉の横顔。

 口の端に生クリームを付け、美味しそうにケーキを頬張る五月。

 そして、遊園地で笑顔でピースをする5人の姿。

 

 一体何時忍ばされたのかは分らんが、老い先短い老いぼれに、気を遣う小僧に笑いが零れる。

 

「………粋の良い小僧だ」

 

 顔中の皺を動かし嬉しそうな顔をした爺は、大事そうに懐にしまい受付から離れる。その背中からは何処か嬉しそうな雰囲気がした。

 

 




 この話では明確に上杉の鐘キスのシーンは書いていませんが、安心してください。雪斗の知らないところで行っております。

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