武田と相まみえてから数日、朝のホームルームにて上杉と四葉が教壇に立ち、これからの行事について話すらしい。
「えー、我々も3年生になったということで……」
「すいませーん、上杉学級長、もう少し大きな声でお願いします。ね?」
一番後ろの席にいる武田からちゃちゃが入った。最近武田から突っかかってくることが多くなっているため、正直うざったい。毎朝登校中に鳩の糞が落ちてくるようにしてやろうか。
「……一学期のメインイベントがもうじき始まります……そう全国実力模s「修学旅行ですね!」」
みみっちい悪戯でもしようかと思考を割きつつ、話に耳を傾けていると、上杉は全国模試がメインイベントだと言おうとしていた。しかし、ギリギリ四葉が言葉を被せたため、上杉がクラス中から白い目で見られることは免れた。四葉ナイス! このクラスで全国実力模試を待望している奴は上杉しかいねぇだろ……武田は分からないけど……。まぁどう考えても修学旅行がメインでしょ。
勉強となればいつもより元気溌剌な上杉と、全力で楽しみましょー! と今から修学旅行を楽しみにする四葉。タイプが正反対な凸凹ペアだが、逆に上手く噛みあっているとも言える。
伝えるべきなことは伝え仕事を終えた上杉は、草臥れた様子で席に戻った。そのままSHRは終わったため、一限目が始まる前に上杉に声をかけに席による。
「はぁ……」
「お疲れぃ。修学旅行楽しみだな~」
「お前もそっち側の人間か……まぁ気持ちはわかる」
「一緒に回ろうな~、どこ行く~?」
さりげなくボッチ回避。これで一人寂しく回ることは無いな。まぁ一人でも別に良いんだけどさ。そしたら食べ歩き行脚と洒落込もう。
「……そうだな、やはり清水寺は外せないな」
少し考え込んだそぶりを見せた上杉は、王道の清水寺の案を出してきた。
「いいね。あと八つ橋は絶対に買わないと」
通販とかで注文すればいいんだけど、やっぱり現地で食べる八つ橋は格別だからね。
「相変わらず甘いものに目が無いな」
会話を交えながらも移動教室に向かう。
さてさて、修学旅行も全国実力模試も大切だが、一先ず今日のバイトからだね。二乃の初出勤だし、なにやら大物が来るらしいからね。
「今日からお願いします」
厨房の入り口付近で軽く頭を下げた二乃に、僕は歓迎の一言を贈る。
「ヤッホー二乃。今日からよろしく」
二乃は、いつもはツインテールにしている髪をポニーテールにし、気合いを入れている。
「よろしく」
「わかんねーことあれば俺たちに聞けよ?」
「分かってるわ」
上杉と共に一足先にバイト先に着き、倉庫からの厨房への搬入だったり仕込みをしていたりしていたのだが、二乃がやってきたので一時中断。一言二言会話を交えつつ二乃と上杉を観察していると、二乃は告白したことを意識しているのかしていないのか、いつもの調子に見える。しかし、上杉はまだ余所余所しくしている。そのせいでいつもより距離があるように感じられる……職場恋愛は大変だな。見ている分には楽しいけどね。
「おっと上杉動くな。襟に埃がついている」
そう言って上杉の襟に遠隔操作できる録音機を忍ばせる。むふふ。今日は面白い事でも起きそうな気がするからな。
「おうありがと」
店長に挨拶しに向かう二乃を見送り、作業を再開。店長は今日の大事なお客さんのレビュー次第でこのお店の命運は決まると言ってたし……一体どんなお客さんなんだろうか。
一通りの作業を終えた時に、厨房から店長の絶賛する声が聞こえた。興味本位で覗けば二乃が得意気な表情で自作のケーキを披露している姿が見えた。そして僕の隣ではその光景を不満気に見つめる上杉がいる。
「初日から厨房とは……納得いかないぜ」
「すごい美味しそうだね」
流石中野家の家事担当。これくらいは朝飯前ってか。
「俺なんて未だにキッチンに入れてもらえないのに……」
「……今度一緒に料理でもするか」
「……頼む。給料アップの道を往くためにも」
上杉はちょいちょいお店が暇なときにケーキを作っているようだが、未だに店長のOKサインを貰えていないらしい。OKサインを貰えないとキッチンへの不用意な立ち入りは禁止しているらしい。なんでも少しでも異物混入や提供する食品の品質を保ったり、従業員の怪我のリスクを減らすためだとか。……僕? 勿論OKサインを頂いております。なので上杉より給料は上です。上杉よ、来いよ高みへ。
「ホールに戻るわ」
「行ってら~」
僕は普段接客なのだが今日は厨房担当なのでそのまま厨房に入る、すると去って行く上杉を寂しそうに見つめる二乃。へ~、二乃って意外と一途なんだ。
「店長。今日はバイト勢総動員ですね。団体さんでも来るんですか?」
僕と二乃以外のもう一人の厨房担当の男性が店長に質問した。
「M・A・Yさんが来るんだ。この御方の付けるレビューは的確で星の数だけお客さんが倍増する。この御方は度々このお店に来てくれていてね、何度もお店の危機を救ってくれた救世主だ。その御方が今日初めて予約された、失敗は許されない」
へ~、そんな理由が。その救世主はM・A・Yっていうのね…。五月って意味かー。意外と知ってる人だったり。僕の頭にはニッコリ笑顔でケーキを食べる五月の様子が浮かんだ……な訳ないか。
「 M・A・Yさんはこの春の新作をご所望だ!! 目指せ星5!!」
『はい!』
う~む、責任重大だな。でも普段通りに丁寧に作って行けば問題ないだろう。でも新人の二乃にとっては僕たちよりも重いプレッシャーが掛かっているのが見える。初めてのバイトなのにお店の運命が決まるようなことを言われたんだ。
「二乃。焦らず確実にな。肩の力を抜いていこう」
「…そうね」
二乃は少し落ち着く様子を見せるが、余り効果は無かったみたい。常に意識を配っておこう。並列作業は得意だからな。
厨房全体。特に二乃の行動に意識を払い続けること1時間。
出来る限り二乃の隣、もしくは直ぐに手を差し伸べられる位置で作業をしていると二乃が材料を取りに作業台から背を向けた時、二乃の肘が口が開いているクエン酸の袋にぶつかり、生地に向かってゆっくり倒れかけるのが見えた。このままではボウルに入ってしまう。作業していた手を止め、右手で袋を取り上げ左手で生地に入らないようにボウルの上を翳す。
「あっぶね」
……ふへ~。セーフ。
「二乃」
卵と牛乳を抱えて戻ってきた二乃に話しかける。
「物を取りに行くときは周りに気を遣いな。異物混入するところだったよ」
そう言って状況を説明する。
「……そうだったのね。ごめんなさい助かったわ」
二乃のミスを責めるような言い方はしていないのだが、二乃の顔が陰ってしまった。
「これくらいのミスなら誰でもするし気にしなくても良いよ。毎回生地の味を確認するし」
僕が確認するわけではないけどね。
「だけど…」
「う~ん。丁度いいし一回手を洗って冷静になってきな」
失敗できないときに失敗してしまうと、それが些細なミスでも精神に左右する。こんな時は一回その場の空気から離れて冷静になる必要がある。
「そうね。少し任せるわ」
二乃も自身の精神が芳しくない事が分かったのか素直に手を洗いに行った。……1時間に1回以上の手洗いは飲食店において大事だからね。
その後上手く切り替えることが出来たのか、冷静になった二乃を含めてフル稼働。もう二乃に注意を向ける必要は無さそうだ。その後二乃は休憩ギリギリまで生地作りを続け、店長が一言労いの言葉を入れれば休憩室に下がって行った。
さて、上手く切り替えることが出来たと言っても心の中では落ち込んでいるのだろう。先に上杉が居るだろうし何とかしろよ!
録音機を起動させ、上杉がどんな慰め方をするのか想像に胸を膨らませながら作業を開始した。
今回の事がこれからの二乃の足枷にならないかやや不安ではあるが、僕の薄っぺらい慰めよりも好きな人からの言葉の方が二乃にとっては嬉しいだろう。
一先ずピークは過ぎ去っているので使った機材の清掃、残った皿の片付けが終わることには二人の休憩時間が終了に差し掛かる……二人の様子でも見てこよう。
「二乃の慰め感謝感謝。後で内容聞かせてもらうね」
これ見よがしに上杉の襟から録音機を取り出し機能をオフにする。すると何やら焦っている様子。
「あっ! いつの間に! ……あの時か!」
「マジシャンに隙を見せちゃだめだぞ~」
「絶対に流すな!」
揶揄う様に言えば上杉は取り返そうと手を伸ばすがひらりと躱す。
「ほほう……取り返そうということは何か僕にとって面白いことが起きたようだね~。へっへっへっ」
聞くのが楽しみになってきたぞ。
「いや、別に何も起きてない!」
語尾を強めにして否定するということは、何かあったんだと自白しているようなもんだ。
「……顔が少しにやけてるし、耳が赤いのに?」
そのまま追い打ちで、上杉の普段とは明らかに違う様子を指摘してやれば、上杉はうるさいといって軽く殴って来た。
「……てか噂の客も来てるし厨房に戻れよ」
「そこまで言うならしょうがないな~、僕は厨房に引っ込むことにしようか。……それで二乃はどうしたんだ?」
「二乃ならその噂の客の所だ……多分あれ五月だろ」
先ほどから僕に耳を見られないように両手で覆った上杉は、テーブル席を顎で示した。
その先には顔をマスクとサングラスで隠している女性。しかし、見る人が見れば誰かと判別できるアホ毛はそのままだった。
「あれでバレてないつもりだったのかな?」
「姉妹の変装は出来るのにな……」
あの格好してて職質されなかったのかな? 僕が警察官だったら間違いなくするわ。マスクにサングラス、分厚い外套を着込んでるし。怪しいという印象しか得られない。
どうやら二乃が注文を聞き終えたのか戻ってきた。やっぱりあのお客さんは五月だったみたい。
すっかり調子が戻った二乃を見れば、五月と話して気分が楽なったというよりも、上杉と何か進展があったみたいだね。
「ねぇ、何かいいことでもあった?」
スキップでもしそうな雰囲気の二乃に尋ねる。
「ん~、内緒!」
人差し指を口に持ってきて微笑む二乃。
「……顔に手を触れたのなら手を洗えよ」
「もっとましな反応してよ!」
へっ、普段僕がボケてもツッコんでくれないからな。仕返しや。
「……まぁ、二乃はやれば出来るんだし……失敗は誰でもする。気にせずやっていこう」
「はぁ……何か考えてるのが馬鹿みたい……でも、ありがとね」
「どうも。では早速作り始めるか。腹を空かせる食いしん坊の為にね」
「そうね!」
完全に何時もの調子を取り戻した二乃は何処か爽やかで吹っ切れたよう。
一安心して五月の頼んだメニューを見れば大量のオーダー……めちゃめちゃ食べるじゃん。
「食費大丈夫? 家計担当」
隣で作業する二乃に尋ねてみれば、特に迷うこともなく直ぐに言葉が返ってくる。
「大丈夫よ。しばらくは今日食べた分、五月のおかわりを受けつけないから」
……妥当だな。
「運動もさせなよ」
これだけのスイーツを食べて運動しなかったら絶対に太るな。……五月なら、頭を働かしているのでカロリーは0です! とか言い逃れしてきそう。
「……四葉に頼んどくわ」
上から順にオーダーを確認して行けばクレープのオーダーを見つけた。
「……クレープこの店では出していないんだけどな~」
取り敢えず店長に判断を仰げば、レビューの為に作ってくれと言われた。店長よそれで良いのか。フレキシブルなその対応、見習わせてもらいます。
結局作ることとなり他の品と一緒に提供すれば、五月は美味しいです! とパクパク食べて去って行った。
あの格好と大量の注文の量で他の客の視線を集めていたが、五月は気にせず過ごしていた。食の前ではそういった視線はカットされるんだな。上杉と食堂でご飯を食べる時には恥ずかしそうにしていたのに……。
五月の食べたレシートを確認した二乃はぽつりと呟く。
「店長に頼んで従業員割引を適用させて貰おうかしら?」
五月よ。食を楽しむのは良いがバイトもしなよ。そのうちおかわり禁止と食卓から一品消えることになるぞ。