アモーレ・バッタリア!   作:さくらのみや・K

1 / 6
Disc.1 アモーレ&ドメスティカ
Act.1 プロローグ


チョキ、チョキ______

 

ハサミの音が、コンクリート造りの工場内に反響する。

 

『フフ……フフフ…………』

少女の口から笑いが漏れる。

その度に、髪飾りの黄色いリボンが揺れた。

 

目の前には、一人の少女が倒れていた。

白いブラウスもブロンドのツインテールヘアも赤く染まっている。

心臓には、別のハサミが深々と刺さっていた。

 

『フフ……あは……あはは…………ッ』

 

チョキ、チョキ、チョキ______

 

『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ』

 

チョキチョキチョキチョキ______

チョキチョキチョキチョキ______

 

暗闇の廃工場の中で、少女の甲高い笑い声とハサミの音が響き渡る。

狂気に満ちた悪魔の笑い声だった。

 

『はぁーぁ……さて、またこの間みたいにお掃除しなくっちゃ!』

横たわる死体を足で揺さぶりながら、少女はなおも笑いが止まらない。

『何度でも言うけどさ、ほーんと馬鹿なんじゃないの?お兄ちゃんをお金で買収しようなんてさぁ』

答えられるはずの無い罵倒が、辺りに響いて消えていく。

『じゃ、とりあえずバラバラにして……』

 

その時だった______

 

二人…もう既に一人しかいないはずの廃工場で、するはずのない物音が聞こえた。

『なっ……!?』

音のする方を睨みつけながら、ピンク色のスカートに隠してあったベレッタのマシンピストルを構える。

 

だがそこにいたのは警察でも、死体の女の家族が雇った殺し屋でもない。

 

『お兄ちゃん______!?』

 

返り血塗れで銃を突きつける少女に言葉を失くし、その場に居合わせた少年は逃げ出した。

 

誤解を解かなきゃ______!

 

『待って!お兄ちゃん!!』

少女はベレッタとハサミをしまうと、全力疾走で少年を追いかけた。

 

 

 


 

 

 

『遂にこの日が来たのですね』

白衣を羽織った彼女は、複数のモニターを操作していた。

『そうだね』

メガネをかけた男は、彼女の言葉に答えながら、ベッドに寝かされた少女を見下ろした。

 

少女は何本ものケーブルに繋がれ、それらは全てモニターに繋がっていた。

『ようやく僕達の悲願、そして科学の跳躍への一歩が踏み出せるんだ』

少女に優しい微笑みを向け、そっと髪を撫でた。

 

『逢いたかったよ、咲夜』

少女は男の、腹違いの妹であった。

 

数年前______

 

少女は何者かに誘拐され、数日後に意識不明の重体で捨てられていた。

首から下をズタズタに切り裂かれ、悪魔の理髪師(スウィーニー・トッド)事件とマスコミがあだ名した通り、胸には散髪用のハサミが突き立てられていた。

 

男は、少女を自身が所長を務める研究所に搬送した。

そこに備わっている最高峰の医療設備と、医療業界で天才と謳われていた彼の外科医としての技術によって彼女を救おうとしたのだ。

それは彼等の祖父であり、日本有数の大企業“綾小路グループ”前会長の命令でもあった。

 

しかし、結果は無念なものだった。

 

だが彼は自らの孫達に、もう一つの計画を実行させた。

 

『各部アクチュエーター異常無し、クェーサーエンジン出力アイドル、回転数正常』

『タカマガハラ、モニター開始。触媒濃度、保温システム正常。脳波計異常無し』

『メインシステム、通信状態正常。A1へ受信ID入力』

『データリンクシステムのリミッターセットを忘れないでくれよ』

ベッドの周りにある数々の装置を、二人の男女がテキパキと操作していった。

 

嬉々とした表情で、彼女はモニターに表示されたボタンを押す。

『タカマガハラからのシグナル受信を開始します!』

 

《TAKAMAGAHARA, MAIN SYSTEM ONLINE》

《DATA LINK ACTIVATE》

 

電子音声による英語のアナウンスが流れる。

モニターには、少女の覚醒に至るまでの時間が緑色のバーで表示されていた。

 

『咲夜……起きてくれ咲夜っ……!』

 

愛する義妹が、遂にその目を覚ます時が来た。

綾小路……いや地球上のあらゆる科学の粋を集めたプロジェクトが花開く。

 

タカマガハラとのシンクロ率が100%となり、少女咲夜は覚醒する。

 

それは、この後続いていく数奇な運命の歯車が廻り始めた瞬間だった______

 

 

 


 

 

 

『ハァ……ハァ……』

少女は肩で息をしていた。

 

眼前には、大量の人が倒れている。

 

半分は金属のフレームが剥き出しになり、バラバラになった人型のロボット。

 

もう半分の、おびただしい量の血を流して倒れているのは少女達の仲間…正真正銘の人間だった。

 

身体がフラついたかと思うと、少女は膝から崩れるようにして座り込んだ。

『うぅ……』

両手から伸びた極細の糸が張力を失い、側に立っていた死神はカチャカチャと音を立てて倒れた。

 

頭から流れ出る血と涙で濡れた顔を上げ、目の前に倒れている女を睨みつけた。

 

ボブに切り揃えたブロンドに青い瞳、

多くの男達が釘付けになるであろう大きな胸、

彼女が身につける衣服のセンスは、常人には到底理解できないものだった。

 

その女の心臓には大きな穴が開いていた。

少女の操る人形が放ったとどめの一撃は、確実に女の息の根を止めた。

 

『どこまで狂ってるのよ、気持ち悪い……』

 

穴の断面からは、やはり金属の部品が見える。

彼女の周りに飛び散っている血液は、それを覆う人工的なものに過ぎないのだろう。

 

 

少女はわずかながら気力を取り戻し、なんとか立ち上がる。

 

『おねえちゃん……』

『な……』

 

血だらけの姉を見上げる、純粋で幼い緑色の瞳。

『アンタ………ど、どうして……』

『おねえちゃん、みんな…みんなどうしちゃったの?おこしても、おきてくれないよ……』

年端のいかない子供には、あまりに残酷な光景。

 

何かが割れたような音が聞こえた気がした。

 

『こわい……ねぇ、怖いよ……お姉ちゃん……』

『大丈夫、大丈夫……だから……』

心が壊れていく。

バラバラになっていく破片を掻き集めるように抱きしめても、その子の瞳からは光が失われていく。

 

その日、

その()()は家族を失った______

 

 

 


 

 

 

血塗れの両手には、母親が使っていたハサミとグロックの拳銃が握られていた。

 

目の前には黒いスーツを着た男が二人。

喉を掻き切られ、眉間は撃ち抜かれていた。

 

ハサミとグロックを投げ捨てると、少年はフラフラと歩き出す。

 

親子の住むアパートの部屋に辿り着く。

『母さん。終わったよ、母さん』

声をかけるが反応が無い。

『母さん……?』

部屋の中へ入り、横たわっていたはずの台所へ向かう。

 

『あれ……?』

 

そこには、力なく横たわる血塗れの少女が横たわっていた。

ついさっきまでは腹部の出血を手で押さえていたのに、今は両手はだらりと垂れ下がっている。

 

『母さん……母さん!』

飛びついて身体を揺するが、彼女は抵抗なくグラグラと揺れるだけだった。

『ううっ……クソ!せっかく、あいつら倒したのに……!』

涙が止まらない。

 

母親に抱きつき、泣き続ける少年。

しかしその手は、決して息子の頭を撫でることはなかった______

 

 

 


 

 

 

オホーツク海海上______

 

鉛色の海に浮かぶプラントは、炎と銃声に包まれていた。

 

ヘリコプターからプラントに降り立った彼女らを待ち受けていたのは、12.7mm機銃の一斉掃射だった。

それをなんとかくぐり抜けた先で敵の兵士に7.62mmの洗礼を受け、脅威的な身体能力を持つ相手にバラバラにされた。

 

千切れ飛んだ少女達の腕からは、チタン合金のフレームがのぞいていた。

 

撤退用のヘリコプターも撃墜され、応援を呼ぼうにもここは絶海の孤島。

灰色の空には大量のロケットと機関砲を積んだ、敵の大型攻撃ヘリが悠々と旋回していた。

 

『アルティメット・ナインは!?』

『はい、こちらに』

すぐに、ブロンドのボブヘアの少女が駆け寄る。

その両肩には、およそ人間が背負えるものとは思えない、巨大な兵装コンテナが突き出していた。

 

『敵の数はどれくらいだ』

『最低でも30から40、攻撃ヘリコプター(ハインド)まで動員しているところを見ると、プラント内に更に大勢控えている可能性も……』

『A8達のやられよう……我々が来ることを完全に知られていたようだな』

重火器メインの装備、類稀な戦術、どれも普通の傭兵がプラント警備に用いるようなものではなかった。

 

『……嵌められたか。完全に待ち伏せされたな』

『ええ……作戦は失敗です』

 

その時、すぐ側で爆発が起きた。

『クソッ!RPGだ!』

二人の居場所も知られている。

ロケットランチャーに続き、機関銃やアサルトライフルの掃射が始まる。

 

『このまんまじゃ俺達まとめてやられちまう……』

『そうですね、では……』

その時、男はH&Kのアサルトライフルに新しいマガジンを叩き込んだ。

ボルトの閉じる音が、少女の言葉をさえぎる。

『俺が囮になる。その間にガルガンチュアを叩き込め』

『な……っ!?いけません!今出るのは危険……っ』

『いくぞ!』

『ダメ!!出ちゃダメですッ!!!』

 

男は静止を振り切り、身を隠していたコンテナから飛び出した。

走りながらHK416を構え、目についた敵を倒していく。

 

『なんてことをっ』

嘆きながら、少女は兵装コンテナを敵に向けた。

左肩のコンテナから放たれたミサイルは空中で10発に分離し、敵の重機関銃や隠れている場所にそれぞれ命中した。

 

だが、少女のカメラセンサーは捉えた。

やぐら中央部の足場で、ドラグノフを構えたスナイパーを。

 

男は、完全に射線に入っている。

 

『マスターッッッ!!!!』

少女の声を耳にして、男が振り返る。

 

それは一瞬だった______

 

男の頭を、ドラグノフの弾丸が貫く。

 

『ユーっ……』

 

急に電源を切ったおもちゃの人形の如く、少女の主人は倒れた。

 

『い……いや……』

 

少女のAIが、完全に機能を停止する。

冷静な判断能力も何もかもかなぐり捨てて、今目の前に起きた惨劇だけが彼女のAIを支配する。

 

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!マスターッ!!!』

 

彼女に涙は流せない。

 

『マスターァァァァァァァァァッッッ!!!!』

 

それでも親鳥を殺された雛のように、

 

少女は泣き叫んだ______

 

 


 

 

 

Tokyo control, Vermilion 1006(バーミリオン1006便より東京コントロールへ). Now maintain 10000(現在高度10,000ft), Direct “Yosuga”(ポイント「ヨスガ」へ直行中)

 

深夜、関東上空。

新月の闇に包まれた空を、白と赤のツートンに塗り分けられた機体が飛行していた。

航空貨物会社“バーミリオン・エアカーゴ”の貨物機(フレイター )、ボーイング 777-200LRFは、旅客便の運行を終了した羽田空港へのアプローチを開始し始めた。

 

Vermilion 1006, Tokyo control(東京コントロールよりバーミリオン1006便へ). Leaving “Yosuga” and turn right heading 250(ポイント「ヨスガ」通過し右旋回で方位250へ)

東京コントロールの管制官の指示が出る。

『Roger, Vermilion 1006』

バーミリオンの副操縦士が了解し、コクピットでは着陸に向けた準備が始まった。

 

深夜の離発着が多い貨物便のパイロットにとって、暗い闇夜での着陸は決して難しいものでは無かった。

その日は月明かりこそないが天候は良く、風も2〜3ノットで穏やか。

そして高度に電子化された操縦装置を備える777Fは、適切な数値を自動操縦の装置に入力するだけで、パイロットの手を借りずに着陸も可能であった。

 

『ブリーフィング通りだ、ILSアプローチで行くぞ』

『了解。ILSアプローチをリクエスト』

操縦を担当する機長は、その777Fの高度な頭脳の手を借りることにした。

 

急遽日本からアブダビへ飛行し、貨物を載せてまた日本にトンボ帰りしてきた。

ゆっくり休憩する余裕はあまりなく、パイロット達は疲労していた。

大人しく、優秀な自動操縦に頼り、安全に着陸させる事にした。

 

『Tokyo control, Vermilion 1006. Request ILS approach runway 34R(滑走路34RへのILSアプローチを許可願います)

《Vermilion 1006, Cleared for ILS approach runway 34R(滑走路34RへのILSアプローチを許可します)

滞りなく許可され、バーミリオンは指示通りに飛行する。

 

何もかも順調な、通常通りの飛行だった。

 

 

爆発音______

 

 

『なんだっ!』

 

機体が激しく揺さぶられ、コクピット中の計器が赤く点滅する。

 

『自動操縦が切れた!機体を水平に……ッ』

 

すかさず、機長が操縦舵輪を押さえる。

機体は右へと傾いていく。

 

『どうなってる?』

『右翼内側フラップ、スポイラー、破損……右の主翼を中心に異常が発生してます!』

 

ENGINE FIRE RIGHT( 右エンジン出火) ENGINE FIRE RIGHT( 右エンジン出火)!》

 

『右エンジン出火!』

『エンジン停止!消火しろ!』

『スロットルオフ!右エンジンシャットダウン!消火装置作動!』

 

副操縦士はチェックリストに従い、右エンジンを停止させる。

なおも機体は水平にならない。

 

MAYDAY(メーデー ) MAYDAY(メーデー ) MAYDAY(メーデー )!Vermilion 1006 Right engine fire(右エンジン出火)!』

『コントロールも効かないと言えっ!』

Vermilion uncontrol(バーミリオン操縦不能)

 

機体の傾斜が止まらない。

機長と副操縦士は、必死で操縦舵輪を反対へと傾ける。

 

BANK ANGLE(バンク角注意)BANK ANGLE(バンク角注意)!》

『ああっ、クソっ!』

 

 

右主翼が千切れ飛ぶ。

 

777は炎に包まれながら、闇夜に散っていった____

 

 






破壊的でない進歩や飛躍はない

少なくともその強烈な瞬間においては

E.M.シオラン『崩壊概論』




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。