アモーレ・バッタリア!   作:さくらのみや・K

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Act.3 機械仕掛けの恋心

フェアリーロード______

 

涼達の住む街と巨大レジャー施設“フェアリーランド”を結ぶ、両端を木々に覆われた古い県道。

かつてはフェアリーランドへ向かう主要ルートだったが、数年前に首都高速道路の新ルートが開通し、今は混雑回避のための裏道となっている。

 

フェアリーロードは車通りはほとんどなく、民家もほぼない。

そのため、深夜にはスピードを楽しむ走り屋達が現れる。

涼もその一人で、フラストレーションが溜まると、よくこの道でデルタS4を走らせていた。

 

デルタS4の市販仕様(ストラダーレ)の最高出力は250馬力だが、涼はチューニングして100馬力ほど上げてある。

そのパワーを最大まで引き出して、曲がりくねったフェアリーロードを攻める。

 

当然、死と隣合わせの危険行為だった。

 

フルブレーキングしなければならないコーナーは少なく、スピードレンジは首都高の都心環状線(C 1)に近い。

だが老朽化した舗装はつぎはぎだらけで、スピードを出せば出すほど、路面が車体を蹴り上げる。

 

目の前に、右コーナーが迫る。

スピードメーターの針は、200に迫ろうとしていた。

 

涼はブレーキペダルを踏み、一気に減速する。

そのままクラッチを蹴り、右足を捻ってスロットルペダルを煽りながら、シフトレバーを4速、3速へと落としていく。

その度に回転数が跳ね上がり、背中のエンジンが咆哮する。

 

デルタS4は吸い込まれるように、右コーナーへ差し掛かる。

ピレリ製のタイヤが鳴き、必死に車体を粗いアスファルトに食いつかせた。

 

涼はアクセルを踏み続ける。

セオリー通りに減速すると、S4は曲がってくれない。

アクセルを踏んで曲げる、それがS4の走りだった。

 

コーナーの出口が見えると、涼はアクセルを床まで踏み込んだ。

2種の過給機の甲高い吸気音と、アバルト製エンジンの爆音が、背中から耳を貫く。

 

4輪が路面を掴み、4WDのデルタS4は蹴飛ばされたように加速した。

 

 

世界ラリー選手権(W R C)の王者となるべく生み出され、その過剰なスペックゆえに多くの悲劇を生んだ、グループBのラリーカー達。

その究極型と呼ぶに相応しいランチア・デルタS4が、何を望み、どんな走りを求めているのか。

五感を研ぎ澄まして車に向き合い、どういう性格なのかを理解し、その上でどういうドライビングをするか。

 

それは機械を操作するというより、対話だった。

 

涼がそれに気付き、S4を乗りこなせるようになるまで、2年近い歳月を要した。

それまで何度も死にかけた。

限界域でのコーナリングにおいて、S4は突然挙動が変わる。

半端のテクニックを持つ者に、この怪物は容赦なく喉元に牙を立てる。

 

しかし今では、エンジンに火が灯った瞬間から、涼とS4はシンクロできるようになった。

僅かな隙をも見逃さないモンスターマシンでありながら、まさに相棒として言葉を交わしているような気分だった。

 

物言わぬ車でさえ、2年もあれば分かり合える。

 

「そうだ」

焦ってはいけない___

 

一途に恋をする巴と、

感情を宿したロボットであるユーミア。

いつか2人が理解し合えるように。

そのためには、少しずつでも2人の本当の気持ちを理解しなければならない。

 

巴かユーミアか……

選ぼうと思えば、どちらかを選ぶのは簡単だった。

 

だが、選ばれなかった者がどうなるか______

 

涼の脳裏に、ユーミアでも巴でもない、一人の女の顔が過ぎる。

 

敗れて歪んだ恋心は、この世のどんな殺意よりも恐ろしい。

涼の記憶に、心に、そして遺伝子に刻みこまれた教訓だった。

 

猛スピードで走るデルタS4の前に、T字路が現れる。

それを超えると、フェアリーランドはすぐ向こう。

直前で折り返すのが、ここを走る走り屋達の暗黙のルールだった。

その先は民家やコンビニなどが増え、あまり走り回ると警察が出てくる恐れがあった。

 

シフトダウンをし、エンジン音を響かせながら減速する。

車体をスライドさせ、180度スピンターンを決めると、涼はアクセルを踏み込んだ。

 

4輪をホイールスピンさせながら、ロケットのようにデルタS4は加速する。

2速、3速とシフトアップしていく。

 

焦ってはいけない______

 

涼はもう一度、自分に言い聞かせる。

その言葉とは裏腹に、S4はぐんぐんスピードを上げていく。

 

深夜のフェアリーロードに、デルタS4のエンジン音が響き渡った。

 

 

 


 

 

 

フェアリーロードの途中に、未舗装の脇道がある。

そこを進んでいくと、何十年も前に閉鎖された廃工場があった。

今は無数の瓦礫が積まれた、廃材置き場と化していた。

 

今から半年程前______

 

涼はデルタS4をメンテナンスに出した帰り、その廃工場に立ち寄った。

買ったばかりのミラーレスを試したくなったのだ。

 

バッグから、カメラを取り出す。

パナソニックのルミックスS1は、中古でもかなりの高額で、寒さと重さも相まって手が震えた。

センサーを保護するカバーを外し、セットで買ったシグマの20-60㎜のレンズを取り付ける。

ストラップを肩にかけると、涼はS4を降りた。

 

敷地内に積まれた瓦礫の山を乗り越え、廃墟となった工場を抜けると、葉を落とした木々の合間から海がはっきりと見える。

涼はその風景がお気に入りだった。

汚泥にまみれ、瓦礫に埋もれた道を乗り越えた先に、穏やかで雄大な大海原が現れる。

この風景を幼い涼に教えたのは、今は亡き彼の母親だった。

 

身を切る寒さだったこの日も、海は変わらず穏やかだった。

 

『うわっ!?』

視線の先に、人影が見えた。

波が打ち寄せる砂浜に、若い女の子がぐったりと横たわっている。

涼は慌てて駆け寄った。

『大丈夫か!?』

側まで近寄った時、涼は少女の違和感に気づいた。

 

全身泥にまみれ、衣服はボロボロ。

だが、破れたスボンから覗く、鈍く輝く金属の脚。

こめかみに付けられた不思議な金属製の髪髪飾りと、円錐型のヘッドギア。

そして陶器のような白い肌に、美しいブロンドの髪の輝き_____

 

そこに倒れていたのは、一体のメイドロイドだった。

 

 

 


 

 

 

『綾小路重工製汎用メイドロイド“TYPE-SAKUYA A9”。個体識別名はユーミアです』

 

涼が拾った少女は、自らをそう紹介した。

しかし、ユーミアが覚えていたのはそれだけで、後はメモリーが損傷していたため何も思い出せなかった。

 

TYPE-SAKUYAシリーズは外出先でのトラブル発生時、すぐに持ち主(マスター)とメーカーに連絡されるようになっている。

それに内蔵GPSと連動し、機体の居場所もすぐにわかるようになっているという。

だが、損傷した記憶媒体に連動しているのか、それも機能しない。

高度な自己修復機能を備え、海辺で雨ざらしにされた機体の各所が新品同様に復旧していく中、ユーミアは元のマスターすら思い出せずにいた。

 

持ち主を早く見つけたかった涼は、困惑した。

無論、ユーミアを早く追い出したいとは微塵も思っていない。

早く元の家族のもとへ返してやりたい、

彼女を必死に探している家族がいるはずだと、涼は考えた。

数千万という価格を度外視しても、人間の少女そっくりなメイドロイドを、使い古した白物家電のように不法投棄する人間がいるとは思えない。

 

一方ユーミア本人は、機体がある程度修復するなり、メイドロイドとしての活動を開始した。

さすがは家事手伝い用のメイドロイド、料理に掃除洗濯その他諸々……家事と名のつくものは全て完璧にこなす。

そして涼がバイトから帰ってくると、お約束の『お帰りなさいませ』の挨拶と共に夕食まで用意して待ってくれていた。

涼が新しく買い与えた専用メイド服を身に付け、それが本能であるかのようにテキパキ働く。

 

その日も彼女の夕飯を食べ終えると、ユーミアはボロアパートの狭い台所で涼一人分の食器を綺麗に洗っていた。

その不釣り合いな様子をソファに腰掛けて眺めながら、涼は今後の事を考えていた。

すると……

 

『マスター……』

 

夕飯の片付けをすっかり終えたユーミアが突然、口を開いた。

涼は思わず左右を振り返り、その呼称が自分を指していることにしばらく気づかなかった。

 

メイドロイドは本来、持ち主として登録された人間以外を主人(マスター)として認識しない。

涼はそのことは調べていたし、ユーミアも先ほどまで“如月さま”と素っ気ない呼び方をしていた。

『俺のこと……今、マスター……って……』

だからこそ、ただのアパート暮らしのフリーターを“マスター”と呼んだことに、涼は驚いた。

『はい、マスター。今日からそう呼ばせてください!』

ユーミアはお淑やかに、しかしはっきりと笑みを浮かべた。

 

『あなたは、ユーミアの()の恩人です。ですから、メモリーが修復し記憶が戻るまでの間だけでも、マスターの身の周りのお世話をさせて欲しいのです』

 

センサーのレンズになっているはずの瞳でも、まっすぐ見つめられると胸に刺さるものだ。

この恩返しも、高度に組まれたAIによる演算の結果なのはわかっていた。

それでも涼は、ユーミアの健気な性格(・・)がそうさせたと思ってしまった。

 

『いいのか……?こんなボロくて狭い部屋に住み込むなんて……』

機械相手に遠慮する涼。

そんな彼に、ユーミアは優しい笑みを浮かべる。

『マスターのご迷惑でなければ、お願いします』

『えっ、あぁ……こ、こちらこそよろしく』

思わず立ち上がって頭を下げた。

 

その日から涼は、行き倒れたメイドロボのご主人様になったのだった。

 

 

 


 

 

 

新たに涼をマスターと認識したユーミアは、ますます奉仕の度合いを高めていった。

朝目が覚めてから夜寝床に着くまでの間、身支度の手伝いをし、美味しい料理をテーブルにならべ、忘れ物がないか何度も尋ね、バイトから帰ってくれば疲れた身体を気遣いながら、一日の出来事を親身に聞いてくれる。

涼の事をどんどん学習し、色々な好みや行動パターンを把握していった。

 

記憶を失い、メイドロイドに不可欠なマスターとはぐれたユーミア。

その穴を、涼との生活で埋めようとするかのように、彼女は深く深く尽くしてくれる。

その献身的で深い愛情こもった奉仕に、涼は亡き母の面影を見た。

優しくて、料理が上手で、家事をテキパキこなしてくれる。

幼い涼のどんな話も、面倒くさがらずにいつもニコニコと微笑んで聞いてくれた。

微笑みかけるユーミアの優しい表情は、その母の微笑みを思い出させた。

 

 

ある日、涼はTYPE-SAKUYAシリーズのムック本を手に入れた。

本には最新型メイドロイドの情報、メーカーである綾小路重工業(A H I)や一般に公表されているA2以降のモデルの解説、そして未だ全容が明らかになっていないA1型や次期メイドロイドA7の予想図など記載されていた。

 

『マスター、先程から何をされているんですか?』

ユーミアは涼に寄り添うように、ソファの隣に腰掛けた。

『ん……あぁ、何かユーミアに関する情報はないかなって。記憶を取り戻すためにも』

『記憶を……そうですか』

メイドロイドにもクルマ同様、同じ型式でもグレードや追加オプションなどがあり、そのバリエーションはクルマ以上である。

だからユーミアの外見やパーツを手がかりに、彼女に一体いくらかかっているのか……その価格帯が分かれば、どんな人間がマスターなのか絞ることができるのではと思った。

何体かリリースされている限定モデルであれば最高だ。

所有者を絞ることができる。

 

しかし本をめくっていくうち、一つの疑問に行き着いた。

『A6……A6……ユーミアの型式(カタシキ)って、確かA9だったよな?』

『はい、TYPE-SAKUYA A9です』

さすがに機械が自分の型式を間違うことはないだろう、確かに彼女はA9だ。

『でも、これにはA6以降のナンバーが無いんだよなあ。しかもA6出たのが……半年前。A9ってナンバーの機種はどこにも載ってないんだ』

『どういう……ことですか……?』

困惑しているのか、ユーミアは思わず聞き返した。

『存在しない……あるいは公表されてない型式だってことに……なるよな』

 

それから涼は、ネットでメイドロイドに関するありとあらゆるもの情報を漁ってみた。

考えられるのは、イレギュラーなモデルとして連番ではない数字を冠された説。

TYPE-SAKUYAシリーズにそのようなモデルがないか調べてはみたが、やはり1〜6の連番から外れた特別なモデルは見当たらない。

ユーミアのシステムエラーを疑い、ヘッドギアや脚部などに共通のパーツを用いているモデルがないか探したが、似てはいても同型のものはなかった。

 

『……やっぱり無さそうだな。ていうか、そもそも途中の7と8はどうなってんのって話よな』

涼は、ユーミアの方を向き直る。

『では、ユ……ユーミアは……存在しない機体(モノ)だということでしょうか……?』

彼女はAIで動いているとは思えない、悲しそうな表情を浮かべていた。

『あ、いや……ご、ごめん……』

例えAIのプログラムに従って作り出された飾りとはいえ、その表情は涼に自分の過ちを気付かせるのに充分だった。

『気にすんなって!現に今ユーミアは俺の前にいるじゃねえか』

『ですが……メイドロイドとして存在しないということは、ユーミアは……メイドロイドですら無い……ということに……』

 

メイドロイドではない_____

その事実は、人間を愛し、人間に奉仕するという彼女の存在意義をも奪った。

ユーミア……もとい機械にとって、自分の型式番号がどこにも載っていないというのは、自分の存在を否定されたも同然。

人間で言えば、戸籍がないのと同義なのだ。

 

『そんなん関係ねえよ!俺にとっては、ユーミアはもう大事な家族だ。だから……』

ユーミアがメイドロイドかどうかはどうでも良かった。

ただ、こんなボロアパートに住むフリーターにも、精一杯に尽くしてくれる。

涼の新たな家族になるには、それだけで十分だった。

 

『だから……こんな俺でよければ、ずっと側にいてほしいなって……』

『本当ですか? マスター! 』

その言葉に、ユーミアは頬に手を当て歓喜した。

『うれしい……マスターにお仕えするユーミアにとって、そのお言葉ほど嬉しいことはありません!』

下手な人間よりも表情豊かなメイドロイドのユーミア。

 

例え人工知能が作り出す機械仕掛けであっても、涼はユーミアの優しい笑顔を守りたいと思った。

 

 

 


 

 

 

深夜______

 

静かに寝息をたてる涼の枕元で、ユーミアは彼の寝顔を見つめていた。

日付を超えるまでフェアリーロードを爆走した彼女の主は、帰宅するなりベッドに潜り込んで寝てしまった。

 

“ユーミアはもう大事な家族だ”

“こんな俺でよければ、ずっと側にいてほしい”

 

涼のあの日の言葉。

それは、本来は機械である彼女に向けるようなものではない。

だがその言葉が、

その時の涼の声や表情が、

過去を失い、メイドロイドという存在意義すら揺らいだユーミアのAIに保存された。

 

空っぽになってしまった機械仕掛けの心を、涼という一人の存在が満たし続けている。

 

ユーミアはそっと、涼の頬に手を触れる。

白いオペラグローブ越しに伝わる柔らかさと温かさが、ユーミアは好きだった。

 

「マスター……」

ユーミアも、ずっとマスターのお側にいたい、

もっとマスターのことを知りたい、

そして叶うのならば、

マスターにとって唯一の存在になりたい……!

 

『ユーミアは例え何があっても、全力でマスターにお仕えしますね!』

あの日、ユーミアは涼に誓った。

その決意が、AIの本来の思考アルゴリズムから逸脱した“感情”の芽であるとは、その時のユーミアはまだ気づいていなかった。

 

だがその芽は着実に育っている。

 

メイドロイドにとっては、人間らしさを演出する“装飾”でしかない感情が、今のユーミアのAIを支配しつつある。

マスターに仕えるため、

マスターに喜んでもらうため、

マスターといつまでも一緒にいるため、

マスターにユーミアだけを見てもらうため______

 

ユーミアの思考アルゴリズムは徐々に、メイドロイドとしての本来の役目である“奉仕”から離れつつあった。

 

それでも、今のユーミアには関係ない。

公式には存在しない型式である彼女は最早、TYPE-SAKUYAのメイドロイドですらないのだから。

 

マスターにとって理想の、

マスターだけのメイドロイドであればいい。

 

そうですよね______

 

ユーミアだけの……マスター______

 

空いた窓から、涼しい夜風がふわりとユーミアの髪を揺らす。

その風は、拾われたあの頃より、はるかに暖かかった。

 

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