アモーレ・バッタリア!   作:さくらのみや・K

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Act.4 乙女のセグレート

「んふーっ!美味しいね、先輩!」

涼のアパートから車で30分ほど走らせた隣街のカフェで、巴はチーズケーキを満面の笑みで頬張っていた。

今日は二人とも休みで、特に出かける用事もなかったが、突如巴から呼び出されたのだった。

 

「それにしても、なんで急にケーキが食いたいなんて……」

アイスコーヒーを飲みながら、ケーキを食べる巴の可愛らしい仕草を眺めていた涼は尋ねた。

彼女が今堪能しているチーズケーキは別に期間限定でもないし、この店があと数日で閉店するというわけでもない。

人気度は高いようだが、店が開店していればいつでも食べれる。

「そんなの、ボクが先輩に会いたいからに決まってるじゃない!好きな人に会うのに理由なんか大事じゃないでしょ?」

「あっはは、そうだな」

涼は顔を赤くした。

巴はいつ何時でも、相手に好きという想いを伝えるのに何の躊躇もしない。

 

《御覧下さいこの青い海!まるでハワイを連想させるような……》

カウンターの壁に駆けられたテレビでは、アナウンサーがどこかのビーチをリポートしていた。

「どこだろう、沖縄かな」

「あ!ここ知ってるよ」

涼と違い、巴はこの映像がどこか見覚えがあるらしい。

「そうなのか?」

「うん!ここはね……」

《ここニライカナイは既に夏真っ盛り!今日はこのニライカナイをお得に満喫できる情報を皆さんに……》

画面が切り替わり、島内にある土産もの店やグルメ、クルージングなどのアクティビティの映像が、大きなテロップと共に次々と映し出された。

 

「ニライカナイか」

涼も、ニライカナイという島は知っている。

国内では有名なリゾート地の一つであった。

「いいなあ、俺もこういう島行ってみたいもんだ」

「ボクは行ったことあるよ」

チーズケーキの最期のひと口をフォークで突き刺して、巴は言った。

「というか、住んでたんだよねー。2年くらい」

その言葉を聞いて、涼はアイスコーヒーを啜ろうとした手を止めた。

「マジ……?」

「うん!色々あってさ、お姉ちゃんが“天聖院学園”に転校することになっちゃったんだ。それで家族のボクも一緒に」

今の巴の言葉が何を意味するのか、涼は知っていた。

 

ニライカナイ_____

 

東京から南に約1200kmの太平洋上にあるリゾートアイランド。

1年を通して温暖で穏やかな気候に恵まれているこの島は、シチリアの旧市街のような古いヨーロッパ風の建築物を模した観光街、近代的な高層ビルなどが立ち並ぶ商業エリア、他にもビーチや歓楽街など、様々な施設が充実している。

 

そんなニライカナイは、島全体が巨大な人工島になっている。

大正から昭和初期にかけて建設され、その後も埋め立てを繰り返して現在の大きさになった。

しかし最初期で既に、関西国際空港やドバイのパーム・ジュメイラの面積を大きく上回っており、現在は東京23区に匹敵する630平方kmを誇る。

そんな世界最大の人工島が国内にあるのも驚愕だが、それですらニライカナイを特徴付ける要素の1つに過ぎない。

 

ニライカナイ最大の特徴は、島全体が“天聖院学園”の所有する学園都市であるということだ。

島の総人口約60万のうち学園生と職員が85%を占め、島中に学園の関連施設が点在し、自治運営は学園生徒会を中心とした生徒自身によって行われている。

そしてその生徒達のほぼ全員が、“能力者”と呼ばれる者達である。

 

魔力霊力妖力いった超自然能力の使い手、驚異的な身体能力を持つ者や妖怪や妖精のような人智を超えた生物の血を引く者……

その他ありとあらゆる、一般庶民にとってはファンタジーの中でしか見たことがないような特殊能力を持つ者を、この世界では能力者と呼んでいる。

その中でもより素質のある世界中の若き能力者を集め、彼らの能力向上を目的としているのが天聖院学園だ。

生徒達は特殊なカリキュラムを組まれた学園生活を送り、日夜自身の能力の研鑽に励んでいる。

その特殊性ゆえ、観光客をはじめとする島外の人間の滞在期間は、原則1週間と制限があった。

 

天聖院学園へ入学する資格を持つ。

それは巴の姉、朝倉 奏が能力者であることに他ならない。

 

そして______

 

「巴も……能力者なのか?」

涼が尋ねた。

多くの場合、特殊能力は遺伝することが多い。

兄弟や姉妹がいれば、彼らも能力者であると考えるのが自然だった。

「うーん……まあね」

「どんな能力なんだ?」

それに対し、巴はフォークを空になった皿の上に置くと、複雑な表情を浮かべた。

「ごめんね、それはちょっと言えなくて……」

一般社会における能力者の割合は非常に少なく、無用なトラブルを避けるために、自身が能力者であることやその能力を公言したがらない者も多い。

「そっか……言えないなら良いんだ。悪いな」

「それに、一応能力者だけど……ボクは、お姉ちゃんみたいに才能が無いんだ。ちょっと真似事ができるくらい」

「だけど、ニライカナイには行けたんだろ?」

「ボクは特例で住むのを認められただけなんだ。あの時はまだ小学生だったし、預けられる家族も親戚もいなかった……だから、学園には入れたわけじゃないんだよね」

巴の声は沈んでいた。

それを聞いて、涼は少しデリカシーが足りなかったと後悔した。

 

実は巴の両親は、彼女が幼い頃にこの世を去っている。

死因は交通事故だと、涼は聞かされていた。

死後、巴はたった一人残された肉親である奏に育てられてきた。

部外者の島の滞在を1週間に制限している天聖院も、さすがに幼い子供を一人東京に残させるのは酷だと判断したのだろう。

 

「……ごめんな」

ところどころで気遣いが足りない。

そういうところが、巴とユーミアの余計な軋轢を生んでしまうのだろう。

「ううん!気にしないで!大丈夫だよ!」

巴は慌てて、こちらに両手に振り出して否定した。

「こっちこそごめんね、そんなつもりじゃなくて……それに、能力が言えないのはお姉ちゃんの言いつけなんだ。色々事情もあるから……ボクは、先輩なら話してもいいなぁとは思うんだけど」

彼女のたった一人の肉親である奏の言いつけは、例え涼が相手でも絶対なのだろう。

それはもちろん当然のことで、涼は教えてくれなかったと幼稚な嫉妬心など抱かない。

 

だがそれは、巴と姉の奏の持つ能力が軽々しく口にできない類のものだということを意味する。

アンティーク人形の専門ショップを切り盛りし、同時に人形劇師としても名を馳せていると、涼は度々巴から聞かされていた。

いつもは他愛のない姉自慢だと思って聞いていたが、今加わった天聖院というキーワードが涼の記憶のセンサーを刺激した。

 

人形遣いが、何の能力を認められたのか______

 

古い記憶の棚の中身をひっくりかえして、整理しようとする自分がいた。

 

そんな涼を、巴の言葉が遮る。

「ボクが先輩のお嫁さんになったら、教えられるね!んふふっ!」

昔取った杵柄……というより過去の栄光と表現するのが相応しい、心のつかえを大きくするだけのもの。

涼は巴の笑顔を見て、そんな思考と記憶を再び棚へ押し込んだ。

 

 

ケーキを食べ終え、グラスの飲み物も残りわずかだった。

「そういえば先輩は、いつからアルバイトで生活してるの?」

「前の仕事やめてから。だから……2年以上か」

今のボロアパートに移り住み、ファミレスの面接を受けてからもうそんなになる。

自分で数えて、少しため息が出そうになった。

 

「前は何やってたの?ビジネスマン?」

涼は首を横に振った。

「一応、自衛隊にいたんだ」

おおっ、と巴は目を丸くしてみせた。

「さすが先輩!それで、どんなことしたの?銃持って走ったりとか?」

「まあ……そんな感じ」

巴の問いに、涼は曖昧な返事を返す。

「なにそれー」

「防衛機密ってやつでね、あんまペラペラ喋れないんだ」

本当は色々違うのだが、やはり軽々しく口にできるものではない。

「巴達の能力の話ができるようになったら、俺もカミングアウトするかな」

それにこの件に関して、涼には色々思うところがある。

平和な今の生活を送る上で、そこに至るまでの記憶はあまり引っ張り出したくない……というのが正直なところだった。

 

「気にしないで、先輩」

「ありがとう」

涼はアイスコーヒーの最後の一口を飲み干した。

巴は既にいちごオレを飲み干している。

「帰ろうか?」

「うん!」

二人は席を立った。

 

 

 


 

 

 

二人分の勘定を払い、ドライブがてら少し遠回りをしてから、涼は巴を自宅まで送ってあげた。

AntiqueDoll“ASAKURA”の看板が掛けられた1階のドールショップはまだ営業中で、ショーウィンドウの中では素人眼にも精巧で華やかなアンティークドール達がライトに照らされている。

 

ウィンドウ越しに、こちらに気づいたエプロン姿で接客中の巴の姉……朝倉 奏が手を振る。

「お姉ちゃーん!」

「わぶっ」

巴が涼の方へ身を乗り出して手を振り返した。

デルタS4は左ハンドルなのでこうなる。

 

「今日も楽しかったよ!先輩、急に誘ったのにありがと」

「俺もだよ。また行こうな」

巴の急な思いつきで出かけるのは、今日に限ってのことではない。

これも、彼女の可愛い一面だった。

「今日はお互い、秘密があることが分かったね」

「そうだな。まあしょうがねえよ、生きてればそういうこともあんだろ」

付き合い始めてまだ日は浅い。

下手をすれば日常生活すら脅かす秘密を語り合うには、涼と巴の関係はまだ足りない。

だが、もし互いの秘密を明かすことができるほどの関係になれば、彼女のユーミアへの想いも変えられるかもしれない。

 

「でもボクは、もっと大事な先輩の秘密を知っているから……」

「え?」

巴の言葉は、後ろから遠慮なく響くエンジンのアイドル音にかき消された。

「……何?」

「ううん、何でもないよ!それじゃあまた明日、バイトでね!」

そういうと巴はドアを開け、ひょいとS4から舞い降りた。

「まいっか……」

涼は運転席のスライドウィンドウを開く。

 

「バイバーイ」

涼は店の前でニコニコと手を振る巴に振り返すと、ギアを1速に入れてS4を発進させた。

 

 

 


 

 

 

 

その日の夜___

 

《久し振りに声が聞けて安心したのだ!》

スマートフォンの向こうで、少女が喜ぶのが聞こえる。

電波越しにもわかる、ハツラツな声色だった。

「ボクも鬼火ちゃんの声が聞けて嬉しいよ!それで、そっちの様子はどう?」

癖のある黒いショートヘアは、エメラルド色のカチューシャと髪飾りで彩られていた。

少女の()()()華奢な身体はオフィスチェアに預けられ、ライムグリーンの瞳は複数の液晶モニターが映し出す多数の画像に向けられていた。

 

《忙しすぎて大変なのだ……仕事は難しいし、いつもいつも副会長に怒られて、アタイもう泣きそうなのだ〜っ》

ふにゃああと弱音を吐く親友に、少女は口元を緩めた。

「でも尊敬しちゃうな〜。あの麗華さんの跡を継いで、天聖妃になっちゃうなんて。ボクは、いつか鬼火ちゃんがなるって信じてたんだよ」

《でも勝ち取ったわけじゃないからなー。あれだけ強いのに、天聖妃だけじゃなくて生徒会長の仕事も完璧にこなしてたなんて……悔しいけど、麗華には敵いそうにないのだ……》

学園……そしてニライカナイの頂点に君臨する栄光の、その裏にある様々な雑事への不満と、それを涼しい顔でこなしていた先代への尊敬を混ぜ、少女はため息をついた。

 

《そっちはどうだ?お兄ちゃんとか、みんな元気にしてるかー?》

「うん。結人兄ちゃんもお姉ちゃんと仲良くしてるし、お店も引っ越してからもいい感じ。お姉ちゃんは、結人兄ちゃんと家遠くなったのが不満みたいだけど……」

《にんぎょーねーちゃん、お兄ちゃんのことだとヤバイ目になるからなー。大丈夫?暴れてない?》

「うーんまあ、災害は起きてないよ」

昔の話に花を咲かせながら、彼女はモニターに表示される画像を一枚一枚眺めていた。

そこに写るのはどれも同じ、愛する人の日常の風景だった。

 

《ところで巴ちゃん。その……“運命の人”とは上手くいっているのかー?》

鬼火は話題を切り替える。

運命の人……彼女の恋人である如月 涼の話題を出され、彼女は頬を赤くした。

「うん……やっぱり間違いなかった。先輩こそ、ボクがずっと探してた運命の人だったよ」

数百枚と撮った写真のうち、最もきれいに撮れた一枚を眺めながら、恍惚の表情を向ける。

 

涼と付き合うずっと前から撮り貯めた、

朝倉 巴の大事なコレクションだった_____

 

鬼火はうんうんと頷いた。

《アタイは間違いないと思ってたぞ。巴ちゃんがそんなに入れ込むぐらいだからな。だって“前世で誓い合った恋人同士”なんだろー?》

「……うん。一緒に戦って、一緒に世界を救った運命の人。その話……よく覚えててくれたね」

《親友だからな!試験の範囲は忘れても、アタイは親友の話を忘れたりしないのだ!》

誰にも理解されず、家の外ではひとりぼっちだった巴。

 

初めてで、そして一番の理解者でいてくれた親友の力強い言葉に、巴の目頭が熱くなる。

「ありがとう、鬼火ちゃん。ボク、これで自信がついたよ」

《……エルシオンの前世を、思い出させるのか?》

「うん。暗黒神の魔の手が、エルシオンのすぐそばまで来ているんだ。その前に、ボクが……この“ティア=ラティーナ=ルーネイト”が守ってあげなきゃいけないの!」

スマートフォンの向こうで、鬼火が数秒考え込んだ。

《そうか……そうだな!巴ちゃんにはアタイが教えた格闘技もあるし、どんな奴がきてもへっちゃらなのだ!》

「ありがとう!そう言ってくれると嬉しいよ」

《第59代天聖妃、鬼住山 鬼火が認めたのだ!自信を持つといいぞ!》

文字通り力強い鬼火の励ましに、巴は意思を固めた。

 

《でも一つ、約束して欲しいのだ》

「ん?なに?」

鬼火は、少し考えるように間を空けてから、口を開いた。

《絶対に、誰も傷つけちゃダメだぞ。ん〜っ、なんで言えば良いか難しいけど、きっと巴ちゃんの周りには、悪い人はいないと思うのだ》

「……そうかな」

《間違いないのだ!それに、巴ちゃんが誰かを傷つけたら……あたいも、麗華も、お兄ちゃんも、みんな悲しんじゃうのだ。巴ちゃんの恋人も》

「……」

珍しく真剣な鬼火の声に、巴は思わず黙り込んでしまった。

 

「大丈夫、ボクは……ボクには分かるから」

《巴ちゃん……》

「ボクは、運命に従うだけだよ。前世からの______」

巴は、自分の前髪の毛先を触りながら答えた。

目の前に、黒い髪の毛がちらつく。

 

楽しい会話に終わりを告げ、鬼火とニライカナイでの再会を約束した巴は、パソコンのあるデスクを立った。

6畳の部屋の入り口であるドアには、姿見用のミラーが設置されている。

キャミソール姿の巴は、見た目以上に幼げの残る自身の姿を写し、歯ぎしりした。

 

どうしてボクは______

こんな姿で転生してしまったんだろう______

 

自分と姉の持つ能力なんかは、誰に知られてもさして気にはならない。

だが巴には、今はまだどうにも変えられない秘密がある。

それを抱えたままでは、大好きな先輩を迎えることすらできない。

 

「まずは先輩の……エルシオンの記憶を取り戻すところから、始めなくちゃね」

見つからない賢者を探すより、運命の人の記憶を取り戻し、この事態を説明する方が早い。

「だけどもう時間がない……」

巴は、ベッドの下に仕舞ってあったモノを取り出す。

 

短剣_____

 

鞘から引き抜いたそれは複雑な形状をしており、刀身は紅く輝いていた。

 

もう時間がない。

暗黒神の魔力にエルシオンが呑まれる前に、

どんな手を使ってでも、ボクは先輩の記憶を取り戻す。

 

 

そしていつかは、

 

女の子の身体に_____

 

 

巴は親友の励ましと涼への愛を胸に、紅いフランベルジュを鞘に納めた。

 


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