アモーレ・バッタリア!   作:さくらのみや・K

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ACT.6 ショー・ダウン

深夜のフェアリーロード______

 

「あん?」

バックミラーに小さな光点が映ったかと思うと、どんどん大きくなる。

近づくにつれ、それが初期型のBMW M3が備える、丸目四灯のヘッドライトであると分かる。

「ちっ」

黒い初期型M3は、涼が誰よりも付き合いが長い知り合いの一人であり、誰よりも嫌いな走り屋の一人だった。

 

一気にアクセルを踏み込む。

ターボチャージャーとスーパーチャージャーが貪欲に大気を吸い込み、1.8LのATR18Sエンジンへと押し込む。

 

四輪が路面を掴み、S4は蹴飛ばされたように加速する。

涼のS4が勝るのは、このダッシュ時の瞬発力だけだった。

 

突き放されたM3が追いすがる。

ドイツツーリングカー選手権(D T M )のレーシングカーと同じ、360馬力にチューンアップされた2.5LのS14エンジンが鋭く吹け上がる。

 

ストレートが終わり、大きく回り込む右中速コーナーが迫る。

 

S4は減速し、コーナーへ飛び込んだ。

アクセルを踏み込む。

 

車体がズルズルと外側へ逃げていく。

 

更にアクセルを踏んでいく。

「……ッ」

ぐいと、鼻先が内側に入っていく。

 

リアタイヤが滑り出すギリギリでとどめ、一気にコーナーを抜けていく。

 

まさに綱渡り。

アンダーステアを出して外側の土手に乗り上げるか、

オーバーステアを出して内側のガードレールを突き破るか。

いつ破綻し、コントロールするか分からない。

 

M3が近づいてくる。

コーナーでのコントロール性は、後輪駆動のBMWに分がある。

 

「クッソ……近づいてくんじゃねえ」

車体をイン側に張り付かせ、M3が前に出れないようにする。

 

ブレイクするギリギリだった。

 

アドレナリンを含んだ汗が背中を伝う。

自分の命を、死の間際に晒すような走りが、逆に自分の生を強く浮き上がらせる。

生きることだけに必死になれる。

 

S4のアクセルを踏み込み、

タイヤがスキール音を上げている時だけ、

俺は何もかも忘れて夢中になれる。

 

コーナーの出口に鼻先が向く。

涼はアクセルを床まで踏み込む。

 

ロケットのように、S4が飛び出していく。

 

フェアリーロードの終点まで、残り1/3。

二台のマシンが、無人の一般道を駆け抜けて行った。

 

 

 

広大な駐車場の真ん中に、デルタS4とM3が並んで停まっていた。

 

「よオ」

M3のドアが開く。

薄紫の髪の男は、涼に笑いかける。

リムレスのメガネの奥で、三白眼が涼の方を向いている。

「またお前かよ」

「ここ最近で、お前とバトれるの俺ぐらいじゃねエか」

「お前と走るんなら一人で流してるほうが良いな」

「ひっでェ」

M3のドライバー、瞬はせせら笑いながら、ジーンズのポケットからウィンストン・キャビンの赤い箱とジッポを取り出す。

タバコを抜き出し、火をつけた。

ジッポーの心地良い金属音が、二人以外無人の駐車場に響く。

 

瞬はこのフェアリーロードを走り回っている、BMWフリークの走り屋の一人だった。

愛車は通勤用ストリートチューンのF80型M3、

サーキット仕様のフルチューンF82型M4、

そしてフェアリーロード用にチューンした、DTM仕様の初代M3のE30。

綾小路系列の警備会社の部長をしているとかで、クルマにかけられる資金は潤沢だ。

 

涼はこの金持ちムーブと、性格の悪さが気に入らない。

が、それでもなんだかんだよく一緒にいる。

 

二人がいるのは、フェアリーランドの第5駐車場。

ランドからは一番遠いが唯一無料の駐車場で、閉園後も特に閉鎖はされない。

そのため、週末は走り屋の溜まり場になり、治安は良くなかった。

二人の足元にも、誰かが愛車でドーナツターンをしまくってできたタイヤ痕が残っていた。

 

「最近、あんま来ねェよなお前。走る場所変えたか?」

瞬は大きく吸い込んだ煙を吐き出す。

「別に。まあ色々あんだよ俺にも」

涼は答えながら目を逸らす。

「さては遂にフラれたか?」

「……はあ、お前ならそう言うと思った」

涼はため息を吐く。

 

涼は簡単に事の顛末を話した。

「で、明日二人を会わせることにしたんだよ」

「いいなァ、まさに今は祭り前夜ってわけだ」

「チッ、死ね」

ニヤつく瞬を、涼は睨みつけた。

こんなクソ野郎だと知っていながら、話してしまった自分には呆れるしかない。

「おもしれえと思うんなら、なんかアドバイスでもくれよ」

「知らねーよ、てめェの痴情のもつれなんざ。ま、なんとでもなんじゃねェの?」

「聞いた俺がバカだった……」

涼は片手で頭を抱えた。

 

しばらくして、フィルターギリギリまで吸い終えた瞬は、吸い殻を足元に吹き捨てた。

「じゃ、がんばってくれよ。女たらし君」

「あばよ、成金野郎」

地面の吸い殻を靴でもみ消し、車に乗り込むとところを、涼は見送る。

 

レーシングマフラーの乾いた爆音が、だだっ広い駐車場に響き渡る。

走り去る黒いM3を、涼は少し笑みを浮かべながら眺めていた。

 

 

 


 

 

 

薄暗いその部屋は、様々なモニターや電子機器、それらに繋がるコード類が並んでいた。

響くのは冷却用電動ファンの唸りと、二人の男女の吐息だけだった。

 

「まだ……A9の消息は掴めないのですか?」

少女は、身じろぎするたびに揺れる胸の果実にブラジャーをあてながら、床の白衣を手に取った青年の背中を見つめていた。

「もう3年以上……手かがりも無し……か」

男は白衣に袖を通すと、無造作に脱ぎ捨ててできたシワをごまかそうと襟を伸ばす。

「しかし、実地試験の内容が紅蓮宮に漏れていたとは……日本からさっさと逃げ出したくせに、何を今更……」

丈の異様に短いメイド服に袖を通し、少女は毒突きながら大きめの丸メガネをかけた。

 

服装を整えると、男はため息をつく

「やれやれ……ここで()()のはよしてくれって言ったじゃないか。この部屋は……」

猫耳のついたカチューシャをつけながら、少女は彼の発言に首を傾げる。

「あら、何を恥ずかしがることがあるのですかぁ?」

ニヤリと笑顔を歪めて見せる。

白い肌、きらめく金色のショートヘアーにサファイアのような青い瞳。

だがその人形の如きを美しさも、絶望的なファッションセンスの前で全て掻き消される。

「このフロアは私達以外、誰も立ち入れないようになっているではありませんか。それに……」

彼女は部屋の中央を向く。

 

高さ2mほどのカプセルがそびえ立っていた。

何本ものコードやパイプに繋がれ、周りに並ぶいくつものモニターが計測機器の情報を映す。

青白いガラスのカバーを通して、一人の少女が穏やかな表情で眠っているのが見て取れた。

白いブラウスから細く華奢な白い腕がすらりと伸び、金色の髪は左右でそれぞれ結われていた。

「幾重にもかけられた封印で強制的にスリープモードに入っているのですから、私達のことは感知しようがありません。それとも、そういうプレイがお好きでしたっけ?」

「……」

男は返事をすることなく、黙って首を横に振った。

呆れの合図だった。

 

「いずれにせよ……」

メイド服の上から白衣を羽織り、絶望的なファッションセンスにとどめを刺す。

「A9は我が人工知能研究所における最強のカード……オールマイティーのジョーカーです」

「あぁ……そうだね……」

「それになにより、あの機体は……分身ですもの。絶対に取り戻して見せます」

 

少女は狂気に満ちた笑顔で男に微笑みかけると、オートロックのドアを開いて部屋を出ていった。

そのドアが自動で閉まり、ロックがかかった電子音が鳴るまで、彼はただ見つめていた。

 

 

 


 

 

 

「ん、わかった。じゃあ行くわ」

巴からの通話を切ると、涼はテーブルに放り出してあったS4のキーを手に取った。

 

「ふう……」

ため息が出る。

付き合ってから初めて、恋人を自分の部屋に招く。

本来ならその日の夜のことを期待し胸が高鳴るものだろうが、彼の心は憂鬱と不安で重く沈んでいた。

「大丈夫ですか?」

ユーミアが心配そうに声をかける。

「ああ、まあ」

涼は曖昧な返事をした。

 

今日は涼にとってのXデー。

ユーミアと巴を対面させる当日だ。

今日の結果次第で、二人との付き合い方が変わる。

 

「じゃあ行ってくる」

「分かりました。お気をつけて」

心なしか、ユーミアも緊張しているらしい。

表情が強張っているように見えた。

「はーいよ」

涼はドアを開け、外へ出た。

 

その時、高圧電流がショートしたような激しい音が部屋に響く。

《マスター……外ハ…………キケン……》

ノイズ混じりの電子音声と化した、ユーミアの悲痛な声が漏れる。

 

だが涼の耳に響くことはなく、部屋の扉は閉じられた。

 

 

 


 

 

 

このアパートに引っ越して数年。

今だかつて、ここまで重苦しい空気になったことはない。

 

巴とユーミア______

 

涼は向かい合って立っている二人を交互に見ながら、このアパートの一室が重圧に潰されないだろうか……などと考えていた。

 

「朝倉 巴です」

「ユーミアです」

不満や嫉妬を浮かべて見上げる巴を、ちょっと優越感を感じているような表情を浮かべるユーミアが見下ろす。

 

なんでちょっとドヤ顔なんだよ。

今んとこおっぱい以外勝ってる要素ないだろ。

 

涼は二人に気圧され、口を開けずにそんなことを考えたりしていた。

 

沈黙______

 

「あの!」

たまらず涼が口を開いた。

二人が同時に彼を見る。

「何?」

「ですか?」

「……とりあえず、座ってくれ」

最も背の高い涼だったが、今の彼の心境は二人を見上げる小人のような気分だった。

 

 

「さてと、それじゃあ……」

「へえ、本当にロボットなんだ」

向かい合わせに座らせるなり、巴がユーミアを睨みつけながら言った。

「お人形さんみたい……って、ある意味本当に人形だもんね」

「朝倉さんの方こそ、お話に伺っていた通りの方ですね。小さくて可愛らしい」

微笑みを崩さないユーミア。

いつもの慈愛の表情が、今日は不敵な笑みに見える。

「それはどういう意味かな?」

早々に地雷を踏まれ、露骨に苛立ちを見せる巴。

「誰かさんみたいに、身体だけ大人びてれば良いってものじゃないと思うんだけどなぁ?」

「身体がお子さまの方に言われても、ユーミアはへっちゃらですが?」

「なんだってえ……」

「コラ!ユーミア!巴も挑発に乗るんじゃない」

涼は、胃がキリキリしてきた。

 

巴は普段は明るい性格だが、案外気が短い。

昔いたパートの主婦に『小学生みたいじゃん』と言われ、大喧嘩した過去がある。

元々嫌われていた人間で、そのパートはそうそうにバルティモアを去ったが、特に体の小ささを責めると涼相手とて容赦はしない。

 

そして思った以上、ユーミアの煽り属性が高かった。

他人と、ほとんど喋らせたことは無かったので知らなかった。

のらりくらりと当たり障りのない受け答えをするかと思っていたのに、いざ言い合いをさせるととことん煽り出したので、涼は困惑していた。

 

このままだと、二人で掴み合いの喧嘩になるかもしれない。

それだけはマズイ。

涼は初対面の険悪さから、最悪の事態を想定した。

 

 

 

だが______

 

 

 

 

「わかる!先輩のほっぺた、意外とプニプニなんだよね」

「はい!ユーミアも、マスターがお休みの間につい……」

「何それずるーい。ボクなんてたまにしか触らせてもらえないのにー」

「……え、あれ?」

気がつくと、巴とユーミアは涼の話題で仲良くお喋りしていた。

ついさっきまで一触即発の雰囲気だったのに、すっかり友達のようになっている。

 

最初はいがみ合っていたが、段々共通点を見つけて話が合ってきた。

最悪、殴り合いのケンカになるのも覚悟していただけに、ほんの数時間で仲良くなった二人に、涼は喜びを超えて困惑していた。

 

「それじゃ久しぶりに、あ!前よりプニプニ!」

「そうなんです。ユーミアが来た頃より柔らかさが増しているのです」

「そうだよね!なんか先輩……太った?」

二人で涼を挟み、互いに頬を摘んで遊び始める。

「ちょっとユーミアさん?あまり美味しいものばっかり食べさせて、太らせようとしてるでしょ」

「ユーミアはマスターの健康管理には気を遣っています。巴さんこそ、マスターの好き放題に食べさせているのでは?」

「そんなことないもん!たまにスイーツとか食べてるだけだもんねー?」

「……まあ」

実際はこっそり買い食いしていたが、黙っておくことにした。

「……そういう巴だって、なんか最近重くなってねえか?」

「なっ……ちょっとぉ!体重の話は乙女に失礼だよぉ!?」

巴の、涼の頬を更に引っ張る。

「そうですよマスター。今のはデリカシーに欠けていると思います!」

ユーミアも更に引っ張る。

「い、いらい!ふ、ふひあへん!」

「全く」

「もう」

ユーミアと巴が手を離す。

ぺちんと、涼の頬が元に戻った。

 

「そうだユーミアさん!話は変わるんだけどね……」

急速に良い関係を築いていくユーミアと巴。

最初は困惑していた涼も、その姿に素直に安堵していた。

『会ったこともないのに、分からないじゃないか』

店長の言う通りだった。

実際は修羅場になるどころか、仲の良い友達同士になっている。

まさに、涼は肩透かしを食らったのだ。

 

 

 


 

 

 

「だけど……今日は、ユーミアさんに会えて良かったよ」

三人で他愛のない話で盛り上がり、気がつくと外は日が沈みかかっていた。

 

「ごめんなさい。ボク、ずっとユーミアさんのこと勘違いしてた。なんていうか、もっと無機質で融通が効かないって、勝手に思い込んでて……」

「良いんですよ、巴さん」

申し訳なく俯く巴に、ユーミアは優しく微笑んだ。

「ユーミアも、巴さんのことを誤解していたようです。てっきり、わがままでマスターを困らせてばかりいるのだとばかり……」

「ごめんな二人とも。俺も、もっと上手く話せればよかったんだけど」

涼も申し訳なさそうに言った。

 

イメージを植え付けた責任は、お互いの事を言葉づてに伝えていた自分自身にあった。

少なくとも、涼はそう思っていた。

 

とはいえ、なんやかんやで互いの誤解を解くことはできた。

 

これからは、三人で良い関係を築いていける。

「それに、お姉ちゃんに言われたの……」

しかし、巴の言葉でまた雲行きが怪しくなった。

 

「え……」

「ユーミアさんには……綾小路のロボットには近づくなって」

巴が頷く。

「このままじゃ、先輩にも良くないはずだから……だから、付き合っていたいなら、メイドロボを手放せって」

「そんな……」

ユーミアが気まずそうに俯いた。

「奏さんが?」

「うん」

「奏さん?」

「うん、巴の姉さん。世界的な人形職人、朝倉 奏」

涼はユーミアに奏の事を少し説明した。

 

「______っ!?」

 

その名を出した途端、電気がスパークしたような音と共に、ユーミアがうずくまる。

「ゆ、ユーミアさん!?」

「大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です……どうか、お気になさらず」

頭を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。

 

「だけど、どうして奏さんが……」

「分かんない。理由はちゃんと話してくれなくて……でも、どうしてもボクは先輩と一緒にいたいから、だから、つい……」

 

あの日、必死になってユーミアを罵倒する巴。

ユーミアに涼を盗られたくないという感情より、家庭の事情で離れ離れになるのを、巴は恐れていたのだ。

 

「だけど、今日実際に会って決めたよ。ボク、ちゃんとお姉ちゃんを説得するよ」

巴は顔を上げる。

「もちろん、先輩の恋人はボク!だけど、先輩の家族を蔑ろにするのは、やっぱり良くないもんね」

「そうだね」

「だから、これからよろしくね!ユーミアさん」

その言葉に、ユーミアは満面の笑みを浮かべた。

「はい!ありがとうございます!」

二人は抱き合った。

「えへへ、今日はありがとう」

「こちらこそ」

 

抱き合う二人を、涼は優しく見守った。

 

しかし、三人の関係を改善する、その道のりがより険しいものだと涼は理解した。

 

愛する人のために、手段は選ばない。

そういう人間が、少なからずこの世界にはいる。

 

今の涼には、奏がそういう人間でないことと、その魔の手が伸びてこない事を祈るばかりだった。

 

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