卵と小麦粉と水。砂糖とバター。それとほんの少しの塩。なんでかいつでもいくらでも用意されているこれらの材料を、誰でも借りることができる鎮守府の貸し出し用厨房に運んでいく。
俺個人としては別にこうしている姿を見られても構わないと思うんだが、なんでか龍田が『エプロン姿は他の子に見せちゃダメ』って言うもんだからこうして隠れるようにして生地を弄っている。
今回作るのは、長期の遠征帰りで疲れるだろうチビ共へのご褒美だ。単なるクッキーだし、俺より作るのが上手い奴は俺の知る限り五人居るんだが、それでもなんでか俺のクッキーは人気がある。なんでだろうな?
そんなわけでクッキー作りだ。小麦粉と卵と水と砂糖、ついでに一つまみの塩を混ぜて生地を作ったらしばらく冷蔵庫の中で寝かせておく。これで生地は出来上がりだ。簡単だよな?
後はクッキーの装飾を作る。チョコレートをちょこんと載せたり干し葡萄を置いたり、軽く粉砂糖を振るってみたりチョコレートで網目を書いてみたり、それこそやりようはいくらでもある。
生地は生地で大切ではあるが、装飾は装飾で大切なものだ。必要ではないが、あった方が色々とバリエーションができていい。
やっぱり菓子作りはいいよな。無限の可能性の中から一つだけ引っ張り出して、自分の理想を追い求めていくのは楽しい。
もしかしたら、妖精が武器を作るのも似たような感覚だったりするのか? それなら、青葉の新聞に乗っていた『提督が提督が他の鎮守府に居た妖精をヘッドハントしてきた』って言う記事の信憑性が出てくるな。製作の楽しみを制限されたら、そりゃあ自由に作らせてくれるところに行こうとするわな。俺でもそうするわ。
ある程度寝かせたところで冷蔵庫から生地を出し、種類に合わせて切っていく。まあ、そんなに大量に作るわけでもないので分ける個数もそう多くない。
分けた生地にはチョコレートチップを混ぜ込んだり、あるいは外側に色々なものをのせていったりする。どれだけ美味かったとしても、ずっと同じ味じゃあ飽きるからな。
そういう辺りも考えて、食べる相手が飽きないような工夫を凝らす。厚さを変えたり食感を変えたり、味以外にも色々と変えられるものがある。
生地は全て同じだから舌触りを変えたりすることはできないが、非常に薄く作ったものをカリカリに焼き上げ、クリームで連結して一枚にしたりすれば歯触りは変えられる。こんな風に工夫そのものを考えるのもやりがいがある。
そうやっていくつも作っていると、時々いつの間にか作った数から減っている事がある。そう言う時には適当にそこらの机の周りを覗き込めば───ほら居た。
「おい赤城。いつも言ってんだろうが。勝手に食うな」
「言ったらくれますか?」
「チビ共用のだぞ。お前にやるわけ無いだろうが」
「だったらつまみ食いするしかないじゃないですか」
「窃盗罪で憲兵呼ぶぞ」
「来ませんよ。この鎮守府は完全に独立してますから」
「加賀呼ぶぞ」
「あら、加賀さんにもご馳走してあげるんですか?」
「俺が直接ぶん殴るぞ?」
「おお怖い怖へぶっ」
とりあえずぶん殴って簀巻きにして貼り紙をして窓から放り出す。『私は駆逐艦にあげるお菓子をつまみ食いしたいやしんぼです』なんて貼り紙がされてれば、わざわざ助けようとする奴は少ないだろうしな。
「あと、龍田。お前の分はあるから勝手に食うなよ」
「……いつから気づかれてたのかしら~?」
そう言いながら龍田が調理台の影から現れた。いつからかと聞かれれば……。
「んなもんお前が入ってきた時に決まってるだろ。赤城ならともかく、お前の気配を読み違うかよ」
……なんか龍田の頬が赤いんだが。熱でもあんのか?
「……天龍ちゃんって……男前よね~」
「……なあ龍田。俺は確かにがさつだし女らしくないがそれでも一応女でな? 『かっこいい』だったらともかくとして、『男前』ってのはちょっと受け取りづらいものがあるんだが」
「え~? 天龍ちゃんはかっこいいよ~?」
「……おう、ありがとよ」
……龍田の奴は何でいつも俺を見るときの表情があれなんだ? 正直言ってちょっと危機感があるんだが。
いつか龍田が加賀みたいな感じになるんじゃないかと戦々恐々としている。加賀はどちらかと言うと依存傾向強めだから龍田とは大分違うような気がするが、どうなるかはわからねえしな。
「それじゃあ私はナッツ多めでね~」
「はいはい、わーってるよ。何年付き合ってきてると思ってんだ」
龍田の背中を押して厨房から外に出す。こう言うのは作っているところを見られるのはあまり嬉しくないもんだ。教えるんだったらともかく、そうじゃないただの観客だと言うんなら尚更に。
そう言うわけで出ていってもらった訳なんだが、とりあえず一度目を離してしまったので周囲を確認する。こんなことは面倒だからあまりやりたくないんだが───
「……あ」
「お前みたいのがいるからやめらんねえんだよ赤城ィ……」
ひきつった表情で俺を見つめる赤城にアイアンクローを決め、そのまま振り回しつつ縄ではなく鎖でがんじがらめにした挙げ句に南京錠で固定する。
それから目隠しを着けてさらに猿轡を噛ませ、天井になぜかある輪に鎖を通して吊し上げていく。口も塞いでおかないとこいつは五月蝿いからな。
そしてぎしぎしと鈍く何かが軋んでいる音を立てながら揺れている赤城の下のオーブンでクッキーを焼く。
「っ!ッ──────!!」
ギシギシと金具同士が擦れる音が聞こえてくる。まあ、赤城でもこの鎖も南京錠もどうにかできないことはよく知っている。なにしろこの鎖は提督が用意した物で、プラズマが全力で砲撃撃ち込んでも歪むことさえなかったって代物だ。特殊改造もうけてない赤城じゃどれだけあがいても取れやしないだろうさ。
そんなわけで、俺は気にせずクッキーを焼く。何か音がする度に天井からぶら下がっている鎖から軋むような音が聞こえるが、気にしない。わざとクッキーの焼ける匂いが嗅げる特等席に置いてやったんだから、好きなだけクッキーの香りだけを楽しんでくれ。
それからもクッキーを焼く。焼いている時間は暇だったので、有り余っている材料から鼈甲飴やら簡単な飴細工、砂糖を固めた砂糖菓子にメレンゲ、チョコレートだけでなく色々な種類のクリームを使ったスポンジケーキやパンケーキ等、作れるだけ作っていった。
そして全てを作り終わり、駆逐艦のチビ共に渡してやるクッキーを売り物のようにラッピング。ちょっとした小細工に、『鎮守府菓子工房』と言うシールを貼れば……これでもう手作りには見えないようなクッキーの出来上がりだ。
これは誰にも食われないように持ってきた缶の中に入れておいて、次の長期間遠征から帰ってきた時までとっておく。そもそもそのために作ったわけだしな。
……で、だ。そろそろ盗み食いばっかしてくるアホ空母を何とかしとかねえとな。いつまでも吊るしておく訳にもいかねえし。
そんなわけで赤城をゆっくりと下ろしていく。自分がゆっくりと下降していることに気付いてか、少しばかり元気になった。
だが俺は全部は下ろさず、全身鎖に巻き付かれている赤城の爪先をギリギリ床につけないくらいの位置で止めた。
……って、あれ? こいつ泣いてね?
よほど食べたかったのか、猿轡で塞がれていた口からは噛ませた布が吸い切れないほどに涎が溢れ、顎から胸元に滴り落ちてシミを作っている。
同じように目隠しにもシミができていて、明らかに何かの液体がそこに溢された証となっていた。
急いで猿轡を外すが、赤城は動こうとしない。口の中で泡立てられたらしい白く濁った唾液が、口の端からつうっと溢れていく。
……このまま写真撮ったら脅迫材料になるんじゃね?
……いやいやいやいや落ち着け俺。
とりあえず騒ぎすぎたようで疲れて寝ている赤城の目隠しを外し、涙と涎をハンカチで拭い取る。
それからちょっと作りすぎたケーキを一つ箱に入れて、赤城と一緒に運び出す。目指すは赤城の部屋だが、あそこは加賀も使ってるからちょっと入りづらいんだよなぁ……入るけど。
「邪魔するぜー……」
「……なんの用? ……ああ、また赤城さんが摘まみ食いに行って泣かされたのね。クッキーだかケーキだかはわからないけれど、預かっておくわ」
「あんがとよ。あと、これお前のな」
加賀に包んでおいたケーキを渡す。実はこっそり赤城に包んだそれより上等だったりするんだが……まあ、盗み食い常習者とそれ以外の奴に差がつくのは当たり前だろう?
そんな感じで赤城を片付けた事だし……余った菓子はプラズマとか龍田とかに渡して消費するか!
艦娘紹介
天龍改
趣味・菓子作り。ただしなぜか菓子以外は壊滅的。理由は不明。
ちなみに菓子作りはプラズマから習ったもの。龍田は鳳翔から料理を習っているが、何故か菓子は作れない。不思議だね?
ピンクのひよこエプロンの天龍が器用にお菓子作りをしてるのって、なんか可愛く見えません?