……いつも、同じような夢を見る。
潜水艦から発射された魚雷が、ゆっくりと船体に迫っていく。それがわかっているのに、私はなにもすることができない。
ただ、私はいつも見ているだけ。水底に沈んでいく天龍ちゃんを、見ているだけ。それしかできない。
夢の中では、天龍ちゃんは昔の艦の姿だったり、今の艦娘の姿だったりする。
けれど結末はいつも同じ。戦って、ぼろぼろにされて、潜水艦から雷撃を受けて沈んでいく。
手を伸ばしても届かない。伸ばそうとしても、動かない。
(なんで……? どうしてっ!? 動いてよ!)
必死に身体を動かそうとしても、私の身体は固まったまま。そして、天龍ちゃんはまた私の目の前で沈んでいく。
「チィッ……これじゃあ前にも後にも進めねぇな……龍田……悪ぃ……先に逝くぜ……」
ゆっくりと沈んでいく天龍ちゃんは、そう言い残して……とぷん、と全身が水に隠れて見えなくなってしまった───
「──────ッ!!」
……そこまでの光景を見せ付けられて、漸く私は目が覚めた。息は荒いし、心臓もとても早い。全身を嫌な汗が伝っていて、そして視界が歪んでいるのがわかる。
……鎮守府の夜は静かだ。静かすぎて、嫌になるほど。
なにも聞こえないのが怖くなって、私は布団を抜け出して隣にいるはずの天龍ちゃんの顔を覗き込む。
……天龍ちゃんは、ちゃんとそこに居た。私が見た夢のように沈んでしまった……なんて事はなく、いつものようにそこで眠っている。
傷一つなく、ゆっくりと眠り続けているその姿は、私を安心させてくれる。お陰で早鐘を鳴らしていた鼓動も落ち着き、少しずつ汗も引いていった。
……私は不安でたまらない。天龍ちゃんが出掛ける度に、もしかしたらもう二度と会えないかもしれないと思ってしまう。天龍ちゃんはよく無茶をするから、余計に不安になる。
それについては提督さん達のお陰で大分よくなったけれど、それでも時々天龍ちゃんは駆逐艦の子を守って怪我をして帰ってくることがある。
絶対に安全な任務は無い。そんなことはわかっているし、提督やプラズマさん達は実力や適正を考慮して比較的安全な任務を回してくれているけれど、それでも私は怖くて仕方がない。
眠っている天龍ちゃんの頬に手を添える。意外に肌の手入れ等に力を入れていたりする天龍ちゃんのほっぺは、とても柔らかくてしっとりすべすべしている。ほっぺに限った話ではないけれど、天龍ちゃんはとても可愛い。
「……天龍ちゃん……どこにも行かないよね?」
私は囁くように呟く。答えを望んでいたわけではないけれど、それでもどうしても涙が出そうになってしまう。
「天龍ちゃん……もう、私を置いていったらやだよ……?」
一度溢してしまった言葉は戻らない。一度流してしまった涙も戻らない。
ぽろぽろと涙が流れ、私の頬を伝っていく。両手で顔を覆っても、後から後から溢れてしまう。
「ひっ……っく……えぅ……」
「───ったく」
突然、静かだった部屋に私以外の声が響いた。
そして次の瞬間、私は手首を取られて天龍ちゃんの布団の中に引き込まれていた。
「ふぇっ? ……天龍ちゃん……?」
「おう、天龍だ」
いつの間にか、私は天龍ちゃんに抱き締められていた。ゆっくりと優しく頭を撫でるその手が、とても心地いい。
……じゃなくて。
「えっと……いつから起きてたの~?」
「龍田の悲鳴で目が覚めた。で、さっき涙が落ちてきてな。それで身体も起きたんだ」
天龍ちゃんは私の頭をよしよしと撫でている。私を労る気持ちに溢れたこの暖かさに、一旦は驚きから止まりかけていた涙がまた溢れ出す。
「ひっぐ……ふぇぇえぇぇ……」
「あーあーまったく情けねえな。こんなぼろぼろ泣きやがって……安心しろよ、俺はずっとお前と一緒だからな」
天龍ちゃんはそう言いながら私のことを抱き締めてくれる。とても暖かくて、とても安心する。
「……ほれ、寝ちまえよ。お前が起きるまで側に居てやるからさ」
私の涙を親指で拭いながら、天龍ちゃんは笑顔を浮かべて言った。私も笑顔を浮かべようとして、けれどどうしても涙が止まらなかったので天龍ちゃんの胸に顔を押し付けて誤魔化した。
「……おやすみ、龍田。いい夢見ろよ」
私のことをきゅうと抱き締めながら、天龍ちゃんはゆっくりと乱れていた布団をかけ直した。
くっついていると、天龍ちゃんの鼓動が聞こえる。
夜中遅くに目が覚めればいつもそこにあった沈黙は、それのお陰で今はどこにもない。
とくん、とくん、と言う、ゆっくりとした耳障りのいい音に身を委ね、私は瞼を閉ざす。
暖かな体温と、天龍ちゃんの匂いと、この心音。
……天龍ちゃんの言う通り、今日だけはいい夢が見られそうだ。
私はゆるりと意識を溶かし、天龍ちゃんの腕の中で眠りについた。
それから、何かの夢を見たことは覚えている。
ただ、それはあまりに幸せすぎて……私はその内容をよく覚えていない。
そして、朝。目が覚めると、目の前には天龍ちゃんが居る。それも、とても優しい笑顔を浮かべて私のことを見つめていた。
「おはよう、龍田。よく眠れたみたいだな」
「…………」
「おいおいおいおい待て待て隠れんな」
「だって……だってぇ~……」
天龍ちゃんにだけは知られたくなかった。あんな風に怖い夢を見て泣いて、いつも天龍ちゃんの顔を見ながら夜を過ごしていたなんて、知られたくなかったのにぃ……。
自分の頬が熱い。きっと、今鏡を見たら真っ赤になった自分と対面できるだろう。
ああ、昨日の私を殴り付けたい。いくら寂しかったからって、天龍ちゃんの布団に引き込まれて抱き締められて泣くだけ泣いて、そのまま泣き疲れて寝ちゃうだなんて……駆逐艦の子でもそんなにしないことなのに……。
「まあ、安心しろよ。俺はこう言うのは駆逐艦のチビ共の相手でなれてるからな。初陣だと泣く奴が結構いるんだよなぁ」
「……」
「こらこらこらこらなんで布団持ってくんだよ」
今の顔を天龍ちゃんに見せたくないから。だって、きっと凄い顔してるんだよ?
「おーい、龍田ー?」
「……だめ。まだだめ」
「……しょうがねえな。俺の布団は龍田に取られちまったし、俺は龍田の借りるか。……くんくん、あー龍田の匂い」
……あれ? ちょ、まっ!?
「て、ててててんりゅうちゃん!? なにやってりゅのっ!?」
「はい確保。……漸く頭が出たな」
しゅぽっ!と頭だけ出した次の瞬間に、後ろから抱きすくめられてしまった。これじゃあもう頭を引っ込めることも隠れることもできない!?
「安心しろ。今はお前の後ろ頭しか見えてねえからよ……恥ずかしがらなくていいぜ?」
「……もう、天龍ちゃんってば……」
私が何に恥ずかしがっているのかはわかっていないだろうけど、私の気持ちを正確に読み取ってくれる。
今だって、恥ずかしいから顔を見られたくない私に対して後ろから布団ごと抱き締めることで恥ずかしがることなく話をすることができるように気を使ってくれている。
「……これは、別に答えを出してほしい訳じゃない。答えたくないなら答えなくていいし、聞かれるのも嫌なら俺の独り言ってことにして聞き流してくれてもいい。
……龍田。こうしてお前のすぐ側にいる俺は、そんなに儚く見えるか?」
私は、天龍ちゃんの質問に首を横に振って答える。
「なら、少しは俺を信用してくれ。俺はお前と一緒に強くなったし、もうああやって沈む気もねえ」
「……わかっちゃってたの?」
「まあ、あんな風に言われたらな。大体予想はつくだろ」
「……」
「今度は逃がさねえぞ」
布団に潜ろうとしたら天龍ちゃんの抱き締める力が強くなったので仕方なく断念。けれど、やっぱり恥ずかしい。
「……まあ、あれだ。寂しくなったり、嫌な夢を見たりしたら何時でも俺のところに来いよ。泣き場所を作ってやるくらいしかできねえが、泣けば楽になることだって割とよくあるんだぜ?」
「……うん」
「いい子だ」
天龍ちゃんは私の頭を撫でた。……なんだか、子供扱いされてるような気がするな~?
「昨日みたいにかわいい龍田は歓迎だぜ?」
「っ!もう!天龍ちゃん!」
「ハハハ、悪い悪い!」
天龍ちゃんはすいっと私から離れていってしまった。どうやらもう着替えは終わらせていたようで、天龍ちゃんは部屋の扉を開けて廊下に出ていってしまった。
「それじゃ、先に行ってるぜ? 待っててやるから、早くしてくれよ?」
茶目っ気たっぷりにそう言って、天龍ちゃんは先に行ってしまった。
……ふと、今被っている布団が誰の物かを思い出して、さっき天龍ちゃんが冗談で言っていたように顔に押し付けてみる。
すると、天龍ちゃんと私の匂いが混じりあった、とても不思議な匂いがした。
……あ、いけないいけない。早く天龍ちゃんを追いかけないと。
私は立ち上がり、寝間着からいつも使っている服へと着替えた。
さあ、急がなくっちゃ。
艦娘紹介
龍田改
割とガチなトラウマ持ち。天龍の匂いとか心音とか呼吸音とか体温とか、そう言う『天龍の存在が手の届く場所にある』という事実を実感していないと寝ている時に悪夢を見てしまうくらいに繊細だったりする。
そのため、昔はよく天龍の布団に潜り込んだりしていた。
現在はそんなことはないが、代わりに眠れない夜が続いていた。解決してよかったね?