走る、走る、走り続ける。もっと速く、ずっと速く、何より速く走れるように、私はこの時を走り抜ける。
昨日の私は500mのトラックを一周するのに58秒82必要だった。
ならば今日の私はそれより速く、もっと速く走らなくっちゃ。
私は島風。一番速くて一番凄い駆逐艦。火力も雷装も対空も装甲も対潜も回避も運も燃費も私より高い艦はいくらでも居るけれど速さだけは譲れない。
だから私はひた走る。艤装を纏えば速くなるけど、今は私自身が速くならなくちゃいけない。
そうでなければ、私の前にいつまでも陣取る蒼い幻影は、どうしても消えてはくれなさそうだから。
始まりはあの日、私がこの鎮守府に来た日のこと。私がどの船よりも速いと、何の疑いもなく信じ込んでいた最後の日。私は、凄まじい速さで艦載機と競争している駆逐艦を見つけてしまった。
艦載機は『烈風』。最速にして最強の艦上戦闘機。そして烈風を追い掛け、抜きつ抜かれつしているのが、当時から主力艦隊を率いていたプラズマだった。
私はその姿を追いかけた。自分でも今までに無いほど全力で、その背中を追いかけ続けた。
けれど私は最後までその背に追い付くことも、それどころか影を踏むことすらできずに倒れてしまった。
屈辱だった。
今まで誰より速いと信じていたのに、自分が追っていることに気付きもしなかった相手に屈辱を感じた。
悲しかった。
誰より速いはずの私があんなにあっさりと地を舐めさせられ、速さしかない私の取り柄が失われてしまった気がして悲しかった。
怒りが湧いた。
悔しいはずなのに、悲しいはずなのに、それと同時にあの姿に憧憬すら抱いてしまった私自身に、かつて無いほどの怒りが湧いた。
そして、嬉しかった。
私はずっと一人だった。誰も私に追い付けず、私の前には誰もいない。そんな状況で突然私の前に現れたその姿に、私はまるで迷った末に母親を見つけることができた幼子のように安心感を覚えてしまったのだ。
それなのに、その相手は私を見てくれない。それだけはどうしても許せなかった。
私にとってあの艦娘はとても大きな存在だけれど、あの子にとって、私は取るに足らない……どころか、存在しているかどうかすらもどうでもいいような存在だった。
取るに足らないと思われるのは仕方がない。けれど、私の事を認識することすらないと言うのは許せなかった。
『私はここに居る』と言うことだけを伝えたくて、私は毎日あの姿を見かける度にその後を追った。
特に、急いでいる時には絶対にその姿を見に行き、全速力でその後ろ姿を追った。まだ一度も追い付けてはいないし、あちらが私の存在に気がついているかどうかも怪しいけれど、それでも私はその姿を追うことをやめる気はない。
今は無理でも、いつの日かのために。いつになるかわからなくても、きっと来るはずの未来のために。私は今日も全力で走り続ける。
あの背中に追い付けるかはわからない。けれど、やってみなければ追い付ける可能性はなくなってしまう。
だったら、やるしかない。やらなければできる可能性すらも放棄してしまう。そんなのは絶対に嫌だ。
だから私は走り続ける。私の名前、島風のように。何より速く走れるように。
いつもいつも走っていると、私のことを応援してくれる子も出てくる。私と同じように走ろうとして追い付けなくて落ち込んだり、私の走る姿を眺めていたり、走りすぎて動けなくなった私を木陰に運んでくれたり、あの姿を追いかけて途中で力尽きてしまった時にはいつの間にか着替えて自分の部屋で寝ていたこともあった。鳳翔さんには感謝しないと。
そんな風にしているうちに、私はいつの間にか鎮守府で一番の頑張り屋と言う風に言われるようになっていた。頑張りすぎとかもう十分とか言われることもあったけど、私の目標にはまだ届いていない。
勿論何度か出撃や遠征、演習もした。その時に見たあの蒼い駆逐艦は、偵察機や艦上戦闘機よりもずっと速く走り、敵の軽巡洋艦フラグシップや駆逐艦エリート等を次々に叩き落としていった。
軍艦としてどころか船舶と言う広い領域で見てもあまりにも異常なその速度に、私はまた憧れた。そしてその憧れに近付こうと、艤装を駆って水面を走る。艦隊行動中なら簡単に追い付けるのに、戦闘になるとどうしても追い付けない。
「貴女、速いのね」
私がそう話しかけると、蒼い駆逐艦は私の方に振り向いた。
その話は、色々な人から聞いている。この艦隊で一番の古株で、この艦隊で一番強くて、一番速い人。
プラズマ。努力と想いの力で自らの限界を打ち砕き、新たなる場所に立った……ある意味では私の理想の体現者。
その人の視線が、私の姿を捉えた。
「島風さんですね。話は色々聞いているのです」
その言葉が聞こえた瞬間───私の心臓が大きく跳ねた。
……いやいやいやいや落ち着こう私、相手は同性相手は同性……いや確かに私の事を知っていてもらえたのは嬉しいけど、まだプラズマに追い付けた訳じゃないんだし、そもそもあっちだって私の事を一応話で聞いている程度でしか知らない筈なんだからこの程度で喜んでいる場合じゃない。
「そうなの? どんな話?」
私は五月蝿いほどに鳴る心音をプラズマから隠そうと、興味無さげにどんな話がされているのかを聞く。実際には周りの話なんてどうでもよくて、プラズマが私をどう思っているのかを聞きたくて仕方なかった。
「そうですね……鎮守府一の頑張り屋さんだとか、最速を目指す求道者だとか、そんな風に言われているのを聞きますが……プラズマとしてはなんだか『ようやく前に進む理由を見付けた子供』に見えるのです」
「そ……そうなの?」
「島風さんには悪いかもしれませんが、プラズマにはそう見えるのです。子供扱いしてしまいますが、多分ずっとそういう風に見てしまいますね」
「べ……別にいいけど……」
「ありがとうございます、なのです」
プラズマはにっこりと笑いながら軽く頭を下げて言った。私はまたその笑顔に見とれそうになって、慌てて頭を振って頭をすっきりさせる。
「それよりも、敵艦隊とかは大丈夫なの? さっきから話してるから警戒とかは……」
「安心するのです。ちゃんとした方法ではないですが、しっかりと対空対潜含めた敵艦隊索敵網を張り巡らせてあるのです……ほら、ちょうど敵艦隊を見つけたのです」
プラズマが指し示す方向に視線を向ければ、そこには深海棲艦が並んでいる。そのうち二隻は空母であるらしく、沢山の航空機を飛ばして周囲を警戒しているようだ。
……何であの距離でわかるの? 相手の偵察機もまだこちらを見つけてないのに、どうしてこっちが先に相手を見つけられるのか不思議でたまらない。
「敵艦の発見やその後の行動決定は速い方がいいのです。そう言うわけで、とりあえずプラズマが敵航空機を叩き落としつつ戦艦を沈めてきますので、攻撃できなくなった空母と駆逐艦の相手をお願いしますね?」
プラズマはそう言って海の上を駆ける。今の私ではけして追い付けない速度で、稲妻のような軌跡を描いて撹乱しつつ、敵艦隊へと近付いていく。
その動きは、正に疾風迅雷。艦載機を一方的に叩き落とし、空中で砲撃の反動を使って敵艦からの攻撃を回避する等、明らかに駆逐艦のしていい範囲の動きを逸脱した機動が繰り返されている。
そして、気が付いた時には敵空母が全て撃墜されていた。と言うか……空母を超接近戦を仕掛けた挙げ句に無傷で勝利ってどうなんだろう? しかも決め手が『上に跳んで首を上から両手で掴んで捻り切る』って……プラズマは本当に駆逐艦?
そう言いつつも周りの駆逐艦や軽巡洋艦などは私達が落としておいたのだけれど、それもプラズマが空母ヲ級を先に引き付けておいてくれたからこうして無傷でできたんだ。
……遠いなぁ……速さでも、力でも……。
けれど私は諦めない。私の目標はプラズマに並び、そしていつか追い付くこと。
そのために、昨日よりも速く私は走ろう。いつかあの背に手が届くまで。
艦娘紹介
島風
駆逐艦最速……の筈が、プラズマに抜かれてしまった。しかし、最速目指して頑張っている内に少しずつ速くなっている。放置しておけばもしかしたらプラズマに追い付くことができるかもしれない唯一の駆逐艦。
負けず嫌いで努力家。諦めると言うことを知らないのは題名の通り。その努力はまるで空に浮かぶ月を掴もうとする愚者が如し。ただ、もしかしたら成功してしまう可能性があるのも島風だけ。改造後が楽しみです。
現在のLvは6。Lv上げをされずに放置され、その間に努力を繰り返していたらしい。
いつか島風の速さがプラズマに追い付くことをちょっとだけ願って。