顔のすぐそばを、大気摩擦で赤熱した砲弾が抜けていく。既に味方は駆逐され、残されたのは私一隻のみ。
その私も既に大破し、艦載機の着艦は不可能となっている。
それを為したモノが、近付いてくる。海上を一歩、また一歩と進み、私に死を運んでくる。
ソレは、偵察機がソレを見付けるよりも早く私達を捕捉した。
ソレは、偵察機の連絡を受けて艦載機が発艦するよりも早く私達に攻撃してきた。
ソレは、私達の飛ばした多数の艦載機をたった一発の砲撃による衝撃波で全て鉄屑へと変えた。
ソレは、私と艦隊を組んでいた戦艦を一撃にして沈めた。
ソレは、一度に最低二隻の味方を沈めた。
ソレは、全ての味方から攻撃手段を奪い尽くしたことを理解して、私達に寄ってきていた。
ソレは、それまでに行われた私達の攻撃の全てを回避した。
ソレは、戦艦の砲撃を、艦爆からの爆撃を、艦攻からの雷撃を、軽巡洋艦や駆逐艦からの全ての攻撃を避け、撃ち落とし、時にこちらの味方の残骸を盾にして乗り切った。
ソレは、私達にとってはまさに絶望であり───そして、理想の体現でもあった。
私達は沈んだ。暗い昏いくらいクライ海の底に、多くの命と共に沈んでいった。
死への恐怖。敵への憎悪。国を護れぬ悲哀。愛した者の元へ戻ることのできない嘆き。無能な上官への怨み。自分は死んだのに、こうして沈んでしまったのに、他の者達が生きて、明るい海の上に浮いていることへの妬み。
私達はそう言うものが寄り集まり、形作られて生まれたもの。自分達がもう戻れぬ海上に浮かぶ者達を、二度と戻れぬ海底へと誘う。
しかしソレは、私達にあまりにも強烈な希望を見せ付けた。
圧倒的な力。あれがあの時私達にあれば、私達はもっと多くの敵を沈められたのに。
理外の速度。あれがあの時の私達にあれば、私達は誰も死なず、誰も沈まずに済んだのに。
異常な強度。あれがあの時の私達にあれば、もっと生きていることが、沈まないでいることができたかもしれないのに。
ずっと閉じきっていた
「……ああ、やっとプラズマにも助けられそうな艦を見付けたのです」
ソレはそう言って、大破して半ば沈みかけていた私に目を合わせた。沈んでいっていた身体が、無理矢理に海上に引きずり上げられていく。
「正規空母ヲ級……でしたか。あなたを助けてあげるのです」
ソレはそう言って、私の事を痛いくらいに抱き締めた。
ソレと私が触れ合っている場所からゆっくりと……ゆっくりと熱が伝わってくる。
その熱は私の身体には熱すぎて、私は必死になって避けようとするけれどどうしてもその熱からは離れることができない。
じわじわと私の外側から伝わってくる熱に、身体が少しずつ崩れていく。熱くはあるが、痛みはない。
……いや、正確には、痛みはなくなったと言うべきか。
耐え難かった筈の熱はいつの間にか穏やかなものとなり、今まで当然のように纏っていたそれが冷たく感じるようになった。私を無理矢理に閉じ込めていた外殻が壊れ、無形であった私に形が与えられていく。
闇の存在から光の存在へ。絶望に引きずり込むものでなく、希望を振り撒くものへ。私の存在そのものが書き換えられていく感覚は、いまだかつて与えられ、あるいは感じたことのある充足感を遥かに濃厚にしたような快感となって私の作り替えられている最中の総身を駆け巡る。
……母と言う存在が私に居たのならば、もしかしたらこのように暖かなものなのかもしれない。今までの私にはわからなかったことだけれど、必要であるならこれから理解して行こう。
……けれど、せめて今くらいは。こうして生まれ変わることができた今くらいは……ゆっくりとしてもいい筈だ。
「お母……さん…………」
私を抱き締めてくれている彼女を、形ができて動くようになった私の腕が抱き返す。彼女は一瞬驚いたように腕を震わせたけれど、私の頭をゆっくりと撫で始めてくれた。
「ありがとう、なのです」
彼女が何かを言ったのはわかったけれど、生まれ変わったばかりで全身に疲労が溜まっていた私は、その言葉に何かを返すことができそうにない。
それを理解しているだろう彼女は、返事が来ないことを理解しながらも私の頭を撫で、身体を抱き締めながら言葉を続けた。
「加賀さん。……プラズマに助けさせてくれて……ありがとう」
プラズマ、と自分を呼ぶ彼女は、私をまるで宝物か何かのように大切そうに抱き締めた。
暖かな彼女の体温に包まれて、かつての私はその場で眠りについた。
……身体が揺すられる。
誰かが、私の名前を呼んでいるのがわかる。
私はゆっくりと目を開けると私の事を起こしていた相手が視界に入った。
「おはよう、加賀さん」
その相手───赤城さんは、にっこりと笑顔を浮かべながら私の顔を覗き込んでいた。
「……ええ、おはようございます、赤城さん」
もう少し眠りたいと文句を言う身体をゆっくりと起こしていく。今日はいい夢を見れたし、一日いい日になりそうだ。
窓から見える太陽を数秒眺め、それから寝巻きから着替え始める。赤城さんも慌てて着替え始めるけれど……どうせなら先に着替えておけばよかったのに。
「……それにしても、加賀さんが私より遅く起きるのは珍しいですね? なにかあったんですか?」
赤城さんにそう聞かれ、私は一瞬動きを止める。……そう言えば、赤城さんは提督が上からの任務をこなした際に報酬として得た艦だった。なら、私のような思いをしていないのは当たり前。
と言うよりも、そもそも深海棲艦だった時の記憶を持っている艦娘は、私の知る限りでは私以外に存在していない。何度か深海棲艦が崩れて艦娘として新生した場面を見ているし、今もこの鎮守府にたくさん居るけれど、誰もが深海棲艦だった時の記憶は持ち合わせていなかった。まるで、深海棲艦の殻を脱ぎ捨てる時に全てを置いてきてしまったかのように。
では、どうして私は深海棲艦だった頃の記憶を持っているのかと言われれば……首を傾げるしかない。恐らくはプラズマさんが関わっているのだろうけれど、不具合があるわけでもないので報告は必要ない筈だ。
だから、私は赤城さんからの質問にこう返す。
「───内緒です」
……さあ、それでは食事に行きましょう。もしかしたら、今日もプラズマさんに挨拶ができるかもしれません。
服を着替え初めてから終わるまで、1分と25秒。この時点でいつもに比べて8分と50秒の遅れ。これくらいならば許容範囲内だと信じたい。
赤城さんを置いて食堂へ。鎮守府内を走っていいのは警戒体制の時などの緊急事態のみなので、走らない限界速度で歩く。
なお、この決まりは割と破られているようだが、他人が破っているからと言って自分が破っていい理由にはならないので私はしっかりと守る。ちなみに破っているのは主に駆逐艦と一部の軽巡洋艦。これだから落ち着きがないのは困る。
そして食堂に到着すると、そこには私の願った通りの姿があった。
乱れた服装を整え、深呼吸をして息を整える。
そして、私は彼女に声をかけた。
「おはようございます」
すると彼女は皿にご飯を盛り付ける手を止めて、私の事を見上げてくれた。
「加賀さん、おはようございます。今日はちょびっとお寝坊さんでしたね」
「……恥ずかしながら」
「構わないのですよ。寝坊ができると言うことは、今日も平和だと言うことなのですから」
そう言って、新しい茶碗にご飯を大盛りに盛り付けて、空母用の料理を同じように盛ってくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
私はできる限り自然にお礼を言ってその場を離れる。
にこにことした視線が私を追いかけて来ているような気がしたけれど、少し遅れてきた赤城さんの声が聞こえるとすぐにその視線は感じなくなった。
……まったく、私は本当に度し難い。
「……愚かね」
自分自身にしか聞こえないような小さな声で呟き、適当な席についてご飯を食べ始める。
それじゃあ……いただきます。
艦娘紹介
加賀改
加賀型正規空母一番艦の改装型。初めてプラズマに『助けられた』艦娘である。
その際にかなり特殊な救われ方をしたらしく、なぜか深海棲艦だった頃の記憶が若干残っている。これがどう影響するのかは不明だが、少なくとも今のところ正規空母としては最強の、空母全体としては鳳翔・天に続いて次席の実力を誇る。
プラズマに非常に恩を感じている。それは好意となり、いつしか愛情へ……昇華してほしいならわっふるわっふると以下略。
基本的に冷静沈着。プラズマと赤城大好き。提督もそこそこ好き。
現在のLvは99。本人の同意さえあれば更なる改造を加えることで『加賀・
なぜしていないかと言えば、本人はその事を知らないのに提督は本人から言ってくるのを待っているためで、改造をすればまたLv上げの日々が待っている。
なお、わっふるしても意味は無い模様。してもいいけど書きません。